- 2015⁄08⁄20(Thu)
- 02:39
レイジ×サトシ
トバリシティに来たその日にその人に逢った。
その人はシンジの兄のレイジさん。
「ムクバード頑張れ!ブレイブバード!!」
緩やかに弧線を空に描き、ムクバードの体が光に包まれる。
「よし、いいぞ」光の輝きが違う。今度こそ成功するぞ。
ところが、地面すれすれに水平に保っていた体が急に角度を変え、ムクバードは冷たい地面に叩きつけられた。
「ムクバードッ!!」
サトシは急いでムクバードに近寄り、体を起こしてやった。
ムクバードは小さく唸り、平気だということを知らせてくれているようだ。
そこで、ふと目の前が陰り、サトシは前に誰かがいるのを感じ取り、顔を上げた。
少し困ったような表情を浮かべたレイジが優しく語り掛ける。
「今日はもう遅い、また明日練習すればいいさ」
サトシは辺りがもう真っ暗になっていることに、今、始めて気付いた。
その人はシンジの兄のレイジさん。
「ムクバード頑張れ!ブレイブバード!!」
緩やかに弧線を空に描き、ムクバードの体が光に包まれる。
「よし、いいぞ」光の輝きが違う。今度こそ成功するぞ。
ところが、地面すれすれに水平に保っていた体が急に角度を変え、ムクバードは冷たい地面に叩きつけられた。
「ムクバードッ!!」
サトシは急いでムクバードに近寄り、体を起こしてやった。
ムクバードは小さく唸り、平気だということを知らせてくれているようだ。
そこで、ふと目の前が陰り、サトシは前に誰かがいるのを感じ取り、顔を上げた。
少し困ったような表情を浮かべたレイジが優しく語り掛ける。
「今日はもう遅い、また明日練習すればいいさ」
サトシは辺りがもう真っ暗になっていることに、今、始めて気付いた。
きょろきょろを周りを見回すとすぐにレイジに頭をぺこっと下げた。
「ご…ごめんなさい!こんな時間までつき合わせてしまって。」
「それはいいんだ。迷惑じゃないしね。」
微笑みながらそう返すレイジに対し、いい人だなぁと感心してしまう。
弟との違いが明らか過ぎて、とても同じ兄弟とは思えない。
「あれ?そういえばタケシとヒカリは?ピカチュウも。」
そこでようやく、何か静かと思い、気がついた。
「練習に集中してて気付かなかったのかい?ヒカリくんがお腹がすいたといって先にポケモンセンターに帰ったよ。先に帰って食べているそうだよ。サトシくんはお腹はすいてないかい?」
「ご飯…」
そういわれると、お腹の虫がタイミングよく鳴いた。
いつもならもうとっくに晩御飯にありついている時間だ。
レイジはその様子を見て、笑うとサトシに向かって手招きした。
「おいで、夕飯に招待するよ」
レイジさんの家はポケモンがいっぱいいて、色々なポケモンに触れ合っているうちにご飯が出来たから退屈はしなかった。
レイジさんは料理もうまくて、おかわりを何回もねだった。
晩御飯を食べ終わったところでもう一つねだった。「今日中にブレイブバードを完成させたいんです。もう一度練習に付き合ってくれませんか?」
頭をさげた。それも腰を45度曲げる深い下げっぷりにレイジさんは目を丸くした。
「こんな時間に?明日のためにもうポケモンセンターに戻って休んだほうがいいんじゃないか?」
「どうしても今日中に仕上げたいんです。ヒカリもスモモのために頑張ってるし、…シンジに差をつけられたくないんです。」
「シンジにね…」
その言葉を聞いて顔を上げると、レイジさんは困ったような渋い顔をしていた。
「ご…ごめんさい。オレ…」
弟を馬鹿にするように聞こえたのだろうか、大体弟のライバルなんかにこんなに親切にしてもらっているというのにこれ以上何を望のか。
あたりまえだ。いい顔をしないはずがない。
せっかく技を教えてもらえるまで仲良くなれたのに何をやってるんだ。
「サトシくん?」
「オ…オレ、やっぱり帰ります。ご馳走様でした。」
テーブルに置いた帽子を手早く取ると、足早に玄関に向かう。
「サトシくん、待って。」
食器を片付けようとしていたレイジはテーブルに手に持っていた食器を置き、サトシを追いかけた。
「サトシくん」
サトシの腕を掴むとサトシは足を止めた。
俯いたままぐるんと振り返り、また頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうしたんだ?何を謝って…」
「オレ、レイジさんの前で…シンジをあんまりよくない風に言ったから、嫌われたかと…」
「え?嫌いどころか好」そう言い掛けて、レイジは自分で自分の口を手で覆った。
「嫌い…じゃない?」ゆっくり顔をあげていく。
今にも泣きそうな顔をしていた。
「何を勘違いしたのかわからないけど嫌いじゃないよ」
安心させるようにサトシに微笑みかけ、頭を撫でた。
サトシはほっとして、顔の緊張を緩め、嬉しそうに笑みを浮かべた。
レイジが玄関のドアノブに手をかけた。ドアの隙間から入ってくる外のひんやりとした冷気が髪を撫でる。
「さぁ、これから練習するんだろう?」
「…はい!!」空は満天の星空、公園は静かで周りに建物はない。月だけがサトシ達を照らしていた。
「ムクバード!ブレイブバードだ!」
星が宝石のように瞬く虚空に綺麗な螺旋を描き、ムクバードの体は徐々にきらめき、光を放った。
岩は粉々に勢いよく弾け飛んだ。砂煙を大きく巻き上げ、ムクバードがサトシの元に舞い戻ってきた。
「よくやった!ムクバード。レイジさん、見てくれてました?どうでしたか?」
にこにこしながら振り返るサトシに向かって拍手で返した。
「完璧なブレイブバードだ。明日にでもスモモに挑戦出来るな」
「ありがとうございます。レイジさんのおかげです!」
「サトシくんとムクバードが頑張ったからだよ」
「いえ、レイジさんがいてくれなかったら出来ませんでした。本当なら何かお礼でもするべきなんですけど」
「お礼は明日の朗報でいいよ、『勝った』というね」
「それは」
「ん?」
それは、社交辞令みたいなものですか?
自分で問いかけるだけでは答えが出ない。
すぐ傍にレイジさんがいても暗くて表情が見えない。
気付いたら口に出ていた。
「いいんですか?…さっき、シンジに追いつきたいって言って困ってました」
「え?……あぁ、あれ。…出来ればあれは忘れて欲しいな。後から思うと自分でもすごく見苦しいなと思ったからね」
声のトーンからして苦笑いしているようだ。
忘れて欲しいと思ったのは、つい、本音が零れ落ちたから…?
自分を追い詰めると分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「何故そう思ったんですか」
レイジさんの顔を見上げても何も見えない。多分、返答にすごく困っているのだろう。
「まいったな。…言わないつもりだったのだけど。
…つまり僕がシンジに嫉妬したんだよ」
「へ?」
あまりの予想外の答えに自分でもびっくりするぐらい情けない声が漏れた。
それに、予想を遥かに上回る答えだったので、サトシは理解できずにうんうん唸った。
「…いくら考えても意味が分からないんですが」
「本当に?」
「はい」
「全く?」
「全く」
「どうしても?」
「どうしても」
「これは予想以上だ」
レイジは声を高らかに上げて笑った。どうやらお腹を抱えて笑っているようだ。
サトシはぽかーんとした顔でほぼシルエットの彼を見つめた。
「オ…オレ、あんまり頭は良くないのは自覚してますけど、もしかして馬鹿にしてますか?」
そう思ったら顔が赤くなった。これでも、そんなに馬鹿ではないと思う……多分。「ごめんごめん。馬鹿にしてるつもりはないよ」
レイジはサトシの頭をくしゃくしゃに掻き回すように撫でた。
まるで犬のような扱われ方だが、悪い気はしなかった。
「思ったより可愛いんだなって」
「なっ…かわ…?」
「もちろん悪い意味はないよ」
「はい…?」
いまいち腑に落ちない。
会話が途中から全然分からない。
「途中から意味が分からないんですけど」
ようやく笑いのツボが去ったのか、呼吸を整えて、普段どおりにもどったようだ。
「今、サトシくんの頭の中には明日のジム戦に勝ってシンジに追いつくことしかないだろう?」
「はぁ、まぁ」
もちろんそれだけではないが、明日のジム戦に誰を出そうとか、ルカリオに誰をあてようとか…いや、ジムのことばっかりか。
「その事が気に入らなかったんだ」
「?」
ここから意味が分からない。
首を右に60度ぐらい傾けた。
その仕草はまるでヨルノゾクみたいだ。
「サトシくんの頭にはシンジしかいないと言う事が気に入らなかったんだよ」「え?」
いや、シンジしかいない訳じゃなく、他にも…。
そこでサトシの思考回路がぷつりと途切れた。
いや、正確には途切れたわけではなく、他の事を考えなければいけなくなり、その事を考える余裕がなくなったのだった。
急にサトシの足が地面から離れた。
顔はレイジの胸の辺りに押し付けられ、体にレイジの両腕ががっしりと回されていた。
つまり、抱きしめられた。
実際は地に足がついていないせいで抱きかかえられているのかもしれない。
とにかく、体の自由はまるで機能停止したかのように指一本動かせないでいた。
サトシの頭の中は真っ白でこの瞬間にも何が起こったのかを理解出来ないでいた。
何もしていない訳ではなく、ただただ、レイジの胸の鼓動の音を聞いていた。
早鐘のように打つ生命の音を聞いていると、不思議と徐々に気が緩み冷静になれた。
「弟に焼餅を焼くなんて本当にどうかしていると思うよ。…でも、譲れないものもあるんだ」
言いたいことは沢山あった。
けれど、言う気になれなかった。
それが、レイジさんがあまりにも真剣で何か苦しそうな顔をしていたからかもしれない。
サトシはレイジさんがぽつりぽつりと語りだす言葉に耳を傾けていた。
「そのことになると必死で格好なんてつけてる余裕もなくて」
「以前に話を聞いただけで今日会ったばっかりなのに、こういう事を言っても信用してもらえないかもしれない」
「それでもいい、聞いてくれ」
背中に回った腕の力がくっと更に加わった。
「譲れないもの。それが君だよ、サトシくん」
「オレ…?」
話を聞いていると、なんとなく、なんとなくだけど、自分が求められているらしいと言う事は分かった。
しかし、自分がどうするべきなのかは分かるはずもなかった。
何をどうすればこの場が上手く解決できるのかを。
考えても分からないものはしょうがない。とりあえず、この状況は気恥ずかしいから放してもらおう。
若干息苦しいし。
「あの、レイジさん。取あえず、…放してくれませんか?」
「…サトシくん、話、聞いてた…かい?」
「も…もちろん聞いてました!言いたいことは何となく分かりました。でも、オレ、多分、レイジさんに何もしてあげられな
いよ」
「本当に分かっているのかい?君が僕に出来ることは沢山あるよ」
「え?…明日の試合に勝つことですか?」
「それもあるね」
「他に…ありますか?」
「…質問を変えよう。サトシくんは恋愛感情とかどう?」
「ど…どうと言われても、よく…分からないです」
「皆仲良しでいいと思いますし」
「そうだね、それはもちろんいいと思うよ。だけど」
サトシの背中に回されていたレイジの腕の力が緩んだ。
足は地にストンと音を立てて降り立った。
「特別な感情は間違いなくあるんだよ」
サトシはレイジの瞳をじっと見つめた。
目の中に光彩を放つ星がきらきらときらめいているみたいで見とれ、目が離せなかった。
ふいに目の前が陰ったと思ったら額にレイジの銀髪がかかった。
くすぐったいだとか思う前に目の前の光景にあっけにとられ、考えが一気に吹っ飛んだ。唇に妙な感触が、あった。
柔らかくて暖かな。
え?あれ?これって…?
何か変じゃないか?
恋愛感情の話してて、
だって、男同士…。え?
キス?
そう、思い当たった瞬間、急に恥ずかしくてたまらなくなった。
考えれば考えるほど恥ずかしくなり、その場から逃げたしたくなって衝動的にレイジを突き飛ばした。
が、突き飛ばしたというより、レイジの体を押した反動で自分の体が吹っ飛んだ。
地面に尻餅をついて転んだ。
「サトシくん、大丈夫かい?」
「…んで…」
「え?」
「なんで…こんな」
サトシの顔がオクタンの様に真っ赤になる。
顔が熱を持っているのか火照って熱い。
でも、こんな真っ赤になった顔、見せられるわけがない。
サトシは俯いたまま唇を手の甲に押し当てたまま、尋ねた。
「言っただろう?真剣だって」
「だからって!」
サトシはきっとするどい眼差しでレイジを見たが、柔らかな微笑の前に意気消沈してしまった。
「だからって?」
「だか…ら」
レイジはずっと優しい目でこちらを見つめている。
誰が見ても分かるぐらい、その目には特別な感情が宿っていた。
サトシは反射的にぱっと、視線をそらした。
なんで、こんなに恥ずかしいんだ?
今までこんな風にオレ、見られてたのか?その視線が気になって仕方がなく、耐えられなくなった。
「オレ…帰ります」
俯いたまま立ち上がって、お尻についた砂を払った。
そのまま回れ右した。
「サトシくん!」
後ろを向いたままのサトシを眩しそうにレイジが見つめる。
月の光がみせる幻か、サトシがいつもより大きく見えた。
「オレ、明日、絶対スモモに勝ちます」
「あぁ」
「それで…あの…」
「オレ、レイジさんの言ったこと、分かったつもりです。
少なくても、レイジさんは俺の中で…他の人とは…違いますから」
「サト」
レイジが言葉を続ける前にサトシは走り去ってしまった。
追おうかと1、2歩歩いたものの、レイジは困ったように微笑むとそのままサトシの後姿を見送った。
サトシは必死に走るせいで何回か途中で転びそうになった。
頭の中がぐちゃぐちゃで整理がつかない。
止まるとさっきのことを思い出しそうになる。
さっきのキスが不覚にも気持ちいいとか思ってしまったこととか。
「オレ…何考えてるんだ」
顔がまた赤くなる。走るスピードを上げたら1メートルもいかないところで転んだ。
次の日、サトシは熱いバトルを繰り広げ、見事にバッチをゲットしたのだった。
終
「ご…ごめんなさい!こんな時間までつき合わせてしまって。」
「それはいいんだ。迷惑じゃないしね。」
微笑みながらそう返すレイジに対し、いい人だなぁと感心してしまう。
弟との違いが明らか過ぎて、とても同じ兄弟とは思えない。
「あれ?そういえばタケシとヒカリは?ピカチュウも。」
そこでようやく、何か静かと思い、気がついた。
「練習に集中してて気付かなかったのかい?ヒカリくんがお腹がすいたといって先にポケモンセンターに帰ったよ。先に帰って食べているそうだよ。サトシくんはお腹はすいてないかい?」
「ご飯…」
そういわれると、お腹の虫がタイミングよく鳴いた。
いつもならもうとっくに晩御飯にありついている時間だ。
レイジはその様子を見て、笑うとサトシに向かって手招きした。
「おいで、夕飯に招待するよ」
レイジさんの家はポケモンがいっぱいいて、色々なポケモンに触れ合っているうちにご飯が出来たから退屈はしなかった。
レイジさんは料理もうまくて、おかわりを何回もねだった。
晩御飯を食べ終わったところでもう一つねだった。「今日中にブレイブバードを完成させたいんです。もう一度練習に付き合ってくれませんか?」
頭をさげた。それも腰を45度曲げる深い下げっぷりにレイジさんは目を丸くした。
「こんな時間に?明日のためにもうポケモンセンターに戻って休んだほうがいいんじゃないか?」
「どうしても今日中に仕上げたいんです。ヒカリもスモモのために頑張ってるし、…シンジに差をつけられたくないんです。」
「シンジにね…」
その言葉を聞いて顔を上げると、レイジさんは困ったような渋い顔をしていた。
「ご…ごめんさい。オレ…」
弟を馬鹿にするように聞こえたのだろうか、大体弟のライバルなんかにこんなに親切にしてもらっているというのにこれ以上何を望のか。
あたりまえだ。いい顔をしないはずがない。
せっかく技を教えてもらえるまで仲良くなれたのに何をやってるんだ。
「サトシくん?」
「オ…オレ、やっぱり帰ります。ご馳走様でした。」
テーブルに置いた帽子を手早く取ると、足早に玄関に向かう。
「サトシくん、待って。」
食器を片付けようとしていたレイジはテーブルに手に持っていた食器を置き、サトシを追いかけた。
「サトシくん」
サトシの腕を掴むとサトシは足を止めた。
俯いたままぐるんと振り返り、また頭を下げた。
「ごめんなさい」
「どうしたんだ?何を謝って…」
「オレ、レイジさんの前で…シンジをあんまりよくない風に言ったから、嫌われたかと…」
「え?嫌いどころか好」そう言い掛けて、レイジは自分で自分の口を手で覆った。
「嫌い…じゃない?」ゆっくり顔をあげていく。
今にも泣きそうな顔をしていた。
「何を勘違いしたのかわからないけど嫌いじゃないよ」
安心させるようにサトシに微笑みかけ、頭を撫でた。
サトシはほっとして、顔の緊張を緩め、嬉しそうに笑みを浮かべた。
レイジが玄関のドアノブに手をかけた。ドアの隙間から入ってくる外のひんやりとした冷気が髪を撫でる。
「さぁ、これから練習するんだろう?」
「…はい!!」空は満天の星空、公園は静かで周りに建物はない。月だけがサトシ達を照らしていた。
「ムクバード!ブレイブバードだ!」
星が宝石のように瞬く虚空に綺麗な螺旋を描き、ムクバードの体は徐々にきらめき、光を放った。
岩は粉々に勢いよく弾け飛んだ。砂煙を大きく巻き上げ、ムクバードがサトシの元に舞い戻ってきた。
「よくやった!ムクバード。レイジさん、見てくれてました?どうでしたか?」
にこにこしながら振り返るサトシに向かって拍手で返した。
「完璧なブレイブバードだ。明日にでもスモモに挑戦出来るな」
「ありがとうございます。レイジさんのおかげです!」
「サトシくんとムクバードが頑張ったからだよ」
「いえ、レイジさんがいてくれなかったら出来ませんでした。本当なら何かお礼でもするべきなんですけど」
「お礼は明日の朗報でいいよ、『勝った』というね」
「それは」
「ん?」
それは、社交辞令みたいなものですか?
自分で問いかけるだけでは答えが出ない。
すぐ傍にレイジさんがいても暗くて表情が見えない。
気付いたら口に出ていた。
「いいんですか?…さっき、シンジに追いつきたいって言って困ってました」
「え?……あぁ、あれ。…出来ればあれは忘れて欲しいな。後から思うと自分でもすごく見苦しいなと思ったからね」
声のトーンからして苦笑いしているようだ。
忘れて欲しいと思ったのは、つい、本音が零れ落ちたから…?
自分を追い詰めると分かっていても、聞かずにはいられなかった。
「何故そう思ったんですか」
レイジさんの顔を見上げても何も見えない。多分、返答にすごく困っているのだろう。
「まいったな。…言わないつもりだったのだけど。
…つまり僕がシンジに嫉妬したんだよ」
「へ?」
あまりの予想外の答えに自分でもびっくりするぐらい情けない声が漏れた。
それに、予想を遥かに上回る答えだったので、サトシは理解できずにうんうん唸った。
「…いくら考えても意味が分からないんですが」
「本当に?」
「はい」
「全く?」
「全く」
「どうしても?」
「どうしても」
「これは予想以上だ」
レイジは声を高らかに上げて笑った。どうやらお腹を抱えて笑っているようだ。
サトシはぽかーんとした顔でほぼシルエットの彼を見つめた。
「オ…オレ、あんまり頭は良くないのは自覚してますけど、もしかして馬鹿にしてますか?」
そう思ったら顔が赤くなった。これでも、そんなに馬鹿ではないと思う……多分。「ごめんごめん。馬鹿にしてるつもりはないよ」
レイジはサトシの頭をくしゃくしゃに掻き回すように撫でた。
まるで犬のような扱われ方だが、悪い気はしなかった。
「思ったより可愛いんだなって」
「なっ…かわ…?」
「もちろん悪い意味はないよ」
「はい…?」
いまいち腑に落ちない。
会話が途中から全然分からない。
「途中から意味が分からないんですけど」
ようやく笑いのツボが去ったのか、呼吸を整えて、普段どおりにもどったようだ。
「今、サトシくんの頭の中には明日のジム戦に勝ってシンジに追いつくことしかないだろう?」
「はぁ、まぁ」
もちろんそれだけではないが、明日のジム戦に誰を出そうとか、ルカリオに誰をあてようとか…いや、ジムのことばっかりか。
「その事が気に入らなかったんだ」
「?」
ここから意味が分からない。
首を右に60度ぐらい傾けた。
その仕草はまるでヨルノゾクみたいだ。
「サトシくんの頭にはシンジしかいないと言う事が気に入らなかったんだよ」「え?」
いや、シンジしかいない訳じゃなく、他にも…。
そこでサトシの思考回路がぷつりと途切れた。
いや、正確には途切れたわけではなく、他の事を考えなければいけなくなり、その事を考える余裕がなくなったのだった。
急にサトシの足が地面から離れた。
顔はレイジの胸の辺りに押し付けられ、体にレイジの両腕ががっしりと回されていた。
つまり、抱きしめられた。
実際は地に足がついていないせいで抱きかかえられているのかもしれない。
とにかく、体の自由はまるで機能停止したかのように指一本動かせないでいた。
サトシの頭の中は真っ白でこの瞬間にも何が起こったのかを理解出来ないでいた。
何もしていない訳ではなく、ただただ、レイジの胸の鼓動の音を聞いていた。
早鐘のように打つ生命の音を聞いていると、不思議と徐々に気が緩み冷静になれた。
「弟に焼餅を焼くなんて本当にどうかしていると思うよ。…でも、譲れないものもあるんだ」
言いたいことは沢山あった。
けれど、言う気になれなかった。
それが、レイジさんがあまりにも真剣で何か苦しそうな顔をしていたからかもしれない。
サトシはレイジさんがぽつりぽつりと語りだす言葉に耳を傾けていた。
「そのことになると必死で格好なんてつけてる余裕もなくて」
「以前に話を聞いただけで今日会ったばっかりなのに、こういう事を言っても信用してもらえないかもしれない」
「それでもいい、聞いてくれ」
背中に回った腕の力がくっと更に加わった。
「譲れないもの。それが君だよ、サトシくん」
「オレ…?」
話を聞いていると、なんとなく、なんとなくだけど、自分が求められているらしいと言う事は分かった。
しかし、自分がどうするべきなのかは分かるはずもなかった。
何をどうすればこの場が上手く解決できるのかを。
考えても分からないものはしょうがない。とりあえず、この状況は気恥ずかしいから放してもらおう。
若干息苦しいし。
「あの、レイジさん。取あえず、…放してくれませんか?」
「…サトシくん、話、聞いてた…かい?」
「も…もちろん聞いてました!言いたいことは何となく分かりました。でも、オレ、多分、レイジさんに何もしてあげられな
いよ」
「本当に分かっているのかい?君が僕に出来ることは沢山あるよ」
「え?…明日の試合に勝つことですか?」
「それもあるね」
「他に…ありますか?」
「…質問を変えよう。サトシくんは恋愛感情とかどう?」
「ど…どうと言われても、よく…分からないです」
「皆仲良しでいいと思いますし」
「そうだね、それはもちろんいいと思うよ。だけど」
サトシの背中に回されていたレイジの腕の力が緩んだ。
足は地にストンと音を立てて降り立った。
「特別な感情は間違いなくあるんだよ」
サトシはレイジの瞳をじっと見つめた。
目の中に光彩を放つ星がきらきらときらめいているみたいで見とれ、目が離せなかった。
ふいに目の前が陰ったと思ったら額にレイジの銀髪がかかった。
くすぐったいだとか思う前に目の前の光景にあっけにとられ、考えが一気に吹っ飛んだ。唇に妙な感触が、あった。
柔らかくて暖かな。
え?あれ?これって…?
何か変じゃないか?
恋愛感情の話してて、
だって、男同士…。え?
キス?
そう、思い当たった瞬間、急に恥ずかしくてたまらなくなった。
考えれば考えるほど恥ずかしくなり、その場から逃げたしたくなって衝動的にレイジを突き飛ばした。
が、突き飛ばしたというより、レイジの体を押した反動で自分の体が吹っ飛んだ。
地面に尻餅をついて転んだ。
「サトシくん、大丈夫かい?」
「…んで…」
「え?」
「なんで…こんな」
サトシの顔がオクタンの様に真っ赤になる。
顔が熱を持っているのか火照って熱い。
でも、こんな真っ赤になった顔、見せられるわけがない。
サトシは俯いたまま唇を手の甲に押し当てたまま、尋ねた。
「言っただろう?真剣だって」
「だからって!」
サトシはきっとするどい眼差しでレイジを見たが、柔らかな微笑の前に意気消沈してしまった。
「だからって?」
「だか…ら」
レイジはずっと優しい目でこちらを見つめている。
誰が見ても分かるぐらい、その目には特別な感情が宿っていた。
サトシは反射的にぱっと、視線をそらした。
なんで、こんなに恥ずかしいんだ?
今までこんな風にオレ、見られてたのか?その視線が気になって仕方がなく、耐えられなくなった。
「オレ…帰ります」
俯いたまま立ち上がって、お尻についた砂を払った。
そのまま回れ右した。
「サトシくん!」
後ろを向いたままのサトシを眩しそうにレイジが見つめる。
月の光がみせる幻か、サトシがいつもより大きく見えた。
「オレ、明日、絶対スモモに勝ちます」
「あぁ」
「それで…あの…」
「オレ、レイジさんの言ったこと、分かったつもりです。
少なくても、レイジさんは俺の中で…他の人とは…違いますから」
「サト」
レイジが言葉を続ける前にサトシは走り去ってしまった。
追おうかと1、2歩歩いたものの、レイジは困ったように微笑むとそのままサトシの後姿を見送った。
サトシは必死に走るせいで何回か途中で転びそうになった。
頭の中がぐちゃぐちゃで整理がつかない。
止まるとさっきのことを思い出しそうになる。
さっきのキスが不覚にも気持ちいいとか思ってしまったこととか。
「オレ…何考えてるんだ」
顔がまた赤くなる。走るスピードを上げたら1メートルもいかないところで転んだ。
次の日、サトシは熱いバトルを繰り広げ、見事にバッチをゲットしたのだった。
終
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