- 2015⁄11⁄28(Sat)
- 00:34
教団の少年達
1.囚われた少年
尾高拓己(おだか・たくみ)は腕や手首の痛みで目を覚ました。頭もジンジンと不快に痛む。白く冷たい光の中で、拓己は半ばパニックを起こしながら自分が置かれた状況と周囲の様子を確かめた。
自宅の自分の部屋と恐らくほぼ同様の広さ、つまり四畳半程の狭さの四角い部屋。部屋の中には、自分と自分が縛り付けられた簡素な椅子の他には何も無い。しかし椅子は床に直付けされているらしく、拓己がどれだけ体を動かしてもビクともしなかった。拓己が座らされた正面には扉が一つ。背後の壁も含めて窓は一切無かった。
拓己は自身を縛めるナイロンロープをなんとか緩めようと腕に力を入れたが、中学二年生の少年の力ではどうともならなかった。寧ろ拓己が暴れれば暴れるほどロープが肉に食い込んでくるようで、拓己は溜息をつくと無理に体を動かすのをやめた。
拓己は顔を落とすと、鈍痛が続く頭で記憶を辿った。冬休みの一日目の夜、中学校のサッカー部の練習を終えて帰宅した拓己は、母親が作り置きしていた料理を電子レンジで温め一人で夕食をとった。両親は数年前に相次いで職を失って以来、入信する教団で仕事に就き家を空けがちになった。二歳年上の兄である弘己(ひろみ)は、自分と共に教団や教団を心底信奉する両親に否定的であったにも関わらず、教団が運営する高校に何の前触れも無く進学し、それ以来夏休みにも帰らなくなった。全寮制の別学制高校の生徒として常に教団の施設内で生活しているらしく、恐らくこの年末年始にも自宅には姿を見せないだろう。両親は時折面会に訪れており、拓己もよく誘われはするものの、恐らく弘己はもう自分が知る兄ではなくなっている、そう直感する拓己は絶対に応じずにきた。
数年前までは家族四人で囲んでいた食卓に、今では拓己の姿しか無かった。きっと仕事の合間を見付けて帰宅した母がクリスマスのケーキとして残してくれたのであろうロールケーキをつつきながら、拓己は泣いた。そして、急な眠気に襲われた拓己は風呂にも入らずに自身のベッドに潜り込んだ。
ロープで縛られた拓己は、部屋着と寝間着兼用のジャージ姿のままだった。首を巡らして臭いを嗅ぐと、乾いた汗の臭気が上がってくる。今が何時であるのかは分からなかったが、拓己は自分が拉致されたタイミングを理解した。そして急な眠気の原因にも、拓己自身敢えて避けていた可能性に、思い至った。
尾高拓己(おだか・たくみ)は腕や手首の痛みで目を覚ました。頭もジンジンと不快に痛む。白く冷たい光の中で、拓己は半ばパニックを起こしながら自分が置かれた状況と周囲の様子を確かめた。
自宅の自分の部屋と恐らくほぼ同様の広さ、つまり四畳半程の狭さの四角い部屋。部屋の中には、自分と自分が縛り付けられた簡素な椅子の他には何も無い。しかし椅子は床に直付けされているらしく、拓己がどれだけ体を動かしてもビクともしなかった。拓己が座らされた正面には扉が一つ。背後の壁も含めて窓は一切無かった。
拓己は自身を縛めるナイロンロープをなんとか緩めようと腕に力を入れたが、中学二年生の少年の力ではどうともならなかった。寧ろ拓己が暴れれば暴れるほどロープが肉に食い込んでくるようで、拓己は溜息をつくと無理に体を動かすのをやめた。
拓己は顔を落とすと、鈍痛が続く頭で記憶を辿った。冬休みの一日目の夜、中学校のサッカー部の練習を終えて帰宅した拓己は、母親が作り置きしていた料理を電子レンジで温め一人で夕食をとった。両親は数年前に相次いで職を失って以来、入信する教団で仕事に就き家を空けがちになった。二歳年上の兄である弘己(ひろみ)は、自分と共に教団や教団を心底信奉する両親に否定的であったにも関わらず、教団が運営する高校に何の前触れも無く進学し、それ以来夏休みにも帰らなくなった。全寮制の別学制高校の生徒として常に教団の施設内で生活しているらしく、恐らくこの年末年始にも自宅には姿を見せないだろう。両親は時折面会に訪れており、拓己もよく誘われはするものの、恐らく弘己はもう自分が知る兄ではなくなっている、そう直感する拓己は絶対に応じずにきた。
数年前までは家族四人で囲んでいた食卓に、今では拓己の姿しか無かった。きっと仕事の合間を見付けて帰宅した母がクリスマスのケーキとして残してくれたのであろうロールケーキをつつきながら、拓己は泣いた。そして、急な眠気に襲われた拓己は風呂にも入らずに自身のベッドに潜り込んだ。
ロープで縛られた拓己は、部屋着と寝間着兼用のジャージ姿のままだった。首を巡らして臭いを嗅ぐと、乾いた汗の臭気が上がってくる。今が何時であるのかは分からなかったが、拓己は自分が拉致されたタイミングを理解した。そして急な眠気の原因にも、拓己自身敢えて避けていた可能性に、思い至った。
- category
- ショタ小説2
- 2015⁄11⁄21(Sat)
- 00:31
クリスマスは我がチで
0. metaphor
アメリカ合衆国ケンタッキー州の名前は、一説にはチェロキー族の言葉「暗い血まみれの大地」に由来するという。(参考:Wikipedia日本語版)
この地は新たな種族の聖地となり、その名もまた新たな意味を持つこととなるだろう。
その日は、もう間近に迫っている。
アメリカ合衆国ケンタッキー州の名前は、一説にはチェロキー族の言葉「暗い血まみれの大地」に由来するという。(参考:Wikipedia日本語版)
この地は新たな種族の聖地となり、その名もまた新たな意味を持つこととなるだろう。
その日は、もう間近に迫っている。
- category
- ショタ小説2
- 2015⁄11⁄21(Sat)
- 00:24
支配の発端
金曜日の夕方、中学校のサッカー部の活動を終えた荒木俊太(あらき・しゅんた)と吉井広登(よしい・ひろと)は練習着姿のまま、家までの道を並んで歩いていた。二人とも中学二年生で、対外試合ではベンチを暖める時間の方が長い控えの選手。サッカーが好きな気持ちは他のチームメイトにも負けないつもりだったが、技能や試合での判断力がやや劣っているのも事実だった。
特に最近焦っているのは俊太の方で、いつもつるんでいる広登が技術的な欠点を確実に潰しつつあり、また交代要員として試合に投入された時の動きが適確になってきていることに対し、急に劣等感を抱き始めていた。
「…って、やっぱり評判通り面白いよ。今度貸そっか?」
広登は自分よりも背が高い俊太の顔を見上げながら、小遣いをはたいて購入したばかりのゲームソフトの話を続けていた。
「あ、うん、さんきゅ…」
俊太は半分上の空で返していた。俊太は広登に対して素朴な疑問を投げかけるべきかどうか、僅かな自尊心に足を引っ張られながら逡巡していた。
俊太が今の中学校に転校してきたのは、一年生の秋のこと。緊張していた彼に最初に声を掛け、周囲に溶け込むきっかけを作ってくれたのは広登だった。自宅が近所で、同じくサッカー好きであったことが手伝い、また何より広登がいつもニコニコ笑いながら俊太の強がりや弱音を受け入れてくれていたお陰で、二人は今ではお互いを一番の友人と認め合う間柄になっていた。二年生になってクラスが分かれてもその関係は変わらず、同級生の女の子に想いを寄せるようになった俊太が、顔を真っ赤にしながらそのことを相談したのも広登だった。但し、この時広登が「俊太だったら絶対大丈夫だって」と告白を勧めたものの、俊太は結局何もできずに今日に至っている。
「えーと、さ、広登…」
俊太は校内の噂話を始めようとする広登をさえぎった。
「ん?なに?」
「ちょっと恥ずかしいこと訊いちゃうんだけどさ…」
広登は不思議そうな表情で首を傾げた。
「広登って最近サッカー色々うまくなってんだろ?」
「えー、そんなことないって」
そうは言いながらも、広登はまんざらでもない顔をした、ように俊太には見えた。
「こんなこと訊いてもしょうがないかも知んないけど、なんで?なんか練習のコツあんの?あるんなら、俺も真似させてもらっていい?」
広登はポカンと口を開けて俊太の顔を見上げ、ややあってから笑みを浮かべた。
「僕なんかより俊太の方が元々うまいよ。僕は全然背も伸びないし」
「でもさ…」
食い下がろうとした俊太に向かって、広登はグイと顔を寄せてきた。
「敢えて言うと、一つだけ、やり始めたことがあるよ」
「え」
広登は顔を寄せたまま、やや小声で続けた。
「僕、カウンセリング受けてるんだよ。最近」
「え?カウンセ…、って何だっけそれ」
「カウンセリング。僕の義理のお兄さんがね、心理学かな?なんかそっちに詳しくて、メンタル含めて一対一の反省会やってくれるの。次の練習や試合ではどういう風にやればいいか、ってこと含めて」
「へーっ」
そういえばプロのスポーツ選手もそうしたものを受けているって耳にしたことがあるかも、と俊太は感心した。
「その義理のお兄さんって、サッカーの選手だったとか?」
「ううん、全然。陸上はやってたらしいけど、球技は全然ダメだったんだってさ。だけど、反省会のカウンセリングは僕の記憶を元に僕自身がイメージトレーニングするもので、兄さんはその手伝いするだけだから、あんま関係無いよ」
「ふぅん。そっか。そういうことしてたんだ」
「俊太も受けてみる?兄さんのカウンセリング」
「え?いいの?」
驚く俊太に対し、勿論、と広登はにっこり笑った。
「でも俺、お金なんて払えないよ」
「お金なんていらないよ。僕なんて、逆に色々おごってもらってるくらいだし」
「うーん…」
「兄さんも、友達連れてきていいぞ、って言ってるし、土曜日の数時間だけだし、続ける必要なんて無いし」
その時丁度、二人の帰路が分かれる交差点に差し掛かった。二人は立ち止まり、俊太は腕を組みながら考え込み、広登は黙ったまま俊太の決断を待った。俊太は少し慌てながら、やや強引に結論を急ぐことになった。
「そっか…。義理のお兄さんの家って近い?」
「うん。自転車で15分くらいかな。明日の午後も行くつもりなんだけどさ、どうする?」
広登の顔を見返すと、決断を煽るでもなく、いつも同様の笑顔があった。
「じゃあ…、行ってみようかな」
俊太の合意に、広登は笑みを深くした。
「そしたら、1時半くらいにいつもの公園でいい?」
「うん、分かった。チャリで?」
「うん、チャリで。あ、あとね、2つだけお願い」
「なに?」
俊太は微かに不安を覚えた。やっぱり、何か条件があるんじゃないか。しかし不安はすぐに好奇に変わり、寧ろ俊太の背中を押すことになる。
「兄さん、その道だとちょっと有名なので、内緒にしてもらっていい?」
「へーっ、そうなんだ。もしかしてテレビとか出てんの?」
「そこまでは行かないんだけど、本とか実名で書いてるんだって」
「すげ」
「あとね、イメージトレーニングし易いように、ってことで、ユニフォーム、ってかサッカーやる時の格好してった方がいいよ」
「え、まじ?」
俊太が面倒臭いと言わんばかりの表情を浮かべた。
「うん。僕は脚の感覚も分かり易いように、ソックス履いてレガースも付けてるくらい」
「ふぅん…。まぁ、うん、分かった。でもさすがに、スパイクはいらないだろ?」
「あ、そだね。スパイクはね。普通のマンションの中だしね」
じゃあまた明日。お互いに声を掛け合って、俊太と広登は分かれた。振り返ること無く小走りに去っていく俊太を眺めながら、広登は笑みを浮かべていた。
俊太の姿が民家の塀に隠れて見えなくなると、広登は溜息を一つついて踵を返した。
「俊太ぁ…」
自宅に向かいながら、広登はいとおしむように俊太の名前を呟いた。そして、肩から斜めに掛けていたエナメルバッグを前に引き寄せ、股間を隠すように腰の前辺りで抱える。バッグの陰で、広登の白いサッカーパンツは固くなった彼自身によって膨らみを増していた。
「あぁ…そうだ…明日のこと、兄さんに報告しとかないと…」
ぼそっと呟く広登の顔からは、ほんの数瞬の間ではあったが表情が消え去った。すぐに元の顔を取り戻した広登は、顔を上げ自宅への道を走り出した。
「早く…兄さんに…報告…」
興味
土曜日の昼下がり。俊太は集合時間より少し早めに公園に来ていた。薄手の半袖パーカーとハーフ丈のカーゴパンツという出で立ちではあったが、その中には広登の指示通りにプラクティスシャツと、スパッツ、サッカーパンツを着込んでいた。また、スニーカーを履いた足首には、サッカー用の黒いストッキングが丸められていた。
広登が現れたのは集合時間間際のことだった。お待たせー、と手を振る広登は、上下共に紺色の半袖ピステシャツとハーフピステパンツをまとい、いかにもサッカーをしに行くかのような姿だった。
「ばりばりサッカーの格好だなー。ボールとスパイク持ってないのがおかしいくらいだ」
俊太が言うと、広樹は少し照れ臭そうに笑った。
「半袖のピステってあんまり着ること無いから…。兄さんところ行く時は、これ着ることにしてるんだよね」
「確かに、長いのなら寒い時に着ることあるけど」
「俊太はどうした?ソックスは穿いてきたみたいだけど」
俊太はパーカーの裾をめくり、ハーフパンツを下げてみせた。脇に黒い切り返しが入った白いプラクティスシャツと、黒いサッカーパンツが見える。
「いつものヤツ着てきた」
「あ、だね。僕も今日は上が白で下が黒。一緒だ」
サッカー部のゲームユニフォームは黒を基調にしており、部員達が各々で購入する練習着も自然と白や黒が多くなっていた。膝下まで伸ばした広登のストッキングもまた、俊太と揃いの黒だった。
「レガースもちゃんとあるよ」
俊太はパーカーのポケットからレガースを引っ張り出した。広登はいつものようにニッコリ笑ってみせた。
広登が言った通り、広登の義理の兄が住むマンションまでは自転車で15分だった。木目調の大きな扉の前で、俊太は圧倒されていた。
「え、この高級マンションがお兄さん家?」
「高級なのかなぁ。うん。ここの14階だよ」
広登は扉を開けると、自転車を押したまま入っていく。
「ちょ、おい、チャリも?」
「うん、駐輪スペースは中にあるから」
広登はインターフォンのパネルを慣れた手付きで操作する。
「はい?」
すぐにスピーカーから応答がある。まだ若い感じの声だった。
「あ、僕です。広登です。今日は友達も連れてきましたー」
「待ってたよ。どうぞー」
広登の横で遠隔操作の自動ドアが開く。
「いいよ。入って」
「あ、うん、はい」
俊太は慌てて自転車を押した。
「広登の義理のお兄さんって、すごいな」
エレベータに乗り込みながら、少し興奮気味に俊太が尋ねる。
「うん。お金に余裕あるみたい」
「もう結婚してるのかな」
「まだ独身だよ。28歳だし」
「へー。えっと、この前広登の姉ちゃん結婚しただろ?その旦那さんの?」
「うん。姉ちゃんの相手の弟さん。こんな近所に住んでるとは思わなかった」
広登には5歳離れた兄と10歳離れた姉がいる。姉は社会人になって知り合った男性と昨年結ばれ、広登には姉よりも更に年上の兄弟ができたのだった。
「それも高級マンションにねぇ。やっぱり有名人なんだなー」
エレベータを下り廊下を歩きながら感心しきりの俊太に、広登は苦笑いした。
間も無く「真田」という表札が掛けられたドアの前に到り、広登は呼び鈴のボタンを押した。ボタンの近くにはカメラが備え付けられているのが分かる。俊太は何となく覗き込んでみた。
インターフォンでの確認も無く、やがて扉が開けられた。
「兄さん、こんにちは。また来ちゃいました」
「いらっしゃい、待ってたよ。広登くんと、えーと…」
「あ、あの、荒木、俊太ですっ。よろしくお願いしますっ」
俊太は緊張でやや噛みながらも挨拶し、頭を下げた。
「荒木くんか。真田諒(さなだ・まこと)です。よろしく。どうぞ、上がって」
諒は、グレーのデニムパンツに黒い長袖Τシャツという格好のためでもあろうが、大学生にも見間違えそうな童顔の持ち主だった。
二人が通されたリビングルームは広く明るく、大きなガラス窓の向こうには町並みが広がっていた。俊太は緊張していたことも忘れて思わず感嘆の声を上げてしまった。
「風景はいいだろ?」
「は、はいっ」
諒に声を掛けられ、俊太はまた固くなってしまった。
「緊張することはないって。とりあえず飲み物でも出そうか。そこのソファーに座ってて」
「はい、ありがとうございますっ」
「俊太、カチコチだよ」
広登は俊太の袖を引っ張ってソファーに座らせた。
「え、だってさ…」
中学生の目にも、室内の調度品や家電製品が高価なものばかりであることが容易に分かった。
ソファーは窓の近くにあり、座った目の高さからもバルコニーの柵を通して風景を見ることができる。諒がキッチンで準備する間、俊太は町並みと部屋の中とに交互に目を走らせていた。
「冷えた飲み物って、スポーツドリンクとお茶しか無くて。お茶が良ければ言ってくれよ」
諒は二人の前のガラステーブルにコースターとスポーツドリンク入りのグラスを置いた。自分自身も同じものを飲みながら、俊太と向かい合うソファーに座る。
「ありがとうございますっ」
「すみません」
俊太と広登がそれぞれ礼を言いながら、グラスに口を付ける。
「あれ、凄いですね」
俊太はグラスを持ちながら、リビングルームの端に設置された大型の薄型ディスプレイとリラックスチェアを指差した。ディスプレイの脇には筐体デザインで有名なメーカーのパソコンが置かれており、ディスプレイ上部にはウェブカメラと覚しき機材も据え付けられていた。リラックスチェアはリクライニング機能付きの高い背もたれとフットレストを備えた柔らかそうなものだった。
「あれでネットやったり、映画見たりとか、するんですか?」
「そうだね。自分でも使うけど、カウンセリングの時に相談者に座ってもらう椅子、と言った方が正確かな」
「へぇー」
俊太は広登の顔を覗き込んだ。
「うん。いつもあそこに座ってカウンセリング受けてるよ」
座ってみたいな、と思っていただけに、俊太の顔が期待で明るくなる。
「丁度カウンセリングの話になったから、じゃあ早速広登くんから始めようか」
「ですね。お願いします」
広登はグラスを置き、ソファーから立ち上がった。
「あ、そうだ、荒木くんにカウンセリングのやり方を説明しておかないとね」
諒は俊太の顔を真っ直ぐに見詰めながら言った。
「は、はい、お願いします」
俊太はまた少し緊張する。一方の広登は、ピステパンツのポケットから取り出したレガースをストッキングの中に差し込み、位置を調整していた。
「僕のカウンセリングは、催眠術を使います」
「え…、催眠、術、ですか?」
俊太は思いも掛けなった言葉に目を丸くした。
「そう。催眠術。ちょっと信じられなくなっちゃったかな?」
諒は苦笑しながら尋ねた。
「いや、その…」
俊太は口籠った。
「催眠術って、変なイメージが付いてしまってるからね。でも、臨床心理学や医学の世界でちゃんと認められた手法で、アニメやドラマにあるような荒唐無稽なものではないんだよ」
「はぁ…」
「僕のカウンセリング手法は、メンタルコーチングとでも言えばいいのかな」
「メンタル…コーチング?」
「そう、コーチングというのは本来、ただ教えるのではなく、選手それぞれが元々持っている力を引き出す指導方法のことを言うんだよね。部活のコーチもそうなんじゃないかな?」
「うーん…」
高校や大学でもサッカーを続けているOBが時々コーチという名目で指導にあたってくれてはいるが、諒が言うコーチングには合致しないかも知れない。俊太はそう感じ、曖昧な返事しかできなかった。諒はそれ以上問い掛けることも無く、説明を続けた。
「メンタルコーチングというのは、精神的な面から選手の潜在能力を発掘したり、実力を抑え付けている要因を取り除こうとするものなんだ」
俊太は頷く。
「でも、人間というのは自分自身の気持ちや記憶や潜在能力について、結構無自覚だし、自分だけで考え込んでしまうとますます分からなくなってしまうものなんだよ」
確かに。俊太にも思い当たることはある。深く頷いた。
「それを引っ張り出すために、催眠術を使う、というわけ。ま、とにかく広登くんのカウンセリングを見てもらって、納得してから受けてもらえればいいよ。そもそも、かかりたくない、って拒絶している人にはかけられないものだしね。安心してもらっていいよ」
「はい、分かりました」
諒の説明に安堵と納得を覚えつつも、俊太はまた少し不安になり広登の様子をうかがった。広登は既にピステの上下を脱ぎ、白いプラクティスシャツと黒いサッカーパンツという出で立ちになっていた。パンツの下から、同色のスパッツの裾を引っ張り出しながら、広登は笑った。
「心配しなくていいって。とにかく見ててよ。絶対次の部活に役立つから」
諒も笑いながら立ち上がる。
「荒木くんはそこで座って見ていてくれるかい?なお、広登くんが催眠状態から醒めるまで、絶対に音を立てたり喋ったりしないようにね。中途半端に催眠状態から抜けてしまうのは、良くないことだから」
「は、はい、気を付けます」
俊太は思わず背筋を伸ばし居ずまいを正した。
「固くなる必要は無いからね。さ、広登くん、椅子に座って、リラックスして待っててくれるかい」
広登は返事をしながらリラックス・チェアに座り、ヘッドレストに頭を埋めた。俊太の位置からはリラックス・チェアを丁度を真横に見ることができた。広登の顔はヘッドレストの縁に隠れていたが、深呼吸しているらしき胸の動きや、力を抜いてフットレストに委ねた脚の様子は見ることができた。
諒が窓にかかったカーテンを閉める。遮光性の高いカーテンらしく、部屋の中は薄暗くなった。
「じゃあ、広登くんのが終わるまで辛抱しててね」
諒は俊太に優しく声を掛けると、小さな丸い椅子をリラックス・チェアの横に置き、座った。俊太からはリラックス・チェアに隠れた諒の顔をうかがうことはできなかったが、諒の顔が広登の顔を覗き込むような位置関係になっていそうなことだけは分かった。
「広登くん、今、リラックスできているかい?」
「はい、でも、まだちょっと…」
静かな部屋で、二人の声が静かに響いた。
特に最近焦っているのは俊太の方で、いつもつるんでいる広登が技術的な欠点を確実に潰しつつあり、また交代要員として試合に投入された時の動きが適確になってきていることに対し、急に劣等感を抱き始めていた。
「…って、やっぱり評判通り面白いよ。今度貸そっか?」
広登は自分よりも背が高い俊太の顔を見上げながら、小遣いをはたいて購入したばかりのゲームソフトの話を続けていた。
「あ、うん、さんきゅ…」
俊太は半分上の空で返していた。俊太は広登に対して素朴な疑問を投げかけるべきかどうか、僅かな自尊心に足を引っ張られながら逡巡していた。
俊太が今の中学校に転校してきたのは、一年生の秋のこと。緊張していた彼に最初に声を掛け、周囲に溶け込むきっかけを作ってくれたのは広登だった。自宅が近所で、同じくサッカー好きであったことが手伝い、また何より広登がいつもニコニコ笑いながら俊太の強がりや弱音を受け入れてくれていたお陰で、二人は今ではお互いを一番の友人と認め合う間柄になっていた。二年生になってクラスが分かれてもその関係は変わらず、同級生の女の子に想いを寄せるようになった俊太が、顔を真っ赤にしながらそのことを相談したのも広登だった。但し、この時広登が「俊太だったら絶対大丈夫だって」と告白を勧めたものの、俊太は結局何もできずに今日に至っている。
「えーと、さ、広登…」
俊太は校内の噂話を始めようとする広登をさえぎった。
「ん?なに?」
「ちょっと恥ずかしいこと訊いちゃうんだけどさ…」
広登は不思議そうな表情で首を傾げた。
「広登って最近サッカー色々うまくなってんだろ?」
「えー、そんなことないって」
そうは言いながらも、広登はまんざらでもない顔をした、ように俊太には見えた。
「こんなこと訊いてもしょうがないかも知んないけど、なんで?なんか練習のコツあんの?あるんなら、俺も真似させてもらっていい?」
広登はポカンと口を開けて俊太の顔を見上げ、ややあってから笑みを浮かべた。
「僕なんかより俊太の方が元々うまいよ。僕は全然背も伸びないし」
「でもさ…」
食い下がろうとした俊太に向かって、広登はグイと顔を寄せてきた。
「敢えて言うと、一つだけ、やり始めたことがあるよ」
「え」
広登は顔を寄せたまま、やや小声で続けた。
「僕、カウンセリング受けてるんだよ。最近」
「え?カウンセ…、って何だっけそれ」
「カウンセリング。僕の義理のお兄さんがね、心理学かな?なんかそっちに詳しくて、メンタル含めて一対一の反省会やってくれるの。次の練習や試合ではどういう風にやればいいか、ってこと含めて」
「へーっ」
そういえばプロのスポーツ選手もそうしたものを受けているって耳にしたことがあるかも、と俊太は感心した。
「その義理のお兄さんって、サッカーの選手だったとか?」
「ううん、全然。陸上はやってたらしいけど、球技は全然ダメだったんだってさ。だけど、反省会のカウンセリングは僕の記憶を元に僕自身がイメージトレーニングするもので、兄さんはその手伝いするだけだから、あんま関係無いよ」
「ふぅん。そっか。そういうことしてたんだ」
「俊太も受けてみる?兄さんのカウンセリング」
「え?いいの?」
驚く俊太に対し、勿論、と広登はにっこり笑った。
「でも俺、お金なんて払えないよ」
「お金なんていらないよ。僕なんて、逆に色々おごってもらってるくらいだし」
「うーん…」
「兄さんも、友達連れてきていいぞ、って言ってるし、土曜日の数時間だけだし、続ける必要なんて無いし」
その時丁度、二人の帰路が分かれる交差点に差し掛かった。二人は立ち止まり、俊太は腕を組みながら考え込み、広登は黙ったまま俊太の決断を待った。俊太は少し慌てながら、やや強引に結論を急ぐことになった。
「そっか…。義理のお兄さんの家って近い?」
「うん。自転車で15分くらいかな。明日の午後も行くつもりなんだけどさ、どうする?」
広登の顔を見返すと、決断を煽るでもなく、いつも同様の笑顔があった。
「じゃあ…、行ってみようかな」
俊太の合意に、広登は笑みを深くした。
「そしたら、1時半くらいにいつもの公園でいい?」
「うん、分かった。チャリで?」
「うん、チャリで。あ、あとね、2つだけお願い」
「なに?」
俊太は微かに不安を覚えた。やっぱり、何か条件があるんじゃないか。しかし不安はすぐに好奇に変わり、寧ろ俊太の背中を押すことになる。
「兄さん、その道だとちょっと有名なので、内緒にしてもらっていい?」
「へーっ、そうなんだ。もしかしてテレビとか出てんの?」
「そこまでは行かないんだけど、本とか実名で書いてるんだって」
「すげ」
「あとね、イメージトレーニングし易いように、ってことで、ユニフォーム、ってかサッカーやる時の格好してった方がいいよ」
「え、まじ?」
俊太が面倒臭いと言わんばかりの表情を浮かべた。
「うん。僕は脚の感覚も分かり易いように、ソックス履いてレガースも付けてるくらい」
「ふぅん…。まぁ、うん、分かった。でもさすがに、スパイクはいらないだろ?」
「あ、そだね。スパイクはね。普通のマンションの中だしね」
じゃあまた明日。お互いに声を掛け合って、俊太と広登は分かれた。振り返ること無く小走りに去っていく俊太を眺めながら、広登は笑みを浮かべていた。
俊太の姿が民家の塀に隠れて見えなくなると、広登は溜息を一つついて踵を返した。
「俊太ぁ…」
自宅に向かいながら、広登はいとおしむように俊太の名前を呟いた。そして、肩から斜めに掛けていたエナメルバッグを前に引き寄せ、股間を隠すように腰の前辺りで抱える。バッグの陰で、広登の白いサッカーパンツは固くなった彼自身によって膨らみを増していた。
「あぁ…そうだ…明日のこと、兄さんに報告しとかないと…」
ぼそっと呟く広登の顔からは、ほんの数瞬の間ではあったが表情が消え去った。すぐに元の顔を取り戻した広登は、顔を上げ自宅への道を走り出した。
「早く…兄さんに…報告…」
興味
土曜日の昼下がり。俊太は集合時間より少し早めに公園に来ていた。薄手の半袖パーカーとハーフ丈のカーゴパンツという出で立ちではあったが、その中には広登の指示通りにプラクティスシャツと、スパッツ、サッカーパンツを着込んでいた。また、スニーカーを履いた足首には、サッカー用の黒いストッキングが丸められていた。
広登が現れたのは集合時間間際のことだった。お待たせー、と手を振る広登は、上下共に紺色の半袖ピステシャツとハーフピステパンツをまとい、いかにもサッカーをしに行くかのような姿だった。
「ばりばりサッカーの格好だなー。ボールとスパイク持ってないのがおかしいくらいだ」
俊太が言うと、広樹は少し照れ臭そうに笑った。
「半袖のピステってあんまり着ること無いから…。兄さんところ行く時は、これ着ることにしてるんだよね」
「確かに、長いのなら寒い時に着ることあるけど」
「俊太はどうした?ソックスは穿いてきたみたいだけど」
俊太はパーカーの裾をめくり、ハーフパンツを下げてみせた。脇に黒い切り返しが入った白いプラクティスシャツと、黒いサッカーパンツが見える。
「いつものヤツ着てきた」
「あ、だね。僕も今日は上が白で下が黒。一緒だ」
サッカー部のゲームユニフォームは黒を基調にしており、部員達が各々で購入する練習着も自然と白や黒が多くなっていた。膝下まで伸ばした広登のストッキングもまた、俊太と揃いの黒だった。
「レガースもちゃんとあるよ」
俊太はパーカーのポケットからレガースを引っ張り出した。広登はいつものようにニッコリ笑ってみせた。
広登が言った通り、広登の義理の兄が住むマンションまでは自転車で15分だった。木目調の大きな扉の前で、俊太は圧倒されていた。
「え、この高級マンションがお兄さん家?」
「高級なのかなぁ。うん。ここの14階だよ」
広登は扉を開けると、自転車を押したまま入っていく。
「ちょ、おい、チャリも?」
「うん、駐輪スペースは中にあるから」
広登はインターフォンのパネルを慣れた手付きで操作する。
「はい?」
すぐにスピーカーから応答がある。まだ若い感じの声だった。
「あ、僕です。広登です。今日は友達も連れてきましたー」
「待ってたよ。どうぞー」
広登の横で遠隔操作の自動ドアが開く。
「いいよ。入って」
「あ、うん、はい」
俊太は慌てて自転車を押した。
「広登の義理のお兄さんって、すごいな」
エレベータに乗り込みながら、少し興奮気味に俊太が尋ねる。
「うん。お金に余裕あるみたい」
「もう結婚してるのかな」
「まだ独身だよ。28歳だし」
「へー。えっと、この前広登の姉ちゃん結婚しただろ?その旦那さんの?」
「うん。姉ちゃんの相手の弟さん。こんな近所に住んでるとは思わなかった」
広登には5歳離れた兄と10歳離れた姉がいる。姉は社会人になって知り合った男性と昨年結ばれ、広登には姉よりも更に年上の兄弟ができたのだった。
「それも高級マンションにねぇ。やっぱり有名人なんだなー」
エレベータを下り廊下を歩きながら感心しきりの俊太に、広登は苦笑いした。
間も無く「真田」という表札が掛けられたドアの前に到り、広登は呼び鈴のボタンを押した。ボタンの近くにはカメラが備え付けられているのが分かる。俊太は何となく覗き込んでみた。
インターフォンでの確認も無く、やがて扉が開けられた。
「兄さん、こんにちは。また来ちゃいました」
「いらっしゃい、待ってたよ。広登くんと、えーと…」
「あ、あの、荒木、俊太ですっ。よろしくお願いしますっ」
俊太は緊張でやや噛みながらも挨拶し、頭を下げた。
「荒木くんか。真田諒(さなだ・まこと)です。よろしく。どうぞ、上がって」
諒は、グレーのデニムパンツに黒い長袖Τシャツという格好のためでもあろうが、大学生にも見間違えそうな童顔の持ち主だった。
二人が通されたリビングルームは広く明るく、大きなガラス窓の向こうには町並みが広がっていた。俊太は緊張していたことも忘れて思わず感嘆の声を上げてしまった。
「風景はいいだろ?」
「は、はいっ」
諒に声を掛けられ、俊太はまた固くなってしまった。
「緊張することはないって。とりあえず飲み物でも出そうか。そこのソファーに座ってて」
「はい、ありがとうございますっ」
「俊太、カチコチだよ」
広登は俊太の袖を引っ張ってソファーに座らせた。
「え、だってさ…」
中学生の目にも、室内の調度品や家電製品が高価なものばかりであることが容易に分かった。
ソファーは窓の近くにあり、座った目の高さからもバルコニーの柵を通して風景を見ることができる。諒がキッチンで準備する間、俊太は町並みと部屋の中とに交互に目を走らせていた。
「冷えた飲み物って、スポーツドリンクとお茶しか無くて。お茶が良ければ言ってくれよ」
諒は二人の前のガラステーブルにコースターとスポーツドリンク入りのグラスを置いた。自分自身も同じものを飲みながら、俊太と向かい合うソファーに座る。
「ありがとうございますっ」
「すみません」
俊太と広登がそれぞれ礼を言いながら、グラスに口を付ける。
「あれ、凄いですね」
俊太はグラスを持ちながら、リビングルームの端に設置された大型の薄型ディスプレイとリラックスチェアを指差した。ディスプレイの脇には筐体デザインで有名なメーカーのパソコンが置かれており、ディスプレイ上部にはウェブカメラと覚しき機材も据え付けられていた。リラックスチェアはリクライニング機能付きの高い背もたれとフットレストを備えた柔らかそうなものだった。
「あれでネットやったり、映画見たりとか、するんですか?」
「そうだね。自分でも使うけど、カウンセリングの時に相談者に座ってもらう椅子、と言った方が正確かな」
「へぇー」
俊太は広登の顔を覗き込んだ。
「うん。いつもあそこに座ってカウンセリング受けてるよ」
座ってみたいな、と思っていただけに、俊太の顔が期待で明るくなる。
「丁度カウンセリングの話になったから、じゃあ早速広登くんから始めようか」
「ですね。お願いします」
広登はグラスを置き、ソファーから立ち上がった。
「あ、そうだ、荒木くんにカウンセリングのやり方を説明しておかないとね」
諒は俊太の顔を真っ直ぐに見詰めながら言った。
「は、はい、お願いします」
俊太はまた少し緊張する。一方の広登は、ピステパンツのポケットから取り出したレガースをストッキングの中に差し込み、位置を調整していた。
「僕のカウンセリングは、催眠術を使います」
「え…、催眠、術、ですか?」
俊太は思いも掛けなった言葉に目を丸くした。
「そう。催眠術。ちょっと信じられなくなっちゃったかな?」
諒は苦笑しながら尋ねた。
「いや、その…」
俊太は口籠った。
「催眠術って、変なイメージが付いてしまってるからね。でも、臨床心理学や医学の世界でちゃんと認められた手法で、アニメやドラマにあるような荒唐無稽なものではないんだよ」
「はぁ…」
「僕のカウンセリング手法は、メンタルコーチングとでも言えばいいのかな」
「メンタル…コーチング?」
「そう、コーチングというのは本来、ただ教えるのではなく、選手それぞれが元々持っている力を引き出す指導方法のことを言うんだよね。部活のコーチもそうなんじゃないかな?」
「うーん…」
高校や大学でもサッカーを続けているOBが時々コーチという名目で指導にあたってくれてはいるが、諒が言うコーチングには合致しないかも知れない。俊太はそう感じ、曖昧な返事しかできなかった。諒はそれ以上問い掛けることも無く、説明を続けた。
「メンタルコーチングというのは、精神的な面から選手の潜在能力を発掘したり、実力を抑え付けている要因を取り除こうとするものなんだ」
俊太は頷く。
「でも、人間というのは自分自身の気持ちや記憶や潜在能力について、結構無自覚だし、自分だけで考え込んでしまうとますます分からなくなってしまうものなんだよ」
確かに。俊太にも思い当たることはある。深く頷いた。
「それを引っ張り出すために、催眠術を使う、というわけ。ま、とにかく広登くんのカウンセリングを見てもらって、納得してから受けてもらえればいいよ。そもそも、かかりたくない、って拒絶している人にはかけられないものだしね。安心してもらっていいよ」
「はい、分かりました」
諒の説明に安堵と納得を覚えつつも、俊太はまた少し不安になり広登の様子をうかがった。広登は既にピステの上下を脱ぎ、白いプラクティスシャツと黒いサッカーパンツという出で立ちになっていた。パンツの下から、同色のスパッツの裾を引っ張り出しながら、広登は笑った。
「心配しなくていいって。とにかく見ててよ。絶対次の部活に役立つから」
諒も笑いながら立ち上がる。
「荒木くんはそこで座って見ていてくれるかい?なお、広登くんが催眠状態から醒めるまで、絶対に音を立てたり喋ったりしないようにね。中途半端に催眠状態から抜けてしまうのは、良くないことだから」
「は、はい、気を付けます」
俊太は思わず背筋を伸ばし居ずまいを正した。
「固くなる必要は無いからね。さ、広登くん、椅子に座って、リラックスして待っててくれるかい」
広登は返事をしながらリラックス・チェアに座り、ヘッドレストに頭を埋めた。俊太の位置からはリラックス・チェアを丁度を真横に見ることができた。広登の顔はヘッドレストの縁に隠れていたが、深呼吸しているらしき胸の動きや、力を抜いてフットレストに委ねた脚の様子は見ることができた。
諒が窓にかかったカーテンを閉める。遮光性の高いカーテンらしく、部屋の中は薄暗くなった。
「じゃあ、広登くんのが終わるまで辛抱しててね」
諒は俊太に優しく声を掛けると、小さな丸い椅子をリラックス・チェアの横に置き、座った。俊太からはリラックス・チェアに隠れた諒の顔をうかがうことはできなかったが、諒の顔が広登の顔を覗き込むような位置関係になっていそうなことだけは分かった。
「広登くん、今、リラックスできているかい?」
「はい、でも、まだちょっと…」
静かな部屋で、二人の声が静かに響いた。
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- ショタ小説2
- 2015⁄11⁄15(Sun)
- 00:28
状態異常
彼は地元中学校の一年生。男子サッカー部に入部してから、毎朝6時には自主的に起床して朝練に向かうようになっていた。他の部が校庭を使用する日も、空き教室での筋トレのために同じ時間に登校していた。
朝ゆっくり寝ていたい、という気持ちが無いわけではない。しかし、6時には自然と目が覚め、朝練に出なくては、という義務感に背を押される。不思議なことにその義務感は、校庭を走り回れる日よりも教室に集合する日の方が強かった。
今朝も、彼は寝惚け眼でベッドから這い出した。パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ全裸になると、チームカラーの赤いスパッツを肌に直接穿く。その瞬間全身に快感が走り、白いプラクティスシャツ、そして赤いサッカーパンツを着込む動きが早くなる。サッカー用の赤いストッキングを履くと、彼はクローゼットの扉に嵌め込まれた姿見の前に立ち、自分自身の姿を上から下へと眺めた。
「僕はサッカー部員です」
まだ眠そうな目をしばたたかせながら、無意識的に呟く。直後に、頭の中に
「お前は監督に忠実なサッカー部員だ」
という声が響いたように感じた。自分達を指導してくれる顧問兼監督の教師の声だった。彼の目がしっかりと見開かれた。
「はい。僕は監督に忠実なサッカー部員です」
彼の呟きは、意志のこもった力強いものへと変わっていた。彼は素早くスクールジャージの上下を纏うと、制服と体操服、そしてサッカーシューズとレガースをバッグに放り込み、階下へ駆け下りた。
朝食をもどかしそうに掻き込むと、彼は家を飛び出した。
校舎の隅の空き教室には、揃いの赤いサッカーパンツと白いプラクティスシャツを着たサッカー部員達が集合していた。誰もいない教壇のすぐ前で、彼は休めの姿勢で立っていた。視線は黒板の一点を見詰めたまま動かない。続々と登校してきた部員達が同じ姿勢で整列し始めても、彼は、そして彼等は、お互いに反応せずただ立ち尽していた。
男子サッカー部員が全員集合してから暫くして、ピステ姿の教師が教室に現われた。部員全員の目が、崇拝と安堵の表情を浮かべながら、教師に注がれる。
「おはよう」
「「「おはようございます。監督」」」
部員全員の抑揚に欠けた声がきれいに重なる。
「本日の指導を始める」
「「「はい、お願いします。監督」」」
「朝の宣誓、はじめっ」
教師の掛け声で、一年生から三年生までの全員が、感情を失なった口調で、しかし全く乱れること無く、心に刻まれた誓いの言葉を唱和し始めた。
「「「我々は、監督に忠実なサッカー部員です。監督は我々の主。我々は監督のしもべ。サッカー部の勝利のため、我々は監督に全てを委ね、全てのご命令に従います」」」
彼等の言葉は彼等自身の意識に刷り込まれ、暗示を強化し続ける。
校舎の隅の空き教室では、筋トレを終えた男子サッカー部員達がわいわいと騒ぎながら制服に着替え始めていた。素っ裸になった彼の肩を、顧問兼監督の教師が軽く叩く。
「は、はいっ」
彼は振り返って教師の顔を見上げると、顔を赤らめた。
「お前は次の試合からスタメン入りするからな。今日は個人指導してやる。部活の時間になったら、一人でこの教室に来るんだ」
「は、はいっ、ありがとうございますっ」
彼は全身で教師の方へ向き直り、嬉しそうに御辞儀した。周囲からは羨望の視線が集中する。
「みんな、これから毎日一人ずつ指導してやるからな、安心しろ」
教師の言葉に、部員達から歓喜の声が上がる。
顔を上げた彼の、そしてその周囲の部員達の股間では、彼等自身が力一杯天井を仰いでいた。
朝ゆっくり寝ていたい、という気持ちが無いわけではない。しかし、6時には自然と目が覚め、朝練に出なくては、という義務感に背を押される。不思議なことにその義務感は、校庭を走り回れる日よりも教室に集合する日の方が強かった。
今朝も、彼は寝惚け眼でベッドから這い出した。パジャマ代わりのスウェットを脱ぎ全裸になると、チームカラーの赤いスパッツを肌に直接穿く。その瞬間全身に快感が走り、白いプラクティスシャツ、そして赤いサッカーパンツを着込む動きが早くなる。サッカー用の赤いストッキングを履くと、彼はクローゼットの扉に嵌め込まれた姿見の前に立ち、自分自身の姿を上から下へと眺めた。
「僕はサッカー部員です」
まだ眠そうな目をしばたたかせながら、無意識的に呟く。直後に、頭の中に
「お前は監督に忠実なサッカー部員だ」
という声が響いたように感じた。自分達を指導してくれる顧問兼監督の教師の声だった。彼の目がしっかりと見開かれた。
「はい。僕は監督に忠実なサッカー部員です」
彼の呟きは、意志のこもった力強いものへと変わっていた。彼は素早くスクールジャージの上下を纏うと、制服と体操服、そしてサッカーシューズとレガースをバッグに放り込み、階下へ駆け下りた。
朝食をもどかしそうに掻き込むと、彼は家を飛び出した。
校舎の隅の空き教室には、揃いの赤いサッカーパンツと白いプラクティスシャツを着たサッカー部員達が集合していた。誰もいない教壇のすぐ前で、彼は休めの姿勢で立っていた。視線は黒板の一点を見詰めたまま動かない。続々と登校してきた部員達が同じ姿勢で整列し始めても、彼は、そして彼等は、お互いに反応せずただ立ち尽していた。
男子サッカー部員が全員集合してから暫くして、ピステ姿の教師が教室に現われた。部員全員の目が、崇拝と安堵の表情を浮かべながら、教師に注がれる。
「おはよう」
「「「おはようございます。監督」」」
部員全員の抑揚に欠けた声がきれいに重なる。
「本日の指導を始める」
「「「はい、お願いします。監督」」」
「朝の宣誓、はじめっ」
教師の掛け声で、一年生から三年生までの全員が、感情を失なった口調で、しかし全く乱れること無く、心に刻まれた誓いの言葉を唱和し始めた。
「「「我々は、監督に忠実なサッカー部員です。監督は我々の主。我々は監督のしもべ。サッカー部の勝利のため、我々は監督に全てを委ね、全てのご命令に従います」」」
彼等の言葉は彼等自身の意識に刷り込まれ、暗示を強化し続ける。
校舎の隅の空き教室では、筋トレを終えた男子サッカー部員達がわいわいと騒ぎながら制服に着替え始めていた。素っ裸になった彼の肩を、顧問兼監督の教師が軽く叩く。
「は、はいっ」
彼は振り返って教師の顔を見上げると、顔を赤らめた。
「お前は次の試合からスタメン入りするからな。今日は個人指導してやる。部活の時間になったら、一人でこの教室に来るんだ」
「は、はいっ、ありがとうございますっ」
彼は全身で教師の方へ向き直り、嬉しそうに御辞儀した。周囲からは羨望の視線が集中する。
「みんな、これから毎日一人ずつ指導してやるからな、安心しろ」
教師の言葉に、部員達から歓喜の声が上がる。
顔を上げた彼の、そしてその周囲の部員達の股間では、彼等自身が力一杯天井を仰いでいた。
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- ショタ小説2
- 2015⁄11⁄11(Wed)
- 00:22
土曜日夕方
秋の日はつるべ落とし。この前、小学校の図書館で見付けた本で覚えたことわざ。夏休みの頃は7時になっても明るかったのに、最近はサッカーの練習が終わる5時頃にはもう東の空が青く昏くなっている。
で、覚えたばかりのことわざを言ってみたら、タカヤのヤツ、
「ツルベ?ツルベって鶴瓶?鶴瓶師匠を落とすのか?何言ってんだよ」
なんて茶化してきた。バカ、違うよ。
僕は藤原悠希(ふじわら・ゆうき)。小学5年生。土曜日の午後は殆ど毎週地元のサッカークラブの練習に参加してる。大抵は小学校の校庭を使うんだけど、今日は校内の樹木の枝落としがあるとかで、市立のスポーツセンターのグラウンドを借りての練習になった。ここは学校の校庭より広いし、ラインがちゃんと引かれてるし、自転車で家から 15 分くらいの距離だから、本当なら毎回スポーツセンターの方がいい。でも、ちょっとお金がかかるし、予約ですぐ埋まってしまうから、難しいみたい。
練習を終えて、僕達は更衣室で学年毎に固まって帰り支度を始めた。タオルで汗だらけの髪の毛を拭いて、でもそれ以上は面倒だから、練習着の上からピステの半袖シャツとハーフパンツを重ね着した。前髪がおでこに貼り付く。そろそろ切ろうかな。僕の髪はやたら真っ直ぐなので、すぐに目にかかってしまう。タカヤみたく短くすればいいんだろうけど、僕にはスポーツ刈りは似合わない気がする。
「タカヤ、一緒に帰ろ」
僕は狩野貴哉(かのう・たかや)に声をかけた。貴哉はクラスは違うんだけど、同じ小5で同じ団地に住んでる。小学校に入学した頃からずっと仲が良くて、サッカークラブに入る時にも僕の方から誘った。昔は貴哉の方が小さかったんだけど、最近は僕よりも背が高くなってサッカーもうまくなってる。いや、貴哉は運動全般が得意で、水泳のタイムも陸上の記録ももう全然かなわなくなってきた。
「わりぃ、今日は俺先に出るよ」
貴哉は練習着のままでシンガード、つまりスネ当ても外さず、エナメルバッグとボールネットを肩からかけて更衣室を出ていこうとしていた。
「え。なんかあんの?」
「ちょっとねー」
貴哉は出入口でかがむと、スニーカーの紐を結び直した。青いサッカーパンツがお尻の丸みを浮かび上がらせ、光沢のある生地が蛍光灯の明かりを白く反射した。ちょっとドキッとする。
僕達のクラブのチームカラーは青だから、練習着も青いサッカーパンツに白か青のプラクティスシャツを組み合わせることが多い。僕と貴哉の練習着は、二人で一緒にショッピングモールのスポーツショップに買いに行ったもので、幾つものメーカーの中からこれに決めたのは貴哉が「一番キラキラしてるのがいい」と言い出したからだ。あの時は「変な選び方だなぁ」としか思わなかったんだけど、最近このキラキラした光沢感が急に気になり始めた。光沢感のある練習着やユニフォームを貴哉が着ていると、ずっと見詰めていたくなる。練習や試合で走り回っている時はサッカーに夢中になっていられるのに、休憩時間になるとついつい貴哉のことを見てしまう。よく貴哉と目が合って、慌てて横を向いてしまうんだけど、やっぱり我慢できなくなってチラチラと…。夜一人で部屋にいる時も、よく貴哉のことを思い出したり、試合の日のスナップ写真を眺めたりしてる。こういう時は胸が少し息苦しくなって、あと、あそこが…、おちんちんが、なんかムズムズするような感じになる。絶対に内緒だけど、夜サッカーパンツをはいてベッドに潜り込んで、おちんちんを押さえ付けたりこすったりしてると、すごく気持ちが良くなって、やめられない。
今も、練習着を着た貴哉の背中を見ながら息苦しい感じがし始めている。僕はとにかく何かを言おうとして、慌ててちょっと不機嫌な口調で答えてしまった。
「なんだよ。一緒にモール行ってスパイク見ようと思ってたのに」
スパイクがちょっとキツくなってきているから、新しく買いたいと思っていたのは本当のこと。でも、そのことで貴哉を誘ったのは今が初めてで、こういう言い方をするのはリフジンだな、って自分でも思う。
「後でいいこと教えてやるって。スパイクは今度一緒に見に行ってやるよ」
貴哉はそう言うと、手を振りながら更衣室から出ていってしまった。
「今日は悠希の方がフられたんだな」
チームメートの誰かに言われて
「そんなんじゃない」
と怒って言い返してしまった。…え?今日は悠希の方「が」?
土曜日夜
その日の晩、テレビを見ながら家族で食事をしていると、玄関のチャイムが鳴った。お母さんが応対したら、貴哉の家のおばさんだった。
「悠希、ちょっと」
テレビが良いところだったのに、お母さんに呼ばれて渋々玄関まで出てみたら、おばさんとお母さんが心配そうな顔をこちらに向けていた。ちょっと嫌な予感がした。
「貴哉くん、まだ帰ってないんだって」
「今日は悠希くんと貴哉、一緒じゃなかったの?」
「え…」
僕は、練習が終わってすぐスポセン、つまりスポーツセンターのことだけど、そこの更衣室で貴哉と別れたことを説明した。
「なんか、用事があって急いで帰った感じだったんですけど…」
「何かしら…。あいつ、出てく時は全然そんなこと言ってなかったのに」
おばさんは腕を組みながら眉間の皺を深くした。
「クラブの監督さんとか、他の子の家とか、連絡してみましょうか。悠希、電話番号が分かるお友達いる?」
お母さんに訊かれた。クラブではメンバー表は配られるけど、コジンジョウホウホゴとかで住所や電話番号の名簿はもらえない。
「同じクラスなら学校の緊急連絡網で分かるけど、貴哉は別のクラスだよ」
「あ、クラスの友達にはうちからかけてみます。ご心配おかけしてごめんなさい」
おばさんは軽く頭を下げて帰ろうとした。
「本当に心当たり無い?」
お母さんに繰り返し訊かれたけど、貴哉は「ちょっとね」とかなんとか、そんなことしか言ってなかったし。そういえば「後でいいこと教える」なんてことも言ってたけど、そんなの手掛かりになるとは思えないし…。
そうやって考え込んでいたら、「今日は悠希の方がフられた」っていう誰かの言葉を思い出した。普段は貴哉の方「が」フられてるってこと?誰に?僕に?そんなこと無…。
いや、あった。サッカークラブの行き帰りはいつも二人一緒だけど、学校からの下校時、貴哉が教室に誘いに来ても断わってばかりだった。だって、僕はクラスの友達と帰るんだから…。
下校の時だけじゃない。時々「スポセンでサッカーの練習しね?」と誘われてたんだけど、「普段は中学生とか多いからヤだ」とか理由を付けて断わってたっけ。ショッピングモールに行くのだって、貴哉の方から誘ってくることが多い。ゲームとかパソコンとかは僕の方が詳しいから、その知識目当てだろうって思ってたんだけど、それだけじゃなかった。この前もサッカーのストッキングを買うというだけで誘ってきたっけ。「そんなの一人で買いに行きなよ」って速攻断わったんだった。
僕は貴哉と一緒にクラブに行くのが好きなのに、普段は貴哉に冷たくしてばっかりだ。
「貴哉が帰ったら連絡しますね。ごめんなさい」
「こちらも、何か心当たりを思い出したらお知らせしますね」
貴哉のおばさんとお母さんが挨拶を交わして、玄関のドアが閉められた。急に背筋が寒くなった。どうしよう、貴哉が事故に遭ってたら。どうしよう、誰かに誘拐されてたら。どうしよう、もう会えなくなったら。
「貴哉くん、別れ際に何か言ってなかったの?」
お母さんに訊かれたけど、僕は首を横に振るしか無かった。膝が急にガクガク震え出した。
その時、ドアの向こうから微かに声が聞こえてきた。「今まで何やってたのっ」とかなんとか。パタパタというサンダルの足音が戻ってきて、チャイムが鳴った。僕は玄関のドアに飛び付いて開けた。廊下には、怒った顔のおばさんと、俯いた貴哉が立っていた。
「すみません、貴哉のヤツ、今帰ってきました」
貴哉は、昼間一緒にスポーツセンターに行った時と同じ、長袖とハーフパンツのジャージ姿だった。本当に帰宅したばかりのようだった。
「良かった」
僕とお母さんがほぼ同時に安堵の溜息を吐いた。
「ほらっ、藤原さんと悠希くんに謝りなさいっ。心配かけてっ」
おばさんが貴哉の頭を押さえ付ける。
「ごめんなさい…。ちょっと空き地で練習してて…」
貴哉が俯きながらボソボソと説明する。
「イテッ」
「ちょっとじゃないでしょっ」
貴哉のおばさんが貴哉の頭にゲンコツを落とした。
「まぁまぁ。貴哉くん、わざわざ連絡しに来てくれたの?」
お母さんがなだめながら話題を変えようとした。
「うん…。玄関で父ちゃんに殴られて。母ちゃんが悠希のうちに行ってるから挨拶してこい、って」
貴哉はやっぱり俯いたままで答えた。怒られてるからだろうけど、なんだかいつも貴哉らしくない。それに、ちょっと気になることもあった。空き地ってどこだろう。スポーツセンターと家との間にサッカーの練習に使えそうな空き地なんて無かったと思うけど。それとも、もっと遠くに行ってたのかな。
「ねぇ、貴哉、空き地って…」
その疑問を口にした瞬間、貴哉は伏せていた顔を急に上げ、すごい目付きで睨んできた…。気がした。いや、目付きがすごいわけでも睨んできたわけでもなくて、冷たいというか固いというか、ヒヤッとするような視線を向けてきた…。ように思ったんだけど、気付いたらいつもの笑顔で
「今度は悠希も一緒に行って練習しような」
と返してきた。あれ?
「二人で行けばきっと怒られないしイテッ」
「なにバカなこと言ってんの」
貴哉はまたおばさんに殴られた。普段と変わらないおばさんと貴哉なんだけど、なんだか違和感がある。貴哉の顔を覗き込む。
「な、なんだよ」
「あれ?ねぇ、貴哉、顔色悪くない?」
日焼けした顔に血の気が無くて、なんだか土色っぽい。
「え?平気だよ。…ちょっとダルいけど」
おばさんが貴哉のおでこに手の平を当てた。
「あんた、熱出てきてるじゃないっ。汗かいたままほっつき歩いてるからっ」
「だいじょぶだって」
貴哉は強がってみせたけど、おばさんに追い立てられてバタバタと帰っていった。
違和感を感じたのは顔色のせいだったんだろうな、と僕は考えることにした。空き地の場所は明日にでも訊きに行こう。もし本当に練習に使える空き地があるなら嬉しいし。
でも…、とまた気になることを思い出した。この時期だと貴哉は練習着のまま帰ることが多い。「暑い」とか言って、練習帰りにジャージを羽織ることなんて殆ど無い。それなのに、さっきは喉元までファスナーを上げていた。どうしたんだろう。
あ、そっか。更衣室で別れた時、練習着だったのはいつものことだけど、シンガードも付けたままだったんだ。やっぱりどこかに練習できる空き地を見付けていて、そこにそのまま行ったんだ。で、夜になるまで外にいたから風邪引いちゃって、ジャージを着て帰ってきたんだ。殆ど俯いてたのは、怒られてる上に風邪でダルかったからだろうな。
さっきの貴哉には変な感じがしたけど、考えてみれば納得できることばかりだった。僕は一人で頷くと、夕食に戻った。空き地を教えてもらうのを楽しみにしながら。
日曜日~木曜日
翌日の昼過ぎに貴哉の家に行ったら、貴哉は熱を出して寝込んでいるとのことだった。伝染ったらマズいから、と会わせてもらえなかった。
仕方が無いので、空き地のことは週明けに学校で教えてもらおうと思う。
でも、結局貴哉が登校できたのは木曜日のことだった。
クラスが分かれてから一緒に登下校することは殆ど無くなっていたのだけれど、今回はなんだか心配になって、月曜日から毎朝誘いに行っていた。ようやく木曜日の朝にランドセルを背負って出てきた貴哉は、ケロッとして
「のんびり休めてラッキー」
なんて言い出して、またおばさんに殴られていた。
「ほんとにだいじょぶ?」
学校に向かいながら尋ねたら、
「へーきへーき。ちょっと熱出てただけだって。バカでも風邪引くってこと」
なんて言って、デカい口で笑っていた。
「それよりさ、悠希、いい空き地見付けたんだ。あさっての練習の後、連れてってやるよ」
いつ訊こうかな、と考えていた空き地のことを貴哉の方から持ち出してくれた。練習の後だと暗くなっちゃうよ、と一瞬思ったんだけど、貴哉からの誘いを何度も断わっていることを思い出して、僕は思わず「うん」と頷いた。そしたら、貴哉はすごく嬉しそうな顔をしてくれた。時間のことは気になるけど、ま、いっか。家族への言い訳を考えておかないと。そんな僕の考えに気付いたのか、貴哉はニヤッと笑いながら続けた。
「そしたらさ、あさっての練習はチャリで行こうな。空き地までちょっと距離あるし。あと、おばさん達には『スポセンの方で二人で練習するから遅くなる』って言っておこ。空き地ってさ、スポセンの向こうなんだ。嘘は言ってないだろ?」
貴哉にしては行動前によく考えていると思った。こりゃ、土曜日は相当に怒られたんだろうな。
で、覚えたばかりのことわざを言ってみたら、タカヤのヤツ、
「ツルベ?ツルベって鶴瓶?鶴瓶師匠を落とすのか?何言ってんだよ」
なんて茶化してきた。バカ、違うよ。
僕は藤原悠希(ふじわら・ゆうき)。小学5年生。土曜日の午後は殆ど毎週地元のサッカークラブの練習に参加してる。大抵は小学校の校庭を使うんだけど、今日は校内の樹木の枝落としがあるとかで、市立のスポーツセンターのグラウンドを借りての練習になった。ここは学校の校庭より広いし、ラインがちゃんと引かれてるし、自転車で家から 15 分くらいの距離だから、本当なら毎回スポーツセンターの方がいい。でも、ちょっとお金がかかるし、予約ですぐ埋まってしまうから、難しいみたい。
練習を終えて、僕達は更衣室で学年毎に固まって帰り支度を始めた。タオルで汗だらけの髪の毛を拭いて、でもそれ以上は面倒だから、練習着の上からピステの半袖シャツとハーフパンツを重ね着した。前髪がおでこに貼り付く。そろそろ切ろうかな。僕の髪はやたら真っ直ぐなので、すぐに目にかかってしまう。タカヤみたく短くすればいいんだろうけど、僕にはスポーツ刈りは似合わない気がする。
「タカヤ、一緒に帰ろ」
僕は狩野貴哉(かのう・たかや)に声をかけた。貴哉はクラスは違うんだけど、同じ小5で同じ団地に住んでる。小学校に入学した頃からずっと仲が良くて、サッカークラブに入る時にも僕の方から誘った。昔は貴哉の方が小さかったんだけど、最近は僕よりも背が高くなってサッカーもうまくなってる。いや、貴哉は運動全般が得意で、水泳のタイムも陸上の記録ももう全然かなわなくなってきた。
「わりぃ、今日は俺先に出るよ」
貴哉は練習着のままでシンガード、つまりスネ当ても外さず、エナメルバッグとボールネットを肩からかけて更衣室を出ていこうとしていた。
「え。なんかあんの?」
「ちょっとねー」
貴哉は出入口でかがむと、スニーカーの紐を結び直した。青いサッカーパンツがお尻の丸みを浮かび上がらせ、光沢のある生地が蛍光灯の明かりを白く反射した。ちょっとドキッとする。
僕達のクラブのチームカラーは青だから、練習着も青いサッカーパンツに白か青のプラクティスシャツを組み合わせることが多い。僕と貴哉の練習着は、二人で一緒にショッピングモールのスポーツショップに買いに行ったもので、幾つものメーカーの中からこれに決めたのは貴哉が「一番キラキラしてるのがいい」と言い出したからだ。あの時は「変な選び方だなぁ」としか思わなかったんだけど、最近このキラキラした光沢感が急に気になり始めた。光沢感のある練習着やユニフォームを貴哉が着ていると、ずっと見詰めていたくなる。練習や試合で走り回っている時はサッカーに夢中になっていられるのに、休憩時間になるとついつい貴哉のことを見てしまう。よく貴哉と目が合って、慌てて横を向いてしまうんだけど、やっぱり我慢できなくなってチラチラと…。夜一人で部屋にいる時も、よく貴哉のことを思い出したり、試合の日のスナップ写真を眺めたりしてる。こういう時は胸が少し息苦しくなって、あと、あそこが…、おちんちんが、なんかムズムズするような感じになる。絶対に内緒だけど、夜サッカーパンツをはいてベッドに潜り込んで、おちんちんを押さえ付けたりこすったりしてると、すごく気持ちが良くなって、やめられない。
今も、練習着を着た貴哉の背中を見ながら息苦しい感じがし始めている。僕はとにかく何かを言おうとして、慌ててちょっと不機嫌な口調で答えてしまった。
「なんだよ。一緒にモール行ってスパイク見ようと思ってたのに」
スパイクがちょっとキツくなってきているから、新しく買いたいと思っていたのは本当のこと。でも、そのことで貴哉を誘ったのは今が初めてで、こういう言い方をするのはリフジンだな、って自分でも思う。
「後でいいこと教えてやるって。スパイクは今度一緒に見に行ってやるよ」
貴哉はそう言うと、手を振りながら更衣室から出ていってしまった。
「今日は悠希の方がフられたんだな」
チームメートの誰かに言われて
「そんなんじゃない」
と怒って言い返してしまった。…え?今日は悠希の方「が」?
土曜日夜
その日の晩、テレビを見ながら家族で食事をしていると、玄関のチャイムが鳴った。お母さんが応対したら、貴哉の家のおばさんだった。
「悠希、ちょっと」
テレビが良いところだったのに、お母さんに呼ばれて渋々玄関まで出てみたら、おばさんとお母さんが心配そうな顔をこちらに向けていた。ちょっと嫌な予感がした。
「貴哉くん、まだ帰ってないんだって」
「今日は悠希くんと貴哉、一緒じゃなかったの?」
「え…」
僕は、練習が終わってすぐスポセン、つまりスポーツセンターのことだけど、そこの更衣室で貴哉と別れたことを説明した。
「なんか、用事があって急いで帰った感じだったんですけど…」
「何かしら…。あいつ、出てく時は全然そんなこと言ってなかったのに」
おばさんは腕を組みながら眉間の皺を深くした。
「クラブの監督さんとか、他の子の家とか、連絡してみましょうか。悠希、電話番号が分かるお友達いる?」
お母さんに訊かれた。クラブではメンバー表は配られるけど、コジンジョウホウホゴとかで住所や電話番号の名簿はもらえない。
「同じクラスなら学校の緊急連絡網で分かるけど、貴哉は別のクラスだよ」
「あ、クラスの友達にはうちからかけてみます。ご心配おかけしてごめんなさい」
おばさんは軽く頭を下げて帰ろうとした。
「本当に心当たり無い?」
お母さんに繰り返し訊かれたけど、貴哉は「ちょっとね」とかなんとか、そんなことしか言ってなかったし。そういえば「後でいいこと教える」なんてことも言ってたけど、そんなの手掛かりになるとは思えないし…。
そうやって考え込んでいたら、「今日は悠希の方がフられた」っていう誰かの言葉を思い出した。普段は貴哉の方「が」フられてるってこと?誰に?僕に?そんなこと無…。
いや、あった。サッカークラブの行き帰りはいつも二人一緒だけど、学校からの下校時、貴哉が教室に誘いに来ても断わってばかりだった。だって、僕はクラスの友達と帰るんだから…。
下校の時だけじゃない。時々「スポセンでサッカーの練習しね?」と誘われてたんだけど、「普段は中学生とか多いからヤだ」とか理由を付けて断わってたっけ。ショッピングモールに行くのだって、貴哉の方から誘ってくることが多い。ゲームとかパソコンとかは僕の方が詳しいから、その知識目当てだろうって思ってたんだけど、それだけじゃなかった。この前もサッカーのストッキングを買うというだけで誘ってきたっけ。「そんなの一人で買いに行きなよ」って速攻断わったんだった。
僕は貴哉と一緒にクラブに行くのが好きなのに、普段は貴哉に冷たくしてばっかりだ。
「貴哉が帰ったら連絡しますね。ごめんなさい」
「こちらも、何か心当たりを思い出したらお知らせしますね」
貴哉のおばさんとお母さんが挨拶を交わして、玄関のドアが閉められた。急に背筋が寒くなった。どうしよう、貴哉が事故に遭ってたら。どうしよう、誰かに誘拐されてたら。どうしよう、もう会えなくなったら。
「貴哉くん、別れ際に何か言ってなかったの?」
お母さんに訊かれたけど、僕は首を横に振るしか無かった。膝が急にガクガク震え出した。
その時、ドアの向こうから微かに声が聞こえてきた。「今まで何やってたのっ」とかなんとか。パタパタというサンダルの足音が戻ってきて、チャイムが鳴った。僕は玄関のドアに飛び付いて開けた。廊下には、怒った顔のおばさんと、俯いた貴哉が立っていた。
「すみません、貴哉のヤツ、今帰ってきました」
貴哉は、昼間一緒にスポーツセンターに行った時と同じ、長袖とハーフパンツのジャージ姿だった。本当に帰宅したばかりのようだった。
「良かった」
僕とお母さんがほぼ同時に安堵の溜息を吐いた。
「ほらっ、藤原さんと悠希くんに謝りなさいっ。心配かけてっ」
おばさんが貴哉の頭を押さえ付ける。
「ごめんなさい…。ちょっと空き地で練習してて…」
貴哉が俯きながらボソボソと説明する。
「イテッ」
「ちょっとじゃないでしょっ」
貴哉のおばさんが貴哉の頭にゲンコツを落とした。
「まぁまぁ。貴哉くん、わざわざ連絡しに来てくれたの?」
お母さんがなだめながら話題を変えようとした。
「うん…。玄関で父ちゃんに殴られて。母ちゃんが悠希のうちに行ってるから挨拶してこい、って」
貴哉はやっぱり俯いたままで答えた。怒られてるからだろうけど、なんだかいつも貴哉らしくない。それに、ちょっと気になることもあった。空き地ってどこだろう。スポーツセンターと家との間にサッカーの練習に使えそうな空き地なんて無かったと思うけど。それとも、もっと遠くに行ってたのかな。
「ねぇ、貴哉、空き地って…」
その疑問を口にした瞬間、貴哉は伏せていた顔を急に上げ、すごい目付きで睨んできた…。気がした。いや、目付きがすごいわけでも睨んできたわけでもなくて、冷たいというか固いというか、ヒヤッとするような視線を向けてきた…。ように思ったんだけど、気付いたらいつもの笑顔で
「今度は悠希も一緒に行って練習しような」
と返してきた。あれ?
「二人で行けばきっと怒られないしイテッ」
「なにバカなこと言ってんの」
貴哉はまたおばさんに殴られた。普段と変わらないおばさんと貴哉なんだけど、なんだか違和感がある。貴哉の顔を覗き込む。
「な、なんだよ」
「あれ?ねぇ、貴哉、顔色悪くない?」
日焼けした顔に血の気が無くて、なんだか土色っぽい。
「え?平気だよ。…ちょっとダルいけど」
おばさんが貴哉のおでこに手の平を当てた。
「あんた、熱出てきてるじゃないっ。汗かいたままほっつき歩いてるからっ」
「だいじょぶだって」
貴哉は強がってみせたけど、おばさんに追い立てられてバタバタと帰っていった。
違和感を感じたのは顔色のせいだったんだろうな、と僕は考えることにした。空き地の場所は明日にでも訊きに行こう。もし本当に練習に使える空き地があるなら嬉しいし。
でも…、とまた気になることを思い出した。この時期だと貴哉は練習着のまま帰ることが多い。「暑い」とか言って、練習帰りにジャージを羽織ることなんて殆ど無い。それなのに、さっきは喉元までファスナーを上げていた。どうしたんだろう。
あ、そっか。更衣室で別れた時、練習着だったのはいつものことだけど、シンガードも付けたままだったんだ。やっぱりどこかに練習できる空き地を見付けていて、そこにそのまま行ったんだ。で、夜になるまで外にいたから風邪引いちゃって、ジャージを着て帰ってきたんだ。殆ど俯いてたのは、怒られてる上に風邪でダルかったからだろうな。
さっきの貴哉には変な感じがしたけど、考えてみれば納得できることばかりだった。僕は一人で頷くと、夕食に戻った。空き地を教えてもらうのを楽しみにしながら。
日曜日~木曜日
翌日の昼過ぎに貴哉の家に行ったら、貴哉は熱を出して寝込んでいるとのことだった。伝染ったらマズいから、と会わせてもらえなかった。
仕方が無いので、空き地のことは週明けに学校で教えてもらおうと思う。
でも、結局貴哉が登校できたのは木曜日のことだった。
クラスが分かれてから一緒に登下校することは殆ど無くなっていたのだけれど、今回はなんだか心配になって、月曜日から毎朝誘いに行っていた。ようやく木曜日の朝にランドセルを背負って出てきた貴哉は、ケロッとして
「のんびり休めてラッキー」
なんて言い出して、またおばさんに殴られていた。
「ほんとにだいじょぶ?」
学校に向かいながら尋ねたら、
「へーきへーき。ちょっと熱出てただけだって。バカでも風邪引くってこと」
なんて言って、デカい口で笑っていた。
「それよりさ、悠希、いい空き地見付けたんだ。あさっての練習の後、連れてってやるよ」
いつ訊こうかな、と考えていた空き地のことを貴哉の方から持ち出してくれた。練習の後だと暗くなっちゃうよ、と一瞬思ったんだけど、貴哉からの誘いを何度も断わっていることを思い出して、僕は思わず「うん」と頷いた。そしたら、貴哉はすごく嬉しそうな顔をしてくれた。時間のことは気になるけど、ま、いっか。家族への言い訳を考えておかないと。そんな僕の考えに気付いたのか、貴哉はニヤッと笑いながら続けた。
「そしたらさ、あさっての練習はチャリで行こうな。空き地までちょっと距離あるし。あと、おばさん達には『スポセンの方で二人で練習するから遅くなる』って言っておこ。空き地ってさ、スポセンの向こうなんだ。嘘は言ってないだろ?」
貴哉にしては行動前によく考えていると思った。こりゃ、土曜日は相当に怒られたんだろうな。
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- ショタ小説2
- 2015⁄11⁄08(Sun)
- 00:27
束縛の臭気
夏の熱気がこもる薄暗い部屋の中。土埃が積もったコンクリートむき出しの床に、全裸の少年が一人転がされていた。彼は両方の手首を後ろ手に縛られ、また両脚を幅の広いテープで巻かれ、逃げる手段を封じられていた。助けを呼ぼうにも、詰め物をされた口からは低く小さな呻き声を漏らすのが関の山だった。その彼のことを取り囲み、腕を組んだまま見下ろす幾つもの人影は、自身らが首謀者であることを見せ付けるように無言を貫いていた。
数分続いた呻き声と沈黙との対立に、鉄の扉が開くガチャリという音が割り込んだ。薄暗かった室内に白い陽光が差し込む。床の少年の体が光に曝され、その肉体が大人の筋肉を徐々に獲得しつつあることを見せ付けた。
少年は土埃に汚れた顔を上げ、救いの手の出現を期待した。しかし、現れた人物の声と言葉に、彼は再び絶望する。
「まだ済んでねぇのかよ」
「すみませんっ」
扉に背を向けていた一人が、振り返りながら頭を下げる。
「とっとと仕込めよ。練習始めっぞ」
その人物は扉を大きく開け、部屋の中を光で満たした。そこに集まっていたのは、揃いのユニフォーム姿のサッカー少年達だった。全員が、赤いサッカーストッキングとプラクティスシャツ、そして白いサッカーパンツを身に付けていた。
謝罪の言葉を口にした少年が、エナメルのシューズケースから薄汚れたサッカースパイクを取り出した。
「分かるだろ?俺のスパイク、今日はずっとお前のために使ってやるよ。感謝しろよな」
そう言いながら、彼はスパイクの片方を手に持ち、その履き口を全裸の少年の顔に押し当てた。鼻をすっぽりとスパイクに覆われた少年は、首を振って拒絶しようとするものの、傍らに駆け寄ったもう一人によって頭を押さえ付けられ、スパイクとその臭気から逃れられなくなってしまった。
一際大きく呻き声を上げる少年の周囲で、サッカー少年達は一様に笑みを浮かべた。
スパイクを押さえ付けた少年は、恐れに満ちた目で鼻先のスパイクを睨み付ける相手に対し、朗らかな口調で声を掛けた。
「深呼吸してみな。すぐ楽になる。気持ちくなって、逃げてた自分がバカバカしくなるから」
そして、斜め後ろに立つ別の少年に顎をしゃくって見せた。指示を受けた少年は、2cm幅の弾力性のあるベルトを手に全裸の少年に歩み寄り、スパイクもろとも、そのベルトを頭部に巻き付け始めた。全裸の少年は一瞬身をよじったものの、それきり抵抗することを諦めてしまった。いつしか、全裸の少年は半ば目を閉じ、リラックスしたかのようにゆっくりと呼吸を繰り返すようになっていた。深く息を吸う彼の鼻孔は、使い込まれたスパイクの臭気を確実に取り込んでいた。
「お待たせしましたっ。準備終わりましたっ」
周囲を取り囲んでいた少年の一人が声を上げる。
「集合急げよっ」
「っす!」
扉の外からの声に答えながら、サッカー少年達はスパイクの金具の音を立てながら、足早に室外へと出ていった。しんがりとなったのは、スパイクの持ち主の少年だった。彼は、室内に残された全裸の少年を振り返った。
全裸の少年の全身を陽光が白く浮かび上がらせる。両脚の自由を奪っているのは、幾重にも巻かれたテーピング。そして両手を縛めるのは、何本もの靴紐。口の詰め物は赤いサッカーストッキングを丸めたものであり、スパイクと共に頭部を締め上げるベルトは、シンガードストッパーをマジックテープで繋ぎ合わせたものだった。
「後で来てやるからな。俺の足の臭い、しっかり覚えろよ、カズヨシ」
そう声を掛ける少年の視線は、全裸の少年の股間に向けられていた。そこでは、それまで縮こまっていた陰茎が、徐々に首をもたげ始めていた。そのことを確かめた少年は、口許を微かに歪め室外へと出た。鉄の扉が閉められ再び薄暗くなった室内には、本来はサッカーのために作られた道具によって拘束された一人の少年が、置き去りにされた。
ホイッスルの音が、室内にも微かに響く。小さな窓と鉄の扉の出入口を持ち、コンクリートブロックを積み重ねて作られたこの建物は、中学校の校庭に設置された二つ目の体育倉庫だった。
全裸で囚われた少年は、中澤和良(なかざわ・かずよし)。そして己れのスパイクを和良の顔に押し当てた少年は、青木正継(あおき・まさつぐ)。いずれもサッカー部の一年生部員だった。
実質的にサッカー部専用と見做されている体育倉庫の床で、和良の腰がピクンと動く。正継のスパイクの臭いを深く吸い込みながら、彼の若い陰茎はますます固くなっていた。
数分続いた呻き声と沈黙との対立に、鉄の扉が開くガチャリという音が割り込んだ。薄暗かった室内に白い陽光が差し込む。床の少年の体が光に曝され、その肉体が大人の筋肉を徐々に獲得しつつあることを見せ付けた。
少年は土埃に汚れた顔を上げ、救いの手の出現を期待した。しかし、現れた人物の声と言葉に、彼は再び絶望する。
「まだ済んでねぇのかよ」
「すみませんっ」
扉に背を向けていた一人が、振り返りながら頭を下げる。
「とっとと仕込めよ。練習始めっぞ」
その人物は扉を大きく開け、部屋の中を光で満たした。そこに集まっていたのは、揃いのユニフォーム姿のサッカー少年達だった。全員が、赤いサッカーストッキングとプラクティスシャツ、そして白いサッカーパンツを身に付けていた。
謝罪の言葉を口にした少年が、エナメルのシューズケースから薄汚れたサッカースパイクを取り出した。
「分かるだろ?俺のスパイク、今日はずっとお前のために使ってやるよ。感謝しろよな」
そう言いながら、彼はスパイクの片方を手に持ち、その履き口を全裸の少年の顔に押し当てた。鼻をすっぽりとスパイクに覆われた少年は、首を振って拒絶しようとするものの、傍らに駆け寄ったもう一人によって頭を押さえ付けられ、スパイクとその臭気から逃れられなくなってしまった。
一際大きく呻き声を上げる少年の周囲で、サッカー少年達は一様に笑みを浮かべた。
スパイクを押さえ付けた少年は、恐れに満ちた目で鼻先のスパイクを睨み付ける相手に対し、朗らかな口調で声を掛けた。
「深呼吸してみな。すぐ楽になる。気持ちくなって、逃げてた自分がバカバカしくなるから」
そして、斜め後ろに立つ別の少年に顎をしゃくって見せた。指示を受けた少年は、2cm幅の弾力性のあるベルトを手に全裸の少年に歩み寄り、スパイクもろとも、そのベルトを頭部に巻き付け始めた。全裸の少年は一瞬身をよじったものの、それきり抵抗することを諦めてしまった。いつしか、全裸の少年は半ば目を閉じ、リラックスしたかのようにゆっくりと呼吸を繰り返すようになっていた。深く息を吸う彼の鼻孔は、使い込まれたスパイクの臭気を確実に取り込んでいた。
「お待たせしましたっ。準備終わりましたっ」
周囲を取り囲んでいた少年の一人が声を上げる。
「集合急げよっ」
「っす!」
扉の外からの声に答えながら、サッカー少年達はスパイクの金具の音を立てながら、足早に室外へと出ていった。しんがりとなったのは、スパイクの持ち主の少年だった。彼は、室内に残された全裸の少年を振り返った。
全裸の少年の全身を陽光が白く浮かび上がらせる。両脚の自由を奪っているのは、幾重にも巻かれたテーピング。そして両手を縛めるのは、何本もの靴紐。口の詰め物は赤いサッカーストッキングを丸めたものであり、スパイクと共に頭部を締め上げるベルトは、シンガードストッパーをマジックテープで繋ぎ合わせたものだった。
「後で来てやるからな。俺の足の臭い、しっかり覚えろよ、カズヨシ」
そう声を掛ける少年の視線は、全裸の少年の股間に向けられていた。そこでは、それまで縮こまっていた陰茎が、徐々に首をもたげ始めていた。そのことを確かめた少年は、口許を微かに歪め室外へと出た。鉄の扉が閉められ再び薄暗くなった室内には、本来はサッカーのために作られた道具によって拘束された一人の少年が、置き去りにされた。
ホイッスルの音が、室内にも微かに響く。小さな窓と鉄の扉の出入口を持ち、コンクリートブロックを積み重ねて作られたこの建物は、中学校の校庭に設置された二つ目の体育倉庫だった。
全裸で囚われた少年は、中澤和良(なかざわ・かずよし)。そして己れのスパイクを和良の顔に押し当てた少年は、青木正継(あおき・まさつぐ)。いずれもサッカー部の一年生部員だった。
実質的にサッカー部専用と見做されている体育倉庫の床で、和良の腰がピクンと動く。正継のスパイクの臭いを深く吸い込みながら、彼の若い陰茎はますます固くなっていた。
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