- 2014⁄01⁄28(Tue)
- 02:35
SweetStorm
初めて彼を見たのは、試験会場に辿り着いた瞬間だった。
小部屋のドアが開き、少し薄暗い坑道の中にひしめき合う人込みの中で、一瞬だけ目があった。
にぃ、と唇の端だけ釣り上げるような笑いが、目に焼き付いて離れない。
奴は危険だ、とトンパが訳知り顔で説明してくれた。
疑問を持つよりも早く、同じ受験生の腕を切り落としてしまった彼自身がその言葉を裏付ける。
だが、偽試験官をカードで殺害したときも、4次試験中に受験生を狩った時も、迷いの無い、その仕種が妙に目を惹いたのだ。
誰かが、死んでしまったのだ、という事実よりも。
そこは、最終試験までの3日間を過ごすように、と与えられたホテルの一室。
ホテルの部屋、というよりはちょっとしたコンドミニアムのようで、長期滞在を目的に作られていた。
ゴンは自分の部屋のベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。
こんな立派なところへ泊まるのは初めてだった。しばらく大はしゃぎでキルアと部屋の中で暴れまわったり、ホテル内を散策していたが、途中で相棒がいなくなってしまったためにゴンは独りで自室に戻っていた。
なにをするでもなく、ただ時が流れていく。
ゴンは、ヒソカへと想いを馳せていた。
(ヒソカはなぜ、このプレートをくれたんだろう)
試験官に我が侭を言い、もらってきたヒソカのプレートを手にする。
ぎゅっと握り締めると、冷たい堅さがヒソカのイメージと重なった。
(なぜ…?)
奪われたプレートをゴンに渡しに来た時の笑顔は、とても嬉しそうだった。思い出すと胸が痛い。
何もできなかった悔しさで、また涙が零れてくる。クラピカの前で泣いて、最後にしようと思ったのに。
(やっぱり、返しに行こう)
勢い良くベッドから起き上がると、涙を拭って靴を探す。ゴンは、ヒソカの部屋へ行こうと決めた。
受け取ってもらえないかもしれない。でも、このまま何もせずにいても、胸は痛いままだと思った。
それなら、会ってすっきりしたい。受け取ってもらえなくても、せめてなぜ自分にこのプレートをくれたのか、聞きたい。
「あれ…?何処へ飛ばしちゃったのかな」
ぶつぶつと呟きながら、ベッドの下の方へ潜り込んでいた靴をようやく探し当て、ゴンは自分の部屋を出ていった。
ヒソカの部屋をフロントで聞き、ゴンはエレベーターで移動した。
目的の階へ到着し、部屋を探す。
部屋は棟の端のほうにあり、何部屋か向こうの突き当たりには非常階段の扉も見えた。
(ここがヒソカの部屋…)
ゴンは不思議と高鳴る胸を押さえ、その前に立っていた。
(本当は、来ては行けないのかもしれない)
正直なところは、心の中では警報が鳴りっぱなしだった。
近づいてはいけない──
だが、そう感じながら、その場所から離れる事ができない。
何度もノックをためらい、通り過ぎては戻ってきた。
(…今度こそ)
大きく深呼吸して、手を挙げる。
その小さな手がドアに触れようとしたとたんの事だった。
キィッ…と静に扉が開いた。
扉に片肘を突き、退屈そうなポーズでゴンを無表情に見下ろす彼がいた。
「ヒソカ…!!」
ゴンはその視線を真っ直ぐ受け止められずに、慌ててその場から逃げ出そうとくるりと方向を変えた。
その後ろ姿に、彼が声をかける。
「何してるの君」
いつのまにか、腕を取られ、ずっと近くによせた額から、ひんやりとした感触が伝わってきた。
「あ…っあの」
意外にも機嫌のよさそうな声に、ゴンは慌ててマトモな返事もかわせない。
「ずーっとこの前で行ったりきたり、してたろ?」
気付かれてた──ゴンは、顔を真っ赤にして俯いた。
当然といえば、当然の事だった。もう、何分ここに居るというのだ。
足音だって聞こえるだろうし、気配だって感じるだろう。
勇気無くためらっていた事を悟られるくらいなら、いっそ思い切りよくノックしてしまえば良かったとゴンは後悔していた。
本当は、走って逃げてしまいたかったが、しっかり捕まれた腕はちょっとやそっとでは離れそうに無い。
「ごっ…ごめん、オレ…っ」
「暇なの?」
ヒソカはいつのまにか座り込んでいて、じっとゴンの顔を覗き込んでいた。ただでさえ赤い顔が、また紅く染まる様子はとても面白い。
「入りなよ。お茶くらい飲ませてあげる」
にっこりと笑う。ヌメーレで見た時と同じ、優しい笑顔だった。笑いかけられた瞬間から、痛かった胸が、激しい動悸を訴え、耳の奥でドキドキと脈打っていた。
「ね。寄っていきなよ」
その声色は柔らかで、逆らいがたい色を持ってゴンを包み込む。
熱に浮かされたようなにゴンはゆっくりと手を引かれ、ヒソカの部屋へと消えていった。
部屋の内装は、ゴンのものよりも少し綺麗だったかもしれない。
もちろん、間取りは変わらなかったし、大きなベッドも丸テーブルも、どの部屋も同じ作りをしているらしかった。
ただ、大きな窓から見える景色が、ゴンの部屋よりも高いフロアにあるおかげで、ずっと見晴らしよくできている。
「うわぁ…すご~い!オレの部屋と、ぜんぜん違う景色だぁっ!」
部屋に入ってすぐ、目に飛び込んできたパノラマ映像に喜んで、ゴンはずかずかと窓際まで走り寄った。背伸びをし、顔だけひょっこりと覗かせると、眼下には様々なものが見える。
(…可愛い…)
ヒソカはミニキッチンから、子供らしくはしゃいでいる少年を眺め、感慨深く思う。
彼には、少年が何を目的に自分と接触を図ったのかくらいは予想がついていたし、それを切り出された時、自分がどう対応するのかも解かっていた。
部屋へなど入れる必要も無かったのだが──
(どうして、関わりあおう、なんて気になったのかな)
窓に張りついたまま離れない年相応の少年の後ろ姿を見ていると、4次試験で自分のプレートを奪っていった時とは別人のようだった。
(まあ…いいか。どうだって、ね)
二つのカップを手にして、ヒソカはテーブルへ近づいていく。ゴンが気配を察して振り向くと、すでにヒソカはいすへ座りじっと自分を見ていた。
どうぞ、と薦められて長椅子へ腰掛け、手には暖かなカップを握り締める。その間も見つめられ続けて、ゴンは居心地悪そうに身を沈めた。
(あ・これおいしい…)
暖かな飲み物が体を温め、少しづつ緊張が解けていった。ゴンは改めて長椅子に体を預け、ほっと一息つく。
「それで、何しにきたの君」
くつろぎきったゴンは、ヒソカに問われるまでこの部屋へ入った目的もすっかり忘れていた。
「あっ…あの、オレ───」
片手にカップを持ち直し、半ズボンのポケットをごそごそと探る。確かにそこにあるのは解かっているのだが、座ったままの姿勢ではプレートは中々取り出せない。
椅子から腰を上げればすぐ取り出せるのだが、そんなことにすら気付かないほど焦っていた。
「あのさ……」
知らず、カップを持つ手が不安定に揺れ、中身が零れそうに傾いでいた。
ヒソカが危ないよ、と声をかけようとした時には既に遅く、膝の上に中身が飛び出す。
「熱っ…!」
それは肌で直接触れるには少し熱すぎた。
ゴンは熱さに驚いて立ち上がり、カップを取り落としてしまう。まだなみなみと入っていたカップは床を濡らし転がっていった。
「ごっごめんなさいっ!」
ポケットから手を出し、転がっていくコップをヒソカの足元まで追いかけていく。
そんなゴンの様子を見、ヒソカはついに耐え切れず、可笑しそうに声を押し殺して笑った。
笑われた───!!
組んだ足にコツンと当たり、コップはようやくゴンの手に収まった。膝を突いたまま顔を上げるとずっと笑い続けているヒソカの顔が間近にあった。
「……っ!」
「火傷しなかった?」
口の端を歪めて笑いをこらえながらも心配そうな振りをされ、ゴンは顔から緋が吹き出るほど恥ずかしい思いをする。
ヒソカはどうやっても笑いが押し殺す事ができず苦しそうにせき込みながら、みるみるうちに顔を真っ赤に染め、固まってしまったゴンの手からカップを抜き取り、テーブルの上へ置いた。
「あのっ、これっ…返そうと思ってっ…!」
ゴンは我に返って、再びポケットの中を探り、今度はすんなりと出てきたプレートをヒソカの前に突き出した。
ヒソカはぴたりと忍び笑いを止め、鼻先にあるプレートを見て、不機嫌そうに眉を顰める。
「…いらない」
「でも」
「言ったろ?そのプレートは、ボクの顔面に一発入れられた時に受け取ろう。それまで君が持ってなくてはならないんだよ。せいぜいボクに生かされた命を大事にしたまえ」
そうする事が敗者の義務だと、はっきりと突き付けられ、ゴンは返す言葉も無かった。
受け取ってもらえるかも、などと思っていた自分の浅はかさに情けなくなり、泣きそうな顔になる。
「まあ、目標だと思ってくれれば良いよ」
くしゃくしゃっと髪をかき混ぜられ、にっこりと笑ったヒソカの顔を見ていると、それで良いのだと納得できた。
(やっぱり来て良かった)
心の中でもやもやしていたものも消え、ゴンは肩の力が抜けていくのを感じた。
「え…?」
不意に、脇を抱えあげられ、ふんわりとヒソカの膝の上に乗せられた。
「あの…」
戸惑いながら、斜め横を仰ぎ見る。
「足、ちょっと紅くなってるね」
ヒソカは、そっと紅くなった足をさすると、ゴンのウエストに腕を回し、何をするわけでもなくただ抱きしめた。
父親の膝の上、と言うのはこんな感じがするんだろうか。振り仰いだ肩はとても広く、厚い胸板が少年を包み込んでいた。
見た事の無い父親の影が、なぜかヒソカと重なる。(ファザコンらしい)
──ああ、心臓の音がする。
けして安全な相手ではないがその胸に体を預けると、ごく自然に耳元に鼓動が響いてきた。
同じ人間なのだから当たり前の事だったのだが、ヒソカから普通に心臓の音が聞こえるのがとても不思議で新鮮だった。(実はロボットだったりしてね…ふっ…)
ともかくも、そんな訳で、ゴンは誤魔化されたのである。
小部屋のドアが開き、少し薄暗い坑道の中にひしめき合う人込みの中で、一瞬だけ目があった。
にぃ、と唇の端だけ釣り上げるような笑いが、目に焼き付いて離れない。
奴は危険だ、とトンパが訳知り顔で説明してくれた。
疑問を持つよりも早く、同じ受験生の腕を切り落としてしまった彼自身がその言葉を裏付ける。
だが、偽試験官をカードで殺害したときも、4次試験中に受験生を狩った時も、迷いの無い、その仕種が妙に目を惹いたのだ。
誰かが、死んでしまったのだ、という事実よりも。
そこは、最終試験までの3日間を過ごすように、と与えられたホテルの一室。
ホテルの部屋、というよりはちょっとしたコンドミニアムのようで、長期滞在を目的に作られていた。
ゴンは自分の部屋のベッドの上でぼんやりと天井を眺めていた。
こんな立派なところへ泊まるのは初めてだった。しばらく大はしゃぎでキルアと部屋の中で暴れまわったり、ホテル内を散策していたが、途中で相棒がいなくなってしまったためにゴンは独りで自室に戻っていた。
なにをするでもなく、ただ時が流れていく。
ゴンは、ヒソカへと想いを馳せていた。
(ヒソカはなぜ、このプレートをくれたんだろう)
試験官に我が侭を言い、もらってきたヒソカのプレートを手にする。
ぎゅっと握り締めると、冷たい堅さがヒソカのイメージと重なった。
(なぜ…?)
奪われたプレートをゴンに渡しに来た時の笑顔は、とても嬉しそうだった。思い出すと胸が痛い。
何もできなかった悔しさで、また涙が零れてくる。クラピカの前で泣いて、最後にしようと思ったのに。
(やっぱり、返しに行こう)
勢い良くベッドから起き上がると、涙を拭って靴を探す。ゴンは、ヒソカの部屋へ行こうと決めた。
受け取ってもらえないかもしれない。でも、このまま何もせずにいても、胸は痛いままだと思った。
それなら、会ってすっきりしたい。受け取ってもらえなくても、せめてなぜ自分にこのプレートをくれたのか、聞きたい。
「あれ…?何処へ飛ばしちゃったのかな」
ぶつぶつと呟きながら、ベッドの下の方へ潜り込んでいた靴をようやく探し当て、ゴンは自分の部屋を出ていった。
ヒソカの部屋をフロントで聞き、ゴンはエレベーターで移動した。
目的の階へ到着し、部屋を探す。
部屋は棟の端のほうにあり、何部屋か向こうの突き当たりには非常階段の扉も見えた。
(ここがヒソカの部屋…)
ゴンは不思議と高鳴る胸を押さえ、その前に立っていた。
(本当は、来ては行けないのかもしれない)
正直なところは、心の中では警報が鳴りっぱなしだった。
近づいてはいけない──
だが、そう感じながら、その場所から離れる事ができない。
何度もノックをためらい、通り過ぎては戻ってきた。
(…今度こそ)
大きく深呼吸して、手を挙げる。
その小さな手がドアに触れようとしたとたんの事だった。
キィッ…と静に扉が開いた。
扉に片肘を突き、退屈そうなポーズでゴンを無表情に見下ろす彼がいた。
「ヒソカ…!!」
ゴンはその視線を真っ直ぐ受け止められずに、慌ててその場から逃げ出そうとくるりと方向を変えた。
その後ろ姿に、彼が声をかける。
「何してるの君」
いつのまにか、腕を取られ、ずっと近くによせた額から、ひんやりとした感触が伝わってきた。
「あ…っあの」
意外にも機嫌のよさそうな声に、ゴンは慌ててマトモな返事もかわせない。
「ずーっとこの前で行ったりきたり、してたろ?」
気付かれてた──ゴンは、顔を真っ赤にして俯いた。
当然といえば、当然の事だった。もう、何分ここに居るというのだ。
足音だって聞こえるだろうし、気配だって感じるだろう。
勇気無くためらっていた事を悟られるくらいなら、いっそ思い切りよくノックしてしまえば良かったとゴンは後悔していた。
本当は、走って逃げてしまいたかったが、しっかり捕まれた腕はちょっとやそっとでは離れそうに無い。
「ごっ…ごめん、オレ…っ」
「暇なの?」
ヒソカはいつのまにか座り込んでいて、じっとゴンの顔を覗き込んでいた。ただでさえ赤い顔が、また紅く染まる様子はとても面白い。
「入りなよ。お茶くらい飲ませてあげる」
にっこりと笑う。ヌメーレで見た時と同じ、優しい笑顔だった。笑いかけられた瞬間から、痛かった胸が、激しい動悸を訴え、耳の奥でドキドキと脈打っていた。
「ね。寄っていきなよ」
その声色は柔らかで、逆らいがたい色を持ってゴンを包み込む。
熱に浮かされたようなにゴンはゆっくりと手を引かれ、ヒソカの部屋へと消えていった。
部屋の内装は、ゴンのものよりも少し綺麗だったかもしれない。
もちろん、間取りは変わらなかったし、大きなベッドも丸テーブルも、どの部屋も同じ作りをしているらしかった。
ただ、大きな窓から見える景色が、ゴンの部屋よりも高いフロアにあるおかげで、ずっと見晴らしよくできている。
「うわぁ…すご~い!オレの部屋と、ぜんぜん違う景色だぁっ!」
部屋に入ってすぐ、目に飛び込んできたパノラマ映像に喜んで、ゴンはずかずかと窓際まで走り寄った。背伸びをし、顔だけひょっこりと覗かせると、眼下には様々なものが見える。
(…可愛い…)
ヒソカはミニキッチンから、子供らしくはしゃいでいる少年を眺め、感慨深く思う。
彼には、少年が何を目的に自分と接触を図ったのかくらいは予想がついていたし、それを切り出された時、自分がどう対応するのかも解かっていた。
部屋へなど入れる必要も無かったのだが──
(どうして、関わりあおう、なんて気になったのかな)
窓に張りついたまま離れない年相応の少年の後ろ姿を見ていると、4次試験で自分のプレートを奪っていった時とは別人のようだった。
(まあ…いいか。どうだって、ね)
二つのカップを手にして、ヒソカはテーブルへ近づいていく。ゴンが気配を察して振り向くと、すでにヒソカはいすへ座りじっと自分を見ていた。
どうぞ、と薦められて長椅子へ腰掛け、手には暖かなカップを握り締める。その間も見つめられ続けて、ゴンは居心地悪そうに身を沈めた。
(あ・これおいしい…)
暖かな飲み物が体を温め、少しづつ緊張が解けていった。ゴンは改めて長椅子に体を預け、ほっと一息つく。
「それで、何しにきたの君」
くつろぎきったゴンは、ヒソカに問われるまでこの部屋へ入った目的もすっかり忘れていた。
「あっ…あの、オレ───」
片手にカップを持ち直し、半ズボンのポケットをごそごそと探る。確かにそこにあるのは解かっているのだが、座ったままの姿勢ではプレートは中々取り出せない。
椅子から腰を上げればすぐ取り出せるのだが、そんなことにすら気付かないほど焦っていた。
「あのさ……」
知らず、カップを持つ手が不安定に揺れ、中身が零れそうに傾いでいた。
ヒソカが危ないよ、と声をかけようとした時には既に遅く、膝の上に中身が飛び出す。
「熱っ…!」
それは肌で直接触れるには少し熱すぎた。
ゴンは熱さに驚いて立ち上がり、カップを取り落としてしまう。まだなみなみと入っていたカップは床を濡らし転がっていった。
「ごっごめんなさいっ!」
ポケットから手を出し、転がっていくコップをヒソカの足元まで追いかけていく。
そんなゴンの様子を見、ヒソカはついに耐え切れず、可笑しそうに声を押し殺して笑った。
笑われた───!!
組んだ足にコツンと当たり、コップはようやくゴンの手に収まった。膝を突いたまま顔を上げるとずっと笑い続けているヒソカの顔が間近にあった。
「……っ!」
「火傷しなかった?」
口の端を歪めて笑いをこらえながらも心配そうな振りをされ、ゴンは顔から緋が吹き出るほど恥ずかしい思いをする。
ヒソカはどうやっても笑いが押し殺す事ができず苦しそうにせき込みながら、みるみるうちに顔を真っ赤に染め、固まってしまったゴンの手からカップを抜き取り、テーブルの上へ置いた。
「あのっ、これっ…返そうと思ってっ…!」
ゴンは我に返って、再びポケットの中を探り、今度はすんなりと出てきたプレートをヒソカの前に突き出した。
ヒソカはぴたりと忍び笑いを止め、鼻先にあるプレートを見て、不機嫌そうに眉を顰める。
「…いらない」
「でも」
「言ったろ?そのプレートは、ボクの顔面に一発入れられた時に受け取ろう。それまで君が持ってなくてはならないんだよ。せいぜいボクに生かされた命を大事にしたまえ」
そうする事が敗者の義務だと、はっきりと突き付けられ、ゴンは返す言葉も無かった。
受け取ってもらえるかも、などと思っていた自分の浅はかさに情けなくなり、泣きそうな顔になる。
「まあ、目標だと思ってくれれば良いよ」
くしゃくしゃっと髪をかき混ぜられ、にっこりと笑ったヒソカの顔を見ていると、それで良いのだと納得できた。
(やっぱり来て良かった)
心の中でもやもやしていたものも消え、ゴンは肩の力が抜けていくのを感じた。
「え…?」
不意に、脇を抱えあげられ、ふんわりとヒソカの膝の上に乗せられた。
「あの…」
戸惑いながら、斜め横を仰ぎ見る。
「足、ちょっと紅くなってるね」
ヒソカは、そっと紅くなった足をさすると、ゴンのウエストに腕を回し、何をするわけでもなくただ抱きしめた。
父親の膝の上、と言うのはこんな感じがするんだろうか。振り仰いだ肩はとても広く、厚い胸板が少年を包み込んでいた。
見た事の無い父親の影が、なぜかヒソカと重なる。(ファザコンらしい)
──ああ、心臓の音がする。
けして安全な相手ではないがその胸に体を預けると、ごく自然に耳元に鼓動が響いてきた。
同じ人間なのだから当たり前の事だったのだが、ヒソカから普通に心臓の音が聞こえるのがとても不思議で新鮮だった。(実はロボットだったりしてね…ふっ…)
ともかくも、そんな訳で、ゴンは誤魔化されたのである。
ヒソカの部屋からは、そこに似つかわしくない楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
キルアは、堅く閉ざされた扉の前で立ち尽くしていた。
(なんで…?)
なぜこの部屋から、ゴンの声がするのか。
一瞬フロアを間違えたのではないか、と確認までしたが、やはりそこはヒソカの部屋だった。
沸沸と落ち着かない気持ちが心を支配していく。
(どうして、ここにゴンが居るんだ?しかも、そんなに楽しそうに笑って…)
少年は、自分がヒソカを尋ねてこの部屋まで訪れた理由は棚上げし、ゴンがヒソカと楽しそうに時を過ごしている事に嫉妬する。
ぎりぎりと拳を握る。
他の奴と居て、何がそんなに楽しいんだ。それも、よりにもよってヒソカと会っているなんて。
以前キルアもヒソカと関わった事がある。考えてみれば、ほんの十日ちょっと前の事でしかないのだがそれすらも、すべて忘れてゴンを責めていた。
だが、部屋の中へ入りゴンをなじる勇気はない。この部屋の中に居る男は、機嫌を損ねれば恐ろしいほど残虐にもなりうる──同族だからこそ解かる危険があった。
(くそっ…)
実際に何が行われているのかを確認する事もできず、キルアは忌々しそうに床をけると、その扉の前を離れた。
(どういう事だよ。どうしてヒソカなんかと会ってるんだ。あいつに何されるか、なんてわかったもんじゃないのに…)
苛つきながら、エレベーターがフロアへ到着するのを待った。
(他の奴と仲良くするなんて…!)
キルアの中の暗い炎が、じりじりと心を焼いた。
他人と親しく話し、楽しく時を過ごしている──そこに、自分の存在はない。
それがキルアには許せなかった。ゴンは、自分の──いや、自分だけの友達で、その関係は誰にも邪魔はできないはずなのに。
エレベーターが到着した事を知らせるベルが鳴り、扉が開く。
中からはギタラクル──イルミが姿を現した。
(……キル?)
イルミは久方ぶりに間近で見る弟に、以前とは違う印象を受け興味を引かれた。
もちろん、キルアはすれ違う相手が自分の兄とは気付かない。
空気を通してぴりぴりと伝わってくるものは、怒りの色を持ち、今までになく感情をあらわにしていた。
するり、とイルミの脇を抜け箱の中へと消えていく。逆に兄はフロアへ降りたった。
互いの背中で静かに扉が閉まり、 エレベータが移動を始める。
だが、しばらくすると、ガインッと大きな音が扉の中から聞こえてきた。
どうやら、キルアが当たり所の無い気持ちを箱の壁だか床だかにぶつけたらしい。
(キル…止まっちゃうよ、それじゃあ…)
我が弟ながら、無鉄砲さ加減に呆れる。
幸い箱は非常停止をする事もなく、2フロア下までキルアを連れていった。
それでも、壁に穴の一つや二つはあいてるんだろうと肩をすくめた。
しかし、とイルミは考え込みながら、自室へと向かう。
キルは何にたいして、あんなに苛ついていたのか…
あの殺人人形でしかないはずの、感情など欠片も持ちあわせていなかったキルアが、剥き出しの怒りを撒き散らして歩いているなんて考えられない事だった。
自室の前まで歩きながら、先程のキルアの行動を検証するが、原因が思い当たらない。
(このフロアで何かあったのか)
と、カードキーを扉へ差し込んで部屋の中へはいろうとした──
(……?)
足を止める。不思議なものが聞こえた。
(笑い声…?)
それは彼の向かい──ヒソカの部屋からのものだった。
もちろん、笑っているのが部屋の主では無い事は明白だ。再び高らかな笑い声が聞こえる。
イルミは一瞬で事態を把握する。
(そういうことか)
笑っているのは、おそらくあの坊やだ。ここの所いつもキルアといっしょにいる、405番の…
ゴンの姿を思い浮かべ、イルミは露骨に嫌な顔をする。
由々しき事だ。
キルアの感情がヒソカに対してなのか、それとも405番の坊やに対してなのかが大きな問題だった。
相手がヒソカなら、まだいい。どうせ遊びだということはわかっているし、たいして心配をする必要も無い。
だが、あの坊やなら話は別だ。
ああいうタイプは"まずい"のだ。
我々とはまったく反対のゾーンにある人種。相容れないものだ。
(何とかしなければ…)
彼にキルアが感化されては厄介だった。ここまで育てた苦労が水の泡だ。
(早いうちに手を打たなければならないかな…)
タイミングが大切だ。そう思いながら、イルミは暗い部屋の中へと消えていった。
ヒソカの部屋では、ゴンの話し声と高らかな笑いだけが響き渡っていた。
「それでねぇ。その時ミトさんがね…あ、ミトさんって俺の育ての親なんだけど」
数十分の間にすっかり打ち解けてしまったゴンは、ヒソカの膝の上で足をぶらつかせながら一生懸命自分の事を話し続ける。
時折、振り仰いではヒソカの姿を確認し、ニッコリ微笑みあってはまた新たに話しを始める、といった具合だ。
自分の事、故郷の事、家族の事、友達の事。
ずっと誰かに話したかった事が堰を切って出てくる。その相手が、なぜヒソカなのかは分からなかったが、ゴンはひたすらしゃべり続けていた。
僅かな息継ぎを見つけヒソカが腕を掴むまで、話は終わる気配を見せなかった。
「──穴開いてるね」
ゴンの手の平に残っていた蛇の噛み痕をまじまじと見、そう呟いた。そんな痕など気にも留めていないゴンは、笑ってその原因を説明する。
「あ、うん。前の試験で蛇に噛まれて」
「こんなに沢山かい?」
腕だけでも無数の噛み痕がある。よくよく見れば、首筋にも、足にも、数え切れないほどの傷があった。
「うーん。蛇団子になっちゃったんだ、オレ」
「そう…。痛かったろう?」
「そだね。ちょっとね。でも、大丈夫。もう解毒剤も打ったし」
少年は何気なく応える。
「酷い蛇だ」
ヒソカはそっとゴンの手を取り、噛み跡の残る手の甲を口まで持っていくと、その傷口を舐めた。
「…!」
ゴンは驚くが、手を振り払う事はできなかった。
厳かに、優しく傷を舐められ、全く痛みを感じていなかったはずの傷がズキズキと痛み始める。
(違う…手が痛いんじゃないや)
痛むのは胸──
ゴンの目には、噛まれた痕から何かを舐めとるように、一つ一つ丁寧に口付けていく様子が艶めかしく映り、赤面した。
「ん…っ」
同時に、舌先が触れた部分から、ざわざわと駆け上ってくる奇妙な感触に負けて声が漏れる。
顔から放熱する分だけ、感触に溺れる──
それに耐えられなくなったら、オレはどうなちゃうんだろう。不安にかられた。
「あっ───今何時??」
しばらくヒソカのしたいようにさせていたが、不意にすっかり暗くなった外の景色に気付いてゴンは時計を探した。ベッドの脇にあった時計に目を走らせる。
「もうこんな時間──オレ、いかなきゃ」
もぞもぞと尻を動かしヒソカの膝の上から降りる。だが、ヒソカはその腕を掴んだまま離さなかった。
ただ無言で、部屋から出ていこうとするゴンを責める。
「皆でご飯食べようって、約束してたの。だから──」
「そう」
ヒソカは心なしか寂しそうに目を伏せた。
「もう……行かなくちゃ」
「……そう」
ゴンは、その場を去りがたいと思っている自分に戸惑いながら、ヒソカから身を離す。
その気持ちを知ってか知らずか、ヒソカも席を立ちぐずぐずとしている少年を無言で追い立てる。
だが、ゴンの足取りは重かった。
本当はもっともっと、彼と話していたい。もし、うるさいって思ってるなら、何も話さなくても良い。
一緒に居たい…──
どうしてこんな気持ちになるんだろう。オレ、どうかしちゃったのかな。
約束破ってでも、ここに居たいって思ってる。ヒソカと一緒に居たいって、思ってるよ。
部屋から戸口まではとても短かった。
廊下へ押し出されるように出て、振り返る。
ヒソカは、最初に彼を招き入れた時と同じく物憂そうに扉に手をかけ、ゴンを見つめていた。
「あの──」
ヒソカは何も言わずに首を傾げる。ゴンの次の言葉を待っている。
「あの、ね。食事が終わったら、また来ても、良い?」
ヒソカは、しばらく何も言わずに目を丸くしてゴンを見ていた。
そんなに、おかしな事を言っただろうか──ゴンは、返答に間が開いている事に不安を感じ、俯いた。
(やっぱり、オレみたいな子供の相手は嫌だったのかな)
今まで、できるだけそう思われないように、とクラピカやレオリオ──島に居た時も、ずっと気をつかってきた。子供の相手など面倒だ、と思われないように、鬱陶しいと思われないように。
(つい、しゃべり過ぎちゃったし…だって、ヒソカが何も言わないから…)
いつもみたいに、黙っていれば良かったと心底悔やむ。
だが、そっと見上げたヒソカの顔は、微笑んでいた。その笑顔がゴンにはとても優しいものに感じられる。(ホントはやましい笑いなんだよねぇ…恋は盲目だね!)
「──いつでもおいでよ。開けといたげるから」
思ってもいなかった返答を得て、ゴンはパァっと顔を明るくした。
「…本当??」
「もちろん」
ヒソカは疑い深い少年に、あらためて許可を与えた。
なぜ、その答えに間が開いたのかは考えず、ゴンは純粋に許可されたことに喜ぶ。
「じゃあ、ご飯終わったらすぐ来るね!」
大きな声でヒソカに約束をし、くるりと向きを変えてエレベーターへ向かって走り出した。
食堂へ辿り着いた頃には、もう約束の時間をずいぶんすぎていて、むっつりとしたレオリオとキルアが彼を迎えた。
「遅いぞ、ゴン」
「うんごめん。ちょっと…」
席へつこうと椅子を引き、苦笑いをしながら2人に笑いかけた。
だが、ギロリ、とキルアに睨み付けられる。
「…なっ…なに??」
「べ・つ・に~~」
キルアはふて腐れた顔をして、肘を突いて顎を支える。
遅くなった事が気に食わなかったのか、と尋ねたのだが、キルアの返事は"別に"どころではないいやみが含まれていた。
だが、ヒソカとの約束に浮かれ、とにかく早く食事を終わらせてしまいたいと焦っているゴンにはそこまで気が回らない。
「あとは、クラピカだけだな」
「えっまだなの?てっきり一番に来てると思ってたよ?」
ゴンは驚いてそう応えた。時間に一番うるさそうな相手だった。
「そーなんだよなー──あいつ、昼から何処にもいやしねんだよ」
「オレ、探してくるよ」
どこへ行ったかわからないとは、クラピカらしくなかった。
それに、ずっと待ち続けていたら、食事がいつ終わるかわからない。ゴンは一刻も早くヒソカのところへ戻りたかった。
「大丈夫だよ、そのうち来るさ」
一方、キルアはゴンを行かせたくなくて、ひきとめる。
「うん…でも、探してくるよ。すぐ見つけてくるから!」
そういって、キルアを振り切ると、元気よく食堂を飛び出していった。
「あっ…くそっ、もう!!」
「なんだ、機嫌悪ぃな」
「別にっ!!」
声を荒げて否定する。相変わらずのんきに煙草をふかしている男が気に障った。
あんたこそ、自分が間男されてるって知らないくせに──クラピカが今まで何処に居て、どうして姿を現せないのか。いっそ、全てをばらしちまおうか?ここで。
どんな顔するんだろうな。それを見れば、少しは気が晴れるんだろうか。
(駄目だ駄目だ)
それは、もっと効果的にやらなくては。一時の感情で、楽しみをおじゃんにする必要はない。
せめて、クラピカの居る場所で、と自分を諌める。
「ねえ、煙草くれよ」
気持ちを鎮めるために、何かが欲しかった。
レオリオにねだると何も言わずに箱ごと投げ渡してくれる。中身は数本しか残っておらず、全部持っていけ、と言う事らしかった。
「…クラピカに見つかるなよぉ。あいつはうるせぇぞ」
レオリオはにやつきながら、ポケットからライターも取り出しキルアに渡す。
「いいわけ?」
まさか、レオリオが素直によこすとは思っていなかった。あまり簡単に手に入ってしまったため、毒気が抜ける。
「いんじゃねぇの?そんなものくらいよ」
「医者の卵のくせに」
キルアが笑って揶揄すると、レオリオもそうだったな、と応えて笑った。
2人きりクラピカとゴンが戻るのを待つ時間は長かった。
キルアが煙草を吸いおえて気持ちが落ち着いてきた頃、ゴンはクラピカを連れて戻ってきた。
だが、結局食事は3人でとる事になってしまった。
クラピカは気分が悪いから、と何も食べずに部屋へ戻ってしまったのだ。
本当は、今すぐにでもヒソカのところへ戻りたかったが、どんどん運ばれてくる4人分の料理やデザートを平らげるのに結構な時間がかかる。
食堂を出ることができたのは、食事を始めて2時間以上後のことだった。
ところが、その後もなんだかんだとキルアに振り回され、眠くなった、と申し立てるまでは解放してもらえなかった。
気がつけばもう、随分遅い時間だ。
キルアの追撃を逃れ、一旦部屋に戻ってきていたゴンはベッドの上でごろごろと丸まる。
すぐに出ていっても、まだキルアが部屋の前で待っていそうな気がしたからだ。
だが、気持ちは逸る。
早く会いたい。会いに行きたい。
考えるだけで、胸がドキドキと高鳴った。
(もう、いいかな)
数十分の間、ごろごろと体を転がして気を紛らわせた。これだけ時間を置けば、キルアもきっと諦めて、自分の部屋に戻っているだろう。
ヒソカのことは気になって仕方が無いが、他の皆に何処へ行くのか知られたくない。
会っていることが知れれば、必ず止められる。
だからもう少しだけ。
自分に言い聞かせ、ゴンは部屋の中で悶々と時を過ごしていた。
ゴンはそうっと部屋のドアを開け、左右を覗う。
キルアの姿はなかった。
(よし。今なら…)
急いで部屋の鍵をとりに戻り、ポケットに突っ込むと扉へ向かって走っていった。
ばたばたと騒がしい足音が部屋の中で響き、続いてバタン!と扉が閉まる音がする。
勢い良く飛び出したゴンは、急いでエレベーターホールへと向かって走った。
(遅くなっちゃった…!)
食事が終わったらすぐ、と言ったのに、結局何時間たってしまったことか。
ヒソカが居なかったらどうしよう。
待ちくたびれて、もうドアを開けてくれないかもしれない。
早く──早く。
あの廊下を曲がって、しばらくすればエレベーターがある。
たった2フロア上まで昇っていけば、もうそこはヒソカの部屋とは目と鼻の先…
「!」
だがそこには、ゴンが来ることを知っていたかのように、キルアが待ち伏せていた。
「…キルア!」
ゴンは、小さく叫ぶ。
「どこ行くんだよ」
険しい顔をした友人は、ゴンの行き先を問う。
「…え…っと」
返答に詰って視線を泳がせた。ちょっと散歩に、なんていう嘘が通用するとも思えない。
だが、正直に行き先を告げれば止められてしまうのは解かっていた。
キルアはなかなか答えようとしないことに焦れて口を開く。
「ヒソカのところ、行くんだろ」
図星を刺されて、ゴンの動きが止まった。
まさか、と思っていたことが現実になったことを知り、キルアの胸のうちに怒りが込み上げてきた。
「!…行くなよ、あんなとこ!!」
「な…なんで??」
「やばいんだよ、あいつは!」
「どうして」
「どうしてって」
理由を告げれば今度は自分が軽蔑されるかもしれない。
それを恐れてキルアは次の言葉を口にできなかった。
「どうして…どこが"ヤバイ"っていうの??ヒソカはそんなに悪い人じゃないよ!」
悪い奴だよ、と噛み付かれた少年は心で答える。ほんの数日前には俺と寝てるんだぜ??
お前が次の餌食になることくらい、明白じゃないか。
「ヒソカはっ…オレの話をちゃんと聞いてくれるし、ジュースだってくれたよ!…優しいよ!!」」
餌付けされたのか、と思うとキルアは目の前がクラクラするのを感じた。ジュース一つで、簡単すぎる。
だいたい、何処をどうとればヒソカが優しい、なんて思えるのだろう。
あの紙一重の殺気に気付いていないのか?体を合わせた時だって、恐怖と隣り合わせだった──そりゃあ俺にはそれが心地よいと思えたんだけど。
ゴンのいう優しさなんて、どうせうわべだけだ。
「ばか、それが手なんだよ!」
「違うもん!絶対違うもん!!」
首を振り、キルアの言うことに耳を貸そうともしない。
「ゴン───!!」
引きとめようとするキルアの腕を振り切って、ゴンは非常階段へと走っていった。
エレベーターを使えば、待っている間も昇っていく間も、ずっとキルアがついてきてしまう。
これ以上ヒソカを悪く言われたくなかった。
「ゴン、行くな!」
「キルアの馬鹿ぁっ!」
非常階段の扉を開け、一瞬だけ振り向いてゴンは叫んだ。
その台詞はぐっさり深くキルアの胸に突き刺さった。
カンカンとゴンが階段を駆け上っていく足音を聞きながら、ダメージから立ち直るのにずいぶん時間がかかる。
(馬鹿って…ばかってなんだよ…。ちくしょーっっ)
ガンっと廊下の壁を拳で殴る。エレベーターの壁同様、そこも大きくへこんだ。
壁紙が破壊されたボードにめり込んでいる。
痛い目あってからじゃ遅いんだぜ、ゴン!!
キルアは自ら蜘蛛の罠へと飛び込んでいく友人に苛つき、拳を握り締めた。
2フロア分の階段などモノの数秒で駆け上がってしまい、ゴンは非常階段からひょっこりと頭を覗かせた。
確か、このフロアにヒソカの部屋がある。
非常階段の扉から、2つめだったか3つめだったか…
きょろきょろと見回すと、そこに一つだけドアがちゃんとしまっていない部屋があった。
その部屋はオートロックがかかってしまわないよう、スリッパが挟みこんであるのだ。
(あの部屋だ)
ぱっと顔を明るくする。
よかった、本当に開けておいてくれた。オレが入れるように…
そう思うと、ゴンは心がうきうきとしてくるのが留められなかった。
まさに、喜び勇んで部屋のノブに手をかける。
だが。中を覗きこむと、灯かりが一つも点いていなかった。
「…ヒソカ?」
暗い部屋の中には、人の気配がする。何も匂いがしないのだから、これは"ヒソカ"の気配だとゴンは思った。
(眠ってるのかな…?)
扉を開けて中に入り、ドアに挟んであったスリッパをどけた。後から、キルアが追ってきて、中に入ってきたら厄介だと思ってのことだった。
背中で扉が閉まり、オートロックがかかる音がする。
「…ヒソカ、いるんでしょ?」
小羊はゆっくりと部屋の奥へと進んでいく。
一歩…また一歩。
「ねぇ、いるんでしょう??」
己が近づこうとしているものが、何なのか。それすらも気付かず、ゴンは足を進める。
ヒソカを信頼しきっている少年の頭には、疑うという発想も有り得なかった。
記憶を頼りに調度品の位置を探る。テーブルの上に小さなランプが置いてあったはずだった。
「ヒソカ……?明かり、つけるよ?」
テーブルランプのスイッチへ手を伸ばし、明かりが周囲を照らし出す瞬間。
小さな指が見えない壁に、触れた、と感じた。
「……!!!!」
一息で、全身総毛立ち、汗が噴き出てくるのを感じた。心臓が突然早鳴りをはじめ、がくがくと腕が震える。
"怖い!"
あの森でであったヒソカの気配と同じだった。
"逃げなくては"
考えるより先に、脚がドアに向かって走り出していた。そこまでほんの少しの距離のはずが、酷く長く感じる。
「あ…!」
もう一歩で扉のノブへ手がかかる。
助かった──ゴンの顔が安堵にゆるんだ──だが、背後からぬぅっと突き出た太い腕が、ゴンの首へ絡まる。
「ひ…」
覆い被さってきた黒い影に捕まり引き摺り戻された。弾みで上着のボタンがいくつか飛ぶ。
背中が厚い胸板にぶつかる。数時間前には、優しく彼を包み込んでくれていたそれだった。
「いっ…やぁっ…!!」
どさり、と床に体を投げ出し、咄嗟にうつぶせて両腕で顔を覆った。
ヒューヒューと、不快な音が耳元に聞こえた。テーブルランプの淡い光が入り口まで届き、頭のすぐ脇についたヒソカの腕が見えた。照らされた腕からは陽炎が立ち昇る。
殺気が彼を包み込む。
殺される、と覚悟した。
ああ、こんなことならキルアの言うことを聞いておけば良かった。今更後悔しても仕方が無いが、心の中で傷つけてしまった友人に誤る。
キルアの言う通りだったよ、ごめん。こうなるって、言いたかったんだね。
腕力も、力量も、とても適わない。武器も無い、ただ圧し掛かられて、身じろぎすらできない。
難なく腕を取られ、無防備な顔を殺戮者にあらわにした。
ゴンの腕を引っ張り上げ、床へと縫い付けると強制的に上向かせる。それだけで、もう動けない自分が情けなかった。
冷たい指が頬をつたい、首筋にかかる。
絞められる──!
ぎりぎりとヒソカの手の平に爪を立てた。じんわり血が滲み始めた自分の手を見て、更にヒソカは煽られていた。
闇の中で、彼の目が薄く浮かび上がって見えた。凄まじい形相のそれは人外のものを思わせる。
その瞳に宿る狂気に、ゴンはただ身を震わせるばかりで──
「は…~~~っ」
ヒソカの指先に一瞬力がこもり、すぐに離れていった。だが、その手で襟元を掴むと、思い切り引っ張る。
申し訳程度に残っていたボタンが四方に飛んだ。
「っふ…あっ…」
ゴンは恐怖に涙を滲ませ、押さえられない動悸に苦しそうに空気を求めて、喉をひくつかせる。
ヒソカの荒い息は、どこか獣を思わせ、このまま食われてしまうのではないか、と身を震わせていた。
シャツの襟元から差し入れ、彼の体を弄る腕に力いっぱい爪を立てるが、手の平と同じく血が流れ出そうと意にもかいさない。
「あ…ぅ」
キルアがやったように、生きながらにして心臓を抉られるのか。それともカードに切り刻まれて殺されるのか。
これから自分がどうなってしまうのか、見届ける勇気も無くゴンは堅く瞼を閉じた。
「!?」
突然震える唇を、噛み付かれるようにしてふさがれる。
まどろこしそうに、体に触れていた腕で、乱暴にシャツを引き裂かれる。長い舌で口蓋を舐めあげられると、ヒソカの腕をつかんでいた手からも力が抜けた。
「はっ…はぁ……っ…はっ…」
打ち震え、両眼いっぱいに涙を湛えて青ざめる。
ゴンにはヒソカの行動が理解できず、臨界点に達しつつある恐悚にパニックを引き起こし、ろくな抵抗もできない。
小さな突起を舐り、指先で体中を愛撫される──だが身体の裡から快感を引き起こすよりも、喰われる恐怖が先に立ち、心地よさとしては認識できない。
ざわざわ鳥肌が立つ。己の身にヒソカの歯が触れる度、そこから肉を喰い千切られると身を堅くした。
「や…」
少年を翻弄していた指が、下半身へと移動し半ズボンの戒めへを解放しようと動く。ヒソカは上着と同じくボタンを引き千切り、ファスナを乱暴に降ろすと全てを力任せに引っ張った。
「!」
彼と少年を隔てていた布が取り去られ、生まれたままの姿を血に飢えた狼の前に晒した。
荒い息が首筋にかかる。
腕に通ったままの上着と、ぼろ布と変わり果てたシャツだけが少年を守るものだった。それはあまりに頼りなく。
頚動脈を強く吸われ、刺すような痛みに肩を震わせる。
(ああ、このまま…)
皮膚を喰い破られ、生暖かい血を啜られるのだ。
無残に肉の塊となり、誰にも知られることもなく朽ち果てて行く。
キルアくらいは、オレがヒソカの部屋に捨てられていることに気付いてくれるかもしれないが、果たして喧嘩別れした友が、自分のことをどれだけ思い出してくれるものか。
(もう駄目だ…)
救いの手などは無いことも解かっていた。
どんな時でも諦めなかったゴンも、ここから逃げ出せるなどという期待はもてなかった。
(ごめんなさい、ミトさん。ごめんなさい、キルア。ごめんなさいクラピカ、レオリオ、そして父さん…)
心の中で、親しい人々へ別れを告げる。父に会うことができない無念も、この状況を抜け出す原動力にはならない。
諦観しきったゴンは、全身の力を抜いた。
だが、ヒソカは首筋を噛み切るでもなく、獲物を弄ぶように甘噛したり、吸い上げたりを繰り返すだけで一向に彼の血管を引き千切ろうとはしない。
ゴンは嬲られ疲れて、いっそ楽にしてくれ、と懇願しようと薄目を開けた──だが、それは言葉にならず、不意に両足を抱え上げられた。
「え…っ」
薄暗がりの中で萎えている蕾も後庭も、ヒソカの視線に晒された。
「や…っあ、やだっ」
誰にも見られたことの無い部分を凝視され、ゴンは羞恥に頬を染める。死の恐怖と混じって、少年を惑わす。
右手で左の足首を高々と持ち上げられると、体を深く、くの字に折り曲げ腰を浮かせる格好になった。
「いや…っはなして…あ…!!」
ヒソカは空いている左手で、小さな尻を撫でまわし、後庭の入り口を探し当てる。そこは恐怖で堅く扉を閉ざしていた。それでも残酷な笑みを浮かべ、構わず乾いた親指をねじりこんだ。
「あっ…あああああっ!!」
今までとは違う声音の叫び声が部屋に響いた。
ゴンは、初めて味わう局部への攻撃に足を突っ張らせて抗う。
「い・あ…っ痛い…っ!!」
強引に侵入する親指は、秘部を軋ませながら堅く閉ざした入り口をこじ開ける。
引きつる痛みに身を捩らせてもがいていた。
「ひ…あっっい、い…っやだ、いや・いやぁっ…」
しかし柔らかい肉は、拒絶しながらも長く太い指を軽々と飲み込んでしまう。
すっかり根元まで埋め込んだ指先には、手の平に吸い付く臀部よりも柔らかく熱い肉が触れる。
ショックでがたがた震えているゴンを無視して、ヒソカは指を前後に動かした。
「───!!くっあ、ああっ!」
押し広げられたその部分は、幸いまだ亀裂を生じるほどは伸び切っていない。
だが、奇妙な排泄感に苛まれ、苦痛に声を上げた。
ヒソカは指先に当たっている感触と指の根元を痛いほど締め付ける強さに、ぞくぞくとこみあげてくる劣情を押さえられず、乱暴に抜き差しを始めた。
入り口ぎりぎりまで引き戻しては、再び深く穿つ。行為が繰り返される度、ゴンは声を上げた。
「あ…っあ・やめ…って、やだっ」
締め付ける強さは変わらないが、次第に指にかき出されてゴンの中から流れ出した体液が入り口付近を濡らした。図らずも、それが抽送を助ける結果となり、より激しく指を抜き差しされてゴンは気が狂いそうなほどに頭を振った。
「あ──ぅ、あ、あ…もうっ…っ」
ゴンの身体は、心地よさとは程遠い愛撫に音を上げていた。次第に意識が遠のいていく。
これで楽になれる──苛まれ続けたゴンは一瞬穏やかな顔をした。
「──ああっ!!──」
だが、ゴンが完全に気を失う寸前で、ヒソカは指を抜き去ってしまった。入り口から指先が離れる瞬間に強い刺激が体中に走り、再び少年を覚醒させた。
「あ…あ…」
震える内股に舌を這わせ、更に高い位置へゴンの腰を掲げると、容易には逃げられないよう強靭な両腕でしっかりと押さえつけられる。
次に来る責め苦に、獲物が身を竦ませた。
残酷に口角を釣り上げ、ヒソカは堅く屹立した自身を押し当てた。
堅く熱いソレが、秘処にあてがわれる。指とは違う質量と太さを感じて、ソレが与える痛みを想像したゴンは青ざめた。
「やっやだ、いや、いや…っあああ!」
自由になっていた両腕で、空しくヒソカに殴り掛かるが、侵略者は無情に腰を進める。
親指によって潤わされていた秘処は、それでも亀頭の3分の1も飲み込むことを拒絶し、簡単には先へ進めなかった。
だがヒソカはゆっくりとゴンの足を割り開き、残酷に全体重を圧し掛からせて穿ち始める。
「ひあ!あああああっ!!」
覆い被さる肩へ食い込むゴンの爪が、苦痛を侵略者に伝える。
ジリジリと身を進めることで、ヒソカは自分自身を埋め込んでいった。
亀頭を飲み込むにはあまりにも狭い入り口は、皮膚を限界まで伸ばし、それでも受け入れることができずにいる。
「!あぁっ…痛っ…痛いっ!止めて、あっ…!」
ぷつりと皮膚の千切れる音が聞こえた。
強引に侵入する狂気が、とうとうその秘部の薄い粘膜を破り、裂傷を生じさせていた。
刺すような痛みが疼き始める。
「う…っや…いや…」
ゴンが壊れた人形のように、同じ言葉を繰り返す。だが、ヒソカは血のぬめりを借りて、確実に押し入っていく。
「ぐ…あああっ!!」
亀頭が完全に入り口を通ってしまうと後は容易く奥まで達してしまう。
根元まで受け入れてしまった入り口は、強くヒソカを引き絞った。部屋のカーペットが指先に触れた。
躯の最奥まで突き刺された衝撃で、ゴンは一瞬意識を失っていた。
だが、それは本当に数秒間のことで、再び抽送を始めたヒソカによって、意識を引き戻される。
「あっあくっ…あ…っぅ」
怒張が引き起こす、裂かれるような痛みにゴンは小刻みに震えた。
実際に切れた粘膜が、じんじんと疼くような熱を孕み、鈍痛を訴えている。
ヒソカのモノは、流れ出したゴンの血で赤く染まっていた。
腸壁を出入りするそれが、幼い子供へ与える衝撃はどんな拷問よりも辛い。
限界まで伸び切り、裂傷を抱え込んだ入り口の痛みと、腹の奥を乱暴に殴り付ける暴力はゴンの体を壊す寸前まで酷使していた。
左右ギリギリまで開かされた脚が、がくがくと震える。拒絶したくても、高く抱えあげられた下半身には力が入らなかった。
「あ、あっ、いや、だっ…っ!!」
腰を揺らされ、縋るものも無いゴンは自分自身を抱いて痛みに耐える。
次第に早くなって行くヒソカの動きに腸壁が破れるのではないかと恐怖した。
慢性化した痛みが、ゴンの意識を朦朧とさせる。ここがどこなのか、あれからどれくらいの時がすぎたのか…
「ふっ…あ、や…っん、ああ!」
苦痛しか感じていない横顔がそれでも媚態を演じる──否、ヒソカには彼が感じているのが苦痛であろうと快感であろうと、さして違いはなかった。
ヒソカの手によって、狂態を晒させられる姿にこの上ない悦楽を感じている。
犯すのも殺すのも紙一重の違いしかない。一瞬の楽しみか、長く何度も繰り返し悦しめるか、だ。
「ゆ…ゆるし…て、も…っ死んじゃ…」
ヒソカに揺られる度に、途切れ途切れの懇願が聞こえてくる。ゴンの双眸からは大粒の涙が零れ落ち、顔をくしゃくしゃに歪めていた。
(…っ!)
しゃくりあげるその顔が、ヒソカの限界を軽く超えさせてしまう。
「あっああああっっ!!!」
ヒソカがより激しくゴンの躯を穿った。深く──深く打ち込む度に激痛に叫ぶ。
「あっ!あっもうっ…っ!!」
ぐっと貪られる肉体が痙攣した。
「!」
最後の楔を打ちこまれた瞬間、腸壁がヒソカの肉棒に絡まりつき、少年は意識を手放した。
ヒソカはどす黒い欲望を少年の中へ注ぎ込むと、荒く息をつき、抱えあげていた両足を解放した。
まだ秘部は繋がったままで、彼の腰に身体を投げ出したような格好でゴンは力尽きていた。
「……」
ずるりと肉棒を抜く。
少年の血と男の精が混じり、ソレはピンクに染まっていた。
ヒソカの精力的なシンボルは、一度吐き出したくらいでは萎えもせず、ひくひくと怒張のさきから透明の液体を滴らせている。
一方少年は、気を失ったまま肩で息をしていた。
顔の横に手をついて、放心したゴンを覗き込むと、険しい表情をしていることが暗がりの中でも解かる。
そっと頬に触れると、肩を震わせた。だが意識を取り戻す気配はない。
ヒソカは滑らかな肌に手を這わせて無意識の反応を楽しむ。過敏な場所を通り過ぎる度に、身体が跳ね上がった。
「?」
内股へと手を伸ばした時、何かが甲に触れた。
不思議そうに体を起こし、少年の脚の付け根に視線を泳がす──そこで蕾が開花の兆しを見せて首をもたげていた。
普段人目に晒されることのない部位は、何にも庇護されること無く剥き出しの肌の上で揺れている。
つい先ほどまでの行為で刺激された内面が、皮に覆われた少年を微妙に立ち上がらせていた。
それを見たヒソカは楽しい余興を思い付き、にやり、とほくそえむ。
彼自身も満足しきれず、傷つけ足りなかった。命を奪うことか、行為を重ねることでしか火照りを癒すことはできない。
少年をベッドまで運ぼうと、その腕をとって無理矢理身を起こす。
立ち上がって脱力した身体を小脇に抱えた。意外な重さに感動しながら、ヒソカは部屋の奥へと移動していった。
少年をベッドへ寝かせる。
今度は、彼の肢体を良く観察するために部屋中の明かりを点した。昼と見まごうほどの明るさにゴンの体は照らし出されている。
白熱灯は彼の体中についた傷一つ一つを浮き上がらせていた。
普段むき出しになっている部分には、4次試験中に受けた蛇の噛み傷が数え切れないほど存在していた。もちろん、衣服に包まれている背中や腹にも、いくつかの噛まれた痕がある。
その他にも大小新旧問わず、いくつかの傷が残っていた。上着と破れたシャツは既に取り払われ、ゴンは生まれたままの姿で眠り続けている。
先の情事は、自分の欲望が先立ってしまい、この躯を悦しむには余裕が足りなかった。
(毛も無い…)
剥き出しの性器は、まだ元気よく勃ち上がったままだ。指先で押すと跳ね上がってくる。
ヒソカも同じく身に纏っているものを脱ぎ捨てていた。
少年と違い、成熟した身体には傷一つない。光の下で浮き彫りになった筋肉は、深い陰影を刻んでいる。
意識の無いまま横たわる獲物へ、ゆっくりと手を伸ばした。
ベッドの縁へ腰掛けて、そそり立ち始めていた小さな印にそっと手で触れると、愛撫に応えるように堅さを増す。
「う…ん…」
弄ばれる度にゴンは苦しそうに首を振った。
指で蕾の先を嬲っていると、ぬるりとした液体が指を濡らし始めた。幼いながらも、一人の立派な雄の証しだった。
掬い取って口元へ運ぶ。口の中に甘さが広がる。
「あ…あ…」
皮の上からまだ姿を現さない少年自身に長い指を絡ませて弱く揉みしだく。意識の無いままでも、未知の感覚から逃げ出そうとゴンは腰を引いた。
次々に溢れ出してくる先走る液体が、乾いていたヒソカの手の平すらぬらぬら光らせた。
半開きになって空気を求める唇が、汗に濡れて妙に艶っぽい。彼を蹂躪する男はその艶に魅せられて、そっと口付けをする。
「んん…」
唇は熱かった。初めから深く交わる。
口蓋を犯し、小さな舌を絡めとり、深く、深くを感じる。
息苦しさに少年が逃げ出そうとしても顎を押さえつけて許さなかった。
十分に満足するまで味わい、ヒソカが離れていくと、ゴンは酸素を求めて喘いだ。
目を覚まさない事実に気をよくしたヒソカは、首筋へ舌を這わせて、弾力のある肌を嘗め回した。
傷痕が舌に与える刺激と、汗の味が心地よかった。
「ふ…あ…あぁ…」
幼い唇から、声が何度も漏れる。
ゆっくりと感じさせるための口付けを全身に繰り返し、左手は少年自身を嬲り続けていた。
胸の突起が堅くしこりを持ち始める。
少しづつ、ゴンの中心へと移動する愛撫をどう感じているのかは解からなかったが、手の平の中で元気にそそり立っている兆しが少なくとも"悪くはない"事を証明していた。
兆しから手を放すと、刺激を求めてひくついている。もじもじと膝を合わせて、疼きを押さえるために無意識に手が伸びた。
だが触れる寸前に、ヒソカに阻まれて両手を取られた。
「あ──っん、や」
釣り上げられた欲望を解放したくて、片手で鷲づかみにされている腕を暴れさせるが、戒めから逃れるのは容易ではない。
(──意識は戻ってないはず…)
過敏な躯は、気を失った状態でも快楽に身を捩じらせていた。
「ふ…ああっ!」
少年が求めるものを与えるため、ヒソカは少年の中心へと顔を埋めた。口に含み、今までの緩やかな愛撫とはうってかわってきつく吸いあげてやると、強すぎる刺激に叫び声が聞こえてきた。
皮に包まれた肉茎に舌を絡ませ、隠れた亀頭を吸い上げる度に背中をのけぞらせて声を上げた。
力の入らない下肢を自分の肩にかけさせ、後庭へも指が届くよう腰を浮かせる。ヒソカはいつのまにか、ベッドの縁から、少年の足元へと移動していた。
「あっ、あうっ…んっ」
舌に絡めとられたゴンは、躯を震わせながら口内へ甘い体液を滲ませていく。
大きく開かれた足の間に存在する入り口は、先ほど注ぎ込んだヒソカの精が徐々に流れ出して濡れていた。
指をそっと押し当てると、すでに一度門を開けた入り口は格別の抵抗なくそれを飲み込んでいった。
「っ~~!」
切れた部分が痛いのか、押し広げられる圧迫感からかゴンは苦悶した表情を見せる。
その顔にゾクゾクと駆け上るものを感じて、ヒソカはすぐさま花を散らす欲求に狩られるが、それもどうにかこらえてゆっくりと指を抜き差し始めた。
床の上で蹂躪した一度目のSEXは、ただ己の狂気を性急に吐き出しただけで終わってしまった。
ゆっくりと開花させれば、もっと面白いものが見られるかもしれない。相手の反応などいつもはどうでも良いのだが、少年に限ってはどんな媚態を魅せてくれるのかが気になる。
次第に彼の奥に残っていたヒソカの残滓が掻き出され、指の抽送の助けになった。
指に絡み付く肉壁が、彼を求めて止まない。
一本づつ、少年を犯す指を増やす度に、抱えあげられた脚を痙攣させて新たな刺激に酔っているようだった。
「は…ああ、あ、はぁ…っ」
夢の中で、追われるような快感に責め立てられて、ゴンは苦しそうに声を上げる。気を失っている状態では心の箍もなく、恐怖や恥じらいなどという壁も無く、身体だけが心地よさを素直に受け入れている。
四肢を襲う痺れを、しらず快感として受け入れてしまう。
「ん…っ」
既に、三本の指を飲み込み、ひくつく縁が、強く引き絞られる。ヒソカの指が、腫れ上がった前立腺を見つけ、指先でさすり始めた。
「あっ…あ…!!」
また新しい刺激が、今まで以上に強くゴンを揺さぶった。
同時に前へも強い刺激を与えようと、舌と上顎を使って先の部分に口付ける。
そう、幼い皮と亀頭の間にそっと舌を差し入れ、歯と舌で皮を押しのけるように亀頭だけに口付けたのだ。
「ん…っ」
まだ、ゴンは前立腺への刺激にも慣れることができず、肩をすくませて耐えている。
それを黙視で確認すると、ヒソカは一息に包皮を引き摺り下ろしたに歯を当てた。
「~~~~っやっあああああっ!」
あまりに強い刺激が脳髄へと走った。はじめて姿をさらけ出した亀頭に与えられる刺激は、愛撫というより暴力に近い。
朦朧としていた意識も一度に覚醒に導かれ、体を起こして自分の下半身へと覆い被さっている獣を引き剥がそうと無我夢中で押し戻す。
だが、もとより子供の力でどうにかなるような相手ではなかった。
そのまま剥き出しになった神経を嬲られ、狂ったように体を捩らせる。
「いやっ…あぅああっ!」
後庭をヒソカの手で踏み散らされ、肉桂は次第に熱くなっていく。
根元の辺りから込み上げる何かに恐怖し、ゴンは四肢を強張らせた。
「や…っや、あ・あ・あっ!」
射精など経験したことの無い初な躯は、自分の中で熱く滾っているものが何か想像もつかない。
それでも、なにかが禁を破って出て行こうとしている感覚に耐え切れずに声を上げる。
「あ、いや・変…っ!!」
熱い──
次の瞬間、ゴンの体は大きく痙攣し、ヒソカの口内へ薄い精を吐き出していた。青臭さもなく、ほんの舌先に触れる程度でしかなかったが、確かにゴンは自分を解放した。
鼓動に合わせて少しづつヒソカの口の中へとソレは注ぎ込まれていく。
先に溜まった残りをキュゥッと吸うと、ゴンはまた身を震わせた。
「う…」
ヒソカがゆっくりと躯を放すと、今度は何とか気を保ったままで少年は体をひくつかせていた。
初めての射精感が、強烈な脱力を与える。一度目でかなりの体力を奪われ、体はバラバラになるほど軋んでいた。その上の暴挙にゴンは身動きが取れない。
「ん…ああっ!」
双丘から、乱暴に指を抜かれた。
異物が排泄される感触に、鳥肌が立つ。肩で息をするが、躯の裡に点った炎は消えることが無く、ゴンの敏感な部分が震えて止まなかった。
(ここ──は…)
朦朧とする頭で、自分の居る場所を探る。見上げると、明るい室内灯が彼の視界を遮った。
眩しさに視線を逸らすと、見覚えのある窓に月が写っていた。
柔らかいスプリングがゴンの体を支えているのをかんじる。
そこでようやく、自分のいるところがベッドの上だということに気付いた。
ギシ…
足元で、ベッドの軋む音がする。そこにいるのは、魔物だった。
ヒトの肉を貪り喰う、魔物──
ゴンにはそこから逃げ出すどころか、指一本動かすだけの力も残されてはいなかった。
少年が膝を立てた間に覗く暗い穴が、ひくつき、ヒソカを誘っている。十分に慣らしたそこは、既に受け入れる準備も万全だった。
獲物を求めてそそり立つ凶器が先へ進もうと逸っている。
「…っ」
ゴンは意志に反して数ミリたりとも動かない自分の体を叱咤する。
逃げなくては──ここから、逃げ出さなくては。
だが、情けないことにやはり体は動かない。じりじりと迫ってくる魔物は無表情に彼の足を掴んだ。
「く…来るなっ…っ」
青ざめ、その手を拒否するが、ヒソカは構わず彼の上へ圧し掛かった。
耳元で、スプリングが鳴る。冷たい視線が少年を突き刺している。
「…あ…」
蛇に睨まれるとはこの事を言うのだろう。
冷や汗が吹き出し、体は小刻みに震えた。その視線から目を外すことができない。
体中で激しく脈打ち、心臓がより多くの酸素を求めて息が、苦しい。
喉が──
ひりつく痛みを訴えていた。
部屋に入った直後に見た、人間ではない形相とは少し違う。だが、恐ろしいのには違い無かった。
「う…あ・あ…」
どんな言葉も声にならない。叫び声もあげられない。
このまま、餌食になるしかない。
冷たい指が胸を撫で下ろした。腹を通り、内股へ手がかかる。
「!」
突然、脚を高く持ち上げられ、腰が浮いた。
硬さを失うことの無いヒソカ自身が、哀れな獲物の傷口を抉るように襲い掛かった。
鳴咽混じりの呻き声が部屋に響き渡る。
「う…う、あ・もぅ…っ」
ライトが消え、再び暗闇に包まれた部屋の中で、ヒソカの腕に抱えあげられ、ゴンはその責め苦に耐えていた。
何度目の行為だったか、もう忘れてしまった。幾度果て、裂かれ、いかされたのか──
「く…っ」
小さく叫び声をあげ、ヒソカの律動を身体全体で受け止める。
少年を穿つ凶器は終わりを知らない。つまり絶倫って事? あの部屋から、どうやって抜け出してきたのかは良く覚えていない。
朝日に照らされて、目覚めた時にはヒソカの姿はなかった。
食事に出たのか、何か用事でもできたのか。
"逃げなくては"
昨夜からずっと、それだけを考えていた。悲鳴を上げる体に鞭打って、ベッドを降りたところまでは記憶がある。そこからここまで、自力で歩いてきたことが自分で信じられない。
だるい足を引き摺りながら、自分の部屋へと鈍い歩みを進める。
廊下の壁を伝いながら、なんども躓き、崩れ落ちる。
下肢を鈍痛が襲う。先へ進まなければならない、という強迫観念だけが少年を突き動かしていた。
「ゴン──!!」
遠くで彼を呼ぶ声が聞こえた。
しかし、少年は振り返らずに、前だけをみて歩き続ける。ばたばたと後を追う足音も耳には入らなかった。
「──ゴン、待たないか!」
少しづつ近づいてきた声が、何度も少年の名を呼んでいた。
聞き覚えのある声──それが、同じパーティの仲間であることが遅れ馳せながら理解できた。
ああ……クラピカだ。よかった…
ようやく足を止め、その場に立ち尽くす。
もう大丈夫だ──もう…
「今まで何をしていたんだ!!皆心配していたんだぞ!!」
クラピカは駆け寄った途端に声を荒げると、彼の腕を掴んで強引に振り向かせた。
「痛…っ」
痛めつけられた体は、たったそれだけの行為ですら泣き言を訴える。
「…お前…?」
いぶかしげに少年の姿を見た。そんなに強く掴んだわけでもないのに、なぜ悲鳴を上げるのか。
だが、クラピカの問いに答える間もなく、ゴンは仲間に身体を預けてその場に崩れ落ちた。
抱き留める間も無かった。
「ゴン…!!」
気を失い、床に倒れこんだ幼い仲間を揺さぶる。
よくよく見ると、随分無残な姿をしていた。上着のボタンはすべて取れ、いつも下に着ているシャツもなく、体中に痣ができている。
(どこかで転んだのか?)
ゴンのことだ、なにかムチャをし過ぎて一晩身動きが取れなかった、なんて落ちでも笑い事で済みそうだった。
「仕方ないな…」
クラピカは、大切な友人を部屋へ運ぶために肩へ担ごうと、腕を引っ張りあげる。
「──?」
だが、意識の無いゴンの胸元に目を走らせ、クラピカは眉を顰めた。
くっきり残る痣が、嫌な連想をさせる。自分の体にもいくつか残されている、情事の痕跡と良く似ていた。
そもそも、上着しか身につけていないこともおかしかった。
二つの事象がここまでゴンを疲弊させたものが何か、ということを暗示しているようで…。
だが、追求しようにも当の本人は気を失ったままだ。
ともかくこのまま放っておくわけにはいかない。部屋へ連れ帰り、休ませなければ。
疑心暗鬼と化している心を無理矢理静めて、クラピカはゴンを肩に担いで歩き始めた。
ゴンの部屋のカードキーは、既にフロントで借りてあった──約束をした朝食に姿も現さず、部屋へ様子をうかがいにいっても返事をしない。てっきりどこか具合でも悪くしたかと心配し、キーを借りて部屋へ入ればそこはもぬけの殻だった、と言うわけだ。
このホテルの中で、誰にも何も告げずに姿を消すなどおかしな話しだった。
キルアは不機嫌さを隠さず、昨夜からずっと帰っていないはずだ、と言う。訳を知っているようだったが、尋ねても何も話そうとはしなかった。
レオリオと二手に分かれ、数少ない心当たりを探していたところで、ボロボロになった少年を発見したのだ。
ポケットに入れたカードキーを探し出し、部屋の扉を開ける。
中は、カーテンが惹いてあり、薄暗かった。
「…ヒソ…カ……」
(え──??)
扉を開けるために、少し背中が揺れた。それが、ゴンの覚醒を誘ったのか、小さな呟きが聞こえた。
だが、その名前がクラピカに与えた動揺は凄まじい。
誰の名を呼んだのか──?
まさか、今までお前が居たところはそいつの部屋なのか?それとも、ただ4次試験の悔しい思い出を夢見ているだけなのか。
この紅く染まった痣の理由が、あの男にあるのだとしたら。
考えたくも無かったが、有り得ないことではない。
自分達に何も告げず、コソコソと尋ねなければならなかった場所。確信にも似た想像にクラピカは背筋を寒くした。
(まさか)
ぶんぶんと強く頭を振り、恐ろしい現実を遠ざける。
クラピカは、ゴンを寝かせるために部屋の中へ消えていった。
だが、そうあっては欲しくないという願いは無残に裏切られることになる。
ゴンをベッドに寝かせ、苦しくないように、と上着を脱がせると、いたるところに口付けの痕があらわになった。
ゴンにはすまない、と思いながら、ズボンを脱がせて脚の間を確認すると、無理矢理こじ開けられた時の傷に血の塊がこびりついていた。
男の残滓こそ目視できなかったが、大きな指の跡や内股に残されていたキスマークが、ゴンの身に何が起こったのかを明白に物語る。
「ひどい…」
その陵辱の痕が、クラピカに一族が滅亡した夜を思い出させて吐き気を催した。
同時に、おそらくは手を下したのであろう男を思い、憎しみが滾る。
合意の上であっても、年端もいかない少年を犯すなど、言語道断だった。
怒りで目の前が赤く染まった。できることなら、今すぐにでも飛び出して、ヒソカに問いただしたかったが、意識の無いゴンを一人置いたままでは、心配で目も離せなかった。
「う…」
うなされ、 救いを求めて手がさ迷う。
「…いや…」
襲われた時のことを夢を見ているのか…。
固く絞ったタオルで体を清めてやっていたクラピカは、宙をかく手をとりぎゅっと握り締めた。
小さな耳に口を寄せ、
「大丈夫だ──もう、大丈夫」
と何度も繰り返して囁くと、次第に穏やかな寝息へと変わっていった。
閉じられたままの目尻から透明の涙が溢れていた。指先で触れると珠になって零れ落ちる。
許せない。
傷ついた少年の手を握り労わりながら、クラピカは怒りに自らの瞳が色を変えていくのを感じていた。
>< >< >< >< >< >< ><
柔らかいベッドがゴンの体を包みこんでいた。
数時間の眠りが体の疲れを癒したのか、少年はごく自然に瞳を開けた。
数回瞬きをすると、あやふやだった世界もしっかりと形を持ち始める。
画一した内装は、そこが自分の部屋なのかまだヒソカの部屋に居るのか解からなくしていて、一瞬恐怖に肩を震わせる。
一番に目に入った天井の色も、壁紙の模様もすべて同じ──唯一違うのは、そこに居た人物だった。
「クラピカ…」
椅子に座り、膝の上の本のページに目を走らせていた彼は、細い声で呼ばれて顔を上げる。
ゴンが意識の途切れる寸前に見た、心配そうな視線は彼のものだった、と思い出す。おそらくここまで運んでくれたのも、クラピカだったのだろう。
「目が覚めたかね」
体を起こすと、まだ、節々が痛んだ。
「あの…オレ…」
何を言おうというのだろう。きっとクラピカは心配してくれてた。愚かな自分のために、探し回ってくれていた。
軽はずみな、後先を考えない行動をして迷惑をかけてしまった自分が、なんの言い訳をすれば良いのか解からない。そして、身に降りかかった悪夢を話すことなど、もっての他だ。
ゴンは、言葉が続かなくて俯く。その様子を見て取ったクラピカは、小さく嘆息すると、読み掛けの本を閉じて言った。
「空腹ではないか?今朝は何も食べていないのだろう」
クラピカの指摘を受けて、返答をするよりも早く、ゴンの腹の虫がないた。恥ずかしさに頬を染め、頷いた。
「う──うん。空いてるみたい」
「そうか」
短く答え、席を立つ。
冷蔵庫を開け、中から取り出したのは果物とサンドイッチの乗った皿だった。座り直したゴンの目の前に置き、どうぞ、と促す。
ゴンは、始めは手をつけるのを躊躇していたが、盛んに腹の虫に責め立てられてサンドイッチへと手を伸ばした。
パンの表面が少し乾き始めていた。もう随分前に作ってもらってあったのだ、と知れる。
一切れ口にすると次の歯止めは利かず、ゴンは貪るように食べ始めた。
「ぐっ…☆☆」
あまり焦って詰め込んだために、ぱさついたパン生地を胸につまらせて咽る。
ゲホゴホと咳き込むゴンを笑いながら、クラピカは水を手渡した。
冷たい水が硬い固まりを胃へ流し込み、ゴンはようやく一息つくことができた。
「ありがとう」
にっこり笑うと、再び食事を始める。
食欲が出てきたのだ、と思うとクラピカは少し安心した。それだけ回復したということだった。
ダメージが大きすぎて何も喉を通らない、と言われないだけ救いがある。
そうして、ゴンの食事が終わるのを待ち、ご馳走さまの声を聞くまでクラピカは一言も発しなかった。
すっかり皿を綺麗にしてしまうと、人心地着いたとゴンは安堵の溜め息を吐いた。
「ところで、ゴン」
クラピカはベッドの上で、あぐらを掻いたまま水を飲んでいる少年に、とまどいがちに話し掛けた。
(聞かない方がいいのだろうか…)
尋ねた本人は、言葉を紡ぎ始めてしまったことを少し後悔する。
答えは聞かなくても想像がついたし、もしかしたら、ゴンには二度と思い出したくないことになっているかもしれない。早まったか、と反省するが、好奇心は押さえられなかった。
いや、むしろ、想像が裏切られてくれることを願って、問い掛けているのだ。
あの男とは一緒に居なかった、と言う答えを。
「お前──今まで何処に居たのかね?」
ゴンは、一瞬手を止めて問い掛けた人の顔を見た。
素直すぎる反応は、それだけで恐れを確信へと変える。ゴンの顔色は大きく変わり、握った拳も震えていた。
(やはり──か)
できることなら、違うといってほしかった。
落胆と同時に、クラピカは収まりかけていた怒りがぶり返してきたのを感じた。だが、努めて冷静にゴンに語り掛ける。
「昨夜から、ずっとここへ帰ってきていないとキルアから聞いた。皆心配していたのだ。何処へいっていたのか、くらいは教えてくれても良いのではないか?」
責め立てる口調を避け、できるだけ柔らかに尋ねるが、ゴンは青ざめた唇をぎゅっと噛み締めて一言も発しようとしない。
男を庇っているのか、それとも思い出したくない経験に言葉も出ないのか。
一言も発しようとしない少年に、苛立ちを募らせる。
後者であれば、クラピカは随分残酷なことをしていることになるのだが、事実を知りたいという欲求が先に立ち、尋ねることを止められなかった。
「黙秘…か。だが、解かって欲しい。私はお前を咎めるつもりではないのだよ。私が──咎められるわけはないのだ」
最後の部分は自嘲するように言った。快楽を求める己の浅ましさは、いやというほど知っている。そういう自分が、何を咎めるというのか。
だが、年端もいかない無垢な子供の身体を貪るような行為には、許し難いものがあった。
「ただ──お前が居たのが、あの男のところなら──私は黙っているわけにもいかない」
「だ──大丈夫だ、よ」
答える声が震えていた。庇っている、ということはそれだけで解かる。
「大丈夫──?なにが大丈夫だというのかね!」
そんなに傷つき、脅えて、泣きながらヒソカの名前を呼んだというのに、何故──!
事実を明らかにしない少年に激昂し、クラピカはつかつかとベッドまで歩いてくる。
ベッドの上で悲しそうに見上げる少年の胸元を掴んだ。
「違うというのなら、お前の身体についた痣は何だというのだ?!いったい、何をしてついた痣なのだ!」
「こ…これは、自分で転んで」
「転んでこんな痣はつかないっ!」
そう叫ぶと、左右に上着を引き、紅い斑点の消えない胸をさらけ出した。
「クラピカっ…」
慌てて手の平で振り払い、傷だらけの上半身についた紅を隠す。
「これは、あいつにやられた痕なのだろう?!」
「それ…は」
「~~許せない」
仲間を傷つけられ、クラピカが怒っているのを感じた。その瞳がちらちらと揺らめいている。
激情に駆られている証しが、見え隠れしていた。
「殺してやる」
低く唸るように呟くと、彼の背中に隠した得物を握り、そのまま部屋を出ていこうと向きを変えた。
「や──…やめて、クラピカ!」」
ゴンは咄嗟に後ろ姿に縋り、怒りに燃えた友人を引き留めた。
「ゴン」
「いいんだ、本当に…オレが悪かったんだ!」
何故引き留めるのかと不満気に振り向いた友人にすがり付いたまま、ゴンは必死で訴えていた。
「キルアにも、忠告されたのに、オレが軽率だったんだ。行っちゃいけないって解かってたのに──だから、クラピカがそんなに怒らなくていいんだ!」
そんなに必死になって、大きな目に涙までためて、引き留める訳が分からない。
「しかし!」
「いいんだ!─…別に、何も無かったんだ、本当に…」
最後は、次第に小さくなっていき、消え入るように口を噤む。
真摯な眼差しでクラピカを見る少年の傷は深い。それでも、クラピカを諌めようという姿に打たれ、急速に怒りを解かれていった。
ここまで順調に試験をパスしてきたのに、つまらないことで不合格になってほしくない──相手がヒソカである限り、挑めば命の保証も無い。そこまでしてもらうような価値は、自分にはない、と首を振る。
悲壮な顔を見ていると、無理に振り切るのも可哀想な気がしてきて、クラピカは嘆息し、握った剣を背中に戻した。
その仕種で、クラピカのリベンジが実行されずに済んだと知って、ゴンはほっと手を放す。
「では、もう…あいつのところへ行かないと誓ってくれないか」
「…!」
最大の、譲歩だった。ヒソカを殺せない限りは少年に近寄らせないようにするほかはない。
危険を避けるためには必要な約束だった。
「ゴン……解かって欲しい。私はお前が心配なのだよ…」
「うん、解かってる」
「ゴン」
頷くだけではなく、きちんと言葉にして誓って欲しい。
クラピカはゴンの手を取り、その目を覗き込んで誓いを促した。
「解かってるよ、クラピカ。もう…二度と近寄ったりしないよ」
ゴンは、悲しそうに微笑んでいた。
辛い約束をさせたのかもしれない。
だが、例え怨まれても良かった。純粋培養の中で育ったような、真っ白な少年が、闇に汚される事を思えば、自分が怨まれてでも隔離しておかなければならないと思った。
(私にできるのであれば、だが…)
おそらく、この約束が守られないことも、クラピカには解かっていた。
キルアは、堅く閉ざされた扉の前で立ち尽くしていた。
(なんで…?)
なぜこの部屋から、ゴンの声がするのか。
一瞬フロアを間違えたのではないか、と確認までしたが、やはりそこはヒソカの部屋だった。
沸沸と落ち着かない気持ちが心を支配していく。
(どうして、ここにゴンが居るんだ?しかも、そんなに楽しそうに笑って…)
少年は、自分がヒソカを尋ねてこの部屋まで訪れた理由は棚上げし、ゴンがヒソカと楽しそうに時を過ごしている事に嫉妬する。
ぎりぎりと拳を握る。
他の奴と居て、何がそんなに楽しいんだ。それも、よりにもよってヒソカと会っているなんて。
以前キルアもヒソカと関わった事がある。考えてみれば、ほんの十日ちょっと前の事でしかないのだがそれすらも、すべて忘れてゴンを責めていた。
だが、部屋の中へ入りゴンをなじる勇気はない。この部屋の中に居る男は、機嫌を損ねれば恐ろしいほど残虐にもなりうる──同族だからこそ解かる危険があった。
(くそっ…)
実際に何が行われているのかを確認する事もできず、キルアは忌々しそうに床をけると、その扉の前を離れた。
(どういう事だよ。どうしてヒソカなんかと会ってるんだ。あいつに何されるか、なんてわかったもんじゃないのに…)
苛つきながら、エレベーターがフロアへ到着するのを待った。
(他の奴と仲良くするなんて…!)
キルアの中の暗い炎が、じりじりと心を焼いた。
他人と親しく話し、楽しく時を過ごしている──そこに、自分の存在はない。
それがキルアには許せなかった。ゴンは、自分の──いや、自分だけの友達で、その関係は誰にも邪魔はできないはずなのに。
エレベーターが到着した事を知らせるベルが鳴り、扉が開く。
中からはギタラクル──イルミが姿を現した。
(……キル?)
イルミは久方ぶりに間近で見る弟に、以前とは違う印象を受け興味を引かれた。
もちろん、キルアはすれ違う相手が自分の兄とは気付かない。
空気を通してぴりぴりと伝わってくるものは、怒りの色を持ち、今までになく感情をあらわにしていた。
するり、とイルミの脇を抜け箱の中へと消えていく。逆に兄はフロアへ降りたった。
互いの背中で静かに扉が閉まり、 エレベータが移動を始める。
だが、しばらくすると、ガインッと大きな音が扉の中から聞こえてきた。
どうやら、キルアが当たり所の無い気持ちを箱の壁だか床だかにぶつけたらしい。
(キル…止まっちゃうよ、それじゃあ…)
我が弟ながら、無鉄砲さ加減に呆れる。
幸い箱は非常停止をする事もなく、2フロア下までキルアを連れていった。
それでも、壁に穴の一つや二つはあいてるんだろうと肩をすくめた。
しかし、とイルミは考え込みながら、自室へと向かう。
キルは何にたいして、あんなに苛ついていたのか…
あの殺人人形でしかないはずの、感情など欠片も持ちあわせていなかったキルアが、剥き出しの怒りを撒き散らして歩いているなんて考えられない事だった。
自室の前まで歩きながら、先程のキルアの行動を検証するが、原因が思い当たらない。
(このフロアで何かあったのか)
と、カードキーを扉へ差し込んで部屋の中へはいろうとした──
(……?)
足を止める。不思議なものが聞こえた。
(笑い声…?)
それは彼の向かい──ヒソカの部屋からのものだった。
もちろん、笑っているのが部屋の主では無い事は明白だ。再び高らかな笑い声が聞こえる。
イルミは一瞬で事態を把握する。
(そういうことか)
笑っているのは、おそらくあの坊やだ。ここの所いつもキルアといっしょにいる、405番の…
ゴンの姿を思い浮かべ、イルミは露骨に嫌な顔をする。
由々しき事だ。
キルアの感情がヒソカに対してなのか、それとも405番の坊やに対してなのかが大きな問題だった。
相手がヒソカなら、まだいい。どうせ遊びだということはわかっているし、たいして心配をする必要も無い。
だが、あの坊やなら話は別だ。
ああいうタイプは"まずい"のだ。
我々とはまったく反対のゾーンにある人種。相容れないものだ。
(何とかしなければ…)
彼にキルアが感化されては厄介だった。ここまで育てた苦労が水の泡だ。
(早いうちに手を打たなければならないかな…)
タイミングが大切だ。そう思いながら、イルミは暗い部屋の中へと消えていった。
ヒソカの部屋では、ゴンの話し声と高らかな笑いだけが響き渡っていた。
「それでねぇ。その時ミトさんがね…あ、ミトさんって俺の育ての親なんだけど」
数十分の間にすっかり打ち解けてしまったゴンは、ヒソカの膝の上で足をぶらつかせながら一生懸命自分の事を話し続ける。
時折、振り仰いではヒソカの姿を確認し、ニッコリ微笑みあってはまた新たに話しを始める、といった具合だ。
自分の事、故郷の事、家族の事、友達の事。
ずっと誰かに話したかった事が堰を切って出てくる。その相手が、なぜヒソカなのかは分からなかったが、ゴンはひたすらしゃべり続けていた。
僅かな息継ぎを見つけヒソカが腕を掴むまで、話は終わる気配を見せなかった。
「──穴開いてるね」
ゴンの手の平に残っていた蛇の噛み痕をまじまじと見、そう呟いた。そんな痕など気にも留めていないゴンは、笑ってその原因を説明する。
「あ、うん。前の試験で蛇に噛まれて」
「こんなに沢山かい?」
腕だけでも無数の噛み痕がある。よくよく見れば、首筋にも、足にも、数え切れないほどの傷があった。
「うーん。蛇団子になっちゃったんだ、オレ」
「そう…。痛かったろう?」
「そだね。ちょっとね。でも、大丈夫。もう解毒剤も打ったし」
少年は何気なく応える。
「酷い蛇だ」
ヒソカはそっとゴンの手を取り、噛み跡の残る手の甲を口まで持っていくと、その傷口を舐めた。
「…!」
ゴンは驚くが、手を振り払う事はできなかった。
厳かに、優しく傷を舐められ、全く痛みを感じていなかったはずの傷がズキズキと痛み始める。
(違う…手が痛いんじゃないや)
痛むのは胸──
ゴンの目には、噛まれた痕から何かを舐めとるように、一つ一つ丁寧に口付けていく様子が艶めかしく映り、赤面した。
「ん…っ」
同時に、舌先が触れた部分から、ざわざわと駆け上ってくる奇妙な感触に負けて声が漏れる。
顔から放熱する分だけ、感触に溺れる──
それに耐えられなくなったら、オレはどうなちゃうんだろう。不安にかられた。
「あっ───今何時??」
しばらくヒソカのしたいようにさせていたが、不意にすっかり暗くなった外の景色に気付いてゴンは時計を探した。ベッドの脇にあった時計に目を走らせる。
「もうこんな時間──オレ、いかなきゃ」
もぞもぞと尻を動かしヒソカの膝の上から降りる。だが、ヒソカはその腕を掴んだまま離さなかった。
ただ無言で、部屋から出ていこうとするゴンを責める。
「皆でご飯食べようって、約束してたの。だから──」
「そう」
ヒソカは心なしか寂しそうに目を伏せた。
「もう……行かなくちゃ」
「……そう」
ゴンは、その場を去りがたいと思っている自分に戸惑いながら、ヒソカから身を離す。
その気持ちを知ってか知らずか、ヒソカも席を立ちぐずぐずとしている少年を無言で追い立てる。
だが、ゴンの足取りは重かった。
本当はもっともっと、彼と話していたい。もし、うるさいって思ってるなら、何も話さなくても良い。
一緒に居たい…──
どうしてこんな気持ちになるんだろう。オレ、どうかしちゃったのかな。
約束破ってでも、ここに居たいって思ってる。ヒソカと一緒に居たいって、思ってるよ。
部屋から戸口まではとても短かった。
廊下へ押し出されるように出て、振り返る。
ヒソカは、最初に彼を招き入れた時と同じく物憂そうに扉に手をかけ、ゴンを見つめていた。
「あの──」
ヒソカは何も言わずに首を傾げる。ゴンの次の言葉を待っている。
「あの、ね。食事が終わったら、また来ても、良い?」
ヒソカは、しばらく何も言わずに目を丸くしてゴンを見ていた。
そんなに、おかしな事を言っただろうか──ゴンは、返答に間が開いている事に不安を感じ、俯いた。
(やっぱり、オレみたいな子供の相手は嫌だったのかな)
今まで、できるだけそう思われないように、とクラピカやレオリオ──島に居た時も、ずっと気をつかってきた。子供の相手など面倒だ、と思われないように、鬱陶しいと思われないように。
(つい、しゃべり過ぎちゃったし…だって、ヒソカが何も言わないから…)
いつもみたいに、黙っていれば良かったと心底悔やむ。
だが、そっと見上げたヒソカの顔は、微笑んでいた。その笑顔がゴンにはとても優しいものに感じられる。(ホントはやましい笑いなんだよねぇ…恋は盲目だね!)
「──いつでもおいでよ。開けといたげるから」
思ってもいなかった返答を得て、ゴンはパァっと顔を明るくした。
「…本当??」
「もちろん」
ヒソカは疑い深い少年に、あらためて許可を与えた。
なぜ、その答えに間が開いたのかは考えず、ゴンは純粋に許可されたことに喜ぶ。
「じゃあ、ご飯終わったらすぐ来るね!」
大きな声でヒソカに約束をし、くるりと向きを変えてエレベーターへ向かって走り出した。
食堂へ辿り着いた頃には、もう約束の時間をずいぶんすぎていて、むっつりとしたレオリオとキルアが彼を迎えた。
「遅いぞ、ゴン」
「うんごめん。ちょっと…」
席へつこうと椅子を引き、苦笑いをしながら2人に笑いかけた。
だが、ギロリ、とキルアに睨み付けられる。
「…なっ…なに??」
「べ・つ・に~~」
キルアはふて腐れた顔をして、肘を突いて顎を支える。
遅くなった事が気に食わなかったのか、と尋ねたのだが、キルアの返事は"別に"どころではないいやみが含まれていた。
だが、ヒソカとの約束に浮かれ、とにかく早く食事を終わらせてしまいたいと焦っているゴンにはそこまで気が回らない。
「あとは、クラピカだけだな」
「えっまだなの?てっきり一番に来てると思ってたよ?」
ゴンは驚いてそう応えた。時間に一番うるさそうな相手だった。
「そーなんだよなー──あいつ、昼から何処にもいやしねんだよ」
「オレ、探してくるよ」
どこへ行ったかわからないとは、クラピカらしくなかった。
それに、ずっと待ち続けていたら、食事がいつ終わるかわからない。ゴンは一刻も早くヒソカのところへ戻りたかった。
「大丈夫だよ、そのうち来るさ」
一方、キルアはゴンを行かせたくなくて、ひきとめる。
「うん…でも、探してくるよ。すぐ見つけてくるから!」
そういって、キルアを振り切ると、元気よく食堂を飛び出していった。
「あっ…くそっ、もう!!」
「なんだ、機嫌悪ぃな」
「別にっ!!」
声を荒げて否定する。相変わらずのんきに煙草をふかしている男が気に障った。
あんたこそ、自分が間男されてるって知らないくせに──クラピカが今まで何処に居て、どうして姿を現せないのか。いっそ、全てをばらしちまおうか?ここで。
どんな顔するんだろうな。それを見れば、少しは気が晴れるんだろうか。
(駄目だ駄目だ)
それは、もっと効果的にやらなくては。一時の感情で、楽しみをおじゃんにする必要はない。
せめて、クラピカの居る場所で、と自分を諌める。
「ねえ、煙草くれよ」
気持ちを鎮めるために、何かが欲しかった。
レオリオにねだると何も言わずに箱ごと投げ渡してくれる。中身は数本しか残っておらず、全部持っていけ、と言う事らしかった。
「…クラピカに見つかるなよぉ。あいつはうるせぇぞ」
レオリオはにやつきながら、ポケットからライターも取り出しキルアに渡す。
「いいわけ?」
まさか、レオリオが素直によこすとは思っていなかった。あまり簡単に手に入ってしまったため、毒気が抜ける。
「いんじゃねぇの?そんなものくらいよ」
「医者の卵のくせに」
キルアが笑って揶揄すると、レオリオもそうだったな、と応えて笑った。
2人きりクラピカとゴンが戻るのを待つ時間は長かった。
キルアが煙草を吸いおえて気持ちが落ち着いてきた頃、ゴンはクラピカを連れて戻ってきた。
だが、結局食事は3人でとる事になってしまった。
クラピカは気分が悪いから、と何も食べずに部屋へ戻ってしまったのだ。
本当は、今すぐにでもヒソカのところへ戻りたかったが、どんどん運ばれてくる4人分の料理やデザートを平らげるのに結構な時間がかかる。
食堂を出ることができたのは、食事を始めて2時間以上後のことだった。
ところが、その後もなんだかんだとキルアに振り回され、眠くなった、と申し立てるまでは解放してもらえなかった。
気がつけばもう、随分遅い時間だ。
キルアの追撃を逃れ、一旦部屋に戻ってきていたゴンはベッドの上でごろごろと丸まる。
すぐに出ていっても、まだキルアが部屋の前で待っていそうな気がしたからだ。
だが、気持ちは逸る。
早く会いたい。会いに行きたい。
考えるだけで、胸がドキドキと高鳴った。
(もう、いいかな)
数十分の間、ごろごろと体を転がして気を紛らわせた。これだけ時間を置けば、キルアもきっと諦めて、自分の部屋に戻っているだろう。
ヒソカのことは気になって仕方が無いが、他の皆に何処へ行くのか知られたくない。
会っていることが知れれば、必ず止められる。
だからもう少しだけ。
自分に言い聞かせ、ゴンは部屋の中で悶々と時を過ごしていた。
ゴンはそうっと部屋のドアを開け、左右を覗う。
キルアの姿はなかった。
(よし。今なら…)
急いで部屋の鍵をとりに戻り、ポケットに突っ込むと扉へ向かって走っていった。
ばたばたと騒がしい足音が部屋の中で響き、続いてバタン!と扉が閉まる音がする。
勢い良く飛び出したゴンは、急いでエレベーターホールへと向かって走った。
(遅くなっちゃった…!)
食事が終わったらすぐ、と言ったのに、結局何時間たってしまったことか。
ヒソカが居なかったらどうしよう。
待ちくたびれて、もうドアを開けてくれないかもしれない。
早く──早く。
あの廊下を曲がって、しばらくすればエレベーターがある。
たった2フロア上まで昇っていけば、もうそこはヒソカの部屋とは目と鼻の先…
「!」
だがそこには、ゴンが来ることを知っていたかのように、キルアが待ち伏せていた。
「…キルア!」
ゴンは、小さく叫ぶ。
「どこ行くんだよ」
険しい顔をした友人は、ゴンの行き先を問う。
「…え…っと」
返答に詰って視線を泳がせた。ちょっと散歩に、なんていう嘘が通用するとも思えない。
だが、正直に行き先を告げれば止められてしまうのは解かっていた。
キルアはなかなか答えようとしないことに焦れて口を開く。
「ヒソカのところ、行くんだろ」
図星を刺されて、ゴンの動きが止まった。
まさか、と思っていたことが現実になったことを知り、キルアの胸のうちに怒りが込み上げてきた。
「!…行くなよ、あんなとこ!!」
「な…なんで??」
「やばいんだよ、あいつは!」
「どうして」
「どうしてって」
理由を告げれば今度は自分が軽蔑されるかもしれない。
それを恐れてキルアは次の言葉を口にできなかった。
「どうして…どこが"ヤバイ"っていうの??ヒソカはそんなに悪い人じゃないよ!」
悪い奴だよ、と噛み付かれた少年は心で答える。ほんの数日前には俺と寝てるんだぜ??
お前が次の餌食になることくらい、明白じゃないか。
「ヒソカはっ…オレの話をちゃんと聞いてくれるし、ジュースだってくれたよ!…優しいよ!!」」
餌付けされたのか、と思うとキルアは目の前がクラクラするのを感じた。ジュース一つで、簡単すぎる。
だいたい、何処をどうとればヒソカが優しい、なんて思えるのだろう。
あの紙一重の殺気に気付いていないのか?体を合わせた時だって、恐怖と隣り合わせだった──そりゃあ俺にはそれが心地よいと思えたんだけど。
ゴンのいう優しさなんて、どうせうわべだけだ。
「ばか、それが手なんだよ!」
「違うもん!絶対違うもん!!」
首を振り、キルアの言うことに耳を貸そうともしない。
「ゴン───!!」
引きとめようとするキルアの腕を振り切って、ゴンは非常階段へと走っていった。
エレベーターを使えば、待っている間も昇っていく間も、ずっとキルアがついてきてしまう。
これ以上ヒソカを悪く言われたくなかった。
「ゴン、行くな!」
「キルアの馬鹿ぁっ!」
非常階段の扉を開け、一瞬だけ振り向いてゴンは叫んだ。
その台詞はぐっさり深くキルアの胸に突き刺さった。
カンカンとゴンが階段を駆け上っていく足音を聞きながら、ダメージから立ち直るのにずいぶん時間がかかる。
(馬鹿って…ばかってなんだよ…。ちくしょーっっ)
ガンっと廊下の壁を拳で殴る。エレベーターの壁同様、そこも大きくへこんだ。
壁紙が破壊されたボードにめり込んでいる。
痛い目あってからじゃ遅いんだぜ、ゴン!!
キルアは自ら蜘蛛の罠へと飛び込んでいく友人に苛つき、拳を握り締めた。
2フロア分の階段などモノの数秒で駆け上がってしまい、ゴンは非常階段からひょっこりと頭を覗かせた。
確か、このフロアにヒソカの部屋がある。
非常階段の扉から、2つめだったか3つめだったか…
きょろきょろと見回すと、そこに一つだけドアがちゃんとしまっていない部屋があった。
その部屋はオートロックがかかってしまわないよう、スリッパが挟みこんであるのだ。
(あの部屋だ)
ぱっと顔を明るくする。
よかった、本当に開けておいてくれた。オレが入れるように…
そう思うと、ゴンは心がうきうきとしてくるのが留められなかった。
まさに、喜び勇んで部屋のノブに手をかける。
だが。中を覗きこむと、灯かりが一つも点いていなかった。
「…ヒソカ?」
暗い部屋の中には、人の気配がする。何も匂いがしないのだから、これは"ヒソカ"の気配だとゴンは思った。
(眠ってるのかな…?)
扉を開けて中に入り、ドアに挟んであったスリッパをどけた。後から、キルアが追ってきて、中に入ってきたら厄介だと思ってのことだった。
背中で扉が閉まり、オートロックがかかる音がする。
「…ヒソカ、いるんでしょ?」
小羊はゆっくりと部屋の奥へと進んでいく。
一歩…また一歩。
「ねぇ、いるんでしょう??」
己が近づこうとしているものが、何なのか。それすらも気付かず、ゴンは足を進める。
ヒソカを信頼しきっている少年の頭には、疑うという発想も有り得なかった。
記憶を頼りに調度品の位置を探る。テーブルの上に小さなランプが置いてあったはずだった。
「ヒソカ……?明かり、つけるよ?」
テーブルランプのスイッチへ手を伸ばし、明かりが周囲を照らし出す瞬間。
小さな指が見えない壁に、触れた、と感じた。
「……!!!!」
一息で、全身総毛立ち、汗が噴き出てくるのを感じた。心臓が突然早鳴りをはじめ、がくがくと腕が震える。
"怖い!"
あの森でであったヒソカの気配と同じだった。
"逃げなくては"
考えるより先に、脚がドアに向かって走り出していた。そこまでほんの少しの距離のはずが、酷く長く感じる。
「あ…!」
もう一歩で扉のノブへ手がかかる。
助かった──ゴンの顔が安堵にゆるんだ──だが、背後からぬぅっと突き出た太い腕が、ゴンの首へ絡まる。
「ひ…」
覆い被さってきた黒い影に捕まり引き摺り戻された。弾みで上着のボタンがいくつか飛ぶ。
背中が厚い胸板にぶつかる。数時間前には、優しく彼を包み込んでくれていたそれだった。
「いっ…やぁっ…!!」
どさり、と床に体を投げ出し、咄嗟にうつぶせて両腕で顔を覆った。
ヒューヒューと、不快な音が耳元に聞こえた。テーブルランプの淡い光が入り口まで届き、頭のすぐ脇についたヒソカの腕が見えた。照らされた腕からは陽炎が立ち昇る。
殺気が彼を包み込む。
殺される、と覚悟した。
ああ、こんなことならキルアの言うことを聞いておけば良かった。今更後悔しても仕方が無いが、心の中で傷つけてしまった友人に誤る。
キルアの言う通りだったよ、ごめん。こうなるって、言いたかったんだね。
腕力も、力量も、とても適わない。武器も無い、ただ圧し掛かられて、身じろぎすらできない。
難なく腕を取られ、無防備な顔を殺戮者にあらわにした。
ゴンの腕を引っ張り上げ、床へと縫い付けると強制的に上向かせる。それだけで、もう動けない自分が情けなかった。
冷たい指が頬をつたい、首筋にかかる。
絞められる──!
ぎりぎりとヒソカの手の平に爪を立てた。じんわり血が滲み始めた自分の手を見て、更にヒソカは煽られていた。
闇の中で、彼の目が薄く浮かび上がって見えた。凄まじい形相のそれは人外のものを思わせる。
その瞳に宿る狂気に、ゴンはただ身を震わせるばかりで──
「は…~~~っ」
ヒソカの指先に一瞬力がこもり、すぐに離れていった。だが、その手で襟元を掴むと、思い切り引っ張る。
申し訳程度に残っていたボタンが四方に飛んだ。
「っふ…あっ…」
ゴンは恐怖に涙を滲ませ、押さえられない動悸に苦しそうに空気を求めて、喉をひくつかせる。
ヒソカの荒い息は、どこか獣を思わせ、このまま食われてしまうのではないか、と身を震わせていた。
シャツの襟元から差し入れ、彼の体を弄る腕に力いっぱい爪を立てるが、手の平と同じく血が流れ出そうと意にもかいさない。
「あ…ぅ」
キルアがやったように、生きながらにして心臓を抉られるのか。それともカードに切り刻まれて殺されるのか。
これから自分がどうなってしまうのか、見届ける勇気も無くゴンは堅く瞼を閉じた。
「!?」
突然震える唇を、噛み付かれるようにしてふさがれる。
まどろこしそうに、体に触れていた腕で、乱暴にシャツを引き裂かれる。長い舌で口蓋を舐めあげられると、ヒソカの腕をつかんでいた手からも力が抜けた。
「はっ…はぁ……っ…はっ…」
打ち震え、両眼いっぱいに涙を湛えて青ざめる。
ゴンにはヒソカの行動が理解できず、臨界点に達しつつある恐悚にパニックを引き起こし、ろくな抵抗もできない。
小さな突起を舐り、指先で体中を愛撫される──だが身体の裡から快感を引き起こすよりも、喰われる恐怖が先に立ち、心地よさとしては認識できない。
ざわざわ鳥肌が立つ。己の身にヒソカの歯が触れる度、そこから肉を喰い千切られると身を堅くした。
「や…」
少年を翻弄していた指が、下半身へと移動し半ズボンの戒めへを解放しようと動く。ヒソカは上着と同じくボタンを引き千切り、ファスナを乱暴に降ろすと全てを力任せに引っ張った。
「!」
彼と少年を隔てていた布が取り去られ、生まれたままの姿を血に飢えた狼の前に晒した。
荒い息が首筋にかかる。
腕に通ったままの上着と、ぼろ布と変わり果てたシャツだけが少年を守るものだった。それはあまりに頼りなく。
頚動脈を強く吸われ、刺すような痛みに肩を震わせる。
(ああ、このまま…)
皮膚を喰い破られ、生暖かい血を啜られるのだ。
無残に肉の塊となり、誰にも知られることもなく朽ち果てて行く。
キルアくらいは、オレがヒソカの部屋に捨てられていることに気付いてくれるかもしれないが、果たして喧嘩別れした友が、自分のことをどれだけ思い出してくれるものか。
(もう駄目だ…)
救いの手などは無いことも解かっていた。
どんな時でも諦めなかったゴンも、ここから逃げ出せるなどという期待はもてなかった。
(ごめんなさい、ミトさん。ごめんなさい、キルア。ごめんなさいクラピカ、レオリオ、そして父さん…)
心の中で、親しい人々へ別れを告げる。父に会うことができない無念も、この状況を抜け出す原動力にはならない。
諦観しきったゴンは、全身の力を抜いた。
だが、ヒソカは首筋を噛み切るでもなく、獲物を弄ぶように甘噛したり、吸い上げたりを繰り返すだけで一向に彼の血管を引き千切ろうとはしない。
ゴンは嬲られ疲れて、いっそ楽にしてくれ、と懇願しようと薄目を開けた──だが、それは言葉にならず、不意に両足を抱え上げられた。
「え…っ」
薄暗がりの中で萎えている蕾も後庭も、ヒソカの視線に晒された。
「や…っあ、やだっ」
誰にも見られたことの無い部分を凝視され、ゴンは羞恥に頬を染める。死の恐怖と混じって、少年を惑わす。
右手で左の足首を高々と持ち上げられると、体を深く、くの字に折り曲げ腰を浮かせる格好になった。
「いや…っはなして…あ…!!」
ヒソカは空いている左手で、小さな尻を撫でまわし、後庭の入り口を探し当てる。そこは恐怖で堅く扉を閉ざしていた。それでも残酷な笑みを浮かべ、構わず乾いた親指をねじりこんだ。
「あっ…あああああっ!!」
今までとは違う声音の叫び声が部屋に響いた。
ゴンは、初めて味わう局部への攻撃に足を突っ張らせて抗う。
「い・あ…っ痛い…っ!!」
強引に侵入する親指は、秘部を軋ませながら堅く閉ざした入り口をこじ開ける。
引きつる痛みに身を捩らせてもがいていた。
「ひ…あっっい、い…っやだ、いや・いやぁっ…」
しかし柔らかい肉は、拒絶しながらも長く太い指を軽々と飲み込んでしまう。
すっかり根元まで埋め込んだ指先には、手の平に吸い付く臀部よりも柔らかく熱い肉が触れる。
ショックでがたがた震えているゴンを無視して、ヒソカは指を前後に動かした。
「───!!くっあ、ああっ!」
押し広げられたその部分は、幸いまだ亀裂を生じるほどは伸び切っていない。
だが、奇妙な排泄感に苛まれ、苦痛に声を上げた。
ヒソカは指先に当たっている感触と指の根元を痛いほど締め付ける強さに、ぞくぞくとこみあげてくる劣情を押さえられず、乱暴に抜き差しを始めた。
入り口ぎりぎりまで引き戻しては、再び深く穿つ。行為が繰り返される度、ゴンは声を上げた。
「あ…っあ・やめ…って、やだっ」
締め付ける強さは変わらないが、次第に指にかき出されてゴンの中から流れ出した体液が入り口付近を濡らした。図らずも、それが抽送を助ける結果となり、より激しく指を抜き差しされてゴンは気が狂いそうなほどに頭を振った。
「あ──ぅ、あ、あ…もうっ…っ」
ゴンの身体は、心地よさとは程遠い愛撫に音を上げていた。次第に意識が遠のいていく。
これで楽になれる──苛まれ続けたゴンは一瞬穏やかな顔をした。
「──ああっ!!──」
だが、ゴンが完全に気を失う寸前で、ヒソカは指を抜き去ってしまった。入り口から指先が離れる瞬間に強い刺激が体中に走り、再び少年を覚醒させた。
「あ…あ…」
震える内股に舌を這わせ、更に高い位置へゴンの腰を掲げると、容易には逃げられないよう強靭な両腕でしっかりと押さえつけられる。
次に来る責め苦に、獲物が身を竦ませた。
残酷に口角を釣り上げ、ヒソカは堅く屹立した自身を押し当てた。
堅く熱いソレが、秘処にあてがわれる。指とは違う質量と太さを感じて、ソレが与える痛みを想像したゴンは青ざめた。
「やっやだ、いや、いや…っあああ!」
自由になっていた両腕で、空しくヒソカに殴り掛かるが、侵略者は無情に腰を進める。
親指によって潤わされていた秘処は、それでも亀頭の3分の1も飲み込むことを拒絶し、簡単には先へ進めなかった。
だがヒソカはゆっくりとゴンの足を割り開き、残酷に全体重を圧し掛からせて穿ち始める。
「ひあ!あああああっ!!」
覆い被さる肩へ食い込むゴンの爪が、苦痛を侵略者に伝える。
ジリジリと身を進めることで、ヒソカは自分自身を埋め込んでいった。
亀頭を飲み込むにはあまりにも狭い入り口は、皮膚を限界まで伸ばし、それでも受け入れることができずにいる。
「!あぁっ…痛っ…痛いっ!止めて、あっ…!」
ぷつりと皮膚の千切れる音が聞こえた。
強引に侵入する狂気が、とうとうその秘部の薄い粘膜を破り、裂傷を生じさせていた。
刺すような痛みが疼き始める。
「う…っや…いや…」
ゴンが壊れた人形のように、同じ言葉を繰り返す。だが、ヒソカは血のぬめりを借りて、確実に押し入っていく。
「ぐ…あああっ!!」
亀頭が完全に入り口を通ってしまうと後は容易く奥まで達してしまう。
根元まで受け入れてしまった入り口は、強くヒソカを引き絞った。部屋のカーペットが指先に触れた。
躯の最奥まで突き刺された衝撃で、ゴンは一瞬意識を失っていた。
だが、それは本当に数秒間のことで、再び抽送を始めたヒソカによって、意識を引き戻される。
「あっあくっ…あ…っぅ」
怒張が引き起こす、裂かれるような痛みにゴンは小刻みに震えた。
実際に切れた粘膜が、じんじんと疼くような熱を孕み、鈍痛を訴えている。
ヒソカのモノは、流れ出したゴンの血で赤く染まっていた。
腸壁を出入りするそれが、幼い子供へ与える衝撃はどんな拷問よりも辛い。
限界まで伸び切り、裂傷を抱え込んだ入り口の痛みと、腹の奥を乱暴に殴り付ける暴力はゴンの体を壊す寸前まで酷使していた。
左右ギリギリまで開かされた脚が、がくがくと震える。拒絶したくても、高く抱えあげられた下半身には力が入らなかった。
「あ、あっ、いや、だっ…っ!!」
腰を揺らされ、縋るものも無いゴンは自分自身を抱いて痛みに耐える。
次第に早くなって行くヒソカの動きに腸壁が破れるのではないかと恐怖した。
慢性化した痛みが、ゴンの意識を朦朧とさせる。ここがどこなのか、あれからどれくらいの時がすぎたのか…
「ふっ…あ、や…っん、ああ!」
苦痛しか感じていない横顔がそれでも媚態を演じる──否、ヒソカには彼が感じているのが苦痛であろうと快感であろうと、さして違いはなかった。
ヒソカの手によって、狂態を晒させられる姿にこの上ない悦楽を感じている。
犯すのも殺すのも紙一重の違いしかない。一瞬の楽しみか、長く何度も繰り返し悦しめるか、だ。
「ゆ…ゆるし…て、も…っ死んじゃ…」
ヒソカに揺られる度に、途切れ途切れの懇願が聞こえてくる。ゴンの双眸からは大粒の涙が零れ落ち、顔をくしゃくしゃに歪めていた。
(…っ!)
しゃくりあげるその顔が、ヒソカの限界を軽く超えさせてしまう。
「あっああああっっ!!!」
ヒソカがより激しくゴンの躯を穿った。深く──深く打ち込む度に激痛に叫ぶ。
「あっ!あっもうっ…っ!!」
ぐっと貪られる肉体が痙攣した。
「!」
最後の楔を打ちこまれた瞬間、腸壁がヒソカの肉棒に絡まりつき、少年は意識を手放した。
ヒソカはどす黒い欲望を少年の中へ注ぎ込むと、荒く息をつき、抱えあげていた両足を解放した。
まだ秘部は繋がったままで、彼の腰に身体を投げ出したような格好でゴンは力尽きていた。
「……」
ずるりと肉棒を抜く。
少年の血と男の精が混じり、ソレはピンクに染まっていた。
ヒソカの精力的なシンボルは、一度吐き出したくらいでは萎えもせず、ひくひくと怒張のさきから透明の液体を滴らせている。
一方少年は、気を失ったまま肩で息をしていた。
顔の横に手をついて、放心したゴンを覗き込むと、険しい表情をしていることが暗がりの中でも解かる。
そっと頬に触れると、肩を震わせた。だが意識を取り戻す気配はない。
ヒソカは滑らかな肌に手を這わせて無意識の反応を楽しむ。過敏な場所を通り過ぎる度に、身体が跳ね上がった。
「?」
内股へと手を伸ばした時、何かが甲に触れた。
不思議そうに体を起こし、少年の脚の付け根に視線を泳がす──そこで蕾が開花の兆しを見せて首をもたげていた。
普段人目に晒されることのない部位は、何にも庇護されること無く剥き出しの肌の上で揺れている。
つい先ほどまでの行為で刺激された内面が、皮に覆われた少年を微妙に立ち上がらせていた。
それを見たヒソカは楽しい余興を思い付き、にやり、とほくそえむ。
彼自身も満足しきれず、傷つけ足りなかった。命を奪うことか、行為を重ねることでしか火照りを癒すことはできない。
少年をベッドまで運ぼうと、その腕をとって無理矢理身を起こす。
立ち上がって脱力した身体を小脇に抱えた。意外な重さに感動しながら、ヒソカは部屋の奥へと移動していった。
少年をベッドへ寝かせる。
今度は、彼の肢体を良く観察するために部屋中の明かりを点した。昼と見まごうほどの明るさにゴンの体は照らし出されている。
白熱灯は彼の体中についた傷一つ一つを浮き上がらせていた。
普段むき出しになっている部分には、4次試験中に受けた蛇の噛み傷が数え切れないほど存在していた。もちろん、衣服に包まれている背中や腹にも、いくつかの噛まれた痕がある。
その他にも大小新旧問わず、いくつかの傷が残っていた。上着と破れたシャツは既に取り払われ、ゴンは生まれたままの姿で眠り続けている。
先の情事は、自分の欲望が先立ってしまい、この躯を悦しむには余裕が足りなかった。
(毛も無い…)
剥き出しの性器は、まだ元気よく勃ち上がったままだ。指先で押すと跳ね上がってくる。
ヒソカも同じく身に纏っているものを脱ぎ捨てていた。
少年と違い、成熟した身体には傷一つない。光の下で浮き彫りになった筋肉は、深い陰影を刻んでいる。
意識の無いまま横たわる獲物へ、ゆっくりと手を伸ばした。
ベッドの縁へ腰掛けて、そそり立ち始めていた小さな印にそっと手で触れると、愛撫に応えるように堅さを増す。
「う…ん…」
弄ばれる度にゴンは苦しそうに首を振った。
指で蕾の先を嬲っていると、ぬるりとした液体が指を濡らし始めた。幼いながらも、一人の立派な雄の証しだった。
掬い取って口元へ運ぶ。口の中に甘さが広がる。
「あ…あ…」
皮の上からまだ姿を現さない少年自身に長い指を絡ませて弱く揉みしだく。意識の無いままでも、未知の感覚から逃げ出そうとゴンは腰を引いた。
次々に溢れ出してくる先走る液体が、乾いていたヒソカの手の平すらぬらぬら光らせた。
半開きになって空気を求める唇が、汗に濡れて妙に艶っぽい。彼を蹂躪する男はその艶に魅せられて、そっと口付けをする。
「んん…」
唇は熱かった。初めから深く交わる。
口蓋を犯し、小さな舌を絡めとり、深く、深くを感じる。
息苦しさに少年が逃げ出そうとしても顎を押さえつけて許さなかった。
十分に満足するまで味わい、ヒソカが離れていくと、ゴンは酸素を求めて喘いだ。
目を覚まさない事実に気をよくしたヒソカは、首筋へ舌を這わせて、弾力のある肌を嘗め回した。
傷痕が舌に与える刺激と、汗の味が心地よかった。
「ふ…あ…あぁ…」
幼い唇から、声が何度も漏れる。
ゆっくりと感じさせるための口付けを全身に繰り返し、左手は少年自身を嬲り続けていた。
胸の突起が堅くしこりを持ち始める。
少しづつ、ゴンの中心へと移動する愛撫をどう感じているのかは解からなかったが、手の平の中で元気にそそり立っている兆しが少なくとも"悪くはない"事を証明していた。
兆しから手を放すと、刺激を求めてひくついている。もじもじと膝を合わせて、疼きを押さえるために無意識に手が伸びた。
だが触れる寸前に、ヒソカに阻まれて両手を取られた。
「あ──っん、や」
釣り上げられた欲望を解放したくて、片手で鷲づかみにされている腕を暴れさせるが、戒めから逃れるのは容易ではない。
(──意識は戻ってないはず…)
過敏な躯は、気を失った状態でも快楽に身を捩じらせていた。
「ふ…ああっ!」
少年が求めるものを与えるため、ヒソカは少年の中心へと顔を埋めた。口に含み、今までの緩やかな愛撫とはうってかわってきつく吸いあげてやると、強すぎる刺激に叫び声が聞こえてきた。
皮に包まれた肉茎に舌を絡ませ、隠れた亀頭を吸い上げる度に背中をのけぞらせて声を上げた。
力の入らない下肢を自分の肩にかけさせ、後庭へも指が届くよう腰を浮かせる。ヒソカはいつのまにか、ベッドの縁から、少年の足元へと移動していた。
「あっ、あうっ…んっ」
舌に絡めとられたゴンは、躯を震わせながら口内へ甘い体液を滲ませていく。
大きく開かれた足の間に存在する入り口は、先ほど注ぎ込んだヒソカの精が徐々に流れ出して濡れていた。
指をそっと押し当てると、すでに一度門を開けた入り口は格別の抵抗なくそれを飲み込んでいった。
「っ~~!」
切れた部分が痛いのか、押し広げられる圧迫感からかゴンは苦悶した表情を見せる。
その顔にゾクゾクと駆け上るものを感じて、ヒソカはすぐさま花を散らす欲求に狩られるが、それもどうにかこらえてゆっくりと指を抜き差し始めた。
床の上で蹂躪した一度目のSEXは、ただ己の狂気を性急に吐き出しただけで終わってしまった。
ゆっくりと開花させれば、もっと面白いものが見られるかもしれない。相手の反応などいつもはどうでも良いのだが、少年に限ってはどんな媚態を魅せてくれるのかが気になる。
次第に彼の奥に残っていたヒソカの残滓が掻き出され、指の抽送の助けになった。
指に絡み付く肉壁が、彼を求めて止まない。
一本づつ、少年を犯す指を増やす度に、抱えあげられた脚を痙攣させて新たな刺激に酔っているようだった。
「は…ああ、あ、はぁ…っ」
夢の中で、追われるような快感に責め立てられて、ゴンは苦しそうに声を上げる。気を失っている状態では心の箍もなく、恐怖や恥じらいなどという壁も無く、身体だけが心地よさを素直に受け入れている。
四肢を襲う痺れを、しらず快感として受け入れてしまう。
「ん…っ」
既に、三本の指を飲み込み、ひくつく縁が、強く引き絞られる。ヒソカの指が、腫れ上がった前立腺を見つけ、指先でさすり始めた。
「あっ…あ…!!」
また新しい刺激が、今まで以上に強くゴンを揺さぶった。
同時に前へも強い刺激を与えようと、舌と上顎を使って先の部分に口付ける。
そう、幼い皮と亀頭の間にそっと舌を差し入れ、歯と舌で皮を押しのけるように亀頭だけに口付けたのだ。
「ん…っ」
まだ、ゴンは前立腺への刺激にも慣れることができず、肩をすくませて耐えている。
それを黙視で確認すると、ヒソカは一息に包皮を引き摺り下ろしたに歯を当てた。
「~~~~っやっあああああっ!」
あまりに強い刺激が脳髄へと走った。はじめて姿をさらけ出した亀頭に与えられる刺激は、愛撫というより暴力に近い。
朦朧としていた意識も一度に覚醒に導かれ、体を起こして自分の下半身へと覆い被さっている獣を引き剥がそうと無我夢中で押し戻す。
だが、もとより子供の力でどうにかなるような相手ではなかった。
そのまま剥き出しになった神経を嬲られ、狂ったように体を捩らせる。
「いやっ…あぅああっ!」
後庭をヒソカの手で踏み散らされ、肉桂は次第に熱くなっていく。
根元の辺りから込み上げる何かに恐怖し、ゴンは四肢を強張らせた。
「や…っや、あ・あ・あっ!」
射精など経験したことの無い初な躯は、自分の中で熱く滾っているものが何か想像もつかない。
それでも、なにかが禁を破って出て行こうとしている感覚に耐え切れずに声を上げる。
「あ、いや・変…っ!!」
熱い──
次の瞬間、ゴンの体は大きく痙攣し、ヒソカの口内へ薄い精を吐き出していた。青臭さもなく、ほんの舌先に触れる程度でしかなかったが、確かにゴンは自分を解放した。
鼓動に合わせて少しづつヒソカの口の中へとソレは注ぎ込まれていく。
先に溜まった残りをキュゥッと吸うと、ゴンはまた身を震わせた。
「う…」
ヒソカがゆっくりと躯を放すと、今度は何とか気を保ったままで少年は体をひくつかせていた。
初めての射精感が、強烈な脱力を与える。一度目でかなりの体力を奪われ、体はバラバラになるほど軋んでいた。その上の暴挙にゴンは身動きが取れない。
「ん…ああっ!」
双丘から、乱暴に指を抜かれた。
異物が排泄される感触に、鳥肌が立つ。肩で息をするが、躯の裡に点った炎は消えることが無く、ゴンの敏感な部分が震えて止まなかった。
(ここ──は…)
朦朧とする頭で、自分の居る場所を探る。見上げると、明るい室内灯が彼の視界を遮った。
眩しさに視線を逸らすと、見覚えのある窓に月が写っていた。
柔らかいスプリングがゴンの体を支えているのをかんじる。
そこでようやく、自分のいるところがベッドの上だということに気付いた。
ギシ…
足元で、ベッドの軋む音がする。そこにいるのは、魔物だった。
ヒトの肉を貪り喰う、魔物──
ゴンにはそこから逃げ出すどころか、指一本動かすだけの力も残されてはいなかった。
少年が膝を立てた間に覗く暗い穴が、ひくつき、ヒソカを誘っている。十分に慣らしたそこは、既に受け入れる準備も万全だった。
獲物を求めてそそり立つ凶器が先へ進もうと逸っている。
「…っ」
ゴンは意志に反して数ミリたりとも動かない自分の体を叱咤する。
逃げなくては──ここから、逃げ出さなくては。
だが、情けないことにやはり体は動かない。じりじりと迫ってくる魔物は無表情に彼の足を掴んだ。
「く…来るなっ…っ」
青ざめ、その手を拒否するが、ヒソカは構わず彼の上へ圧し掛かった。
耳元で、スプリングが鳴る。冷たい視線が少年を突き刺している。
「…あ…」
蛇に睨まれるとはこの事を言うのだろう。
冷や汗が吹き出し、体は小刻みに震えた。その視線から目を外すことができない。
体中で激しく脈打ち、心臓がより多くの酸素を求めて息が、苦しい。
喉が──
ひりつく痛みを訴えていた。
部屋に入った直後に見た、人間ではない形相とは少し違う。だが、恐ろしいのには違い無かった。
「う…あ・あ…」
どんな言葉も声にならない。叫び声もあげられない。
このまま、餌食になるしかない。
冷たい指が胸を撫で下ろした。腹を通り、内股へ手がかかる。
「!」
突然、脚を高く持ち上げられ、腰が浮いた。
硬さを失うことの無いヒソカ自身が、哀れな獲物の傷口を抉るように襲い掛かった。
鳴咽混じりの呻き声が部屋に響き渡る。
「う…う、あ・もぅ…っ」
ライトが消え、再び暗闇に包まれた部屋の中で、ヒソカの腕に抱えあげられ、ゴンはその責め苦に耐えていた。
何度目の行為だったか、もう忘れてしまった。幾度果て、裂かれ、いかされたのか──
「く…っ」
小さく叫び声をあげ、ヒソカの律動を身体全体で受け止める。
少年を穿つ凶器は終わりを知らない。つまり絶倫って事? あの部屋から、どうやって抜け出してきたのかは良く覚えていない。
朝日に照らされて、目覚めた時にはヒソカの姿はなかった。
食事に出たのか、何か用事でもできたのか。
"逃げなくては"
昨夜からずっと、それだけを考えていた。悲鳴を上げる体に鞭打って、ベッドを降りたところまでは記憶がある。そこからここまで、自力で歩いてきたことが自分で信じられない。
だるい足を引き摺りながら、自分の部屋へと鈍い歩みを進める。
廊下の壁を伝いながら、なんども躓き、崩れ落ちる。
下肢を鈍痛が襲う。先へ進まなければならない、という強迫観念だけが少年を突き動かしていた。
「ゴン──!!」
遠くで彼を呼ぶ声が聞こえた。
しかし、少年は振り返らずに、前だけをみて歩き続ける。ばたばたと後を追う足音も耳には入らなかった。
「──ゴン、待たないか!」
少しづつ近づいてきた声が、何度も少年の名を呼んでいた。
聞き覚えのある声──それが、同じパーティの仲間であることが遅れ馳せながら理解できた。
ああ……クラピカだ。よかった…
ようやく足を止め、その場に立ち尽くす。
もう大丈夫だ──もう…
「今まで何をしていたんだ!!皆心配していたんだぞ!!」
クラピカは駆け寄った途端に声を荒げると、彼の腕を掴んで強引に振り向かせた。
「痛…っ」
痛めつけられた体は、たったそれだけの行為ですら泣き言を訴える。
「…お前…?」
いぶかしげに少年の姿を見た。そんなに強く掴んだわけでもないのに、なぜ悲鳴を上げるのか。
だが、クラピカの問いに答える間もなく、ゴンは仲間に身体を預けてその場に崩れ落ちた。
抱き留める間も無かった。
「ゴン…!!」
気を失い、床に倒れこんだ幼い仲間を揺さぶる。
よくよく見ると、随分無残な姿をしていた。上着のボタンはすべて取れ、いつも下に着ているシャツもなく、体中に痣ができている。
(どこかで転んだのか?)
ゴンのことだ、なにかムチャをし過ぎて一晩身動きが取れなかった、なんて落ちでも笑い事で済みそうだった。
「仕方ないな…」
クラピカは、大切な友人を部屋へ運ぶために肩へ担ごうと、腕を引っ張りあげる。
「──?」
だが、意識の無いゴンの胸元に目を走らせ、クラピカは眉を顰めた。
くっきり残る痣が、嫌な連想をさせる。自分の体にもいくつか残されている、情事の痕跡と良く似ていた。
そもそも、上着しか身につけていないこともおかしかった。
二つの事象がここまでゴンを疲弊させたものが何か、ということを暗示しているようで…。
だが、追求しようにも当の本人は気を失ったままだ。
ともかくこのまま放っておくわけにはいかない。部屋へ連れ帰り、休ませなければ。
疑心暗鬼と化している心を無理矢理静めて、クラピカはゴンを肩に担いで歩き始めた。
ゴンの部屋のカードキーは、既にフロントで借りてあった──約束をした朝食に姿も現さず、部屋へ様子をうかがいにいっても返事をしない。てっきりどこか具合でも悪くしたかと心配し、キーを借りて部屋へ入ればそこはもぬけの殻だった、と言うわけだ。
このホテルの中で、誰にも何も告げずに姿を消すなどおかしな話しだった。
キルアは不機嫌さを隠さず、昨夜からずっと帰っていないはずだ、と言う。訳を知っているようだったが、尋ねても何も話そうとはしなかった。
レオリオと二手に分かれ、数少ない心当たりを探していたところで、ボロボロになった少年を発見したのだ。
ポケットに入れたカードキーを探し出し、部屋の扉を開ける。
中は、カーテンが惹いてあり、薄暗かった。
「…ヒソ…カ……」
(え──??)
扉を開けるために、少し背中が揺れた。それが、ゴンの覚醒を誘ったのか、小さな呟きが聞こえた。
だが、その名前がクラピカに与えた動揺は凄まじい。
誰の名を呼んだのか──?
まさか、今までお前が居たところはそいつの部屋なのか?それとも、ただ4次試験の悔しい思い出を夢見ているだけなのか。
この紅く染まった痣の理由が、あの男にあるのだとしたら。
考えたくも無かったが、有り得ないことではない。
自分達に何も告げず、コソコソと尋ねなければならなかった場所。確信にも似た想像にクラピカは背筋を寒くした。
(まさか)
ぶんぶんと強く頭を振り、恐ろしい現実を遠ざける。
クラピカは、ゴンを寝かせるために部屋の中へ消えていった。
だが、そうあっては欲しくないという願いは無残に裏切られることになる。
ゴンをベッドに寝かせ、苦しくないように、と上着を脱がせると、いたるところに口付けの痕があらわになった。
ゴンにはすまない、と思いながら、ズボンを脱がせて脚の間を確認すると、無理矢理こじ開けられた時の傷に血の塊がこびりついていた。
男の残滓こそ目視できなかったが、大きな指の跡や内股に残されていたキスマークが、ゴンの身に何が起こったのかを明白に物語る。
「ひどい…」
その陵辱の痕が、クラピカに一族が滅亡した夜を思い出させて吐き気を催した。
同時に、おそらくは手を下したのであろう男を思い、憎しみが滾る。
合意の上であっても、年端もいかない少年を犯すなど、言語道断だった。
怒りで目の前が赤く染まった。できることなら、今すぐにでも飛び出して、ヒソカに問いただしたかったが、意識の無いゴンを一人置いたままでは、心配で目も離せなかった。
「う…」
うなされ、 救いを求めて手がさ迷う。
「…いや…」
襲われた時のことを夢を見ているのか…。
固く絞ったタオルで体を清めてやっていたクラピカは、宙をかく手をとりぎゅっと握り締めた。
小さな耳に口を寄せ、
「大丈夫だ──もう、大丈夫」
と何度も繰り返して囁くと、次第に穏やかな寝息へと変わっていった。
閉じられたままの目尻から透明の涙が溢れていた。指先で触れると珠になって零れ落ちる。
許せない。
傷ついた少年の手を握り労わりながら、クラピカは怒りに自らの瞳が色を変えていくのを感じていた。
>< >< >< >< >< >< ><
柔らかいベッドがゴンの体を包みこんでいた。
数時間の眠りが体の疲れを癒したのか、少年はごく自然に瞳を開けた。
数回瞬きをすると、あやふやだった世界もしっかりと形を持ち始める。
画一した内装は、そこが自分の部屋なのかまだヒソカの部屋に居るのか解からなくしていて、一瞬恐怖に肩を震わせる。
一番に目に入った天井の色も、壁紙の模様もすべて同じ──唯一違うのは、そこに居た人物だった。
「クラピカ…」
椅子に座り、膝の上の本のページに目を走らせていた彼は、細い声で呼ばれて顔を上げる。
ゴンが意識の途切れる寸前に見た、心配そうな視線は彼のものだった、と思い出す。おそらくここまで運んでくれたのも、クラピカだったのだろう。
「目が覚めたかね」
体を起こすと、まだ、節々が痛んだ。
「あの…オレ…」
何を言おうというのだろう。きっとクラピカは心配してくれてた。愚かな自分のために、探し回ってくれていた。
軽はずみな、後先を考えない行動をして迷惑をかけてしまった自分が、なんの言い訳をすれば良いのか解からない。そして、身に降りかかった悪夢を話すことなど、もっての他だ。
ゴンは、言葉が続かなくて俯く。その様子を見て取ったクラピカは、小さく嘆息すると、読み掛けの本を閉じて言った。
「空腹ではないか?今朝は何も食べていないのだろう」
クラピカの指摘を受けて、返答をするよりも早く、ゴンの腹の虫がないた。恥ずかしさに頬を染め、頷いた。
「う──うん。空いてるみたい」
「そうか」
短く答え、席を立つ。
冷蔵庫を開け、中から取り出したのは果物とサンドイッチの乗った皿だった。座り直したゴンの目の前に置き、どうぞ、と促す。
ゴンは、始めは手をつけるのを躊躇していたが、盛んに腹の虫に責め立てられてサンドイッチへと手を伸ばした。
パンの表面が少し乾き始めていた。もう随分前に作ってもらってあったのだ、と知れる。
一切れ口にすると次の歯止めは利かず、ゴンは貪るように食べ始めた。
「ぐっ…☆☆」
あまり焦って詰め込んだために、ぱさついたパン生地を胸につまらせて咽る。
ゲホゴホと咳き込むゴンを笑いながら、クラピカは水を手渡した。
冷たい水が硬い固まりを胃へ流し込み、ゴンはようやく一息つくことができた。
「ありがとう」
にっこり笑うと、再び食事を始める。
食欲が出てきたのだ、と思うとクラピカは少し安心した。それだけ回復したということだった。
ダメージが大きすぎて何も喉を通らない、と言われないだけ救いがある。
そうして、ゴンの食事が終わるのを待ち、ご馳走さまの声を聞くまでクラピカは一言も発しなかった。
すっかり皿を綺麗にしてしまうと、人心地着いたとゴンは安堵の溜め息を吐いた。
「ところで、ゴン」
クラピカはベッドの上で、あぐらを掻いたまま水を飲んでいる少年に、とまどいがちに話し掛けた。
(聞かない方がいいのだろうか…)
尋ねた本人は、言葉を紡ぎ始めてしまったことを少し後悔する。
答えは聞かなくても想像がついたし、もしかしたら、ゴンには二度と思い出したくないことになっているかもしれない。早まったか、と反省するが、好奇心は押さえられなかった。
いや、むしろ、想像が裏切られてくれることを願って、問い掛けているのだ。
あの男とは一緒に居なかった、と言う答えを。
「お前──今まで何処に居たのかね?」
ゴンは、一瞬手を止めて問い掛けた人の顔を見た。
素直すぎる反応は、それだけで恐れを確信へと変える。ゴンの顔色は大きく変わり、握った拳も震えていた。
(やはり──か)
できることなら、違うといってほしかった。
落胆と同時に、クラピカは収まりかけていた怒りがぶり返してきたのを感じた。だが、努めて冷静にゴンに語り掛ける。
「昨夜から、ずっとここへ帰ってきていないとキルアから聞いた。皆心配していたのだ。何処へいっていたのか、くらいは教えてくれても良いのではないか?」
責め立てる口調を避け、できるだけ柔らかに尋ねるが、ゴンは青ざめた唇をぎゅっと噛み締めて一言も発しようとしない。
男を庇っているのか、それとも思い出したくない経験に言葉も出ないのか。
一言も発しようとしない少年に、苛立ちを募らせる。
後者であれば、クラピカは随分残酷なことをしていることになるのだが、事実を知りたいという欲求が先に立ち、尋ねることを止められなかった。
「黙秘…か。だが、解かって欲しい。私はお前を咎めるつもりではないのだよ。私が──咎められるわけはないのだ」
最後の部分は自嘲するように言った。快楽を求める己の浅ましさは、いやというほど知っている。そういう自分が、何を咎めるというのか。
だが、年端もいかない無垢な子供の身体を貪るような行為には、許し難いものがあった。
「ただ──お前が居たのが、あの男のところなら──私は黙っているわけにもいかない」
「だ──大丈夫だ、よ」
答える声が震えていた。庇っている、ということはそれだけで解かる。
「大丈夫──?なにが大丈夫だというのかね!」
そんなに傷つき、脅えて、泣きながらヒソカの名前を呼んだというのに、何故──!
事実を明らかにしない少年に激昂し、クラピカはつかつかとベッドまで歩いてくる。
ベッドの上で悲しそうに見上げる少年の胸元を掴んだ。
「違うというのなら、お前の身体についた痣は何だというのだ?!いったい、何をしてついた痣なのだ!」
「こ…これは、自分で転んで」
「転んでこんな痣はつかないっ!」
そう叫ぶと、左右に上着を引き、紅い斑点の消えない胸をさらけ出した。
「クラピカっ…」
慌てて手の平で振り払い、傷だらけの上半身についた紅を隠す。
「これは、あいつにやられた痕なのだろう?!」
「それ…は」
「~~許せない」
仲間を傷つけられ、クラピカが怒っているのを感じた。その瞳がちらちらと揺らめいている。
激情に駆られている証しが、見え隠れしていた。
「殺してやる」
低く唸るように呟くと、彼の背中に隠した得物を握り、そのまま部屋を出ていこうと向きを変えた。
「や──…やめて、クラピカ!」」
ゴンは咄嗟に後ろ姿に縋り、怒りに燃えた友人を引き留めた。
「ゴン」
「いいんだ、本当に…オレが悪かったんだ!」
何故引き留めるのかと不満気に振り向いた友人にすがり付いたまま、ゴンは必死で訴えていた。
「キルアにも、忠告されたのに、オレが軽率だったんだ。行っちゃいけないって解かってたのに──だから、クラピカがそんなに怒らなくていいんだ!」
そんなに必死になって、大きな目に涙までためて、引き留める訳が分からない。
「しかし!」
「いいんだ!─…別に、何も無かったんだ、本当に…」
最後は、次第に小さくなっていき、消え入るように口を噤む。
真摯な眼差しでクラピカを見る少年の傷は深い。それでも、クラピカを諌めようという姿に打たれ、急速に怒りを解かれていった。
ここまで順調に試験をパスしてきたのに、つまらないことで不合格になってほしくない──相手がヒソカである限り、挑めば命の保証も無い。そこまでしてもらうような価値は、自分にはない、と首を振る。
悲壮な顔を見ていると、無理に振り切るのも可哀想な気がしてきて、クラピカは嘆息し、握った剣を背中に戻した。
その仕種で、クラピカのリベンジが実行されずに済んだと知って、ゴンはほっと手を放す。
「では、もう…あいつのところへ行かないと誓ってくれないか」
「…!」
最大の、譲歩だった。ヒソカを殺せない限りは少年に近寄らせないようにするほかはない。
危険を避けるためには必要な約束だった。
「ゴン……解かって欲しい。私はお前が心配なのだよ…」
「うん、解かってる」
「ゴン」
頷くだけではなく、きちんと言葉にして誓って欲しい。
クラピカはゴンの手を取り、その目を覗き込んで誓いを促した。
「解かってるよ、クラピカ。もう…二度と近寄ったりしないよ」
ゴンは、悲しそうに微笑んでいた。
辛い約束をさせたのかもしれない。
だが、例え怨まれても良かった。純粋培養の中で育ったような、真っ白な少年が、闇に汚される事を思えば、自分が怨まれてでも隔離しておかなければならないと思った。
(私にできるのであれば、だが…)
おそらく、この約束が守られないことも、クラピカには解かっていた。
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