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  • 2015⁄08⁄20(Thu)
  • 03:10

Jack-In-The-Box

一回戦とさして変わらぬ手応えで、難なく勝ち抜けたゴンは50階ロビーでうろうろしていた。
「え・・・?」
チケットは既に受け取っていた。一刻も早くキルアに報告しよう、と喜び勇んでエレベーターホールへ向かったのだが
「君と同じくらいの男の子?・・・・まだ来ていないわよ」
50階へ案内してくれたエレベーターガールがにっこり笑って教えてくれたのだ。思わず耳を疑った。
『60階のロビーでまってるからな』
ズシと並んで出て行くときに、余裕綽々でキルアは言ったのだ。
自分よりも先に呼ばれたし、ずいぶん待たせてしまったに違いない。エレベーターガールは交代していなかったから、キルアがどれくらい前に上がっていったのか判ると思ったのだ。
まさか、まだ戦っている、なんて。
(まだ来てない・・・・)
そう簡単にキルアが負けるとも思えない。ひょっとするとどこかで遊んでいる、という事も十分考えうる。
だが、あちらこちらを見て回っても、キルアの姿は見つけられなかった。
とにかくエレベーターホールの前で待っていれば、すれ違いは避けられると思い、ホールのソファへ腰を掛けた。味気の無い真四角のソファだ。
一試合終わる度に遠くから喚声が聞こえる。時折、勝者が上階へ向かうためにゴンの前を通り過ぎていった。受付に人の影が立つ度に、ゴンは身を乗り出して様子をうかがったがどれもキルアではなかった。
(ちぇっ・・・・ずるいや、キルアばっかり。オレだって遊びたいのに)
いつのまにかキルアは遊んでいる事になってしまっていた。ゴンは受付を覗くのも止め、ソファに身を投げ出した。
ぷぅ、とふて腐れて目を閉じる。
誰かを待つという事は苦手だ。狩りをするときにじっと獲物を待つのとは全く違うのだ。なにか、得体の知れない不安に耐えなければならないから。
それに時間に任せて、考え事をするのも苦手だ。
「う~~暇だぁ・・・」
ごろんごろんとソファの上で転げまわる。大体こんな時はろくな事を思い出さない。
『好きだ』
それは、キルアが言ったのだった。
真顔でそんな事を言われても、照れるばかりで返事もできなかった。飛行船でここへ着くまでに何回言われただろう。
(そう言えばヒソカからそんなコトバ言われた事はなかったなぁ)
手持ち無沙汰に釣竿を振り回しながら、あれは本当の出来事だったのだろうかと自問していた。
ほんの数日、第4次試験を終えて5次試験の会場に移る間だけ。あの、飛行船と奇妙なホテルの中でだけで存在した不思議な時間だった。
愛されていると感じていたのは、間違いだったのかもしれない。初めて人を好きになったのだ、と信じていた気持ちも本当じゃなかったのだろうか。
あの時、誰の声もが遠かった。
本当は、これは違うものだ、と分かっていたような気もする。でも帰れなかった。いや、キルアの事が無ければ、きっと今も帰ってきてはいない。
”借りを返したい”
皆にはそう言ったが、ただヒソカに会いたいだけなのかもしれなかった。多分、クラピカには判っていたのだろう。だからあんなにヒソカの居場所を言い渋っていたのだ。
・・・・ちぇ。
何度目かの舌打ちをした。
ヒソカもキルアも、だいっ嫌いだ。
あ~あ。つまんないよぉ。
結局、ゴンは退屈に負けて60階のフロアまで移動した。ひょっとしたら、どこかですれ違ったのかも、とも思ったのだがやはりキルアの姿はなく、そこで待っていたのも退屈な時間だった。
新しいフロアの散策も、30分も居れば歩き尽くす事ができる。
その間に治療室も見つけ、50階での試合で受けたダメージも手当てしてもらった。いや、本当はゾルディック家で受けた傷だったのだが、強引な看護婦にバンソウコを張り替えられた。
大きなバンソウコウが邪魔だなぁと思いながら、やはりエレベーターホールのソファに腰掛けキルアを待った。
どこの階も同じ作りなのだろうか、50階にあったものとそっくりな、少し固めのソファだった。コロンコロンと転がったり、自分の釣竿で壁紙を引っかけようとしたりして時間をつぶしていた。
「キルア、こっち!」
何回目かのエレベーターにその姿を認め、ゴンはぱっと顔を明るくした。
「見て!6万ももらっちゃった」
受付で渡された小さな封筒を見せながら、駆け寄る。だが、キルアの反応は鈍かった。
ゴンは違和感を感じながら、それでも無邪気に尋ねる。
「少し時間がかかったね」
「ああ、ちょっと手こずっちまった」
明らかに不機嫌だった。ゴンの顔もマトモに見ず、すたすたと歩いていってしまう。もっと喜んでくれると思っていたのに、あまりに素っ気無い態度に不満を感じる。
「けっこう強かったんだ?」
小走りに追いつきながら、たずねる。
「いや、全然」
相手には確かに素質があった。しばらくこの塔に居れば、比べ物にならないくらい強くなるだろう。潜在能力は、ゴンと遜色無いかもしれない。
だが、今の実力は端にも引っ掛からない程度だったのだ。
「なのに倒せなかった」
そう呟いたキルアの横顔は、何も受け付けない厳しい表情をしていた。
ゴンは気後れし、声もかけられない。
「それに」
あの、試合の途中でズシが構えを変えた瞬間を思い出していた。そうだ、あの構えだ。頭で考えるより早く体が反応していた。
「兄貴と同じイヤな感じがしたんだ」
キルアにとって、絶対に"相手にならない"ズシと、絶対に"勝てない"存在が同じ何かを持っている事が気になってしかたない。
自分には分からない何か、だった。おそらく何かの技なのだろう。キルアはそう考えていた。
イルミにしても、遥かに卓越した技によって自分を威圧している。だから、自分は勝てないのだ、と。
試合会場を出た後、師匠に土下座をしているズシを見かけた。レンを使うな、という戒めを身を小さくして受けていた。
あの時のウィングの言葉が、イルミの強さの秘密を知るきっかけになるかもしれない。
「"レン"と最上階か・・・」
最初は200階くらいまで行ければ良い、と思っていた。ゴンがそれなりの力をつけるまで、自分は付き合うだけのつもりだったのだ。
「ゴン・・・オレちょっと予定を変えるぜ。最上階を目指す!」
ゴンにはちょっときついかもしれないけど、その時はリタイアさせればいいや。でも、ゴンの事だからきっと"一緒に行く"っていうだろう。
目指す、と言った本人は結構気楽なものだった。
だが、元気良く聞こえてくるだろうと思った返事が無かった。
「なんだよ、オウとか言えよ、ゴン」
ムッカリしながらキルアが振向くと、フグのように膨れかえった顔が目の前に迫っていた。
「わっ・・・どうしたんだよ」
「どうもしないよっ」
「何で膨れてるんだよ」
「なんでもないよっ」
ばかばかばか。
キルアの馬鹿。
オレのこと全然無視して、あのズシって子の事ばっかり。
もういいもん。やっぱりキルアの方がたくさん嫌いだ。
拗ねたお子様は膨れたままの頬をして、くるり、とキルアに背を向けると、どんどん歩いていってしまった。
「なぁ。ゴン、機嫌なおせよぅ・・・」
声をかけながら後を追いかけてくる。
「知らないもん」
「ゴンってばさぁ。・・・後でアイス奢ってやるよ」
アイス、と聞いてゴンの足が止まった。相変わらず食い物に釣られる奴だ。
「本当?」
「うんうん。だから一緒に行こうぜ、最上階!」
「・・・うん!」
(ほんとは最初からそのつもりだったけど・・・)
アイスもせしめた事だし、あえて言わなくても良いだろう。
返答に間ができたが、キルアは気にしなかったようだ。
手始めに明日の60階での試合だ。キルアにおいていかれないようにしなくては、などと気楽な事を考えているゴンだった。
60階でのファイトマネーを手にしたゴンとキルアは、その日の宿を捜すため塔を出た。
「今夜はどこに泊まるの?」
薄暗くなった町の中を二人仲良く並んで歩いた。
「そんな事より、腹ごなしだろ。もう、オレ腹ペコだよ」
「うん、オレも」
「ゴンは6万もらったんだろ?」
「キルアは違うの?」
「俺も6万。泊まるのに安くても二人で1万くらい使っちゃうし、明日の分も残した方が良いからな。あんまり高いもの食べるのやめようぜ」
「それはいいけど・・・・先に泊まるところ決めようよぅ」
「そんなに心配するなって、どっか空いてるさ」
そんな会話を交わしながら、活気のある店を覗き込んだ。風に煽られ、肉のこげる匂いが二人の食指を動かす。けして安そうな店ではない。
だが、互いに目を見合わせると、にっと笑いその店のドアを押した。
狭い路地には人があふれていた。
天空競技場に参加する者、それを見物に来た者、参加者をスカウトに来た者、見物客相手に商売しにきた者、様々な思惑を胸に秘め、往来を賑やかしく行く。
競技場の周りには、そんな人々のための施設が集まっていた。 レストランや食堂はもちろん、ホテル、安宿から木賃宿までがひしめき合って並んでいた。競技場を中心とした本当に小さな町ではあったが、一つの社会を形成している。
「じゃあ、ここで聞いてみようぜ」
食事も終わり、キルアが小さな宿の前で立ち止まる。
「どこでも良いよう・・・もう眠くって」
満腹になり、初めての試合で緊張したせいかゴンは既に眠り込む寸前だった。この宿に来るまでに何軒か覗いて来たが、すぐに見つかる、と言っていたキルアの言葉とは裏腹にそこそこ安そうだ、と思われるところは既に満室ばかりだった。
その宿は、メインストリートからは随分はなれていて、少し寂れた感じがしていた。
「二人なんだけど。一部屋で良いよ」
フロントの男は無愛想に二人を見た。
「親は?」
「二人だけだよ。だめなの?」
「ダブルしか空いてねぇぞ」
「なんだっていいよ。いくら?」
「前払いで1泊1万3千だ」
予定よりも少し高いが、これ以上歩くのも嫌だったので互いに妥協する。財布の中から各々の分を出し、男に渡した。食事とこの支払いで、今日もらった金は半分になってしまった。 (って、どれだけ食べたんだろう・・・)
男が金を数えている途中で、ゴンは座り込んで眠りかけている。
全額揃っている事を確認すると、壁から部屋の鍵をとり「2階の端の部屋だ。ガキはさっさと寝ろよ」と声を掛けて奥の部屋に引っ込んでいった。
「ゴーン。起きろよぅ。オレじゃあ、運んでやれないんだからさぁ」
「んん・・・」
ゴンは目をこすりながら、大きなあくびをして、体を伸ばした。
ここへ置いていくと、また眠りこけてしまいそうだ。キルアはついでに伸びたゴンの右腕をつかんで、引っ張った。突然おかしな方向に力がかかり、ゴンは倒れてしまうが、キルアはかまわず引きずっていく。
「え・・わ。わ、キルアごめん、起きるよ、起きるよぅ」
慌てて謝るが、腕は放してもらえない。何とか起き上がろう、と左手をついて体勢を立て直したとたん、足元にあったかばんに躓き、結局キルアに激突した。
「ゴン・・・」
「ご・・・めんなさい」
「もーいいよ」
半ば呆れて呟いたキルアは、しっかりゴンの下敷きとなっていた。
当てがわられた部屋はとてもシンプルだったが、小さな二人には十分すぎるほど大きかった。控えめなバスルームもついているし、申し分なかった。
ゴンはとりあえず、お約束、と言わんばかりに部屋の中央にあるベッドへダイビングする。固めのスプリングがギシギシと鳴る。もちろんキルアも後からダイビングしてくる。
二人で笑いながら、ベッドの上を犬のように転げまわっていた。
きゃあきゃあと騒がしい声が数分間続き、突然ドスンという音が響き、静かになる。
どうやら、片割れがベッドから落ちたようだ。ベッドの上から心配そうに覗き込んでいるのはゴンだ。
「大丈夫?」
「うん」
キルアは返事をしたが、ぼんやりと天井を見つめたまま動かなかった。その視線の向こうに、ズシと名乗った少年が居るような気がして、ゴんは居心地が悪かった。
「またあの子の事考えてる」
「違うよ」
「考えてる・・・・」
キルアの冷たい指が覗き込んでいる唇に触れた。
「ゴンの事ばっかり考えてるに決まってるだろ」
不意打ちに耳の後ろまで真っ赤になる。バッと身を起こすと
「・・・・オレお風呂入ってくる」
「うんうん」
キルアはにやにやしながら体を起こして、ベッドの上に這い上がってきた。
「あの。。。キルア。。。。?」
「うん?」
「服・・・」
にこにこ微笑みながら、するすると服が脱がされていた。上着にそっと手を差し入れ、肩をつかむ振りをして向こう側に落とす。腰を抱くようにして、シャツを捲り上げる。
「風呂、入るんだろ?脱がしてやってるだけ」
「あっ・・・・やだ・・・・」
背中を這うようにして滑るキルアの指先にからだが反応する。
ヒソカと同じ冷たい手───でも、少しだけ違う愛撫が、慣れなくて苦しい。
小さく開いた唇にキルアの赤い舌が差し込まれ、ごまかさないで、というゴンの小さなお願いも吸い込まれてしまった。
「んん・・・」
口の中をこね回されるようにキルアの舌がうごめく。うっとりするような快感が指の先まで痺れさせていた。
キルアは冷たい耳たぶを噛み、首筋へ舌を這わせる。
「駄目・・・キルア・・・」
細い舌先が小さな蕾を吸い上げる度に、びくん、とゴンの体が震える。
キルアの肩を弱々しく掴んで、それでも押し寄せ来る何かに耐えた。
「ゴン・・・好きだ」
キルアは、少しづつ立ち上がってきた蕾の固さを舌先で楽しみながら、囁く。
左の人差し指の腹で背筋を撫で上げ、右手でズボンのファスナーをおろした。
「ふぁっ・・・や・・・だっ」
するり、と下着の中まで入り込んだ右手が、首を上げ始めたゴン自身を嬲る。
「あっあ・・・・っいやっ・・・」
透明の液体がキルアの右手を濡らし、卑らしい音を立て始めていた。ズボンを強引におろすと、羞恥心に顔を真っ赤にし、ゴンはぎゅっと瞳を閉じた。
胸から頭を上げ、キルアは堅く閉じた瞼に口付ける。右手で摩り上げられる度にゴンの体が痙攣を起こしたように跳ね上がる。
「や・・・っあぁっ、キルア、もう・・・っ!」
背中をきつくのけぞらせたゴンは、キルアの手の平の中で破裂しそうなほど膨らんでいた。
だが、キルアは寸前で手をひき、ゴンを押し倒した。足を掴まれ、ひっくり返ったような体制になったゴンの排泄口はキルアから丸見えだ。そこへ舌を這わせ、唾液とゴン自身の先走りで十分に濡らし、指を掻きいれていく。
「・・・っひっ・・・」
爆発寸前で放置された自分自身が、痒い所を摩られるような快感に煽られてむずむずと疼く。
だが、切なそうなゴンにキルアは気付いているはずなのに、見向きもせずに後ろへの行為に没頭していた。
キルアの細い指先を出し入れする度に、内部の壁を擦られ、ほったらかしの肉棒もひくつく。次第に耐えられなくなってきた ゴンは自分の指を絡ませ、しごき始めていた。
「あ・・・・んっ」
「やらしいなあ。ゴン」
自慰を始めたゴンを上から見下ろし、キルアはにやにやと笑った。随分柔らかくなったそこへは、2本の指が埋め込まれ絶え間ない愛撫を施している。
「ん・・だって・・・・キルア、が・・・っああぁっ」
してくれないから、と抗議の声も途中で途切れてしまう。ずるり、と指を外され、その快感にギリギリだったゴンの緊張感が爆発していた。
飛び散った精液はゴンの腹の上に白い跡を残している。
「あ~あ。また一人で先にイッちゃって。酷いなぁ、ゴン」
キルアがぶつぶつと不平を述べたが、疲れ果てたゴンは答える事もできない。だが、その受け入れ口はヒクヒクとキルアを誘っていた。
にやり、と口の端を曲げると動く事のできないゴンの上にキルアは圧し掛かっていった。
翌朝、ゴンはシャワーを浴び自分の体に残ったキルアの跡に気付いて憤慨した。これではまた上着を脱ぐ事もできない。
もちろん、キルアにもゴンの噛み付いた跡やらなにやらがそこら中に残っている。お互い様だよ、と受け流され、早く朝食を摂ろう、と階下へ連れて行かれてしまった。
「おまえら、闘技場参加者だろう。昨日、町中でえらい噂だっったぞ。えらいチビっ子が一発KOしたってなぁ」
そこでは、エプロン姿の昨日の男がにやにやと笑ってオタマを持って立っていた。チビっ子じゃねーよ、とキルアが反論するが大きな笑い声に吹き飛ばされてしまう。
「明日も泊りに来い。朝飯くらい、食わせてやる」
(え・・・明日もここ?)
ゴンはとっさに身構える。けしてこの宿が嫌な訳ではなかったが、この分でいくと毎晩激しく求められそうだ、と溜息を吐く。
願わくば、できるだけ早く個室をゲットできるようがんばろう、と心中誓いの言葉を立てていた。
実際のところ、結局その宿に泊まったのは2晩だけだった。1日2試合をこなし、順に階を上げていくと、2日後には100階の壁を突破する。
この階からは塔内の個室を与えられる。
もうお金と宿の心配はしなくても良いのだ。キルアは、別々の部屋になってしまう、と不満気だったが、毎晩余分な体力を使わずに済んで助かる、とゴンはそっと胸をなで下ろしていた。
同じ部屋に居れば必ず、快楽に身を任せすぎて寝不足になる。戦うのとは違うがSEXも随分体力を使うのだ。
ファイトマネーも随分貯まった。だが、ゴンは戦闘技術においてはけして上達しているとは思わなかった。確かに勝ち進んではきたが、つまりは順調すぎるのだ。
ゾルディック家のゼブロのところでつけた腕力以外は、何も使ってない。
ズシは相変わらず50階に居るようだった。テレビに映っているのを見た。
負けつづけてはいるが、自分達と対峙した時に比べて徐々に"強く"なっているような感じがする。
キルアもズシの事は忘れていた訳ではなかったが、しばらくその話題に触れるのを避けていた。どうやら中継を見る限りでは、あれから"レン"を使ってはいないようだ。
「レンって一体何だろうね・・・・・・」
ゴンの問いにも上手く答えられない。もう一度、直に感じてみたい。
だが、ズシが彼らの居る階まで上がってくるのは当分先の事だろう。それまで一つの階に止まる事も出来ない。
「多分もっと上のクラスに行けば、同じような奴が居るかもしれないから・・・・・・」
「それよかズシに聞いた方が早いんじゃない?」
相変わらずゴンは単純で明快だ。しかし良いところをつく。確かに本人に聞いた方が早いだろう、と二人は50階まででかけることにした。
だが、ズシの説明は随分おろそかなものだった。
もっともらしく言葉を連ねていたが、ちっとも理解できやしない。
運良く師匠・・・ウイングの登場が無ければ、あまり要領がつかめなくてキルア自身の拳で殴り倒してしまいそうだった。
「ねェ 今教えてくれよ。どうせあんたが使わなくても俺は必ず突き止める」
(おや)ウイングはキルアの瞳にとらわれている自分に気付いていた。
この少年には感性がある。それは、ズシとの戦いのときに十分理解できたが・・・。この年で"ここ"へやってきただけの理由を持った子供なのだろうが、その瞳の強さと自信過剰な物言いに惹かれていた。
「あんたがちゃんと教えてくれれば、俺も下手に我流で覚えようとはしないよ」
子供っぽい駆け引きも愛らしい。
「・・・・わかりました」
意外にもあっさりと、教えを受ける承諾を得、キルアもゴンも無邪気に喜んだ。
だが、ウイングの宿を出る頃にはキルアの顔は不機嫌そのものだった。いかにも"納得できません"といった風で睨み付けて出ていったなぁ、とウイングは苦笑いをした。ズシも、自分を頼ってきた友人2人に嘘をついたと責めるだろう。
ウイングは自室の窓から、幼い二人が塔へ帰る道を行くのを見ながら、そうせざるを得ないのだと自分に言い聞かせる。
「さあ、ズシ。今日の行をはじめましょう」
「押忍!」
元気の良い返事を聞き、少しくらい気持ちになってしまう。
(───自分が退屈している事くらい良く分かっているさ)
ズシはとても良い子で、愛らしい。力もあるし、純粋だ。その一途な正義感や"正しい心"が"念"の使い手に必要不可欠だと思ってもいる。この少年は、ある意味自ら追い求める理想の形態になりうる素材なのだ。
だが、退屈なのだ。
多分、念の使い手の半数を占める、心の病んだ者達と同じ暗い情念が自分の中にあり、それがキルアのような素材を求めてしまうのだろう。
『教えてくれれば・・・』
少年がそういった時、本当は迷っていた。まかりなりにも極意、と呼ばれるものだ。そう安々と門下生以外には教えられない。だが、彼の秘めた実力にも興味があった。
二人とも資質はズシを遥かに越えている。自分が教えなくても、いつかは"念"を知るだろう。
だがそれにはまだ時間が必要だ。
教えてやりたい、と思った。一言二言声を掛けるだけでも、あの少年達は今よりずっと強くなれる。その場で口説いて、自分の門下に入るよう説得しようか、とも思った。
それだけ二人の──こと、キルア、と名乗る少年に魅力を感じたのだ。
だが、同時にその少年が誰かに教えを請うタイプではないことも解る。
(だから魅力を感じるんだよ)
自分自身がそう囁いていた。ならば、彼にはもう近寄る事は出来ない。
だから、方便をといたのだ。
「・・・うそ?」
「それだけじゃ、説明できない事がある。ズシの打たれ強さとか」
結局教える気が無いなら、こんなところまで呼び付けなくてもよかっだろう。ウイングの真意を量りかね、キルアはいらついていた。
あんな程度のことで自分の本気の拳を受けた後立ち上がられるわけが無い。
ウイングのあからさまな殺気も、腹立たしかった。
相手にそれだけの力があるという事も判らなかっただけでなく、とっさに退いてしまう習性が憎らしい。分が悪い、と判断した瞬間に本能が働いてしまう。醜態を晒した、その事が気に入らない。
やはり、次にレンを使う相手が出てくるのを待つしかない。
キルアは塔へ戻りながら、早いうちにその相手と出会える事を願っていた。天空競技場200階。
ヒソカがそこへたどり着いた時にはまだ、ゴン達は60階だか70階だかでうろうろしていた。随分注目されているようで、何度もテレビ中継されたところを見た。
あの調子なら一月とかからず、ここへ到達するであろう。
ハンター試験以来、常に居場所は把握していたものの、その姿を見る事はなかった。久々に見る彼は、ゾルディック家で随分ともまれたらしい──少なくとも腕力だけはつけたようだ。
だが、その猪突猛進型の戦い方などはまるで変わっていない。
(それにしても・・・・)
すぅっと空気を吸い込む。
殺気に満ち、ピンと張った空気が肺の細胞一つ一つに染み込んでいく。
(・・・良い感じだ)
試験が終わり、ゴンと別れた後、その行方がどうしても気になり、つい後をつけるような真似をしてしまった。行きつく先がこの塔だということはチケットを見れば予想もできたが、ここの空気がこれほど自分に合うとは思わなかった。
このまま居着いてしまいそうだ。
しかし、自分がこれほど一人の人間に執着するなど珍しい事だった。
他人の人格に興味を持てない。興味があるのは。ただ刺激だけだった。未熟な人間を相手にしても、その刺激にすらならない。だから殺さないでいるだけなのだ。次に偶然出会った時に、どんなに殺しがいがあるかを想像する事が楽しい。
なのに、いまだになぜ行方を追うほどゴンが気になるのか、理由が分からない。
自分を殺す事も出来るくらい"可能性"を持つ少年に。
(ああ、そうか)
教えてやろうと思ったのかな。
自分の本当の力を・・・その力の使い方を。
ヒソカは自分の気持ちを見失い、手の中のカードをもてあそびながら、ただ少年の事を思っていた。
ヒソカが200階に入った数週間後、少年二人も190階での試合を一発クリアした。
キルアですらまだ行った事の無い未踏の階への挑戦に、興奮した二人は翌朝早くから200階へのエレベーターへ乗った。
そして、その頃ウイングも2人が200階へ向かった事を知っていた。2人を友人として認識したズシが、無邪気に報告してきたのだ。
「もう200階に?・・・・まずいな」
いつになく真剣な顔で考え込む師範代に、容易ならざる何かを感じ、ズシは心配そうに尋ねる。
「師範代?何かまずい事でもあるっすか?」
大きな丸い瞳でじっと見詰められ、ウイングは思わずクラクラする。言葉使いは相変わらず笑えるが、愛らしさではこの上ない。
(かわいいなぁ・・・・)
2人の身を案じている割には不謹慎だ、と自分でも思う。
ウイングにとって、ズシにはズシの魅力がある。それを愛しく思っているのも本当だった。だから、あの少年には関わり合うのをよそうと決めたのだ。これ以上の誘惑には耐えられない。
(ズシは同じ子供が戦っているという理由だけで、私が彼らに興味を示していると思っている)
それなら、そう信じてくれていた方が良い。自分自身の体内に潜んでいる、暗い情念を知られたくはない。
だが、しばらく何も答えなかった事を勝手に悪く取ったズシは、ウイングにすがり、
「師範代!2人を助けて欲しいっス!」
と必死に懇願してくる。助ける、という表現が適切かどうかは判らないが、今のままでは手痛い洗礼が待つだけだ。
「師範代・・・・」
うるうると瞳を揺らし、見つめるズシには勝てなかった。
「うーん、しかたない・・・・」
ウイングは、ズシの言葉に渋面を作る振りをしながら、内心大喜びで200階へ向かう事を決めた。


一方、エレベーターを降り、200階の床を踏んだ2人は、その瞬間から何か"プレッシャー"に似たものを感じていた。はじめは200階ともなると空気が違うんだね、などと軽口をたたいていたが、受付へむかう一本の通路まで来た時、それが甘い考えであった事を知った。
立っているだけで手に汗がにじむ。
「行くぜ。行ってやる!」
半ば、自分自身に言い聞かせるようにキルアは意志を口に出し、数歩、歩み始めた。
だが、さらに強いプレッシャーに押され、再び足を止めらてしまう。
(だめだ・・・!!これ以上進めない!進みたくない!!)
ゴンの額を静かに汗が流れていく。
「これは殺気だよ!完全にオレたちに向けられてる!」
そうキルアに言いながら、ゴンは奇妙な予感を感じていた。
以前、これと同じ感じを経験している。
(でも、まさか)
もし、この予感が当たるのであれば、自分自身にとってなんと皮肉な事か。何のためにここへ来たのか、本末転倒もはなはだしい。
だから、はじめに少女が出てきた時には、彼女がこの殺気の持ち主であれば良い、と願った。
だが丁寧にこの階における戦いの説明をする彼女を見ていたキルアが、ぬっと現れた指先を見つけ、ゴンに声を掛けた。
「!───おい」


「ヒソカ───!」
2人の前に姿をあらわした彼は薄く、目を細めいつもの薄ら笑いでゴンを見つめていた。
その姿を認めた瞬間、ゴンは腹の中をぎゅっとつかまれたような熱さを感じた。
心臓が破れそうなほど速く打っている。もう、立っていられないほどだった。
ひざが震える。
「どうして・・・・どうしてお前がここに?!」
ああ、何という事だろう。自分の勘の良さを今ほど恨めしく思った事はなかった。
「別に不思議じゃないだろ?僕は戦闘が好きでここは格闘のメッカだ」
凛と2人の行く道をふさぐようにして、立つ。
「君達こそ、なんでこんなトコにいるんだい?」
なぜ・・・?ここまで来た理由そのものが目の前に立ちはだかっているというのに、何を言えるというのだろう。
「なんてね」
だが、ヒソカは全てを見透かしたように笑った。
「もちろん偶然ではなく君達を待ってた」
───君を、待っていた。
ヒソカの瞳はまっすぐゴンだけを見つめていた。その、視線に全身を舐められ、熱くなってしまうのを止められない。
オレに会うため──?オレを探してくれたの?
なぜ・・・どうやって・・・?
「待ってた・・・だって?」
キルアは苦く、言葉を吐き捨てる。いつからつけられていたのかと、いぶかしげな彼に答えるように口を開いた。
「電脳ネットで飛行船のチケットをの手配をしただろう?あれはちょっとした操作で誰が何処へいつ行くのかが簡単に検索できるんだ。後は私用船で先回りして空港で待ち、後を尾けた。まあ、ここに来るのは予想できたがね」
見透かしたような、どころではない。君達の行動などお見通しだといわんばかりのヒソカの薄ら笑いがむかつく。
そんなキルアの心情など知らぬ存ぜぬでヒソカは続けた。
「そこで君達にここの先輩としてキミタチに忠告しよう。このフロアに足を踏み入れるのは───」
すっと右手を上げ、仰ぐ。
「まだ早い」


君に忠告をしに来たのだよ。ゴン。まだ、殺されに来るだけなのだ。それではいけないんだよ。
もっともっと強くなってもらわなくちゃ、面白くない。
だって僕は君を愛しているかもしれないんだからね。


「くっ!」
その指先から繰り出された、何かが2人を襲った。
案内の少女は何が怒ったのか判らずに、きょろきょろしている。
「どのくらい早いかはキミタチ次第」
ヒソカはストンとその場に座り込む。
「出直したまえ。とにかく今は早い」
「ざけんな!せっかくここまで来たのに・・・・!!!!!」
高圧的なヒソカの物言いに、キルアが切れた。
なんならこの場でヤリあってやる。自らの右手をビキビキと変化させつつヒソカを睨み付けた。
だが、当の本人は戦闘体勢に入りつつあったキルアを一瞥し、再びその右手を上げた。
「・・・・・・!!」
ドォンと鈍い音が──鼓膜に直接響いた。
「通さないよ。───ってか、通れないだろ?」
通れるものなら、そもそも止めやしないからね。
そう言いたげな、その右手だった。いや、重たい、なにか。
どうしても前に進めない分厚い壁。今まで以上に重く、大きな恐怖だった。
「ぐっ」
壁に立ちはだかれて、というよりも、何かに押しつぶされるような息苦しさを感じている。
悔しい。このままでは戦うどころか、指一本動かす事もできない───思った瞬間。
「無理はやめなさい」
そう、声を掛けた者がいた。


「ウイング!」
2人にはその気配すら気づく余裕がなかった。
ウイングはヒソカのつくった念にはばまれ、立ち往生をし始めた頃から、彼らの様子を伺っていた。
ほとほと甘い。ウイングの中でもう一人の自分が溜息を吐いていた。
門下生でない子供など、放っておいても良いではないか?
考えると自分でも嫌になるが、この少年の才能をつぶしてしまうには惜しいと思っているのだ。本当は自分でゆっくりと育て上げたい。ここまで来る間に思いは募るばかりだった。
2人の前に立ちはだかっている彼もそう思ったからこそ、ああして足止めしているのだ。彼の目当てはゴンと言う少年のようだが。
「これが燃だと!?あいつが『通さない』って思うだけでこうなるってのか!?うそつけ!!」
燃についての方便を端から信じていなかったキルアは、ウイングの言葉に噛み付いてくる。
動じもせずにウイングはそれを認めた。
「はい。確かにあれはウソ(みたいなもん)です。本当の念について教えます。だからひとまずここから退散しましょう」
確かに、このままでは退く事も進む事もできない。ならば、ウイングの提案に従う事が一番最良策のような気もした。
(だけど・・・・)
ゴンはちらり、と少女を見た。
退散する、という事は今日中に登録できないかもしれないという事だった。登録不可能になった後、自分達に残される道がどんな物なのか気になっていた。
「もし・・・今日、登録できなかったとしたらオレ達どうなるの?」
少女は再びゆっくりと説明をはじめた。
ゴンはまた1階から挑戦し直す事ができる事、そしてキルアは今度未登録になると参加自体が不可能になる事。
参加───できなくなる。
「ひとまず・・・・・退いて」
キルアは真っ直ぐウイングを見て、重たく口を開いた。
「0時までに戻ってこれるかい?ここに」
勝ち気な瞳に惹かれた。その瞳の中に強い意志──微力の"錬"を感じる。必ず戻って来るという、意志。
(彼の念に当てられて、少しづつ目覚め始めているのか・・・)
「君次第だ」
ウイングは、そう伝えると、くるり、と2人に背を向けた。ウイングの念も防ぎ、なんとか"纏"を身につけることができたキルアとゴンは、夕刻を迎える前に塔へ戻ることにしていた。
「纏を使えるようになったから、といってそれだけでなんでもできる訳ではありません。十分気をつけてください」
宿の玄関まで2人を送ってくれたウイングは口を酸っぱくして忠告した。
「うん。ありがとう、ウイングさん」
元気よく挨拶をし、ゴンは玄関の階段を駆け降りていく。下では今日のノルマを終えたズシが待っていた。2人は仲良くはしゃいでいる。
キルアも遅れて階段を降りようとしたが、不意にウイングの方を振向き何か言いたげに口篭もった。
「あの・・・」
「どうかしましたか?キルア君」
少年は問われて思わず俯く。何か言いたいんだな、ということは判っているので、とりあえず相手が言えるようになるまで待った。
数秒の間が開き、本当に蚊の泣くような声が聞こえてきた。
「・・・その・・・ありがとう、ウイング・・・さん」
少年は少年なりに礼を述べようと思ったらしい。それまで、ウイングウイングと平気で呼び捨てにしていたのも、何とかあらため"さん"付けになっていた。
だが、よほど礼など言いなれていないのだろう。口にした後で耳まで赤くし、さらに小さくなっている姿を見るとあまりに可愛らしくて、ウイングはつい吹き出してしまった。
「あっ・・・なんだよ、せっかく礼言ってんのにっ。笑うか、フツー!」
「はは・・・ごめん、でも何かおかしいですよ、君のその」
礼の言い方。
キルアはまるで、謝ってやったのに笑われた、と言わんばかりに憤慨している。それを見てウイングはつい、さらに大きく吹き出してしまった。
「ひでーっ。あんたってヤッパやな奴だなっ」
「あぁ、本当にごめん。でもいいんですよ、"さん"なんてつけなくても」
唇を尖らせ、子供らしく怒るキルアを見ていて、少しいたずら心が湧き起こってくる。
「じゃあ、お礼をもらって良い・・・かな?」
キルアは、意外な言葉に耳を疑い、ウイングをじぃっと見つめた。
(しまった)
ウイングはといえば、その言葉を口にした直後から後悔していた。
キルアの鋭い瞳で見つめられると自分の邪な考えを見透かされたようで思わず赤面してしまう。見られないように、と右手で口元を隠した。
だが、キルアはそんな様子には気づいていないようだ。
「礼?・・・金?」
「そんなんじゃないんだけど・・・」
礼、と言われてすぐに金かと返事をするとは、随分すさんだ答えだ。
「そうだよな。礼はしなくちゃ。うん、何でも良いよ。言ってよ」
代償を請求され、かえって解かり易いとキルアは納得していた。
逆にウイングは"何が欲しい?"とじっと見つめられ、さらに顔が熱くなる。
視線はその小さな唇に集中してしまっていた。薄いが弾力のありそうな形の良い唇。
「いや・・・お金とかモノとかじゃないんだよ」
止めろ。心の中でもう一人の自分が、囁いている。
私は彼の末恐ろしい才能を愛しているだけなのだ。
だが、哀しいかな、牡の習性が引き金に指を掛けようとしていた。
「金でもモノでもない?なんだよ、はっきり言ってよ」
無邪気に答えを催促する少年が凶悪な笑顔で微笑みかけた。
だめだ。やはり耐えられない。
「ウイング?」
「・・・・も・・・駄目、だ」
思考力がぷつり、と途切れた音がした。
キルアの頬に手を添え、ゆっくりとかがみ込んだ。
「ごめん」
キルアは顔をよせたウイングに、特に抵抗もしなかった。
その半開きになった唇に自分の唇を重ねる。想像した通りの弾力と少し柔らかい感触が、心地よく伝わってくる。
ほんの数秒で身を引き離した。
キルアは自分の唇を指でなぞり、再びウイングを見つめた。
「それだけ?」
泣かれるかな、と思っていただけにこのあっけらかんとした反応に拍子抜けする。
「それだけ・・・って」
"それだけ"なのか?いやいや、子供相手にずいぶんなことをしたぞ。
この少年の反応が理解できず、ウイングは混乱していた。キルアはにっこりと笑うと
「いいや、また"お礼"しに来るよ。落ち着いたら、さ」
と言って、彼に背を向けた。
「またって」
「じゃ。今日は時間もないしね。」
ててて、っと階段を降りていく。
「またな、ウイング!ほら、ゴン行くぞ!」
階下から大きく手を降ると、ズシところころと転げまわってるゴンに声を掛け、振り返らずに去っていった。
2人を追い返した後も、ヒソカはじっとその場から動かなかった。ぼんやりと中空を見つめる。
あの、男。
2人を連れていった男。何者かは判らないが、テンでしっかりと身を守っていた。
それなりの使い手であることは間違いない。
(面白くない)
正面の壁にカードを投げつけながら、眉をひそめる。
横やりを入れられた上に、獲物を連れ去られてしまった。
あの男なら2人を目覚めさせてしまうだろう。
もちろんヒソカとて2人を──ゴンを傷つけるつもりはなかった。洗礼を受けさせるなどもってのほかだ。
あのままここへ入れば、腕の一本や二本は無くなることを覚悟しなければならない。ゴンがそれで命を落とすとは思わなかったが、引き換えに失う物が大きすぎる。
五体満足でない人間など、殺してもつまらない。
(でも、あんな奴に連れて行かせるつもりはなかった)
あの男にしろ、キルアにしろ、だ。
目の前から油揚げを攫われてしまったようなもの。憎々しいこと、この上ない。再びハンター試験の終わった日のことを思い出す。
連れて行こうと思っていたのに、少年の意志は固く決められていた。その上イルミが別れ際トドメを刺していった。
『キルアは彼を離さないと思うよ。君を殺してでも、ね。弟だから言う訳ではないが、あれも随分執着心の強い部類だ。今彼がキルアを追っていくのなら、二度と手放しはしないだろう。・・・・だからね。ヒソカ。彼を離して欲しくはなかったよ』
(手放さない・・・・だって?)
ギリギリと心の中で歯車が鳴る。
(冗談じゃない。元々僕のモノなのだ。当然返してもらうさ。今は・・・そう、貸してるだけ)
歯車はさらにギリギリと大きな音を立て、軋む。
( あぁ・・・・)
ヒソカはゴンの姿を想いだし、感慨深げに溜息を吐く。
1ヶ月ほど見なかった、その姿はあまり変わったところはなかった。なにより瞳が変わらなかったことが嬉しい。自分を見た時の驚愕に満ちたそれには、ほんの少し喜びが隠されていた。
あの、命の花を自分が摘むことができる。それは己にだけ与えられた至極の快感だった。
(なのに)
ゴンの横に当然として立っているのは、キルアだった。そして、彼を連れていったのは、自分ではない。
ギリリ・・・・
再び心の歯車が軋み、悲鳴を上げた。
何故こんな気持ちになるのだろう。今まで感じたことのない、この感情は───嫉妬。
嫉妬していると言うのか。あんな子供に。
「ふ・・・くっくっ」
ヒソカは、忍び笑いを始める。
嫉妬!
そんな物が存在することすら、今まで知らなかった。
全く楽しませてくれる・・・・そんな、理解できない感情を沸き起こさせてくれるとは。
早く・・・早くおいで、ゴン。
この軋みの正体に確かめたい。君の顔を見れば、更に明らかになることだろう。
早くおいで───この腕の中に。
沸き立つ期待に、心を躍らせながら2人の帰りを待っていた。
そのヒソカの待つ塔へ近づくにつれ、次第に2人の間には会話がなくなっていった。
ゴンは今朝見たばかりのヒソカの姿を思い出していた。
(少し痩せてたかなぁ・・・?)
気のせいかもしれないが、別れた時よりも頬がほっそりしていたような気がする。
でも、何故彼は自分を追ってきたんだろう。
何度もあの試験の後でヒソカと別れた時のことを思い出した。
一方的に、キルアを探しに行く、とヒソカの誘いを断った、あの時。
あんなひどい別れ方をしたのに、何故彼は追いかけてきたのか。何故、止めに来てくれたんだろう。
何故───いくら考えても、答えは出てこなかった。
「ゴン」
キルアに呼ばれ、顔を上げた。気がつくと、数メートル遅れている。思いにふけって、足が遅くなっていたようだ。
「ごめん、キルア。なんか・・・・考え事してて」
「俺負ける気ないから」
小走りで追いついたゴンにキルアは真顔で言った。
「?うん。オレもだよ」
「そういう意味じゃなくて」
「え?」
ぐいっと片手を引き寄せられる。
「ヒソカになんか、負けないってこと」
間近に顔を寄せ、一瞬怯んだゴンの唇に強く自分の唇を押し付けた。
もう、あんな奴のことなんか考えて欲しくない。
「ヒソカなんか、止めちゃえよ。好きでいるの」
突然ヒソカのことを指摘され、ゴンは思わず動揺する。人通りは少なかったが、往来で声を荒げる。
「ヒソカは───ヒソカはそんなに悪くないよ!」
「どこが!?」
「だって、今日だって、ヒソカが止めてくれなかったら、絶対酷い目あってたし、念の事だって纏の事だって分からなかったし、命の恩人だよ」
「念はウイングが教えてくれたんだろ!そりゃ、止めてくれたのかもしれないけど、別に何か教えてくれようとかいう感じじゃなかったぜ!」
「でも、ヒソカが止めてくれてなかったらウイングさんにも会えなかった!」
「なんだよ、なんでそんなに庇うんだよ!」
つかんだままの腕を、ドン!と壁に縫い付ける。
「ヒソカがそんなに良いなら、なんでオレと一緒にいるんだよ!最初から俺のところになんか来なくても良かったろ?!」
「それは」
「違うっていうんなら、もうあいつのことなんか考えるなよ!」
無茶な話だと自分でも分かっていた。これはいらいらをゴンにぶつけているだけだ。
「・・・キルアが好きだよ。本当だよ」
横を向いたままでそれだけを伝えた。キルアも、それ以上は追求できず、ゆっくりとつかんだ腕を放した。
「キルア」
「行こうぜ。ヒソカのところへ」
そして、はっきりさせてやる。ヒソカよりも自分の方が良い、って。
キルアは心の中で誓っていた。
塔までの道のりはまだ遠い。いつものように2回、ノックしてキルアは扉を開けた。
「入るぜ」
部屋の主は出窓へ腰をかけ、200階からの眺望を眺めていた。
天を流れる雲が、夜に瞬く下界の灯火と天の光を遮る。
「ゴン?」
少年は険しい目付きで見えない星を睨み、来訪者には見向きもしなかった。
(ヒソカのことを考えてるのかよ)
この200階フロアでヒソカと一月半ぶりに再会した。彼等の前に姿を現し、結果は吉と出たものの、その行く手を阻んだ。
まさか、後をつけられているとは思いもよらず、キルアも随分驚いたが、ゴンがふさぎ込んで黙りこくってしまったのもあれからだ。
(考えるなよ)
あんなやつのことなんか、考えていて欲しくない。
自分のことだけ、ずっと考えていてほしい。
キルアは、傍らに立ってさえその存在に気付かない少年に手を伸ばした。
「…キルア」
そっと頬に触れて、自分が入室してきていたことを知らせる。 「いつのまに?」
直に接触を図って、ようやく認識されるとはかなりの重傷だ。キルアは苦笑いを浮かべて、肩を竦めた。
「ちゃんと声掛けたぜ」
「え?うそ。ごめん、すごくぼっとしてて…キルア?」
出窓に腰掛けたままのゴンをぎゅっと抱きしめて、何処かへ飛んでいってしまいそうなその身体を確認する。
こうして、ずっと繋ぎ止めておかなければ、あいつにさらわれてしまいそうな錯覚に囚われていた。
「ゴン……大丈夫、か?」
「?何が?」
ゴンは首をかしげて問い返す。別に怪我も病気もしていないよ、と相変わらずのボケをかましてくれる。
ヒソカと──とは、言えない。
これ以上、ゴンにあの男のことを思い出されたくはなかった。
あの男はゴンにとって、かつて仲間の存在すら目に入らなくなってしまったほど激しく愛し合っていた相手だった。再会してしまったことがゴンに与えた衝撃は、少なくないはずだ。
もちろんゴンには強くなり、ヒソカにプレートを叩き付けるという目標がある。当然近い将来、ヒソカを探し出さねばならなかったが、覚悟を決めて"捜し出す"のと、余裕も無く出会ってしまったのでは条件が違う。
ヒソカ側の理由がどうであれ、ゴンは彼に心を残したまま別れている。
キルアは再びゴンがヒソカに気を取られて、自分を省みなくなったら──と思い、強い不安を感じる。
だが、ゴンも複雑そうなキルアの顔から心配の原因を悟って、にっこり笑った。
「大丈夫だよ。ヒソカのことは気にしてないよ。ただ、明日試合だから、緊張しちゃって」
そうは言うものの、ゴンの笑顔は何処となく寂しそうに思えてしまう。
「ね。だから、大丈夫」
暮れていく部屋の中で、キルアは想い人を抱く腕に力を入れる。
実家へ迎えに来てくれてからヒソカが現れるまで、ゴンは一度だってそんな顔をすることは無かった。
それだけ、彼の心の中に、ヒソカが占める割合が大きいということだった。
悔しい。
ゴンが、自らこの因縁にケリをつけるまでは、ゴンの中からその存在を消すことはできない。それは初めから解かっていた。
だけど、こんな中途半端な出会い方をしては、消せるものも消えなくなってしまう。
キルアは、自分だけではゴンに"忘れさせる"事などできないことも十分理解していて、時という力を借りてゆっくり風化させていくつもりだったのだ。
それがこんな形で崩されてしまうなんて。
「もう…考えるなよ」
ゴンは俺を好きだといってくれる。
けど、人の心なんて、何の保証も無い。例え俺がゴンを愛し続けていたって、いつか裏切られる日がくるかもしれない。
「うん……」
ゴンは小さく頷いて、キルアの肩へ額を当てた。
キルアは、肩口で溜め息を吐くゴンの頬を撫で、いつもと違う高さにある唇にそっと口付けした。
触れるだけのキスから、官能的なキスにすばやく変化させ、ゴンの情を呼び覚ます。
「はぁ…っ」
次第に深く、角度を変えて交わる。息苦しそうに後ろへ引いて、ゴンはキルアに訴えた。
「こんなとこで…?」
「嫌?」
「恥ずかしいよ」
とは言ったものの、上気した顔も、布越しに息づくゴン自身も、恥ずかしいなどという言葉とは程遠いほどの熱を帯びている。本当は、体の芯からキルアを求め始めていた。
ただ、こんな窓際で行為することが、恥ずかしいのだと目で訴えられた。
しかし、キルアはベッドへ行こう、等という気はしなくて、ゴンの襟首を掴み、引き寄せる。
「……誰も見てねーよ」
宥めるように耳元で囁くと、背中を抱いていた手をパンツのボタンへと降ろした。
雑作もなくボタンを外す。出窓へ座らせたまま、足を室内に向けさせ、前を寛がせた。
「あ…駄目だよ、明日試合なんだし」
なんとか止めさせようと、自分の股の間で蠢く指に手をかけ、首を振る。 キルアは、優しくゴンの手の甲に口付けて言う。
「無理しないからさ…」
下着から、少しだけ質量を増し始めた肉棒を取り出し、両手で包み込んだ。
「あ…」
それだけで、もう抵抗できなくなる。ゴンは身体の後ろへ腕を付き、その愛撫を享受し始めた。
キルアは、その先から根元まで、キスの嵐で翻弄する。一瞬触れてはすぐに離れていってしまう、微妙な心地よい波紋にゴンは自身を大きくしていく。
「ん…あっ」
初めよりも随分大きくなったそれを、口に含むと小さな声を上げた。緩やかな、愛撫。とろけるように、気持ちがいい。
うっとりと目を細め、咥えているキルアの顔を覗い見た。
「ふ…」
キルアの見上げる視線がゴンを捕らえる。その瞳に扇情されて、快感がゾクゾクと背中を昇ってきた。
「あ…やっ…」
足を折り、体を丸めて押し寄せてく感覚に耐えた。ゴンの可愛らしい膝小僧に両手を置き、大きく割り開くと、着衣の間から蕾を覗かせたポーズがキルアの目に卑らしく晒される。
恥ずかしさも手伝って、細い舌先で、ちょい・ちょい・と刺激される度に、頭のてっぺんまで走るような快感に戸惑い、さらに体を強張らせた。
「…う…ぅん……はぁ…っ」
頭を振って上り詰めるものを押さえる。
キルアの肩に両腕を突っ張り、切なく甘い吐息を唇から漏らし、首を振る。
柔らかな唇で、皮を押し下げられ、敏感な部分があらわになる。
膨らんだ先端から滲んだ薄い味の快感の証しが奉仕者の口内に広がった。
「ああっ」
ゴンの先走るソレは妙に甘くて、キルアをうっとりとさせた。もっと味わいたいという衝動に駆られて、その出口を舌で割さく。
「ん…っふぁ…いやっ…強すぎる・よぉっ…ッ」
尿道に与えられた刺激はゴンには強すぎて、むしろ痛みを感じるほどに心地よい。
膝を押し広げていたはずのキルアの腕が、いつのまにか太股へと移動し、撫で回すように愛撫する。
二重の快感に、ゴンは容易く限界まで追いつめられていた。
「ん…あ、や…っキ…キルア…っいっちゃうぅっ…!!」
がくがくと足が震えるのが止まらなかった。
制止の言葉も聞かずに、キルアは更にきつく舌で扱きあげる。
眉をきつく寄せて、下唇をかむと、熱い塊が込み上げてきた。
「いいよ…イッちゃえよ」
「!!」
ゴン自身を口に含んだまま、許しの言葉を与えると、痙攣がひときわ激しくなる。耐え難い刺激に、涙を溜めて首を振った。
「あああっキル・アぁ…!!」
ゴンは小さく叫ぶと、己をくわえこんだ小さな口腔へと、滾る精を流し込んでいた。

ビクン・ビクンっと上下にそれが動く。キルアは、口の中で一瞬より大きく脈打ったそれをきつく吸い上げ、先から迸る愛液を受け止めた。
「ん…」
「や…っあう…」
トクン・トクンと少量の精液を放出しながら、キルアの舌がしつこく絡まってくるのを感じてゴンは首を振る。
「も…やあぁっ」
過敏な部分は、刺激される度に新たな射精を求められて、萎えることができない。
快感よりは、寧ろ終われない辛さばかりがゴンをさい悩ませ、半泣きになりながらキルアの頭を押さえた。
「は…」
ゴンの涙が膨らんで零れ落ちる寸前に、キルアは唇を離す。
親指で、唇から零れ落ちた精子を拭い、口の中に排出されたソレを美味しそうに飲み下した。
年端も行かない彼の愛液は、まだ渋味も少なくキルアの喉を滑り落ちていった。
「…キルア…また飲んだ…」
その様子を観ていて、ゴンは顔を真っ赤にして咎める。
「悪いか?」
「汚いジャン」
「ゴンのだもん。汚くねーよ」
当然、と言いきったキルアは、半分萎えているゴンの先に残っていた残滓を舐めとろうと再び唇を寄せた。
「もう駄目ぇ…っ!」
これ以上触られたらおかしくなってしまう。慌てて身を捩り、逃れようとしたゴンは、不意にバランスを崩してからだが傾いた。
「あ」
危ない…と互いに思った。
だが、キルアが手を伸ばす余裕も無く、ゴンは桟の縁から尻を滑らせ、盛大なドラムを鳴らして床に転がり落ちた。
「い…いった~…☆」
したたかに尻を打ち、縁で背中を削ってしまった少年は、目尻に涙を溜めてい床に座りこんでいた。
押し下げられた下着から、既に萎えた小さな息子を覗かせて、背中をさする格好はかなり情けない。
キルアは、つい吹き出してしまった。
「…ひど~い!もー…キルアがこんなトコでしようって言うから…」
「俺から逃げるから、落ちたんだろー。そんなこと言われてもしらねーよ」
頬を膨らませてすねまくるゴンに、苦笑いを浮かべて頭を撫ぜた。キルアも同じくしゃがみこんで、突き出された唇に、音をたてて軽いキスを施す。
「…」
「どうした?」
ゴンは少し臆した顔で、キルアを見た。その視線に微妙な気持ちが含まれているように感じて、見つめられた少年は首をかしげて尋ねる。
「──続き…するの?」
身体は火照っていたが、明日の試合のことを考えるとあまりしたくないのも本音だった。
とはいうものの、自分ばかりが気持ちよくても申し訳ないような気がして、おずおずと申し出る。
「いいよ、しない」
だが、キルアはあっさりとゴンの心配を一蹴してしまった。
「でも」
「いいの。明日試合なんだろ?俺はゴンのイイ顔見られただけで、十分」
ゴンのイイ顔──等といわれて、かああっと顔面に血が上ってきた。
「も…もうっ。オヤジみたいだよー…キルアったら」
「オヤジ…酷い言われようだな…おっさんよりひでージャン」
窓の下で座り込んだままのゴンの額を突っついて、口を曲げた。
へそを曲げてしまったかな、と額を押さえて思うが、キルアは真剣な瞳でゴンを見つめた。
「明日、がんばれよ」
勝てよ、と言わないところに優しさを感じる。激励されて、ゴンは力強く頷いた。
「うん」
真っ直ぐにキルアだけを見る。それはついさっきまで、目の前にはいないヒソカを睨んでいた彼ではなかった。
「…終わったら、しよーな」
単純だ、とは思うが、それだけのことで心の靄が取り払われたキルアはにやり、と笑って妙な約束を取り付け、明日の試合を他の意味でも楽しみにすることにした。
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