- 2015⁄11⁄11(Wed)
- 00:22
土曜日夕方
秋の日はつるべ落とし。この前、小学校の図書館で見付けた本で覚えたことわざ。夏休みの頃は7時になっても明るかったのに、最近はサッカーの練習が終わる5時頃にはもう東の空が青く昏くなっている。
で、覚えたばかりのことわざを言ってみたら、タカヤのヤツ、
「ツルベ?ツルベって鶴瓶?鶴瓶師匠を落とすのか?何言ってんだよ」
なんて茶化してきた。バカ、違うよ。
僕は藤原悠希(ふじわら・ゆうき)。小学5年生。土曜日の午後は殆ど毎週地元のサッカークラブの練習に参加してる。大抵は小学校の校庭を使うんだけど、今日は校内の樹木の枝落としがあるとかで、市立のスポーツセンターのグラウンドを借りての練習になった。ここは学校の校庭より広いし、ラインがちゃんと引かれてるし、自転車で家から 15 分くらいの距離だから、本当なら毎回スポーツセンターの方がいい。でも、ちょっとお金がかかるし、予約ですぐ埋まってしまうから、難しいみたい。
練習を終えて、僕達は更衣室で学年毎に固まって帰り支度を始めた。タオルで汗だらけの髪の毛を拭いて、でもそれ以上は面倒だから、練習着の上からピステの半袖シャツとハーフパンツを重ね着した。前髪がおでこに貼り付く。そろそろ切ろうかな。僕の髪はやたら真っ直ぐなので、すぐに目にかかってしまう。タカヤみたく短くすればいいんだろうけど、僕にはスポーツ刈りは似合わない気がする。
「タカヤ、一緒に帰ろ」
僕は狩野貴哉(かのう・たかや)に声をかけた。貴哉はクラスは違うんだけど、同じ小5で同じ団地に住んでる。小学校に入学した頃からずっと仲が良くて、サッカークラブに入る時にも僕の方から誘った。昔は貴哉の方が小さかったんだけど、最近は僕よりも背が高くなってサッカーもうまくなってる。いや、貴哉は運動全般が得意で、水泳のタイムも陸上の記録ももう全然かなわなくなってきた。
「わりぃ、今日は俺先に出るよ」
貴哉は練習着のままでシンガード、つまりスネ当ても外さず、エナメルバッグとボールネットを肩からかけて更衣室を出ていこうとしていた。
「え。なんかあんの?」
「ちょっとねー」
貴哉は出入口でかがむと、スニーカーの紐を結び直した。青いサッカーパンツがお尻の丸みを浮かび上がらせ、光沢のある生地が蛍光灯の明かりを白く反射した。ちょっとドキッとする。
僕達のクラブのチームカラーは青だから、練習着も青いサッカーパンツに白か青のプラクティスシャツを組み合わせることが多い。僕と貴哉の練習着は、二人で一緒にショッピングモールのスポーツショップに買いに行ったもので、幾つものメーカーの中からこれに決めたのは貴哉が「一番キラキラしてるのがいい」と言い出したからだ。あの時は「変な選び方だなぁ」としか思わなかったんだけど、最近このキラキラした光沢感が急に気になり始めた。光沢感のある練習着やユニフォームを貴哉が着ていると、ずっと見詰めていたくなる。練習や試合で走り回っている時はサッカーに夢中になっていられるのに、休憩時間になるとついつい貴哉のことを見てしまう。よく貴哉と目が合って、慌てて横を向いてしまうんだけど、やっぱり我慢できなくなってチラチラと…。夜一人で部屋にいる時も、よく貴哉のことを思い出したり、試合の日のスナップ写真を眺めたりしてる。こういう時は胸が少し息苦しくなって、あと、あそこが…、おちんちんが、なんかムズムズするような感じになる。絶対に内緒だけど、夜サッカーパンツをはいてベッドに潜り込んで、おちんちんを押さえ付けたりこすったりしてると、すごく気持ちが良くなって、やめられない。
今も、練習着を着た貴哉の背中を見ながら息苦しい感じがし始めている。僕はとにかく何かを言おうとして、慌ててちょっと不機嫌な口調で答えてしまった。
「なんだよ。一緒にモール行ってスパイク見ようと思ってたのに」
スパイクがちょっとキツくなってきているから、新しく買いたいと思っていたのは本当のこと。でも、そのことで貴哉を誘ったのは今が初めてで、こういう言い方をするのはリフジンだな、って自分でも思う。
「後でいいこと教えてやるって。スパイクは今度一緒に見に行ってやるよ」
貴哉はそう言うと、手を振りながら更衣室から出ていってしまった。
「今日は悠希の方がフられたんだな」
チームメートの誰かに言われて
「そんなんじゃない」
と怒って言い返してしまった。…え?今日は悠希の方「が」?
土曜日夜
その日の晩、テレビを見ながら家族で食事をしていると、玄関のチャイムが鳴った。お母さんが応対したら、貴哉の家のおばさんだった。
「悠希、ちょっと」
テレビが良いところだったのに、お母さんに呼ばれて渋々玄関まで出てみたら、おばさんとお母さんが心配そうな顔をこちらに向けていた。ちょっと嫌な予感がした。
「貴哉くん、まだ帰ってないんだって」
「今日は悠希くんと貴哉、一緒じゃなかったの?」
「え…」
僕は、練習が終わってすぐスポセン、つまりスポーツセンターのことだけど、そこの更衣室で貴哉と別れたことを説明した。
「なんか、用事があって急いで帰った感じだったんですけど…」
「何かしら…。あいつ、出てく時は全然そんなこと言ってなかったのに」
おばさんは腕を組みながら眉間の皺を深くした。
「クラブの監督さんとか、他の子の家とか、連絡してみましょうか。悠希、電話番号が分かるお友達いる?」
お母さんに訊かれた。クラブではメンバー表は配られるけど、コジンジョウホウホゴとかで住所や電話番号の名簿はもらえない。
「同じクラスなら学校の緊急連絡網で分かるけど、貴哉は別のクラスだよ」
「あ、クラスの友達にはうちからかけてみます。ご心配おかけしてごめんなさい」
おばさんは軽く頭を下げて帰ろうとした。
「本当に心当たり無い?」
お母さんに繰り返し訊かれたけど、貴哉は「ちょっとね」とかなんとか、そんなことしか言ってなかったし。そういえば「後でいいこと教える」なんてことも言ってたけど、そんなの手掛かりになるとは思えないし…。
そうやって考え込んでいたら、「今日は悠希の方がフられた」っていう誰かの言葉を思い出した。普段は貴哉の方「が」フられてるってこと?誰に?僕に?そんなこと無…。
いや、あった。サッカークラブの行き帰りはいつも二人一緒だけど、学校からの下校時、貴哉が教室に誘いに来ても断わってばかりだった。だって、僕はクラスの友達と帰るんだから…。
下校の時だけじゃない。時々「スポセンでサッカーの練習しね?」と誘われてたんだけど、「普段は中学生とか多いからヤだ」とか理由を付けて断わってたっけ。ショッピングモールに行くのだって、貴哉の方から誘ってくることが多い。ゲームとかパソコンとかは僕の方が詳しいから、その知識目当てだろうって思ってたんだけど、それだけじゃなかった。この前もサッカーのストッキングを買うというだけで誘ってきたっけ。「そんなの一人で買いに行きなよ」って速攻断わったんだった。
僕は貴哉と一緒にクラブに行くのが好きなのに、普段は貴哉に冷たくしてばっかりだ。
「貴哉が帰ったら連絡しますね。ごめんなさい」
「こちらも、何か心当たりを思い出したらお知らせしますね」
貴哉のおばさんとお母さんが挨拶を交わして、玄関のドアが閉められた。急に背筋が寒くなった。どうしよう、貴哉が事故に遭ってたら。どうしよう、誰かに誘拐されてたら。どうしよう、もう会えなくなったら。
「貴哉くん、別れ際に何か言ってなかったの?」
お母さんに訊かれたけど、僕は首を横に振るしか無かった。膝が急にガクガク震え出した。
その時、ドアの向こうから微かに声が聞こえてきた。「今まで何やってたのっ」とかなんとか。パタパタというサンダルの足音が戻ってきて、チャイムが鳴った。僕は玄関のドアに飛び付いて開けた。廊下には、怒った顔のおばさんと、俯いた貴哉が立っていた。
「すみません、貴哉のヤツ、今帰ってきました」
貴哉は、昼間一緒にスポーツセンターに行った時と同じ、長袖とハーフパンツのジャージ姿だった。本当に帰宅したばかりのようだった。
「良かった」
僕とお母さんがほぼ同時に安堵の溜息を吐いた。
「ほらっ、藤原さんと悠希くんに謝りなさいっ。心配かけてっ」
おばさんが貴哉の頭を押さえ付ける。
「ごめんなさい…。ちょっと空き地で練習してて…」
貴哉が俯きながらボソボソと説明する。
「イテッ」
「ちょっとじゃないでしょっ」
貴哉のおばさんが貴哉の頭にゲンコツを落とした。
「まぁまぁ。貴哉くん、わざわざ連絡しに来てくれたの?」
お母さんがなだめながら話題を変えようとした。
「うん…。玄関で父ちゃんに殴られて。母ちゃんが悠希のうちに行ってるから挨拶してこい、って」
貴哉はやっぱり俯いたままで答えた。怒られてるからだろうけど、なんだかいつも貴哉らしくない。それに、ちょっと気になることもあった。空き地ってどこだろう。スポーツセンターと家との間にサッカーの練習に使えそうな空き地なんて無かったと思うけど。それとも、もっと遠くに行ってたのかな。
「ねぇ、貴哉、空き地って…」
その疑問を口にした瞬間、貴哉は伏せていた顔を急に上げ、すごい目付きで睨んできた…。気がした。いや、目付きがすごいわけでも睨んできたわけでもなくて、冷たいというか固いというか、ヒヤッとするような視線を向けてきた…。ように思ったんだけど、気付いたらいつもの笑顔で
「今度は悠希も一緒に行って練習しような」
と返してきた。あれ?
「二人で行けばきっと怒られないしイテッ」
「なにバカなこと言ってんの」
貴哉はまたおばさんに殴られた。普段と変わらないおばさんと貴哉なんだけど、なんだか違和感がある。貴哉の顔を覗き込む。
「な、なんだよ」
「あれ?ねぇ、貴哉、顔色悪くない?」
日焼けした顔に血の気が無くて、なんだか土色っぽい。
「え?平気だよ。…ちょっとダルいけど」
おばさんが貴哉のおでこに手の平を当てた。
「あんた、熱出てきてるじゃないっ。汗かいたままほっつき歩いてるからっ」
「だいじょぶだって」
貴哉は強がってみせたけど、おばさんに追い立てられてバタバタと帰っていった。
違和感を感じたのは顔色のせいだったんだろうな、と僕は考えることにした。空き地の場所は明日にでも訊きに行こう。もし本当に練習に使える空き地があるなら嬉しいし。
でも…、とまた気になることを思い出した。この時期だと貴哉は練習着のまま帰ることが多い。「暑い」とか言って、練習帰りにジャージを羽織ることなんて殆ど無い。それなのに、さっきは喉元までファスナーを上げていた。どうしたんだろう。
あ、そっか。更衣室で別れた時、練習着だったのはいつものことだけど、シンガードも付けたままだったんだ。やっぱりどこかに練習できる空き地を見付けていて、そこにそのまま行ったんだ。で、夜になるまで外にいたから風邪引いちゃって、ジャージを着て帰ってきたんだ。殆ど俯いてたのは、怒られてる上に風邪でダルかったからだろうな。
さっきの貴哉には変な感じがしたけど、考えてみれば納得できることばかりだった。僕は一人で頷くと、夕食に戻った。空き地を教えてもらうのを楽しみにしながら。
日曜日~木曜日
翌日の昼過ぎに貴哉の家に行ったら、貴哉は熱を出して寝込んでいるとのことだった。伝染ったらマズいから、と会わせてもらえなかった。
仕方が無いので、空き地のことは週明けに学校で教えてもらおうと思う。
でも、結局貴哉が登校できたのは木曜日のことだった。
クラスが分かれてから一緒に登下校することは殆ど無くなっていたのだけれど、今回はなんだか心配になって、月曜日から毎朝誘いに行っていた。ようやく木曜日の朝にランドセルを背負って出てきた貴哉は、ケロッとして
「のんびり休めてラッキー」
なんて言い出して、またおばさんに殴られていた。
「ほんとにだいじょぶ?」
学校に向かいながら尋ねたら、
「へーきへーき。ちょっと熱出てただけだって。バカでも風邪引くってこと」
なんて言って、デカい口で笑っていた。
「それよりさ、悠希、いい空き地見付けたんだ。あさっての練習の後、連れてってやるよ」
いつ訊こうかな、と考えていた空き地のことを貴哉の方から持ち出してくれた。練習の後だと暗くなっちゃうよ、と一瞬思ったんだけど、貴哉からの誘いを何度も断わっていることを思い出して、僕は思わず「うん」と頷いた。そしたら、貴哉はすごく嬉しそうな顔をしてくれた。時間のことは気になるけど、ま、いっか。家族への言い訳を考えておかないと。そんな僕の考えに気付いたのか、貴哉はニヤッと笑いながら続けた。
「そしたらさ、あさっての練習はチャリで行こうな。空き地までちょっと距離あるし。あと、おばさん達には『スポセンの方で二人で練習するから遅くなる』って言っておこ。空き地ってさ、スポセンの向こうなんだ。嘘は言ってないだろ?」
貴哉にしては行動前によく考えていると思った。こりゃ、土曜日は相当に怒られたんだろうな。
で、覚えたばかりのことわざを言ってみたら、タカヤのヤツ、
「ツルベ?ツルベって鶴瓶?鶴瓶師匠を落とすのか?何言ってんだよ」
なんて茶化してきた。バカ、違うよ。
僕は藤原悠希(ふじわら・ゆうき)。小学5年生。土曜日の午後は殆ど毎週地元のサッカークラブの練習に参加してる。大抵は小学校の校庭を使うんだけど、今日は校内の樹木の枝落としがあるとかで、市立のスポーツセンターのグラウンドを借りての練習になった。ここは学校の校庭より広いし、ラインがちゃんと引かれてるし、自転車で家から 15 分くらいの距離だから、本当なら毎回スポーツセンターの方がいい。でも、ちょっとお金がかかるし、予約ですぐ埋まってしまうから、難しいみたい。
練習を終えて、僕達は更衣室で学年毎に固まって帰り支度を始めた。タオルで汗だらけの髪の毛を拭いて、でもそれ以上は面倒だから、練習着の上からピステの半袖シャツとハーフパンツを重ね着した。前髪がおでこに貼り付く。そろそろ切ろうかな。僕の髪はやたら真っ直ぐなので、すぐに目にかかってしまう。タカヤみたく短くすればいいんだろうけど、僕にはスポーツ刈りは似合わない気がする。
「タカヤ、一緒に帰ろ」
僕は狩野貴哉(かのう・たかや)に声をかけた。貴哉はクラスは違うんだけど、同じ小5で同じ団地に住んでる。小学校に入学した頃からずっと仲が良くて、サッカークラブに入る時にも僕の方から誘った。昔は貴哉の方が小さかったんだけど、最近は僕よりも背が高くなってサッカーもうまくなってる。いや、貴哉は運動全般が得意で、水泳のタイムも陸上の記録ももう全然かなわなくなってきた。
「わりぃ、今日は俺先に出るよ」
貴哉は練習着のままでシンガード、つまりスネ当ても外さず、エナメルバッグとボールネットを肩からかけて更衣室を出ていこうとしていた。
「え。なんかあんの?」
「ちょっとねー」
貴哉は出入口でかがむと、スニーカーの紐を結び直した。青いサッカーパンツがお尻の丸みを浮かび上がらせ、光沢のある生地が蛍光灯の明かりを白く反射した。ちょっとドキッとする。
僕達のクラブのチームカラーは青だから、練習着も青いサッカーパンツに白か青のプラクティスシャツを組み合わせることが多い。僕と貴哉の練習着は、二人で一緒にショッピングモールのスポーツショップに買いに行ったもので、幾つものメーカーの中からこれに決めたのは貴哉が「一番キラキラしてるのがいい」と言い出したからだ。あの時は「変な選び方だなぁ」としか思わなかったんだけど、最近このキラキラした光沢感が急に気になり始めた。光沢感のある練習着やユニフォームを貴哉が着ていると、ずっと見詰めていたくなる。練習や試合で走り回っている時はサッカーに夢中になっていられるのに、休憩時間になるとついつい貴哉のことを見てしまう。よく貴哉と目が合って、慌てて横を向いてしまうんだけど、やっぱり我慢できなくなってチラチラと…。夜一人で部屋にいる時も、よく貴哉のことを思い出したり、試合の日のスナップ写真を眺めたりしてる。こういう時は胸が少し息苦しくなって、あと、あそこが…、おちんちんが、なんかムズムズするような感じになる。絶対に内緒だけど、夜サッカーパンツをはいてベッドに潜り込んで、おちんちんを押さえ付けたりこすったりしてると、すごく気持ちが良くなって、やめられない。
今も、練習着を着た貴哉の背中を見ながら息苦しい感じがし始めている。僕はとにかく何かを言おうとして、慌ててちょっと不機嫌な口調で答えてしまった。
「なんだよ。一緒にモール行ってスパイク見ようと思ってたのに」
スパイクがちょっとキツくなってきているから、新しく買いたいと思っていたのは本当のこと。でも、そのことで貴哉を誘ったのは今が初めてで、こういう言い方をするのはリフジンだな、って自分でも思う。
「後でいいこと教えてやるって。スパイクは今度一緒に見に行ってやるよ」
貴哉はそう言うと、手を振りながら更衣室から出ていってしまった。
「今日は悠希の方がフられたんだな」
チームメートの誰かに言われて
「そんなんじゃない」
と怒って言い返してしまった。…え?今日は悠希の方「が」?
土曜日夜
その日の晩、テレビを見ながら家族で食事をしていると、玄関のチャイムが鳴った。お母さんが応対したら、貴哉の家のおばさんだった。
「悠希、ちょっと」
テレビが良いところだったのに、お母さんに呼ばれて渋々玄関まで出てみたら、おばさんとお母さんが心配そうな顔をこちらに向けていた。ちょっと嫌な予感がした。
「貴哉くん、まだ帰ってないんだって」
「今日は悠希くんと貴哉、一緒じゃなかったの?」
「え…」
僕は、練習が終わってすぐスポセン、つまりスポーツセンターのことだけど、そこの更衣室で貴哉と別れたことを説明した。
「なんか、用事があって急いで帰った感じだったんですけど…」
「何かしら…。あいつ、出てく時は全然そんなこと言ってなかったのに」
おばさんは腕を組みながら眉間の皺を深くした。
「クラブの監督さんとか、他の子の家とか、連絡してみましょうか。悠希、電話番号が分かるお友達いる?」
お母さんに訊かれた。クラブではメンバー表は配られるけど、コジンジョウホウホゴとかで住所や電話番号の名簿はもらえない。
「同じクラスなら学校の緊急連絡網で分かるけど、貴哉は別のクラスだよ」
「あ、クラスの友達にはうちからかけてみます。ご心配おかけしてごめんなさい」
おばさんは軽く頭を下げて帰ろうとした。
「本当に心当たり無い?」
お母さんに繰り返し訊かれたけど、貴哉は「ちょっとね」とかなんとか、そんなことしか言ってなかったし。そういえば「後でいいこと教える」なんてことも言ってたけど、そんなの手掛かりになるとは思えないし…。
そうやって考え込んでいたら、「今日は悠希の方がフられた」っていう誰かの言葉を思い出した。普段は貴哉の方「が」フられてるってこと?誰に?僕に?そんなこと無…。
いや、あった。サッカークラブの行き帰りはいつも二人一緒だけど、学校からの下校時、貴哉が教室に誘いに来ても断わってばかりだった。だって、僕はクラスの友達と帰るんだから…。
下校の時だけじゃない。時々「スポセンでサッカーの練習しね?」と誘われてたんだけど、「普段は中学生とか多いからヤだ」とか理由を付けて断わってたっけ。ショッピングモールに行くのだって、貴哉の方から誘ってくることが多い。ゲームとかパソコンとかは僕の方が詳しいから、その知識目当てだろうって思ってたんだけど、それだけじゃなかった。この前もサッカーのストッキングを買うというだけで誘ってきたっけ。「そんなの一人で買いに行きなよ」って速攻断わったんだった。
僕は貴哉と一緒にクラブに行くのが好きなのに、普段は貴哉に冷たくしてばっかりだ。
「貴哉が帰ったら連絡しますね。ごめんなさい」
「こちらも、何か心当たりを思い出したらお知らせしますね」
貴哉のおばさんとお母さんが挨拶を交わして、玄関のドアが閉められた。急に背筋が寒くなった。どうしよう、貴哉が事故に遭ってたら。どうしよう、誰かに誘拐されてたら。どうしよう、もう会えなくなったら。
「貴哉くん、別れ際に何か言ってなかったの?」
お母さんに訊かれたけど、僕は首を横に振るしか無かった。膝が急にガクガク震え出した。
その時、ドアの向こうから微かに声が聞こえてきた。「今まで何やってたのっ」とかなんとか。パタパタというサンダルの足音が戻ってきて、チャイムが鳴った。僕は玄関のドアに飛び付いて開けた。廊下には、怒った顔のおばさんと、俯いた貴哉が立っていた。
「すみません、貴哉のヤツ、今帰ってきました」
貴哉は、昼間一緒にスポーツセンターに行った時と同じ、長袖とハーフパンツのジャージ姿だった。本当に帰宅したばかりのようだった。
「良かった」
僕とお母さんがほぼ同時に安堵の溜息を吐いた。
「ほらっ、藤原さんと悠希くんに謝りなさいっ。心配かけてっ」
おばさんが貴哉の頭を押さえ付ける。
「ごめんなさい…。ちょっと空き地で練習してて…」
貴哉が俯きながらボソボソと説明する。
「イテッ」
「ちょっとじゃないでしょっ」
貴哉のおばさんが貴哉の頭にゲンコツを落とした。
「まぁまぁ。貴哉くん、わざわざ連絡しに来てくれたの?」
お母さんがなだめながら話題を変えようとした。
「うん…。玄関で父ちゃんに殴られて。母ちゃんが悠希のうちに行ってるから挨拶してこい、って」
貴哉はやっぱり俯いたままで答えた。怒られてるからだろうけど、なんだかいつも貴哉らしくない。それに、ちょっと気になることもあった。空き地ってどこだろう。スポーツセンターと家との間にサッカーの練習に使えそうな空き地なんて無かったと思うけど。それとも、もっと遠くに行ってたのかな。
「ねぇ、貴哉、空き地って…」
その疑問を口にした瞬間、貴哉は伏せていた顔を急に上げ、すごい目付きで睨んできた…。気がした。いや、目付きがすごいわけでも睨んできたわけでもなくて、冷たいというか固いというか、ヒヤッとするような視線を向けてきた…。ように思ったんだけど、気付いたらいつもの笑顔で
「今度は悠希も一緒に行って練習しような」
と返してきた。あれ?
「二人で行けばきっと怒られないしイテッ」
「なにバカなこと言ってんの」
貴哉はまたおばさんに殴られた。普段と変わらないおばさんと貴哉なんだけど、なんだか違和感がある。貴哉の顔を覗き込む。
「な、なんだよ」
「あれ?ねぇ、貴哉、顔色悪くない?」
日焼けした顔に血の気が無くて、なんだか土色っぽい。
「え?平気だよ。…ちょっとダルいけど」
おばさんが貴哉のおでこに手の平を当てた。
「あんた、熱出てきてるじゃないっ。汗かいたままほっつき歩いてるからっ」
「だいじょぶだって」
貴哉は強がってみせたけど、おばさんに追い立てられてバタバタと帰っていった。
違和感を感じたのは顔色のせいだったんだろうな、と僕は考えることにした。空き地の場所は明日にでも訊きに行こう。もし本当に練習に使える空き地があるなら嬉しいし。
でも…、とまた気になることを思い出した。この時期だと貴哉は練習着のまま帰ることが多い。「暑い」とか言って、練習帰りにジャージを羽織ることなんて殆ど無い。それなのに、さっきは喉元までファスナーを上げていた。どうしたんだろう。
あ、そっか。更衣室で別れた時、練習着だったのはいつものことだけど、シンガードも付けたままだったんだ。やっぱりどこかに練習できる空き地を見付けていて、そこにそのまま行ったんだ。で、夜になるまで外にいたから風邪引いちゃって、ジャージを着て帰ってきたんだ。殆ど俯いてたのは、怒られてる上に風邪でダルかったからだろうな。
さっきの貴哉には変な感じがしたけど、考えてみれば納得できることばかりだった。僕は一人で頷くと、夕食に戻った。空き地を教えてもらうのを楽しみにしながら。
日曜日~木曜日
翌日の昼過ぎに貴哉の家に行ったら、貴哉は熱を出して寝込んでいるとのことだった。伝染ったらマズいから、と会わせてもらえなかった。
仕方が無いので、空き地のことは週明けに学校で教えてもらおうと思う。
でも、結局貴哉が登校できたのは木曜日のことだった。
クラスが分かれてから一緒に登下校することは殆ど無くなっていたのだけれど、今回はなんだか心配になって、月曜日から毎朝誘いに行っていた。ようやく木曜日の朝にランドセルを背負って出てきた貴哉は、ケロッとして
「のんびり休めてラッキー」
なんて言い出して、またおばさんに殴られていた。
「ほんとにだいじょぶ?」
学校に向かいながら尋ねたら、
「へーきへーき。ちょっと熱出てただけだって。バカでも風邪引くってこと」
なんて言って、デカい口で笑っていた。
「それよりさ、悠希、いい空き地見付けたんだ。あさっての練習の後、連れてってやるよ」
いつ訊こうかな、と考えていた空き地のことを貴哉の方から持ち出してくれた。練習の後だと暗くなっちゃうよ、と一瞬思ったんだけど、貴哉からの誘いを何度も断わっていることを思い出して、僕は思わず「うん」と頷いた。そしたら、貴哉はすごく嬉しそうな顔をしてくれた。時間のことは気になるけど、ま、いっか。家族への言い訳を考えておかないと。そんな僕の考えに気付いたのか、貴哉はニヤッと笑いながら続けた。
「そしたらさ、あさっての練習はチャリで行こうな。空き地までちょっと距離あるし。あと、おばさん達には『スポセンの方で二人で練習するから遅くなる』って言っておこ。空き地ってさ、スポセンの向こうなんだ。嘘は言ってないだろ?」
貴哉にしては行動前によく考えていると思った。こりゃ、土曜日は相当に怒られたんだろうな。
土曜日の練習は、いつも通り小学校の校庭で、いつも通りメンバー同士の練習試合で締め括られた。僕達のクラブでは、5年生まではポジションはあまり固定されていない。今回は僕はディフェンスラインにいて、貴哉は相手チームのフォワードだった。
貴哉がドリブルしながら向かってきたので、マークに張り付いた。貴哉はボール捌きがうまいけど、フェイントしようとした時にちょっとした癖が出るのを知っている。だから、貴哉のフェイントは僕にとってはフェイントじゃない。今回もそこを狙ってカットしてやるつもり。僕は貴哉に向かって踏み込ん…あれっ?貴哉はスッと僕の前から消え、横を抜けていった。あっと言う間にゴール前に達し、ドリブルからシームレスにシュートを決める。キーパーが伸ばした手とゴールポストとの間に、吸い込まれるようにボールがはまる。鮮かな得点だった。
どうしたんだろう。貴哉のサッカーは急に上達したみたいだった。その後の貴哉のプレーもすごかった。ドリブルは速いし、パスやシュートは正確だし、なにより疲れを感じさせなかった。肩で息をすることもあったけれど、そのすぐ後に全力で走り出していた。
練習解散の後、僕と貴哉はわざとのんびり支度をした。家とは逆方向に出掛けるのを見られたくなかったからだ。と言っても、貴哉は相変わらず練習着のままでブラブラしていただけなんだけど。
クラブのメンバーが殆ど帰ってしまったのを確認すると、僕と貴哉は自分のバッグとボールを肩にかけ自転車にまたがった。
「空き地ってどこ?」
心無し小声になって尋ねる。貴哉はニコッと笑うと
「とりあえずスポセンまで行ってチャリ停めよう。そっからは歩き」
と言って自転車を漕ぎ出した。僕も慌てて後を追う。スポーツセンターから歩き?そんな近くに空き地なんて…。まさか。
「あの空き地じゃないよねーっ」
自転車を漕ぎながら、前を行く貴哉に何度か訊いてみたんだけど、聞こえているのかいないのか、全部無視された。
スポーツセンターの駐輪場に自転車を停めながら、やっと貴哉が答えてくれた。
「そ。スポセンの裏」
「あそこ、立入禁止だし実際入れないよ」
市立のスポーツセンターは、私立大学が県の郊外に移転した跡地に造られた。でも敷地が広大過ぎて、スポーツセンターとグラウンドと市民会館を作ってもまだ半分くらいの土地が荒れたままで残されている。そこは当然立入禁止になっていて、金網やコンクリートの塀で厳重に囲われている。大学の古い建物が幾つか廃墟のように残っているので、学校でも「入ったら大怪我して危険だ」と何度も注意されていた。それでも入ろうとする人はいるんだけど、住宅街の中で人の目が結構あるものだから、侵入に成功した話は聞かない。
貴哉は入り込めたんだろうか。一体どこから?入り込めたとしても、サッカーボールを蹴られる場所なんてあるのかな。
貴哉は僕の疑問に答えるかのように、「こっちこっち」とピステシャツの裾を引っ張り駐輪場の端に向かった。
「外から直接入ろうとするからダメなのさ」
貴哉は駐輪場の横にそびえるスポーツセンターの本館を顎で指した。駐輪場はスポーツセンター本館の脇にあって、今は本館の横手を見上げていることになる。地下の温水プールから塩素の臭いが漂ってきていて、2階の窓の向こうにはジムの機械が並んでいるのが見える。4階の内周はランニングコースになっていて、窓から漏れる光が時折遮られるのはランナーの影だと思う。
「どうすんの?」
「この柵を乗り越えて本館の裏に入るだろ。少し行ったら、塀が崩れたところがあるから、そっから入んの」
「え…」
ちょっと躊躇してしまう。
「大丈夫だって。ここ、外からは見えないし、スポセンの窓からこっち見下ろしてるヤツなんかいないって」
貴哉はそう言うと柵をよじ上り、向こう側に飛び降りた。僕も仕方無く柵を越えた。
本館の外壁に沿って裏側に回り、建物と塀の間のゴミが吹き溜まった細い通路を進む。暫くすると、確かに塀の上部が崩れ落ちて、塀の高さが半分以下になっている場所があった。
「ここからなら楽に入れるだろ?」
「確かにそうだけど…。貴哉はどうやってココ見付けたの?」
暗くなってきていてよく分からなかったけれど、貴哉は得意そうな笑顔で言った。
「どーしても空き地に入ってみたくてさ、あちこち調べてる内に見付けたんだ」
貴哉はヒョイと塀を乗り越えた。僕はピステをどこかに引っ掛けてしまわないよう気を付けながら、後に続く。
「でもさ、貴哉、ここ荒れ放題だし、サッカーの練習できるところなんてあるかな?」
「いいから付いて来いって」
貴哉はずんずん進んでいく。僕はけつまずいたり木の枝にぶつからないように注意しながら追い掛けた。本館や新館の建物の陰が切れる。パッと明るくなった。グラウンドの夜間照明の明かりだった。気付くと、サッカーコートをギリギリ半面とれそうなくらいの平らな場所が、明るい中に広がっていた。
「ほら、ここ、いいだろ!」
「うん。いい。すごく。グラウンドの照明のお陰で暗くないし」
貴哉は自慢気に言い、僕もちょっと興奮しながら返事した。
「先週、ゴミとか枝とか掃除したんだぜ」
「え…。じゃあこの前遅かったのは…」
「そゆこと。一人でボール蹴って遊んでみたら、枝とか散らばっててやりにくくてさ。悠希連れてくる前にきれいにしとこうって思って」
「あ…。ありがとう…」
貴哉が自分のために何かをしてくれた、というのがドキドキするくらいに嬉しかった。
「でも、そのせいで風邪引いちゃったんだね」
「いいっていいって。それより、早くボール蹴ろうよ」
「うん!」
僕達は塀の近くにエナメルバッグを置いた。貴哉は先週同様、練習着姿でシンガードを付けたままだったので、スパイクに履き替えるとすぐにリフティングを始めた。僕はピステの上下を脱ぐと、シンガードをスネに当ててストッキングを膝下まで伸ばし直した。スパッツの裾が少し上がっているのが気になったので、引っ張り下ろす。青いサッカーパンツの裾から、同じく青いスパッツが少し見えるくらいになる。ストッキングもスパッツも含めて、貴哉とお揃いの練習着だ。あ。おちんちんが固くなりかける。まずい。
「貴哉さ、急に上手になったよね」
僕は自分の気持ちを紛らわそうと、スパイクの紐を結びながら貴哉を褒めた。
「そうかな。元々うまかったぜー」
貴哉はボールを器用に操りながら茶化して答える。いや、絶対リフティングも上手になってる。
「もっとうまくなったんだって。今日、貴哉のフェイント全然見抜けなかったよ」
「じゃあ、これからワンオンワンでやってみっか?」
「うん。ディフェンスの練習してみたい」
「だったら、そのデカい木をゴールにして悠希が守れよ」
貴哉が指差す方を振り向くと、平らな場所の端に大木が立っていた。そういえば、スポーツセンターのグラウンドから、こんもり茂った木が見えていたっけ。位置的に言ってもいつも見えてる木の筈だった。こんな大きな木だったんだ。
「木をゴールにするの?塀じゃなくて?」
「塀にシュート当てちゃったら、グラウンドにいるヤツに音でバレるだろ」
「そっか。確かに。でも、木の向こうにシュートしたらボール失くしちゃうかもよ」
「シュートされないように守ればいいだろー」
「そ…、そりゃそうだけどさ」
「それに、そういう時のために懐中電灯も持ってきてるからさ」
「準備いいなぁ」
貴哉はもてあそんでいたボールを地面に落とすと、スパイクの底で押さえ付けた。僕は大木の方に走った。貴哉との一対一の勝負、開始。
始まりの始まり
「ダメだぁー」
僕は息を切らせながら大木の根っこに腰を下ろした。
「2回はカットできただろ?」
「全部で何回やったと思ってんだよ…」
「12回かな」
貴哉はシレッと答えると、僕の横に並んで座った。ペットボトルのスポーツドリンクを一口飲むと、僕の方に突き出してきた。
「さんきゅー。…たくさん飲んじゃってもいい?」
「全部飲んじまっていいよ」
僕のことを散々翻弄したのに、貴哉はたいして疲れていない様子だった。スタミナがあるタイプじゃなかったんだけどな…。
「悠希?」
口許を手の甲で拭っていると、貴哉がなんだか神妙な雰囲気で尋ねてきた。
「なに?」
「俺さ、やっぱサッカー上達したかな」
「うん。したした。急に。速いし正確だしスタミナあるし。まさか、学校休んでる間に特訓したとか?」
「んなわけ無いって」
貴哉は苦笑いして、またすぐ真面目な表情に戻った。
「悠希も俺と同じようにサッカーうまくなりたいか?」
「そりゃもちろん」
僕は即答し、貴哉は満面の笑みを浮かべた。
「そっか、そうだよな」
その直後、僕を取り巻く世界に突然変化が生じた。ペットボトルをいじっていた両手に縄みたいなものが巻き付いてきて、僕の全身を引っ張り上げた。すごい勢いで大木の方に引き寄せられる。ペットボトルがどこかに飛んでいった。
「う、うわっ」
ドリンクもったいない、なんて変なことを考えていたら、背中を幹に叩き付けられて一瞬息が止まった。
「ガハッ…な、なんだよこれっ」
手足を振り回し、全身をよじって暴れようとしたら、足にも胸にもお腹にも、縄が巻き付いてきた。僕はYの字のような格好で大木の幹に縛り付けられ、身動きできなくなってしまった。
「だ、誰だよっ。何すんだよっ」
僕は怒鳴った。
「貴哉っ、逃げンム…っ」
でも、貴哉への警告を言い終わる前に声を出せなくなってしまった。縄が首にも巻き付いてきて、おまけに何かグニグニするものを口に押し込まれてしまったからだ。
「んむーっ、んーっ」
何かを言おうとしても、喉が鳴るだけだった。
「ありがとうな、悠希。俺の心配してくれて」
すぐ耳許で貴哉の声がする。無理矢理顔をそちらに向けると、貴哉が僕のすぐ横に立っていた。何やってんだよ。早く逃げろよ。
「でも、大声はやめろよな。人に気付かれちゃうだろ」
何言ってんだよ。誰か呼んでこなくちゃ。
「安心しろよ。悠希の体をちょっといじくるだけだから」
何言ってんだよ。ワケ分かんないよ。
「落ち着いてよく見てみな」
貴哉は懐中電灯を持ち出して僕の口許を照らした。
「んーっ」
なんだよこれっ。僕の口から、長くて青黒く光るものが飛び出していて、上の方に伸びている。おまけに、ビクンビクンと、まるで脈打つように蠢いていた。
「先ず、入れるもの入れちゃおう」
「んがっ」
口の中のものが急に固さを増して、喉の奥目掛けて動き始めた。
「んっんんっ」
吐き気がした。でも、そんなのお構い無しにその何かが入り込んでくる。
「もっとリラックスしないと」
貴哉の声が聞こえる。一体どうしちゃったんだよ、貴哉。助けてっ。
「んひっ」
首筋に激痛が走った。刺されたような痛み。でも、直後に痛みは引き、そして全身の力が抜けてしまった。ゲンコツを握っていたつもりが、手の平が勝手に開いてしまう。一生懸命力んでいた口も喉も、緩んで開いたままになってしまい、青黒いものをどんどん素直に飲み込んでしまう。自分の体が自分のものじゃなくなってしまった感じだ。
「そうそう、力んじゃダメだって」
貴哉が僕の顔を懐中電灯で照らしながら覗き込んでくる。逆光で貴哉の顔はよく見えなかったけれど、青黒いものが僕の体に入り込んでくるのを眺めながら、笑っているようだった。どういうこと?どうして助けてくれないの?どうして笑っていられるの?そこにいるのは貴哉じゃないの?一体誰なんだよお前。
お腹の中で何かが震え、軽い衝撃があった。すると、今度は青黒いものが逆にズルズルと口から出ていき始めた。うげえっ。気持ち悪いっ…。
青黒いものの端が、勢いを付けて口から飛び出した。
「げほっ」
僕はスポーツドリンクの臭いがする胃液を一緒に吐き出した。汚い…。
「だいじょぶか?」
貴哉の姿をした誰かが耳許で囁く。大丈夫なわけないだろ。この縄をほどけよっ。
でも、声を出すことができなかった。もう口の中には何も無いのに、声を出そうと思えば出せる筈なのに、全身がダルくて何もしゃべれない。
「今、悠希の胃の辺りに植え付けられたヤツが、悠希の胃腸と合体して養分を直接吸収するようになるんだ」
何言ってるんだ?こいつ。
「今のはちょっとキツかったろうけど、これからのは気持ちいいぞ」
貴哉の声がくすくすと笑う。やめろよ。貴哉の声で笑うな。貴哉に化けるな。
「ほら、見てみ」
懐中電灯の明かりが僕の全身を照らす。首を締めていた縄が少し緩んで頭が下に落ちる。足や腹に巻き付いているものが見えた。縄なんかじゃない。青黒く光って、少しずつ動いてる。さっき口の中に入ってきたヤツに似ていて、でもそれよりもずっと細い蔦状のものが、僕の体を縛り上げていた。
「こいつら、植物か動物かよく分からないんだけど、人間に寄生してすっごく気持ち良くしてくれるんだ。悠希でまだ二人目。貴重だろ?」
貴哉の姿をした誰かが嬉しそうに言う。寄生?僕はその言葉に身震いした。二人目?つまり一人目は貴哉?貴哉はこの変な生き物に寄生されて、僕を同じ目に遭わせようとしてる?貴哉は貴哉じゃなくなってる?僕は体中が怒りで熱くなるのを感じた。全身のダルさを押し退ける。意識がはっきりしてきて、首筋の痛みが甦る。
「た、貴哉を、返せっ」
絞り出せた声はひどく小さかったけれど、貴哉の姿をしたものは驚きで目を見開いた。
「返せ?」
「貴哉を、…貴哉っ、タカヤッ」
貴哉の名前を呼ぶので精一杯だった。貴哉だったものが一転して穏かな表情を浮かべる。
「そっか。俺がこいつらに乗っ取られたって思ってるんだ」
そうだろ?寄生生物なんだから。
「違うよ。俺は俺のままだよ。ただ、こいつらと一緒になって体が変わっただけ。一気に進化したようなもんなんだよ、俺。だから、悠希にも同じ体になってもらいたいんだ」
貴哉はそこまで言うと、僕の頭を抱えて唇を重ね、舌を押し込んできた。
「むんっ」
体に力が入らず抵抗できない。胃液の味に貴哉の唾液の味が重なり、気持ち悪かった。でも、貴哉の舌が僕の歯茎や舌を舐めてくるのを仕方無く受け入れている内に、変な気分になってきた。いや、変と言うより、気持ち良かった。僕は自分の舌を動かしてみた。貴哉の舌が驚いたように一瞬引っ込み、再び入り込んでくる。二人の舌が一生懸命お互いを舐め合う。貴哉の唾液が、美味しい。二人の唾液が混じり合って口許から溢れてしまったけれど、汚いとは思わなかった。どうしよう。気持ちいい。こんな時なのに、おちんちんが固くなってくるのが分かる。どうしよう。おちんちんいじりたくなってきた。
貴哉が急に唇を離す。
「あ…」
僕は思わず残念そうな声を上げてしまった。
「続きは後でやろうな」
貴哉の言葉と共に、周囲がざわついた。僕の体に巻き付いた青黒い蔦が、急にズルズルと動き始める。直感した。僕も寄生されちゃうんだ。次の瞬間にはもう、僕の体は大量の蔦にまとわり付かれていた。
プラクティスシャツのVネックや袖口から、たくさんの蔦が入り込んでくる。腋の下や乳首に刺激が走った。うひゃっ、と声にならない声を上げてしまう。お腹や背中にも蔦が這い回る。
二の腕から肘、そして指先も蔦に飲み込まれた。
足に巻き付いていた蔦は、膝とその裏を包み込み、ストッキングの中にまで入ってくる。まるで狭いところを探すかのように、シンガードのクッションとすねの間にも蔦が這う。くすぐったい。スパイクを履いていても関係無い。足の裏や指先まで、舐められるように蔦で包まれた。
蔦は太股にも這い始めた。お腹の蔦は更に下に向かう。僕はその行く先に嫌な予感を抱いた。まさか。
蔦は裾からもお腹からもスパッツの中に侵入してきた。そんな。ちょっと待ってっ。
うちのクラブでは、怪我防止を目的に夏でもスパッツをはくように指導されている。それは構わないんだけど、スパッツの中にブリーフやトランクスをはくと、ゴワゴワして動きにくくなってしまう。それがイヤで、下着は身に付けずに直接スパッツをはくメンバーが結構多い。貴哉も僕もそうだ。スパッツの下は、裸だ。
蔦は太股や下腹部を包みながら、どんどん伸びてくる。
「んっ、いやだっ、そんなとこっ」
言葉で拒絶しようにも、首から下の色々なところを蔦がザワザワと這い回っていたから、か細い声しか出ない。
「だいじょぶ。ちんちん食われたりはしないって。こいつら、ちんちんから出るものが一番の好物なんだから」
貴哉が耳許で教えてくれたけれど、ワケが分からない。慰めになっていない。
「ぅあっ」
蔦が玉の袋の表面を這い始めた。玉を潰されるんじゃないか。そんな直感的な恐怖を感じた。
「やだやだやだやだっ」
遂に蔦の一本がおちんちんに触れた。それを合図に、何本もの蔦がおちんちんめがけてスパッツの中に入り込んできた。玉の袋とおちんちん全体が蔦に包まれる。でも、それだけでは済まなかった。蔦が一斉に波打つように動いて、おちんちんの皮をめくろうとする。
「やっ、やめてっ、やだっやだっ」
おしっこの時、皮をむいておちんちんの先に触ってみたことがある。すっごく痛かった。その痛みを思い出して悲鳴を上げた。それなのに、僕は段々と気持ち良さも感じるようになっていた。波打つような蔦の動きのせいで、おちんちんが固くなってきて、玉の袋がキュンと締め上げられるような、頭が真っ白になって気が遠くなるような、なんだか良く分からない気持ち良さだった。そうだ。貴哉のことを思い出したりサッカーパンツをはいたりして、少し固くなったおちんちんをこすってる時と同じだ。でも、今はもっともっと気持ちいい。誰かにおちんちんをこすってもらってる感じ。こんなに気持ち良かったなんて。すごい。もっとこすって。こすってよ、貴哉。貴哉にこすってもらいたいよ、僕のおちんちん。僕は、貴哉の手が僕のおちんちんを握ってくれるところを想像した。おちんちんが更に固くなる。こんなに固いの、初めてだ。蔦の動きが激しくなる。あっ、出る。出ちゃうよ。急におちんちんから何かが出てこようとする感じ。おしっこのようだけど、おしっこじゃない。あ…、夜寝てる時にもらしちゃったやつ、かな…。透明で、ネバネバしてて、すっごく臭いの。きっとあれだ。
「で、出ちゃうっ」
スパッツ汚れちゃう。
「出しちゃえよ」
貴哉の言葉を待たず、僕の腰は勝手にガクンガクンと動いて、おちんちんから何かを吐き出した。スパッツを汚したことだけじゃない。力が抜けて、なんだか「やっちゃった」という罪悪感を感じて気分が沈みそうになる。でもそんな気持ちは、おちんちんを包む蔦が違う動きを始めたせいで、吹き飛んでしまった。蔦がどういう形になったのかは分からないけれど、おちんちんの先に被さっているみたいで、さっき出したものが勢い良く吸い上げられていく感じがする。あはっ、これも、気持ちいいよ。もっと吸って。吸い上げて。僕の腰は蔦の動きに合わせるようにして、また勝手にガクガク揺れた。
「スパッツは汚れないよ。こいつら、全部吸ってくれるから」
貴哉の言葉を聞いて、僕は「便利だな」って思った。
気持ち良さを感じながらも、僕は自分の思考が寄生生物に支配され始めていることを理解していた。いいよ、寄生しちゃって。そう叫びそうになる自分がいることが、何よりの証拠だった。
さっき出した分を吸い終わったのか、蔦はまた波打つような動きを始めた。嬉しいよ。今度も気持ち良くなれる。服が汚れないのなら、幾らでもこすってほしい。幾らでも出すから、もっとこすって。もっと吸って。もっと気持ち良くさせて。
その時、太股と背中に黙って張り付いていた蔦が再び動き始めた。お尻の方へ伸びていく。そして、僕が思いもしなかったところへ侵入を始めた。
「えっ。そんなっ」
おちんちんをこすってもらっている気持ち良さを忘れ、僕は愕然とした。
「やっ。そんな、とこっ」
蔦が目指していたのは肛門だった。お尻に力を込めて防ごうとしたけど、間に合わなかった。お尻の割れ目に何本もの蔦が滑り込み、更に肛門に入り込んでくる。ヒヤッとした感じがする。我慢していた下痢を出す直前のような。
「やだっ」
解熱剤の座薬も、便秘の時の浣腸も、僕は大嫌いだった。お尻の穴に何かを入れるなんて…。肛門の中の蔦がグニグニと動く。やだよ、お尻の穴はイヤだよ。
ビシャッ。肛門の中でそんな音がしたように感じた。蔦が何か液体を吹き出したみたいだ。あ…あれ…?急に視界が曇ってきた。やだ。何したんだよ。スーッと気を失いそうになる。でもすぐに、蔦が腸の中を這い上がってくる感覚で意識を引き戻される。肛門のすぐ内側では、蔦が急に膨らんで太さを増した。まるで、風船に空気を入れるような感じで。肛門が中から圧迫される。
「あふっ」
なんだろう。この感じ。お尻の穴への刺激なのに、おちんちんがピクンってなった。
玉の袋と肛門の間にも蔦が回り込んだ。それは前に伸びて袋を包む蔦と融合し、後ろに這って肛門に伸びる蔦とつながり合う。蔦の塊は一体化して、おちんちんの先から肛門の中までを覆い尽くした。蔦の塊が全体で刺激を与えてくる。おちんちんと、お尻の穴と、股の下に、一斉に。
「あっ。ぁあうっ」
どうしよう。すっごく気持ちいい。
「んっ。ふぅっんっ」
さっきよりもずっと気持ちいい。気持ち良くて、蔦の動きに合わせて声を漏らしてしまう。すごいよ。もっとやって。僕は自分から腰を動かし始めた。それが、蔦の働きに応えてあげる仕草のように感じたから。
「ケツの穴ってのも気持ちいいだろ?」
貴哉の言葉に、僕は腰を動かしながら何度も頷いた。
「こいつらさ、うんこも食ってくれるんだぜ。ちんちんから出るものだけじゃなくて、汗とか垢とか、俺達が出すものを全部養分にできるんだってさ。すげぇ便利だろ」
貴哉が説明してくれる。うん。気持ちいいだけじゃなくて、とても便利だよ。この蔦達と一緒になれば、気持ち良くしてもらえる上に、きれいにしてもらえるんだ。すごいよ。寄生してもらわない方がおかしいよ。どんどん寄生してよ。もっと奥まで入ってきてよ。一緒になろうよ。早く貴哉と同じ体にしてよ。貴哉と同じになりたいよ。同じになって、貴哉とも一緒になりたいよ。さっきキスしたみたいに。うぅん、キスよりも、もっともっと深くつながろうよ、貴哉。貴哉。貴哉っ。
「あっ」
腰が大きく動く。また出た。ほら、吸って。吸い終わったらまたこすって。まだ行けるよ。もっと行けるよ。
「そろそろ慣れてきたろ?」
貴哉が僕の頭を抱え、上を向かせる。視界はぼやけたままだけれど、上から貴哉に覗き込まれていることは分かった。
「う、うん。…気持ち、いい…。寄生、嬉しい…」
貴哉と蔦にお礼を言いたくて、僕は声を振り絞った。
「じゃあ、完全な融合体になろっか」
「か、完全…?」
よく分からなかった。今のままではダメなの?今でも十分気持ちいいのに。
「寄生されてることがバレたらマズいだろ?いつまでもここで楽しんでるワケにもいかないし」
別に今のままでもいいのに、という思いが頭をかすめた。
「こいつらは人間の皮膚や肉と融合して中に隠れられるから、完全に融合しちまえば今までと同じように生活できるんだよ」
そっか。確かに貴哉は見た目普通だし、家に帰りたい気持ちもあるかも知れない。
「それに、悠希の脳や神経はまだ完全には融合していないから、そこもちゃんとやっとかないと」
そうなのか。不完全なのはイヤだな。それに、脳や神経も蔦達と一緒になるなんて、すごく気持ち良さそう。想像しただけでおちんちんが固くなっちゃう。
「ん。んふっ」
蔦が動いて、僕は声を漏らす。
「た、貴哉も、か、完全、融合、た、体?」
蔦の塊におちんちんをこすってもらいながら、僕はなんとか質問を口にした。
「あったりまえだろ」
霞む視界の中で貴哉が笑った。
「ぼ、僕も、早く、か、完全ゆ…」
僕は求めた。早く貴哉と同じになりたい。一緒に気持ち良くなりたい。
「じゃあ、ゆっくり眠れよ」
首筋にまた激痛が走る。何かが刺さり、何かが流れ込んでくる。肛門の中でも、また何か液体が吹き出したみたいだ。体の感覚が、気持ち良さも含めて失なわれていく。既に鈍くなっていた意識が更に朦朧として、曇っていた視界が一気に狭くなる。
「目が覚めたら、完全な融合体になってるよ」
貴哉の声を聞きながら、そして大量の蔦が目の前を覆い始めているのを見ながら、僕は眠りに落ちた。
ふと、触手が互いに絡まり合い、繭のように僕の全身を包んでいることに気付いた。融合完了かな。僕がそう考えると、呼応するように繭が裂ける。眩しい。グラウンドの照明だろう。僕は腕を掲げて明かりを避けながら、繭の外に出た。腕や足に巻き付いていた触手が素直に離れる。当然だろう。僕の体は既に多くの寄生触手を受け入れている。あんまり後ろ髪を引かれてもね。
僕は大木の根の上から地面に下りると、振り返って大木を仰ぎ見た。寄生触手がどうやって生まれたのか、どこから来たのか、触手は何も語らないから分からない。触手の本体はこの大木に絡みながら宿り木のように育ち、貴哉や僕に出会う日を待っていたらしい。
待っていた、というのは不正確かな。寄生触手には意志は無い。木の上ではひたすら樹液を吸い、人間と融合してからは胃腸の機能を利用して養分を直接取り込んだり、人間が出すあらゆるものを吸い取ったりする。機械的にそういう風に動くだけのようだった。
勿論、寄生生物としての見返りはちゃんともたらしてくれる。触手と融合した肉体は強化され、人間単体では感じられないくらいの快感を与えてくれる。だから、正確には寄生ではなく共生と言うべきなんだと思う。
僕は自分の体を見回した。見慣れた体に、スパイク、ストッキング、シンガード、スパッツ、サッカーパンツ、プラクティスシャツを身に付けている。汗をかかなかったかのように、さっぱりしている。髪の毛を触ってみた。土埃と汗で汚れた痕跡が無く、さらさらしている。ここまで徹底的にしゃぶり尽くすんだ。ちょっと笑ってしまった。
右腕に対して、「触手を出そう」と考えてみる。今までの体ではあり得なかった全く新しい感覚だ。右腕がすぐに触手と同じ青黒い色に覆われる。更に血管のように触手が何本も浮き出てくる。手の甲の辺りから触手の先端が盛り上がった。伸ばそうと思うと触手が伸びていき、思うがままに動かせる。すごい。この体。この触手で何ができるのかはまだ分からないけど、僕は誇らしい気分でいっぱいになった。
そうか、僕は寄生されて支配されて洗脳されたんだ。そうでなければ、変貌した体を嬉しく思う筈が無い。でも、僕は僕のままだ。寄生されたら、人格が破壊されておちんちんをいじって喜びながら、触手に奉仕するだけの存在になるような気がしていた。でも、そんなことは無かった。記憶はあるし結構冷静だし、僕は藤原悠希だ。そしてやっぱり、貴哉も貴哉のままの筈なんだ。
貴哉は首から上だけを出して、大木から伸びた触手に全身を包まれていた。僕が繭の中にいた間、触手の本体は貴哉のものを吸い取ろうと、かなり気持ちいいことをしてくれていたみたいだ。貴哉は表情の消えた目を半開きにし、口の端からは唾液を垂らし続けていた。触手はその唾液をも貪欲に吸おうと、貴哉の口の周りを動き回っていた。ちょっと嫉妬を感じる。貴哉とキスするのは、貴哉の唾液を楽しむのは、僕の筈なのに。後で続きをやろうって、約束したんだ。
「貴哉っ」
僕は貴哉の名前を呼んだ。貴哉の頭が微かに反応してピクッと動く。
「貴哉っ。貴哉ってばっ」
何度か名前を呼んでようやく、貴哉の目に表情が戻った。貴哉は数回瞬きして視線を巡らすと、すぐに僕に気付いてくれた。貴哉は笑みを浮かべ、僕の名前を呼び返してきた。
「ゆ、悠希…。もう、終わったのか?」
貴哉を包んでいた触手が静かにほどけ、離れていく。貴哉は僕に駆け寄ると、両腕で抱き付いてきた。えっ。軽い驚きと柔らかい気持ち良さが体を走り抜ける。
「良かったっ。俺、ほんとは融合が終わるのをじっと待ってようとしたんだけど、本体が無理矢理絡み付いてきて…。ごめん、一人で楽しんでた…」
「い、いいよ、そんなの気にしなくて。それに折角本体の近くにいるんだから、気持ち良くならなくちゃ損だって」
僕は貴哉をなだめながら、貴哉のことを抱き返した。内心「ラッキー」なんて呟きながら。あぁ、貴哉の体だ。両腕で感じるのは初めてだ。
「悠希…」
貴哉の口調が急に固くなった。二人で抱き合っているから、表情は分からない。
「良かったのかな、これで」
「え?」
「俺、寄生されてすぐ、悠希も同じ体にしちゃおうって思った。好きだから。悠希のこと。二人で一緒に気持ち良くなろうって思った。でも、それって俺の身勝手だし、悠希の体はもう」
「うるさいよ」
僕は貴哉の言葉を遮り、一層強い力で抱き締めた。
「ゆ、悠希?」
「僕、貴哉のことが好きだ。男同士って変なのかも知れないけど、好きでしょうがないんだ。貴哉のことを考えるだけで、…おちんちん固くなる」
「え…」
「だから、嬉しい。貴哉と同じになれて」
「悠希…」
貴哉の腕にも力が入る。
「約束だよ。続きやろ」
「へ?…約束?続きって?」
ドキドキしながらも良い雰囲気だったのに、貴哉のボケのせいでズッコケそうになった。
「バカっ」
僕は貴哉の体を一旦突き放して、またすぐに抱き寄せた。今度は唇と唇とが重なるように。
「んむっ」
貴哉は一瞬呼吸を乱したけど、すぐに舌の舐め合いを始めてくれた。美味しい。
どちらからともなく、腰を密着させて動かし始めた。スパッツとサッカーパンツを挟んで、お互いのおちんちんの形を感じる。スベスベしたパンツの生地も気持ちいい。憧れていた練習着姿の貴哉と、今、キスしながらおちんちんを擦り付け合ってる。自然と舌と腰の動きが激しくなる。暫く動かし続けていたら…、あっ。
「ん、出ちゃぅ」
僕は唇を離して呟いた。二人の唇の間で濃い唾液が糸を引いた。
「ぉ、俺も、イッちゃ…」
二人の腰がほぼ同時に、大きく前後した。
「あっ」「んっ」
僕達が出したものはすぐに、僕達に寄生した触手が吸い始める。白く飛びかけた意識が、吸い上げられる感覚で更に白さを増していく。僕達の腰の動きは次第に緩やかになり、やがて脱力して抱き合いながら地面に膝を付いた。
「ぁ、あは。気持ちいいね」
「だな」
立て膝のまま、僕達は顔を寄せ合って笑った。この雰囲気だったら言えるかな。
「ねぇ、貴哉」
「ん?」
「僕のおちんちんさ、貴哉にこすってもらいたいんだけど…」
「あ?」
貴哉はポカンと口を開けた。あ…。まずかったかな。やっぱり変態だと思われたかな。僕は慌てて取り繕おうとした。
「いや、あの、融合して形変わってたらヤだな、って思ったから…」
なんだそりゃ、と自分で思った。貴哉にこすってもらおうとしたことの説明になってない。僕は顔を火照らせながら下を向いてしまったのだけど、貴哉の手が顎に伸びてきて、顔を上げさせられた。貴哉は僕の正面でニヤニヤ笑っていた。
「俺、嬉しいよ。悠希の方から言ってもらえて」
貴哉の手が今度はサッカーパンツの中に入ってきて、素早く腰紐をほどいた。
「な、何を…」
「こすりたいんだよ、悠希のちんちん」
貴哉はスパッツの腰紐もほどくと、パンツとスパッツを一気に膝まで引っ張り下ろした。
「ぅわっ」
僕のおちんちんがぴょこんと姿を現す。自分から「こすってほしい」と言っておきながら、やっぱり恥ずかしい。さっき擦り付け合った名残りで少し固くて少し大きくなっていたけれど、形は今までと変わらなかった。
「あは。悠希のちんちんだ」
嬉しそうに呟きながら、貴哉は親指と人差指でおちんちんを上下からつまんできた。クリクリと揉まれる。おちんちんが更に固くなり、上を向き始める。貴哉は僕のおちんちんが大きくなるに従って中指や薬指を添え、最後は手全体で握って前後に動かしてくれるようになった。
「あ…んっ…んん…ぁあっ…んっ…」
気持ちいい。気持ち良くて自然と声が漏れ、腰が震える。貴哉の手の動きが徐々に早くなってくる。力が抜けて地面に倒れ込んでしまいそうになって、貴哉の両肩を掴んだ。
「いいだろ?」
「ぅん、いい。いいよぅ。貴哉好きだよぉ」
泣き声のような声になりながら貴哉に答えた。
「俺も、悠希のこと大好き」
手の動きが一段と激しくなった。
「あっ…んふっ…あぁああっ」
自分でも驚くような声を上げて、僕はまたおしっこではない透明な何かを吐き出した。貴哉の手は僕のおちんちんを握ったままで、今度は搾り出すように握る力を強めたり弱めたりしてくれた。
「ぁ、ありがとう…」
僕は自分が出したものが貴哉を汚していないか、おちんちんを見下ろした。おちんちんの先からは何も出ていなかった。おしっこが通って出てくる穴の中で、触手は僕のものを待ち構えていて吸い上げていた。気持ちいいのに、汚れない。嬉しい。
余韻に浸っていると、貴哉は僕のプラクティスシャツをたくしあげた。お腹や胸が丸出しになる。
「な、なに?」
「相変わらず、悠希の肌ってきれいだよな」
「そ、そんなこと無いよ。日に焼けてもすぐ白くなっちゃうし。貴哉の日焼けした肌の方がかっこいいよ」
僕は恥ずかしくなってシャツを下ろした。
「その白くてスベスベしたのが好きなんだけどな」
「…ありがとう…」
貴哉は立ち上がると、僕の後ろに回って今度は背中の方からシャツをまくりあげた。
「ちょ、ちょっと貴哉っ」
「ちょっとジッとしてろって」
貴哉は僕の背中を手の平で軽くさすった。くすぐったい。それに、好きな人に触ってもらっているのが気持ちいい。
「悠希は今、ダルさとか熱っぽさとか無いか?」
変なことを訊かれた。
「全然そんなこと無いけど」
「そっか。そりゃ良かった。触手の痕も全然残ってないし、これなら普通に帰れるよな」
「どういうこと?」
僕はシャツを整えながら尋ねた。
「先週俺が融合した時、胸とか肩に融合し切れない触手が残って見えちゃってさ」
僕はハッと気付いた。
「じゃあ、ジャージのファスナーを全部上げてたのは…」
「そうそう、それのせい。隠し通すの大変だった。体がうまく慣れなくて、熱出ちゃうしグッタリしちゃうし」
「風邪じゃなかったんだ」
「風邪のフリしないとマズかったけどな」
「なんで僕は平気なんだろ」
「悠希の体って相性いいのかもよ。寄生触手の方も、二人目で慣れたんじゃないかな」
「そんなものかなぁ」
なんだか貴哉に申し訳無い気分になった。貴哉が一人目であったからこそ、自分は辛い目に遭わないで済んだのだから。
「そうだ、貴哉」
「ん?」
「今度は僕が貴哉のおちんちんこすってあげようか」
プッと貴哉が吹き出した。
「な、なんだよ」
「悠希ってさ、結構好きなんだな、こういうの」
自分でも赤面したのが分かった。触手と融合したと言っても、おちんちんをいじるのが好きなのは僕自身だ。男子のことを好きになったり、僕は変態なのかな。
「俺も大好きなんだけどさ、マジメな悠希が俺と同じ趣味だと思うと…」
「…思うと?」
「嬉しいや」
貴哉はスパッツを脱いだままの僕に背後から抱き付いてきた。
「ぼ、僕も、もちろん嬉しいよ」
おちんちんを少し固くしながら、僕は答えた。
「でも、今日はやめとこ」
貴哉の醒めた言葉に僕は慌てた。嫌がられたのかな。
「な、なんで?」
「時間だよ、時間。もう7時になっちゃうよ。悠希と一緒でも、そろそろヤバいだろ」
もうそんな時間?なんだ、慌てて損しちゃった。
「悠希は明日、暇?」
「明日?」
「うん。明日は父ちゃんも母ちゃんも出掛けるし、兄ちゃんも試合で朝からいないし、うち来いよ」
「いいの?」
「もちろん。脱ぎやすい服来てこいよ」
プッ。今度は僕が吹き出した。
「なんだよ、ダメか?」
「違うよ。行く行く。明日ちゃんと」
僕は立ち上がると、笑いながらスパッツとパンツをはき直した。
今でも、本やゲームの貸し借りとかドリルの宿題の見せ合いとかで、貴哉と僕はお互いの部屋を結構行き来している。それが急にエッチなことをする間柄になって、服の脱ぎやすさが重要になったものだから、その差に笑ってしまったのだった。
僕達は、靴を履き替えたりシンガードを外したり、ピステやジャージを重ね着したりして身支度を整えた。ふと、呼ばれたような気がして大木の方を振り返った。貴哉もエナメルバッグとボールネットをぶら下げながら大木の方を向いていた。僕は貴哉に尋ねた。
「次、いつ来よっか」
触手の本体に包み込まれたい、という強い思いが湧き上がる。自分は自分だけれど、寄生触手の影響を確実に受けていることを実感した。
「うーん…。毎週来るのはさすがになぁ」
「そうだね。一ヶ月に一回くらい?」
「そんくらいにしとこうか。触手のいいなりってのもイヤだし」
風も無いのに、大木の枝葉がザワッと揺れた気がした。抗議されたのか賛同されたのか、分からないけど。
僕達は空き地を後にすると、慎重に駐輪場に戻った。自転車のチェーン式の鍵を外していると、お腹がクゥーと鳴ってしまった。そういえば、すごくお腹が減ってる気がしてきた。サッカーで走り回ったし、体の中に触手が共生しているせいかな。貴哉が遠慮無しに笑い出した。そうしたら、貴哉のお腹もグゥーキュルルともっと派手な音を立てた。今度は僕が笑い出す番だった。
最近どんなマンガを買ったかとか、今度いつスパイクを見に行こうかとか、それぞれのクラスでドリルがどこまで進んだかとか、そんな他愛無い話をしながら、僕達は家まで自転車を漕いだ。
貴哉と友達で、良かったな。
これからの始まり
翌日の日曜日、僕は早朝におちんちんの快感で目を覚ました。慌ててスウェットの中を覗いたら、触手の塊が勝手に現われていて、肛門からおちんちんの先までを覆って動いていた。このまま出しちゃいたい、という気持ちで頭がいっぱいになってしまったのを無理矢理抑えて、触手を体の中に引っ込めた。
最近、朝の寝起きの時におちんちんが固くなっていることが多い。触手はそれに反応したのかな。敏感過ぎ。今日はまだダメだよ。貴哉との約束があるんだから。
朝ご飯を食べ終わると、僕はジャージ地のハーフパンツにTシャツという格好で、裸足にビーチサンダルをつっかけて貴哉の家に向かった。
「おはよ」
「うん。あがれよ」
貴哉はウィンドハーフパンツとノースリーブのTシャツを着て、お腹をポリポリ掻きながら僕を招き入れた。
「うち、もうみんな出掛けちゃってるからさ。早速やろうな」
「うん」
二人して、顔を見合わせてくすくす笑ってしまう。
「あれ、やってくれるんだろ?」
貴哉が少し照れながら訊いてきた。すぐにピンと来た。
「もちろん。約束だもん。僕がこすってあげる」
部屋に入ると、貴哉は早速Tシャツを脱ぎ始めた。僕もハーフパンツをブリーフごと下ろす。
あは。これから、楽しみだな。
おわり
貴哉がドリブルしながら向かってきたので、マークに張り付いた。貴哉はボール捌きがうまいけど、フェイントしようとした時にちょっとした癖が出るのを知っている。だから、貴哉のフェイントは僕にとってはフェイントじゃない。今回もそこを狙ってカットしてやるつもり。僕は貴哉に向かって踏み込ん…あれっ?貴哉はスッと僕の前から消え、横を抜けていった。あっと言う間にゴール前に達し、ドリブルからシームレスにシュートを決める。キーパーが伸ばした手とゴールポストとの間に、吸い込まれるようにボールがはまる。鮮かな得点だった。
どうしたんだろう。貴哉のサッカーは急に上達したみたいだった。その後の貴哉のプレーもすごかった。ドリブルは速いし、パスやシュートは正確だし、なにより疲れを感じさせなかった。肩で息をすることもあったけれど、そのすぐ後に全力で走り出していた。
練習解散の後、僕と貴哉はわざとのんびり支度をした。家とは逆方向に出掛けるのを見られたくなかったからだ。と言っても、貴哉は相変わらず練習着のままでブラブラしていただけなんだけど。
クラブのメンバーが殆ど帰ってしまったのを確認すると、僕と貴哉は自分のバッグとボールを肩にかけ自転車にまたがった。
「空き地ってどこ?」
心無し小声になって尋ねる。貴哉はニコッと笑うと
「とりあえずスポセンまで行ってチャリ停めよう。そっからは歩き」
と言って自転車を漕ぎ出した。僕も慌てて後を追う。スポーツセンターから歩き?そんな近くに空き地なんて…。まさか。
「あの空き地じゃないよねーっ」
自転車を漕ぎながら、前を行く貴哉に何度か訊いてみたんだけど、聞こえているのかいないのか、全部無視された。
スポーツセンターの駐輪場に自転車を停めながら、やっと貴哉が答えてくれた。
「そ。スポセンの裏」
「あそこ、立入禁止だし実際入れないよ」
市立のスポーツセンターは、私立大学が県の郊外に移転した跡地に造られた。でも敷地が広大過ぎて、スポーツセンターとグラウンドと市民会館を作ってもまだ半分くらいの土地が荒れたままで残されている。そこは当然立入禁止になっていて、金網やコンクリートの塀で厳重に囲われている。大学の古い建物が幾つか廃墟のように残っているので、学校でも「入ったら大怪我して危険だ」と何度も注意されていた。それでも入ろうとする人はいるんだけど、住宅街の中で人の目が結構あるものだから、侵入に成功した話は聞かない。
貴哉は入り込めたんだろうか。一体どこから?入り込めたとしても、サッカーボールを蹴られる場所なんてあるのかな。
貴哉は僕の疑問に答えるかのように、「こっちこっち」とピステシャツの裾を引っ張り駐輪場の端に向かった。
「外から直接入ろうとするからダメなのさ」
貴哉は駐輪場の横にそびえるスポーツセンターの本館を顎で指した。駐輪場はスポーツセンター本館の脇にあって、今は本館の横手を見上げていることになる。地下の温水プールから塩素の臭いが漂ってきていて、2階の窓の向こうにはジムの機械が並んでいるのが見える。4階の内周はランニングコースになっていて、窓から漏れる光が時折遮られるのはランナーの影だと思う。
「どうすんの?」
「この柵を乗り越えて本館の裏に入るだろ。少し行ったら、塀が崩れたところがあるから、そっから入んの」
「え…」
ちょっと躊躇してしまう。
「大丈夫だって。ここ、外からは見えないし、スポセンの窓からこっち見下ろしてるヤツなんかいないって」
貴哉はそう言うと柵をよじ上り、向こう側に飛び降りた。僕も仕方無く柵を越えた。
本館の外壁に沿って裏側に回り、建物と塀の間のゴミが吹き溜まった細い通路を進む。暫くすると、確かに塀の上部が崩れ落ちて、塀の高さが半分以下になっている場所があった。
「ここからなら楽に入れるだろ?」
「確かにそうだけど…。貴哉はどうやってココ見付けたの?」
暗くなってきていてよく分からなかったけれど、貴哉は得意そうな笑顔で言った。
「どーしても空き地に入ってみたくてさ、あちこち調べてる内に見付けたんだ」
貴哉はヒョイと塀を乗り越えた。僕はピステをどこかに引っ掛けてしまわないよう気を付けながら、後に続く。
「でもさ、貴哉、ここ荒れ放題だし、サッカーの練習できるところなんてあるかな?」
「いいから付いて来いって」
貴哉はずんずん進んでいく。僕はけつまずいたり木の枝にぶつからないように注意しながら追い掛けた。本館や新館の建物の陰が切れる。パッと明るくなった。グラウンドの夜間照明の明かりだった。気付くと、サッカーコートをギリギリ半面とれそうなくらいの平らな場所が、明るい中に広がっていた。
「ほら、ここ、いいだろ!」
「うん。いい。すごく。グラウンドの照明のお陰で暗くないし」
貴哉は自慢気に言い、僕もちょっと興奮しながら返事した。
「先週、ゴミとか枝とか掃除したんだぜ」
「え…。じゃあこの前遅かったのは…」
「そゆこと。一人でボール蹴って遊んでみたら、枝とか散らばっててやりにくくてさ。悠希連れてくる前にきれいにしとこうって思って」
「あ…。ありがとう…」
貴哉が自分のために何かをしてくれた、というのがドキドキするくらいに嬉しかった。
「でも、そのせいで風邪引いちゃったんだね」
「いいっていいって。それより、早くボール蹴ろうよ」
「うん!」
僕達は塀の近くにエナメルバッグを置いた。貴哉は先週同様、練習着姿でシンガードを付けたままだったので、スパイクに履き替えるとすぐにリフティングを始めた。僕はピステの上下を脱ぐと、シンガードをスネに当ててストッキングを膝下まで伸ばし直した。スパッツの裾が少し上がっているのが気になったので、引っ張り下ろす。青いサッカーパンツの裾から、同じく青いスパッツが少し見えるくらいになる。ストッキングもスパッツも含めて、貴哉とお揃いの練習着だ。あ。おちんちんが固くなりかける。まずい。
「貴哉さ、急に上手になったよね」
僕は自分の気持ちを紛らわそうと、スパイクの紐を結びながら貴哉を褒めた。
「そうかな。元々うまかったぜー」
貴哉はボールを器用に操りながら茶化して答える。いや、絶対リフティングも上手になってる。
「もっとうまくなったんだって。今日、貴哉のフェイント全然見抜けなかったよ」
「じゃあ、これからワンオンワンでやってみっか?」
「うん。ディフェンスの練習してみたい」
「だったら、そのデカい木をゴールにして悠希が守れよ」
貴哉が指差す方を振り向くと、平らな場所の端に大木が立っていた。そういえば、スポーツセンターのグラウンドから、こんもり茂った木が見えていたっけ。位置的に言ってもいつも見えてる木の筈だった。こんな大きな木だったんだ。
「木をゴールにするの?塀じゃなくて?」
「塀にシュート当てちゃったら、グラウンドにいるヤツに音でバレるだろ」
「そっか。確かに。でも、木の向こうにシュートしたらボール失くしちゃうかもよ」
「シュートされないように守ればいいだろー」
「そ…、そりゃそうだけどさ」
「それに、そういう時のために懐中電灯も持ってきてるからさ」
「準備いいなぁ」
貴哉はもてあそんでいたボールを地面に落とすと、スパイクの底で押さえ付けた。僕は大木の方に走った。貴哉との一対一の勝負、開始。
始まりの始まり
「ダメだぁー」
僕は息を切らせながら大木の根っこに腰を下ろした。
「2回はカットできただろ?」
「全部で何回やったと思ってんだよ…」
「12回かな」
貴哉はシレッと答えると、僕の横に並んで座った。ペットボトルのスポーツドリンクを一口飲むと、僕の方に突き出してきた。
「さんきゅー。…たくさん飲んじゃってもいい?」
「全部飲んじまっていいよ」
僕のことを散々翻弄したのに、貴哉はたいして疲れていない様子だった。スタミナがあるタイプじゃなかったんだけどな…。
「悠希?」
口許を手の甲で拭っていると、貴哉がなんだか神妙な雰囲気で尋ねてきた。
「なに?」
「俺さ、やっぱサッカー上達したかな」
「うん。したした。急に。速いし正確だしスタミナあるし。まさか、学校休んでる間に特訓したとか?」
「んなわけ無いって」
貴哉は苦笑いして、またすぐ真面目な表情に戻った。
「悠希も俺と同じようにサッカーうまくなりたいか?」
「そりゃもちろん」
僕は即答し、貴哉は満面の笑みを浮かべた。
「そっか、そうだよな」
その直後、僕を取り巻く世界に突然変化が生じた。ペットボトルをいじっていた両手に縄みたいなものが巻き付いてきて、僕の全身を引っ張り上げた。すごい勢いで大木の方に引き寄せられる。ペットボトルがどこかに飛んでいった。
「う、うわっ」
ドリンクもったいない、なんて変なことを考えていたら、背中を幹に叩き付けられて一瞬息が止まった。
「ガハッ…な、なんだよこれっ」
手足を振り回し、全身をよじって暴れようとしたら、足にも胸にもお腹にも、縄が巻き付いてきた。僕はYの字のような格好で大木の幹に縛り付けられ、身動きできなくなってしまった。
「だ、誰だよっ。何すんだよっ」
僕は怒鳴った。
「貴哉っ、逃げンム…っ」
でも、貴哉への警告を言い終わる前に声を出せなくなってしまった。縄が首にも巻き付いてきて、おまけに何かグニグニするものを口に押し込まれてしまったからだ。
「んむーっ、んーっ」
何かを言おうとしても、喉が鳴るだけだった。
「ありがとうな、悠希。俺の心配してくれて」
すぐ耳許で貴哉の声がする。無理矢理顔をそちらに向けると、貴哉が僕のすぐ横に立っていた。何やってんだよ。早く逃げろよ。
「でも、大声はやめろよな。人に気付かれちゃうだろ」
何言ってんだよ。誰か呼んでこなくちゃ。
「安心しろよ。悠希の体をちょっといじくるだけだから」
何言ってんだよ。ワケ分かんないよ。
「落ち着いてよく見てみな」
貴哉は懐中電灯を持ち出して僕の口許を照らした。
「んーっ」
なんだよこれっ。僕の口から、長くて青黒く光るものが飛び出していて、上の方に伸びている。おまけに、ビクンビクンと、まるで脈打つように蠢いていた。
「先ず、入れるもの入れちゃおう」
「んがっ」
口の中のものが急に固さを増して、喉の奥目掛けて動き始めた。
「んっんんっ」
吐き気がした。でも、そんなのお構い無しにその何かが入り込んでくる。
「もっとリラックスしないと」
貴哉の声が聞こえる。一体どうしちゃったんだよ、貴哉。助けてっ。
「んひっ」
首筋に激痛が走った。刺されたような痛み。でも、直後に痛みは引き、そして全身の力が抜けてしまった。ゲンコツを握っていたつもりが、手の平が勝手に開いてしまう。一生懸命力んでいた口も喉も、緩んで開いたままになってしまい、青黒いものをどんどん素直に飲み込んでしまう。自分の体が自分のものじゃなくなってしまった感じだ。
「そうそう、力んじゃダメだって」
貴哉が僕の顔を懐中電灯で照らしながら覗き込んでくる。逆光で貴哉の顔はよく見えなかったけれど、青黒いものが僕の体に入り込んでくるのを眺めながら、笑っているようだった。どういうこと?どうして助けてくれないの?どうして笑っていられるの?そこにいるのは貴哉じゃないの?一体誰なんだよお前。
お腹の中で何かが震え、軽い衝撃があった。すると、今度は青黒いものが逆にズルズルと口から出ていき始めた。うげえっ。気持ち悪いっ…。
青黒いものの端が、勢いを付けて口から飛び出した。
「げほっ」
僕はスポーツドリンクの臭いがする胃液を一緒に吐き出した。汚い…。
「だいじょぶか?」
貴哉の姿をした誰かが耳許で囁く。大丈夫なわけないだろ。この縄をほどけよっ。
でも、声を出すことができなかった。もう口の中には何も無いのに、声を出そうと思えば出せる筈なのに、全身がダルくて何もしゃべれない。
「今、悠希の胃の辺りに植え付けられたヤツが、悠希の胃腸と合体して養分を直接吸収するようになるんだ」
何言ってるんだ?こいつ。
「今のはちょっとキツかったろうけど、これからのは気持ちいいぞ」
貴哉の声がくすくすと笑う。やめろよ。貴哉の声で笑うな。貴哉に化けるな。
「ほら、見てみ」
懐中電灯の明かりが僕の全身を照らす。首を締めていた縄が少し緩んで頭が下に落ちる。足や腹に巻き付いているものが見えた。縄なんかじゃない。青黒く光って、少しずつ動いてる。さっき口の中に入ってきたヤツに似ていて、でもそれよりもずっと細い蔦状のものが、僕の体を縛り上げていた。
「こいつら、植物か動物かよく分からないんだけど、人間に寄生してすっごく気持ち良くしてくれるんだ。悠希でまだ二人目。貴重だろ?」
貴哉の姿をした誰かが嬉しそうに言う。寄生?僕はその言葉に身震いした。二人目?つまり一人目は貴哉?貴哉はこの変な生き物に寄生されて、僕を同じ目に遭わせようとしてる?貴哉は貴哉じゃなくなってる?僕は体中が怒りで熱くなるのを感じた。全身のダルさを押し退ける。意識がはっきりしてきて、首筋の痛みが甦る。
「た、貴哉を、返せっ」
絞り出せた声はひどく小さかったけれど、貴哉の姿をしたものは驚きで目を見開いた。
「返せ?」
「貴哉を、…貴哉っ、タカヤッ」
貴哉の名前を呼ぶので精一杯だった。貴哉だったものが一転して穏かな表情を浮かべる。
「そっか。俺がこいつらに乗っ取られたって思ってるんだ」
そうだろ?寄生生物なんだから。
「違うよ。俺は俺のままだよ。ただ、こいつらと一緒になって体が変わっただけ。一気に進化したようなもんなんだよ、俺。だから、悠希にも同じ体になってもらいたいんだ」
貴哉はそこまで言うと、僕の頭を抱えて唇を重ね、舌を押し込んできた。
「むんっ」
体に力が入らず抵抗できない。胃液の味に貴哉の唾液の味が重なり、気持ち悪かった。でも、貴哉の舌が僕の歯茎や舌を舐めてくるのを仕方無く受け入れている内に、変な気分になってきた。いや、変と言うより、気持ち良かった。僕は自分の舌を動かしてみた。貴哉の舌が驚いたように一瞬引っ込み、再び入り込んでくる。二人の舌が一生懸命お互いを舐め合う。貴哉の唾液が、美味しい。二人の唾液が混じり合って口許から溢れてしまったけれど、汚いとは思わなかった。どうしよう。気持ちいい。こんな時なのに、おちんちんが固くなってくるのが分かる。どうしよう。おちんちんいじりたくなってきた。
貴哉が急に唇を離す。
「あ…」
僕は思わず残念そうな声を上げてしまった。
「続きは後でやろうな」
貴哉の言葉と共に、周囲がざわついた。僕の体に巻き付いた青黒い蔦が、急にズルズルと動き始める。直感した。僕も寄生されちゃうんだ。次の瞬間にはもう、僕の体は大量の蔦にまとわり付かれていた。
プラクティスシャツのVネックや袖口から、たくさんの蔦が入り込んでくる。腋の下や乳首に刺激が走った。うひゃっ、と声にならない声を上げてしまう。お腹や背中にも蔦が這い回る。
二の腕から肘、そして指先も蔦に飲み込まれた。
足に巻き付いていた蔦は、膝とその裏を包み込み、ストッキングの中にまで入ってくる。まるで狭いところを探すかのように、シンガードのクッションとすねの間にも蔦が這う。くすぐったい。スパイクを履いていても関係無い。足の裏や指先まで、舐められるように蔦で包まれた。
蔦は太股にも這い始めた。お腹の蔦は更に下に向かう。僕はその行く先に嫌な予感を抱いた。まさか。
蔦は裾からもお腹からもスパッツの中に侵入してきた。そんな。ちょっと待ってっ。
うちのクラブでは、怪我防止を目的に夏でもスパッツをはくように指導されている。それは構わないんだけど、スパッツの中にブリーフやトランクスをはくと、ゴワゴワして動きにくくなってしまう。それがイヤで、下着は身に付けずに直接スパッツをはくメンバーが結構多い。貴哉も僕もそうだ。スパッツの下は、裸だ。
蔦は太股や下腹部を包みながら、どんどん伸びてくる。
「んっ、いやだっ、そんなとこっ」
言葉で拒絶しようにも、首から下の色々なところを蔦がザワザワと這い回っていたから、か細い声しか出ない。
「だいじょぶ。ちんちん食われたりはしないって。こいつら、ちんちんから出るものが一番の好物なんだから」
貴哉が耳許で教えてくれたけれど、ワケが分からない。慰めになっていない。
「ぅあっ」
蔦が玉の袋の表面を這い始めた。玉を潰されるんじゃないか。そんな直感的な恐怖を感じた。
「やだやだやだやだっ」
遂に蔦の一本がおちんちんに触れた。それを合図に、何本もの蔦がおちんちんめがけてスパッツの中に入り込んできた。玉の袋とおちんちん全体が蔦に包まれる。でも、それだけでは済まなかった。蔦が一斉に波打つように動いて、おちんちんの皮をめくろうとする。
「やっ、やめてっ、やだっやだっ」
おしっこの時、皮をむいておちんちんの先に触ってみたことがある。すっごく痛かった。その痛みを思い出して悲鳴を上げた。それなのに、僕は段々と気持ち良さも感じるようになっていた。波打つような蔦の動きのせいで、おちんちんが固くなってきて、玉の袋がキュンと締め上げられるような、頭が真っ白になって気が遠くなるような、なんだか良く分からない気持ち良さだった。そうだ。貴哉のことを思い出したりサッカーパンツをはいたりして、少し固くなったおちんちんをこすってる時と同じだ。でも、今はもっともっと気持ちいい。誰かにおちんちんをこすってもらってる感じ。こんなに気持ち良かったなんて。すごい。もっとこすって。こすってよ、貴哉。貴哉にこすってもらいたいよ、僕のおちんちん。僕は、貴哉の手が僕のおちんちんを握ってくれるところを想像した。おちんちんが更に固くなる。こんなに固いの、初めてだ。蔦の動きが激しくなる。あっ、出る。出ちゃうよ。急におちんちんから何かが出てこようとする感じ。おしっこのようだけど、おしっこじゃない。あ…、夜寝てる時にもらしちゃったやつ、かな…。透明で、ネバネバしてて、すっごく臭いの。きっとあれだ。
「で、出ちゃうっ」
スパッツ汚れちゃう。
「出しちゃえよ」
貴哉の言葉を待たず、僕の腰は勝手にガクンガクンと動いて、おちんちんから何かを吐き出した。スパッツを汚したことだけじゃない。力が抜けて、なんだか「やっちゃった」という罪悪感を感じて気分が沈みそうになる。でもそんな気持ちは、おちんちんを包む蔦が違う動きを始めたせいで、吹き飛んでしまった。蔦がどういう形になったのかは分からないけれど、おちんちんの先に被さっているみたいで、さっき出したものが勢い良く吸い上げられていく感じがする。あはっ、これも、気持ちいいよ。もっと吸って。吸い上げて。僕の腰は蔦の動きに合わせるようにして、また勝手にガクガク揺れた。
「スパッツは汚れないよ。こいつら、全部吸ってくれるから」
貴哉の言葉を聞いて、僕は「便利だな」って思った。
気持ち良さを感じながらも、僕は自分の思考が寄生生物に支配され始めていることを理解していた。いいよ、寄生しちゃって。そう叫びそうになる自分がいることが、何よりの証拠だった。
さっき出した分を吸い終わったのか、蔦はまた波打つような動きを始めた。嬉しいよ。今度も気持ち良くなれる。服が汚れないのなら、幾らでもこすってほしい。幾らでも出すから、もっとこすって。もっと吸って。もっと気持ち良くさせて。
その時、太股と背中に黙って張り付いていた蔦が再び動き始めた。お尻の方へ伸びていく。そして、僕が思いもしなかったところへ侵入を始めた。
「えっ。そんなっ」
おちんちんをこすってもらっている気持ち良さを忘れ、僕は愕然とした。
「やっ。そんな、とこっ」
蔦が目指していたのは肛門だった。お尻に力を込めて防ごうとしたけど、間に合わなかった。お尻の割れ目に何本もの蔦が滑り込み、更に肛門に入り込んでくる。ヒヤッとした感じがする。我慢していた下痢を出す直前のような。
「やだっ」
解熱剤の座薬も、便秘の時の浣腸も、僕は大嫌いだった。お尻の穴に何かを入れるなんて…。肛門の中の蔦がグニグニと動く。やだよ、お尻の穴はイヤだよ。
ビシャッ。肛門の中でそんな音がしたように感じた。蔦が何か液体を吹き出したみたいだ。あ…あれ…?急に視界が曇ってきた。やだ。何したんだよ。スーッと気を失いそうになる。でもすぐに、蔦が腸の中を這い上がってくる感覚で意識を引き戻される。肛門のすぐ内側では、蔦が急に膨らんで太さを増した。まるで、風船に空気を入れるような感じで。肛門が中から圧迫される。
「あふっ」
なんだろう。この感じ。お尻の穴への刺激なのに、おちんちんがピクンってなった。
玉の袋と肛門の間にも蔦が回り込んだ。それは前に伸びて袋を包む蔦と融合し、後ろに這って肛門に伸びる蔦とつながり合う。蔦の塊は一体化して、おちんちんの先から肛門の中までを覆い尽くした。蔦の塊が全体で刺激を与えてくる。おちんちんと、お尻の穴と、股の下に、一斉に。
「あっ。ぁあうっ」
どうしよう。すっごく気持ちいい。
「んっ。ふぅっんっ」
さっきよりもずっと気持ちいい。気持ち良くて、蔦の動きに合わせて声を漏らしてしまう。すごいよ。もっとやって。僕は自分から腰を動かし始めた。それが、蔦の働きに応えてあげる仕草のように感じたから。
「ケツの穴ってのも気持ちいいだろ?」
貴哉の言葉に、僕は腰を動かしながら何度も頷いた。
「こいつらさ、うんこも食ってくれるんだぜ。ちんちんから出るものだけじゃなくて、汗とか垢とか、俺達が出すものを全部養分にできるんだってさ。すげぇ便利だろ」
貴哉が説明してくれる。うん。気持ちいいだけじゃなくて、とても便利だよ。この蔦達と一緒になれば、気持ち良くしてもらえる上に、きれいにしてもらえるんだ。すごいよ。寄生してもらわない方がおかしいよ。どんどん寄生してよ。もっと奥まで入ってきてよ。一緒になろうよ。早く貴哉と同じ体にしてよ。貴哉と同じになりたいよ。同じになって、貴哉とも一緒になりたいよ。さっきキスしたみたいに。うぅん、キスよりも、もっともっと深くつながろうよ、貴哉。貴哉。貴哉っ。
「あっ」
腰が大きく動く。また出た。ほら、吸って。吸い終わったらまたこすって。まだ行けるよ。もっと行けるよ。
「そろそろ慣れてきたろ?」
貴哉が僕の頭を抱え、上を向かせる。視界はぼやけたままだけれど、上から貴哉に覗き込まれていることは分かった。
「う、うん。…気持ち、いい…。寄生、嬉しい…」
貴哉と蔦にお礼を言いたくて、僕は声を振り絞った。
「じゃあ、完全な融合体になろっか」
「か、完全…?」
よく分からなかった。今のままではダメなの?今でも十分気持ちいいのに。
「寄生されてることがバレたらマズいだろ?いつまでもここで楽しんでるワケにもいかないし」
別に今のままでもいいのに、という思いが頭をかすめた。
「こいつらは人間の皮膚や肉と融合して中に隠れられるから、完全に融合しちまえば今までと同じように生活できるんだよ」
そっか。確かに貴哉は見た目普通だし、家に帰りたい気持ちもあるかも知れない。
「それに、悠希の脳や神経はまだ完全には融合していないから、そこもちゃんとやっとかないと」
そうなのか。不完全なのはイヤだな。それに、脳や神経も蔦達と一緒になるなんて、すごく気持ち良さそう。想像しただけでおちんちんが固くなっちゃう。
「ん。んふっ」
蔦が動いて、僕は声を漏らす。
「た、貴哉も、か、完全、融合、た、体?」
蔦の塊におちんちんをこすってもらいながら、僕はなんとか質問を口にした。
「あったりまえだろ」
霞む視界の中で貴哉が笑った。
「ぼ、僕も、早く、か、完全ゆ…」
僕は求めた。早く貴哉と同じになりたい。一緒に気持ち良くなりたい。
「じゃあ、ゆっくり眠れよ」
首筋にまた激痛が走る。何かが刺さり、何かが流れ込んでくる。肛門の中でも、また何か液体が吹き出したみたいだ。体の感覚が、気持ち良さも含めて失なわれていく。既に鈍くなっていた意識が更に朦朧として、曇っていた視界が一気に狭くなる。
「目が覚めたら、完全な融合体になってるよ」
貴哉の声を聞きながら、そして大量の蔦が目の前を覆い始めているのを見ながら、僕は眠りに落ちた。
ふと、触手が互いに絡まり合い、繭のように僕の全身を包んでいることに気付いた。融合完了かな。僕がそう考えると、呼応するように繭が裂ける。眩しい。グラウンドの照明だろう。僕は腕を掲げて明かりを避けながら、繭の外に出た。腕や足に巻き付いていた触手が素直に離れる。当然だろう。僕の体は既に多くの寄生触手を受け入れている。あんまり後ろ髪を引かれてもね。
僕は大木の根の上から地面に下りると、振り返って大木を仰ぎ見た。寄生触手がどうやって生まれたのか、どこから来たのか、触手は何も語らないから分からない。触手の本体はこの大木に絡みながら宿り木のように育ち、貴哉や僕に出会う日を待っていたらしい。
待っていた、というのは不正確かな。寄生触手には意志は無い。木の上ではひたすら樹液を吸い、人間と融合してからは胃腸の機能を利用して養分を直接取り込んだり、人間が出すあらゆるものを吸い取ったりする。機械的にそういう風に動くだけのようだった。
勿論、寄生生物としての見返りはちゃんともたらしてくれる。触手と融合した肉体は強化され、人間単体では感じられないくらいの快感を与えてくれる。だから、正確には寄生ではなく共生と言うべきなんだと思う。
僕は自分の体を見回した。見慣れた体に、スパイク、ストッキング、シンガード、スパッツ、サッカーパンツ、プラクティスシャツを身に付けている。汗をかかなかったかのように、さっぱりしている。髪の毛を触ってみた。土埃と汗で汚れた痕跡が無く、さらさらしている。ここまで徹底的にしゃぶり尽くすんだ。ちょっと笑ってしまった。
右腕に対して、「触手を出そう」と考えてみる。今までの体ではあり得なかった全く新しい感覚だ。右腕がすぐに触手と同じ青黒い色に覆われる。更に血管のように触手が何本も浮き出てくる。手の甲の辺りから触手の先端が盛り上がった。伸ばそうと思うと触手が伸びていき、思うがままに動かせる。すごい。この体。この触手で何ができるのかはまだ分からないけど、僕は誇らしい気分でいっぱいになった。
そうか、僕は寄生されて支配されて洗脳されたんだ。そうでなければ、変貌した体を嬉しく思う筈が無い。でも、僕は僕のままだ。寄生されたら、人格が破壊されておちんちんをいじって喜びながら、触手に奉仕するだけの存在になるような気がしていた。でも、そんなことは無かった。記憶はあるし結構冷静だし、僕は藤原悠希だ。そしてやっぱり、貴哉も貴哉のままの筈なんだ。
貴哉は首から上だけを出して、大木から伸びた触手に全身を包まれていた。僕が繭の中にいた間、触手の本体は貴哉のものを吸い取ろうと、かなり気持ちいいことをしてくれていたみたいだ。貴哉は表情の消えた目を半開きにし、口の端からは唾液を垂らし続けていた。触手はその唾液をも貪欲に吸おうと、貴哉の口の周りを動き回っていた。ちょっと嫉妬を感じる。貴哉とキスするのは、貴哉の唾液を楽しむのは、僕の筈なのに。後で続きをやろうって、約束したんだ。
「貴哉っ」
僕は貴哉の名前を呼んだ。貴哉の頭が微かに反応してピクッと動く。
「貴哉っ。貴哉ってばっ」
何度か名前を呼んでようやく、貴哉の目に表情が戻った。貴哉は数回瞬きして視線を巡らすと、すぐに僕に気付いてくれた。貴哉は笑みを浮かべ、僕の名前を呼び返してきた。
「ゆ、悠希…。もう、終わったのか?」
貴哉を包んでいた触手が静かにほどけ、離れていく。貴哉は僕に駆け寄ると、両腕で抱き付いてきた。えっ。軽い驚きと柔らかい気持ち良さが体を走り抜ける。
「良かったっ。俺、ほんとは融合が終わるのをじっと待ってようとしたんだけど、本体が無理矢理絡み付いてきて…。ごめん、一人で楽しんでた…」
「い、いいよ、そんなの気にしなくて。それに折角本体の近くにいるんだから、気持ち良くならなくちゃ損だって」
僕は貴哉をなだめながら、貴哉のことを抱き返した。内心「ラッキー」なんて呟きながら。あぁ、貴哉の体だ。両腕で感じるのは初めてだ。
「悠希…」
貴哉の口調が急に固くなった。二人で抱き合っているから、表情は分からない。
「良かったのかな、これで」
「え?」
「俺、寄生されてすぐ、悠希も同じ体にしちゃおうって思った。好きだから。悠希のこと。二人で一緒に気持ち良くなろうって思った。でも、それって俺の身勝手だし、悠希の体はもう」
「うるさいよ」
僕は貴哉の言葉を遮り、一層強い力で抱き締めた。
「ゆ、悠希?」
「僕、貴哉のことが好きだ。男同士って変なのかも知れないけど、好きでしょうがないんだ。貴哉のことを考えるだけで、…おちんちん固くなる」
「え…」
「だから、嬉しい。貴哉と同じになれて」
「悠希…」
貴哉の腕にも力が入る。
「約束だよ。続きやろ」
「へ?…約束?続きって?」
ドキドキしながらも良い雰囲気だったのに、貴哉のボケのせいでズッコケそうになった。
「バカっ」
僕は貴哉の体を一旦突き放して、またすぐに抱き寄せた。今度は唇と唇とが重なるように。
「んむっ」
貴哉は一瞬呼吸を乱したけど、すぐに舌の舐め合いを始めてくれた。美味しい。
どちらからともなく、腰を密着させて動かし始めた。スパッツとサッカーパンツを挟んで、お互いのおちんちんの形を感じる。スベスベしたパンツの生地も気持ちいい。憧れていた練習着姿の貴哉と、今、キスしながらおちんちんを擦り付け合ってる。自然と舌と腰の動きが激しくなる。暫く動かし続けていたら…、あっ。
「ん、出ちゃぅ」
僕は唇を離して呟いた。二人の唇の間で濃い唾液が糸を引いた。
「ぉ、俺も、イッちゃ…」
二人の腰がほぼ同時に、大きく前後した。
「あっ」「んっ」
僕達が出したものはすぐに、僕達に寄生した触手が吸い始める。白く飛びかけた意識が、吸い上げられる感覚で更に白さを増していく。僕達の腰の動きは次第に緩やかになり、やがて脱力して抱き合いながら地面に膝を付いた。
「ぁ、あは。気持ちいいね」
「だな」
立て膝のまま、僕達は顔を寄せ合って笑った。この雰囲気だったら言えるかな。
「ねぇ、貴哉」
「ん?」
「僕のおちんちんさ、貴哉にこすってもらいたいんだけど…」
「あ?」
貴哉はポカンと口を開けた。あ…。まずかったかな。やっぱり変態だと思われたかな。僕は慌てて取り繕おうとした。
「いや、あの、融合して形変わってたらヤだな、って思ったから…」
なんだそりゃ、と自分で思った。貴哉にこすってもらおうとしたことの説明になってない。僕は顔を火照らせながら下を向いてしまったのだけど、貴哉の手が顎に伸びてきて、顔を上げさせられた。貴哉は僕の正面でニヤニヤ笑っていた。
「俺、嬉しいよ。悠希の方から言ってもらえて」
貴哉の手が今度はサッカーパンツの中に入ってきて、素早く腰紐をほどいた。
「な、何を…」
「こすりたいんだよ、悠希のちんちん」
貴哉はスパッツの腰紐もほどくと、パンツとスパッツを一気に膝まで引っ張り下ろした。
「ぅわっ」
僕のおちんちんがぴょこんと姿を現す。自分から「こすってほしい」と言っておきながら、やっぱり恥ずかしい。さっき擦り付け合った名残りで少し固くて少し大きくなっていたけれど、形は今までと変わらなかった。
「あは。悠希のちんちんだ」
嬉しそうに呟きながら、貴哉は親指と人差指でおちんちんを上下からつまんできた。クリクリと揉まれる。おちんちんが更に固くなり、上を向き始める。貴哉は僕のおちんちんが大きくなるに従って中指や薬指を添え、最後は手全体で握って前後に動かしてくれるようになった。
「あ…んっ…んん…ぁあっ…んっ…」
気持ちいい。気持ち良くて自然と声が漏れ、腰が震える。貴哉の手の動きが徐々に早くなってくる。力が抜けて地面に倒れ込んでしまいそうになって、貴哉の両肩を掴んだ。
「いいだろ?」
「ぅん、いい。いいよぅ。貴哉好きだよぉ」
泣き声のような声になりながら貴哉に答えた。
「俺も、悠希のこと大好き」
手の動きが一段と激しくなった。
「あっ…んふっ…あぁああっ」
自分でも驚くような声を上げて、僕はまたおしっこではない透明な何かを吐き出した。貴哉の手は僕のおちんちんを握ったままで、今度は搾り出すように握る力を強めたり弱めたりしてくれた。
「ぁ、ありがとう…」
僕は自分が出したものが貴哉を汚していないか、おちんちんを見下ろした。おちんちんの先からは何も出ていなかった。おしっこが通って出てくる穴の中で、触手は僕のものを待ち構えていて吸い上げていた。気持ちいいのに、汚れない。嬉しい。
余韻に浸っていると、貴哉は僕のプラクティスシャツをたくしあげた。お腹や胸が丸出しになる。
「な、なに?」
「相変わらず、悠希の肌ってきれいだよな」
「そ、そんなこと無いよ。日に焼けてもすぐ白くなっちゃうし。貴哉の日焼けした肌の方がかっこいいよ」
僕は恥ずかしくなってシャツを下ろした。
「その白くてスベスベしたのが好きなんだけどな」
「…ありがとう…」
貴哉は立ち上がると、僕の後ろに回って今度は背中の方からシャツをまくりあげた。
「ちょ、ちょっと貴哉っ」
「ちょっとジッとしてろって」
貴哉は僕の背中を手の平で軽くさすった。くすぐったい。それに、好きな人に触ってもらっているのが気持ちいい。
「悠希は今、ダルさとか熱っぽさとか無いか?」
変なことを訊かれた。
「全然そんなこと無いけど」
「そっか。そりゃ良かった。触手の痕も全然残ってないし、これなら普通に帰れるよな」
「どういうこと?」
僕はシャツを整えながら尋ねた。
「先週俺が融合した時、胸とか肩に融合し切れない触手が残って見えちゃってさ」
僕はハッと気付いた。
「じゃあ、ジャージのファスナーを全部上げてたのは…」
「そうそう、それのせい。隠し通すの大変だった。体がうまく慣れなくて、熱出ちゃうしグッタリしちゃうし」
「風邪じゃなかったんだ」
「風邪のフリしないとマズかったけどな」
「なんで僕は平気なんだろ」
「悠希の体って相性いいのかもよ。寄生触手の方も、二人目で慣れたんじゃないかな」
「そんなものかなぁ」
なんだか貴哉に申し訳無い気分になった。貴哉が一人目であったからこそ、自分は辛い目に遭わないで済んだのだから。
「そうだ、貴哉」
「ん?」
「今度は僕が貴哉のおちんちんこすってあげようか」
プッと貴哉が吹き出した。
「な、なんだよ」
「悠希ってさ、結構好きなんだな、こういうの」
自分でも赤面したのが分かった。触手と融合したと言っても、おちんちんをいじるのが好きなのは僕自身だ。男子のことを好きになったり、僕は変態なのかな。
「俺も大好きなんだけどさ、マジメな悠希が俺と同じ趣味だと思うと…」
「…思うと?」
「嬉しいや」
貴哉はスパッツを脱いだままの僕に背後から抱き付いてきた。
「ぼ、僕も、もちろん嬉しいよ」
おちんちんを少し固くしながら、僕は答えた。
「でも、今日はやめとこ」
貴哉の醒めた言葉に僕は慌てた。嫌がられたのかな。
「な、なんで?」
「時間だよ、時間。もう7時になっちゃうよ。悠希と一緒でも、そろそろヤバいだろ」
もうそんな時間?なんだ、慌てて損しちゃった。
「悠希は明日、暇?」
「明日?」
「うん。明日は父ちゃんも母ちゃんも出掛けるし、兄ちゃんも試合で朝からいないし、うち来いよ」
「いいの?」
「もちろん。脱ぎやすい服来てこいよ」
プッ。今度は僕が吹き出した。
「なんだよ、ダメか?」
「違うよ。行く行く。明日ちゃんと」
僕は立ち上がると、笑いながらスパッツとパンツをはき直した。
今でも、本やゲームの貸し借りとかドリルの宿題の見せ合いとかで、貴哉と僕はお互いの部屋を結構行き来している。それが急にエッチなことをする間柄になって、服の脱ぎやすさが重要になったものだから、その差に笑ってしまったのだった。
僕達は、靴を履き替えたりシンガードを外したり、ピステやジャージを重ね着したりして身支度を整えた。ふと、呼ばれたような気がして大木の方を振り返った。貴哉もエナメルバッグとボールネットをぶら下げながら大木の方を向いていた。僕は貴哉に尋ねた。
「次、いつ来よっか」
触手の本体に包み込まれたい、という強い思いが湧き上がる。自分は自分だけれど、寄生触手の影響を確実に受けていることを実感した。
「うーん…。毎週来るのはさすがになぁ」
「そうだね。一ヶ月に一回くらい?」
「そんくらいにしとこうか。触手のいいなりってのもイヤだし」
風も無いのに、大木の枝葉がザワッと揺れた気がした。抗議されたのか賛同されたのか、分からないけど。
僕達は空き地を後にすると、慎重に駐輪場に戻った。自転車のチェーン式の鍵を外していると、お腹がクゥーと鳴ってしまった。そういえば、すごくお腹が減ってる気がしてきた。サッカーで走り回ったし、体の中に触手が共生しているせいかな。貴哉が遠慮無しに笑い出した。そうしたら、貴哉のお腹もグゥーキュルルともっと派手な音を立てた。今度は僕が笑い出す番だった。
最近どんなマンガを買ったかとか、今度いつスパイクを見に行こうかとか、それぞれのクラスでドリルがどこまで進んだかとか、そんな他愛無い話をしながら、僕達は家まで自転車を漕いだ。
貴哉と友達で、良かったな。
これからの始まり
翌日の日曜日、僕は早朝におちんちんの快感で目を覚ました。慌ててスウェットの中を覗いたら、触手の塊が勝手に現われていて、肛門からおちんちんの先までを覆って動いていた。このまま出しちゃいたい、という気持ちで頭がいっぱいになってしまったのを無理矢理抑えて、触手を体の中に引っ込めた。
最近、朝の寝起きの時におちんちんが固くなっていることが多い。触手はそれに反応したのかな。敏感過ぎ。今日はまだダメだよ。貴哉との約束があるんだから。
朝ご飯を食べ終わると、僕はジャージ地のハーフパンツにTシャツという格好で、裸足にビーチサンダルをつっかけて貴哉の家に向かった。
「おはよ」
「うん。あがれよ」
貴哉はウィンドハーフパンツとノースリーブのTシャツを着て、お腹をポリポリ掻きながら僕を招き入れた。
「うち、もうみんな出掛けちゃってるからさ。早速やろうな」
「うん」
二人して、顔を見合わせてくすくす笑ってしまう。
「あれ、やってくれるんだろ?」
貴哉が少し照れながら訊いてきた。すぐにピンと来た。
「もちろん。約束だもん。僕がこすってあげる」
部屋に入ると、貴哉は早速Tシャツを脱ぎ始めた。僕もハーフパンツをブリーフごと下ろす。
あは。これから、楽しみだな。
おわり
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