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  • 2013⁄02⁄12(Tue)
  • 23:00

二人の不思議な世界 演劇・桃太郎

秋も終わりに近づく頃の季節、光君と洋助君の通う中学校でも、いよいよ文化祭に向けての準備が始まろうとしています。

各クラスがそれぞれの出し物を考え、体育館で順番に発表していくという、ごく普通の行事ですが、本当に各クラスが独自に考えていては出し物が偏る恐れがありますので、この学校ではいくつかのテーマを均等になるように、各クラスに割り振るという方針になっています。

光君と洋助君のクラスには「演劇」のテーマが割り振られたので、さっそくホームルームの時間を使って劇の内容の話し合いが行われます。

文化祭に関しては担任の「辻原真理江(つじはら まりえ)」先生も、極力生徒の自主性に任せることを求められていますので、クラス委員が前に立って話し合いを進めていくのですが、このクラスには演劇部に所属している女子生徒が多くいるので、話し合いのほとんどは彼女達によって行われているようです。「はい。私は、創作劇よりもみんなが知っているお話しを題名にした方が、練習も上手くいくと思いますし、見る人も分かりやすくて良いと思います」

その中でも特に積極的に発言をしているのは「館花可奈子(たちばな かなこ)」さんで、彼女は新入生ながら演劇部でも積極的に活動し、自分の考えたシナリオを提案するほどのやる気で、「将来の演劇部のエース」とまで言われているそうです。

「このクラスには、他のクラスには少ない美少年がいますから、その人を主役にした劇を考えれば、他のクラスより個性が出ると思います」

館花さんは劇を演じることよりも、劇を制作する方が好きでしたが、演劇部ではまだ先輩を差し置いて自分が劇を作ることは出来ないので、文化祭で演劇をやることが決まってからは、絶対に自分がリーダーになって劇を作りたいという情熱が燃えだしたのです。

「そこで、私は美少年が主役になるなら、子供っぽくて可愛い劇が良いと思うので、桃太郎をやれば良いと思います」

三つ編みのおさげ頭に眼鏡姿という、見た目は地味な文学少女の館花さんですが、どうやらとても自信家で強引な性格のようです。一部不満そうな意見もありましたが、すっかりリーダーになりきっている彼女の反論に、全て押し込まれてしまうのでした。


そして劇の配役を決めることになりましたが、当然主役になれるのは美少年の光君か洋助君しかいません。二人とも一番大変な役をやらされそうになって困った顔をしていますが、とにかく主役は推薦で決められる事になってしまうのです。

恥ずかしがり屋で自分に自信のない光君は、主役は洋助君の方が似合っていると分かっていましたが、本当は自分が主役の桃太郎をやることを夢見ていたのです。

イジメられっ子で、何の取り柄もない自分が突然主役をやることになって、一生懸命桃太郎を演じたら、舞台の上で才能を開花させてみんなから見直されるという、イジメられっ子らしい夢を頭の中で描いていましたが、ただ夢見ているだけでは、現実は味方になってくれないのです。

「主役には大葉君を推薦します。大葉君ならきっと主役も出来ると思います」

光君をいつも守る存在だけあって、か弱い美少年の中では運動が得意で、勉強もそれなりの洋助君が、主役をやることに反対の生徒は一人もいませんでした。

きっとみんなは、洋助君が主役に相応しいというよりも、光君がそれだけ頼りないと思っていたのでしょう。その後もお爺さん役やお婆さん役など次々と決められていきましたが、最後まで光君が推薦されることはありませんでした。

みんな自分より人気のある生徒達ばかりだから、配役に選ばれなくても当然ですし、全然構わないというフリをしながらも、本当はションボリしている光君。そんな表情を読み取ったのか、いつも光君を見守っている真理江先生が、ここで館花さんに一つの提案をしました。

「美少年を使って他のクラスより個性を出すって言うのなら、大葉君だけじゃなくて、浅見君にも役を与えてあげないと不公平じゃないかしら?ちょっとでいいから、美少年が似合う役をやらせてあげましょう」

いかにも学校らしい平等主義でしたが、真理江先生は光君がみんなに見直してもらえるキッカケになるならと、不満の声が出るのを承知でした提案でしたが、やっぱり他の生徒達は「余計なことをしなくていいのに」という面倒くさそうな顔をしています。


町内会の夏祭りで行われたオチンチン相撲に参加して、逞しく勃起したオチンチンが注目を集めたことで、学校でも少しはみんなに見直された光君でしたが、二週間もすれば、口にするだけで恥ずかしいオチンチン相撲の話題は、町内からも学校からも消えてしまいました。

そしてさらに日が過ぎると、結局光君は洋助君以外の生徒との繋がりもなくなり、前と同じように、みんなにからかわれる立場になってしまったのです。

光君に何か役をやらせなくてはいけないという真理恵先生の提案で、クラスは一時混乱してしまいましたが、舘花さんは逆に、そこから何かアイデアが浮かばないかという試練だと思って、必死に頭を働かせています。

「そうだ!じゃあ浅見君には、桃から生まれた時の桃太郎役をやらせればいいかも!で、成長した桃太郎を大葉君にすれば、二人とも主役になれるじゃない!」

桃太郎の劇は、大半が成長した桃太郎が活躍する場面で、桃太郎が生まれてくる場面は、ほんのわずかな時間でしかありません。しかし、桃太郎が桃から生まれてくる場面は、劇の始まりとして、最も注目される部分でもあるのです。

たった一場面の登場で、台詞を覚える必要がほとんど無い代わりに、とても目立つので、光君にもちゃんとした役を与えた事になる、見事な閃きだと舘花さんは自画自賛し、真理恵先生やクラスのみんなも、とても感心していました。


それから文化祭の日まで、クラスのみんなは劇の練習をしたり、舞台で使う道具を作ったり、照明や効果音の打ち合わせをしたりと、それぞれに与えられた役割をこなそうと一生懸命頑張って、最後の予行練習では満足のいく出来栄えになったと、舘花さんはすっかり監督になりきっています。

台詞も演技も覚えることが多くて洋助君は大変でしたが、生真面目にコツコツと練習したおかげで、何とか主役として胸を張れるレベルになりましたし、光君も台詞はたった一つなので問題はなく、洋助君の台詞暗記のお手伝いをしているぐらいでした。

そして文化祭当日、いよいよ光君と洋助君のクラスの順番が回ってこようという体育館の舞台裏で、クラスのみんなが慌しく準備を始めています。

いかにも桃太郎らしい衣装に身を包んだ洋助君に比べて、光君はただの体操着という、ちょっとさびしい衣装でしたが、桃太郎はまだ生まれたばかりという事と、成長した姿を豪華に見せるための演出だそうです。

「あー、ちゃんと出来るかなあ。もし失敗しちゃったら、どうしよう」

本番の時間が近づくにつれて光君の緊張が高まっていきますが、洋助君は最後の打ち合わせに忙しくて、光君の側に居ることが出来ないのも影響しているかもしれません。

「ねえ、光君。さっきから舘花さんがいないんだけど、光君見てないかな?」

打ち合わせをしているはずの洋助君が光君のところに来たと思ったら、なんとリーダー役の舘花さんの姿が見えないということで、みんな困っているようです。

「ゴメン!ちょっと遅れた!…実はね、ちょっと衣装を変更したいところがあって、許可貰いに行ってたの」

本番開始までもう10分も無いというところで、慌てて駆け込んできた舘花さんは、打ち合わせをみんなに任せて光君の所にやってくると、いきなりおかしな事を言い出したのです。

「ねえ、私ずっと考えていたんだけど、桃から生まれたばかりの桃太郎が服を着てるって、おかしいと思わない?」

確かにおかしいとは思いますが、どうして今こんな事を言わなければいけないのでしょう。一緒にいた洋助君も首を傾げています。

おかしいとは分かっていても、衣装を身に着けてなければ困るから、あえて誰も言わない。そういう暗黙の了解に触れて、舘花さんはいったいどういうつもりなのでしょうか。

「桃の中から生まれてきたときの桃太郎って、絶対裸でしょ?衣装なんか身に着けてるわけ無いし。だから浅見君、フルチンになって出てくれない?」
「な、なんで!?そんなの無理だよ。絶対出来ないって!」

本番開始の直前になって館花さんが突然、光君にフルチン姿で劇に出るように言ったことで、その場にいた生徒達は騒然となりました。

「大丈夫だって。だって浅見君は、この間オチンチン相撲とかでフルチンになってるじゃない。あれと一緒だと思えば、全然平気でしょ」

オチンチン相撲は神聖な儀式だから、フルチン姿で出る必要があったように、桃太郎という劇も、桃から生まれたばかりの桃太郎を再現するために、フルチン姿である必要があるのだと、館花さんは光君の恥ずかしさにはお構いなしで捲し立てます。

もし本当にフルチン姿で舞台に登場したら、後で学校の先生達に怒られるかもしれないと光君と洋助君は訴えますが、館花さんは既にそのための対策を打ってしまっていたのです。

「だから、さっき私が許可を貰ってきたって言ったでしょ?校長先生に、美少年はみんなの前で裸になってもいいんですよね?って聞いたら、校長先生はOKしてくれたんだから」

それどころか、館花さんは朝から他のクラスの生徒達に「桃太郎が裸で登場するかもしれないよ」と噂を振りまいておいたというのです。

つまり、もう観客席には少なからず美少年のフルチンを期待する雰囲気が出来ているのですから、本当にフルチン姿になっても問題はないですし、逆にフルチン姿にならなければ期待外れになってしまうというのです。

おそらく、館花さんはそれを急に思いついたのではなく、もっと前から光君をフルチンにするという計画を立てていたのでしょう。文化祭当日にそれを実行するのも、時間を追い詰めることによって、光君の逃げ場を無くすための考えだったのかもしれません。


他の男子は光君に同情するわけではないですが、もし自分が桃太郎役になっていたらと思うとゾッとしているのか、逆らう隙を与えない館花さんの態度に恐れを為して遠巻きに様子を窺っているだけですが、女子は積極的に話しに加わってきています。

「大丈夫だよ、浅見君。出なよ、応援するからさ」
「平気平気。絶対注目の的だよ」

まだ中学生とはいえ、女子は大人びるのが早いのか、光君を応援するというよりは、ちょっと上から目線で美少年のフルチン姿に興味津々という気持ちが、顔にありありと出ています。

「もー、もうすぐ劇始まっちゃうんだよ!グズグズしてないで早く決めなよ!」
「せっかくみんなで練習してきたのに、浅見君が一人でぶち壊しにしちゃうんだよ!いいの、それで?」

それでも光君が納得できないでいると、女子も今度は一転して責めるような態度で光君を取り囲んで威圧してきました。こうなると、もう光君は今にも泣き出してしまいそうになってしまいます。

「待って、みんな。…じゃあ、光君の代わりに僕が出るよ。それならいいよね」

ここで光君に救いの手を差し伸べたのは、やっぱり洋助君でした。洋助君は、桃太郎役を自分が全部こなすことで、光君を救おうとしたのです。もちろん、最初はフルチン姿でみんなの前に登場するのを承知の上で。

当初の計画とは違うものの、美少年をフルチンに出来ることには変わりないので、館花さんや他の女子達も、ここは納得することにしたようです。本番までもう後数分ということで、やらなくてはいけないこともあったのでしょう。

「ごめんね、洋助君…」

洋助君は嫌な顔一つせずに光君を慰めてくれますが、着替えが必要になった分、最初は急いで行動しなくてはいけません。その準備もあって、いつまでも光君に構っていられなくなってしまいました。

クラスのみんなの目が集中する中で、洋助君はいそいそと衣装を脱ぎだし、フルチンになろうとしています。光君は、自分が恥ずかしい思いをすることは避けられたのに、今度は洋助君への申し訳ない気持ちで心が痛くなってきました。

自分だけがフルチン姿になるのを免れて、結果として洋助君にフルチン姿を押しつける形となってしまって、自分が甘えすぎていた事への反省と、自分よりも立派な男子の洋助君に、恥をかかせて本当に良いのかという思いに、光君は悩みます。

光君は自分が弱いからこそ、洋助君が恥ずかしい目に遭うのも、とても辛いのです。いつも自分がされている惨めな思いを、洋助君にしてほしくない。それなら、自分が恥ずかしい目に遭えば良いんだと、光君が勇気を出そうとしています。

「や…やっぱり、僕が出る。僕が裸になるから、洋助君待って」

光君がようやく決断したのに、みんなは二転三転する状況に不満そうな態度を取りますが、光君はもう後に下がるわけにはいきません。既に上半身は裸になっていた洋助君も心配そうでしたが、光君の気持ちを信じて任せてくれるようです。

「台詞は大丈夫?駄目だったときは僕がすぐ行くから、頑張ってね、光君」

ようやく光君が仮の衣装を脱ぎ捨ててフルチンになりました。後は劇が始まったら大道具が舞台に用意した、桃が描かれた紙の裏に隠れて、ナレーションに合わせてそれを破って飛び出るだけです。


『昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に出かけました』

桃太郎の歌が流れる中、誰もが子供の頃に一度は聞いたお馴染みのナレーションが語られていきます。まさか観客の生徒やPTAのお母さん達も、中学校でこの演劇を見せられることになるとは思ってもいなかったでしょう。

ナレーションが進み、お爺さん役とお婆さん役の生徒が出てくると、少しずつ観客達のざわめきが目立つようになってきます。館花さんの流した噂が、かなり広まっているということでしょう。

教員席で劇を眺めている真理江先生は、光君が上手く登場することが出来るかどうか心配でしたが、まだフルチン姿になっているということはまったく知りませんし、観客席のざわめきの意味も分かっていません。

『お爺さんが桃を真っ二つに割ると、なんと中から大きな男の子が生まれてきました』

さあ、いよいよ光君の出番です。舞台の袖にいる生徒達の視線が一斉に光君に注がれ、早く登場するようにけしかけます。心の準備がなんて、言っている暇はありません。光君はまるで後ろからクラスのみんなに押し出されているかのように、ビリビリと紙を破って、格好悪く登場してしまいました。

光君が登場した瞬間、観客席は驚きと歓声と笑いが入り交じったような大騒ぎになって、まったく収拾が付きません。特に女子の騒ぎぶりは凄まじく、美少年のフルチン姿に大喜びで、嬉しい悲鳴と笑いが止まることがありません。

「じゃ…ジャーン!」

この大騒ぎの中、なんとか劇を進めようと、光君は桃太郎の登場を表す擬音を叫びますが、光君の弱々しい声では、後ろの観客席にはまったく届きません。

「僕は桃から生まれた桃太郎!さあ、元気に鬼退治に行くぞー!」

左手を腰に当てながら右手を高く上げ、足を大きく開いた力強いポーズを取っても、光君のか弱い体では、逆に笑いがこみ上げてくるくらい似合わなくて滑稽ですし、ヒーローごっこをしている子供のような微笑ましい感じしかしてきません。

たった一言の台詞を一生懸命叫ぶ光君ですが、丸見えのとても小さなオチンチンにみんなの好奇の視線が集中する状態では、何を言っても聞こえていないでしょう。
予想だにしていなかったフルチン姿での光君の登場に、真理江先生も一瞬呆気に取られて、観客席の大騒ぎで我に返っても、なんて事になってしまったのかと頭を抱えています。

「いや、可愛いですねえ。辻原先生のクラス、凄い大受けじゃないですか」

女子達は、同じ年代の美少年の裸とオチンチンに訳も分からずに興奮し、恥ずかしそうにしながらもしっかりとオチンチンに目をやって、むやみやたらに叫んでいるのに比べ、真理江先生と一緒に座っている女性の先生達は、さすがに大人だけあって落ち着いたものです。

「それにしても、あの子は顔も可愛いですけど、オチンチンもそれに劣らず、目を凝らさないと見えないぐらい小さくて可愛いじゃないですか」

顔を手で覆って恥ずかしそうにすることも、光君のオチンチンから目を逸らしてあげることもなく、隠そうともせずに笑顔で堂々と眺めることが出来るのは、よほど美少年のフルチン姿を見慣れていなければ出来ないことでしょう。

「それが先生、あの生徒知ってますか?この前の夏休みでやっていたオチンチン相撲に出ていた子なんですよ。今はあんなに小さいですけど、あの時のオチンチンは、それはもう凄かったんですよ」

光君のプライバシーなど完全に無視しているかのように、先生達が平気で光君のオチンチンの話題を楽しんでいるのを、真理江先生は教師として良くないことと思っていましたが、美少年のフルチン姿が世界一可愛い存在だということは否定しようがないですし、それを見れば誰もが微笑ましい気持ちになれるのに、周りを咎めるのは場の雰囲気を悪くしてしまうので、愛想笑いを作るしかありませんでした。

『こうして、すくすくと成長した桃太郎は、お爺さんとお婆さんが作ったきび団子を持って鬼ヶ島へ鬼退治に向かうのでした』

光君の台詞が終わって、再びナレーションが読み上げられますが、成長した桃太郎が登場する場面まで、光君はオチンチンを隠すことも出来ずに、ポーズを決めたままずっと立っていなければいけません。

照明に照らされたまま、全ての観客の目が、自分のオチンチンに向けられているのが痛いほど分かっていても、光君は無防備なポーズを取っていなければいけません。

みんなに見られているオチンチンが気になるあまり、オチンチンに力が入って時々プルプルと揺れてしまいますが、光君のオチンチンが小さすぎることで、観客達にはそこまで気付かれてはいないようです。

でも、光君は自分のオチンチンがどう見られて、どう思われているのかと思うと、恐くて観客の方を見ることが出来ません。みんなと目を合わせないように、ずっと奥の壁や天井を見つめています。

ナレーションが終わるとようやく舞台は暗転し、光君は一目散に舞台から逃げ出していきますが、観客はまだ劇が終わってもいないのに、頑張った光君のために拍手をしてくれました。


「もー、恥ずかしい。恥ずかしいよお」

せっかくの拍手もかえって恥ずかしいとばかりに、大慌てで光君は制服に着替えていますが、これでやることは全て終わったので、光君は意外と早く落ち着きを取り戻していました。

光君のフルチン姿の印象があまりにも強すぎたためか、その後の劇は淡々と進んで、観客達も大人しくなってしまいましたが、光君は舞台の袖から観客の方を覗きながら、自分がこれだけ大勢の人の前でフルチンになったことを思い出して、改めてドキドキしていました。

オチンチン相撲の時とは違い、フルチンになってはいけない場所でフルチンになった事が恥ずかしくて仕方がないのに、恥ずかしさとは別のドキドキが強く込み上げてくるのです。まるで、恥ずかしいと思いながらも見られてしまいたいと願っているかのように、光君は自分のドキドキを押さえきれずにいます。

(もしも、僕が舞台の上でフルチンになって踊ったりしたら、どんなに恥ずかしいんだろう…)

いつしか光君は、ただみんなの前でフルチンになる想像だけでは飽きたらず、フルチン姿で踊るという、もっと恥ずかしいフルチンの想像をするようになっていました。

手を振ったり、足を上げたり、ダンスの才能なんて全くない光君ですが、下手なダンスだからこそ、より恥ずかしくてドキドキするのかもしれません。どんなに恥ずかしくても笑顔を作り、一生懸命踊る自分の姿を想像して、その恥ずかしさが心地良いぐらいの気持ちになっています。

「僕のフルチンダンスを見てください」

光君は近くに誰もいないことを何度も確認して、ポツリと呟いてみました。本当にこんな台詞をみんなの前で言う度胸は無い光君ですが、心の奥では、自分がこんな目に遭ってしまうことを願っているのかもしれません。


文化祭の全ての出し物が終わり、後は審査員による賞の発表となりましたが、光君と洋助君のクラスは、美少年二人が頑張ったものの、上級生に配慮するということで3位以内の賞は取れませんでした。

しかし、光君のフルチン姿の印象と盛り上がりがあまりにも凄かったため、特別賞を貰えることになったのです。その瞬間は、館花さんもクラスのみんなも一つになって大喜びでした。

そして賞状を受け取るために、館花さんや光君と洋助君達が代表で舞台に上がると、なぜかどこからかアンコールの声が起こり、やがてそれが大合唱になっていきました。

「アンコールってなんだろう?」と光君と洋助君が首を傾げていると、館花さんはあっさりとその真意に気が付き、光君に小声で話しました。

「浅見君、もう一回フルチンになって桃太郎が登場するシーンやってくれない?みんな、多分それが見たいんだって」

光君は当然驚き、さっきはみんなの前でフルチンダンスをする想像をしていたのに、いざフルチンになってと言われると物凄く臆病になって、もうセットを片付けてしまったからとか、あれこれ言い訳してはフルチンを逃れようとしますが、館花さんはここでも用意周到に光君を追い詰めていきます。

「大丈夫だって。桃の絵を描いた紙、あれ万が一のためにちゃんと予備を用意してあるんだから、それだけあれば登場できるって」

強引な館花さん、無責任にアンコールを煽る司会、そして盛り上がる場の雰囲気に、もう光君は断る術を失って何も言えなくなってしまいましたが、かといってもう一度フルチンになる勇気を出すこともできずに、グズグズしているだけでした。

「光君…やろう。僕も一緒に裸になるから、二人で早くやって、早く終わらせちゃおうよ」

光君が追い詰められているのを見かねて、洋助君がまた救いの手を差し伸べます。信頼する洋助君の言葉に、光君はグッと元気づけられ、洋助君と一緒ならどんなことでも乗り越えられると、アンコールを受けたのです。


『昔々、あるところに、お爺さんとお婆さんが住んでいました』

ナレーション役の生徒がもう一度最初から台本を読み上げている間、大慌てで用意された大きな桃の絵が描かれた紙の裏に、フルチン姿の光君と洋助君が隠れています。

「す…凄い緊張するね。これを一人でやったなんて、光君凄いよ」

紙の裏に隠れていると、紙の向こうにいる観客は一切見えません。刻一刻と自分の出番が近づいていく中で、観客の状態が分からないというのは、とても大きなプレッシャーなのでしょう。洋助君は自分も同じ体験をしたことで、改めて光君の頑張りの凄さに気が付きました。

「でも、あれだって洋助君が横で応援していてくれたから、僕も頑張れたんだよ。洋助君がいなかったら僕、何もできなかったと思う」

光君と洋助君は、不安でドキドキする気持ちを紛らわすために、手をしっかりと握りあっています。手を握るだけでも、二人にとっては大切な愛情表現です。それだけで二人の心が繋がっている気がして、勇気を出すことができるのです。

「じゃあ、行くよ光君…。せーの!」

光君と洋助君はずっと手を握ったまま、空いている手で紙を破って、今度は元気良くみんなの前に飛び出していきました。たちまち観客達から大きな拍手と歓声が沸き起こります。光君と洋助君も、それに負けじと元気に声を張り上げました。

『ジャーン!僕は桃から生まれた桃太郎!さあ、元気に鬼退治に行くぞー!』


この時に撮られた二人の写真が、後にPTA会報などの表紙に使われていた事で、二人が顔を赤くするのはもちろん、光君のママと洋助君のママも、しばらくはお母さん達の話題の中心にされてしまって、恥ずかしい思いをすることになるのでした。

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