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  • 2010⁄07⁄22(Thu)
  • 22:57

プロボクサー元太

柔道教室の帰り。
いつも一緒に帰る仲間とも別れて一人になったところで、元太は小太りの
自由業っぽい感じの男に声をかけられた。
話はあまりに唐突なものだった。
「オレが、ボクシング?」
「そうだよ、元太クンって見るからに強そうだし楽勝だって!
チャンプになれば1回の試合で何とファイトマネー10万出すよ、どう?」
下校中呼び止めた男を怪訝そうに元太は見上げる。
日焼けした体格はお世辞にもスリムとは言えなかったが、腕力にはこれでも
自信もあり、また10万という大金が手に入るというのは小学生には夢のような話だ。
「相手はどんなヤツだよ」
「それが同じ小学生!!といっても元太くんぐらいデカい子はいないのさ」
「……面白そうじゃねぇか。ボクシングかぁ。一度やってみたいスポーツだったしな」
話が決まると、元太は目隠しをされてそのままワンボックスカーで試合会場に運ばれた。
運ばれる間中ずっと誘拐ではないか、と不安になってはいたが、そんなことをいろいろ
考える程度の時間もかからず車は停車した。

控え室で目隠しを外された元太は、蛍光灯と灰色のロッカー、リノリウムの床に
ゴミ箱、腰掛けている長椅子兼ベッドしかない部屋をきょろきょろと見回した。
と、男がビデオカメラを自分に向けていることに気付いた。
「じゃあ、自己紹介してくれるかな」
「あ、ハ、ハイ……金田元太、5年生っス!」
ちょっと緊張気味にそう答えると、男の指示で手にバンテージを巻かれると、
予め用意されていた黒いグローブとトランクス、それからマウスピースとリングシュー
ズを纏う。
ドキドキしながらそれを受け取ると、元太はさっそく身にまとってから
カメラの前に立ってポーズをキメた。
肥満とは言わないまでもプニプニと肉付きのいい体格に日焼けした餅肌、腹を締め付けるように
テラテラと光るキツめのサイズのサテン地トランクスの腰のゴムが食い込む。
ムッチリとした尻や太ももの形がはっきり分かるのもちょっと恥ずかしい。
しかしそれでも、姿見の前でいざ自分の勇姿を目にすると、ゾクゾクとする言葉では
とても言えない快感が背筋を走った。
カッコイイ。
普段の生活では絶対体験できない、。テレビとかでよく見かけるプロボクサーの
姿がそこにはあった。
そう思うと、何だか気恥ずかしくも照れくさいものがある。
「それじゃあ軽くシャドーボクシングしてみて」
「シュッシュッ……シュッシュッシュッ……」
「おー、強そうだね、喧嘩とか強いの?」
「あ、ハイ!!大抵のヤツには負けてません!!」
「ふーん、じゃあ今日の試合も大丈夫だね、うんうん」
男は満足そうな笑顔でそう言いながらペチペチと背中を軽く叩いてから、出陣を
促した。

元太はすっくと控え室の長椅子から立ち上がると、着せられたガウンを翻して
試合会場に向かうまでの通路へと足を踏み出した。
と、暗い通路からぱあっと明るくなると、どっと元太に観客の声援が集まる。
「わ……」
びっくりした元太にセコンドについた男は笑いながら
「どうだ?観客も大喜びみたいだな」
「う、うっす……」
何だか本物のプロボクサーになった気分がじわじわと込み上げてくる。
しかし、場内についてから、元太は突然、この地下ボクシングの厳しさを
目の当たりにすることになる。
前の少年の『試合』がまだ済んでいなかったのだ。
しかし、その内容はとても元太の想像するボクシングの範囲でおさまるものではない。
丸坊主で少年野球でもしていそうな小学生が、泣きながら観客に向けてペナルティの
ハーフタイムショーをさせられているところだった。
ニュートラルコーナーでは、多分彼と激戦を繰り広げていたであろう少年が、安堵の
笑顔でロープにもたれかかりながらそれを見つめている。
纏っているのはトランクスではなく、間に合わせの水泳の水着の下に履く白いサポーター
一枚で、準備の不手際のせいだという。
「こ、これは!?」
「へへへへ、アイツは多分あんまりにも不様なプレーをしたからやらされてんだな」
急に優しそうだったセコンドの口調が変わる。
観客席から少年にヤジが飛ぶ。
「ほらほら、気合入れて我慢せんかい!!」
「根性入れろダイスケ!!」

元太はすっくと控え室の長椅子から立ち上がると、着せられたガウンを翻して
試合会場に向かうまでの通路へと足を踏み出した。
と、暗い通路からぱあっと明るくなると、どっと元太に観客の声援が集まる。
「わ……」
びっくりした元太にセコンドについた男は笑いながら
「どうだ?観客も大喜びみたいだな」
「う、うっす……」
何だか本物のプロボクサーになった気分がじわじわと込み上げてくる。
しかし、場内についてから、元太は突然、この地下ボクシングの厳しさを
目の当たりにすることになる。
前の少年の『試合』がまだ済んでいなかったのだ。
しかし、その内容はとても元太の想像するボクシングの範囲でおさまるものではない。
丸坊主で少年野球でもしていそうな小学生が、泣きながら観客に向けてペナルティの
ハーフタイムショーをさせられているところだった。
ニュートラルコーナーでは、多分彼と激戦を繰り広げていたであろう少年が、安堵の
笑顔でロープにもたれかかりながらそれを見つめている。
纏っているのはトランクスではなく、間に合わせの水泳の水着の下に履く白いサポーター
一枚で、準備の不手際のせいだという。
「こ、これは!?」
「へへへへ、アイツは多分あんまりにも不様なプレーをしたからやらされてんだな」
急に優しそうだったセコンドの口調が変わる。
観客席から少年にヤジが飛ぶ。
「ほらほら、気合入れて我慢せんかい!!」
「根性入れろダイスケ!!」

「いいか元太、リングに立つ以上は子供と言えどプロ、本気で観客を楽しませる
ことが義務なんだぞ」
「だけどこんな……ボクシングでボコボコなのにこんなキツいこと……」
しかしそれからまもなく、ブルブルと少年は全身を痙攣させると、ギュッと目を閉じて
「あっあっ……あああーっ!!!!」
と大声をあげた。
その瞬間、無数のフラッシュが焚かれ、少年は力なくうなだれた。
さすがにこの演技は相当負担が大きかったのだろう、一人でコーナーに戻ることすら
ままならない彼のセコンドが両脇を抱えて抱き起こしたところでゴング。
「あっと惜しい、ダイスケ君の体力では3分演技が続けられなかった模様、次のラウ
ンドに不安を残しました!!」
インターバルでお互い体を拭いて貰うのも終わる。
「ラウンド4、ファイト!!」
スラっとしているもののガクガクした足腰のまま試合再開。
全く無抵抗のダイスケに対して容赦ないラッシュ!!!
攻撃する少年のリングシューズのキュッ、キュッという音がダイスケを激しく追い詰める。
ボコオッ!!
あえなく崩れ去るダイスケ、そのままカウントに入ってKO負けを喫してしまう。
大の字の姿に対戦相手は嘲笑しながら恐怖で畏縮したダイスケをリングシューズで
グイグイ踏みにじり、両手でガッツポーズ!!
そこから観客を含めた数人の大人たちが囲みだす。

「どうだ、負けたガキはああやって、自分に賭けてくれて一番損をしたお客さんに
『お詫び』することになるんだ」
「そんな……」
観客の男はこれまでの試合運びの不様さをネチネチと言葉で詰る。
「どうしてくれるんだ?中学で野球部っていうから、小学生には勝てると思ってたのに…
この細い手足は伊達だったようだなぁ、ええっ?」
しかし何故か、男の声は激怒しているようには聞こえない。
「スイマセン……」
ただそれだけを連呼する。
ゴクリ、と生つばを飲む元太。
「こうなりたくなきゃせいぜい頑張るんだな、まあ時間の問題だろうが」
「……うるせぇ…」
「そんな顔してられるのもいつまでかな。まあ、この後は自分で実際体験しなよ!!」
それから、勝った方の少年とセコンドが隣を通り過ぎる。
「中学生だからってちょっと細工しすぎだったようだな今回」
「オレのグローブにまでアレ塗るんだもんな、お陰でアイツ、殴られたトコが
もうジンジンで最後抵抗どころかパンチ欲しがってたし、へへっ」
そんな会話が聞こえてゾッとしたが、
「人のよりお前の方心配しろ」
とたしなめられた。

「さて、時間も押しておりますので、続きはVIPルームでお願いします」
場内アナウンスで観客とダイスケは二人で退場。
「続きまして、いよいよ本日の選手紹介です!!」
不意にスポットライトが元太を照らしつける。
元太はちょっと顔を強ばらせて、ロープをくぐってリングに上がった。
リング上には、元太と同じぐらいの年頃の少年がレフェリーとしてマイクを握っている。
「青ーコォーナァー……102パウンドォ1/2ぃ……
0戦0勝、本日がデビュー戦となります挑戦者…元太ぁ・ザ・トマホークッ!!!」
それから対戦相手の少年が入場してくるや、またしても大歓声が彼に目掛けて
降り注がれる。
「イイぞー、元太!」
「柔道でもやってたのかその筋肉!!」
それに派手なパフォーマンスで応えながら入場してくるチャンピオン。
ひょいっとトップロープを飛び越えて、スタッとリングに降り立つ。
その身のこなしはやはり何かスポーツをやっている者の動きだ。
年齢は同じぐらいだが、染めてはいないだろうが栗色のサラサラした髪の毛に細身の
体型の対戦相手は自分よりよっぽど似合っている。
長い手足にしなやかそうな筋肉、まだ幼さが残るものの、目つきだけは
普通の小学生とは明らかに違う精悍なものだ。
「対しまして赤ぁ……コォーナァアアア……67パウンドォ…
4戦4KO勝ち……無敵のチャンピオン、イーグル・リョウおぉおおおおお!!!!!」
紹介された相手の少年は場慣れした感じでリズムをとりながらやるシャドーボクシングが
自分よりも妙にキマっている。
「気をつけろよ元太ぁ、相手はホントにボクシングジムに通って1年になるからな」
「えっ、聞いてねーぞそんなの!」
「勝ちゃ10万だからイイだろ」
しかしリングの外では、集金に回る係員に観客が次々と掛け値を言っては財布から金を手渡している。

「今夜もチャンプに張らせて貰う」「オレはあのデカい柔道クンに1万だ!!」
対戦相手は元太の体格を見てニヤニヤと不敵に笑うと、わざと顔を近付けて
「ふーん、もってせいぜい2Rってとこか」「なっ、何を!!」
思わずそのまま殴りかかろうとするところを制止されて一旦コーナーに戻る。
「両者リング中央へ!!」
指示に従って、二人が向かい合う。毎日日が暮れるまで遊び回っているため、筋肉の締まりもよく肌色も黒い元太の前では
、華奢で色白な対戦相手の体は対比するに天然物と養殖物、といった形容がぴったりだった。
「たっぷり可愛がってやるぜ……」
グッと右拳を元太に向けて不敵なKO予告、
「なっ、何を!?」
元太の顔が戦闘モードに変わってゆく。それでも相手は、まるで勝利が予定されているかのように不敵に笑う。
「っ……!!」
それが妙に元太の勘に障ったが、闘いを前にしていると思うと丁度良かった。1R開始のゴングが鳴った。
「へへ……それじゃ一丁、やってやるかっ!!」
パスンパスン、とグローブを叩き合わせてから、元太は相手目掛けて突進した。
相手は軽やかなステップで元太の左ストレートを交わす。キュッ、キュッと靴の音がする。
「ちっ!!」
と軽く舌打ちする元太、勿論それで攻撃が緩むはずがない。
「この野……」
と、体勢を戻そうとした一瞬の隙をついて、相手の一撃が左頬に入った。

「今夜もチャンプに張らせて貰う」「オレはあのデカい柔道クンに1万だ!!」
対戦相手は元太の体格を見てニヤニヤと不敵に笑うと、わざと顔を近付けて
「ふーん、もってせいぜい2Rってとこか」「なっ、何を!!」
思わずそのまま殴りかかろうとするところを制止されて一旦コーナーに戻る。
「両者リング中央へ!!」
指示に従って、二人が向かい合う。毎日日が暮れるまで遊び回っているため、筋肉の締まりもよく肌色も黒い元太の前では
、華奢で色白な対戦相手の体は対比するに天然物と養殖物、といった形容がぴったりだった。
「たっぷり可愛がってやるぜ……」
グッと右拳を元太に向けて不敵なKO予告、
「なっ、何を!?」
元太の顔が戦闘モードに変わってゆく。それでも相手は、まるで勝利が予定されているかのように不敵に笑う。
「っ……!!」
それが妙に元太の勘に障ったが、闘いを前にしていると思うと丁度良かった。1R開始のゴングが鳴った。
「へへ……それじゃ一丁、やってやるかっ!!」
パスンパスン、とグローブを叩き合わせてから、元太は相手目掛けて突進した。
相手は軽やかなステップで元太の左ストレートを交わす。キュッ、キュッと靴の音がする。
「ちっ!!」
と軽く舌打ちする元太、勿論それで攻撃が緩むはずがない。
「この野……」
と、体勢を戻そうとした一瞬の隙をついて、相手の一撃が左頬に入った。大体、本格的に習っていた子相手ではガードも攻撃もしようがない訳で、こう殴られ
続ければいかに元太のスタミナといえど効いてくる。
「ホラホラどうしたデカいの、根性見せろ!」
観客から冷やかしの声がして、がむしゃらに前に出ようとする元太。
「おおっ、イイぞデカいの、お前には一杯賭けてんだ!!」
その一言で、自分がどんなリングに立っているかが分かった。
こんな相手に負けるはずなど絶対にないという思い込みで、恐怖や痛みも把握できて
いないようだ。

相手はそのまま、じりじりとコーナーにおびき寄せると、一気に逆に回り込む。
口元が、にっと弛んだ。元太をコーナーに追い詰めると、ここぞとばかりにそのまま腹となく胸となく猛ラッシュ!!!!
生意気な、と睨み付ける元太だったが、もはや反撃する体力などもうどこにも残って
などいない。本来のルールならとっくの昔にタオルが投入されているか、レフェリー辺りが止めに入るところだろうがそれはない。
「そ……そんなあ……」
ゴングが鳴った。元太は、酔っぱらいのような足付きでよろよろとコーナーに戻った。
コーナーに戻った元太に
「ふふふ……どうだ、チャンプはやっぱり強いだろ」
「畜生、話が違うじゃねぇか!!!」
「そりゃこっちの台詞だ、無敵のチャンプにもう少し互角にやりあえると思ったのに、
今回も一方的なKOショーじゃ、賭けも成立しねぇや」
そういうとセコンドはしゃがみこむ。
「なっ!?」
セコンドの行為に抵抗すべく両手で慌ててグイグイ引き離そうとする元太、
しかしセコンドは無言でその『手当て』を夢中で続ける。
「わっ……よせっ!!や、やめろよおっさん、何すんだいきなりっ!」
「静かにしろ、ダメージ回復のためにはこいつが一番なんだ、すぐ慣れる。
チャンプを見てみな」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ、痛ぇぇええっ!!!」
傷口に消毒液を塗ったら滲みるだろう、とセコンド。
セコンド補助の男が背後から上半身をマッサージするが、元太にとってはそれも不本意だ。
「あうっ……やめ………」
カメラ係りが上体をくねらせ苦痛に表情を歪める元太に執拗にレンズを向けている。
観客席から一斉にイヤラしい視線が集まり、元太は思わず泣きそうになったが、
対角線上の相手はそんな慣れない手当て痛がる元太を鼻で嘲笑すると、自分は完全にそれを
楽しんでいるのをアピールするようにガッツポーズ。
観客席から歓声が起こった。
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