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  • 2014⁄01⁄12(Sun)
  • 00:32

想い

架空の中学。
校舎の端の理化準備室。
変らず物静かな放課後の廊下と扉一枚隔て、高志は弓倉の横顔を見つめていた。
この2人の関係から言えば、密会というやつだ。
だが、
「先生、今日は会いに来ても良い日でしたよね」
「ああ、ダメとは言ってないぞ」
本日の密会現場は、
黙々と机に向かって仕事を続ける弓倉を高志がただただ暇そうに眺めているだけという、
毎度おなじみのとても健康的な、
かつ少年の期待に添わない地味なものであった。
高志としても、こういう扱いは慣れきったつもりであるが、
密会相手が自分を横に置いて、さも当然のように顔も見ないというのはやはり悲しいものがある。
「先生・・・」
「なんだ」
「僕、さっきからとても寂しい気分なんですけど」
「気分というからには気のせいだろう、そういう事にしておけ」
やや、いじけて見せる高志に気にした様子もなく即答する弓倉。
「あう」
高志は見えない指に額を弾かれたように項垂れた。
そのまま頭を起こさず、鞄から薄めの冊子を取りだしペラペラとめくり始める。
冊子の表紙に印刷されたのは『修学旅行』の文字。
引率教員の中に記された弓倉の名前に目をとめて、高志はなるたけ恨めしそうに呟く。
「せっかく明日から修学旅行なのに・・・」
「修学旅行だから仕事を詰めているんだ。
 私も学生のころは素直に楽しんだが、教師となれば引率という仕事だ。
 仕事を楽しむ、楽しまないというのは個人の資質だとは思うが、
 君は、仕事を楽しむ為に仕事に追われているような今の私にそういう余裕を求めるのか?」
弓倉は高志には一瞥もくれずにペンを走らせ続け、
返事だけを長々と返す。
「その理屈でいうと僕は素直に楽しんでいいんですよね」
「無論だ。自分の若さに感謝しつつ、できれば教師の労働に敬意を払うのがいい。
 具体的には、遅刻しない、事故を起こさない、問題を起こさない、無事に帰る、を実践する。
 個人的には肉体的に実行してくくれば、精神的な敬意は割愛してもよいことにしているから、
 私の可愛い生徒である君は必ず守ってくれると期待している」
「個人的には、僕は可愛い先生と旅行にいけるのが嬉しいんですけどね」
さりげに、
そしてかなり努力してキメた返答を返す、高志。
だが弓倉は眉ひとつ動かさずに、もちろん視線もそのままで、あっさりと言う。
「分かっていると思うが旅行には君の他に数百人の生徒達が一緒だ。
 職業上、私がその数百人を可愛い生徒と呼ぶことは問題ないが、
 君が私を表立ってそう呼ぶのは・・・・」
「自制します」
ふう。
大きく息をついて、高志が顔を上げる。
そこには変らず机に向かい続ける、弓倉の横顔。
ぼんやりと脱力して見つめる高志。
すると弓倉の左手がすっと上がって唇に触れ、高志の額にチュッと触れた。
「あっ・・」
「私の一番可愛い生徒にプレゼントだ」
弓倉が、少しだけ横目で高志を見つめて目を細める。
「一緒にいるようでいられない旅行だが楽しいことは沢山あるはずだぞ、少年」
「え、えっと・・・」
その大人の目に高志が何か言う前に、
弓倉はまた仕事に戻っていた。
修学旅行の朝。
晴奈は、
ボストンバック一杯に積め込んだ荷物の重さに負けないぐらい期待に胸を膨らませ、
うきうきと学校に向かっていた。
自分の名と同じく、空は晴天。
徒歩の足も軽く、鼻歌でもでそうな感じだった。
先日、自分がとある同級生に告白し、
結果、見事にふられ、
それで、ちょっと泣いたなんてこともあったが、
そんな苦い想いも学校につくまでに暖かな陽に溶け込んでしまいそうだった。
告白したのは小柄で大人しい、どこにでもいるような同級生、
どうしてあんな子をと、友達には口々に言われたけれど、
それも済んだことだと笑ってみる。
「うん、いい感じ」
身も心もさわやかに、いつもの曲がり角から学校までの一本道に踊りでた。
そしてその瞬間、
晴奈の目の前に、大きなバックを背負ってふらふらと揺れながら必死に進む
小さな少年の背中が跳び込んできた。
告白した相手の名前は、高志。
今にも荷物に潰されそうな目の前の少年、当の本人であった。

「・・・・・・あ」
思わず小さな声をあげて立ち止まる、晴奈。
今、良き思い出に変換しようとしていた本人がそこにいた。
高志は、晴奈には全く気づかず、ただただ必死に学校に向かって足を進めている。
どうしよう。
考える、晴奈。
このまま気づかれないように後ろをついていくにも、高志の歩みはのろのろと遅い。
それ以前に真直ぐにも歩けていない。
バックの重量に操縦されるように右に左にふらついている。
そんなに何を持ってきてるのよ?
あまりの頼りなさについ心配してしまう、晴奈。
突如、その高志の身体が大きく傾いてブロック塀に激突しそうになる。
「わわわっ」
手をばたつかせて叫ぶ高志。
「ああっ」
背後で声をあげる晴奈。
手のばたつきが効いたのか、ブロック塀のぎりぎり手前でバランスを持ちなおした高志は、
「・・・・・ほ」
と晴奈が息つく間もなく、
なおしたバランスを逆へと傾かせ、高志がガードレールへと引き寄せられていく。
「わわわわわっ」
「あああっ」
再び、それぞれに叫ぶ二人。
晴奈がはらはらと見つめる前で、
高志はガードレールの前でターンし、
壁の前でターンし、
電柱をかすめ、
危険歩行を繰返し、
ガンッ!
「あ痛っ!」
ついに工事予告の看板に鼻から衝突した。
「!!」
見事な激突ぶりに目を閉じる、晴奈。
恐る恐る目を開けるとそこには、
看板をぼこっとへっ込ませ、
ヘっ込んだ分だけ顔面を埋没させた高志の姿。
「きゃーーっ!!!」
慌てて高志を看板から引き剥がす、晴奈。
ぐるぐる目をうずまきにした高志がごろりと腕の中に転がってくる。
「ああー、高志くん、しっかり〜!」
こうして、
晴奈の修学旅行のすがすがしい朝は、
自分をふった少年によって別の意味で忘れられぬものとなった。



そして、これが第2次恋の争奪戦の幕開け。


この中学の修学旅行の目的地は十数年変らず、京都であった。
そして地理的条件から鉄道ではなく、バスを使っていた。
生徒の中には新幹線の使用を希望する者多数であるが、
「バス、大歓迎だな」
と教師達は声を大にして言う。
なにせ、新幹線は遅刻者を待たない。
そして無論、
教師弓倉もバス歓迎派であり、
校門の立ち番につきつつ、一人の遅刻者も出ないことを願っていた。
「おはようございます」
大きな鞄を抱え、にこやかに登校してくる生徒達。
どの顔も期待に満ちて、
普段の授業のときとは比べるまでもなく生き生きと門をくぐっていく。
「おはよう」
短く、
それでも一人一人の輝いた顔を見ながら挨拶を返す、弓倉。
集合時間のかなり前から待ちきれずやって来る生徒達がぱらぱらといて、
それから時間にあわせて、多くの生徒達が友人と会話しながら登校し、
時間が迫るに連れて、すべりこみをかけた生徒が数人慌てて走りぬけて行く。
「おはようございますっ!」
「急げ、時間だぞ」
「はーーい!」
その慌てて校内へ走っていく生徒をまた一人見送って、弓倉は眉を傾けた。
次いで校舎に取り付けられた大時計に目を移す。
「・・・・・・・」
弓倉が無言で校門の外へ向き直る
名簿を持ってチェックしているわけではないが、
最低一人まだここを通過していない生徒がいる。
弓倉の最も良く知る顔で、
生徒達の中でなくとも、もっとも間近で見ている顔。
高志。
それがまだ来ていない。
「・・・・・・」
高志がやってくるだろう方向へ身体を向けて、弓倉が遠く歩道を見つめる。
と、集合時間を知らせる背後でチャイムが鳴った。
これから出発時間まで幾分間がとってあるとはいえ、
弓倉はざわついた気分に包まれた。
単なる寝坊から事故まで様々な想像が頭をよぎり、
それを黙殺しながら視線を遠くに保ち続ける。
弓倉にとって、不快としか言いようのない時間。
だから、
時計の針で計れば数分後、
「あわわ〜」
歩道の先から慌てふためく高志の姿が見えたとき、
弓倉はそれ相応の喜びを感じ、
「高志君、もう少しだよ、頑張って〜」
その背後にぴったりとくっつく女子生徒の姿を見取ったときには、
それ相応の感情がわき起こった。
良く見なくても、
その女子生徒の顔は弓倉の知った元「恋敵」のものであったから。


「少年っ・・・」
・・・・ごごごごごごっ。
「あ、弓倉先生、おはようございまーす」
ふらふらの高志をコントロールしつつ、晴奈は明るく弓倉に挨拶した。
「おはよう、だが遅い、遅刻だ」
すっと目を細めて応える、弓倉。
晴奈からは目を外して、その晴奈を背後にくっつけた高志を凝視する。
「お、お、おはようございます」
あわわわわと、およぐ高志の目。
これには訳が・・、と言いたげに口をパクパクさせている。
「すみません、先生。何か高志君がレクレーションで使う道具を積め込みすぎたみたいで、
 手を離すとこうなっちゃうんです」
かわりに晴奈がぴょこっと顔を出して事情を説明し、
ぱっと高志から手を離す。
「うわっ、ああ〜」
一瞬で傾く高志の小さな身体。
ふらっと片足が浮いたかと思うと、そのまま校門に突進する。
「あっ」
「おいっ」
やばいと感じた弓倉と晴奈が手を差し出す前に、
高志は思いっきり鉄の門に額をぶつける。
がい〜ん。
派手な音が響き、
「あう〜」
高志がその場でうずくまり両手で頭を押さえて涙ぐむ。
「ごめんっ、高志君、大丈夫!?」
「うう、ひどいよ、晴奈さん」
高志は慌てて駆け寄る晴奈に涙声で抗議する。
「頭見せて、怪我してない」
駆け寄った晴奈は、ぶつけたところを確かめようと高志の顔を覗き込む。
が、それよりも数倍早く、
「見せてみろ、手をどけて」
風のように弓倉の両手が晴奈の目の前を横切り、
高志の量頬を掴んで顔を持ち上げさせた。
・・・いつの間に?
先をこされて驚く晴奈の前で、
弓倉は真剣な目で高志の頭に顔をよせて、額を確かめる。
「先生・・」
そのまま高志とキスしそうな距離。
晴奈がどぎまぎとして立ち尽くしていると、
真剣そのものだった弓倉の目が緩み、
教師という人間から晴奈が初めて聞く、とても優しい声が高志に送られた。
「うむ、怪我はない。あまり心配させるな、少年」
「はい、ごめんなさい」
両頬に手を当てられたまま、こくんと高志の顔が落ちる。
「とりあえず、無事ならいい」
弓倉はそう言って高志を立たせ、晴奈の方に向かって言う。
「さて、説教はそれぞれの担任にまかせるから、早く教室にむかえ」
その顔は凛として眩しく、
「このへっぽこ少年は私がひきずっていくとしよう」
有無を言わせず高志を後ろ向きに引っ張って行く姿は、とても力強い女性のものでった。


「わ、わ、わ、先生、歩くの速すぎっ」
「君の注文は聞かん、まず足を動かせ」
晴奈が急ぎ足で教室に駆け込むと、当然のごとく晴奈がこのクラス最後の登校者であり、
クラス全員と担任から大注目という朝の挨拶をもらうことになった。
「遅い」
「すみませーん」
たぷり浴びせかけられる視線の中、担任から軽い小言をもらって席につく。
「せ〜ふ」
とりあえず旅行自体には間に合ったので、ほっと息をつく晴奈。
「アウトよっ」
が、そこにすかさず後ろからチョップでつっこみが入った。
振り向くとそこには親友件、自称、晴奈の監視役を称する腐れ縁の古い友人、
香奈がぷんすかという擬音をまとって怒っていた。
「何やってんのよあんた。このキングオブ学校行事の修学旅行を堂々の遅刻で始めるなんて」
「いや、ちょっといろいろあって」
「ほう、ちょっとでいろいろ?難しい日本語で表現されますな。
 こっちは晴奈のお蔭で一クラスだけ出発が遅れるかもっていう雰囲気だったのに。
 そうなったらアンタは今ごろ針のむしろよ、ぽんぽこ山で火あぶりの刑よ。
 そうなってみなさい、一応、アンタの大親友の私は自分の身を捨ててアンタを庇わなきゃいけないのよっ。
 うわっ、最悪。それなのにこの娘は何だか嬉しそうな顔で登場しなさりやがってっ」
「えへ、心配してくれてたんだ。ありがとう」
どしっ!
明るい笑顔を振り撒く晴奈に香奈はもう一発、今度は重いチョップを食らわせて、
耳を掴んで引き寄せる。
「で、何してたのよ?正直に、包み隠さず吐きなさい」
「あうう、話せば長いんだけど・・・」
頭を押さえながら、晴奈は今朝の高志とのいきさつを話した。
「というわけ、・・・えへへ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「私もどうしようかな〜って思ったんだけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「でね、その高志くんが頭をごごんとかぶつけちゃって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「聞いてる、香奈?」
「・・・・・・・・。」
「お〜〜い」
「このアホ娘!!」
ずどんっ!!
晴奈に降り注ぐ本気の手刀。
「痛〜っ、今のは本気入ってたでしょ」
涙目で訴える晴奈の前で、ゆらりと影を揺らす香奈。
「ほほほほほほっ、男か?男が理由で我がクラス全員を危機に陥れようとは万死に値。
 しかも、その高志君はアンタが一度振られた男でしょうが!」
「そうなんだけどね、あの場合しかたなく・・」
「アンタが忘れても私は忘れない。アンタの泣き電話に徹夜してつきあった事を、
 駅裏のスペシャルパフェを2杯もおごらされた事を、
 その前にお腹すいたとか言って、ウルトラランチ半熟玉子付きをおごらされた事を、
 どこの失恋娘が焼け食いメニューに半熟玉子を入れるか?
 おまけにその翌日は・・、」
「陸上部の記録会だったんだよね、二人ともお腹壊して、もー大変」
「・・・・・そう。 あんまり最低の記録だから、
 常識を装備した心優しい陸上部の友人達は大丈夫ときいてくれるけど、
 花の乙女が食い過ぎで腹壊しましたなんて言えますか?
 アンタは言えても私は言えん、私は忘れないあの日の苦しみを、
 けれど痛みによって分かち合った美しい友情があったことを」
「うん、私、卵は半熟が好きだから・・・」
ずどばんっ。
「・・きゅう」
最後にボケをかました晴奈を沈黙させた、香奈。
「で、運命の再会を果たして高志君とは上手くいきそうなわけ」
「う、上手くって」
「決まってるじゃない、そんなイベントが発生したら次は恋の捕獲大作戦よ!」
「ほえ?」
香奈のやる気まんまんの声に顔をあげる晴奈。
香奈はもはや晴奈を見ておらず、ひとり拳を握って笑みを浮かべていた。
「ふふふ、こんな面白イベントのがすわけにはいかないわね」


そして、
「で、うちのクラスのバスには弓倉先生も同乗してもらうから・・・」
こんな担任の説明が全然話を聞いていな生徒がいる教室に流れつつ、
「じゃあ、バスに乗り込むぞ」
「はーーい」
くったくのない明るい声が響き渡るのだった。

グランド脇に並んだバスの列。
一台につき一クラスが割り当てられており、
それぞれのフロントガラスには、
学校の名前とクラスの番号と一致させたバスの号車が書かれた札が貼られている。
各クラスの生徒達は既に乗車済みで、
担任をもっていない弓倉は便乗者として、乗り遅れの生徒がいないのを確かめてから、
あらかじめ決められたその中の一台に乗り込んだ。
「あはははっ」
「このカメラどう使うの?」
「こっち、こっち」
車内に満ちる生徒達の弾んだ空気。
教師として、修学旅行には何度か随行している弓倉であるが、
この初日の出発まえというのは何度経験しても新鮮なものがある。
「弓倉先生、おはようございます。今日からしばらくお願いします」
「おはようございます、角野先生。こちらこそ」
最初に、一番前の席に座っていたこのクラスの担任教師と挨拶する弓倉。
「こういう雰囲気はいいね。呼吸するだけで若返るようだよ」
形式的な挨拶を終えて、角野は弓倉だけに聞こえるように小声で話す。
「私は、遅刻してきたお前のところの生徒のお蔭で少々歳を食わされたようだがな」
同じく、小声で返す弓倉。
角野は、はははっと軽い笑みを浮かべて首を回し、
その遅刻してきた生徒、最後尾の席に座る晴奈の方を見る。
角野と弓倉が目を向ける先で晴奈は、
隣に座る香奈や回りの友人達と愉しげに会話を弾ませていた。
「食われた歳も生徒達の良き思い出となり、さ。今日は大目に見てやってくれ」
「他人の歳だと思って軽く扱ってくれる」
「無論、担任として僕の歳も差し出してるよ。
 まあ確かに、君は生徒達に人気があるから僕よりもよけいに食われてそうだ」
「いつもながらお前の言いようには誠意が感じられないな」
「僕の誠意は生徒向けなんでね」
軽くいなし合う、二人。
この二人は同期であり、学部学科の違いはあるものの出身大学も同じ、
他の目の無いところではこのような口調で話し合う。
「立派な担任ぶりだ」
「君に誉められると後が怖いよ」
そこまで言って、角野が後ろ向きのまま立ちあがった。
担任らしく声を車内全体に伝わらせて、
それまでお喋りに夢中になっていた生徒達を注目させた。
「よーし、みんな聞けー、さっき教室でも話したとおり、弓倉先生がこの旅行間我がクラスに随行してくれる。
 みんな、迷惑をかけないように。だが、困ったことがあったら遠慮なく迷惑をかけるように」
角野の話しぶりに湧く生徒達。
「で、早速迷惑をかけた晴奈。隣の席に弓倉先生を贈るので、たっぷり搾られるように」
それで、さらにどっと笑いがおこる。
晴奈は肩をすくめて、ぺろっと舌を出す。
「というわけでお願いします、弓倉先生」
そう言う角野はにこやかに担任教師の顔を弓倉に送った。


「さあ〜、先生、こいつをどう搾りますか?」
バスの最後尾。
横一列が繋がった座席で、弓倉を迎えた香奈が晴奈を差し出して言う。
「私がはりきって手伝いますっ。こうですかっ?こうしてやりますかっ?」
香奈は、晴奈の腕を掴みギリギリと【ぞうきんの刑】を施して見せ、
そこからさらに拳を作って晴奈のこめかみへの【梅干の刑】へと変化する。
「あううっ、香奈、責め方が小学生みたいだよ〜」
「ほう、晴奈嬢はアダルトな責めがお好きですか?進んでますのぉ〜」
「わあっ、先生助けてっ」
香奈に絡み付つかれ、
なにやら怪しい体勢に移行していくところで晴奈が弓倉に助けを求めた。
「うむ、そこまでだ2人とも」
一言で終らせる、弓倉。
「はーい」
素直に返事をしてぱっと離れる香奈に、
「はい・・・・って、2人ともというのは被害者の私もですか?」
と、やや不満の晴奈。
「うむ、修学旅行に遅刻して来るめでたい生徒には確かに適度な罰だと思ったからな」
「あうう」
落ち付いて隣の席に腰を下ろす弓倉に言い渡され、
晴奈は頭を抱える。
「まあ、その遅刻のお蔭で男子生徒がひとり救われたのは事実だからな、
 そこのところは感謝しておく、ありがとう」
その『ありがとう』の部分に言葉以上の意味を感じて、
頭をあげて晴奈は目をぱちぱちさせて弓倉を見る。
「どうした?」
「いえ、こういうに『ありがとう』って言われたの久しぶりで・・・・、えへへ、照れちゃいますね」
晴奈は、はにかんで照れ笑いを浮べた。
ボコッ。
「あうっ」
香奈が、その頭にチョップをかます。
「だが、そのために我がクラス全員の心にいらぬ雨を降らせようとした事実忘れはさせん!」
「そうだな」
「ええ?じゃあ、あの場合私はどうすれば??」
「むろん、良心と己の能力に従って今日と同じく目の前の男子生徒を救えばいい。
 そして、心優しきその親友から罰を受ければいい」
「ええ!それじゃ、私は助け損?」
「とは、思っていないだろう」
ニヤリ笑う弓倉に、
はっとした顔で大切な何かを学ぶ晴奈。
晴れやかな笑顔を作って大きく頷く。
「はい、思ってないです」
そして、弓倉も一つ頷き、すごく真面目に人生の先輩となって。
「そして、そういうところが君の人生の誇りとなり、同時に落とし穴となるだろう」
「ええ!?」
ういでに香奈に向かっても。
「そしてそれを助けるのは君だ、一緒に痛い思いをしてやろうと思う人間はそうはいないからな」
「うわっ!!」
「「じゃあ、どうすれば?」」
弓倉に向かって、同時に答えを求める2人。
「あきらめろ、そういう関係を世の中、腐れ縁というのだ」
弓倉はふっと笑って言い。
「とにかく、全員が旅行に参加できて感謝だ」
誰に向かってでもなくそう言った。

だいたい同時刻。
高志も自分のクラスのバスに乗り込み、自分の座席の中でほっと息をついていた。
とにかく修学旅行に遅刻することも、
弓倉先生のちょっと斜めにスライドしてくる怒りも避けられたのだ。
人並みのスタート地点につくまでにこれからの運をかなり消費したような気はするが、
それにも増して安堵にひたっていた。
コツコツ。
その安堵する高志の後頭部を、後ろの座席から身を乗り出してつつく者がいた。
「なに、葵さん?」
高志が振りかえった先にいたのはクラスメイトの葵。
落ち付いた雰囲気を身にまとい、普段から少ない口数そのままに、目を細めて一言。
「むこう」
と志郎の隣の窓を指差した。
葵の整った顔立ちと、綺麗に揃えられた指先を順に追う高志。
窓まで目を動かして見たものは、
「やほ〜っ」
と、隣のバスから高志に手を振ってくる晴奈であった。
正確には、
互いのバスはすでにエンジンがかかっており、窓の外の音は全てかき消されている状態で、
『やほ〜』と言っているらしい晴奈が高志に手を振っているのが見える。
そして、なにより晴奈の向こうに見えたのが弓倉。
偶然バス越しに隣に並んだ高志を見付けて喜ぶ晴奈の肩越しに、冷ややか〜な視線を贈ってくる。
「うひっ」
慌てて首をひっこめようとする高志。
が、今度はとなりの席から身を乗り出した男子生徒にそれを阻まれた。
「なんや晴奈と・・・、げっ、やっぱり香奈」
高志のクラスメイトというより、友人の晃治だ。
高志と違いなかなか立派な体格で明るく朗らかな男子生徒で、
ふざけていても根が正直で真面目な部分が強く、そのあたりが高志とうまが合うらしい。
晴奈や香奈と同じ陸上部に所属している。
・・のだが。
向こうも晴奈に呼ばれた香奈が窓を覗き込んで来るなり、
げっ。
しっしっ。
というゼスチャーをとる。
ついでに香奈が晃治に向かいパクパクと口を動かし何かを告げる。
「聞こえねーよ、バーカ」
挟まれた高志ごと窓に顔をくっ付けて言う、晃治。
すると、その後ろで冷静に葵が、
「・・・バカ晃治、あんたのせいで美しい旅行の始まりがよごれたわ・・・と言っている」
香奈の口の動きに合わせてもの静かに通訳した。
驚いて同時に振りかえる、高志と晃治。
葵は窓の向こうの香奈を見たまま、
「・・・これ以上私の思い出の1ページとなるこの瞬間に顔を出さないで・・・しっ・・・しっ・・しっ・・・だそうだ」
無表情に後を続ける。
またもや窓へ振りかえる晃治。
「なんだと、このスピーカー女、お前こそ向こうへ行けっ」
「・・・聞こえないわよ・・・ばーか・・・確かに向こうには私がいない」
冷静にそのままを葵は告げる。
「くそうっ、どうすればいいんだ!こっちは言われっぱなしか!?」
「メモ、書いて見せたら」
頭を抱えて悔しがる晃治に、葵は短くアドバイスする。
「そうか、お前、頭いいなっ」
「どうもいたしまして」
葵は水晶のように透き通った瞳で晃治に会釈した。
「よーし、はあああっ」
窓に息を吹きかける昴治。
そこに大きく、
『バカ香奈』
と記してうっししと笑う。
「うき〜っ(葵中継)」
そして、香奈の方も窓に息を吹きかけ・・・・・。
窓越しの戦いは、肺活量と文字による罵倒合戦へと移っていった。
むろん、高志はその間できゅうきゅうと犠牲になりつつ、
上機嫌な晴奈と明かにまずい感じの弓倉に見つめられ続ける。
「ちなみに・・・」
そんな高志に葵。
「私も晴奈の友達だから・・・」
戦慄する事実を告げて、ようやく、ようやくバスは走り始めるのだった。
ところ、
バスは順調に高速にのり、ちょいと休憩にサービスエリアに入り、
状況、
高志は目に見えぬ圧力に従順に拘束され、
やっと休憩できるサービスエリアの隅で、ひとりほおっと息をついている。
「何をいきなり疲れているんだ、少年」
「わっ、先生!」
はっと顔を上げる高志。
そんな高志を見下ろして、弓倉は手に持った紙コップを振りながら小声で言う。
「うむ、その驚きようから見て、疲れの原因は私のようだな」
「そんな、別に先生のせいじゃ・・・」
「あれでもか?」
答える高志に、
弓倉は視線でサービスエリアの片隅を指した。
そこにいたのは、他校の生徒も含め大勢の修学旅行生でごった返す店の方から、
きょろきょろと頭を振って高志を探しているらしい香奈と、
香奈に手を引かれた晴奈。
「あっ」
高志は慌ててその場を離れようとする。
が、弓倉がそれを引きとめた。
「待て、君が逃げまわることもないだろう。あの2人も君を探すのだと張りきってバスを降りたのだぞ」
「え、でも・・・」
と、困った顔で高志が弓倉を見た。
「ほら、やはり私に気を使っているではないか」
視線を下ろし、弓倉が言う。
「つまらん気を使っていてはせっかくの旅行が楽しめないぞ。
 どうせ私とは、そうそう並んで歩くこともできんのだから、ああいう友人達と絡まって遊んでくればいい」
「先生は、それでいいんですか?」
「挑発する物言いだな。私はこれでも大人のつもりだぞ」
弓倉は高志の晴れぬ顔に手を伸ばしかけ、
ひとつ息をついて変わりに手の中の紙コップを渡す。
「君と彼女達の関係を知っているように、私は君という人間を知っているつもりだ。
 なによりも君との関係が君に負担をかけるというのなら、それこそ私は面白くない。
 まあ、バスの中の彼女達の話だと・・・・・」
弓倉はそこまで言い掛けて首を振り、
「これを言うのは反則だな」
混雑する人ごみを掻き分けるのに苦労している晴奈と香奈の方を見た。
「とにかくこの旅行の間は私のことを気にせずに好きなように行動すればいい。
 正直、癪にさわる場面も見せられることになるだろうが、そこは私の器量というものを信じておけ」
ぽんと、弓倉は高志の背中を押した。
高志の足が一歩進み出て、そのせいという訳ではないだろうが、晴奈達が高志を遠くから見付ける。
「でも先生・・・」
「なんだ」
「浮気は禁止ですからね」
「ほう、それも挑発的な物言いだ」
言って、
弓倉は晴奈達が駆け寄ってくるのをなるべく笑って見ていた。





ところ、
自販機前。
状況、
出発直前ブラックコーヒーを買っている弓倉に、角野。
「君は気に入らないことがあるとコーヒーをがぶ飲みする癖があったねぇ」
「ほっとけっ」

京都。
修学旅行先の定番中の定番。
バスについている旅行会社のガイドと現地のなれたスタッフの誘導に従って、
これまた定番のコースを団体でぐるぐるまわる。
引率教師の弓倉にとっては楽で安心このうえない。
が、
生徒達の方はそうもいかないので必然的に自由時間の自由行動というものも発生する。
そして教師陣も、旅行会社も、現地人も、
これまで積み上げられてきたありがたい経験により
子供を本当に自由にすると必ずトラブルが発生することを知っているので、
その自由にも定番と言うものが設けられていた。
それがここ、
清水寺へとつづく一本の坂道。
両脇に店がつらつらと並ぶ、観光名所である。
「では、弓倉先生からも一言」
「あー、迷子になるな。トラブルに出会うな。
 出会ったら、引率している我々教師>>お店の人>>>>とにかく親切そうな人の順で
 助けを求めて最小限で回避するように。あとは楽しくやれ」
バスの中でマイクを持たされた弓倉はいつもの調子で注意し、
「じゃあ、降りるぞ」
角野の陽気な先導で生徒達はバスを離れ、
「よし、行ってこい」
単純明快な号令で、
それぞれの笑顔で観光客でにぎわう街並みへ足早に拡散していく。
「さて、全員無事に帰って来ますように」
少し遅れて、使徒達を追い歩き出す角野と弓倉。
「心配なら、お前も生徒にまじって行けばいいだろう」
「そうしたところだけど、いきなり教師に張り付かれたんでは生徒達が迷惑だろう?
 貴重な自由時間を潰させる様なことはできないね」
「うむ、基本だな」
「ああ、基本だよ」
歩む、大人2人。
他のバスからも同校の生徒と教師達が降り、
生徒は教師を置いて進んでいく。
弓倉はなんとなく高志の姿を探そうとして、やめた。
高志も高志の自由時間を過ごすのだ。
自分の視線で縛ることはない。
と、いうわけで。
「それでは、私はここで一番うまいコーヒーを出すという茶屋を目指す」
「茶屋でコーヒー?」
「うむ、雑誌の隅にのっていた。最近できた新しい店らしい」
「教師の買い食いは良くないな」
進みはじめた弓倉に角野は言う。
「人間の不思議でな、こういう場所での出店の茶屋は文化的に許されるようだぞ。
 それにな・・・」
答える、弓倉。
「お目付け役がいない今が好機なのだ」


「お目付け役?」
小首を傾げる角野だったが、
弓倉は答えず、弓倉はそのまま足を早めて角野を置いていく。
「言っておくがついて来るなよ。記事どおり美味かったら後で教えてやる」
振り返らず、
背中を見せて言う弓倉。
「楽しみにせずに待っているよ」
「うむ、そのぐらいの期待が頃合だな」
ゆったりと会話を交して、2人の距離は離れていく。
清水寺までつづく坂道を弓倉は上る。
道の両側に並ぶ店々の中。
-珈琲。
さほど苦労することもなく、弓倉はその看板をつけた目的の店を見付けた。



「珈琲を頼む。できるだけ濃いやつを」
弓倉は店員に注文し、表の通りに面した長椅子に腰をおろす。
店の造りは周りの景観に合わせた日本茶屋。
だが漂う香りは珈琲一色。
それだけで弓倉はとりあえず『良い店』と決め、出てきた珈琲を一口含んだ。
「ほう」
『良い店』から『かなり良い店ではないかっ!!』へ、
瞬時に格上げされる評価。
それは味はもちろん、注文以上にかなり黒々とした超濃の珈琲であった。
「これはなかなか」
高志に濃すぎるコーヒー禁止令を出されてから極度に飲む量が減ったのだが、
やはり自分は珈琲党らしい。
そして、ここまで濃いやつを飲むのはどれだけぶりか?
弓倉は久しぶりに一人、濃密な香りを愉しむ。
高志が傍らにいれば嫌な顔をして、隙あらばカップを取り上げようとしているところだろう。
だが、今、いないのだから問題無い。
「普段、せずともよい遠慮している私への当然の報酬だな」
弓倉はカップの中で呟いた。
さらに、傍らに並ぶことなどないこの旅行中がチャンスだ。
などと考える。
目の前の通りを行き交う多くの観光客。
その中に弓倉が引率する生徒達が交じり、幾人かは弓倉を見付けて楽しそうに挨拶してくる。
教師と生徒。
良くない関係をもってしまった間であるが、高志もこの旅行中はそれを忘れて自由に動けばいい。
「・・・うむ、そうだ、そうだぞ少年」
というわけで通りの向こう側、
弓倉は、
数分前から珈琲をすする自分を見付けて非難めいた顔をする高志の存在に気づかないふりをすることに決めた。
「高志くーん♪」
そして直後に聞こえる高志の名を呼ぶ晴奈の若々しい声も、
別の理由で気づいていないことにした。


が、声の主はあちらから近づいてきた。
「あ、弓倉先生、何を飲んでるんですか?」
晴奈だ。
香奈、葵、晃治、そして少し遅れてついてくる高志とグループを作り、
弓倉の前に立つ。
「珈琲だ。この店は最近できた専門らしい」
「私も雑誌で読みました。美味しいですか?先生」
興味津々で訊いてきたのは、香奈。
「うむ、なかなかだ」
弓倉は答え、
一団の背後から非難めいた顔で見つめる高志に聞こえよがしに付け加えた。
「特にこの濃い目に淹れてもらったのはかなり美味い。
 やはり珈琲というのは濃い目に限る」
高志はそれを聞いて何か言いたそうにするが、
この状況で何を言う事もできない。
弓倉は高志にだけ分かるように目で笑い、カップに口をつけて珈琲をすする。
あっ、あっ、という高志の顔が弓倉には楽しい。
「じゃあ、それブラックなんですか?
 私、砂糖とミルクがないと珈琲飲めないです」
晴奈が言う。
香奈が隣で笑った。
「晴奈の場合、珈琲にミルクを通り越して、珈琲牛乳になるものね」
「む、カフェオレっていってよ」
そこで香奈につっこむ晃治。
「そいうお前だって、ブラックに挑戦とか言って『苦っ』とか言ってたろ」
「それをちょっと一口とか言って、全部飲んじゃう奴の話なんか聞きたくありませーん。
 女の子の飲みかけを平気で横取りするなんて、神経にフィルターなさすぎっ」
「安心しろ、お前は俺の内側で女子の枠から外してある」
「なにーーっ」
絡みあう、晃治と香奈。
晴奈はそんなのはいつもの事だと気にもとめず、高志に話しかける。
「高志君は珈琲って好き?」
訊かれて、高志はちらっと弓倉を見た。
仕返しとばかりに晴奈よりもむしろ弓倉に聞かせて答える。
「ううん、あんまり。特に濃いやつは匂いもキツイし」
「あはは、仲間だ」
晴奈は喜んで微笑み、高志の手をとって握手した。
むっ。
今度は弓倉が高志に批難の視線を向ける。
『仲が良さそうで結構だな』
『先に意地悪したのは先生でしょ』
無言の会話を交す2人。
香奈と晃治はさらに口論を続け、
葵がだけが唯ひとり、弓倉の隣に腰掛けて、いつの間にか注文した珈琲を静かに堪能していた。

「・・・・・平和、ね」


「さて、そろそろ集合だ」
自分と葵のカップが空になるのを待って、立ち上がる弓倉。
生徒達も立たせて、店から離れさせる。
その際、
さり気に高志の背を押して、晴奈との距離もあけさせたりもする。
「・・・・・・・・」
それが分かって、弓倉を見る高志。
「あ、次は清水寺に入るんですよね」
分からずに、きらきらと修学旅行を愉しんで弓倉に話しかける晴奈。
「そうだ、その前に全員集めて点呼をとるのが一仕事だがな」
弓倉はそっと高志に背をむけ、
晴奈を会話の糸で引っぱって歩き始める。
「やっぱり迷子になっちゃう子とかいるんですか?」
「うむ、いる。毎年、必ずひとりはいる」
香奈も後を追って会話にはいり、
晃治を指差してまた小喧嘩を開始する。
「それって、こんなのみたいに人の話をきかないヤツがなるですよね」
「なんだとー」
「正確には迷子ではなく、町並みを見るのに夢中になって集合時間を忘れてしまうんだがな。
 それが問題で、毎年、旅行中の自由時間の廃止なり短縮なりが議題になる」
「えーっ」
修学旅行中にふさわしい、
生徒達と教師のありふれた会話。
ただ、
そのありふれたはずの教師の背中には、おまえはちょっと離れて歩け、というメッセージが感じられる。
「・・・・はいはい」
誰も聞かれないはずの声で、小さく了解した高志。
たしかに、今さら皆の前で弓倉と何でもないように接するのは難しい。
高志は小さな肩を、小さく落として弓倉の後をやや遅れて追っていはじめた。
と、
「何が、はいなの?」
「え?」
いつの間にか、そんな高志と並んで歩いていた葵。
「・・さっき、はいはいって言った」
誰にも聞かせなかったはずの言葉を、しっかり聞いていた。


じーーー。
高志とあまり背のかわらない葵。
それでも並べば5mmほど葵が高いが、目と目を平行に合わせて見つめてくる。
「あ、その、ひとりごとだから・・」
「嘘、あれは誰かとお話してた」
追求。
「してない、してない、誰ともしてないよ」
「嘘・・」
「嘘じゃないよ、本当っ」
「動揺してる・・・」
「してないよ」
「してる・・」
「してないってば・・」
「高志くん、嘘つくと背が縮むよ」
「うっ」
そして意地悪。
葵は、高志が一瞬口を閉ざし、つい頭に手をやりそうになるのを見た。
「ほら、こんなのを信じるくらい動揺してた」
突く。
「ううっ」
高志は、慌てて手を下ろす。
葵は、半分だけそんな高志から視線をはずした。
はずした分だけ、前を行く弓倉達が見える。
晴奈、香奈、晃治。
弓倉の周囲で楽しそうにまだ絡みあっている。
晴奈がこちらを振り返った。
笑顔で葵を、そして高志を見る。
おそいよー。
そう言って手をふった。
「・・・高志くんの相手は、私が訊いたらだめな人?」
葵は、晴奈の笑顔を目に収めて再び問う。
「・・・・・・・」
高志は答えられなかった。
葵と同じく、晴奈の笑顔が見えている。
弓倉の背も。
「・・・そう」
葵は質問を打ち切った。
「じゃあ、もう訊かないから代わりに走って。晴奈が呼んでる」
そして、高志の背中を押して前に出す。
「速くね、高志くんの代わりに私はゆっくり歩ていくから。・・・はい、ダッシュ・・」
最後の掛け声は陸上部らしい、慣れたもの。
高志は思わず駆け出し、そのまま晴奈達に追いついていく。
晴奈の他に振り返って迎えるのは香奈と晃治。
弓倉だけが背を向けたままで、
葵は淡い表情で呟いた。

「・・・・私達には、教えられない人・・・・」

そんな感じで自由時間はいったん終了。
クラスごとに集まりなおし、清水寺に入る。
クラスが異なる晴奈と高志は、ここでいったんお別れ。
名物、
清水寺の高台には高志のクラスが先にのぼり、晴奈のクラスはそのすぐ後ろで順番待ちになった。
「おー、高けーっ」
一足先に元気な声をあげる、高志のクラスの生徒達。
木で造られた欄干に並列し、ガイドさんの話を聞きながらその高さを喜ぶ。
中でもひときわ大喜びなのが晃治。
「うひょーっ」
とか言いながら、
長身を前のめりにし、上体を思い切り柵のむこうまで持っていって景色を楽しんでおり、
楽しみすぎて、さっそく担任に危険だと叱られた。
その様子を見て、
晴奈と並んで同じ順番待ちしている香奈が額に手をあてて首をふった。
「ふう〜、あのアホはいつも・・」
晴奈は笑みを浮かべて相づちをうった。
「晃治くんって、高いところに出ると張り切るもんね」
「そう、アホの証拠。ひとが何度言っても治らないのよね」
香奈は、演技ではないため息をつく。
「晴奈には前にも話したよね。
 あいつと私の家は隣どうして、2階の向かいあった窓からなんとなく飛び移れそうな気がするって話」
「それで晃治くんがちっちゃい頃、本当に飛び移ろうして落っこちたんだよね」
「・・うん」
香奈は頷く。
視線は晃治へ。
晴奈が高志を見ていたときは、また違う目。
香奈はぽつぽつと、晴奈だけに聞こえるように続ける。
「あの時、窓をあけてこっちにおいでって言ったのは私なんだよね。
 最初は私が晃治のいる部屋に飛び移ろうとしてたんだけど、
 晃治に危ないからやめろって言われて、じゃあっていう感じ・・」
香奈の忘れられない光景。
向こうの窓からこちらに跳び出す、幼い晃治。
家と家との中間。
幼いジャンプは想像の半分ほどで終わり、晃治はそのまま地面まで落ちた。
それが、
香奈が一番泣いた日。
あれから今まで、泣く機会は人並みにあったが、あれほど本気で大量に涙を落とすことはなく、
あの、身体の全部が涙になってしまうような想いは、
これからも、ないんだろうな・・・と、香奈は思う。
そう、
小島香奈の貴重な本当の涙は、あんなバカ男の為に消費されてしまった。
「・・・・まったく」
「あ、香奈、不機嫌な顔になってる」
晴奈が、香奈の様子を見て言う。
「うん、とっても不機嫌、不愉快な話」
香奈は顔に手をあて、その表情を揉みほぐして肯定する。
あのとき、軽いといは言えない怪我をして何日も病院にいることになった晃治。
晃治は、もうここから出られないと思った幼い香奈。
それが歩けるようになって、
退院できて、
また香奈と遊べるようになって、
喧嘩もできるようになって、
そのうち、
生意気に香奈よりも大きくなり、
走るのも香奈より速くなり、
互いに学生服を着る頃には、
晃治は香奈よりもはるかに大きく、足も速い男になった。
「・・・・・まったく、本当に」
そのひとつ、ひとつ。
香奈はちゃんと、密かにだが喜んでやった。
あともう少し。
晃治から、あの子供っぽい馬鹿騒ぎ癖が抜けたら、自分の役目は終わりだ。
終わりというより、たぶん・・・用無し。
アレは強くなった自分の足で、好きなところへ跳んでいける。
晴奈の見つめる前で、顔をあげる香奈。
にっこりと笑い、晃治のほうをまた見る。
と、その晃治。
担任の目を盗んで、再び柵から身を乗り出す危険な姿勢で顔に風をあてていたりした。
「おー、いい風っ」
「あの、アホ〜」
笑顔から怒り。
香奈のこめかみがピクピクと震える。
「晴奈、ちょっと私、行ってくるっ」
「香奈、よそクラスだよ」
「いいの、あの馬鹿はまだ私の管轄!」
香奈は列を離れ、ずんずんと進んでいく。
その姿は強く、
他のクラスの列をかき分け、かき分け、一直線に晃治を目指していった。

そんな理由で始まる、始まる香奈と晃治の騒動。
「あんた、危ないからやめろって言われたでしょっ!」
「おまえこそ、ひとのクラスに入ってくるなよっ」
「いいから、離れなさいっ!!」
香奈が晃治の背を引いて強引に欄干から引き離そうとし、
晃治は意地になって欄干に取りつく。
「離せるもんなら、離してみろっ」
欄干に腕をまわし、挑発する晃治。
香奈は、そんな晃治を全力で引いた。
「ええいっ、この〜っ!!」
「へへんっ」
・・びくともしない。
「くっ」
香奈は、晃治の背から腰へ腕を回しなおした。
晃治の腹で両手を組み、膝のばねと体重をフルに使って引っこ抜こうとする。
横から見て、綱引きをするような香奈の姿勢。
周囲の目が集まるが、香奈はかまわず歯を食いしばった。
「んぐーーーーっ!!」
香奈、本気中の本気。
全身の筋が収縮し、晃治の腹で組んだ手がぷるぷる震える。
が、
それでも晃治の身体は動かなかった。
動かないどころか、晃治の体勢を1センチずらすこともできない。
「おいおい、それで本気か?」
余裕の顔すら見せてくる晃治。
この力の差は、
香奈にとって、根を頑丈に張った樹を相手にしているような感覚を思わせた。

真剣な香奈。
でも、動かない晃治。
周囲の騒ぎがより大きくなっていく。
この騒ぎに再び駆け寄っていく晃治のクラスの担任。
香奈・・・。
晴奈はこの状況におろおろし、自分の担任の姿をさがした。
そして、見つけたときには、既に騒ぎの方向に駆けていた角野。
晴奈は声をかける。
「角野先生っ!」
「連れ戻してくるから、弓倉先生の指示を聞いて待っていなさい」
角野は背中を向けたまま片手を上げて言った。
そこで注目を集める弓倉。
ざわつく生徒達を見つめ返し、日々の授業で聞かせる落ち着いた口調を聞かせる。
「うむ、まあ旅行と言えばこういう事もある。
 幸い、今回はああやって止めに入れる人間もいるから心配するな。
 ああ、もう回収してくるな。
 バスに戻ったら反省会の材料だが、今は暖かく迎えてやれ」
弓倉の言うとおり、
香奈と晃治はそれぞれの担任引き剥がされ、香奈は角野に引っぱられてくる。
角野の顔は、やれやれという苦笑いの表情。
後でそれなりに叱られるだろうが、それでクラス全体は落ち着きを取り戻した。
そして、
「説教は後だ、自分の班に戻りなさい」
実際に香奈が一言で角野から解放されると、
場は、落ち着きから楽しげな空気へと生き返る。
「では、班ごとにしっかりと集まりなおして。点呼。
 もし不明者が他にいたなら、すぐに教えなさい。・・・・・全員いるか?」
「「「いまーす」」」
クラスのまとまりは元通り。
その中で香奈は、落ち込んだ顔をしていた。
「大丈夫?」
晴奈が訊ねると、乾いた笑みをつくる。
「うん、ごめんね。
 ・・・なに?晴奈までそんな顔をしなくていいんだよ」


その後、
晃治達のクラスと入れ替わって清水の舞台にのぼる香奈と晴奈。
香奈は一度つくった笑顔のままで景色を眺め、晴奈も並んでそれを見た。
「高いね」
「うん」
舞台での会話はそれだけ。
時間いっぱい清水での思い出をつくってから、バスに戻った。
「・・・ふう」
自分の座席につき、香奈は大きく息を吐いた。
「・・・はぁ」
同じく、隣の席で、晴奈も息をついた。
次々とバスに入り、席についていくクラスメイト。
ほとんどが初めて清水寺に入った者達であり、それぞれに興奮した感想を口にしあい、
車内をあたたかなにぎやかさで満たしていく。
その、にぎやかさの中。
しばらく静かにしていた2人。
担任の角野もバスに戻ってくると、そろって身構えた。
香奈、そして、ちらっと隣の晴奈の方を見た、角野。
何か言われる・・。
そう思い覚悟を決めた。
が、
角野は何も言わず、そのまま一番前の席に着いた。
あれ?
晴奈は思い、
ほっ。
香奈は安堵した。
そこで顔を見あわせる。
「・・怒られなかったね」
「・・うん、もう許されたのかも」
そして、
「・・くくっ」
「・・くすくす」
香奈と晴奈に本当の笑顔が戻った。
「・・良かったね」
「・・ラッキー」
囁きあう、少女。
そこに狙いすまして、もうひとりの引率教師が間近から声をかけた。
「残念だが、叱る役目は私に押し付けられた」
「え?」
「ええっ」
弓倉である。

「つまらん仕事をつくってくれたな」
弓倉は、とくに怖い顔をしていない。
が、笑ってもいない。
バスの最後尾。
静かな説教モードで、香奈と晴奈の側に詰めて座る。
「うっ」
「うっ」
香奈と晴奈は弓倉の気に押されて窓側に身をよせた。
弓倉は言う。
「さて、バスが走り出す前に言い訳してもらおうか。
 分かっていると思うが、言い訳の正当性と君がこの後受ける説教時間は反比例するぞ。
 嘘は許さんが、あの騒ぎに義があったのなら率直に話してみろ」
「・・・・・・・」
言われて、香奈は考える。
そして、晴奈も考えた。
「あれ?」
で、晴奈は気づいた。
「先生、怒られるのは私じゃなくて香奈だけですよね」
「うむ」
弓倉は返事をする。
と、香奈が晴奈の肩を掴んだ。
揺さぶって、すがる。
「ええ〜っ、一緒に怒られてよ〜」
ぶんぶんぶんっ。
弓倉が見ている前で、晴奈の目が回るほど前後させる。
ふざけているようにも見えるが、香奈としては懸命だ。
弓倉が本気で怒ると怖い。
実際にキツク怒られたことはないが、そんな気がするからだ。
「わ、分かった、一緒にいてあげるから、わっわっ」
晴奈は、頭をガクガクさせながら承諾した。
喜ぶ、香奈。
目をまわす晴奈を微妙に盾にして、弓倉にむかう。
「というわけで、この娘と私はセットというこことでお願いします」
「うむ、相方は弁護なり、証言なり思うように活動すればいい」
弓倉は、あっさり認めた。
なぜなら、
「いずれにしても、被告本人の言い訳からだ。
 黙秘は認めんこともないが、互いの時間が無駄になるから、その覚悟で使え」
香奈に投げ込む直球は、晴奈では防げないからである。
「え、えーっと」
香奈は、弓倉を見る。
弓倉も、香奈を見る。
晴奈は、ふらふらと両方の顔をみた。
「ああなったのは・・・」
香奈は胸に手を置いた。
ああなった理由を思い浮かべ、最初に浮かんだことを、そのまま言葉にした。
「ああなったのは、あの男が馬鹿だからです」

「ふむ」
香奈の第一声を聞いた弓倉。
ひとつ呼吸を置き、続きに耳を傾ける。
「他には?」
「あいつが凄い馬鹿だからです」
「他に?」
「超、馬鹿だから」
「他は?」
「・・・う・・うう・・」
同じ理由を繰り返す香奈に、弓倉は怒らない。
一回、一回、香奈の証言を吸い込み、同じ調子で訊ねてくる。
弓倉の与えてくる猶予に、香奈は懸命に言葉を捜した。
「えっと、えっと・・」
「なんだ、もうネタ切れか?」
「そうじゃ、ないです。ないですけど・・」
「うむ、この程度で終わってはこちらの説教にも幅がでない。もう少し頑張れ」
「う〜ん〜」
頭を抱えて考える香奈。
そのうちに全ての生徒がバスの中におさまり、角野も、運転手も、添乗員も乗せてエンジンがかけられる。
弓倉は言う。
「ほら走り始めてしまうぞ。状況を打破する為に自分の中にある語彙をフル動員しろ。
 この際だ、どこぞの文学作品からの引用でも可だ。
 このクラスは確か担任が現国も古文も教壇に立っていたな。
 授業の成果を現在させるのはここだぞ」
担任とは、もちろん角野のこと。
角野は嫌〜な顔をして弓倉を見たりするが、嫌な役目をおしつけられたのは弓倉なので気にしない。
と、ここで助け船を出す晴奈。
「先生、香奈は国語の成績はあまりよくないです」
「そうなのか?」
「そうです〜」
認めるのは香奈自身。
「私が教える理科と比べてどうなのだ?」
弓倉が具体的な比較対照を出すと、
「「あ、それよりはっ!」」
ふたり声をあわせて、弓倉を半眼にさせた。
「・・・・なら頑張れ」
「ああ、しまった〜」
「香奈がますますピンチに〜」
苦しむふたり。
弓倉は言う。
「まあ、ここで必要なのは学校のテストでは量れない人としてのバックボーンだ。
 数値化された成績では、詰まっている資質は表されない。
 ・・・とかいう話を君らの年頃ではするだろう。・・・しないか?」
「うう・・私達、そんな重要な事態に?」
「中学生が教師に面と向かって問い詰められているのだ。そうそうこんな重大事態はないだろう」
「た、たしかに・・」

言い訳を搾りだそうとする香奈と晴奈。
走り出すバス。
いよいよ時間切れ。
駐車場から出るバスが何かの仕切りを踏み、ひとつふたつ揺れる。
「あう、あう・・」
「あう、あう・・」
ふたりの普段よく使っているとは言えない頭はフル回転。
晴奈は目がぐるぐるとしかけてるし、香奈はおでこから湯気をたてそう。
それでもうまい答えは浮かばず、茹で上がっていく。
・・・これは無理そうだな。
思いつつ観察する弓倉。
晴奈はともかく、
授業中に感じる香奈の気質からして、べらべらと口を開いてくる可能性も考えていたが、その様子はない。
逆に、問えば問うほど言葉を失わせる感じだ。
はたから見れば、心にない嘘を並べて切り抜けても良さそうだが、この娘にはそれもできないだろう。
あの晃治という男子生徒に絡んでいった香奈の様子。
損しかしない馬鹿な行為。
どうして、そんなことをしたのか。
嘘で誤魔化すには未熟・・・・、
「・・・という表現はしたくないな」
弓倉は声を落として呟き、座席に背を預けなおした。
ちらちらと高志の顔が頭に浮かんだりして、それを追い払う。
無視できない者というのは、自分が望んでいなくても現れる。
弓倉は香奈が焼切れる寸前まで待ち、晴奈はとうに目をまわしているのを見届けて区切りをいれた。
「よし、もういい」
気をつけていたが、つい優しくなってしまう言い方。
こほんと音にしない咳払いを入れ、『教師』へと立場を戻す。
「時間切れだ、降参なら申告しろ」
「ふるるる〜、ごめんなさい」
「ギブアップです〜」
「まったく、少しは有効な弁を期待したのだぞ」
弓倉は言って、崩れるふたりとは別に頭をふった。

「さて、少ない材料でどう話をひろげるか」
「先生、そんな無理して広げなくていいです」
「では、同じところを何度も無駄に突つき続けるが、いいのか?」
「そ、それも嫌です」
「だろう。どうせ嫌な思いをさせるなら、少しは創作が効いたほうがこちらの実になる」
「こちらって、先生の実にされちゃうんですかこの話」
「あたりまえだ。説教自体は不毛とはいえ、時間を費やすのだから、何がしかの収穫は期待する」
「ううう、私への説教自体は不毛なんだ・・」
香奈は弓倉を見やった。
弓倉は否定せず、言う。
「では訊くが、今回の件、小島香奈本人はとしては反省しているのか?」
「はい、してます〜」
香奈は答えた。
嘘ではない。
「そこを踏まえて訊くが、あの男子生徒がこの旅行中また同じことをしたら、小島香奈は自制するか?」
「それは・・」
香奈は詰まった。
「答えてみろ」
「あいつが馬鹿したら、やっぱり私が怒ります」
嘘はつけなかった。
「みろ、不毛だ」
「ですね・・」
「困ったやつだ」
「ごめんなさい」
香奈はしゅんと頭をさげた。
本当にとっても迷惑かけました、晴奈が見るとそんな顔。
叱られる香奈というのはこれまで何度も見てきた晴奈だが、ここまで図星をつかれて反省してるのは初めて。
弓倉のことを変な先生だと思っていたが、変だけどちょっと偉い先生へ、胸の中で格上げした。
(大人の女って、こういうのを言うのかな?)
考え、
(それは全然ちがうよね。はははっ)
声に出さすに笑う。
が、声には出なくとも顔には出た。
つい緩んだ頬のかたちに、弓倉がつっこむ。
「友人が反省している隣でいきなり朗らかなだな。少女」
「え、あっ」
「晴奈ひどーい、人の窮地を笑ってる」
「いや、そうじゃなくて、これはっ」
2対の目に見られ、晴奈はごしごし顔をこすって笑みを外そうと勤める。
だが、こすり落としても出てくるのはやっぱり笑顔。
晴奈は、あきらめてその顔を弓倉と香奈に向けた。
「にははっ」
「晴奈〜っ」

香奈は怒るが、晴奈から笑顔はとれない。
とれない笑顔は本人でもどうしようもない、晴奈はすっきりと覚悟を決めた。
朗らかに言う。
「もういいよね、香奈。あとは大人しく叱られよう。香奈が思っていることは全部、弓倉先生も分かってるよ」
「こらこら、勝手に決めるな」
弓倉は否定。
だが晴奈は勢いをとめず、香奈の両肩を掴んで弓倉の前に押し出す。
「さ、さ、早く怒られて、早くすっきりしよう」
「ちょっと、ちょっと、晴奈っ」
「先生どうぞ。私は香奈が逃げられないように、こうやって後ろからしっかり捕まえてますから。
 早く、早く、お願いします」
この晴奈のノリ。
まるで古い映画のひとこま。
落下してきた吊り天井を両手で支え、私は残してお前達は先に行けっ、を弓倉は思い浮かべる。
もっとも、この娘にそんな話をしたら、
『吊り天井って何ですか?』
100%聞かれるだろう。
ある世代をさえぎるネタなので、実際、そう問い返されたら不愉快だ。
関係ないが、高志に吊り天井を聞いても同じだろう。
『なんですか、それ?』
見た目だけは可愛いく、頭に?マークを浮かべて首をかしげる高志。
となりに現れた晴奈と顔を見合わせ、
『知らないよね』『ねー』
などと意見を合わせる姿まで連想された。
忘れたことにしておいたが、この晴奈という女生徒が高志に告白した少女。
押し出されている香奈は、その告白を廊下の窓から見守っていた友人のひとりで、
『知らないよね』『ねー』『私もー』
想像図に若さを主張する面子がまたひとり追加され、弓倉は私心にまみれて眉をよせた。
「むう〜」
「は、晴奈っ、弓倉先生の怒りに何か火がついたよ、いやホントに」
突如発した弓倉の不愉快オーラ。
香奈はそこに鼻先を突っ込まされていることとなり、純粋に怯えた。
「先生だって、いきなりは怒れないから準備がいるんだよ。運動前に気を蓄える感じ?」
「いや違う、これはそういうのと絶対違う」
「大丈夫、先生はプロなんだから、綺麗に怒ってくれるよ」
「あんた、先生の顔見てないでしょっ。顔というか眉の間、あ、言ったら隠れて目じりに移ったよ。今は、唇の端・・・」
「逃げちゃだめだよ、香奈。勇気だしていこうっ」
「先生?、先生?、私っ、これだけですっごい怒られてる気分ですぅ」
後ずさる香奈。
押し返す晴奈。
弓倉は、香奈に指摘された表情を懸命に戻そうと勤め、結果、薄笑いになる。
「大抵、世の男というのは馬鹿だ。真剣に相手を務めようと思うほどに、そこに総括される」
始まる説教。
口調は呪文。
「はい、はいいぃ」
「よかったね香奈、先生は分かってくれてるね。人生の先輩だよ。10年先を生きてるよ」
「そうだな、正確に言うと10年とさらに数年先だ。その計算はいつもさせられるから、値は正確につかんでいるぞ」
「香奈、弓倉先生はとても生徒思いだよ。いつも考えてるって」
「お願い、晴奈っ。晴奈はこれ以上しゃべらないで。
 晴奈が口を開くと私のピンチが増す。根拠はないけどかなり、確実に、絶対っ。
 というか晴奈、なに目を閉じてるの?あけて、状況を確かめてっ」
「ごめん香奈、私、緊張しちゃって。でもこの手は離さない、いつも一緒だよ」
「それで男は馬鹿だという話しだが、それに手を出してしまうと女もまた馬鹿になる。損失の連続だ。
 どういう損失かというと、このように理不尽な空気を吸うはめになったり・・・」
「ひ、ひいいい・・・」


こうしてこの旅行、初の大騒ぎを起こした小島香奈は角野及び他の教師の希望通りみっちり叱られ、
「とても不毛な説教でした。でも反省してます、ごめんなさい」
と、誰もが許す衰弱ぶりでバスを降りたという。
一方、説教役の教師弓倉は、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ひどく自己嫌悪に陥っていたという。

この修学旅行。
日程は、3泊4日。
学校側が積んだ長年の経験上、スケジュールは緩め。
初日は清水寺とその周辺を巡るのみで、あとは宿へ。
教師達はバス付きの添乗員と一緒になって、
元気いっぱいの中学生達を割り当ての部屋へ放りこみ、荷物を置かせた後、即、大広間に集合。
全員そろえて食事を与え、満足させたところで各部屋へ詰め直し、端から順に呼び出して風呂を使わせていく。
そんな感じで高志、
宿に着いてからは弓倉が接近する機会はなく、
現在、普通の無垢な少年として晃治を傍らに湯船につかっていた。
「うーん、いい湯だ」
「僕はちょっと熱いと思う」
湯温に関して、意見の交換をするふたり。
湯船で腰をおった状態でも高志と晃治の身長差は大。
頭の並びも普段と変わらない高低があり、それぞれの位置で会話する。
「それにしても怒られたーっ、今年に入って一番怒られたなーっ」
「うん、隣の席の僕まで一緒に怒られてる気分になった」
「それはそうだ。俺は心の中で高志も一緒に怒られてることにしてたからなぁ」
「やっぱり?なんか僕の方によってきて先生の声を聞かせるようにしてから、そうじゃないかと思ってた」
「すまん、さすがにあの勢いで一人で怒られるのは厳しいかった」
「いいよ、本当に僕まで怒られていたわけじゃないから」
「高志は心が広いな。香奈にも見習って欲しいぜ」
「そういう事言うとまた喧嘩になるよ。次、怒られるときは僕も逃げるからね」
「いや、そのときはガッチリ俺が捕まえて離さない。友情は不滅と証明だ」
言って、高志の肩に腕をまわす晃治。
友情のポーズで高志を抱く。
「わっ、わっ、こういうのはやめてっていつもっ」
「逃がさない、逃がさないぞ〜」
暴れる高志に、わははと笑う晃治。
ちびっこ高志に対して、陸上で鍛える晃治の力は強く、高志がもがくほどに怪しい抱擁で包まれていく。
とても腕力ではかなわない。
「高志は俺のものだ」
「ああっ、もうっ!!」
本気で危機を感じた高志は手のひらで湯を跳ね上げ、晃治の顔へぶっかけた。
「うわっ」
すがに緩む晃治の腕。
高志はその隙を全力でついて、晃治を突き飛ばした。
「近づくなっ、変態っ」
晃治の視界が回復するまえに湯船の外へ逃げる。
「高志、今のは反則だっ」
顔をこすって言う、晃治。
目を開けなおすと、
高志はすでに脱衣場まで逃げのびており、そこからべーと舌を出して扉の向こうへ消えてしまった。
「あ、待てっ、怒るなっ、冗談だっ」
追って、湯船を出る晃治。
その慌てぶりは本物で、
遠巻きにそのいきさつを見守っていた他の男子生徒達は、晃治×高志のおホモな世界を想像するのだった。


たいていの男子にとってそれは、いやーんな世界である。

高志は、そそくさと脱衣所に駆け込んだ。
風呂に入るときはクラス単位で放りこまれたが、出るタイミングは各自の自由。
次のクラスが入ってくる前にあがればよいので、早く出るぶんには問題ない。
後ろから晃治が追ってくる前に身体を拭き、パンツに足を通す。
「待てって、高志〜」
晃治が背後に立たつ前にどうにかパンツは履けた。
危ないところだ。
もしこれが履けてなくて裸のままだったら、無理やり風呂に運こび戻された可能性が大。
そこまではしないだろうと高志の常識では判断したいのだが、
次に高志が肌シャツを着ようとするところに、
濡れた身体でぬっと横から覗き込み、
「なんだもう服着てるのか、裸だったら担いで連れ戻そうと思ったのにっ」
本人が堂々とこういう事を言うので信用できない。
「戻るなら、ひとりで戻ってよ」
手にした肌着で壁をつくる高志。
晃治はにかっと笑い、姿勢を戻して高い位置から言う。
「高志がでるなら俺も一緒にでる」
「別に、僕は一緒にでなくったっていいよ」
警戒をして意地悪を言う、高志。
晃治は笑ったまま明るく言う。
「一緒にでないと寂しいだろ、俺が」
「む〜?」
高志は、疑いの目で晃治を見る。
くりかえすが、晃治はクラスの男達の中でも背が高い。
高いだけでなく、陸上向けのひきしまった筋肉質。
日頃のクラブの練習で日焼けした肌に、成長中の筋肉の筋がちゃんと走っており、
水滴がいくつもそれに沿って綺麗に床まで流れていく体格は、
寂しいなどという言葉が似合うものではない。
高志から見れば羨ましい限りの大きな身体。
自分もこれくらいの背があれば違う世界が見られるのに・・・。
疑いの上に、加わる羨望。
「むーーっ?」
高志は半眼で調子者の友人を睨んだ。
「よし、出るぞ、出るぞ」
そして、そんな睨みも晃治には効かない。
あたりまえに高志の使う棚の隣に着替えとタオルが収めてあり、
そこからスポーツタオルをとって手早く身体を拭きはじめる。
「そういえば、風呂に入る前に、
 自販機で見たことないジュースが入ってるの見つけたってクラスの誰かが言ってたな。
 出たら一緒に買いにいこうぜ、なっ」
一緒っということを強調して話す、晃治。
「いいだろ?」
本当に悪意のない顔で言い、高志から逃げ場を奪い、同伴の承諾まで得る。
「うん、いいけど。部屋に戻ったら変なことしないでよ」
「しない、しない。というか、変なことなんかしていないだろ、俺?」
「うーーーん」
本心なのか、計算しているのか?
高志には判断がつかず、晃治とならんで着替えを続ける他なかった。


・着替えを済ませた高志。
晃治と並んで脱衣所から外の廊下へ出ると
それまで風呂場の熱気に浸されていた空気が、ひんやりと乾いたものに変わった。
適度に肌から汗がひく。
心地いい。
この高志が感じる感触を、晃治はお決まりの台詞でストレートに表現した。
「はー、さっぱりしたっ」
「うん」
高志は、同意してうなずいた。
「じゃ、一度部屋に戻って金をとってくるか」
陽気に言う晃治。
自販機を使うには小銭がいる。
風呂に入るのに財布はもってこれないので、一度部屋まで戻らなくてはいけない。
「そうだね。でも、ジュースっていくらかな?120円?」
「値段までは聞かなかったなあ」
「じゃあ、ちょっと多めに持ったほうがいいね」
言う、高志。
自販機で売っているジュースは、缶なら普通120円。
紙コップのものになると大中小で高くなったり安くなったりするわけだが、
ホテルに設置してある自販機のものは、そこにプラスαの値段が加えられていることがある。
特に、こういう観光地のホテル。
弓倉との隠れデートで積んだ経験から考えると、ここでも少々高めの値がついていると予想した。
(・・そう言えば、ホテルの部屋の冷蔵庫にあるジュースやおつまみはどうしてあんなに高いんだろう?)
予想ついでに、連想する高志の頭。
『あかまむし』、
思い出の中、ラベルにそう書かれた小瓶を握った弓倉が、
ベッドの上で少々早くダウンした高志に口移しにしきたところまで思考がとぶ。
『これで元気になるぞ』
『むぐっ』
あのときは、いきなりの味に吐き出そうとしたら怒られた。
『高級品のほうを選んだのだ、無駄にするな』
その後、たしかに元気になったのは、あのあやしい値段と味の飲み物のせいか?
それとも、さらにきつくなった弓倉の責めのせいか?
お尻のあっち側から弄られたら、嫌でも高志の身は元気にさせられる。
ちなみに小瓶の値段は一本で千円を越えてた・・・。
高志は、晃治に聞かせないようにごく小さく呟く。
「あんなに高いの飲ませなくても・・」
「大丈夫、ここのは良心価格。500mリットルサイズで100円のサービスも品あり」
その呟きに、女の子の声が不意打ちで続いてきた。
「わっ!」
びっくりする、高志。
「わ」
びっくりしたようには見えず、棒読み声で高志と同じ発声をする女の子。
「びっくりしたっ」
「したの?」
葵だった。
同じく風呂上りらしく、濡れた髪と熱をもった頬から可愛らしく湯気をたてている。
「葵さん、い、いつからいたの?」
「いたのはさっきから、声をかけたのは今」
「そ、そう、全然気づかなかった」
「うん、全然気づかれなかった。・・・・ちょっと寂しい」
「ご、ごめん」
「どうもいたしまして」
動揺して言葉がどもる高志に、いつもの力の抜けたペースで答える葵。
高志がこの旅行中、突然現れた葵に驚かたのは2度目。
前も弓倉について考えていたとき。
声をかけられるまで気配も感じず、油断して秘密の独り言を聞かれた。
幸い今のは弓倉とのことではなく、ジュースの話題だと思ってくれたようだけど・・・・。
高志は、自分の失敗を反省しつつ葵を見る。
女の子でも長身の部類にはいる晴奈や加奈とは違って、自分とあまり背の変わらない彼女。
普段から不思議な空気をつくって静かに、かつ、限りなくマイペースで周囲にふれていたイメージ。
就学旅行が始まる前はあまり話しをしたこともなく、たくさんのクラスメートの中のひとりだったのだけど、
旅行がはじまってから、急に自分の近くに潜んでいることが多い気がする。
晴奈達と仲が良いと言っていたから、そのせいかもしれない。
見たところ、晴奈と加奈と葵の3人組はかなりの仲良しぶり。
親友といってもいい感じ。
以前に晴奈から受けた、あの告白。
その顛末。
葵も知っていそう。
でも、あの告白はちゃんと断ったし・・・・、
でも、あのとき他に好きなひとがいるって言っちゃって、その人のことは当然教えられないままだから・・・・、
もしかして葵さん、この機会に僕を観察して調査してる??
だとしたら気を引き締めないといけない。
気のせいだとも思うけど、偶然でも弓倉とのことは知られてはいけない。
・・・ごくり。
高志は息をのみ、
何にも考えていなさそうで実はとんでもなく深いところまで見通しているような、葵を観察し返す。
そんな高志に葵は、着ていたTシャツの襟元に手をあて、薄い生地と湯気で潤った肌の境目をちょっとだけ隠した。
「そそる?」
「わー、違いますーっ」
高志は、葵から目をそらして両手をふった。

「そう、残念」
言いつつ、残念がっているようには見えない葵。
「高志くんは、私には興味なし・・」
呟く。
高志は、再び両手を振った。
「いや、興味がないとかじゃなくて」
「うん、冗談」
これまた、冗談を言っているようには見えない葵。
晃治を指差し、小声で高志に言う。
「高志君の本当の想いは彼に真っ直ぐ。・・・・皆、知ってる」
「ちがーううっ」
高志は、凄い勢いで視線をもどし全力で否定した。
「僕と晃治はそんなんじゃないっ。それに、皆って誰?」
必死な高志に、葵は棒読み声で笑う。
「ふふふ・・」
「ふふふ、じゃなくて、本当に違うからっ、違うからねっ」
「ふふふ・・、男の子どうしの愛情劇は女の浪漫。大丈夫、みんな差別しない、保護対象」
「わー、晃治も何か言ってよっ!!」
高志は、晃治に話をふる。
晃治は高志の傍らに近づき、その頭に手をぽんと置いて言った。
「おう、俺と高志のは友情や。へんな想像するな」
そして、そのまま高志の頭をぐりぐりぐり。
無意識で遊ぶ。
「晃治っ、それやめてって言ってるだろっ、やめてってば、怒るっ、怒るよっ」
「おお、すまん、すまん、高志に隙があるとついな」
「こんなことするから、葵さんが変なこと言うんだよっ」
「変なことじゃない、素的なこと」
「素的じゃないよっ」
「うん、友情や、友情やぞ」
ぐりぐりぐりぐり〜。
「やめてー」
クラスメイト3人。
アホさわぎ。

「いいかげんにしてよ」
晃治を突きはなして逃げた高志。
壁に手をつき、はあはあと息を吐いてげっそりする。
額や首周りに、じわりと浮く無駄な汗。
風呂からあがったばかりの身体で暴れたせい。
高志は壁際から、くっと可愛い目で晃治をにらんだ。
「晃治がくっつくから暑くなっちゃただろっ」
「許せっ、許せっ、俺も汗をかいたし、同じ、同じ」
晃治は、悪びれずからからと笑って自分の首もとを指す。
「なんならもう一回、一緒に風呂に入るか?」
「絶対、嫌っ」
高志は強く拒否した。
「そうか、でも明日になったらまた一緒やぞ〜」
「う〜」
笑う、晃治。
壁でうなる、高志。
そんな二人をぼーっとした目で見てつぶやく、葵。
「・・・やはりふたりは噂のカップル・・・」
「だから、誰の噂なの〜!?」
高志がやはり可愛い口で葵にがるるっと問いただすと、葵は横に一歩スライド。
高志達の様子をくすくすと笑いながら葵の背後を通りすぎていく一般生徒達の様子を見させる。
特に女子生徒達からは妙に好意的な視線を贈られ、去り際に、
「がんばれ〜」
とか小声で応援された。
葵は、ぼそりと言う。
「・・・旅行参加者全体に拡散中、の噂・・・」
「・・・・・・・」
しばし、呆然となる高志。
「わーーー、違うーーっ!!」
いきなり狼狽スイッチが入って、最後に応援までされた女の子の一団を追いかけようとする。
「まあまあ、女子の間のよくある噂や。気にするなっ」
それを、高志の肩がっちりつかんでとめる晃治。
「私も、違うならそれでもいいの・・」
さらに、逆の肩に手をのせて囁く葵。
押さえ込まれた高志は、その場でばたばたして頭を抱えた。
「よくないーーっ」
その様子を別の生徒達が眺め、口元に笑みをつくってまた通りすぎていく。




「よくないの?」
主に、晃治の力で捕まっている高志に、葵は訊いた。
「よくないよっ」
高志は言う。
「どうして?」
葵は、小さな声で問う。
「どうして、って・・・」
高志は、葵のほうを見た。
同じぐらいの背。
肩に手を置かれているせいか顔がすごく近くに来ている、・・気がした。
「どうして?」
葵は、もういちど同じ言葉で訊く。
「それは・・・」
高志は返事につまる。
葵が、それまでと全く変わらない顔と口調で突いた。
「噂を聞いて、怒る女性がいるの?」
「!!」

怒る”ひと”がいるの?
言葉の発音では確かにそうだった。
だが、高志の耳にははっきりと聞こえた。
怒る”女性”がいるの?

「いるの?」
葵は、高志の返答を待っている。
「いな、ああ・・」
いない、と答えようとして高志はどもる。
事実は、いる。
それはもちろん弓倉。
『同年代の少女と交際し直すというのなら仕方ない。むしろ推奨だ・・・」
日ごろは、勝手にもしも話をもちだして冷えた目でそう言うのだが、相手が男となればきっと怒るだろう。
怒ってくれると思う・・・。
『男か・・、そうか男に負けるか・・、ふふふ・・・』
うん。
凄く怒った顔が想像できた。
よかった。
例え想像でも、
『そうか、ではさよならだな。上手くやれよ』
なんて言われたくない。
言う顔はもっと見たくない。
とても無理をした悲しそうな顔。
以前、晴菜から告白を受けたとき、弓倉のアパートまで押しかけて見たあのときの顔。
相手が男でも、女でも、弓倉の耳にそんな噂を聞かせて、あの顔を一瞬でもさせたくない。
これが、高志の気持。
同時、あの時のことを思い出せば、晴菜の泣きそうになった顔を思い出す。
『じゃあ、しかたないね』
その泣きそうになた顔で無理に笑ってくれたことを忘れない。
あのとき晴菜には、高志は別に好きな人がいると答えた。
それは誰、とまでは言っていない。
誰?とも訊かないでくれた。
教えたのは、好きな人がいる、とだけ。
「・・・・その」
今、高志に問いかけている葵は、晴菜の友達。
晴菜が高志に告白して、高志がふったこと。
高志が好きな人がいると言ったこと。
どちらも、たぶん知っている。
知っているから、単純に『いない』と言ってごまかせない。
それ以上に、今ここであのときと違う答えで嘘をつき、
あのときに泣きそうな笑顔をさせてしまった晴菜を、もう一度騙すことをしたくない。
「あうう・・」
でも、いるともはっきり答えられない。
いると言えば、話の流れで『誰?』と訊かれる。
葵はクラスメイト。
しかも、今は修学旅行中。
『秘密、じゃあねっ、わーーーっ』
と言って逃げまわるのは難しい。
いや、それしかないのか?
いや、質問はもともと付き合っている男の子がいたら・・・だった。
真剣に答えることもない。
『・・・お姉ちゃん』
とでも答えておくか?
品行方正で、いつも背筋をぴしっと伸ばして歩く姉。
高志にはいつも優しいから、怒るまではいかないだろうけど、
男の子同士の噂を聞けば、眉をちょっとだけ上げるぐらいはするかもしれない。
だが、そんな思考も、
じーーーーっ、
高志を観察する葵の瞳に飲まれた。
「あう、ぁぅ、ぁぅ・・・」
高志、狼狽。
弓倉のことは、とにかく言えない。
単純に、いないとも言えない。
いると答えれば、つつかれる。
適当にごまかすとボロがでそう。
頭の中かぐるぐる煮まわり、目に涙がたまってきた。
「ぅぅぅ・・・」
やばい、泣きそう。
「困らせちゃった?」
と、葵はそんな高志を見て、肩から手をおろした。
しばらくぼーっとして、それから思い出したように自分のポケットや着替え入れをあさり綺麗なハンカチを出す。
それを高志の目元にぽんぽんとあてて、やはりいつもと全く変わらない口調で言う。
「いっぱい困らせた・・・ごめん・・」
「葵、お前は高志を追い詰めるな。おまえに訊かれると、だんだん冗談に思えなくなるんだよ」
「うん、もう追い詰めない」
葵は、高志を正面に見て言った。
ハンカチを入れてあった着替え袋の中に戻す。
そして、
「あ、このハンカチ、私の肌着にくっついてた。高志君・・、なにか香った?」
そんなことを言って、高志をブッとさせた。
「ぶっ」
「こらー、だからお前は高志で遊ぶなーっ」
晃治が怒る。
「こらー、だからお前は高志で遊ぶなーっ」
晃治が怒る。
おおきな声。
とくに、ここは音が弾みやすいホテルの廊下。
晃治の叫びは風呂の前を通過して、反対側の廊下の奥まで跳んでいった。
引率の教師がどこかで聞いていれば叱りにくるレベル。
高志は葵に吹いてもらった涙を整理して、晃治に言う。
「晃治、そんな大きな声を出すと怒られるよ」
これに対し、晃治。
「そのときは逃げるっ」
「ええーっ」
そして、葵。
「私も、逃げる」
「えええっ、だめーーっ」
「なんでや?」
「なんで?」
「だって・・・」
・・・叱りに来るのは弓倉かもしれないから。
とは言えない高志。
すると、答えに困る高志を助けるように、晃治の叫びと同量の声が廊下の奥から返ってきた。
「こらーっ、廊下で騒ぐなっ、アホ晃治ーっ」
幸い、弓倉よりずっと若い女の子の声。
高志が昼間たくさん聞いた同級生の女の子で、晃治が足を一歩ひいて、声の主の名を呼んだ。
「げっ、香奈」
「こっちこそ、『げっ、晃治』よ。まったく、あんな大声を響かせて嫌でも聞こえちゃうじゃない」
言い返してくるのは間違いなく香奈。
向こう側から、のしのしと現れる。
「香奈も声が大きいよ。また一緒に怒られちゃうよ」
そしてその傍には、やはり晴菜。
香奈は晴菜の忠告を聞きながら、晃治につめよる。
「そうよ、アンタのせいで私達、バスの中でめちゃくちゃに怒られたんだからね。
 ホテルにつくまで、ずーーーっと弓倉先生の密着説教。
 せっかくの修学旅行で人生最凶の思い出が刻まれたわっ」
「えっ、弓倉先生に怒られたの?」
弓倉の名に、高志が晃治より先に反応した。

「・・・・・」
高志の早い反応に、高志が見えていないところで葵の瞳が色濃くなる。
観察者の眼。
香奈に注意を移した高志は気づかない。
高志の正面には自然に香奈が立ち、葵はそっと気配を消した。
香奈は高志に、バスでの出来事を語る。
「そうよっ、弓倉先生。私の隣にがっちり座わられてね、ホテルにつくまでお小言の連続。
 これだけ近いと聞き流せないし、
 それでも聞き流そうとすると、見抜かれてどうやって答えらいいか分からない質問を何度もしてくるし、
 どう答えても説教はとまらないし、
 ガイドさんの観光案内が入って、ちょっと休憩するかなっと思ったら、
 私の後ろで晴菜が余計な感想を入れてどんどん燃料注ぐし、
 角野先生は、どうぞあそこだけ別室ですからって感じで説教しやすい空間をつくってくるし、
 脳みそパンパンで、私、しばらく弓倉先生が夢にでまくりそうよ。
 今日なんか、寝たら絶対に見るわっ」
「そ、それは・・」
・・・夢に弓倉が出てくるのなら羨ましい。
香奈の勢いに押されつつ、思う高志。
たとえ説教でも、夢にでるほど弓倉と話せれば高志は幸せだ。
が、そんなことは言えないので言葉は無難につなげた。
「・・大変だったね」
「うん、大変だったよ。さすが高志君は分かってくれるね」
香奈は、同情ありがとうと高志に頷く。
「まあ、夢については今日は寝なきゃいいし。布団かぶって、晴菜としゃべっていれば直ぐに朝よ」
「えー、私も徹夜?」
香奈のふりに、晴菜も会話に入ってきた。
「いいじゃない、修学旅行は夜が本番よ」
「でも、私、眠いと何処でも寝ちゃうし」
「大丈夫。
 ほら、陸上部の合宿帰りに晴菜が電柱に抱きついて寝ちゃったとき、私がおんぶして家までおくったじゃない。
 あの長距離運搬に比べれば、旅行中に意識を失ったあんたを連れまわすぐらい問題なし」
「あり、あり、たくさん問題ありだよ。
 合宿のときは気づいたら家のベッドで、後でお母さんに話を聞いてすごく恥ずかしかったんだから」
「ちなみに、その時おまえらの荷物を全部持たされたのは俺や」
晃治も入ってきた。
このとき、高志はそれぞれの顔を見たつもりで葵だけ見逃していた。
「だったら、晃治が晴菜さんを運んだほうが楽だったんじゃないの?」
「そう思うだろ?それをこの香奈が、」
「あったりまえよ。晴菜の無防備な清い身体を、晃治の汗くっさい背中なんかに乗せられるわけないでしょ。
 何か噂が立ったらどうするの?晃治なんか荷物持ちでも名誉すぎる役よ」
「なにいいっ」
「それもと何?女の子のやわらかい身体をおんぶしてみたかった?やらしーーっ」
「おうおう、お前以外の女ならなっ」
「なんですって」
また喧嘩だ。
このふたり飽きないな、高志は思う。
「だいたい、バスで怒られたのは俺も一緒だ。そんなんで人を巻き込むな」
「晃治は、弓倉先生のあの説教地獄を知らないから軽く言えるのよ」
「そんなに言うなら、今度叱られるときは俺が代わってやるわ」
「はいはい、代わってちょうだねー」
・・・あー、それだったら僕も一緒に叱られてもいいな。
高志は、こっそり思う。
その高志の頭を、晃治が大きめ手のひらで撫でまわした。
「それに、弓倉先生の説教なら高志のほうがキツイの受けたことがあるぞ」
「えっ!!」
言われた高志が一番驚く。
まさか、準備室での何かを晃治に見られてた?
「ほらっ、授業中に教科書の角でドカンとやられたろ。あれは、びっくりしたぞ。
 これまでに弓倉先生にあん事されたの高志だけだからな」
「ええっ、そうなの高志君っ?」
これに驚いたのは晴菜だった。
心配顔になって聞く。
「うん、一度だけ」
高志は認める。
認めて、すぐに付け足す。
「でっ、でもっ、あとでやり過ぎたって先生に謝られたよっ」
「そうなんだ」
「うん、そう」
高志は声を強くして言った。
代わって、香奈が高志の肩をぽんぽんと叩く。
「そうか、高志君も弓倉先生の被爆者だったのね。仲間、なかま〜。
 ちょっと晃治、あんたの手、邪魔」
さらに香奈は高志の頭から晃治の手を払い落とし、代わってなでなでしてきた。
「香奈さん・・・、僕、女の子に頭を撫でられるのはちょっと・・・・」

「いいじゃない。こうしてみると、高志君の頭って撫でやすい位置にあるよねえ。
 癒される高さ?
 高志君って身長何センチ?」
「むむっ、秘密ですっ」
「んっふふ〜、まあ、今年の身体測定のデータは既に持ってたりするけどね〜」
「えええっ、何処からっ?」
「それはね〜」
弾みかける香奈と高志のやりとり。
高志が香奈と直接こんなに仲良く話すのは初めてだ。
それは、そう。
この旅行まで、高志と香奈に直接のつながりはなかった。
あったのは晴奈。
高志はくしゃくしゃされる前髪の間から香奈の隣に立つ晴奈を覗き見た。
晴奈は、香奈と仲良くじゃれる高志をちょっと複雑な笑顔で見ていた。
その少し苦い笑いに高志の心が痛む。
「香奈さん、もう・・・」
高志は言うが、香奈は晴奈の様子に気づかない。
代わりに、葵が高志の視界に戻ってきた。
「・・・・・・」
無言で、香奈の袖をよこからちょいと引っ張る。
その一動作で、香奈に晴奈の立ち位置を思い出させた。
「・・・あっ、ごめっ、晴奈」
「何?私はどうもしてないよ」
謝りかける香奈を、晴奈は笑顔で制す。
この笑顔は、明るい笑顔。
今朝、登校中の高志が背中を押されていたときの笑顔。
そんな気を使わなくていいし、楽しいよ。
高志と香奈に教えてくる。
ほっとするような、さらに心が痛むような、高志。
この場で晃治だけが事情を知らないらしく、
「どうかしてるのは香奈、おまえだけだ」
良い意味で無遠慮に高志の頭から香奈の手を払い返し、生まれてしまった緊張を最終的に解いた。
「高志に身長のことを訊くな。普通の感覚があればしない質問だろっ」
塩を塗るようなことを付け足して、高志を自陣に引き戻す。
「・・・そういうことも、普通言わない」
悲しむ、高志。
「そうよ、あんたこそデリカシーなさすぎっ」
「・・・調べたりもしない」
晃治に目標を変えた香奈にも、一言つぶやく高志。
「いやっ、まっ、俺と高志の仲だろ」
「まっ、情報は漏れるものだし。人の身長なんて公開情報?電話帳で電話番号が分かっちゃうぐらいのものよっ」
晃治と香奈は悪びれず答え、高志を挟んでまた牽制しあう。
すると、晴奈がぽんと手を叩いた。
ここにいる全員に提案する。
「ね、話の続きは皆で自動販売機のあるところでしない?
 なんか変な飲み物があるっていう噂で、香奈とふたりで行くところだったんだよ」
「なんだ、そっちもその噂を聞いたのか?」
晴奈ではなく、香奈に向かって言う晃治。
「そうよ。 ってことは、そっちもなの?」
香奈は、晃治に向かってだけする嫌そーな顔で訊き返す。
「そうだ、文句あるか」
これも香奈に向かってだけする、けんか腰の言い方をする晃治。
晴奈には、高志が普通に答える。
「僕達も、その自動販売機を見に行こうと言ってたところ」
晴奈は、嬉しそうに答えた。
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行こう」
「うん、そうしようか」
高志は頷く。
先の胸の痛みがちょっと消えた。
「でも、僕、お金を部屋から持ってこないと」
「それだったら、私が立て替えるよ。小銭入れごと持ってきたから」
晴奈は、ポケットに手を入れて振る。
ちゃりん、ちゃりんと、かわいい音がした。
「いいの?」
「うん、いいよ」
晴奈は、より嬉しそうに笑う。
高志は、その笑顔を正面に受けるのが気恥ずかしくなり、といって顔をそむけるわけにもいかず頬を暖かくする。
「そ、それにしても自販機の噂、けっこう広まってるんだね」
「そうだね。誰かが頑張って広めているのかな?ここのホテルの人だったりして」
「あ、そうかも」
高志と晴奈は自然に、自販機があるというロビーに歩きだす。
そして数メートル進んで、そんな自分達に気がついた。
さらに、自分達以外の3人がついて来ないのも。
「みんな、来ないの?」
二人で振り返ると、晃治と香奈がまた喧嘩していた。
どっちがどっちを真似したとか、今度はそういうネタだ。
葵は、4人の中間地点で静かにたたずんでいる
その葵が、晴奈に言った。
「・・・先を歩いて、こっちは私が連れて行く」


高志と晴奈は、並んで歩く。
葵は、その後ろをついていく。
香奈と晃治は、その葵に袖を引っ張られながらまだ喧嘩を続けている。
修学旅行が始まってから出来つつある仲良し組。
「あっ、あれかな?」
目的の自販機を最初に見つけた晴奈が指さす先。
それらしい自販機が数台、さらにその周囲にテーブル&ソファー。
フロアの片隅で簡易ロビーを成しており、
高志と同じ学校の生徒達が数グループ、先客としてたむろっていた。
その適度なにぎわいが高志を安心させ、また噂の自販機だと判断させる。
「そうみたい。他の子達も来てる」
「うん、私達もまざろうっ」
晴奈は、高志の同意に笑顔をつくる。
残り3人の仲間にも、くるっと笑顔をむけ手まねき。
「ほら、着いたよっ。香奈も晃治くんも喧嘩はやめ。みんなで噂の変なジュースに挑戦するよっ。
 葵、頑張って二人を連れてきてっ」
「・・・了解」
葵はかすかに頷いて、香奈と晃治の牽引速度をあげる。
香奈と晃治は、葵に身を任せながら最後に言いあった。
「むむ、着いたみたいよ」
「そうだな、あそこっぽいな」
「晴奈が言うから、これで喧嘩はやめてあげるわ。感謝しなさい。
 葵もごめんね。このバカのせいで手間をかけちゃって」
「ふんっ、俺も喧嘩はここでやめてやる。
 葵にもいつも大変だしな。こんな乱暴な女の世話を任されて。
 葵は、ちっこいから余計に疲れるだろ?」
「晃治っ、アンタはさっき高志くんの背のことで怒ったくせにっ。
 人にちっこいとかいうのやめなさいっ。聞かされた方は腹立つでしょっ」
「葵は女。女はちっこいほうが可愛いから、いいだろっ」
「勝手にアンタ基準を披露しないっ。
 葵も、晃治のことに腹がたったらいつでも怒っていいよ。ほらっ、どんどんと」
「・・・・・・」
葵は、晃治を見る。
ちっこいと表現された背で見上げ、訊く。
「・・・晃治くん」
「なんや?」
「・・・私、かわいい?」
「ぶっ」
ストレートな返しに晃治はのぞける。
のげける間にも、葵の牽引は滞らない。
ぐいぐい引いて歩かせてる。
のぞけりから戻った晃治は、やけ気味に葵に答えを返した。
葵ではなく香奈を見て。
「あっ、ああっ、葵は可愛いと思うぞ。少なくとも香奈よりはずっと可愛い。
 そう、香奈なんかよりすっとずっといい」
「ちょっと、ろくでもないアンタ基準に私を組み込まないでよっ。
 それとも今ので葵の良さに目覚めた?
 だめだめっ!!私のそばにいるうちは、葵は不幸にさせないわ。
 葵も、こんな男の言うことを信じちゃだめよ。
 一時の勢いと、その誤魔化しを繋いで生きていくようなヤツなんだから」
香奈はどーんとつま先立ちになり、晃治に胸をぶつけていく。
葵はやはり牽引を緩めず、髪の毛三本分額を揺らしてつぶやく。
「・・・うん、『可愛い』に全く気持がこもってなかった。2点」
厳しい点数。
香奈は喜ぶ。
「ひゃひゃっ、晃治は失格だって。その2点というのも、きっと採点ミスね。
 機会があったら私が正確に見直して剥奪しといてあげる。これで葵の未来は明るいわ」
「うるさいわっ」
晃治は香奈の胸をつきかえす。
「なによっ」
香奈もまた突き返す。
葵は、淡々と二人のそでを引っ張る。
仲良し5人。
こんな感じでロビーに到着。

高志と晴奈は、自販機の前に並ぶ。
「これかな?」
「これだね」
あった。
噂の変な飲み物。
ひとつ、超烏龍牛乳。
ひとつ、スイカコーラ。
ひとつ、奇跡コーヒー (ミラクルコーヒーとルビがふってある)。
計、みっつ。
どれも怪しい。
ちなみに残りはごくごく普通の缶ジュースが並んでいる。
普通だけに、目的の3つの異彩がより輝く。
晴奈は高志に言った。
「怪しいね」
高志は同意した。
「うん、怪しい」
「高志君はどれにする?」
先攻を高志にゆずる晴奈。
「うーん」
高志は3つの前で考える。
正直、どれも外れっぽい。
強いて選ぶなら烏龍牛乳か?
牛乳と書いてあるからには牛乳には違いない。
牛乳なら背が伸びる成分。
不味くても、それだけはプラス。
烏龍と書いてあるのは、たぶん烏龍茶。
烏龍茶と牛乳の混ぜ物。
そして超。
超って、なんだ?
何が起こって超なんだ?
不安でいっぱいになりつつ、高志は超烏龍牛乳を選んだ。
「これにしようかな」
「わっ、それにするんだっ」
そのときの晴奈の驚いた顔。
高志君、勇気あるなーと目で言っている。
どうやら晴奈の予想では烏龍牛乳が一番の外れらしい。
「高志君が決めたことだし・・・」
追い討ちを無意識で呟いて、晴奈は小銭入れを出す。
金魚のマークがついた可愛いデザインの小銭入れ。
口をあけるとチャリッと音がして、晴奈が指をつっこむとさらにチャリチャリと控えめに鳴り、
100円が一枚と10円が2枚出された。
「お金入れるよー」
「うん、後で返すね」
晴奈は投入口へお金を落とし、高志は烏龍牛乳のボタンを押す。
幸いにも自販機のボタンは背伸びしなくても届く位置にあった。
ゴトン。
高志は出てきた缶を手にとり、それを晴奈に見せると、晴奈はまたワーという顔をする。
「近くで見るとよけいに凄そうだね」
「そ、そうかな」
素で言う晴奈に、高志は見えない汗を流した。
「私はどちらにしようかな?高志君が冒険してくれたから、私はおとなしいのにしよう」
「・・・・・」
晴奈の選択に烏龍牛乳はもうないらしい。
ど、ち、ら、に、しようかな〜?
最大の課題は処理されたと、スイカコーラとミラクルコーヒーの前で明るく鼻歌も出し始める。
「なになにっ?もう誰か買ったのっ?」
そこに香奈、葵、晃治も追いつく。


晴奈は、香奈たちに伝える。
「高志君が烏龍牛乳にしたよ」
「じゃあ、私はコーヒー。奇跡っていい響きよね」
それを聞いて、香奈は即決。
「なら、俺はコーラ」
それを聞いて、晃治はすかさず香奈とは違うの選択。
「晃治の分は私が出しといてあげるわ。感謝しなさい」
「言いながら勝手に金を入れるなっ、ボタンも押すなっ」
「いいじゃない。ほらっ」
香奈と仲良くやりとしている間に、葵が進み出て、
「・・・・私もスイカコーラ」
静かにコーラを手にする。
「香奈がコーヒーで、葵がコーラーかぁ」
結局、最初に自販機を見つけた晴奈が最後の購入になった。
香奈が、手にしたスイカコーラを晃治に押しつけつつ言う。
「というわけで晴奈は、超烏龍牛乳ね」
「えええーっ」
「だって怪しげドリンクが3種類なら、私と葵と晴奈でそれぞれ回し飲みするでしょ?3人バラバラのを買わないと」
説明する香奈。
「・・・そう、単純な理由」
葵もその隣でコクコク頷く。
「それに、」
香奈は晴奈を引き寄せた。
・・・僕の烏龍牛乳、そんなにはずれかなぁ。
そんな顔をしている高志には聞こえないように、声をひそめて説明を加える。
「高志君と一緒でしょう?同じのを飲んで感想を言いあえばもっと仲良くなれるわよ」
「・・・・よ」
語尾で、葵も同調した。
「そんな、別に・・」
「というか、もう私が決めちゃうもーん。晴奈はいちばん怪しげな超烏龍牛乳に決定ね。やれ、葵」
「・・・了解」
香奈が晴奈に抱きついて動きをとめ、その隙に葵が勝手に自販機を操作した。



烏龍牛乳を渡された晴奈は、およよと高志に言った。
「という流れで、私も高志君のと同じになっちゃいました〜」
「ははは・・・」
高志は笑って受ける。
こうやってリラックスして天然っぽくなっているのが晴奈の普通なのだろう。
いつか見た、ハードルを次々と越えていく綺麗な女の子。
それが高志が見つけた晴奈の"何か”なら、
こうやって身近でお気楽な話をしているのが晴奈の主成分。
どちらも晴奈をつくる大事なもの。
高志という少年は、無意識で少しずつ晴奈のことを分かりだす。
「だけど僕、牛乳と烏龍茶なら好きだし」
「別々だったら私もね〜、でも超って何?超怪しいの超?高志君、先に飲んでみてね」
「でも、こういうのは一緒に飲まないと」
分かるから、会話もより自然なものにとけていく。
その様子を香奈は見ている。
葵も見ている。
晃治は、口を挟まないように香奈に抑えられている。
「ほう、ここが噂の自販機置き場か?」
そこに、教師弓倉は登場する。


高志と晴奈は、自販機の前に並ぶ。
「これかな?」
「これだね」
あった。
噂の変な飲み物。
ひとつ、超烏龍牛乳。
ひとつ、スイカコーラ。
ひとつ、奇跡コーヒー (ミラクルコーヒーとルビがふってある)。
計、みっつ。
どれも怪しい。
ちなみに残りはごくごく普通の缶ジュースが並んでいる。
普通だけに、目的の3つの異彩がより輝く。
晴奈は高志に言った。
「怪しいね」
高志は同意した。
「うん、怪しい」
「高志君はどれにする?」
先攻を高志にゆずる晴奈。
「うーん」
高志は3つの前で考える。
正直、どれも外れっぽい。
強いて選ぶなら烏龍牛乳か?
牛乳と書いてあるからには牛乳には違いない。
牛乳なら背が伸びる成分。
不味くても、それだけはプラス。
烏龍と書いてあるのは、たぶん烏龍茶。
烏龍茶と牛乳の混ぜ物。
そして超。
超って、なんだ?
何が起こって超なんだ?
不安でいっぱいになりつつ、高志は超烏龍牛乳を選んだ。
「これにしようかな」
「わっ、それにするんだっ」
そのときの晴奈の驚いた顔。
高志君、勇気あるなーと目で言っている。
どうやら晴奈の予想では烏龍牛乳が一番の外れらしい。
「高志君が決めたことだし・・・」
追い討ちを無意識で呟いて、晴奈は小銭入れを出す。
金魚のマークがついた可愛いデザインの小銭入れ。
口をあけるとチャリッと音がして、晴奈が指をつっこむとさらにチャリチャリと控えめに鳴り、
100円が一枚と10円が2枚出された。
「お金入れるよー」
「うん、後で返すね」
晴奈は投入口へお金を落とし、高志は烏龍牛乳のボタンを押す。
幸いにも自販機のボタンは背伸びしなくても届く位置にあった。
ゴトン。
高志は出てきた缶を手にとり、それを晴奈に見せると、晴奈はまたワーという顔をする。
「近くで見るとよけいに凄そうだね」
「そ、そうかな」
素で言う晴奈に、高志は見えない汗を流した。
「私はどちらにしようかな?高志君が冒険してくれたから、私はおとなしいのにしよう」
「・・・・・」
晴奈の選択に烏龍牛乳はもうないらしい。
ど、ち、ら、に、しようかな〜?
最大の課題は処理されたと、スイカコーラとミラクルコーヒーの前で明るく鼻歌も出し始める。
「なになにっ?もう誰か買ったのっ?」
そこに香奈、葵、晃治も追いつく。


晴奈は、香奈たちに伝える。
「高志君が烏龍牛乳にしたよ」
「じゃあ、私はコーヒー。奇跡っていい響きよね」
それを聞いて、香奈は即決。
「なら、俺はコーラ」
それを聞いて、晃治はすかさず香奈とは違うの選択。
「晃治の分は私が出しといてあげるわ。感謝しなさい」
「言いながら勝手に金を入れるなっ、ボタンも押すなっ」
「いいじゃない。ほらっ」
香奈と仲良くやりとしている間に、葵が進み出て、
「・・・・私もスイカコーラ」
静かにコーラを手にする。
「香奈がコーヒーで、葵がコーラーかぁ」
結局、最初に自販機を見つけた晴奈が最後の購入になった。
香奈が、手にしたスイカコーラを晃治に押しつけつつ言う。
「というわけで晴奈は、超烏龍牛乳ね」
「えええーっ」
「だって怪しげドリンクが3種類なら、私と葵と晴奈でそれぞれ回し飲みするでしょ?3人バラバラのを買わないと」
説明する香奈。
「・・・そう、単純な理由」
葵もその隣でコクコク頷く。
「それに、」
香奈は晴奈を引き寄せた。
・・・僕の烏龍牛乳、そんなにはずれかなぁ。
そんな顔をしている高志には聞こえないように、声をひそめて説明を加える。
「高志君と一緒でしょう?同じのを飲んで感想を言いあえばもっと仲良くなれるわよ」
「・・・・よ」
語尾で、葵も同調した。
「そんな、別に・・」
「というか、もう私が決めちゃうもーん。晴奈はいちばん怪しげな超烏龍牛乳に決定ね。やれ、葵」
「・・・了解」
香奈が晴奈に抱きついて動きをとめ、その隙に葵が勝手に自販機を操作した。



烏龍牛乳を渡された晴奈は、およよと高志に言った。
「という流れで、私も高志君のと同じになっちゃいました〜」
「ははは・・・」
高志は笑って受ける。
こうやってリラックスして天然っぽくなっているのが晴奈の普通なのだろう。
いつか見た、ハードルを次々と越えていく綺麗な女の子。
それが高志が見つけた晴奈の"何か”なら、
こうやって身近でお気楽な話をしているのが晴奈の主成分。
どちらも晴奈をつくる大事なもの。
高志という少年は、無意識で少しずつ晴奈のことを分かりだす。
「だけど僕、牛乳と烏龍茶なら好きだし」
「別々だったら私もね〜、でも超って何?超怪しいの超?高志君、先に飲んでみてね」
「でも、こういうのは一緒に飲まないと」
分かるから、会話もより自然なものにとけていく。
その様子を香奈は見ている。
葵も見ている。
晃治は、口を挟まないように香奈に抑えられている。
「ほう、ここが噂の自販機置き場か?」
そこに、教師弓倉は登場する。
あっ。
弓倉の声に一番早く反応したのは、やはり高志。
顔を向けると、こちらに近づいてくる弓倉と正面から目が合いかけ、
弓倉は、教師モードでついっとそれをかわした。
弓倉は自販機の前にたむろう面々を順々、意識して高志を最後にして眺め、言う。
「またお前達か、よく顔をあわせるな」
「そうですね〜」
臆せず受け答えたのは晴奈。
バスの一軒で完全に弓倉慣れしたようだ。
手にした高志とおそろいの烏龍牛乳を、悪意なく弓倉に見せながら問う。
「もしかして、弓倉先生もジュースを買いに来たのですか?」
「残念だが違う」
弓倉の、高志の方を見ないようにしてする返答。
「ここに来たのは教師としての公用だ」
教師モードを守ったまま一枚の用紙を晴奈達に見せた。
それはこのホテルの各フロア見取り図。
生徒達が泊まる各部屋とその間の通路階段が記してあり、それを見た晴奈は思いついたままボケた。
「あ、ホテルの地図・・・、宝探しですか?」
「どこの教師の仕事だ、それは?」
真面目に突っ込む弓倉。
「避難経路の確認だ。お前達にも一応行うように言ってあるだろう」
えへっ、そうでしたと再び用紙を見る晴奈。
香奈と葵も、どれどれっと両脇から覗く。
晃治は香奈の頭越しに覗き込み、私の後ろに立たないでよっと言われながら用紙を見た。
あらためてホテルの図。
白黒コピーの一枚。
弓倉に言われて皆が思い出したが、同じものが旅のしおりの一部として晴奈達にも配られてる。
ただ、晴奈たちのなんとなく入っているだけの図とは違い、
弓倉のそれは、図上の非常口全がにカラーペンで色づけしてあり、
そこに至るまでの道筋についても色鉛筆で加え描きされていた。
・・・・おおっ。
関心する高志以外の一同。
「先生、ちゃんと仕事してるんですね」
聞き方によっては失礼なことを晴奈が口に出して言い、その他は尊敬の目で弓倉を見る。
そして高志は、
弓倉が旅行前の準備室でそれを塗り塗りしているのを見ており、
さらに言うと、非常口のひとつは横から手を出して塗らしてもらい、
塗っている最中に、そこを色づけしたらさっさと帰れと言われ、
えーーっと言ったときにぴょろっと枠からペンをはみ出させてしまい、
何をやっているんだとため息をつかれたが、
今見ると、そのはみ出したもの修正なしで弓倉がそのまま使っているのが分かり、
嬉しいような、
恥ずかしいような、
そんなことより手の中の烏龍牛乳について、
これは晴奈さんとわざと揃えたんじゃないですと、無言であうあう訴えるのが忙しい。
もちろんこの場の弓倉は、そんな高志のメッセージが伝わっても伝わらなくても完全無視。
高志をのけものにして、高志以外の面子に言う。
「あたりまえだ。
 お前達のような何をしてくれるか分からん中学生を引率する教師なら、誰でもこれくらいはしている。
 せめてもの備えだ」
弓倉は、香奈と晃治を見た。
香奈は、何をしてくれるか分からん中学生というのが清水寺での自分のことだと気づき、あははっと頭をかいた。
一方、気づくアンテナを持たない晃治はふんふんと他人事として頷いている。
香奈はそんな晃治をじろりと横目で見たが、ここではそれ以上何も言わなかった。
弓倉もそんな香奈を見て、生徒達の目線を動かす。
「ほら、ここも非常口がある場所のひとつだ」
『-非常口-』
ロビーの奥にある、緑色の表示灯がついたドアを指して全員に見させる。
素直に、弓倉の指の先を見る晴奈達。
高志も一応、あうあうとしながら皆の動きにあわせた。
「本当だ」
「それで先生もここに来たんですね?」
「理解されて安堵だ。
 後に、女教師がひとりホテル中を宝探ししていたと吹聴されては面倒すぎる」
「あはは、そんな事しませんよ」
弓倉に目を戻す晴奈達。
これでまたひとつ弓倉慣れしたようだ。
「でも、噂の自販機ってさっき先生も言ってましたよね?」
慣れた気楽さで香奈が訊く。
「うむ、ここに来る間に自販機の話を聞いたのも事実だ。
 生徒はもちろん教師にも広がっているから、
 ここに居れば、今夜の見回り役の教師とは全員挨拶することになるだろう」
「「えええっ」」
声をあわせたのは、晃治と香奈。
それに隠れて、
「しまった・・・ひろめすぎ・・・」
葵のような声がしたが、
それを確かめる時には、葵は何も言わなかった顔をして自分のジュースの蓋をあけていた。
スイカコーラを葵が飲む。
「・・・・・・」
無表情。
両手で缶を持ち、コクコクと小さく喉を動かす仕草で淡々と飲む。
「・・・・・・」
徹底して無表情。
「ど、どう?」
晴奈がおそるおそる訊く。
葵は缶から口を離して呟く。
「みんなが飲むまで内緒」
「うっ」
それはそうだ。
こういうものは前情報なしで同時に味わうから面白い。
リスクの共有。
できない者は去れ。
仲間達は、弓倉との会話を切りそれぞれの缶を見た。
弓倉は言う。
「他の教師に会いたくないなら早く試してしまえ」
聞いて、こども達はタイミングをあわせ蓋をあける。
その間に高志だけはこっそり弓倉を見た。
弓倉は、こっちに関心をむけるなと無視している。
「高志くんもっ」
傍らから晴奈に肘で突付かれた。
「う、うんっ」
高志も一歩遅れて蓋をあける。
あけたとたん、嫌な臭いがした。
牛乳に何かを混ぜた臭い。
超烏龍牛乳と名乗るのだから烏龍だ。
だがこの臭いは絶対に烏龍茶ではない。
こんなお茶を高志は知らない。
飲んだら身体に悪そうな別の何か。
こんなの飲んで大丈夫か?
姉がいたら、捨てなさいときつく言われるレベルだ。
だが、後戻りは許されない。
香奈が全員に号令をかけた。
「せーの、いただきまーすっ」
ぐっ。
思い切って口をつける。
全員で缶を傾け、全員で顔をしかめた。
「うぐっ・・・」
固まる一同。
高志達は、液体を口に含んだ状態でそれぞれの顔を見る。
牽制しあう目。
高志のみ、いち早く涙目。
ごくりと飲み込み、缶を降ろした。
感想は弓倉が問う。
「どうだった、味は?」
すごく不味いです。
失敗したシチューの味がします。
高志の答えはこれ。
が、晴奈、香奈、葵の女の子トリオは顔色を悪くしながら互いに言いあった。
「お、美味しい」
「こ、こっちもなかなか」
「・・・普通」
「「「じゃあ、交換」」」
3人は、ふふふっと笑いながら缶を渡しあった。
「アホか、おまえら?」
「あんたは黙れ」
「ぐおっ」
晃治が言うと、その腹に香奈のエルボーが入った。
「「「ふふふふふ」」」
女の子3人にスイッチが入っている。
高志は・・・、巻き込まれないように後退した。

晃治も高志にならって下がる。
そろりそろりと距離をとる男の子ふたり。
もとからいた別グループの男子達にまじり、そちらのほうで会話をはじめる。
ときおり高志は弓倉の様子を見たりするが、弓倉はそれでいいとその視線を薄くそらした。
その間、ドリンクを飲ませ合う晴奈達。
「これも、なかなか」
「あははは」
「・・・・・・」
一通り被害を共有してから、あらたな仲間を求めて倉にそれぞれの缶を差し出す。
「「先生もどうですか?」」
「・・・ですか?」
「いらんっ」
弓倉は一言で断った。
香奈と晴奈は声をくねらせて言う。
「そんなぁ、おいしいですよ〜」
「嘘をつくな。あの少年が泣きそうな顔で不味いと言っていただろう」
「高志くんですか?
 男と女の味覚はちょっと違いますよ、先生。
 男の子の口に合わないから試さないなんて、女として損だと思いますぅ」
「弓倉先生も、女の子で仲間なかま〜」
香奈と晴奈は弓倉に擦り寄る。
弓倉は、えいえいっとそれを振り払う。
「そんなおおざっぱな括りで私を巻き込むな。生徒に女の子扱いされて喜ぶ教師もおらん」
「じゃあ、今は教師という立場を忘れてみましょう」
「たかがジュースの為に忘れられん」
「せっかくの旅行です、忘れるふりだけでもチャレンジとか」
「そんな不謹慎な挑戦が許されるなら、とっくにその権利を行使している。できないから、ここに居るんだ」
今度は弓倉のほうが高志をちらりと見た。
高志は友人達と会話中で、その視線は気づかない。
「・・・・・・」
葵だけがそっと観察していた。
「先生〜、どうしても飲まないですか?」
「ひとくち、ひとくちだけでも」
香奈と晴奈は、なおも弓倉にすがる。
弓倉は自販機から離れながら言う。
高志からも離れながらということになる。
「諦めてさっさと飲み干してしまえ。それで思い出の共有は十分濃くなる。
 飲み終わったら、気の利いた誰かがまた似たようなドリンクを入荷してくれるのを期待して、
 空缶を所定のくずかごへ捨てろ」
晴奈と香奈、そして葵は仕方なく最初に自分が買ったドリンクをあおった。
一気に最後まで飲む。
「よし、それでいい」
見届ける、弓倉。
「わははははっ」
高志と晃治の、他の男子生徒の声にまじって笑い声が届かせてくる。
あちらはあちらでドリンクをまわし飲みし、盛り上がっているようだ。
少女達+女教師は少年達を見る。
高志も晃治も、少女達と接しているときはまた違う笑顔。
愉しそう。
男だけの群れで談笑するふたりの姿は、ちょっと眩しくもある。
晴奈は、空にした缶を胸元まで下げて言う。
「いまさらだけど、高志君と晃治君って仲いいね」
「まあね。晃治のやつ、やたらと高志君に絡みたがるし、高志君もすっかりそれに慣らされているって感じかな?」
香奈が、晴奈と同じ位置まで缶を下げて答えた。
両手の親指で缶の側面を押し、ぺこんと音を立てさせる。
晴奈は、ちょっと不安な顔で言った。
「・・・高志君の好きな子って、男の子だったりしないよね・・・・・・」
「うげっ、それって晃治ってこと?あははっ、ないないないっ」
香奈は軽く否定した。
「そうだよね」
言い出した晴奈も、あははと顔をつくった。
むこうでは晃治がまた高志の肩に手をまわして何かをしている。
そこから腰に、というか二人羽織ようにかぶさりだした。
「・・・だよね?」
晴奈は、つくったばかりの笑顔をひきつらせた。
「まあ、見てるとそれっぽい香りを感じさせるけどね・・・」
香奈の手の中で、缶がべこべこに潰されていく。
「私、実はちょっとそういう噂を聞いていたり・・・」
晴奈は、香奈からそっと潰れた缶をとりあげた。
「うん、私も知ってる」
代わりに香奈は晴奈がもっていた缶をとって潰し始める。
「あー、とにかく晃治が悪いのよ。噂が定着する前に晃治をしめておくべきかしら?
 ねえ、葵も晃治と高志君の噂を聞いてる?」
「うん」
葵は頷いた。
「だからさっき、直接、高志君に晃治が好きかって訊いておいた」
ぶーーーっ。
晴奈と香奈が同時に口をアヒルにする。
飲み物を口に残していたら中身を吐き出したところ。
「さっきって、いつ?」
「お風呂あがり」
葵は涼しい口調。
「で、なんて?」
「絶対違うって言ってた、嘘じゃないと思う」
自分の持っていた缶も香奈に渡す。
「まったくこの子はーっ」
香奈は渡された缶を一気に潰した。
「ついでに私が好きかどうかも試した」
「なんですとっ」
「でも、手ごたえなし」
「そ、そりゃ・・・」
「香奈については訊いてない。可能性ゼロだから」
「し、失礼なっ」

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