- 2014⁄01⁄11(Sat)
- 23:56
練習、練習、さあ、練習
志郎です。
あのデートのあと、僕と結花さんの関係は微妙です。
どう微妙かというと・・・、
「あん・・・も、もう・・・」
練習が始まる前の部室。
僕は変わらずに裸にされて、
立ったままの姿勢でみんなに玩具にされています。
「志郎くん、練習前であんまり時間がないからさっさと済ますけど、
これは手抜きじゃないからね。
ちゃんと愛情はこもっているからね」
言いながら、
僕のお尻を舐めるは千尋さん。
お尻のお肉をかぱっと広げて、穴のところを直接舐められる。
汚いからだめって言ったのに、
濡れテッシュで軽く拭かれて、あとはれろれろと舌で弄られている。
舌が窄まりにくっつくたびにぞくっときて、
僕は恥ずかしい声をだす。
「あん・・ひ・・」
「いつまでも変わらずに志郎くんは敏感だね。
弄りすぎっていう心配がないから、嬉しいよ」
「そうだね、乳首もあそこもびりびりしてる」
そして、
早苗さんと千尋さんに乳首を、
瑞穂さんにあそこを口で含まれて、やっぱり舐めまわされていた。
他にも背中、お腹、首筋、耳、
感じるところは全部舌と指が這いまわっている。
「あん、あんん、そんなにいっぺんに、されたら、ああん」
僕は先輩達の囲みの中でくねった。
その先輩の中に結花さんもいる。
僕の口に重なる、結花さんの口。
「私・・ひとり占めもいいけど、
皆に苛められてる志郎くんを見てるのも好きなんだよね。
どうしよう?」
と、
僕こそ、どしたらいいのか分からないことを真顔で言う。
でも、
「ねえ、志郎くん、今日も私にイくところを見せて」
言われた瞬間、あそこが熱くなり、
結花さんの指で根元を思いきりしごかれたのと合わさって、
僕は言われたままイってしまった。
「はううっ」
びゅうっ。
あそこから白い僕の液が出る。
イった、イったと喜ぶ先輩達。
僕に口をつけたままの結花さん。
「でも、私以外の女でイかされる志郎くんを見ると、お仕置きしたくなるのよね」
困ったことを言う。
こんな感じで、
僕と結花さんは微妙・・・。
皆が行ってしまった後、
僕はいろんな意味で汚れた身体をきれいにする。
ついでに部室を片付けてから、
「今日こそは家に帰っちゃお」
そう決めて、
部室を出て、昇降口に向かう。
意識して行う早歩き。
今日は呼び止められて振り向かない。
追いかけられても走って逃げる。
本当に、
そう決めて進むのだけど・・・。
どうしても通らなくてはいけない体育館の前。
「いくよーーっ」
「おーーーっ」
そこから聞こえる声に僕は足をとめてしまう。
「そーーれっ」
元気よく合わさった皆の掛け声。
「やああっ!」
そこに結花さんの一番響く気合の声が加わると、僕はどうしても前に進めなくなる。
「はいっ!」
「そこっ!」
「とおおっ!」
「うりゃあああっ!!」
どんな練習をしてるのか?
だんだんバレーボールとは関係なさそうな奇声になっていく結花さんの声。
また無茶な飛び込みをして怪我をするんじゃないか。
見えない分だけ、余計にハラハラしてくる。
「ああっ、もうっ」
そのハラハラに負ける、僕。
今日もまた体育館のドアをそっと開け、中を覗くことになってしまった。
「「そーーーれっ!!!!」」
扉を開けた瞬間、
中で練習をしている皆の声と熱気が弾けるように大きくなって響く。
やはり、その中で一番目立つ結花さんの声。
僕が頭半分だけ体育館の中に入れてその声を追うと、
結花さんがネットの向こう側で思いきり跳びあがる姿がすぐに見つかった。
ふんっ!
本当に高くあがる結花さんの身体。
しなる腕が宙のボールを力強く打ち付ける。
ズバーンッ。
床にあたるボールの音が、体育館中に届いた。
・・・うん。
・・・ちゃんとやってるみたい。
ほっとする僕。
とりあえず怪我をするような危ないことはしていない。
それに、皆もそうだけど練習に集中しているときの結花さんは変わらず格好よかった。
たぶん僕がいないところではこれが普通の結花さん。
僕としては、もっとこういう結花さんを見ていたいのだけど、
僕の前にいるときの結花さんは変な結花さんのときが多いので、なかなか機会がない。
あとは、あのデートのときの、女の子の結花さん。
どれもが本当の結花さんで、
きっと僕の知らない結花さんがまだまだいるのだろうと胸の中で付け加える。
と、
ぽこーん。
そんな僕のそばに、別の方向からボールが飛んできた。
見ると恵さんが僕にむかって手をふっている。
ボールをとって欲しいということらしい。
僕は体育館の中へ数歩入って進み、ボールをとって恵さんに投げ返した。
『ありがとう』
恵さんの口がそんな形に動いて、ボールをとる。
と、
ぽこーん。
また別のボールが僕のそばへ飛んでくる。
見ると今度は早苗さん。
やはり手をふって、そのボールを取ってと伝えてくる。
僕はまた数歩進んで、ボールを返す。
と、
ぽこーん。
今度は千里さん。
ぽこーん。
ちょっと離れたところへ千尋さん。
ぽこーん、ぽこーん、ぽこーん。
そのうち、
あっちこっちにボールが飛んできて、僕はばたばたと走りまわるようになる。
ばたばたばたっ。
ぽこーん、ぽこーん。
ばたばたばたっ。
ぽこーん、ぽこーん。
ばたばたばたっ。
ぽこーん♪ぽこーん♪ぽこーぉ♪
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さすがに変だと思い、僕はコートの方へ振り向いた。
と、バレー部の全員が、練習をさぼって僕にボールを投げつけるポーズ。
「・・・・あ、バレた?」
「もう、ちゃんと練習してくださいっ!!」
「きゃあ、志郎君がおこったあ〜♪」
きゃあ、きゃあ、わあ、わあっ・・。
ちりぢりに逃げていく皆。
ここで僕が追いかけると、よけいに喜ぶのは分かっている。
分かっているので、ぷいっと背中を向けてさっさと帰ることにする。
「僕は帰りますからねっ」
「あらっ、帰らないでください」
が、今度は後ろから襟をつかまれ、ひょいっと持ち上げられた。
片腕による完全な子猫あげ。
つま先が床から離され、後ろの向きのまま出口から一番遠いところまでぶらぶらと運ばれていく。
「大事な話がありますから、ちょっと時間をくださいね」
この握力に、このしゃべり。
力もちぞろいのバレー部の中でも、片腕でこんなことができるのは唯ひとり。
「亜里沙さん、放してください。今日は帰ります、帰るんですっ」
「まあ、まあ、そう言わないで、本当に大事な話なんですよ」
・・・ほほほほ。
とてもそうとは思えない、緩やかな笑い。
ばたばたと暴れる僕を何の苦もなく、体育館の隅まで持っていく。
「あー、志郎君が子猫便されてるうっ」
「私もあれやりたくて鍛えてるんだけど、できないのよ」
「あー、私も」
「だいたい持ち上げる前に服の方が伸びちゃうわない?」
「そうそう、亜里沙はどうやってるのよ、それ?」
「もちろん、大事に持っていますよ。それだけです」
「そうか、それだけか」
「つまり、愛だね、愛」
そして、亜里沙さんと皆との間で交わされる僕を玩具にした会話。
僕を運びながら、亜里沙さんは息ひとつ乱さない。
にっこりと笑みを浮かべたままで、皆に言う。
「それよりも、皆さんは練習を続けてください。
本大会で不本意な成績を収めると、志郎君の占有権どころじゃなくなりますよ」
「おおっ!そうだった!!」
それを聞いて、皆にみるみる気合が入る。
どれくらいみるみるかというと、皆の背中から蒸気が出てきて背景が霞んで揺れるぐらい。
というか、あれはオーラ。
何度も経験した嫌なオーラ。
「って、また占有権とか勝手に決めてるしいいっ。なんです、それ?
僕、聞いてないですよっ!!」」
「はい、志郎さんへのこの手の話はデフォルトで事後承諾となっていますので、
その話をこれからしようと捕まえているところです。
ほら、大事な話でしょう?」
「そんなふうに大事にしないでくださーい!」
・・・ほほほほ。
亜里沙さんはまた笑う。
そして、その笑いが終わって最初に訊かれた。
腕が引き寄せられ、耳の傍らまで唇が寄せて囁かれる。
「それで志郎さん、お話の前提として結花さんのことどう思われてます?」
・・・これはバレー部シリーズの話です。
・・・初めて読む人はここからどうぞ。
「正直で、正確なところをおひとつ」
にっこりと笑み。
貴方がどんな答えを言うのもかまいませんが、黙秘だけは許しませんよ。
亜里沙さんのそんな笑みだ。
「え、えっと、それは・・」
僕は言いよどんで目をそらす。
が、視線を外した方向にあたりまえのように亜里沙さんの顔が待っている。
右に左に目を外しても、
亜里沙さんは不可思議な移動で待ち構えている。
「志郎さん、この先の生き方に関わりますから。お答えを」
「って、そこまで重要なんですかっ?」
「ということは、
結花さんとは今の程度の関係でとどめて縁が切れしだい他人になるつもり、
という解釈でよろしいですか?」
「そんなこと言ってないです!!」
僕は大声を出した。
出した自分に気づき、慌てて口を押さえる。
「そうですよね」
笑いなおす、亜里沙さん。
声を荒げた僕に怒らず、むしろ嬉しそうに僕を体育館の隅へと連れて行く。
他の皆は僕の声が届かなかったのか、練習を続けていた。
「私も、
志郎さんがそんな要領だけで人に見切りをつけていく方だとは思いません」
亜里沙さんは、用意されていた丸椅子に僕を下ろす。
同様に用意されていたスケッチブックを拾い、
まだ使っていない真っ白なページを開けて僕に持たせる。
そして右手に黒と赤の油性ペン。
「実は同じ質問を結花さんにもしたんですよ。
志郎さんのことはどう思いますか?この先、どうするつもりですかって?
「!!」
僕は目を見開いた。
「・・・ふふ、結花さんがどう答えたか知りたいですか?」
今度は、亜里沙さんがその視線から逃げる。
僕の前で前かがみになり、僕が持ったスケッチブックの影に顔を隠してしまう。
「知りたいですよね。でも教えてあげられません。
志郎さんには言わないという約束をさせられましたから。
でも、志郎さん・・・」
キュキュキュキュッ。
亜里沙さんがスケッチブックの向こう側に何かを書きだした。
何を書いているかは、亜里沙さんの顔と同じく僕からは見えない。
「志郎さんは聞かなくても分かるでしょう?
結花さんの答え。
先日、抜け駆けしたときに何か言われたのでしょう?」
キュキュキュッ。
ペンは走る。
亜里沙さんの顔は変わらず見えない。
『私が志郎君をひとり占めにしたいって言ったら。
志郎君は皆の中で私を選んでくれる?』
確かに、デートの時に言われた言葉。
「どうなんですか?」
キュッ。
ペンの音がとまった。
亜里沙さんの顔も身体も、スケッチブックの向こうに消える。
「それで、志郎さんからの答え、ありますか?」
声だけが僕を追いつめた。
「で、でも・・・、」
僕は息を飲む。
ここは体育館。
すぐ向こうでは皆が練習をしていて騒がしいはずなのに、亜里沙さんの声しか聞こえない。
「でも?続きは?」
「結花さんも、皆でいるのも愉しいって、さっき、」
「まあ、そうでしょうね。
私達の関係からするとそうなるでしょうね。
そうですか・・・、志郎君にもそういう態度ですか、・・・・・今のところ」
ほっ。
小さな息を亜里沙さんがついた、気がした。
ぱっ。
スケッチブックの向こうから亜里沙さんが顔を出した。
笑っている。
嬉しそう?
いつもとはまた少し違う、女の子を感じさせる笑い。
「ま、おふたりが慌てて現状を突破する気がないのならいろいろ好都合です。
私としても無理に藪をつつく親切もいたしません。
亜里沙さんがぴょんと跳ねて立ちあがる。
そんな仕草も初めて見た。
亜里沙さんの手から長いリボンが現れ、
スケッチブックの両端の留め具に撫でるように通し結ぶ。
「と、言うわけで志郎さんのお心は確かめましたからねっ」
そして、
そのリボンを僕の首にかけた。
亜里沙さんがコートに向かって手を振って言う。
「皆さん、お話はまとめました。
草案の通りです。大会、はりきって優勝しましょうね」
「おおうっ」
周期の音が戻る。
床で弾むボール。
跳び上がり、着地するシューズ。
そして、声、声、声。
「では、いまだ皆のモノの志郎さん」
亜里沙さんに手をとられた。
「大会が終わるまでは綺麗な身でいてくださいね」
僕は首にかけられたスケッチブックを見る。
そこには、赤のはなまるとともに大きな文字でこう書かれていた。
『僕の全部、大会で頑張った人にあげちゃいます!!』
「えええーーっ!!」
盛大に驚く僕の傍ら、
亜里沙さんは満足気に微笑んだ。
「志郎さんの反応はいつまでも新鮮でいいですね。
品としては大変良好です」
「品って、なんです?」
「賞品、商品、人参、まあ、志郎さんにとっては不名誉な意味です」
「だ、だったら」
「聞きません♪」
文句を言う僕の唇に、亜里沙さんがひとさし指を縦にあてる。
ぴとっと押さえ込んで囁く。
「志郎さんの異議を聞く時はもう過ぎました。次に意見を言えるのは大会の後です」
そして、
指を離す亜里沙さん。
後ろ向きに僕からささっと離れ、その指を横にして警告した。
「しっかり立っていないと倒されますよ」
「え?」
その指の向きへ、僕は顔を向けた。
そこには僕に向かって飛び込んでくるバレー部の皆。
今更言うまでもなくひとりひとり僕よりも大きな身体で、本気の笑顔と勢いの集団に僕は呑み込まれた。
「「「「よーし、お姉さん達、志郎君獲得のために頑張っちゃうぞ」」」」
「うわあああっ」
そして、
その集団から少し離れて苦笑いする結花。
その結花の傍らに亜里沙は立つ。
小さな声で囁く。
「正直に言いますね」
「うん」
「結花が頼むなら、今すぐにでもくっつけてあげられますよ」
「頼んでいいの?」
結花は笑って友人を見下ろす。
亜里沙は見上げて、それと同じ苦笑いをして見せた。
「・・・できれば、遠慮してください」
「うん」
亜里沙は頷く。
「好きな男を取り合うのは、もう少しだけ先にしよう」
「了承。
でも、不利なのは私のほうですから、そのとき手はぬけませんよ」
「迫るのは私達、選ぶのは志郎君だよ」
そこまで言って、結花と亜里沙は正面を見た。
もみくちゃにされる志郎と、もみくちゃにしている仲間達に手を叩き、声を出して伝える。
「そこまでっ!!練習、練習、さあ練習!!!」
例によって、架空の中学。
架空の女子バレーボール部。
全国大会につながる地区予選が本日から開始。
場所は、市営の総合体育館。
簡単な開会式の後、さっそく行なわれる試合に先駆け、一年生部員弥恵は重要な使命を受けていた。
部で飼っている男子マネージャー、志郎を確実に応援に連れてくることである。
「弥恵さん、志郎くんの引率は貴方におねがいしますね」
前日、弥恵に命をさずけたのは正規マネージャーの亜里沙。
「えっ?私がですか?」
「希望が通るなら、私が自分で迎えにいきたいのですけどね」
弥恵の知るかぎり絶やしたことのない笑顔で、しかし言葉どおりに残念そうに弥恵に告げた亜里沙。
「私は選手の皆さんを連れて先に会場入りします。
さすがに本番の試合前ですから、
志郎くんと一緒にして余計な緊張とか、はしゃすぎでリズムを壊さないように気をつけないと・・」
「うちの先輩達には、いらない心配だと思いますけど」
思ったとおりに答えた、弥恵。
はしゃすぎるという事はあるかもしれないけれど、
それで試合に悪影響を出すような線の細いプレーをする人はいない気がする。
すると亜里沙は、ちいさく首をふった。
「今年のレギュラーは陽気な人達のあつまりになっていますけど、
近づく試合に、みんな少しずつだけドキドキと臆病になっていますよ」
「そうですか?」
「はい、断言します」
首をひねる弥恵に、亜里沙はやわらかに言い切った。
「バレーボールは、皆で毎日、一生懸命に練習してきたことです。
人間、時間をかけて積み重ねてきたことを試すときには、
努力した分の自信と、それと同じだけの不安がおまけに付けられてしまうものです。
それに、ここが重要なのですが・・・」
亜里沙は、そこまで言って弥恵に一歩近づいた。
ささやき声で力説する。
「みんな女の子ですから、好きな男の子が近くにいすぎると力んでしまいます」
「・・・・・それは」
「分かりますよね」
「ええ、まあ」
「理解いただいて嬉しいです」
亜里沙、ここで再びにっこり。
拒否しようのない笑顔で、弥恵を包んだ。
「分かりました。志郎くんは私が連れていきます」
「お願いします」
弥恵の返事に、亜里沙は綺麗に会釈した。
「それで、亜里沙先輩」
「はい」
「その好きというのは、具体的にどれくらいの感情なんでしょうか?」
引率の件を了承して、今度は弥恵が亜里沙に密着した。
最重要な話をする為の、完全なひそひそ声。
「それは、2、3年生のレギュラー組内で志郎くんへの恋愛感情がどの程度発生しているのかという質問ですね?」
亜里沙は、弥恵の質問をごまかさずに真っ直ぐ受けとった。
「そうです」
弥恵は頷く。
「正直なところ、志郎くんに本気になっている先輩ってどれくらいいるんですか?」
本気になっている先輩がいるから、大会中の抜け駆け禁止令が出たんですよね?」
「そうですねえ、そういう人がいるから禁止令を出しました。そこは認めます」
「ずばり、結花先輩ですか?」
弥恵は突いた。
亜里沙は、くすくすと笑った。
「そのあたりは、私が答えなくても分かると思います」
「む〜、肯定ですか」
「そうだったら、弥恵さんたち一年生の方々は困りますか?」
「志郎くんは私達と一緒に入学して、一緒に卒業するお気に入りです。
大会を最後に引退してしまう先輩ひとりに持っていかれるのは、面白くないです」
弥恵は一年生の代表としてきっちりと言った。
特に、弥恵は志郎のクラスメイトでもある。
志郎の毎日を、誰よりも多くの時間見ているのは弥恵。
それなりに感情移入している。
大会活躍の商品ついでに、志郎の大事なところまで卒業生に持っていかせるつもりはない。
「了解。そのあたりも大会の後に遠慮なくぶつけ合えるようにしましょう。約束します」
亜里沙は、弥恵の主張を聞いて言い切った。
「そのほうが、私にも都合がいいですしね」
「え?」
そして、弥恵に非常に気なる言葉を加え、やはりにこやかに笑みを浮かべたのだった。
「亜里沙先輩?それって」
「・・・・(にこにこにこ)」
「もしかしてというか、やはり先輩も?」
「・・・・(にこにこにこにこ)」
「先輩、笑うだけじゃなくてっ」
「では、しっかり言葉で説明しましょう」
「うっ、すみません、やめてください。聞くと後悔しそうです」
「そうですか?ちょっと残念です」
聞き捨てならない言葉に反射して確認をいれたのはいいが、弥恵、
危険な答えを混じり物なしで聞かされそうになり自らひく。
志郎をめぐる環境は、これまで考えていたよりも熱いもののよう。
一線を越えて戦うなら本気の想いが必要だと、認識する。
認識した以上、ここでいらぬ話を続けても自分の肩が重くなるだけ。
弥恵はもとの話題へと軌道を戻した。
「・・・・・亜里沙先輩、私が志郎くんを呼びにいくとして、私の他に誰が一緒に志郎くんを呼びに行くんですか?」
「弥恵さんの他にですか?」
「はい、先輩のことですから、もう決めてありそうです」
「ええ、確かに決めていますけど」
「でしたら、私が自分で誘います。教えてください」
「でしたら、弥恵さん一人にお願いしようと思っていましたので、その手間はいりませんよ」
「えっ、私だけ?」
「はい」
「え、でも・・・私だけだと・・・」
「困りますか?」
「志郎くんにこっそり逃げられたら、追いかけられませんよっ」
志郎は複数で囲んで連れ来る。
そう思っていた弥恵は戸惑った。
現にこれまではそうだった。
先に逃げ道を塞いでから、志郎をどう呼び出して捕まえるか?
捕まえた後は力ずくで手をひっぱるか、えっちにゃ手段で弱らせるか?
頭の中では、計画を立て始めていた。
そんな弥恵に亜里沙は確信をもって言う。
「大丈夫です。今回だけは、志郎くんもすすんで来てくれます。
弥恵さんは、通常の作法どおり呼び鈴を鳴らして志郎くんを誘ってあげてください」
「自信ありそうですね」
「ちょっと癪ですが、ありありです」
亜里沙は、これまでとちょっとだけ色の違う笑顔で答えた。
「癪ですか?」
「癪ですねえ」
亜里沙は顔の前で手の五指をあわせて息を吐く。
「分かりました。私も信じます」
亜里沙が何を言わんとするか、弥恵にも良く分かったので、弥恵は承諾した。
「でも、万が一、志郎くんが逃げちゃったらどうします?もちろん私ができる限りで追いかけますけど」
「逃げられたときは私に教えてください。私が凄いスピードで捕まえに戻りますから」
・・いや、本当に。
・・志郎くんが、そんな悪い男の子だとは思えないですけど。
・・私は悪い先輩だと自覚して、はい。
亜里沙は、そう言って弥恵への話を締め切った。
「う〜ん」
という理由で、弥恵は現在、既に志郎の家の前にいた。
乗り物は中学生らしく自転車。
服装はバレー部のジャージ。
対外試合用にそこそこデザインされたものなので、
女子中学生という身分と年齢をあわせて着こなせば、それなりに様になる。
髪はショート。
髪型にこだわれるほどの量はないけど、
ちゃんと早起きして、いつもより少しだけいい香りのするシャンプーとリンスをしてきてる。
いつもの練習時のように汗でべったりしているのとは対称、さらさらとながれる女の子ヘアだ。
前髪をちょちょいと定位置に戻せば準備完了。
身だしなみはよし。
ミッションは玄関の呼び鈴を鳴らす段階まで進んだ。
ドア横の丸いボタンに指を近づける。
「う〜ん」
と、ここまできて不必要にドキドキする心臓。
あげた手指にかるい痺れ。
ありていに言って、今更の緊張。
「うん、私、男の子の家を正面から訊ねるのって初めてなのよね」
簡単に済む自己分析。
まったく単純な理由だ。
ひとりで尋ねるとあって昨晩から多少は意識していたが、こういう感じに緊張するものだとは・・・・。
大会当日のテンションの高さでかるく突破できると踏んでいたのが、私も結構うぶうぶだ。
弥恵は、自分のなかの女心をくすぐったく思う。
志郎とはクラスメート。
クラブの皆で扱う玩具。
現状でこうなのだから、一対一のお付き合いを狙うことになったりすれば、自分はかなり苦労しそうだ。
弥恵は心のメモ帖に録めておく。
「さて、それは将来のごく一部の可能性」
口にして緊張をほぐす弥恵。
今日のところは、自分はデートに誘いにきた女の子ではない。
ドキドキしたまま引き返すような甘苦い思い出をつくるわけにはいかないので、
クラブ代表の特使として息を溜め、指先をボタンにふれて押した。
ぴんぽーん。
控えめな呼び出し音がドアを隔てて響く。
音にあわせて、ひとつ高く鳴る心臓。
「志郎くん、ちゃんと居ますように。
逃げたりしてませんように。
ついでにお母さんとかじゃなくて、本人が出てきてくれますようーに」
弥恵は願った。
「はーい」
応答は、すぐにあった。
願い叶って、聞こえたのは男の子の声。
間違いなく志郎。
「えっと、私、弥恵。志郎くんを迎えに来たんだけど」
半音あがちゃった声で弥恵が言うと、ドアは素直に開いた。
制服姿の志郎が、自分から出てきてくれる。
「お、おはよう」
弥恵は、とりあえず挨拶。
まだ声が高い。
志郎は、そんな弥恵に普通に挨拶を返した。
「おはよう」
服装から見て、志郎はちゃんと試合の応援に来てくれるようだ。
逃亡する様子はなし。
それどころか、弥恵が乗ってきた自転車を見て、
「自転車?」
と聴き、
「うん、駅まで」
弥恵が答えると、
「ちょっと待てって」
急ぎ自分の自転車をとりに行って、弥恵ところに戻ってきた。
これは・・・、弥恵の予想になかった積極さだ。
思い出す、亜里沙の予言。
『大丈夫です。今回だけは、志郎くんもすすんで来てくれます』
大当たり。
ということは、やはりそうか?
そうなのか?
弥恵の複雑な心境。
このまま試合会場まで連れていけば楽に任務完了でいいのだけど、それでは乙女心が許さない。
・・・亜里沙先輩のことだから、志郎くんに何か具体的な手をうったのかもしれない。
そんな考えもあって、確認してしまう。
「志郎くん、これから行くのはバレー部の試合の応援なんだけど、分かってるよね」
「うん、そのつもりで準備してたけど・・・」
答える、志郎。
弥恵のよけいな質問のせいで、ちょっと不安な顔になった。
弥恵は、そ〜っと続ける。
「いや、その、志郎くんは、いつも私達がさそうと逃げるでしょう?今日は、逃げないのかな〜〜って」
「に、逃げるようなことするの?」
志郎は、一歩引いた。
自分の問いに何を想像したか?
想像の内容をほぼ完璧に把握できる弥恵は、慌てて言った。
「しないっ、しないっ、しないーーっ、今日は本当に応援。いつもみたいなことは、なしっ!」
「本当に?」
「ほんとっ、ほんとっ、ほんとっ!!今日は大事な試合で、大事な応援なの、これは信じて」
弥恵は拝む。
幸い、志郎はすぐに信じた。
「試合なのは信じるよ。ずっと前から、みんなに聞いてたから。あと、亜里沙さんから昨日電話があったし」
「亜里沙先輩から?」
やはり。
亜里沙先輩は何かしてた。
弥恵は、心の中でひとつ手をたたく。
志郎は、弥恵が訊く前に電話の内容を話してくれた。
「うん、部の誰かが迎えに来るけど、その誰かは秘密って・・・。
それで、前みたいに大勢で来られたら困るから玄関で待ってた」
「なるほど」
弥恵は感心した。
そういうやり方もあるのかと。
どうりで呼び鈴への反応も早かったわけだ。
「それに・・・」
志郎は続ける。
「もし、僕の迎えに結花さん達が来ちゃったら、すぐに出発しないと困るでしょう?」
「うっ・・」
やはり、そうか?
そこか?
「そ、そうだね。うちの先輩達ならありえるものね」
弥恵は、ピクピクと心の中の眉をひくつかせて答えた。
「うん、だから、弥恵さんがひとりで来てくれてよかったぁ」
安堵している、志郎。
くーーっ。
弥恵は顔には出さないように悔しがり、自転車にまたがった。
「よし、OKOK。じゃあ、行こうか」
あーーー、もーーー。
弥恵と志郎。
最寄の駅へ、自転車で並んで走る。
初めは弥恵が先に走り、志郎がその後ろをついていたのだが、
それでは弥恵が面白くなく、速度をゆるめて志郎と並走することにした。
駅までの歩道は、自転車も走行可。
少々狭くなるところもあるけど無理してでも並んで走る。
別にデートもなんでもないサイクリング。
もーーーーっ。
不機嫌気味に走り始めた状態。
それでも志郎の姿を間近で見ながら走り、
歩道の脇にある街路樹をさけるときなどは肩どうしがくっつきそうになるほど接近するのを繰り返すと、
弥恵は、ほんのちょっとずつだけ気持ちを回復できた。
理由はともかく、ひとりの男の子と過ごしている自分。
街を進んでいるので、とうぜんある周囲の目。
前からやってきた歩行者が弥恵たちを見て道を譲ってくれ、すれ違うときに何か微笑まれたり、
自分と同じ年頃の女子達が道路の反対側からこっちを見て、何かを話していたり、
交差点の信号待ちで小さな子供がじっと見上げてきたりすると、
・・・ふふふ、
という自慢げな心持になるのだ。
これは明らかに、街中でひとりの男の子とペアを組める優越。
弥恵の歳で、はっきりと付き合っている男の子がいる人間はほとんどいない。
いないのが当たり前。
いるとすごい。
それが、誰が見てもカッコイイ男の子だともっとすごい。
それが、誰が見ても可愛い男の子なら・・・。
すごい自慢だ・・・。
うん、認識した。
弥恵にとって志郎は、誰に見せても自慢できる男の子。
一緒に仲良くいるところを見てもらいたいと思える男の子。
ちっちゃくたって恥ずかしくない。
そういう関係になれたら、自分から言いふらしてしまえる。
絶対に。
うん、実際にはそんな関係では全くないのだが・・・。
あーーー、もーーー。
そうだったら、いいのになーーー。
歩道は、また狭いところ。
志郎が弥恵の近くに来る。
弥恵は志郎の横顔を見、志郎はそれに気づいて弥恵を見た。
弥恵は言う。
「志郎くんは、可愛いね」
「また、そう言う」
志郎は、いやそーな顔をする。
「いいじゃない、可愛くて」
「よくないよ。全然、嬉しくない」
「そうか、嬉しくないか」
「嬉しくないよ」
進む、ふたり。
駅が見えてきた。
「志郎くん、電車に乗ったら私と並んで座ってね」
「え、うん」
「それから向こうの駅についたら手をつないで降りようね。そのまま会場入り」
「えーーっ」
そして、会場入り。
弥恵は予告どおり、志郎の手をつないで仲間達のもとへ合流する。
「おまたせしましたっ。志郎くんをしっかりがっちり連れてきましたーーっ」
先輩達と同級生達、
バレー部全部の女子の前へ志郎の姿を見せると同時、つないだ手を高々とあげて強調し、元気に叫んで報告。
「志郎くんが来たー」
「偉い、弥恵よくやった!!」
弥恵の重要任務成功を褒め称えるたくさんの声と、
「なに手をつないで仲良ししてるのよっ」
「ふたりっきりで、大会前に抜け駆けしてきてないでしょうねっ!?」
部分的に志郎を独り占めにしている手つなぎへの非難の声に迎えられる。
いずれにしても、志郎の到着でバレー部全体が一気に盛り上がった。
「へへへっ、どうかなー?」
志郎の手は離さず、意味ありげにおどけて見せる弥恵。
「弥恵さん、手、手はもう離していいよっ」
持ち上げられた手をあせあせさせて言う志郎。
弥恵は、自分から逃げようとする志郎の手を逆にぎゅぎゅっと両手で掴んで、腕組み状態にまで持っていく。
「離すと、志郎くんは女の子いっぱいの場所から逃げようとするからだめ。・・・・ですよね、先輩」
ここで、挑発&調査。
「ちょ、ちょっと弥恵さんっ、ここは他の学校の人も見てるっ」
「わはは、志郎くん可愛いー」
志郎が照れ慌てる様を、たいていの部員は愉快そうに笑って見ている。
だけど中に、複雑そうな顔で志郎と弥恵を見ている人もいる。
半眼で睨めつけ、冷たく熱い光線を発する人も。
弥恵は、それらをすかさずカウント。
それが現在のライバル数。
貴重な資料。
加えて、それに対する志郎の反応。・・・とくに変化なし。
笑っている人、複雑している人、ちょっとお怒りしてる人、どの視線を受けても一様。
というか、そんな女の子ひとりひとりの感情の違いなんて気づいてない。
どれも同じ、自分を面白がって困らせる女の子の集団としか見えていない。
(まあ、そうでしょうね。これまでしてきた事が、してきた事だし・・・)
弥恵は、現状を分析する。
そして調査の一番大事なところ、弥恵はライバルの筆頭、結花の顔を見た。
弥恵に絡まれた志郎も、同じタイミングで結花と目をあわせた。
瞬間、志郎は小声を出して身を固まらせる。
「・・・ぁ」
「・・・・・・」
集団の後ろのほうから、主に志郎を見つめた結花。
むううぅ〜と眉を八の字によせると、ぷいっと顔を横に向けてしまった。
それから片足でトントンとつま先を2回上げ下げし、拗ね具合をたぶん無意識で志郎にむけて表現する。
「弥恵さん、離してっ」
とたんに、弥恵は志郎に腕を振り解かれた。
(・・・あう)
誰に見られても同じだったのに、結花だけにはこんな激しい反応。
分かってはいたけど、実際にされると思ったより傷ついた。
(でも、本当の取り合いは大会が終わってからっ)
弥恵は強い子。
ここは自分で自分を立て直す。
今日の目的はバーレー部の応援。
試合の勝利。
その為に試合に出る人も、そうでない人も頑張ってきた。
弥恵は心の中でうっしと芯をつくり、志郎は亜里沙に引き渡す。
「というわけで亜里沙先輩、志郎くんです」
「おつかさま。ありがとう」
微笑んで、弥恵の労をねぎらう亜里沙。
結花のほうをチラチラとみる志郎の傍らに立ち、明るい声で皆に言った。
「では、本番です。全力を尽くしましょう」
「「「「おーーっ!!」」」」
あのデートのあと、僕と結花さんの関係は微妙です。
どう微妙かというと・・・、
「あん・・・も、もう・・・」
練習が始まる前の部室。
僕は変わらずに裸にされて、
立ったままの姿勢でみんなに玩具にされています。
「志郎くん、練習前であんまり時間がないからさっさと済ますけど、
これは手抜きじゃないからね。
ちゃんと愛情はこもっているからね」
言いながら、
僕のお尻を舐めるは千尋さん。
お尻のお肉をかぱっと広げて、穴のところを直接舐められる。
汚いからだめって言ったのに、
濡れテッシュで軽く拭かれて、あとはれろれろと舌で弄られている。
舌が窄まりにくっつくたびにぞくっときて、
僕は恥ずかしい声をだす。
「あん・・ひ・・」
「いつまでも変わらずに志郎くんは敏感だね。
弄りすぎっていう心配がないから、嬉しいよ」
「そうだね、乳首もあそこもびりびりしてる」
そして、
早苗さんと千尋さんに乳首を、
瑞穂さんにあそこを口で含まれて、やっぱり舐めまわされていた。
他にも背中、お腹、首筋、耳、
感じるところは全部舌と指が這いまわっている。
「あん、あんん、そんなにいっぺんに、されたら、ああん」
僕は先輩達の囲みの中でくねった。
その先輩の中に結花さんもいる。
僕の口に重なる、結花さんの口。
「私・・ひとり占めもいいけど、
皆に苛められてる志郎くんを見てるのも好きなんだよね。
どうしよう?」
と、
僕こそ、どしたらいいのか分からないことを真顔で言う。
でも、
「ねえ、志郎くん、今日も私にイくところを見せて」
言われた瞬間、あそこが熱くなり、
結花さんの指で根元を思いきりしごかれたのと合わさって、
僕は言われたままイってしまった。
「はううっ」
びゅうっ。
あそこから白い僕の液が出る。
イった、イったと喜ぶ先輩達。
僕に口をつけたままの結花さん。
「でも、私以外の女でイかされる志郎くんを見ると、お仕置きしたくなるのよね」
困ったことを言う。
こんな感じで、
僕と結花さんは微妙・・・。
皆が行ってしまった後、
僕はいろんな意味で汚れた身体をきれいにする。
ついでに部室を片付けてから、
「今日こそは家に帰っちゃお」
そう決めて、
部室を出て、昇降口に向かう。
意識して行う早歩き。
今日は呼び止められて振り向かない。
追いかけられても走って逃げる。
本当に、
そう決めて進むのだけど・・・。
どうしても通らなくてはいけない体育館の前。
「いくよーーっ」
「おーーーっ」
そこから聞こえる声に僕は足をとめてしまう。
「そーーれっ」
元気よく合わさった皆の掛け声。
「やああっ!」
そこに結花さんの一番響く気合の声が加わると、僕はどうしても前に進めなくなる。
「はいっ!」
「そこっ!」
「とおおっ!」
「うりゃあああっ!!」
どんな練習をしてるのか?
だんだんバレーボールとは関係なさそうな奇声になっていく結花さんの声。
また無茶な飛び込みをして怪我をするんじゃないか。
見えない分だけ、余計にハラハラしてくる。
「ああっ、もうっ」
そのハラハラに負ける、僕。
今日もまた体育館のドアをそっと開け、中を覗くことになってしまった。
「「そーーーれっ!!!!」」
扉を開けた瞬間、
中で練習をしている皆の声と熱気が弾けるように大きくなって響く。
やはり、その中で一番目立つ結花さんの声。
僕が頭半分だけ体育館の中に入れてその声を追うと、
結花さんがネットの向こう側で思いきり跳びあがる姿がすぐに見つかった。
ふんっ!
本当に高くあがる結花さんの身体。
しなる腕が宙のボールを力強く打ち付ける。
ズバーンッ。
床にあたるボールの音が、体育館中に届いた。
・・・うん。
・・・ちゃんとやってるみたい。
ほっとする僕。
とりあえず怪我をするような危ないことはしていない。
それに、皆もそうだけど練習に集中しているときの結花さんは変わらず格好よかった。
たぶん僕がいないところではこれが普通の結花さん。
僕としては、もっとこういう結花さんを見ていたいのだけど、
僕の前にいるときの結花さんは変な結花さんのときが多いので、なかなか機会がない。
あとは、あのデートのときの、女の子の結花さん。
どれもが本当の結花さんで、
きっと僕の知らない結花さんがまだまだいるのだろうと胸の中で付け加える。
と、
ぽこーん。
そんな僕のそばに、別の方向からボールが飛んできた。
見ると恵さんが僕にむかって手をふっている。
ボールをとって欲しいということらしい。
僕は体育館の中へ数歩入って進み、ボールをとって恵さんに投げ返した。
『ありがとう』
恵さんの口がそんな形に動いて、ボールをとる。
と、
ぽこーん。
また別のボールが僕のそばへ飛んでくる。
見ると今度は早苗さん。
やはり手をふって、そのボールを取ってと伝えてくる。
僕はまた数歩進んで、ボールを返す。
と、
ぽこーん。
今度は千里さん。
ぽこーん。
ちょっと離れたところへ千尋さん。
ぽこーん、ぽこーん、ぽこーん。
そのうち、
あっちこっちにボールが飛んできて、僕はばたばたと走りまわるようになる。
ばたばたばたっ。
ぽこーん、ぽこーん。
ばたばたばたっ。
ぽこーん、ぽこーん。
ばたばたばたっ。
ぽこーん♪ぽこーん♪ぽこーぉ♪
「ちょ、ちょっと待ってください!」
さすがに変だと思い、僕はコートの方へ振り向いた。
と、バレー部の全員が、練習をさぼって僕にボールを投げつけるポーズ。
「・・・・あ、バレた?」
「もう、ちゃんと練習してくださいっ!!」
「きゃあ、志郎君がおこったあ〜♪」
きゃあ、きゃあ、わあ、わあっ・・。
ちりぢりに逃げていく皆。
ここで僕が追いかけると、よけいに喜ぶのは分かっている。
分かっているので、ぷいっと背中を向けてさっさと帰ることにする。
「僕は帰りますからねっ」
「あらっ、帰らないでください」
が、今度は後ろから襟をつかまれ、ひょいっと持ち上げられた。
片腕による完全な子猫あげ。
つま先が床から離され、後ろの向きのまま出口から一番遠いところまでぶらぶらと運ばれていく。
「大事な話がありますから、ちょっと時間をくださいね」
この握力に、このしゃべり。
力もちぞろいのバレー部の中でも、片腕でこんなことができるのは唯ひとり。
「亜里沙さん、放してください。今日は帰ります、帰るんですっ」
「まあ、まあ、そう言わないで、本当に大事な話なんですよ」
・・・ほほほほ。
とてもそうとは思えない、緩やかな笑い。
ばたばたと暴れる僕を何の苦もなく、体育館の隅まで持っていく。
「あー、志郎君が子猫便されてるうっ」
「私もあれやりたくて鍛えてるんだけど、できないのよ」
「あー、私も」
「だいたい持ち上げる前に服の方が伸びちゃうわない?」
「そうそう、亜里沙はどうやってるのよ、それ?」
「もちろん、大事に持っていますよ。それだけです」
「そうか、それだけか」
「つまり、愛だね、愛」
そして、亜里沙さんと皆との間で交わされる僕を玩具にした会話。
僕を運びながら、亜里沙さんは息ひとつ乱さない。
にっこりと笑みを浮かべたままで、皆に言う。
「それよりも、皆さんは練習を続けてください。
本大会で不本意な成績を収めると、志郎君の占有権どころじゃなくなりますよ」
「おおっ!そうだった!!」
それを聞いて、皆にみるみる気合が入る。
どれくらいみるみるかというと、皆の背中から蒸気が出てきて背景が霞んで揺れるぐらい。
というか、あれはオーラ。
何度も経験した嫌なオーラ。
「って、また占有権とか勝手に決めてるしいいっ。なんです、それ?
僕、聞いてないですよっ!!」」
「はい、志郎さんへのこの手の話はデフォルトで事後承諾となっていますので、
その話をこれからしようと捕まえているところです。
ほら、大事な話でしょう?」
「そんなふうに大事にしないでくださーい!」
・・・ほほほほ。
亜里沙さんはまた笑う。
そして、その笑いが終わって最初に訊かれた。
腕が引き寄せられ、耳の傍らまで唇が寄せて囁かれる。
「それで志郎さん、お話の前提として結花さんのことどう思われてます?」
・・・これはバレー部シリーズの話です。
・・・初めて読む人はここからどうぞ。
「正直で、正確なところをおひとつ」
にっこりと笑み。
貴方がどんな答えを言うのもかまいませんが、黙秘だけは許しませんよ。
亜里沙さんのそんな笑みだ。
「え、えっと、それは・・」
僕は言いよどんで目をそらす。
が、視線を外した方向にあたりまえのように亜里沙さんの顔が待っている。
右に左に目を外しても、
亜里沙さんは不可思議な移動で待ち構えている。
「志郎さん、この先の生き方に関わりますから。お答えを」
「って、そこまで重要なんですかっ?」
「ということは、
結花さんとは今の程度の関係でとどめて縁が切れしだい他人になるつもり、
という解釈でよろしいですか?」
「そんなこと言ってないです!!」
僕は大声を出した。
出した自分に気づき、慌てて口を押さえる。
「そうですよね」
笑いなおす、亜里沙さん。
声を荒げた僕に怒らず、むしろ嬉しそうに僕を体育館の隅へと連れて行く。
他の皆は僕の声が届かなかったのか、練習を続けていた。
「私も、
志郎さんがそんな要領だけで人に見切りをつけていく方だとは思いません」
亜里沙さんは、用意されていた丸椅子に僕を下ろす。
同様に用意されていたスケッチブックを拾い、
まだ使っていない真っ白なページを開けて僕に持たせる。
そして右手に黒と赤の油性ペン。
「実は同じ質問を結花さんにもしたんですよ。
志郎さんのことはどう思いますか?この先、どうするつもりですかって?
「!!」
僕は目を見開いた。
「・・・ふふ、結花さんがどう答えたか知りたいですか?」
今度は、亜里沙さんがその視線から逃げる。
僕の前で前かがみになり、僕が持ったスケッチブックの影に顔を隠してしまう。
「知りたいですよね。でも教えてあげられません。
志郎さんには言わないという約束をさせられましたから。
でも、志郎さん・・・」
キュキュキュキュッ。
亜里沙さんがスケッチブックの向こう側に何かを書きだした。
何を書いているかは、亜里沙さんの顔と同じく僕からは見えない。
「志郎さんは聞かなくても分かるでしょう?
結花さんの答え。
先日、抜け駆けしたときに何か言われたのでしょう?」
キュキュキュッ。
ペンは走る。
亜里沙さんの顔は変わらず見えない。
『私が志郎君をひとり占めにしたいって言ったら。
志郎君は皆の中で私を選んでくれる?』
確かに、デートの時に言われた言葉。
「どうなんですか?」
キュッ。
ペンの音がとまった。
亜里沙さんの顔も身体も、スケッチブックの向こうに消える。
「それで、志郎さんからの答え、ありますか?」
声だけが僕を追いつめた。
「で、でも・・・、」
僕は息を飲む。
ここは体育館。
すぐ向こうでは皆が練習をしていて騒がしいはずなのに、亜里沙さんの声しか聞こえない。
「でも?続きは?」
「結花さんも、皆でいるのも愉しいって、さっき、」
「まあ、そうでしょうね。
私達の関係からするとそうなるでしょうね。
そうですか・・・、志郎君にもそういう態度ですか、・・・・・今のところ」
ほっ。
小さな息を亜里沙さんがついた、気がした。
ぱっ。
スケッチブックの向こうから亜里沙さんが顔を出した。
笑っている。
嬉しそう?
いつもとはまた少し違う、女の子を感じさせる笑い。
「ま、おふたりが慌てて現状を突破する気がないのならいろいろ好都合です。
私としても無理に藪をつつく親切もいたしません。
亜里沙さんがぴょんと跳ねて立ちあがる。
そんな仕草も初めて見た。
亜里沙さんの手から長いリボンが現れ、
スケッチブックの両端の留め具に撫でるように通し結ぶ。
「と、言うわけで志郎さんのお心は確かめましたからねっ」
そして、
そのリボンを僕の首にかけた。
亜里沙さんがコートに向かって手を振って言う。
「皆さん、お話はまとめました。
草案の通りです。大会、はりきって優勝しましょうね」
「おおうっ」
周期の音が戻る。
床で弾むボール。
跳び上がり、着地するシューズ。
そして、声、声、声。
「では、いまだ皆のモノの志郎さん」
亜里沙さんに手をとられた。
「大会が終わるまでは綺麗な身でいてくださいね」
僕は首にかけられたスケッチブックを見る。
そこには、赤のはなまるとともに大きな文字でこう書かれていた。
『僕の全部、大会で頑張った人にあげちゃいます!!』
「えええーーっ!!」
盛大に驚く僕の傍ら、
亜里沙さんは満足気に微笑んだ。
「志郎さんの反応はいつまでも新鮮でいいですね。
品としては大変良好です」
「品って、なんです?」
「賞品、商品、人参、まあ、志郎さんにとっては不名誉な意味です」
「だ、だったら」
「聞きません♪」
文句を言う僕の唇に、亜里沙さんがひとさし指を縦にあてる。
ぴとっと押さえ込んで囁く。
「志郎さんの異議を聞く時はもう過ぎました。次に意見を言えるのは大会の後です」
そして、
指を離す亜里沙さん。
後ろ向きに僕からささっと離れ、その指を横にして警告した。
「しっかり立っていないと倒されますよ」
「え?」
その指の向きへ、僕は顔を向けた。
そこには僕に向かって飛び込んでくるバレー部の皆。
今更言うまでもなくひとりひとり僕よりも大きな身体で、本気の笑顔と勢いの集団に僕は呑み込まれた。
「「「「よーし、お姉さん達、志郎君獲得のために頑張っちゃうぞ」」」」
「うわあああっ」
そして、
その集団から少し離れて苦笑いする結花。
その結花の傍らに亜里沙は立つ。
小さな声で囁く。
「正直に言いますね」
「うん」
「結花が頼むなら、今すぐにでもくっつけてあげられますよ」
「頼んでいいの?」
結花は笑って友人を見下ろす。
亜里沙は見上げて、それと同じ苦笑いをして見せた。
「・・・できれば、遠慮してください」
「うん」
亜里沙は頷く。
「好きな男を取り合うのは、もう少しだけ先にしよう」
「了承。
でも、不利なのは私のほうですから、そのとき手はぬけませんよ」
「迫るのは私達、選ぶのは志郎君だよ」
そこまで言って、結花と亜里沙は正面を見た。
もみくちゃにされる志郎と、もみくちゃにしている仲間達に手を叩き、声を出して伝える。
「そこまでっ!!練習、練習、さあ練習!!!」
例によって、架空の中学。
架空の女子バレーボール部。
全国大会につながる地区予選が本日から開始。
場所は、市営の総合体育館。
簡単な開会式の後、さっそく行なわれる試合に先駆け、一年生部員弥恵は重要な使命を受けていた。
部で飼っている男子マネージャー、志郎を確実に応援に連れてくることである。
「弥恵さん、志郎くんの引率は貴方におねがいしますね」
前日、弥恵に命をさずけたのは正規マネージャーの亜里沙。
「えっ?私がですか?」
「希望が通るなら、私が自分で迎えにいきたいのですけどね」
弥恵の知るかぎり絶やしたことのない笑顔で、しかし言葉どおりに残念そうに弥恵に告げた亜里沙。
「私は選手の皆さんを連れて先に会場入りします。
さすがに本番の試合前ですから、
志郎くんと一緒にして余計な緊張とか、はしゃすぎでリズムを壊さないように気をつけないと・・」
「うちの先輩達には、いらない心配だと思いますけど」
思ったとおりに答えた、弥恵。
はしゃすぎるという事はあるかもしれないけれど、
それで試合に悪影響を出すような線の細いプレーをする人はいない気がする。
すると亜里沙は、ちいさく首をふった。
「今年のレギュラーは陽気な人達のあつまりになっていますけど、
近づく試合に、みんな少しずつだけドキドキと臆病になっていますよ」
「そうですか?」
「はい、断言します」
首をひねる弥恵に、亜里沙はやわらかに言い切った。
「バレーボールは、皆で毎日、一生懸命に練習してきたことです。
人間、時間をかけて積み重ねてきたことを試すときには、
努力した分の自信と、それと同じだけの不安がおまけに付けられてしまうものです。
それに、ここが重要なのですが・・・」
亜里沙は、そこまで言って弥恵に一歩近づいた。
ささやき声で力説する。
「みんな女の子ですから、好きな男の子が近くにいすぎると力んでしまいます」
「・・・・・それは」
「分かりますよね」
「ええ、まあ」
「理解いただいて嬉しいです」
亜里沙、ここで再びにっこり。
拒否しようのない笑顔で、弥恵を包んだ。
「分かりました。志郎くんは私が連れていきます」
「お願いします」
弥恵の返事に、亜里沙は綺麗に会釈した。
「それで、亜里沙先輩」
「はい」
「その好きというのは、具体的にどれくらいの感情なんでしょうか?」
引率の件を了承して、今度は弥恵が亜里沙に密着した。
最重要な話をする為の、完全なひそひそ声。
「それは、2、3年生のレギュラー組内で志郎くんへの恋愛感情がどの程度発生しているのかという質問ですね?」
亜里沙は、弥恵の質問をごまかさずに真っ直ぐ受けとった。
「そうです」
弥恵は頷く。
「正直なところ、志郎くんに本気になっている先輩ってどれくらいいるんですか?」
本気になっている先輩がいるから、大会中の抜け駆け禁止令が出たんですよね?」
「そうですねえ、そういう人がいるから禁止令を出しました。そこは認めます」
「ずばり、結花先輩ですか?」
弥恵は突いた。
亜里沙は、くすくすと笑った。
「そのあたりは、私が答えなくても分かると思います」
「む〜、肯定ですか」
「そうだったら、弥恵さんたち一年生の方々は困りますか?」
「志郎くんは私達と一緒に入学して、一緒に卒業するお気に入りです。
大会を最後に引退してしまう先輩ひとりに持っていかれるのは、面白くないです」
弥恵は一年生の代表としてきっちりと言った。
特に、弥恵は志郎のクラスメイトでもある。
志郎の毎日を、誰よりも多くの時間見ているのは弥恵。
それなりに感情移入している。
大会活躍の商品ついでに、志郎の大事なところまで卒業生に持っていかせるつもりはない。
「了解。そのあたりも大会の後に遠慮なくぶつけ合えるようにしましょう。約束します」
亜里沙は、弥恵の主張を聞いて言い切った。
「そのほうが、私にも都合がいいですしね」
「え?」
そして、弥恵に非常に気なる言葉を加え、やはりにこやかに笑みを浮かべたのだった。
「亜里沙先輩?それって」
「・・・・(にこにこにこ)」
「もしかしてというか、やはり先輩も?」
「・・・・(にこにこにこにこ)」
「先輩、笑うだけじゃなくてっ」
「では、しっかり言葉で説明しましょう」
「うっ、すみません、やめてください。聞くと後悔しそうです」
「そうですか?ちょっと残念です」
聞き捨てならない言葉に反射して確認をいれたのはいいが、弥恵、
危険な答えを混じり物なしで聞かされそうになり自らひく。
志郎をめぐる環境は、これまで考えていたよりも熱いもののよう。
一線を越えて戦うなら本気の想いが必要だと、認識する。
認識した以上、ここでいらぬ話を続けても自分の肩が重くなるだけ。
弥恵はもとの話題へと軌道を戻した。
「・・・・・亜里沙先輩、私が志郎くんを呼びにいくとして、私の他に誰が一緒に志郎くんを呼びに行くんですか?」
「弥恵さんの他にですか?」
「はい、先輩のことですから、もう決めてありそうです」
「ええ、確かに決めていますけど」
「でしたら、私が自分で誘います。教えてください」
「でしたら、弥恵さん一人にお願いしようと思っていましたので、その手間はいりませんよ」
「えっ、私だけ?」
「はい」
「え、でも・・・私だけだと・・・」
「困りますか?」
「志郎くんにこっそり逃げられたら、追いかけられませんよっ」
志郎は複数で囲んで連れ来る。
そう思っていた弥恵は戸惑った。
現にこれまではそうだった。
先に逃げ道を塞いでから、志郎をどう呼び出して捕まえるか?
捕まえた後は力ずくで手をひっぱるか、えっちにゃ手段で弱らせるか?
頭の中では、計画を立て始めていた。
そんな弥恵に亜里沙は確信をもって言う。
「大丈夫です。今回だけは、志郎くんもすすんで来てくれます。
弥恵さんは、通常の作法どおり呼び鈴を鳴らして志郎くんを誘ってあげてください」
「自信ありそうですね」
「ちょっと癪ですが、ありありです」
亜里沙は、これまでとちょっとだけ色の違う笑顔で答えた。
「癪ですか?」
「癪ですねえ」
亜里沙は顔の前で手の五指をあわせて息を吐く。
「分かりました。私も信じます」
亜里沙が何を言わんとするか、弥恵にも良く分かったので、弥恵は承諾した。
「でも、万が一、志郎くんが逃げちゃったらどうします?もちろん私ができる限りで追いかけますけど」
「逃げられたときは私に教えてください。私が凄いスピードで捕まえに戻りますから」
・・いや、本当に。
・・志郎くんが、そんな悪い男の子だとは思えないですけど。
・・私は悪い先輩だと自覚して、はい。
亜里沙は、そう言って弥恵への話を締め切った。
「う〜ん」
という理由で、弥恵は現在、既に志郎の家の前にいた。
乗り物は中学生らしく自転車。
服装はバレー部のジャージ。
対外試合用にそこそこデザインされたものなので、
女子中学生という身分と年齢をあわせて着こなせば、それなりに様になる。
髪はショート。
髪型にこだわれるほどの量はないけど、
ちゃんと早起きして、いつもより少しだけいい香りのするシャンプーとリンスをしてきてる。
いつもの練習時のように汗でべったりしているのとは対称、さらさらとながれる女の子ヘアだ。
前髪をちょちょいと定位置に戻せば準備完了。
身だしなみはよし。
ミッションは玄関の呼び鈴を鳴らす段階まで進んだ。
ドア横の丸いボタンに指を近づける。
「う〜ん」
と、ここまできて不必要にドキドキする心臓。
あげた手指にかるい痺れ。
ありていに言って、今更の緊張。
「うん、私、男の子の家を正面から訊ねるのって初めてなのよね」
簡単に済む自己分析。
まったく単純な理由だ。
ひとりで尋ねるとあって昨晩から多少は意識していたが、こういう感じに緊張するものだとは・・・・。
大会当日のテンションの高さでかるく突破できると踏んでいたのが、私も結構うぶうぶだ。
弥恵は、自分のなかの女心をくすぐったく思う。
志郎とはクラスメート。
クラブの皆で扱う玩具。
現状でこうなのだから、一対一のお付き合いを狙うことになったりすれば、自分はかなり苦労しそうだ。
弥恵は心のメモ帖に録めておく。
「さて、それは将来のごく一部の可能性」
口にして緊張をほぐす弥恵。
今日のところは、自分はデートに誘いにきた女の子ではない。
ドキドキしたまま引き返すような甘苦い思い出をつくるわけにはいかないので、
クラブ代表の特使として息を溜め、指先をボタンにふれて押した。
ぴんぽーん。
控えめな呼び出し音がドアを隔てて響く。
音にあわせて、ひとつ高く鳴る心臓。
「志郎くん、ちゃんと居ますように。
逃げたりしてませんように。
ついでにお母さんとかじゃなくて、本人が出てきてくれますようーに」
弥恵は願った。
「はーい」
応答は、すぐにあった。
願い叶って、聞こえたのは男の子の声。
間違いなく志郎。
「えっと、私、弥恵。志郎くんを迎えに来たんだけど」
半音あがちゃった声で弥恵が言うと、ドアは素直に開いた。
制服姿の志郎が、自分から出てきてくれる。
「お、おはよう」
弥恵は、とりあえず挨拶。
まだ声が高い。
志郎は、そんな弥恵に普通に挨拶を返した。
「おはよう」
服装から見て、志郎はちゃんと試合の応援に来てくれるようだ。
逃亡する様子はなし。
それどころか、弥恵が乗ってきた自転車を見て、
「自転車?」
と聴き、
「うん、駅まで」
弥恵が答えると、
「ちょっと待てって」
急ぎ自分の自転車をとりに行って、弥恵ところに戻ってきた。
これは・・・、弥恵の予想になかった積極さだ。
思い出す、亜里沙の予言。
『大丈夫です。今回だけは、志郎くんもすすんで来てくれます』
大当たり。
ということは、やはりそうか?
そうなのか?
弥恵の複雑な心境。
このまま試合会場まで連れていけば楽に任務完了でいいのだけど、それでは乙女心が許さない。
・・・亜里沙先輩のことだから、志郎くんに何か具体的な手をうったのかもしれない。
そんな考えもあって、確認してしまう。
「志郎くん、これから行くのはバレー部の試合の応援なんだけど、分かってるよね」
「うん、そのつもりで準備してたけど・・・」
答える、志郎。
弥恵のよけいな質問のせいで、ちょっと不安な顔になった。
弥恵は、そ〜っと続ける。
「いや、その、志郎くんは、いつも私達がさそうと逃げるでしょう?今日は、逃げないのかな〜〜って」
「に、逃げるようなことするの?」
志郎は、一歩引いた。
自分の問いに何を想像したか?
想像の内容をほぼ完璧に把握できる弥恵は、慌てて言った。
「しないっ、しないっ、しないーーっ、今日は本当に応援。いつもみたいなことは、なしっ!」
「本当に?」
「ほんとっ、ほんとっ、ほんとっ!!今日は大事な試合で、大事な応援なの、これは信じて」
弥恵は拝む。
幸い、志郎はすぐに信じた。
「試合なのは信じるよ。ずっと前から、みんなに聞いてたから。あと、亜里沙さんから昨日電話があったし」
「亜里沙先輩から?」
やはり。
亜里沙先輩は何かしてた。
弥恵は、心の中でひとつ手をたたく。
志郎は、弥恵が訊く前に電話の内容を話してくれた。
「うん、部の誰かが迎えに来るけど、その誰かは秘密って・・・。
それで、前みたいに大勢で来られたら困るから玄関で待ってた」
「なるほど」
弥恵は感心した。
そういうやり方もあるのかと。
どうりで呼び鈴への反応も早かったわけだ。
「それに・・・」
志郎は続ける。
「もし、僕の迎えに結花さん達が来ちゃったら、すぐに出発しないと困るでしょう?」
「うっ・・」
やはり、そうか?
そこか?
「そ、そうだね。うちの先輩達ならありえるものね」
弥恵は、ピクピクと心の中の眉をひくつかせて答えた。
「うん、だから、弥恵さんがひとりで来てくれてよかったぁ」
安堵している、志郎。
くーーっ。
弥恵は顔には出さないように悔しがり、自転車にまたがった。
「よし、OKOK。じゃあ、行こうか」
あーーー、もーーー。
弥恵と志郎。
最寄の駅へ、自転車で並んで走る。
初めは弥恵が先に走り、志郎がその後ろをついていたのだが、
それでは弥恵が面白くなく、速度をゆるめて志郎と並走することにした。
駅までの歩道は、自転車も走行可。
少々狭くなるところもあるけど無理してでも並んで走る。
別にデートもなんでもないサイクリング。
もーーーーっ。
不機嫌気味に走り始めた状態。
それでも志郎の姿を間近で見ながら走り、
歩道の脇にある街路樹をさけるときなどは肩どうしがくっつきそうになるほど接近するのを繰り返すと、
弥恵は、ほんのちょっとずつだけ気持ちを回復できた。
理由はともかく、ひとりの男の子と過ごしている自分。
街を進んでいるので、とうぜんある周囲の目。
前からやってきた歩行者が弥恵たちを見て道を譲ってくれ、すれ違うときに何か微笑まれたり、
自分と同じ年頃の女子達が道路の反対側からこっちを見て、何かを話していたり、
交差点の信号待ちで小さな子供がじっと見上げてきたりすると、
・・・ふふふ、
という自慢げな心持になるのだ。
これは明らかに、街中でひとりの男の子とペアを組める優越。
弥恵の歳で、はっきりと付き合っている男の子がいる人間はほとんどいない。
いないのが当たり前。
いるとすごい。
それが、誰が見てもカッコイイ男の子だともっとすごい。
それが、誰が見ても可愛い男の子なら・・・。
すごい自慢だ・・・。
うん、認識した。
弥恵にとって志郎は、誰に見せても自慢できる男の子。
一緒に仲良くいるところを見てもらいたいと思える男の子。
ちっちゃくたって恥ずかしくない。
そういう関係になれたら、自分から言いふらしてしまえる。
絶対に。
うん、実際にはそんな関係では全くないのだが・・・。
あーーー、もーーー。
そうだったら、いいのになーーー。
歩道は、また狭いところ。
志郎が弥恵の近くに来る。
弥恵は志郎の横顔を見、志郎はそれに気づいて弥恵を見た。
弥恵は言う。
「志郎くんは、可愛いね」
「また、そう言う」
志郎は、いやそーな顔をする。
「いいじゃない、可愛くて」
「よくないよ。全然、嬉しくない」
「そうか、嬉しくないか」
「嬉しくないよ」
進む、ふたり。
駅が見えてきた。
「志郎くん、電車に乗ったら私と並んで座ってね」
「え、うん」
「それから向こうの駅についたら手をつないで降りようね。そのまま会場入り」
「えーーっ」
そして、会場入り。
弥恵は予告どおり、志郎の手をつないで仲間達のもとへ合流する。
「おまたせしましたっ。志郎くんをしっかりがっちり連れてきましたーーっ」
先輩達と同級生達、
バレー部全部の女子の前へ志郎の姿を見せると同時、つないだ手を高々とあげて強調し、元気に叫んで報告。
「志郎くんが来たー」
「偉い、弥恵よくやった!!」
弥恵の重要任務成功を褒め称えるたくさんの声と、
「なに手をつないで仲良ししてるのよっ」
「ふたりっきりで、大会前に抜け駆けしてきてないでしょうねっ!?」
部分的に志郎を独り占めにしている手つなぎへの非難の声に迎えられる。
いずれにしても、志郎の到着でバレー部全体が一気に盛り上がった。
「へへへっ、どうかなー?」
志郎の手は離さず、意味ありげにおどけて見せる弥恵。
「弥恵さん、手、手はもう離していいよっ」
持ち上げられた手をあせあせさせて言う志郎。
弥恵は、自分から逃げようとする志郎の手を逆にぎゅぎゅっと両手で掴んで、腕組み状態にまで持っていく。
「離すと、志郎くんは女の子いっぱいの場所から逃げようとするからだめ。・・・・ですよね、先輩」
ここで、挑発&調査。
「ちょ、ちょっと弥恵さんっ、ここは他の学校の人も見てるっ」
「わはは、志郎くん可愛いー」
志郎が照れ慌てる様を、たいていの部員は愉快そうに笑って見ている。
だけど中に、複雑そうな顔で志郎と弥恵を見ている人もいる。
半眼で睨めつけ、冷たく熱い光線を発する人も。
弥恵は、それらをすかさずカウント。
それが現在のライバル数。
貴重な資料。
加えて、それに対する志郎の反応。・・・とくに変化なし。
笑っている人、複雑している人、ちょっとお怒りしてる人、どの視線を受けても一様。
というか、そんな女の子ひとりひとりの感情の違いなんて気づいてない。
どれも同じ、自分を面白がって困らせる女の子の集団としか見えていない。
(まあ、そうでしょうね。これまでしてきた事が、してきた事だし・・・)
弥恵は、現状を分析する。
そして調査の一番大事なところ、弥恵はライバルの筆頭、結花の顔を見た。
弥恵に絡まれた志郎も、同じタイミングで結花と目をあわせた。
瞬間、志郎は小声を出して身を固まらせる。
「・・・ぁ」
「・・・・・・」
集団の後ろのほうから、主に志郎を見つめた結花。
むううぅ〜と眉を八の字によせると、ぷいっと顔を横に向けてしまった。
それから片足でトントンとつま先を2回上げ下げし、拗ね具合をたぶん無意識で志郎にむけて表現する。
「弥恵さん、離してっ」
とたんに、弥恵は志郎に腕を振り解かれた。
(・・・あう)
誰に見られても同じだったのに、結花だけにはこんな激しい反応。
分かってはいたけど、実際にされると思ったより傷ついた。
(でも、本当の取り合いは大会が終わってからっ)
弥恵は強い子。
ここは自分で自分を立て直す。
今日の目的はバーレー部の応援。
試合の勝利。
その為に試合に出る人も、そうでない人も頑張ってきた。
弥恵は心の中でうっしと芯をつくり、志郎は亜里沙に引き渡す。
「というわけで亜里沙先輩、志郎くんです」
「おつかさま。ありがとう」
微笑んで、弥恵の労をねぎらう亜里沙。
結花のほうをチラチラとみる志郎の傍らに立ち、明るい声で皆に言った。
「では、本番です。全力を尽くしましょう」
「「「「おーーっ!!」」」」
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