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  • 2013⁄04⁄18(Thu)
  • 01:08

KOKURYU

1

 深夜の公園に、数人の若者がたむろしていた。黄色や赤に髪を染めた彼らは、何かを話すでもなくタバコをふかし、ボンヤリと初夏の夜空など眺めている。

 と、彼らの背後から、肉か何かの腐ったような、胸が悪くなるような臭いが漂ってきた。気付けば薄い靄のようなものが漂っている。

 「なんか臭くね?」

 誰かのつぶやきに全員が臭いのしてくる方向に顔を向けた。



 彼らの背後、十数メートル離れた所に設置された遊具の上に、何かが座っていた。外灯の影になっているため、はっきりとは姿が見えない。しかし、その影は若者達をじっと見下ろしているようだった。

 「?・・・何だあれ?」

 人のようだが、どこか違和感がある。彼らが見つめる中、影が動いた。

 「うわぁ!」

 影は2メートル以上ある遊具の上から、ピョンと跳んだかと思うと、座り込んでいた彼らの目の前まで一気に距離を詰めてきた。その姿が外灯の明かりに照らし出される。


 「な・・なんだこいつ!?」
 「やばいって!!」


 その姿は異様だった。着物のような服こそ着ているものの、そこからのぞく顔手足はサンショウウオのような両生類のものであり、身長もしゃがんだままで彼らとほぼ同じ。ぎょろりと飛び出した目は白目の部分がドロリとした黄色である。表情には如何なる感情も浮かんでいない。

 「斯様な刻限に人にありつけるとは・・・」

 低くくぐもった声でつぶやいた途端、その物の怪は大きく裂けた口を開いた。長い真っ赤な舌が、逃げ出した若者の一人に伸びた。

 「うわぁぁ!!」

 手で顔をかばうことしかできない若者の身体に舌が巻きつき、軽々と持ち上げた。

 「ひさかたぶりの人じゃ。」

 ゾッとするような声でつぶやくと、物の怪は舌を口に向かってズルズル縮め始めた。もはや若者は声も出せず、ただバタバタともがくことしかできない。その身体が、大きく開かれた口に運ばれようとしたそのときである。



 「待て!!」


 まだ声変わりしていない高い声が響いた。同時に光の筋のようなものが若者を緊縛していた舌を切り裂いた。

 「ぎえぇぇぇ!!」

 物の怪が悲鳴を上げた。解放され、地に投げ出された若者に向かって、逃げろ!という声がかかる。一瞬唖然としていた彼はその声にハッとしたように我にかえると急いで公園を飛び出した。

 「よくも我が舌を・・・何者じゃ!」


 物の怪が声の主の方に顔を向けた。そこに立っていたのは、たむろしていた若者よりさらに若い、まだ小学校高学年から中学校1年生くらいの少年だった。サッパリとした短めのミディアムショートの黒髪に整った顔立ち。「美少年」というほどではないがそこそこにかわいらしい顔をしている。服装もごく普通で、どう考えても通りすがりの少年にしか見えない。


 「人を襲う妖怪は退治する!」


 高い声が鋭く響く。同時に構えを取った少年の右腕に気が凝る。

 「ふん、何が退治じゃ。貴様がまとっておるのも妖気であろうが!」

 少年の表情に一瞬憂いが浮かぶ。しかし少年は表情を消し、剣のような形を成した気を構えて一気に妖怪との距離を詰めた。

 「はっ!」

 気合と同時に妖怪に切り込む。紙一重でかわした妖怪だったが瞬時に切り返された一閃をかわしきれず、左肩に傷を負った。

 「くぅっ!」

 さらに少年が気の剣を繰り出す。またかわすかと見えた妖怪だったが、次の瞬間、パカリと開けた大きな口から、いつの間にか回復した真っ赤な舌が飛び出した。

 「あっ・・・」

 思いがけない妖怪の攻撃に反応が遅れた少年の華奢な身体を妖怪の舌が締め上げた。

 「うぁぁぁっ!」

 強烈な締め付けにもがいていた少年の身体から力が抜けた。手に凝っていた気が霧散する。

 「よくもこのわしに手傷を負わせおったな。」

 妖怪が舌に締め上げられて空中でグッタリしている少年を抱き寄せた。そのままTシャツの襟首からのぞくほっそりした首筋に鼻を近づけ、くんくんと少年の身体の臭いをかいだ。


 「くさいな。・・・人間くさい。・・・妖気をまとっているにもかかわらず匂いは人間。・・・なるほど・・・コゾウ、きさま“半妖”だな?」


 「・・・そうだ・・・。」

 少年はうなだれたまま答えた。

 「そういえば聞いた事がある。半妖の分際でわしら妖怪の食事の邪魔をするガキがいると・・・それがお前というわけだ。」

 戦意を喪失したと見て、妖怪は少年の髪をわしづかみにして顔を上げさせた。そして少年の眼光がまだ死んでいないことに気付いた瞬間、妖怪の舌は少年の手元から飛んできた何本もの妖気の刃に切り裂かれていた。

 「ギャァァァァ!!」

 空中に投げ出された少年は少し不格好に着地したが、すぐに再び気を腕に集中させた。

 「半妖のガキだと思って油断したな!?くらえ!」

 少年の腕から、さらに無数の妖気の刃が妖怪目がけて殺到した。もはやかわすことができず、その攻撃を全て受けた妖怪は、なにやら声にならない声でわめくと、姿を消した。


 それを見届けた少年は、ホゥッと息を吐くと、しゃがみこんで地面に手をついた。しばらくして立ち上がった少年が公園の出口に向かって歩き出すと、やがてその姿は、何かに吸い込まれるように消えた。


 ひと仕事終えた頃には深夜1時を回っていた。妖怪は夜に活動することがほとんどなので、活動も日付が変わる頃になる。誰もいないアパートの一室に帰った半妖の少年、黒柳直哉は、さっさとパジャマに着替えて既に敷いてあった布団にもぐりこんだ。すぐに子どもらしい寝息が聞こえてくる。




 黒柳直哉は中学1年生。ごく普通の中学生である。ただひとつ他の少年達と違うのは、彼の父親が人間ではないということだ。


 直哉が生まれたときには既に父はいなかった。普通の人間である母親と、1年前まで2人で暮らしていた。物心ついたときから、直哉は他の子とは違う能力を発揮していた。目には見えない存在を見、時折妖気の片鱗を垣間見せていた彼に、母はいつも父のことや、父に教えられた普通の人には知ることのできない世界のことを話してくれた。


 母の話によれば、この世界には、人々の住む世界の他に、妖怪達の住む魔界という世界があるのだそうだ。直哉の父はその世界でも名の知れた強力な妖力を持つ妖怪だったのだという。多くの妖怪が人々を害する中で、父は数少ない、人々との共存を図ろうとする妖怪だった。

 この世界にやってきた父は、人々を害する妖怪を退散させることに尽力し、その存在は神として祀られるほどになった。やがて人を理解すべく、人間の姿を取って人界にまぎれるようになった父は、若かりし日の母に出会った。


 「人じゃないってことは、すぐに分かったわ。お母さんにも少しだけ、霊感があったのよ。」


 幼い直哉を膝に乗せて、母はよくその頃の話をしてくれた。

 「きっとああいうのを縁って言うんでしょうね。人間だとか、妖怪だとか、関係なかったな。」

 戸籍など持たない父とは、正式な結婚はできなかった。しかし天涯孤独の身だった母に、大切な家族ができた。


 だが父は魔界へ帰っていった。この世界を支配しようとする邪悪な妖怪の計画を阻止するために。

 「きっと、私は帰ってこよう。もし私が、1年経っても帰ってこなければ・・・私は死んだものと思いなさい。お前にはこのような苦労をさせたくはなかったが・・・」

 「いいのよ・・・。あなたと一緒になると決めた時に、私は覚悟を決めたわ・・・。この子のためにも、無事に帰ってきてください・・・。」

 父は母の妊娠4ヶ月のおなかを撫で、魔界へと消えていった。約束の1年が経っても、父は帰ってこなかった。それでもなお、母は幼い直哉を育てながら父の帰りを待った。そんなある日

 「夢でね、お父さんに会ったのよ。・・・寂しそうな顔で、私を見つめていたわ。」



 “すまない。もう、お前には会えないだろう。その子を頼むぞ・・・希美・・・”

 父の死を実感し、嘆息した母・希美に、父が何かを差し出した。

 “これを・・・その子に・・・。いずれ必要になるときが来よう・・・これの名は・・・・・・”

 母がそれを受け取ると、父の姿は段々と薄くなっていく。最後に、遥か彼方に消えていく、父の本来の姿を母は見た。

 目を覚ました母は涙に濡れた顔をぬぐおうとして、右手に何かを握り締めているのに気付いた。それは直哉に渡り、今も直哉の宝物として家にある。



 寝息を立てる直哉の頭の上、小さなアパートの一角に置かれた小さな仏壇、直哉の母・希美の遺影の前に置かれた一振りの脇差。鞘に収まった刃は漆黒、名を「黒龍刀」という。使いこなせば一振りで妖魔百匹をなぎ払う力を持つというその刀は、父が妖怪の血とともに直哉に残した唯一の形見である。




 目覚ましの音で目を覚ました直哉は、学校へ行く支度をする。身長150cm、体重40kgの直哉は、見た目だけなら本当にどこにでもいる中学1年生の男の子だ。1年前、母が病気で他界して以来、直哉はこのアパートで、後見人の管理人夫妻や他の住人に見守られながら一人で暮らしてきた。

 もともと体の弱かった母は、もしもの時のために直哉が一人でも生きていけるようにしてくれていた。直哉が成人するまで暮らしていける蓄えもしてあった。だから、身の回りのことから生活費や学費の振り込み方まで、直哉は一通り自分でこなせるし、とりあえずはつつがなく生活している。


 「行ってきます。」

 誰もいない部屋に向かってつぶやくと、直哉は家を出てパタパタと階段を駆け下り、管理人夫妻に挨拶して学校へと走り出した。3

 直哉の住む町は、森や林が点在する緑の覆い町で、大きな自然公園もある。しかしそのためか、比較的魑魅魍魎や妖怪が出没しやすい。そのため直哉は夜の街に出て、夜警を行っている。


 誰に言われたわけでもないが、小学校高学年の頃から、直哉は時折夜警に出ていた。母に見つかれば怒られるので、こっそり部屋を抜け出して。母亡き今も管理人や住人に見つからないよう静かに外出するのは変わらない。

 直哉の身体には妖怪の血が流れているので、近くに邪悪な妖怪が現れれば察知することができる。妖怪が人を襲うのを知っていて知らないフリをするのは直哉には我慢ならないことだった。強力な妖怪である父の影響か、幼い頃から直哉は武器として妖気を操ることができた。

 誰も見ていない森の中で我流で特訓し、一気に妖気を放つ妖力波をはじめ、今では妖気を刃に変えて飛ばしたり、刀のようにして戦うことができるようになった。


 また普段は妖力を抑えているが、それを解放すれば人間離れした身体能力や防御力を発揮することもできる。先日妖怪に締め上げられても傷ひとつ負わなかったのはそのためである。


 生まれ持った力を使って闘うことができるようになったものの、父の形見である黒龍刀はその力があまりに強力であるため制御が難しく、まだ直哉には扱えない。そのため直哉は専ら妖気で強化した身体ひとつで悪の妖怪と対峙してきた。



 部活に入っていない直哉は、学校を終えてすぐに帰宅し宿題をこなした後しばらく仮眠を取った。すっかり日が暮れた頃目を覚ました直哉は、夕食をとった後、静かに家を出た。


 「また“公園”か・・・」


 地元の人間が“公園”と呼んでいる森林公園に、妖怪が現れた気配を察知したのだ。以前何度か、直哉はここで妖怪と戦い退治している。

 広大な敷地の中にはいくつも池や広場があり、休日の昼間には多くの人が訪れる。しかし夜ともなると、よからぬ連中のたまり場になる。

 ジャージ姿の直哉はなるべく人に見つからないようこっそりと近くの空き地に向かった。他人が見れば夜の町をぶらぶらしている不良中学生である。だから夜警もこっそりと、人気のない場所を中心に行われる。妖怪たちもこうした人気のない場所に出没し、たむろしている不良少年や犯罪者など、瘴気に当てられやすい人間を狙うことが多い。


 キョロキョロと辺りを見渡し、誰も見ていないことを確認すると、直哉は地に手をついた。幽霊や妖怪などが通る、この世界とは少し違う次元の入り口を探すのだ。そこをうまく使えば、かなり遠くまで一瞬で行くことができる。幼い頃に見つけた直哉の秘密の抜け穴だ。もっとも、道に迷うと全然違う場所に出てしまう。慣れないうちは、時折隣町や隣の県に出てしまい、帰れなくて泣いている所を大人に助けてもらい、交番のお世話になったことが多々あった。姿が見えないと心配していたら遥か遠くの町の交番から電話がかかってきて、母はよくあっけにとられていた。

 やがて入り口を見つけた直哉は、空き地の隅の廃材が積んであるあたりに向かって歩き出した。5・6歩歩いた所で直哉の姿は消えた。




 真夜中の森林公園は、まるで大きな黒い塊のようだ。ところどころに電灯が立っているが、少し先は真っ暗である。「道」を通って公園の入り口まで来た直哉は目に妖気を集中させた。こうすることで、真っ暗闇であっても昼間のように物を見ることができる。いつでも攻撃できるよう妖気の剣を構え、邪気が漂ってくる方に向かう。


 「・・・結構・・・手ごわいかも・・・。」


 公園を奥に進むにつれ、どんどん瘴気が濃くなっていく。こんな中に普通の人間がいたら卒倒しているだろう。物が腐ったような臭いが強いため、いつもたむろしている連中もどうやら今日はいないらしい。

 やがて直哉は、道を少し外れた林の、開けた場所で立ち止まった。

 「いるんだろ?隠れても無駄だぞ!」

 直哉が声を上げた瞬間、背後から強力な妖気の波動が直哉目がけて放たれた。

 「くっ・・・!」

 危うい所でかわした直哉の頭上から、巨大な爪が振り下ろされる。

 「うっ!」

 それを妖気の剣で受け止め、後ろに飛んで敵との距離を取る。その直哉の前に、敵の妖怪が姿を現した。

 「なかなかやるではないか、コゾウ。」



 それは巨大な蛇のような妖怪だった。しかし上半身はまるで西洋のドラゴンのようで、鋭利な爪の生えた2本の腕を持っている。3本の角のある顔、牙は爪同様、噛まれれば人の身体など一瞬で真っ二つにできそうだ。

 (・・・やばいな・・・)

 身にまとう妖気はそこらの妖怪とは比較にならない。これまで直哉が戦ってきたどの妖怪より強力なものだった。


 「おまえ・・・ただの妖怪じゃないな?」

 直哉の問いに、妖怪は嘲笑するように答えた。

 「ふん、わしをこちらのクズどもと一緒にするなよ。わしは魔界からやってきたのだ。人間どもを喰らいになぁ。」


 妖怪の言葉に直哉は目を見開いた。魔界からこちらに強力な妖怪が行き来することは不可能だと聞いていたからだ。父がどのようにしてこちらに来てあちらに帰ったかは母も知らなかった。恐らく父は特別なのだと聞かされていた。

 「コゾウ・・・貴様こそ、妖怪ではあるまい?・・・まさか半妖の分際で、このわしと一戦交えるつもりか?」
 「そうだ。オレは人間を守るためにお前みたいな邪悪な妖怪を退治してるんだ!お前の好きにはさせない!」

 直哉の言葉に、プライドを傷つけられた妖怪が痛烈な妖気を発した。

 「人間でもない、妖怪でもない半妖風情が、このわしを倒すと・・・?しかも貴様のようなガキが・・・・」

 直哉が剣を構えた。その瞬間、目の前から妖怪が姿を消した。

 「ふざけるなぁぁ!!」

 頭上から妖怪の爪が振り下ろされた。直哉がかわしたその爪が地に着いた瞬間、妖力の衝撃で直径3メートルほどの穴が開いた。

 「はっ!」

 一瞬ひるんだ直哉だったが、攻撃直後の隙に妖気の刃を放った。それはいくつか跳ね返されたが、数本が妖怪の右斜めから背中に突き刺さった。

 「ぐぅっ!」

 すばやさなら小柄な直哉のほうが一枚上手である。逆上する妖怪の攻撃をかわしながら、隙をついて直哉が攻撃を仕掛ける。直哉は父の妖力を受け継いでいるとはいえ半妖であるため、妖力・戦闘力はどうしても純粋な妖怪に比べて劣っている。その分スピードと手数でカバーしているのだ。

 「おのれチョコマカと・・・・・・」

 強力な妖力を持つ妖怪だが、直哉の巧みなヒットアンドアウェイで確実にその妖力がそがれていく。

 「くらえ!」


 「調子に乗るなぁ!」

 直哉が剣撃を仕掛けた瞬間、妖怪の大蛇のような尾が直哉を打った。死角からの攻撃に直哉は防御できなかった。

 「うあぁっ!」

 吹き飛ばされた直哉が仰向けに倒れる。そこに妖怪の爪が叩きつけられた。それを横に転がってかわした直哉は、妖怪の肩を踏み台にジャンプし、さらに妖気の刃を放った。妖気で身体をコーティングしているため、ダメージはさほどない。

 しかし直哉の放った妖気の刃は妖怪が放った強烈な妖気に砕かれた。その余波が直哉を打つ。

 「わぁっ!」

 空中でバランスを崩した直哉の背後に、巨大な気配が降りた。一瞬生じた直哉の隙に、妖怪に後ろを取られてしまったのだ。

 ガシッ!

 直哉の小さな頭が妖怪にわしづかみにされた。

 「くたばれ!!」
 「かはっ!!」

 そのまま直哉は、後頭部から地面に叩きつけられた。森の中の柔らかい土とはいえ、普通の人間なら頭蓋骨が砕けているであろう衝撃である。さすがの直哉も、この攻撃に大きなダメージを受けた。

 意識が朦朧とした直哉の薄いお腹に、妖怪がパンチを叩きつけた。

 「くふっ!!」

 直哉の身体がVの字に曲がり、直哉は大量の唾液を吐き出した。妖怪が見下ろすなか、直哉は大の字で激しく咳き込む。その胸倉をつかんで妖怪は直哉を持ち上げた。

 「ぅあぁ・・・」
 「なんだ?さっきまでの勢いはどうした?おい。」

 グッタリした直哉の顔面を、妖怪が殴り飛ばした。

 「うっ!」

 衝撃でジャージとインナーのTシャツの胸元が破れ、直哉の身体は弾き飛ばされた。その行く先に回り込んだ妖怪が、尻尾を直哉の背中に叩きつける。

 「ぅああっ!!」

 えびぞりになった直哉の胸に、妖怪の組んだ両手が叩きつけられた。

 「っ・・・!!」

 激しく地面に叩きつけられた直哉は苦しげに顔をゆがめ、血の混じった唾液を咳き込みながら吐きだしている。
 その身体を、妖怪の大人の胴体ほどもある大蛇の体が締め上げた。

 「う、うわああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・っ!!」

 先日の妖怪の舌などとは比較にならない強さで締め上げられ、直哉が悶絶する。もはや直哉の妖気ではガードしきれない。直哉はひときわ大量の唾液をゴホッと吐き出した。意識が薄れ、視界がぼやける。

 と、突然妖怪の締め付けが緩み、直哉は地に崩れ落ちた。4

 「・・・・・・?」

 解放されたものの、もう直哉は上半身を起こすことすらできない。苦痛に顔をゆがめ、急に肺に入ってきた空気に咳き込んでいる。その身体の上に妖怪がのしかかり、両肩を、手でつかんで地に固定した。

 「・・・な・・・なにを・・・・・・ぅあっ・・・」

 突然、先程殴られた時むき出しになった直哉の胸元、鎖骨から首筋の辺りに妖怪が顔を近づけた。そのまま鼻をひくつかせると、生暖かい息が首筋にかかって直哉が身をよじろうとする。

 「やめろっ・・・・・・あっ・・・くすぐったいよぅ・・・!」

 肩を固定されているので、いくら身をよじろうとしてもほとんど動けない。必死に抵抗する直哉の首筋で、なおも妖怪は鼻をひくつかせている。

 「身体のにおいは人間だな・・・。“人間より”の半妖というわけだ。」

 直哉がそれを聞いてピクリと反応する。半妖には人間の血のほうが濃いものと妖怪の血の方が濃いものがいる。直哉は人間の血の方が濃いため、特に人間生活で困ることはない。妖怪の血が濃いと、時に理性が抑えきれずに暴れたり、神社仏閣などの聖域に入れなかったりするそうだ。


 「オレを・・・食う・・・つもりか・・・?」


 妖怪の中には人の気を吸い取るもの、心を吸い取るもの、そして人の肉を食うものなどがいる。特に魔界の妖怪の中には3番目が多いと聞く。恐る恐る尋ねてくる少年をおかしそうに見つめ、妖怪は舌なめずりした。

 「さぁて、どうするか・・・。半妖なんぞまずくて食えんと聞いたこともあるしなぁ。」

 そういって妖怪は、直哉の顔に舌をのばした。

 「ゃっ・・・!」

 舌で直哉の口から垂れていた唾液交じりの血をなめ取った妖怪は、それをしばらく吟味したが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になりベッと吐き出した。

 「妖怪の味だ。まずくてたまらん。」

 ひとまず生きたまま食われる心配はなくなったものの、状況が好転したわけではない。

 「オレを・・・どうするつもりだ・・・」

 依然意識は朦朧としている。力尽きた直哉は何とかこの場から逃げ出す方法を必死に考えていた。

 「つっ・・・!?」

 不意に先程なめられた口元にヒリッとした痛みを感じた。

 「くく、血肉はまずくても、ここはどうかな?」

 妖怪が直哉の股間の辺りをのしかかった胴でさすった。

 「あっ・・・」

 思いがけない刺激に、直哉の身体がピクッと震える。
 妖怪の言葉の意図と、口元の痛み。これから何が起こるかわからず、衝撃でボンヤリした直哉の頭はさらに混乱した。


 「えっ!?・・・ぅあっ!?」


 組み伏せられた直哉の胸の辺りに、妖怪の口からよだれが垂れた。その瞬間ジャージが小さな煙を上げて溶け始めた。

 「くく、わしの唾は溶解液でな。金属をも溶かすことができるのだ。ほれほれ。」

 パタパタと妖怪が唾液を直哉の身体にたらしていく。そのしずくが当たった所から、次々と直哉の服が溶けていく。直哉の身体は常に妖気に守られているため溶けることはないものの、先程の痛みの正体はこの溶解液であったことに直哉は気付いた。

 「やめろぉ・・・っ・・・」

 何とか逃れようともがくが、全体重でのしかかられているためビクともしない。もう直哉のジャージとインナーのTシャツはどろどろに溶けて気化し所々しか残っておらず、原形を留めていない。直哉はほとんど上半身裸になってしまった。敵の前で無防備な裸にされる焦燥でどっと汗が噴き出す。

 「ふふ、かわいい身体してるじゃないか。」
 「この・・・変態妖怪・・・」

 妖怪が、直哉の胸骨のうっすら浮いた薄い胸板、引き締まってはいるものの肉の薄いお腹をなめまわす様に眺める。無防備の裸を妖怪に眺められている恥ずかしさで直哉は赤らめた顔をプイとそらした。

 「うっ・・・」

 「あぁっ・・・」

 「あっ・・・・・・」

 時折胸板やうっすら6つに割れた腹筋の上に唾液が垂れる。ヒリッとした痛みを感じ、そのたびに直哉がピクリと身体をよじる。その姿を愉しそうに眺めながら、さらに妖怪は下半身の服も溶かし始めた。

 「ぅあっ・・・下はやめろ!」

 拘束されていない足をバタつかせるが、上半身をがっちり固定されているためほとんど抵抗らしい抵抗にならない。あっという間にズボンも溶かされ、直哉は真っ白なブリーフに靴下、スニーカーという格好にされてしまった。中学1年生ともなれば、人前で裸になるのは恥ずかしい年頃である。まして今の直哉はパンツ一丁。

 直哉は何とか手で股間を隠そうとしたが、妖怪の胴が邪魔でそれすら不可能だった。このままパンツも溶かされてしまうのかと焦る直哉だったが、妖怪は嗤いながら直哉の身体を眺めている。やがて


 「ではそろそろ、貴様の“味”を確かめてやろう。」


 妖怪が舌なめずりした。直哉は妖怪の言葉の意図を掴みかね、一瞬不思議そうに見上げたが、なぜ直哉を裸にしたのか、その理由に思い当たると、必死に妖怪の拘束を逃れようともがいた。しかし力尽きた直哉に逃れる術はない。

 「くく・・・元気元気。」

 妖怪が胴を上下に揺らし、その下の直哉のパンツの膨らみをしごき始めた。

 「やっ・・・あぁっ・・・・・・!」

 金属のように硬い背中側と違って、妖怪の腹は柔らかい。蛇の腹同様ツルツルとした鱗の間に柔らかい筋肉があり、それらの動きが絶妙な刺激となって直哉の敏感な所をさいなむ。

 同時に、先程まで直哉の鼻先にあった顔を胸元に向けたかと思うと、妖怪は乳首を舌でなぶり始めた。

 「ぅあぁっ・・・!」

 てっきり溶解液の痛みに襲われると思っていた直哉だったが、意に反して乳首に伝わった刺激はひたすらヌルヌルとしたものだった。

 「くく、きもちいいか?コゾウ。妖力を調整すればただの唾液にすることも可能じゃ。ほれほれ・・・。」

 巨大な舌が直哉の胸板からお腹、おヘソの中まで這い回る。あっという間に、直哉の無駄な毛ひとつないスベスベの体は妖怪の唾液まみれにされてしまった。敏感な部分への刺激と性器への直接の刺激を同時に与えられ、直哉は強烈な感覚にただ悩ましげに身体をよじるばかり。

 「さて、そろそろ貴様のものを拝ませてもらおうか。」

 妖怪の舌が直哉のブリーフのゴムと肌の隙間から中に侵入し、器用にずらした。ゴムに擦れて限界まで勃起していた直哉の性器がプルンと飛び出した。

 「ふん、随分かわいいな。まぁ、威勢がいいだけあって元気だけは一人前か。」

 まだまだ未熟な直哉の性器は、まだ皮が剥けきっていない先端から少しばかり顔を出した頭から漏れる先走り液でしとどに濡れそぼっている。付け根には思春期の少年らしく、うっすらと色の薄い産毛が見て取れる。

 「うぅ・・・見るなぁ・・・」

 耳まで赤くして、必死に隠そうとする直哉だが、もはやどうすることもできなかった。為す術もなく幼くも自己主張する性器に妖怪の舌がまとわりつく。そのまま軽く上下にしごかれると、他人にさわられたことなどない直哉の若いペニスはあっという間に限界を迎えてしまった。

 「ぃやっ・・・あぁっ・・・・・・で・・・で・・る・・・・・・ぅあぁぁっ・・・!!」

 腰を突き出し、直哉が一気に放出する。その若々しい精液は外気に触れるや妖怪の口の中へと吸い込まれていってしまった。5

 全てを出し尽くした直哉はグッタリと脱力し、顔を紅潮させたまま荒い息を繰り返している。

 妖怪は舌の上で直哉の精液をじっくり味わい、やがてゆっくりと惜しむように飲み下した。

 「ふふ、血肉は妖怪だが、精は人間のようだな。肉と同じで精も子どものを吸うにかぎる。」

 散々直哉の精を堪能した妖怪が、胴に敷いたままの直哉を見ると、直哉は気絶寸前といった感じで、横を向いてグッタリ目を閉じている。

 「ははぁ・・・貴様今の射精で妖気を出しつくしたな?」

 もはや肯定も否定もできない。妖怪の言葉の通り、半妖である直哉にとって射精はただ体力を消耗すること以上の意味を持っている。精とともに大量の妖力を放出してしまうのだ。

 中学生になるのとほぼ同時に自慰をおぼえた直哉だが、そのことを知ってからは週一回だけと決めていた。一度射精してしまうと、妖力の大半を失ってしまう。まだ経験はないが連続で2度射精すればほとんど普通の中学生と変わらない程にまで力が落ちてしまうだろう。

 消費された妖力は一晩ぐっすり眠って1日経てば完全に回復するが、今の直哉にとってこのダメージは決定打だった。体力を使い果たした直哉にとって最後の望みだった妖力さえ失ってしまったのだ。

 「だが、まだまだわしの腹はいっぱいにはなっておらんぞ。」

 虫の息の直哉に、冷酷な笑いを浮かべた妖怪が告げた。肉を食べられない以上、徹底的に直哉から搾取するつもりのようだ。

 「もう・・・でないよぅ・・・・・・」

 つぶやいた直哉だったがその訴えは無視された。肩を固定していた手が離れたが、直哉は動けない。その無防備にさらされた身体を妖怪が舌と爪で刺激する。すっかり萎えていた性器がピクッと震え、直哉が苦しそうに喘いだ。


 「ほれほれぇ・・・」


 ありとあらゆる方法で直哉をいたぶっていた妖怪だったが、不意に強張っていた直哉の体から力が抜けたのを不審に思い、手を止めた。


 さては疲労とあまりの刺激に気を失ったか。


 そう思った妖怪だったが、直哉は意識を失ってはいなかった。相変わらず弱弱しく目をつむり、頬も耳も真っ赤にして荒い息をしている。しかし、よく見るとプルプルと小刻みに体を震わせている。そして、

 「!」

 直哉の性器から生暖かい黄色の液体が噴き出した。妖怪は急いで直哉から離れたが、間に合わず胴体の一部を濡らした。慌ててそれを草でぬぐう。


 「あぁ・・・・・・・なんだ。オシッコ漏れちゃったのか?」


 思わずため息をついて妖怪は直哉の顔を覗き込む。直哉は恥ずかしいのか顔を横に向けたままだ。そうするうちにも直哉は元気よく放尿し、その液体は空中で放物線を描いた後直哉の尻のほうに流れ、地面にうす黄色い水溜りを作っていく。チロチロというかすかな音と、アンモニアのにおいが辺りに広がった。

 疲れ果てたところに射精によって尿管が刺激されたためだろうか。そうはいっても人の前でお漏らしをしてしまった恥ずかしさで直哉は激しく赤面した。しかし、不意に脳裏をある考えがよぎった。

 「終ったか?もう出ないだろうな。お前も知ってるだろうが、人間の小便は苦手なんでな。」

 そういって妖怪は無抵抗の直哉を引きずって少し移動すると、再び直哉を陵辱すべく直哉の足の方へ回りこんだ。


 その瞬間6

 「ぐふっ!!」

 妖怪が大量の血を吐いた。あまりに一瞬のことに何がなんだかわからない様子で、困惑しながら衝撃を受けた背後を振り返る。

 「なぜ・・・一体・・・」

 背中に手を伸ばす。しかしそこには何も無く、ただ手にべっとりと自分の血がこびりついただけだった。傷は相当深く、出血で目の前がかすむ。その視界に何かが飛び込んでくる。とっさにはかわせず体で受け止める。それは妖怪のわき腹に突き刺さると同時に溶けるように散らばり、地に落ちた。

 「ぐっ!!」

 (み・・・水・・・?)

 朦朧とする意識の中で、その何かの出所を目で追う。誰もいないし何もない。あるのは先ほど半妖のコゾウが漏らしたオシッコの水溜りだけ。・・・・水?

 ピンと来た瞬間、その水溜りから水の矢が飛び出し、こちらに向かって飛んできた。

 「おのれっ」

 叩き落そうとした手に水の矢が突き刺さり、水に戻る。うっすらとアンモニアのにおいがする。

 「きさまぁっ・・・」

 言ったそばから更なる矢が背後から胸を突き破った。

 「ごぼっ!!」

 先程よりも大量の血を吐き出した妖怪が直哉をにらむ。直哉は必死に上半身を起こしていた。



 「まさか・・・貴様・・・水性の妖怪と・・・人間との・・・・・・」

 「そうさ・・・オレは・・・龍族の王・・・・・・摩那斯(まなし)龍王の・・・息子だ・・・」


 魔界には水を操る力を持つ妖怪が数多く存在する。その中でも最も力のある種族が龍族である。直哉の父、摩那斯龍王はそれら龍族を統べる王であった。

 「まさか・・・あの摩那斯龍王の・・・おのれ・・・・・・それほどの力を・・・隠していたとは・・・・」

 最後の一矢が妖怪の背に刺さる。

 「ぐぅぅぅ・・・まさか・・・このわしが・・・・・・半妖ごとき・・・に・・・・・・」



 崩れるように倒れた妖怪はしばらく悶えたが、やがて段々と姿が薄くなり、最後には煙のように消滅した。後に残った妖気の残滓は吹きぬけた風にさらわれて消えてなくなった。

 それを見届けた直哉はバタリと倒れ、大きく息を吐いた。そのまましばらく、グッタリ仰向けのままで呼吸を整える。



 “それほどの力を隠していたとは・・・”

 「隠してたわけじゃないよ・・・」

 水性の妖怪は自然界の水を操る。川や池、海の水はもちろんのこと、空中に存在する水分を集めたり、雨を降らせることも可能なのだ。

 しかし、本能的に何となく水の操り方を知っているにもかかわらず、半妖の直哉はそうした水を操ることができない。唯一操れるのが血液や尿といった自分の体内の水である。

 とはいえ力を出し尽くした状態で操れる確信などどこにもなかった。失禁してしまったのは故意ではないのだ。

 (俗に言うまぐれ勝ちってやつ?)

 我ながらよく勝てたものだとため息をつき、直哉はゆっくりと身体を起こした。まだ足取りがおぼつかないが、なんとか歩ける程度には回復した。唯一溶かされずに残ったブリーフを手に取ったが、汗と先走り液、それにオシッコでグッショリ濡れていてとても身に付けられる状態ではない。

 (しょうがない・・・フルチンで帰るか・・・・・・)

 とりあえず左手で萎えた性器を包むように隠し、「道」の入り口を探す。やがて立ち上がった直哉の姿は、しばらく歩いた所でかき消えた。7

 直哉が現れたのはアパートの直哉の部屋の階の階段付近だった。さすがに深夜なので誰もいないが、この格好で外にいるのをもし見られたら大変である。そっと部屋に戻ると、直哉はタオルを濡らしてベトベトする身体をぬぐった。風呂でシャワーを浴びたかったが、真夜中に風呂に入るのは憚られた。洗濯してあった部屋着に着替えると、ようやく安堵感が心に広がった。


 あの妖怪・・・魔界から来たって言ってたな・・・


 これまで退治してきたのはいずれもこの世界に住む妖怪だった。今回の敵はそうした妖怪とは比較にならない力を持っていた。今後はさらに気を引き締めねば危ないだろう。


 魔界に行けば・・・父さんに会えたりして・・・


 そんな考えが一瞬頭をよぎる。


 ごちゃごちゃ思考が絡まってきたが、大あくびがそれをかき消した。

 「・・・眠い・・・」

 直哉はつぶやいて、敷いてあった布団にもぐりこむ。


 さすがに今日は疲れた。顔や胸など、溶解液を直に浴びた所はうっすらと赤くなっている。じんましんが出たことにして明日は学校を休もうかなどと考えるうち、トロリとまぶたが下がってきた。




 やがて小さなアパートの一室に、規則正しい小さな寝息が聞こえ始めた。

 〈完〉
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