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  • 2014⁄01⁄22(Wed)
  • 23:28

少年探偵シュウト


ここは埼玉学芸大学付属小学校、関東地区では有名な教育学部の研究校で、毎年全国規模の研究授業が行われている。所属する子ども達の学力も高く、幼稚園、保育園時代から受験戦争に打ち勝ってきたエリート揃いである。また、部活動も有名で、特にサッカー部、剣道部、吹奏楽部は全国規模の大会に名を残すほどの学校である。その文武両道のエリート小学校に1つの悲劇が起きた・・・。それは今から2年前の5月9日、当時付属小学校4年生だった杉森翔太君(9)が4階の屋上から転落死したのである。本来屋上は立ち入り禁止とされているが、度々子ども達が進入し遊ぶことがあったという事実から、翔太君の死は事故死として片づけられた。しかしこの事件が2年後、再びこの小学校で起こる惨劇のプロローグとなることは、誰も知るよしもなかった・・・。
 僕は笠原修斗(10)、埼玉学芸大学付属小学校5年1組の生徒だ。うちの学校は周囲からエリート学校って呼ばれているけど、僕は全然そんな存在じゃない。成績はクラスで下から数えた方が早いし、運動も苦手で、体育の授業ではいつもチームのメンバーに迷惑をかけていた。しかし、こんな僕であってもいじわるをしたり、いじめたりする奴は一人もいない。最高の35人だった。大学の付属小学校というだけあってスポーツに芸術、それそれに秀でた特技をみんな持っている。そんな仲間がいる5年1組が僕は大好きだ。
 5年生になって1ヶ月が経ち、梅雨の季節が近づいた5月の初旬、僕達のクラスは体育の授業でサッカーをやっていた。AチームとBチームに分かれてゲームを行い、僕はBチームだった。フォワードやデフェンスなどサッカーにはいろいろなポジションがあるが、132㎝と小柄な僕がゴールキーパーになってしまった。Bチームにはサッカー部に所属する児童が多く、その強さに自信をもっている。それゆえに、よほどのことがない限り、ボールがキーパーのところまで来ることはないだろう、という考えで一番運動が苦手な僕がキーパーに選ばれてしまったのだ。元気盛りの小5の男子は、1つのサッカーボールを必死に追って汗を流しているが、苦手意識があり関心もない僕にとっては体育の時間は退屈そのものだ。ゴールのど真ん中にしゃがみ込み、小枝で地面に落書きをしながら大きなあくびをしていた。ちらりと校舎の時計を見ると11時50分、給食まであと40分もあるのか・・・。悪態をつきながらゲームに視線を戻そうとしたとき、僕は何者かの声を聞いた気がした。

   「呪われろ・・・!」

それは暗く冷たく、激しい憎悪に満ちた声だった。僕は思わず身震いをした。その声は気のせいだったのか?何かの音を聞き間違えたのか?定かではないが、僕はこの平穏な日々が大きく崩れることを無意識のうちに予感していたのかも知れない。
「修斗!ボールがいったぞ~!!」
その声ではっと我に返った。急いでボールを取る構えをとったがもう遅かった。正面を向いた瞬間、サッカーボールが僕の顔面を直撃・・・。火花のような光が一瞬見え、地球がぐるんと傾くような感覚に襲われると、僕はそのまま意識を失った。運動苦手男子のあっけない結末だ・・・。鼻血を出して仰向けに倒れている僕にかけよる先生や友達。
「おい!修斗しっかりしろよ!修斗~」
そんな声を聞きながら、静かに僕の意識は落ちていった。

目が覚めると僕は保健室に寝ていた。寝ているベッドはレースのカーテンで仕切られ、その外で保健の先生が仕事をしているのが分かった。
 「あれ?僕は何をしていたんだ?」
まだはっきりとしない意識で、ベッドから起きあがるとすぐにカーテンが開けられた。
 「ああ、修斗君やっと気がついたのね。もうお昼よ?」
養護教諭の緒方奈々子(29)(おがたななこ)先生だ。先生はまだ20代だが、優しく怪我の治療や健康指導が的確で、多くの児童から人気がある。おまけに美人で男子児童からの人気が特に高かった。
 「大丈夫よ。ボールが当たったとき軽く鼻の粘膜を切ったみたいだけど、すぐに鼻血は止まったし、特に怪我はないみたい。ショックで気を失っただけよ。」
緒方先生は僕に近寄ると、おでこに手をあてて優しく笑った。ふと緒方先生の胸元が見えて顔が熱くなる
のが分かった。緒方先生はよく胸元が開いた服を着ている。高学年の女子には、男をひっかけるためだと
か、玉の輿に乗るためだとかいう連中もいるが、真意はわからない・・・。しかし緒方先生くらいの美人
が、胸元を見せることほどセクシーなものはない。小学生とはいえ、健全な男子である僕も、ついつい見
入ってしまう・・・。ぼーっとなり、顔がほてって、下半身には何やら暖かくて気持ちのいい感覚が・・・!
「何鼻の下のばしてんのよ!エロ修斗!」
その瞬間に、僕の背中に強烈な蹴りが入った。同じクラスの倉本美優(10)(くらもとみゆ)だ。美優
とは幼なじみで、幼稚園の頃から一緒に遊んでいた。この学校は3クラスあり、3年次と5年次でクラス
替えがあるが、美優とはずっと同じクラスである。腐れ縁って奴だ。美優は父親が空手の先生で、幼少の
頃からその手ほどきを受けてきた。顔は可愛いがおてんばで、怒らせると手のつけようがない。
 「もう、心配して給食持ってきてやったのに、緒方先生にデレデレして・・・!そんなに元気があるなら、教室に帰りなさいよ。」
背中を押さえてうずくまる僕を尻目に、くるっと方向を変えると給食を抱えたまま、美優は保健室を出て
行こうした。
 「待てよ美優、冗談だって! あんまり怒るとしわができて早くババアになるよ?」
僕はわざと後半の言葉のトーンを落として、ぼそっと言った。
 「大きなお世話よ!エロチビ!」ガコッ!
今度は猛烈なアッパーが襲った。また気絶させるつもりか?小学校高学年の女子は凶暴だ。一言の憎まれ
口が数倍になって帰ってくる。(暴力を伴うことも・・・)とはいえ、美優は僕にとって大切な存在だ。
やっぱり5年以上同じクラスということもあって、何でも話せるし、こうやって憎まれ口も言える。高学
年が女子の方が強いのは事実だけど、僕たちはこんなやりとりを楽しんでいるのである。
何とか保健室で給食を食べ終わると僕は教室に戻った。5年1組の教室のドアをガラガラと開けると、
男友だちの何人かが声をかけた。心配はしているだろうが、僕がドジを踏むのはいつものことなので、
こんな小事件は慣れっこだった。
 「修斗、お前大丈夫? キーパーなんかさせなきゃよかったよ。」
 「まあ、何とか・・・。でも僕、緒方先生と2人っきりで・・・。」
くすっと笑って僕は口を隠した。
 「ああ!お前ずるいぞ!緒方先生と2人きりなんて!このヤロウ!」
男子達は一斉に僕をしめにかかった。僕は右手を上に上げてもがく。
 「ギブギブ!!」
「でもさ、修斗このままじゃまずくね?体鍛えないと・・・」
まじめな口を開いたのは、僕の一番の親友の宮木航太(11)(みやきこうた)だった。航太は3年の時に付属小に公立の小学校から転校してきた。気のいい奴で5年生になってはじめて同じクラスになったが、1番の友達になった。また、強合のサッカー部に所属しており、5年で唯一のスタメンとして活躍している。身長も高く、女子からの人気も高い方だ。
 「今新入部員の勧誘やってんだけど、修斗もサッカー部に入らないか?俺が1から教えてやるよ。」
 「サッカー部?僕が?」
航太は真剣な顔で僕に言う。冗談だろ・・・?運動神経が人一倍鈍くて、ぐうたらな僕がサッカーなんてできるわけない。だいたい、部活なんてやっていたら帰って遊ぶ時間もなくなってしまうじゃないか。
 「冗談だろ航太。僕がサッカーなんて・・・」
僕はなんとか逃れようとした。
 「本気だよ、入ってこいよ。新入部員が少なくて困ってたんだ。お前は小柄で球技苦手だけど、脚は早いから結構いい選手になれるかもよ?」
 僕が困って、その場をどう逃げるか考えていた時、いきなりテンションの違う声が混ざってきた。
 「入りなさいよ修斗。私大賛成!」
 いつもにまして元気な美優だった。美優は僕と航太の話によく入ってくる。
 「何だよ、美優まで・・・。お前だって僕がサッカーなんてやるタイプじゃないってわかってるだろ?」
 「修斗がサッカー部に入るなら私、マネージャーになるよ。修斗と航太を応援するから。」
美優が変に優しく、「僕たちを応援する」なんて言っている時は何か魂胆があるときだ。考えられる理由は1つ。サッカー部はイケメン揃いと評判で、かっこよく運動神経抜群の少年達が揃っている。さらに、全国大会に出場するような強豪ということで、女子からすればサッカー部は憧れの存在なのだ。そのサッカー部が新入部員が少ない上にマネージャーを一人募集しているという話はどこかで聞いていた。
 「美優、お前さ、もしかしてサッカー部狙いなの?」
僕があきれた様子で、聞いてみると美優はごまかしながら笑った。
 「別にサッカー部キャプテンで超イケメンの長谷川拓海(12)(はせがわたくみ)センパイと仲良くなりたいからなんて、思ってるわけないでしょ?修斗がサッカーできるようになって、かっこよくなるならそれでいいし・・・。」
ああ、やっぱりそんなことか・・・。僕と航太は肩を落としてためいきをついた。
 「わかったよ。入部するかどうかは、分からないけど、まず、見学くらいなら・・・。」
 「そうこなくっちゃ!私が水筒とか渡すと、拓海センパイが「ありがとう美優。」なんて言ってくれたら・・ああ最高・・・」
美優は完全に自分の世界に入っている。僕と航太は苦笑いだ。結局この日の放課後サッカー部が練習をすると
いうことで僕と美優はサッカー部の見学にいくことになった。
 教室で話をしている僕たち、その様子を廊下から黒い陰が神妙な面持ちで僕たちを眺めていた。僕たち3人がこれか
ら起こる連続殺人劇のキャストに選ばれゆく様を食い入るように・・・。
その放課後、僕たち3人はサッカー部の部室へ向かった。今日は職員会議の関係で短縮日課なので、少し時間
が早かった。サッカー部はいつも運動場で練習をしているが、部室は少し外れの位置にある。小学校の部活と
言えど、平屋で立派な部室が建てられていた。
 「おつかれさまです!」
航太がさわやかな挨拶をして入ってゆく。僕と美優も航太に連れられて入っていくが、部屋に入った瞬間、目
が飛び出るような光景に、僕たち3人は目を疑った。
 「うわあ!」
 「きゃ!」
何と上半身裸の少年と少し茶色がかかった髪の女子が身体を寄せ合っていたのである。少年の手はその女子の
下半身に伸びているようにも見えた。2人は僕たちに気がつくと急いで離れた。
 「宮木!入ってくる時はノックぐらいしろよ。」
その少年は急いで上半身にサッカー部のトレーニングウエアを着ると、航太に悪態をついた。
 「すみません、長谷川センパイ・・・・」
そう、この少年こそサッカー部のキャプテン長谷川拓海(12)(はせがわ たくみ)だった。160㎝の長
身で、ずば抜けた運動神経とルックスを持つ女子の憧れの的だ。ただ女癖が悪いとかチャラいなどの噂は聞い
ていた・・・。
 「センパイ今日の練習を見せてやっていいですか?こいつ俺のクラスメイトなんですけど、入部するかもしれなくて。」
航太が目上の人と話しているのを僕ははじめて聞いたが、さすが部活動で鍛われているだけあって、敬語をは
きはきと使える。そんな航太を僕はかっこいいと感じた。
 「ああ、自由に見学していいぞ。ただしお前が面倒見ろよ。そっちの女の子は?」
長谷川は僕にはあまり関心がないらしく、軽くあしらうとすぐに美優を見つめた。
 「君可愛いね。白い肌に長めの髪、スタイルもいいし、憧れるな~。」
 「本当ですか!長谷川先輩、あたしめちゃくちゃうれしいです!」
長谷川はその一言で美優を上機嫌にさせた。美優が危ない!このままじゃ・・・
「長谷川先輩、お言葉ですが、こいつ顔はちょっと可愛いかもしれないけど、クラスで有名な暴力女です!自分が気にくわないと、殴る蹴るは当たり前、センパイと一緒になったらきっと不幸になります・・・」
僕は長谷川の前に出て、眈々と話した。言葉は悪かったけど、この危ないタラシの上級生から美優を守るため
ついむきになってしまった。すぐさま美優が前に出て、僕の腹をひじうちした。
 「ゴフっ・・・!」
 「バカ修斗!何言ってんの!」
美優は長谷川に聞こえない声で僕に囁くと、明るい声でその場を取り繕った。
 「いえ、センパイこんなバカの言うことなんて気にしないでください!私こんなに優しいし・・・」
腹を抱えてうずくまる僕を、美優はあからさまに介抱し背中をさすった。僕に見せる顔と長谷川に見せる顔、
こんなに違うものかと僕は若干呆れてしまった・・・。
 「ふっ・・・君たちはおもしろいね。入部歓迎しているよ。」
長谷川は僕たちのやりとりを軽く流すと、部室を出て練習に行ってしまった。ユニフォームを着てグランドを
走る姿は何ともかっこいい。女子が憧れるわけだ。
 「ったく!せっかくいいところだったのに!何でいきなり入ってくるわけ?」
さっきまで黙っていた女子部員が口を開いた。長谷川と部室で密着していた中神有希奈(10)(なかがみゆ
きな)だ。彼女は僕たちと同じ5年生で、今唯一の女子マネージャーだった。5年生なのに茶髪で派手な容姿
が、いかにも「遊んでます」って感じの女子だ。もともとサッカー部には3人ほどマネージャーがいたが、2年前の事件がきっかけで十数人の部員がサッカー部をやめることになり、いなくなったマネージャーの代わりに中神有希奈が新しく入った。しかし、有希奈自身も男癖が悪いのが有名であり、可愛く派手な容姿でサッカー部のイケメン達に次々に手をだしているという評判だった。とはいえ、約30名のサッカー部員を1人で世話している。そんな現状で、あと一人はマネージャーがほしいという募集があり、その座を美優がねらっているわけだ。
   「ああ、しらけちゃった。あんた拓海センパイ狙いなんでしょ?言っておくけど、センパイはあたしの
    ものだからね。」
  美優に堂々と宣戦布告すると、有希奈も部室を出て行った。そんな有希奈に美優も負けてはいない。
   「何よ!いやな感じ!あんなチャラチャラした女に負けないんだから。」
  美優と有希奈、2人は絶対に合わない。2人が同じ部活に入るかと思うと僕はぞっとした。きっとぶつかり合って嵐のような毎日が待っていることだろう・・・。
   航太が着替えを済ませ、僕たちが部室の外に出た時、部室の裏から何やら声がした。
   「おい、これだけかよ?お前俺をバカにしてんの?」
  同時に何かを蹴飛ばす音も聞こえた。驚いた僕と美優と航太の3人は急いで部室の裏に向かった。

「お前、親が金持ちなんだろ?たった2万?ふざけんな!」
  僕たちが部室の裏にかけつけると、ユニフォームを着たサッカー部の6年生男子が4年生以下と見られる小柄な少年の胸ぐらをつかみ、殴りかかろうとしていた。
   「ちょっと、何してるんですか!白石先輩!」
  すかさず、航太が止めに入る。
   「別に何もしてねえよ。この間こいつから借りた2万を返そうと思っただけだよ・・・。」
  そう言って6年生と見られる男子は手に握っていた2万をもう1人の少年に押しつけ、こそこそとその場を立ち去った。しかし、どう考えても返していたのではなく、奪っていた。カツアゲだ。航太は部活内で特別権力があるわけではないが、僕たち5年生3人から現場を見られては、さすがの6年もその場を立ち去るしかないだろう・・・。
   6年男子が立ち去ると、小さな少年は泣き崩れた。美優と僕で少年をなだめ、事情を聞くことにした。
   「ねえ、航太あの人は誰?」
  僕は航太に尋ねた。航太はため息をつくと、神妙な顔つきで教えてくれた。
   「6年生の白石透真(12)(しらいしとうま)センパイ。小柄なわりに、MFで活躍する優秀なプレイヤーなんだけど、陰でこそこそこんなことするんだ。いじめで何回も顧問の藤本先生から叱られてるはずなのに・・・。」
   「ねえ、この子落ち着いたみたい。」
  少年の背中を優しくさすっていた美優が口を開いた。美優は自分より年下に対してとても優しく思いやり
  がある。そんな姿勢からたくさんの下級生や先生からの信頼は厚かった。
   「ありがとうございます・・・。あの・・・もう大丈夫ですから・・・」
   「あっ・・・ちょっと!」
  少年は涙を拭うと、立ち上がり僕たちを振り切ってグランドに走っていった。やや小柄で、眼鏡をかけた
まじめそうな少年だ。僕たちに話すと自分の立場がもっと悪くなると思っているのだろう・・・。
「あいつは4年の峰岸葵(9)(みねぎしあおい)だよ。運動は得意じゃないっぽいけど、身体を鍛えるために親にいれられたらしい。あいつ、クラスでもいじめられてるらしくて。」
航太は心配そうな目つきで語ってくれた。航太は正義感が強く、たとえ相手が年上であってもひるまずに
立ち向かえるところが僕は好きだった。そんな航太の背中を押すように僕が言った。
 「航太、今回のこと、ちゃんと先生に言いなよ?」
「ああ・・・」
 その瞬間、航太の身体が凍ったように固まり、ガタガタと震えているのが分かった。
  「航太?」
 僕が心配して航太の元に寄ろうとした時、グランドから声がした。
  「こら、宮木!いつまで部室にいるんだ!練習はじめるぞ!」
 顧問の藤本亮介(31)(ふじもとりょうすけ)先生だ。体育が専門でサッカー部を全国大会まで連れて行った若手の教師だ。
  「あっ、すいません、すぐ行きます! ごめんな修斗、また後で。」
 振り返った笑顔はいつもの航太だった。航太は自分のサッカーボールを取ると、駆け足でグランドに向かっていった。
  男子部員と女子マネージャーとの異常な絡み、部員間のいじめ・・・。一見華やかでクールなサッカー部の内部も複雑で、荒れているのがわかった。そして航太の震える態度・・・。航太はやはり白石から自分がいじめの標的になることを恐れているのだろうか。僕はこの付属小サッカー部の何とも言い表せないモヤモヤとした暗い影を感じてしまった。
  午後6時まで部活を見学したが、練習はやっぱり厳しそうだ。どう転んでも僕ががんばれるような集団ではない。練習終了後、6年生で副キャプテンの田中陸(11)(たなかりく)センパイが入部届けを僕と美優の2人分持ってきてくれた。
  「じゃあ、ご両親と相談しておいで。僕たちは大歓迎だから。」
 田中陸センパイは長谷川とは違って、硬派なイケメンって感じだ。まじめな印象を受けた。
  僕と美優と航太の3人で帰路についたとき、入部について話をした。
「ねえ、どうする修斗?サッカー部で頑張ってみる?」
 僕は言うまでもなく、入部はやめようと思っていた。まず、僕なんかがついて行けるレベルの練習じゃないし、長谷川や白石といった正直絡みたくない、胡散臭い連中もたくさんいるのだ。そして幼なじみとして美優にもこんな部活に入ってほしくはないと思っていた。しかし、美優からは意外な言葉が出てきた。
  「私は入部してみようかな。」
  「えっ・・・?」
  「だって、サッカー部のみんなが一生懸命練習しているのを見るの好きだし、長谷川先輩も可愛いって言ってくれたから。」
美優の顔は本気で恋をしている顔だった。話をする瞳と、うっすらと赤くそまった頬がそれを物語っていた。
長谷川のことが本気で好きなんだ。それが分かった瞬間、僕の中の熱い想いが膨れあがって、とっさに言葉
になってこぼれてしまった。
 「僕も入る!僕もサッカー部に入って上手くなりたい!」
言った後で後悔しても、遅かった。僕の中にあった想いはただ美優を守りたいということだけだったのだ
が・・・。
 「本当?修斗も入ってくれるの?ありがとう!修斗がいてくれると心強いよ。」
美優の満面の笑みと、僕に対しての「心強い」という言葉で僕も赤面した。うれしくてたまらなかった。た
とえその気持ちが長谷川に対しての気持ちとは違っても・・・。
 「じゃあ、決まりだな。2人とも明日の朝7:00から朝練だから!遅れるなよ。」
航太はそう言うと、ランドセルをしょったまま、街の方向にかけていった。今から塾ということだった。
航太が通う塾は名進館という塾で付属小の生徒が多く通っている。朝練から夜遅くまでがんばる姿には脱帽
してしまう。
 「じゃあね、航太!明日は7時だね。OK!・・・・ってええええ!朝練あるの?」
僕は航太にさよならを言った後で、事の重大さに気がついた。毎朝ばたばたで遅刻の常習犯である僕が7時
に学校なんて無理だ。6時には起きなきゃ間に合わない。
 「大丈夫よ修斗、私が電話して起こしてあげる。じゃあね。また明日!」
美優も岐路につくと、自分の家の方へと向かった。起こしてあげるとか、そういう問題じゃなくて、毎朝1
時間も早く起きることが苦痛なんだよ~! 僕は心の中で叫んだ。
その頃、日が沈んでほとんどの部員が帰ってしまったサッカー部の部室に6年生白石透真の姿があった。
一人掃除当番で残されているようだ。
 「くっそ~。何で今日に限って掃除当番なんだよ。塾に間に合わないじゃないか。」
ぶつぶつ言いながらボール磨きをしていた。サッカー部の部室の掃除やボール磨きは当番制で、全部員です
ることになっているようだ。ボール磨きとロッカーの整理を適当に済ませると、白石は携帯を取り出し、
時刻を確認した。6時45分、塾は7時からだから、急げば間に合う。白石はユニフォーム姿で、青のサカ
ストを足首まで下ろしたまま、ランドセルと荷物をまとめて部室を出た。着替えている時間はなく、そのま
ま塾へ向かうつもりなのだ。鍵をかけ、電気を消し、鍵を職員室にいる藤本先生まで返しにいった。
 「遅くまでご苦労だったな。気をつけて帰れよ。」
藤本先生は練習の時こそ厳しく威圧的であっても、普段はとても優しい。最後の白石にも優しい言葉をかけ
てくれた。児童昇降口で靴を履きながら白石は考えていた。
 「くそ、あのまま上手くいけば、掃除当番も峰岸にやらせるつもりだったのに。宮木の奴調子にのりやがって! まあ、あいつも俺たちの恐ろしさは知ってると思うから、チクッたりすることはないと思うけどな。」
  その時、背後から黒い陰が一歩ずつ自分の元へと忍び寄っていることに白石は気づいていなかった。一
歩ずつ一歩ずつ気配を殺して歩み寄ってくる黒い陰に。白石は座り込んで、顎を曲げた膝の上にのせ、靴ひ
もを結んでいる。背後で不気味な陰が、息を潜めていることも知らずに。
 「まあ、あんまり生意気な時は、やっちまうか?2年前の時みたいに・・・・」
それが生きている白石透真の最後のつぶやきになるとは、僕たちは知るよしもなかった。風もなく、奇妙な
静けさだけが、学校を取り囲んでいた。
 翌朝は、美優からの着信音で目が覚めた。寝ぼけ眼で携帯に出ると、
  「起きろ修斗!朝練に行くよ!」
 と大声で怒鳴った。おまけに電話越しにカンカンと金の鍋をおたまで叩いたような音を出す始末だ。
  「分かったよ。起きるよ。うるさいな~。」
 僕はしぶしぶ起きて制服に着替えると、朝ご飯のパンを頬張って家を出た。サッカー部員には全員に付属
 小のユニフォームと練習着が配られるが、当然入部前の僕はまだ持っていない。美優と航太と僕、3人の
 家がちょうど別れる交差点で待ち合わせをしていた。時刻は6時20分、僕が交差点に着く頃には、もう
美優と航太は来ていた。この交差点から学校に着くまで徒歩で10分もかからない。朝練は7時からだか
ら、早すぎるくらいの登校だ。きっと航太も美優から起こされたのだろう。美優の熱意が猛烈に伝わって
くる。
 「おはよう。遅いよ修斗!」
うっかりすると瞼が半分閉じそうな僕と違って美優は元気だ。きっと長谷川と会えるのを楽しみにしているんだろう。
「遅いって言ったって、練習は7時からだろ?早すぎるよ~。」
「まあまあ、付き合ってやろうよ修斗。」
航太が優しくフォローした。こんなに早く起きたのは幼稚園で運動会が楽しみで眠れなかった時くらいだ。
僕たち3人ははしゃぎながら、児童昇降口から5年1組の教室へと上がり、荷物を置いた。まだ朝の6時30分ということもあって、さすがに誰もいない。サッカー部の部員ですらまだ誰も来ていなかった。僕はこんなに早く学校が開いていることを不思議に思って航太に尋ねた。
「こんなに早い時間なのに、よく昇降口が開いてるね。誰か先生が来てるの?」
 「ああ、藤本先生が来てるんだよ。毎朝6時には学校に来て、朝練に来た生徒のために、児童昇降口を開けてくれているんだ。」
 「ひえ~、6時から学校にいるなんて、熱血教師なんだねあの先生。」
体育の授業は藤本先生から習っているのだが、授業でも厳しくて僕はちょっと苦手な先生だ。だけど、真
剣な表情で航太は言った。
 「うん、いい先生だよ。僕たちがサッカー部にいられるのも、藤本先生のおかげなんだ。」
 「えっ?藤本先生のおかげってどういうこと?」
僕が航太に2つめの疑問を投げかけた瞬間、教室の扉がガラガラと空き、美優が入ってきた。
 「ちょっと、着替えるのに何時間かかってるのよ!早くグランド整備するよ!」
美優の気合いの入り方は半端じゃなかった。僕たちはせかされて練習着と体操服に着替えると、3人で
外に出た。久しぶりに美優から着替えを見られて、ちょっと恥ずかしかった・・・。
 部室には児童昇降口を出て校舎の東側を通って行く。校舎の東側はコンクリートで舗装された大きな駐
車スペースがあるが、昼間給食センターの車が通るくらいで、ほとんど人や車は通らない場所だ。しかし
児童昇降口のある小さな路地から校舎の東側に出ると、僕たちはそこに広がっていた凄惨な光景に息を
飲んだ。
 散乱したランドセルと着替えが入ったバック、バラバラに壊れた携帯電話、そしてその奥にあったもの
は・・・
 昨日のユニフォーム姿のまま、仰向けに大の字で横たわるサッカー部6年生、白石透真の飛び降り死体
だった。後頭部が割れ、頭部付近のコンクリートを血で赤く染めていた。目は大きく開かれ、白目を剥き、
少し飛び出た眼球からでも分からないほど、黒目部分が上を向いていたのだ。僕は人が白目を剥いている
のを初めて見てしまった。また、口をぽっかりと開け、舌が飛び出ている。飲み込む力を失った死体の口
からは唾液が垂れていた。そして飛び降りた時の衝撃で手足が広がり、異様な程、白石の死体は大の字に
形作られていた。僕たちはその光景を見て、一瞬声が出せなかった。僕たち3人が初めて目にする人間の
死体。ただ確かなのは、目の前に横たわっている少年がすでに死んでいるということだった。
「きゃあああああ!」
美優の叫び声が学校中に響き渡った。

僕たちが白石透真(12)の死体を発見するやいなや朝練に来ていたサッカー部員が集まってきた。
みんな昨日まで一緒に練習していた仲間の変わり果てた姿にただただ言葉を失っていた。
 「し・・白石!?」
 「どうしてこんな・・・」
みんな動揺を隠せないようだった。集まった人だかりをかき分けて顧問の藤本先生が入ってきた。
 「おい、どうした!何があった?」


「先生・・・」
僕たちは自ずからそっと横にはけた。白石透真の変わり果てた姿を目にした藤本先生は血相を変えて白石
を抱きかかえようとしたが、その形相や潰れた後頭部の傷から、白石が死んでいることがすぐに分かると
その場でへたり込んでしまった。その衝撃が先生の青ざめた表情でわかった。
「し・・・白石が・・・」
僕は静かに先生の隣にしゃがみ込んで言った。自分でも驚くほど冷静だった。
「藤本先生、これは事件です。すぐに警察と救急車を呼んでください。」
付属小は住宅街の真ん中にあるため交通の便も良く、すぐに警察が来てくれた。死体の周りには黄色いビ
ニールテープを巻かれたコーンが置かれ、僕たちはその中に入れなくなった。鑑識の人たちは大の字に手
脚を広げた白石の死体と、白目を剥き口から舌と唾液を垂らした無惨な死に顔の写真を何枚も撮っていた。
いつか見たサスペンスドラマの1場面が、現実となってすぐ目の前に現れていたのだ。
児童の飛び降り死体が発見され、学校は授業どころではない。しばらく自習ということになった。そし
て関係者は別室に呼び出され、警察の事情聴取を受けることになった。関係者とは朝の時点で学校に来て
いた職員と朝練のため登校していた僕たちサッカー部のメンバーだった。別室に集められたメンバーは皆
下を向き、俯いていた。美優やマネージャーの中神有希奈は手を口にあてて声にならない声で泣いていた。
 そんな中部屋の戸が開き、体格の良い40前後くらいの男性が入ってきた。

 「みなさん、お集まりいただきありがとうございます。この事件を担当いたします埼玉県警察の夕月守(43)(ゆうづき まもる)と申します。」
大柄な割には紳士的な態度の刑事さんだった。背広にネクタイをきっちりと締めている。表情は軟らかいが体育会系で怒ると怖そう・・・。そんな印象の刑事さんだった。すぐさま藤本先生が下を向いたまま質問した。
 「刑事さん、白石は自殺したんでしょうか?・・・・それとも事故なんでしょうか?」
聞いてはならないことを聞いてしまったかのように、先生の握りしめた拳はガタガタと震えていた。
 「それなんですがみなさん、白石透真君の死は殺人の可能性があるんです。」
 「えっ・・・!」
集まっていた僕たちの視線は夕月刑事に集中した。夕月刑事は一息つくと冷静に説明を始めた。
 「白石君の右腕と掌には、校舎の壁に擦ったような傷がありました。それは地面に転落する前右手で必死に壁につかまり、それからその右手をこするようにして転落した証拠です。100%とは言い切れませんが、自殺の場合このような傷はほとんど残りません。」
 「事故の可能性はないんですか・・?」
 今まで1口も離さなかったキャプテンの長谷川が口を開いた。長谷川の神妙な面持ちを見たのは初めて
だった。
 「この学校は2年前にも同じ場所で転落事故が起きています。白石君が転落したと思われる南校舎の屋上は立ち入り禁止となっていて、遊び半分で進入した可能性はほとんどないかと。先生方も絶対に屋上には入るなと徹底指導されていたそうですし・・・。」
 「ええおっしゃる通りです。2年前の事故以来、私たちも屋上への進入は徹底して禁止していましたし、事故の教訓から屋上に進入するような児童は誰もいなかったはずです。まして6年生なら・・。」
 藤本先生が補足をするように語った。

 「つまり、白石先輩を殺した犯人が、僕たちの中にいるかもしれないってことですか・・・?」
恐る恐る僕は刑事さんの方を見つめながら言った。もしこれが殺人であったなら、外部の人間に犯行が不可能だったことは察しがついたからだ。僕の一言で、静まりかえっていた部屋がざわついた。
 「ちょっと、修斗!何てこと言うの!」
 「そうだよ、俺たちの中に犯人がいるなんて・・・」
美優と航太が慌てて僕の言葉を制した。
 「だって、よく考えてみてよ。この学校は2001年の付属池田小学校の児童殺傷事件以来、外の門と児童玄関に守衛さんがいて24時間人の出入りをチェックしているんだ。そんな中外から不振人物が現れて白石先輩を屋上から突き落としたなんてちょっと考えられないよ。」
 「なるほど。なかなか頭の回転の速い子だな・・・。」
 夕月刑事は僕の言葉をさらりと受け流すと説明を続けた。
 「その子の言う通りです。守衛さんに話を聞いたところ深夜から朝にかけて学校の敷地内、及び校舎内に進入した外部の人間はいません。よって犯行は学校内の人間によって行われた可能性が高いということです。更に、鑑識の調べによると白石君の死亡推定時刻は今朝の6時頃。死因は頭蓋骨骨折と脳挫傷によるもので、首の骨も折れていました。おそらくほとんど即死状態だったと思われます。」
 そこまで聞くと「ううっ」と口を押さえながら4年生の峰岸葵が部屋を出て行った。小学生に生々しい死体
の話はきついものがある。夕月刑事は続けた。
 「犯人が学校内の人間だとすると、朝の6時前に学校に入っていた人が4人いることが分かりました。」


夕月刑事はまず先生たちの方を眺めた。今ここに呼ばれている先生はサッカー部顧問の藤本亮介先生、養護教
諭の緒方奈々子先生、それからここで初登場になるが教頭の郷田真一(ごうだしんいち)(49)先生だった。
 「まず、藤本先生は午前5時50分頃に学校に来られたのを校門にいた守衛さん2人が確認していますが、間違いありませんね?」
少し夕月刑事の口調が強くなった。その追求にひるむことなく藤本先生は答える。
 「サッカー部は朝練を7時からしていますが、溜まった仕事を片付けるためにいつも6時前には学校に来ているんです。朝練に来る子どもたちのために児童昇降口を開けるのも私の日課です。」
 「なるほど。毎朝6時前に学校にいらっしゃるのが日課であると・・・。それから保健の緒方先生、先生も
  藤本先生のすぐ後、午前5時55分頃には学校に来られている。いつもはもっと遅くに来られるそうですが、今日に限ってなぜこんな早く学校にいらっしゃったんですか?」
 「そ、それは、県の養護部会の仕事をするために・・・」
緒方先生がやや口ごもった。

「緒方先生は職員玄関でお会いして、それからずっと1階の職員室で一緒に仕事をしていました。屋上なんて行かれていません!」
藤本先生が緒方先生をかばうように発言した。続けて横にいた教頭先生が2人の発言を後押しした。
 「私はちょうど6時頃に来ましたが、間違いなく藤本先生と緒方先生は職員室にいらっしゃいましたよ。白石君が死んだ6時に屋上にいたなんてことはありません。」
 白石先輩が転落して亡くなったのが6時ちょうどでなかったとしても、4階建の校舎を上がり、先輩を突き
落として再び職員室にもどる・・・。先生たちの証言と時間的な問題から3人の先生たちには犯行は不可能
に思えた。藤本先生が確認するように夕月刑事に問うた。
「私と教頭先生が職員室を離れたのは児童昇降口を開けに行った6時20分頃の1回だけですが、その時は白石はすでに転落していたんでしょう?」
確かに、現代の鑑識結果はかなり正確な値がでる。僕たちが白石先輩の死体を発見したのが6時30分ごろだから、死後30分しか経っていないとなると、ほぼ6時に死亡していたことは間違いなさそうだ。
つまり、3人の先生には犯行は不可能・・・。
 「ええ。しかし6時前に学校に来ていたのは、先生方だけではなさそうですよ。そうでしょう?サッカー部キャプテンの長谷川拓海君!」
 夕月刑事の鋭い眼差しが長谷川先輩を刺すように光った。
夕月刑事の突然の言葉に長谷川はあわてふためいた。
 「け・・・刑事さん俺ですか?」
 「そうです。児童玄関前の守衛さんの話だと朝練は7時からのはずなのに、君は6時45分には校舎内にたった一人で入っている。顧問の藤本先生より早い時間帯だ。それはなぜですか?」
言いようのない緊張感が長谷川先輩を締め付けているようだった。長谷川先輩の顔がみるみる青白くなって
いく。
 「俺は白石からメールで呼び出されたんだよ!昨日の夜に。朝の6時45分に教室に来いって・・・信じてくれよ!」
 「まあ、白石君の死体と一緒に散乱していた荷物と一緒に携帯電話も発見されています。屋上から落ちた衝撃で破損はしていますが、送信記録などで確認はできます。仮に君の言う通り6時45分に教室で会う約束をしていたとしても、その後何らかの理由で屋上に移動し、ケンカになり、カッとなって犯行に及んだ。とも考えられる。」
確かに夕月刑事の言うことは筋が通っていた。白石先輩と長谷川先輩は共に6年3組で、6年生の教室は南
校舎の4階にあり、3組は白石先輩が転落したと思われる屋上には1番近い教室だ。屋上へ続く階段は、
使わなくなった本棚や机が置かれ封鎖されてはいるが、扉が壊れており、子どもが1,2人なら隙間をくぐ
て屋上にいけるスペースはあった。もっともそんな大変な思いをしてまで屋上で遊ぼうとする児童はいなか
ったようだが・・・。
 「そんな・・・俺は何もしてねえよ!白石を殺したりなんか・・・45分になってもあいつ来なくて、ずっと待ってたら、下で笠原達の声がして、かけつけたら白石が・・・。」
 「とにかく白石君が亡くなった時間、南校舎の4階にいたのは君一人だったというのは事実だし、屋上に
  いっていなかったと証明する人もいない。君には警察署で詳しく事情を聞く必要がありそうだね!」
夕月刑事は厳しい面持ちで長谷川先輩の腕をつかみ、連行しようとした。
 「そんな!俺じゃない!俺は白石を殺してなんか・・・。」
今にも泣きそうな声で自分の無実を長谷川先輩は訴えた。
 「ちょっと待ってください、刑事さん!」
僕は音を立てて立ち上がった。
 「何だね君は?」
 「まだ、先輩を犯人だと決めつけるのは早すぎます!刑事さんの話や守衛さんの話を聞いて、僕には引っかかることがあるんだ。」
「何を言っているんだ?犯行が可能だったのは長谷川君だけじゃないか!」
夕月刑事が怪訝そうな目で僕を見た。
 「刑事さんの話や守衛さんの話で不思議なことが1つあるんです。」
 「不思議なこと?」
 「白石先輩本人の姿を誰も見ていないってことさ。」
僕の1言で、夕月刑事がはっとしたのが分かった。
 「守衛さんも、先生方も誰も白石先輩の姿は見ていない。っていうことは先輩昨日の夜のうちに、誰かに拉致されていたんじゃないんですか?」
僕は真剣なまざなしで夕月刑事を見つめた。
 「そうだとしても、白石君はまちがいなく今日の午前6時頃、転落死しているんだぞ?いったいどうやって・・・」
 「拉致されていたのだとしたら、何者かが1晩ずっと学校に残って、翌朝先輩を突き落としたっていう可能性もあるんです!人の出入りとか学校関係者のアリバイをもっとよく調べてください!」
僕は訴えかけるように話した。白石刑事は視線を僕からすっとそらすと、少し呆れた様子で落ち着いて話した。
 「いいか、これは小学生の探偵ごっこじゃない。正真正銘の殺人事件だ。お前が言うアリバイもこれから警察が調べることだ。いちいち口をはさまないこと!」
 1方的に叱られ、僕はむっとしたが、白石刑事の言うことも分かった。確かに小学生が口を挟むことじゃない。だが、僕はこの事件に興味を持った。白石先輩をこんな残酷なやり方で殺した犯人を突き止めたいと思った。しかし、もし長谷川先輩が犯人じゃなく、学校関係者全員にアリバイが成立するとなると誰がどうやって白石先輩を殺したんだろう・・・?
 「とにかく、朝犯行が可能だったのは、現時点で君しかいない。重要参考人として署まで来てもらおう!」
 「えっ・・・ちょ・・・」
 結局長谷川先輩は重要参考人として連れ去られてしまった。だがまだ重要参考人の段階。容疑者ではない。僕は僕のやり方でこの事件のことを徹底的に調べようと誓った。
 簡単な事情聴取が終わり、僕たちは教室に帰されることになった。残りの授業は通常通り行われるが、帰りは安全を配慮して集団下校することになった。教室に帰った美優はとても落ち込んでいた。好意を持っていた長谷川先輩が警察に連行され、動揺を隠せないようだ。僕は俯いている美優の肩をポンと叩いて言った。
「大丈夫だよ美優、たぶん犯人は長谷川先輩じゃない。」
 「えっ・・・!」
 美優は顔を上げて僕を見つめた。
 「ねえ修斗、どうして長谷川先輩が犯人じゃないって思うの?白石先輩を殺すことができたのは長谷川先輩だけなんでしょう?」
 「そこが変なんだ。」
 僕は続けた。
 「この学校は敷地への出入りから、校舎の出入りまですべて守衛さんにチェックされている。特に朝早くとか夜遅くは人も少なくて、学校に出入りしている人は目立つんだ。
  それなのに長谷川先輩は一人で早朝にやってきて白石先輩を殺したのかな?そんなことしたら、真っ先に自分が疑われるだろ?犯人は自分の犯行を隠したいはずなのに。」
僕は美優に丁寧に説明した。美優も真剣に聞いてくれている。
 「でも、殺すつもりとかはなくて、たまたまあの時間ケンカになってそれでやったとか・・・?」
 「いや。刑事さんも言ってたけど、昨日の夜白石先輩が帰っているところも、朝来ているところも目撃されていない。だから長谷川先輩が言ってた`待っていたけど白石は来なかった`っていう言葉は本当の可能性が高いんだ。そして、その時間白石先輩は死んでなくても身動きができない状態にあった・・・。」
 「つまり、お前がさっき言っていた、昨日の夜から白石先輩は誰かに拉致されていたってことか。」
後ろの方で次の時間の準備を済ませた航太が話に入ってきた。航太もこの事件に興味を持
っているようだ。
 「ああ、そして先輩を屋上から突き落とした。僕はそう思ってる。」
 「じゃあ、長谷川先輩が昨日の夜、白石先輩から受け取ったっていうメールは?」
美優が続けて聞いてきた。僕から長谷川先輩が犯人じゃないと言われ、やや明るさを取
り戻したようなトーンだ。
 「あれはたぶん、長谷川先輩を犯人にするための罠だよ。」
 「罠!」
美優と航太は声をそろえて発した。
 「そう・・・。大丈夫だよ美優。長谷川先輩の無実は僕が証明するよ!」
僕は美優の方を向くと力強く誓った。不思議な感情だった。美優がたとえ他の人のことを
思っていたとしても、美優の悲しむ顔なんてみたくない。まだはっきりとは僕自身でもわ
からないけれど、美優のことを大切だっていう想いは友情じゃなくてきっと・・・・。
「修斗・・・ありがとう。」
美優はいつも男勝りで僕たちと対等にやりあっている時とは違う優しい表情で僕を見つめ
笑ってくれた。僕の1言で彼女が安心してくれたことが伝わり、僕も何だか優しい気持ちになった。
「だからさ、航太!サッカー部のことをもっと教えてくれないか?白石先輩のこと、長谷
川先輩のこと、きっと部活内にこの謎を解くカギが隠されているような気がするんだ。」
気持ちを引き締め、僕は航太に詰め寄った。警察が外をうろつき、現場を調べられない
以上、まずサッカー部での人間関係から調べていくしかない。

「部活内でのこと?」
 「そう、何でもいい。航太が知ってることを教えてほしいんだ。例えば殺された白石先輩のこととか・・・」
白石先輩のことを聞かれて、少し航太の顔がこわばっていた。航太は1度下を向くと、
再び顔を上げて静かに語ってくれた。
 「修斗、美優、前に言ったよな?白石先輩は優秀なプレイヤーだけど陰でこそこそ人をいじめるって。いじめられていたのは1人や2人じゃないんだ・・・。俺だって
  ・・・」
航太はそう言うと制服をまくって上半身を見せた。サッカー少年らしくバランスよく整
った小麦色の身体、割れた腹筋の右斜め上の肋骨のあたりに、楕円形のあざがあった。
 「航太これってまさか・・・」
 「ああ、白石先輩にやられたのさ。1年前の冬の大会で4年である僕がレギュラーになって、白石先輩が下ろされたことがあったんだ。それで、帰り部室に呼ばれて・・・」
いつも明るい航太の顔が暗くなった。はじめて白石先輩に会った日、4年生の峰岸葵が
いじめられているのを目撃したとき、航太が怯えていた理由がわかった。航太も白石先
輩に仕返しをされるのが怖かったのだ。白石先輩が後輩達からどう思われていたか、そ
れだけで十分察しがついた。もし白石先輩が部活内の人間に殺されたと仮定するなら、
動機がある人間はたくさんいそうだ。いつも僕たちに優しい航太がこんなつらい目にあ
っていたことを知り、僕も涙が出そうなくらい辛くなった。
 「5年になってからは、そんなことはなくなったけどな・・・。」
航太は辛い思いを蒸し返されても、気丈に振る舞っていた。心も体も僕なんかより、ず
っと強いんだ。
「それから航太もう1つ・・・」
僕は話を戻すとまた航太に尋ねた。
 「刑事さんや先生達が言ってた2年前の転落事故のことだけど、何か分かる?大きな事件だったけど僕たちはまだ3年生だったし、よく覚えてないんだよね。亡くなったのがサッカー部の子だってことは知ってるけど・・・。」
その質問には特に動揺することなく航太は答えてくれた。
 「うーん・・・俺もまだ入部する前だし分かんねーよ。ただその話をすると6年生の先輩達は怒るんだ・・・。」
 「怒る?」
 「ああ。普段はあんなに優しい田中陸先輩も。呪われるって・・・。」
僕はこの言葉を聞いたとき、6年生が何か知っていることを確信した。確か転落して死
んだのは今の6年生と同じ年の少年だということは聞いていたからだ。その瞬間、授業
開始のチャイムが鳴った。次の調査は昼休みに再開だ。
昼休み、僕は調査を再開した。6年生でまず尋ねたのはサッカー部副キャプテン田中陸(11)先輩だった。僕が教室を訪ねると、先輩は昼休みだというのに参考書を広げ勉強していた。どうやら中学受験をするつもりらしい。
「えっ・・・2年前のこと?」
「はい、僕はこの事件を解くカギは2年前の事件にあるんじゃないかって思っているんです。」
「バカ!そんなことは話したら俺は・・・」
2年前の話を切り出した途端、いつも冷静な田中先輩は急に慌てだした。この人は絶対に何かを知っている。
 「そんなこと話したらどうなるんですか?教えてください。僕、この事件の謎を解きたいんです!先輩が話してくれたこと絶対に他の人に言いませんから!」
気がつけば急いで教室を出ようとした田中先輩の道をふさいでいた。
 「・・・・分かったよ。教えてやるよ。隠してもどうせいつか分かってしまう・・・」
田中先輩は観念した様子で、席に戻ると小声で話し始めた。
 「2年前死んだのは、杉森翔太(すぎもりしょうた)同じサッカー部の4年生だった。いい奴だったよ。プレーも4年生とは思えないほど上手でさ。上級生からも先生からも可愛がられていた。でも・・・・」
 「でも、どうしたんですか?」
 「いじめられていたんだよ。同級生の白石と長谷川から・・・。」

僕の中で背筋が凍るような衝撃が走った。
 「いじめ・・・。そのいじめに長谷川先輩も加わっていたんですか?」
 「あいつ、今でこそキャプテンで落ち着いているけど、怒らせると白石より太刀が悪いよ。自分よりも目立っていた杉森が気にくわなかったんだろうな。白石と組んで、いろんな嫌がらせをしていた。杉森の教科書をわざと破いたり、大事なスパイクを隠したりしてな。」
 「そのこと、田中先輩は知っていたんですか?」
僕が聞くと、ますます田中先輩の顔が暗くなった。
 「知っていたさ。俺だけじゃなく他のみんなも。でも、白石と長谷川が怖くて何もできなかった。藤本先生に伝えることさえも。」
そう言うと田中先輩はぽろぽろと涙をこぼした。この人はいじめの傍観者だったんだ。そ
して、そのことを悔やんでいる。
「先輩じゃあ、2年前杉森君が死んだのは・・・」
「ああ、いじめを苦にした自殺だったのかもしれない。」
田中先輩は深く頷いた。そしてその後、先輩から思いも寄らない言葉が出てきた。
「白石はきっと幽霊に殺されたんだよ。杉森の亡霊にな・・・。だから長谷川に罪を着せ
 たんだ。」
「先輩、何言ってるんですか!幽霊に人殺しなんか・・・」
「いや、俺にはわかる!これは幽霊の仕業だ!きっと俺たちもみんな殺されるんだ!!杉
 森の亡霊に・・・・」
田中先輩は気が狂ったように大声を上げると、頭を抱えガタガタと震えた。
「先輩、この事件の謎は僕が解きます。だから怯えないでください。」
僕は先輩の肩に手を置いて、そう言い残すとその場を去った。少しでも話が聞ければと思
い訪ねただけだったが、先輩を怖がらせる結果になってしまったことを少し反省した。
それでも、サッカー部員の過去や人間関係が分かり、収穫はあった。
「失礼します。」
僕は頭を下げ、田中先輩の教室を後にした。
 僕が立ち去った後、顔を両手で隠した田中先輩が「くすくす」と、うすら笑いをこぼし
体勢を戻した。まるで、誰かの死を喜んでいるかのように・・・。
6年生の教室を出た僕は、職員室に向かった。藤本先生がいるところだ。
「失礼します。藤本先生いらっしゃいますか?」
僕は職員室のドアを開けた。事件の後で、先生達はあわただしく動き回っている。落ち着
いて話ができる時間はなさそうだ。
「どうした笠原?」
あわただしい空気の中でも、藤本先生は優しく声をかけてくれた。
「えっと、先生に事件のことで聞きたいことがあります。それから2年前のことも。」
2年前という言葉を聞いて、少し先生の顔色が変わった。何かそのことについて、知って
いるような・・・そんな表情だった。藤本先生は何も言わずに僕を隣の教育相談室に連れ
て行った。ここは主に面談などで使われる部屋で、今は誰もいない。面談室に入って行く
ときの先生のうなだれた背中から、事件でひどく落ち込んでいるのが分かった。2人で向
き合って椅子に座ると、僕はまず、事件当日の白石先輩の行動について尋ねた。
 「昨日は白石が掃除当番だったんだよ。7時前だったかな・・・白石が部室のカギを職員室に返しに来たのは。まさか、それが白石の最後の姿になるなんて・・・。」
藤本先生は下を向き、握りしめた拳はぶるぶると震えていた。やはり教え子の死がこたえ
ているのだろう。部室のカギはすべて職員室で管理されている。部室のカギは、掃除当番
だった児童が施錠した後、職員室に返しにくるきまりになっていた。
 「白石先輩がカギを返しにきた7時前、他に先生はいらっしゃいましたか?」
僕は白石先輩が最後に出て行った時間の確認と、藤本先生のアリバイを確かめるために、
こんな質問を返した。
 「昨日は夜7時から、北棟の音楽室で吹奏楽部の保護者会があってたから、音楽の橋本
  先生と、副顧問の宮島先生も残っていらっしゃったよ。これは刑事さんにも話したし、まちがいない。」
なるほど、藤本先生が言っていることは確かなようだ。次に僕は2年前のことを尋ねるこ
とにした。
 「あの、田中先輩から聞いたんですけど、2年前亡くなった杉森君っていじめられていたんですか・・・? 白石先輩と長谷川先輩に・・・・」
そこまで言うと藤本先生は顔を両手で隠して覇気のない背中を更に丸めた。
 「やっぱりそうだったのか・・・・」
2年前のいじめについて藤本先生は気づいていたのか?僕はそのことを詳しく聞いた。藤
本先生にとっては辛いことかもしれないが、それでも僕は真実を知りたかった。少しの沈
黙の後、先生はその時のことを語り始めた。
 「2年前、うちの学校には全国大会でも5本の指にはいるようなプレイヤーもいて、俺は今よりもっともっと部活に力を入れていたんだ。チームワークもよく、もしかしたら全国大会で優勝を狙えるかもしれない!そんな思いだった。そこで入部してきたのが、当時4年生だった今の6年生だ。みんなそこそこサッカーを経験していたようだし、実力もあったが、その中でひとり飛び抜けて上手かった子がいたんだ。」
 「それが杉森翔太君なんですか?」
僕が聞くと、藤本先生は静かに頷いた。
 「杉森は本当に良い子だった。実力がある子は、周りを見下して天狗になってしまう子もいるけど、杉森にはまったくそんなところはなかったし、誰にでも優しくて上級生
  からもとても可愛がられていた。まじめで、常に一生懸命で・・・。あんな子に出会ったのははじめてだった。俺は実力だけじゃなく、杉森のそういう姿を評価し、まだ4年生だったが、レギュラーにすることにしたんだ。」
杉森君の話をする藤本先生の表情が明るくなった。先生自身も、きっと杉森君のことが好
きだったんだろう。
 「でも春の大会のレギュラーを発表してから、杉森に元気がなくなったような気がした
  んだ。体調が悪いのかと聞いても、何も答えてくれないし、何が原因なのかよく分からなかった。でもある日、杉森が頬にあざを作っているのを見つけて、すぐにいじめじゃないか?誰にやられたのか?って杉森を問いただした。そしたら、あいつ笑って
  こう答えたんだ。`心配しないでください。何でもないんです。これは僕自身の問題
  ですから。`ってな。そして3日後、杉森は屋上から・・・。」
 「じゃあ、杉森君はいじめで自殺を・・・!」
僕は身体を乗り出して聞き返した。
 「それがよく分からないんだ。俺もそう思って何度もサッカー部のみんなを問いただしたんだが、いじめを認める者はいなかったし証拠もなかった。その当時は屋上へ上がる児童もいたから、警察は杉森の死を自殺と断定したんだ・・・。」
結局、藤本先生は本当のことは知らなかった。田中先輩から聞いた事実を伝えようかと思
ったが、複雑な思いで言葉にはできなかった。だけど僕はこの事件の動機に近づいた気が
した。もし杉本君の死が、いじめによる自殺だったなら、そしていじめていたのが白石先
輩と長谷川先輩だったとしたら、犯人は白石先輩を殺し、長谷川先輩に罪をなすりつけた
のではないか・・・。?そう考えた。
 「今日はありがとうございました。失礼します。」
僕は藤本先生にお礼を言って相談室を後にした。事件のことで話を聞きたい人物はまだ残
っている。
 僕は5年生の教室に戻った。5年生で話を聞きたいのは航太ともう1人、マネージャー
の中神有希奈だ。長谷川先輩と付き合っているということだが、本当だろうか?彼女には
白石先輩と長谷川先輩の関係も深く聞けそうだ。中神の教室へ入ると、彼女は教室の隅っ
こで肘をついてぼーっと外を眺めていた。いつも派手で明るい彼女も、今回の事件は参っ
ている様子だった。

 「あっ・・・中神さん?事件のことで聞きたいことがあるんだけど・・・」
僕は恐る恐る尋ねた。中神さんは気が強いイメージがあるからよけいに気を遣ってしまう。
 「ああ、笠原君? ねえあんた事件のことがぎ回ってるでしょう?どういうつもり?」
中神さんはつんとしていた。どうやら僕が事件のことや2年前のことを調べているのが、
サッカー部内でうわさになっているらしい。
 「ごめんね、警察でもないのに。でも僕は白石先輩を殺した犯人を突き止めたいんだ。」
僕は自分の意志をはっきりと口にした。
 「ふーん・・・まあいいよ。私も早く犯人捕まってほしいし、まあ小学生のあんたに犯人が捕まえられるとは思ってもないけどね。」
中神さんは少しイヤミを含んだ台詞を吐くと、僕をバカにするように笑った。
 「バカにしないでよ!僕だって一生懸命・・・」
つい僕はむきになってしまった。あんなすぐに犯人を決めつけるような刑事には負けたく
ない!そんな気持ちでやってるのに・・・。
 「あははは!あんたムキになると可愛いね。いいよ、何から話せばいい?」
この人は完全に僕で遊んでいる。なんか女子の中で僕が一番苦手なタイプだ。これ以上怒
ってもよけいからかわれるだけなので、話を事件のことに戻した。特に中神さんに聞きた
いのは、2年前のことと長谷川先輩と白石先輩の関係だった。
 「2年前?うーん、私は分からないな。だって私この学校に来たの4年になってからだし。」
そうそう思い出した。中神さんは僕たちが4年の頃に公立の小学校から編入してきた子だ。
当然2年前のことも知るはずはない。僕は質問を変えた。
「田中先輩曰く、長谷川先輩と白石先輩って昔評判良くなかったみたいだけど、何
か知ってる?たとえばいじめとか・・・。」
「白石先輩は結構後輩をいじめるような人だったけど、拓海先輩はそんなことする人じゃ
なかったよ。あたし達つきあってるんだから、拓海先輩のことは何でも分かる。」
長谷川先輩のいじめを中神さんは真っ向から否定した。
「長谷川先輩と白石先輩って仲良かったの?」
「うん、よかったよ。乱暴な白石先輩も拓海先輩には気が合ってたみたいでさ。私達、よく白石先輩の家に遊びに行ってたりしたんだから。」
「なるほど・・・。」
僕は頷いた。マネージャーの中神さんは好きな相手で、付き合っているわけだから長谷川
先輩のことは悪く言わないだろうし、長谷川先輩もそういうマイナスな部分を見せはしな
いだろう。しかし、白石先輩と長谷川先輩が仲良かったとすれば、2人で一緒に杉森君を
いじめていたという話は、より信憑性が出てくる。
「ああ、そういえば・・・」
思い出したように中神さんは話した。
「拓海先輩って、しっかりしているようだけど、あんがい抜けてるんだよね。あたしマネージャだから、毎日部室のカギ開けが日課なんだけど、1週間くらい前、拓海先輩が部室のカギを間違えて持って帰っちゃってさ~」
「えええ!それやばいじゃん。」
間髪を入れず、僕は突っ込んだ。長谷川先輩も僕に似ているところがあるんだ。僕は妙な
安心感を持ってしまった。
「そうなの!職員室にはもうカギがないから、校門の門衛所までマスターキーを取りに行かなくちゃいけなかったんだから。いちいち理由書かなきゃいけないし、守衛さんには怒られるし、散々だったんだから。はじめてその日拓海先輩とケンカしたわ。」
くすくすと思い出すように中神さんは笑った。そんなそそっかしい長谷川先輩の1面も、
きっと好きなんだろうなと感じた。部室のカギは職員室に先生達が保管している正規のカ
ギの他にマスターキーがある。それは門衛所にいる守衛さんが24時間管理しているもの
で、ほとんど使われることはない。ただし管理が厳重で借りるときは、教師であっても、
名前と理由を書かなければならないらしい。厳しい世界だ。
「そっか。ありがとう中神さん!」
中神さんから知りたいことはだいたい聞けたし、長谷川先輩の意外な一面も見えたから、
それでよかった。僕が教室を後にしようとしたその時、
「待って!」
突然中神さんが僕を呼び止めた。
「何?」
「拓海先輩、犯人じゃないよね?」
いつもつんとしている感じの中神さんがその時ばかりは、美しい女の子に見えた。本気
で長谷川先輩を心配しているんだ。
「大丈夫だよ!長谷川先輩の無実は僕が証明するから。」
僕は中神さんの目を見てはっきり宣言すると、今度は4年生の教室に向かった。
4年2組は白石先輩から昨日いじめられていた峰岸葵(みねぎしあおい)のクラスだった。
白石先輩からいじめを受け、先輩を殺す動機が確かに彼にはあるけれども、かといって犯
人だと決めつけるつもりはない。しかし、事件の関係者として話を聞いておく必要がある。
僕が教室に入ると峰岸は一人で読書をしていた。周りは結構はしゃいだり、やんちゃした
りする子もいるようだが峰岸はまったく気にする様子もなく読書にふけっていた。本当に
大人しいタイプのようだ。
 「君、サッカー部の峰岸君だよね。僕は5年の笠原だけど、ちょっといい?」
 「えっ・・・?昨日見学に来ていた先輩ですね。僕に何か用ですか?」
峰岸はちらっと上目遣いで、僕を見上げるように座ったまま話をした。
 「昨日さ、白石先輩と一緒にいるとこ見ちゃったけど、いつごろからいじめられてるの?」
僕が恐る恐る尋ねると、突然峰岸は人が変わったように怒り出した。勢いよく立ち上がり
罵声を僕に浴びせた。
 「まさか、笠原先輩はそれだけで僕が犯人だって言うんですか!」
突然の剣幕で僕は驚いたが、冷静に説明をした。周りの子も何人かこっちを見ている。
 「大丈夫、白石先輩からいじめられてたってだけで君が犯人だなんて決めつけるつもりはないよ。ただ、この事件を解決するためには君の協力がいるから・・・。」
僕がそこまで言うと、峰岸はしぶしぶ話し始めた。
 「あの人からは僕が入部してすぐ目をつけられたんだ。きっと4年生の中で僕が1番弱そうで、言うこと聞きそうだったから。」
 「それでいったいどんなことをされたの?」
 「掃除当番を押しつけられたり、小遣いを取られたりした。命令でゲーム機とか高い買い物をさせられたことだってある。」
少しずつ峰岸の目に涙が浮かんで来ている・・・。
 「それに従わないと暴力を・・・?」
僕の質問に峰岸が静かに頷いた。
 「でも・・・それだけじゃないんだ。あの人は・・・。」
峰岸の次の一言で僕は凍り付くことになる。
「ぼ・・・僕の服を脱がして、そして・・・・」
峰岸の言葉が詰まった。彼の涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。
 「服を脱がしたって、まさか!」
 うんと峰岸は頷き、話しはじめた。
 「本当は女としたいけど、できないからって・・・。お前は女みたいだから十分楽しめるって・・・。羽交い締めにして僕のお尻に何度も何度も・・・・先輩の真っ白いのが僕を汚していくんだ・・・立てなくなるまで・・・!」
僕は思わず、峰岸を抱いた。
 「もういいよ。それ以上言わなくてもいい。ごめんね。嫌なこと思い出させて。」
峰岸がまさか、こんなことまでされていたなんて・・・。僕もショックを隠しきれなかっ
た。もしかして2年前、杉森君にも白石先輩は同じようなことを?
 「君をいじめていたのは、サッカー部では白石先輩だけ?」
 「うん。でも、みんな白石先輩が怖かったみたいで、助けてくれる人はほとんどいなかった。」
どうやら、峰岸を乱暴していたのは白石先輩だけのようだった。
 「他に白石先輩がいじめてた人っているかな?」
 「よくわからないけど、サッカー部では僕だけだと思う。」
 「そっか。辛いこと聞いてごめん。」
僕は煮えきれない思いを抱えて4年2組の教室を後にした。しかし僕が教室から出た直後、
峰岸葵の別の顔があらわになったのを僕は知るよしもなかった。
 「ふんふんふん♪」
突然、人が変わったように歌い出し自分の机から日記帳を取り出して一言、こう書いた。
 `白石が死んでくれてうれしい`と。
 たまたまだったが、1番はじめに集められた部屋で、夕月刑事の椅子にかけてあったス
ーツの上着から、警察手帳とキャバクラの会員カードが落ちているのを発見し、拾って
しまったのだ。そんなものを小学生に拾われるなんて刑事だって抜けてるところがある
んだな。それを凶悪犯なんかに拾われて悪用されたら始末書じゃ済まないぞ?
 「080××・・・・かあ。奥さんに電話してキャバクラのこと教えちゃおうかな~」
刑事さんを脅迫するなんて僕はとんでもないことをしている。でもこの事件の犯人を見
つけたい思いと、美優が好きな長谷川先輩を助けたい思いの方が勝っていた。
 「くそガキが!警察を脅迫しやがって!!」
夕月刑事は大きな体で僕の手にある手帳とカードを奪い取ろうとするが、僕はひらりひ
らりとかわした。自慢じゃないが、スピードには自信がある。クラスでは小柄な方で運
動は決して得意ではないが、脚の早さだけはクラスで5年間1番だった。
 「このガキ!ちょこまかと~」
 「じゃあ、教えてくださいよ。夕べ白石先輩は学校から確かに帰っていたんですか?」
夕月刑事は頭から湯気をだして、歯ぎしりしながら怒鳴るように答えた。
 「帰ってねえよ!白石透真の母親に確認を取っている。夕べ行くはずだった学習塾も欠席してる。」
 「と、いうことは転落死するまでの間、白石先輩はどこかに監禁されていた・・・?」
夕月刑事は少し落ち着きを取り戻すと、静かに頷いた。
 「おそらく間違いないだろう。」
 「じゃあ、朝のアリバイがないのは長谷川先輩だけだけど、夜学校に不審者が入って白石先輩を拉致した可能性だってありますよね?」
そう、夕べ白石先輩が誰かに拉致されたのだとすれば、その犯人の出入りだって守衛さ
んから確認されているはず!
  夕月刑事は少しため息をつくように答えた。
昼休みが終わり、掃除の時間になった。白石先輩の事件を受け、僕たちは午後から地区
ごとに一斉下校することになった。校内をまだ警察がうろついている。僕は外邸掃除な
ので。警察の人とよく会った。本来なら禁煙であるはずの外邸でたばこを吸ってる一人
の中年男性を見かけた。夕月守刑事だ。また何か新しい情報が聞けるかも知れない・・・。
僕は夕月刑事に近づいた。
 「刑事さん!ここ禁煙なんですけど・・・」
 「ああ?あのときのガキか・・・」
夕月刑事は今朝事情聴取された時のまじめな印象とはまた違い、僕を上から見下ろすよ
うな態度で返した。
 「刑事さん、何か犯人の正体につながるものとかありましたか?昨日はやっぱ白石先輩は家に帰ってないんでしょう?」
僕が質問攻めにすると、夕月刑事はふーっとため息をついて言った。
 「まったく、とんでもない名探偵がいたもんだな・・・。そんな情報をわざわざ一般のガキに教えるわけないだろうが。」
やっぱりただの小学5年生である僕が個人的に刑事さんに事件の情報なんて聞けるわけ
はない。しかし、僕は夕月刑事のある重要な弱みを握っていた。
 「夕月刑事~これな~に?」
僕が取り出したのは警察手帳と行きつけであろうキャバクラの会員カードだった。夕月
刑事は煙を変なところで吸ってしまったのだろう・・・ぶっ・・・ゴホンゴホン!と咳
をした。
 「お前っ・・・!返せバカ!」
夕月刑事は必死で僕の手から手帳と会員カードを取り戻そうとするが、僕の方が素早く
ひらりとかわした。手帳の中には事件の重要な情報以外に、夕月刑事自身の家庭の電話
番号も書かれている。
 「これ、奥さんの電話番号でしょ?」
 「残念だが、夕べは吹奏楽部の総会があっていたそうだ。たくさんの保護者や児童が出
  入りしているから、犯人らしき人物の出入りは守衛さんもわからないらしい。」
「じゃあ、誰か不審人物が総会の時をねらって学校に入り、白石先輩を拉致、そして朝までずっと隠れていて、6時頃先輩を殺した。殺した後学校の外に逃げた可能性も・・!」
僕が最後まで言い切る前に、夕月刑事が否定した。
「事件後に門衛所から出て行った人間はいない。第一、夜の校舎はセキュリティーが働くから、生きた人間がちょっとでも動くとセンサーが鳴ってしまうぞ。」
確かにそうだ。夜校舎内に誰か隠れていたとしても、ちょっとのことで警報機が鳴ってし
まう。一晩中隠れるのは難しそうだ。
 「学校関係者の夜のアリバイも捜査中だが、第一の容疑者が長谷川拓海であることに変わりはない。朝、白石をつき落とすことができたのは今のところ長谷川だけなんだからな。」
夕月刑事が冷たく言い放つ。僕と夕月刑事は少しの間睨み合った。
 「ありがとう刑事さん。ほら」
僕はすっと表情を変えて警察手帳とキャバクラのカードを投げた。おどおどして受け取る
夕月刑事がちょっと滑稽だ。 
 「このくそガキ~!」
悪態をつく夕月刑事を背に、僕はくるりと向きを変えて、去っていった。
 おかしい・・・。なぜ犯人は白石先輩を拉致した後、すぐに殺さなかったんだろう?午前6時まで待ったんだろう。もし犯人が長谷川先輩なら、自分に真っ先に疑いがかかるような時間帯に殺人を犯すだろうか?これは長谷川先輩への罠じゃないか?僕の中の疑惑が大きくなっていく。
殺人事件が起きてしまい、当然部活なんかやっている場合ではない。犯人も分かっていないのだ。僕達児童は5時間授業のあと、すぐに集団下校で帰されることとなった。当然朝練も中止。しばらくは部活動もできそうにない。白石先輩の事件はそれだけ学校の諸活動に大きな衝撃を与えた。重要参考人として長谷川先輩は警察に拘束されたままだ・・・。
長谷川先輩が頭の固い刑事達にどれだけ酷い仕打ちを受けるか・・それもまた心配だ。

下校した後、僕は夕暮れの街を一人で歩いていた。下校後絶対に子どもだけで家を出るなと先生達から指導があったが家の母は仕事でいないし、唯一の弟も保育園だ。一人でこもっているよりも外に出ていろいろ考えた方が、頭がすっとする。本当に謎だらけの事件だ・・・・。犯人がどうやって白石先輩を殺したのか、そして犯人の正体・・・・
 ふと正面の道路を長谷川先輩らしき少年が歩いているのが見えた。よかった釈放されたんだ!僕は急いで彼の元に走り出した。聞きたいことがたくさんある・・・!
 「長谷川先輩!」
僕は勇んで声をかけた。振り返ったのは間違いなく長谷川拓海だった。
 「ああ、昨日の5年生か・・・朝はかばってくれてありがとな。」
 「よかった先輩、釈放されたんですね。」
僕は安心した表情で長谷川先輩を見上げた。
「もうあいつら(刑事)最低だよ。俺はただメールで白石に6時に屋上に来るように言われただけなのに、何度言っても信じてくれねえ。」
「僕は信じますよ。だって状況があまりにも不自然すぎます。先輩への罠としか思えない・・・。でも先輩一つ教えてもらっていいですか?」
ちょっと長谷川先輩の表情が曇った。
「2年前のことです。」
その言葉を聞くと先輩の眉間にしわが寄り目を細めて僕を睨むような形相に変わった。
「2年前だって・・・?」
僕は今日先輩達の話を聞いてこの人がどんなことをしてきたか知っている。背筋が凍るような思いがしたが、ここでひるんじゃいけない。僕は続けた。
「2年前に屋上から落ちて亡くなった杉森翔太って子のことです。僕は白石先輩の殺され方から、この事件は杉森君の事件が絡んでるんじゃないかって思うんです。」
「杉森?ああ~いたな、そんなやつ。確か2年前だから俺たちと同級生だった。でも大人しい奴だったし、あんまり関わってもいなかったから覚えてねえな~。」
 しらじらしく長谷川は答えた。僕は少し唇を噛んでこう言った。
「違うでしょ先輩・・・関わりがなかったなんてうそだ。いじめてたんでしょう?白石先輩と二人で。杉森君のこと・・・」
みるみる長谷川の顔色が悪くなってく。
「4年生で唯一レギュラーになった杉森君に嫉妬して悔しくて・・・それで・・・」
毅然として僕は話を続けたが、長谷川は僕が全部話す前に、僕の胸ぐらをつかむと激しく壁に叩きつけた。
「が・・・・!」
道に倒れ込んだ僕に長谷川は容赦なく蹴りを入れた。
「ぎゃあ!・・・うぐ・・・!」
激しい痛みが腹部を襲う。
「誰に聞いたんだこら!ふざけんじゃねえぞ!俺はな、お前みたいに正義感ぶった奴が大嫌いなんだ!いじめ・・・?ああしてたよ。白石と二人でな!大人しいくせにプレーは一人前で先生からも6年生からも認められたあいつがむかついたからな!」
長谷川は痛めつけた僕をの胸ぐらを再びつかみ上げた。
「へっへっへ・・・お前もよう可愛い顔してるよな。お前みたいな華奢で可愛い後輩見てると俺のあそこがうずくんだ~。お前のアナルに俺のマグナムぶち込んでやりてーよ!ぎゃははははははは!!!」
長谷川は顔を歪めて激しく狂喜した。
僕は締め上げられながら激しい怒りを覚えた。何だこいつ?こんな最低のやつがサッカー部のキャプテンなんて・・・!許せない・・・・!
その時だった。女の子の叫びにも似た悲鳴が聞こえた。
「やめてえええええええええ!」
僕が朦朧とした意識の中で振り返って見えた女の子の姿は美優だった。
美優は震えて長谷川と僕を見つめていた。目からは大粒の涙がこぼれていた。
「どうして?どうしてあんなに優しくてかっこいい長谷川先輩がこんなことするの?」
長谷川は時が止まったように美優を見つめた。きょろきょろと周りを伺っている。こんなところを女子に見られるなんて!・・・長谷川の気持ちはそんなとこだろう。
「修斗をはなせ!」
美優が長谷川に体当たりした。長谷川はつかんでいた僕を離すと少しひるんだ。
「このヤロー!」
長谷川は美優にも暴力を振るおうとしたが、同時に自転車の学生や会社帰りの大人が道路を通ったため、動きを止めた。そして逃げるようにその場を去った。よかった美優が暴力を受けずに。本当によかった・・・。
 美優は倒れた僕のそばに寄り、大粒の涙を流し続けた。
「ごめんね。ごめんね。修斗・・・。長谷川先輩があんな人だって知らなくて。そのせいで修斗まで酷い目に・・・ごめんね・・・ごめんね・・・・」
美優はしきりに謝り続けている。泣かないで美優。そんなの美優のせいなんかじゃないよ。
上手く僕は言葉にすることができなかった。ただただ仰向けに倒れたまま美優の涙を拭ってあげた。
 
           4 カギのかかった部室

しばらくすると美優の肩を借りて何とか歩けるまで回復した。まだ時々背中や腹がズキンと痛む。岐路につきながら僕は長谷川と今までのことを全部話した。美優はまだ長谷川が僕にした仕打ちにショックを隠せないでいる。
「本当にごめんね。修斗・・・私がサッカー部なんかに誘ったりしたから。」
「何で美優が謝るの?僕はむしろ美優にお礼言わなきゃ。だって美優が来てくれなかったら僕、もっと酷いことになってたかも・・・。ありがとね美優!」
僕は笑って返した。どうやら美優がこの道を通りかかったのは偶然らしい。僕と長谷川が話す声が聞こえて、角を曲がった途端、僕に暴力を振るう長谷川を目にしたということだった。
「ねえ修斗、明日今日のことをちゃんと藤本先生や警察の人に言おうね。これで2年前のことだってわかったし、長谷川先輩の正体をしっかり伝えなきゃ!そして、もしこれが杉森君の復讐とかだったら、長谷川先輩が狙われる可能性だってある。」
「うん。もちろんそのつもり。それにしてもあいつ・・・おもいっきり腹蹴りやがって。」
僕は腹を押さえた。美優も心配そうな目で僕の腹部を押さえてくれた。
・・・カサっ
僕は一瞬振り向いた。・・・誰もいない。後ろに何かがいた。いや、何かというより誰かからずっと見られている感じがした。
「美優、今僕たちの後ろに誰かいなかった?」
「え?誰もいないけど・・・。」
確かに誰もいない。気のせいだろうか?僕たちはそのまま歩き続けた。家に着くと、救急箱の中からあるだけの絆創膏や包帯、消毒薬を取り出し、僕の手当をしてくれた。女の子から介抱してもらうことなどめったにない僕は少しうれしかった。午後6時、一通りの手当を終えた美優は最後に「ごめんね。」と一言言うと帰っていった。僕は家の窓から美優の姿が見えなくなるまで手を振っていた。妙な電話がかかってきたのはその夜だった。
 電話の主は航太だった。連絡網で「明日の1時20分にサッカー部は部室に集合。早く来ても遅れてもいけない」とのことだった。1時20分といえば昼休みのはじまりの時間だ。ミーティング?遅れてはいけないならわかるけど、早く来てはいけないってどういうこと?不思議な内容だった。それから今日僕が長谷川から受けた暴力の話は航太の耳にはすでに入っていた。今までキャプテンとして信じてた長谷川の正体にショックは隠せない様子だったが、それでも1番に僕の体のことを心配してくれた。やっぱり1番の友達だ。
また、明日会おうねと約束をして航太との電話を切った。そして翌日事件は思わぬ展開を見せることになる・・・。
朝練がないサッカー部の1日は平穏そのものだ。僕と美優、航太の場合は学校もそれほど離れてはいないから7時前に起きれば8時20分の始業に十分間に合う。午前7時僕の部屋の目覚ましが鳴った。だいたいその時間には、お母さんは仕事に出ている。ばたばたで朝ご飯を作り、6歳の弟を保育園に送り届けて仕事に行ったに違いない。
家の母親は朝が早く、夜が遅い。昨日はめずらしく早く帰ってきたけど、それでも午後の6時過ぎだった。お母さんが弟の迎えに行けないときは僕が行っていた。昨日は6時ぎりぎりだったから、満身創痍の僕が保育園に迎えに行かなくて済んだ。全身ボロボロの僕を見て、「その傷どうしたの?」と聞かれたけど、歩道橋で転んで最悪だったと、ごまかしてしまった。3ヶ月前お父さんが出て行ってから、お母さんには心配をかけまいと学校であったこと、友達のこと、いろいろ話してはいるけど、今回のことは上手く言えなかった。ただやっぱり、学校で子どもが殺されたニュースには目が飛び出るほど驚いていた・・・。何と言ったって僕は死体の第一発見者なんだから。警察で知り得た情報などは伏せて、とにかく心配かけないように、事件のことについては軽く話をした。ものすごく驚き、僕を気遣ってくれたが、「ちゃんと警察の人が調べてくれている。大丈夫だよ」と言うと少し安心したようだった。朝ご飯はトーストと目玉焼きが準備してある。僕はトーストをほおばり、歯磨きをさっと済ませて、そそくさと家を出た。朝練がないのはうれしいが、昨日長谷川に暴行された傷がずきんと痛んだ。それだけじゃない・・・。何か変な胸騒ぎがする。今日もまた何かが起こる・・・・。
昨日の事件から1日経ち、先生や子ども達は落ち着いていなかった。あたりまえだ。何と言っても犯人もまだ捕まっていないのだから・・・。朝学校に着くと、美優と航太はもう学校に来ていた。まだ僕の身体のことを心配しているようだけど、「大丈夫だから」と飛んだりはねたりしてみせると笑っていつもの美優と航太に戻ったようだ。それでも時々昨日の傷は痛むけど・・・。僕は話題を変え、昨日の夜に受けた電話の話をした。
 「ねえ、美優、航太、昨日の電話、すごく変だと思わない?」
 「え?サッカー部の今後について藤本先生から話があるんじゃないの?」
美優が真剣な表情で聞き返す。
 「ミーティングがあるのはいいけど、12時20分に集合で、早く来ても遅れてもいけないって、おかしくない?遅刻はいけないけど、どうして早く来たらだめなの?」
 「確かに、おかしいよな。今までミーティングに参加して、早く来たらだめなんて言われたの初めてだよ。」
航太も僕が言ったことに同意してくれた。12時20分集合で早く来ても遅れてもいけ
ない理由・・・。僕は少しの間考え込んだ。
昨日の航太からの電話は連絡網によるものだった。連絡網は藤本先生、もしくはサッカー部のPTAから、キャプテンである長谷川先輩に連絡が入り、副キャプテンである田中陸先輩に連絡が回る。それから6年、5年、4年とそれぞれ分かれて連絡が回るものだ。何のための連絡なのか藤本先生には確認をとったほうが良さそうだ。昨日長谷川先輩から受けた暴力のことも伝えなきゃ…
 僕は美優と航太と3人で体育教官室の藤本先生のもとへ向かった。こういう話をするのは緊張するし、不安もあるけど二人が側にいてくれることが何より支えになった。
 「失礼します。」
僕は冷静に教官室のドアを開けた。
 「ああ、5年の3人組か。どうした?」
藤本先生は優しく迎えてくれたが、僕たちの表情を見てすぐに何かあったのだと察してくれた。特に美優と航太に挟まれて、俯いている僕を見て…
「何があった…?」
真剣な眼差しで、僕の肩に手を当て言葉をかける藤本先生…自然に僕の目からボロボロと涙が溢れ出した。

奥の相談ルームに通された僕は昨日の暴力事件のことを包み隠さずに話した。 警察から出てきた長谷川と話したこと、暴力を受けたこと…そして長谷川と白石の過去、杉森君という同級生へのいじめを認めたこと…そのすべてを話した。今でも脳裏に浮かぶのは最後に僕を掴み上げた時の長谷川のセリフと表情…
美優に助けられなければ僕はどんな目に遭っていたのだろう…まるで大人の男がHな目で女性を見るような…考えただけで吐き気がする。
 僕の話を藤本先生は冷静に聞いてくれた。時々目に涙を浮かべながら。体育教師でいつも厳しく、頼もしい藤本先生が涙を浮かべる姿を見るのは初めてだった。
「やっぱりそうだったのか…。笠原、酷い目に遭わせて本当にすまない。」
僕に深々と頭を下げる藤本先生。僕は何とも言えない思いだった。藤本先生自身も今までキャプテンとして信用していた長谷川のそういう行為を知ってどんな思いだろう…
 藤本先生は、すぐに長谷川の担任に連絡をした。呼び出して暴力事件の事実確認、指導をするためだ。しかし、担任の先生によると長谷川には欠席連絡が親から入っているという。「体調を崩してしまい、今日は学校を休ませます」と…それでは今日長谷川を指導してもらうことはできない。自分に都合が悪くなると休むなんて…僕は煮えきらない思いだった。でも、自分の言動を振り返ると僕も長谷川を逆上させるような言い方をしていたことを少し反省した。今度長谷川に会ったら、そこのところは謝りたい。
 ふと体育教官室を見渡すと、学校の予定が書いてある大きな黒板の出張の欄に藤本先生の名前があった。
「藤本先生、今日出張なんですか?」
僕はさりげなく尋ねてみた。
「ああ、一日中ではないが、隣町の小学校の研究会とその打ち合わせで、今日から一週間12時から16時まで行かなきゃいけないんだ。夕方には戻ってくるよ。」
藤本先生は答えてくれた。先生達も大変だな~でも先生が昼間出張なら、昨日の連絡網を回したのも藤本先生ではないということになる。昨日の連絡網のこと、一応先生に聞いてみたが、当然自分はそういう連絡を回した覚えはないとのことだった。
 じゃあ、いったい誰が何のためにあんな連絡を回したんだ?何か嫌な予感がする。体育教官室を出た後も僕は胸騒ぎが止まらなかった。
 そして午前中の授業が終わり、約束の12時20分がやってきた…
僕は4時間目の授業が終わると、美優と航太とすぐに部室に向かった。部室の外にはもう数人部員が集まっている。その中には副キャプテンの田中陸先輩やマネージャーの中神有希奈がいた。どうやら彼らも今駆けつけたらしい。でも部室の様子が変だった。鍵も開いていなければ、窓はすべて黒いカーテンで引かれていて、中の様子がわからない。
「おい、中神、部室の鍵を開けるのはマネージャーの仕事だろ。すぐ鍵取って来いよ。」田中先輩が中神さんに命令口調で指図した。「何よ。長谷川先輩がいないからって、偉そうな口きかないでよね!」
中神さんは文句を言いながらも、体育教官室へ鍵を取りに走り出した。
「あっ!私も行きます。一応マネージャーだし…」
美優も一緒に行くと名乗りを上げた。
「ああ、見習いはいいよ。あしでまといになるだけだし…」
中神さんは美優を冷たくあしらうと、そのまま走り続けた。
「もう何よ見習いって!私もマネージャーなのに、同じ年のくせに!」
美優が腹を立てている。あんな言い方をされれば当然だろう。それにしても…
何で部室の窓がカーテンで覆われているんだ?もし何者かが僕達を呼び出したとしたらなぜ鍵が閉まっている?
 そんなことを考えているうちに中神さんが部室の鍵を持って帰ってきた。カチャリと手早く鍵を開け、ドアを開けた。
「誰かいるの…?」
中神さんは恐る恐る中に入る。僕達もそれに続く。中は真っ暗だ。
「とりあえずカーテンを開けようよ!」
航太が言い出した。
「うん…」
美優が閉まっていたカーテンを一気に開けると、思わず息を呑む光景が僕達の目に飛び込んできた。
 ロープに吊られて部室の真ん中で揺れていたもの…それは目を飛び出すように開き、口から唾液を垂れ流して息絶えていた長谷川拓海の首吊り死体だった。僕達は一緒目の前にあるものが現実なのかどうかも分からず、ただ呆然と立ち尽くしていた…


長谷川拓海の首吊り死体。僕達はみんな呆然としていた。はっと我に返る。
「いやぁぁぁ、拓海センパイ!センパイ!」
マネージャーの中神さんが泣き崩れた。
「何でうちの部活は人が死ぬんだよ!」
副キャプテンの田中センパイも混乱した様子だった。僕は改めて回りを見渡した。部室の中は外からじゃ陽の光もまったく入らないほどカーテンが閉めてあった。そして中からかけられた鍵…そう現場は完全な密室だった。
すぐに警察が来て現場を封鎖した。運ばれていく長谷川センパイの遺体ー
昨日暴力を振るった長谷川センパイの形相とは違い、まるで眠っているような安らかな少年の表情だった。大声を挙げた女性が駆け寄ってきた。明らかに気が動転している。
「あああ!拓海!拓海!」
長谷川センパイの遺体に触れようとするが、警官に止められる。きっと長谷川センパイのお母さんだ。あまりにも可哀想すぎる。僕は胸が締め付けられた。
僕達関係者はまた会議室に集められた。中神さんはまだ泣いていた。美優が必死になぐさめている。
「僕達はみんな死ぬんだ!殺されるんだ!うわああああ!」
4年生の峯岸葵は両手で頭を抱えて酷く動揺していた。
僕達の様子を一通り見渡すと、ゆっくりと夕月刑事が話し出した。
「みなさん、この事件は解決しました。ご安心ください。」
「どうゆうことですか?」
長谷川先輩の事件を聞いて、すぐに出張から帰ってきた藤本先生が口を開いた。
「これを見てください。」
夕月刑事が取り出したのは、何やら文章が印刷された紙だった。
「これは長谷川君の遺書だと思われます。」
「遺書だって?」
みんな顔を見合わせた。動揺を隠しきれない…
続き
遺書

この僕長谷川拓海は、同級生の白石透真を屋上から突き落として殺しました。
2年前同級生の杉森翔太君が屋上から飛び下りで亡くなったのは、僕達のいじめが原因でした。一緒にサッカーを始めたのに、ひとりだけぐんぐん上手くなっていく杉森君が許せなくて、白石と二人でいやがらせを繰り返しました。でも、まさか自殺するなんて思いませんでした。杉森が死んでから二年間ずっと苦しんでいました。僕と白石は死んで杉森君に謝らなければなりません。本当にごめんなさい。

サッカー部キャプテン
長谷川拓海


パソコンで書かれたその遺書はそう綴られていた。全員が言葉を失った。夕月刑事は続けた。
「この通り遺書も見つかり、現場には鍵がかけられて完全な密室だった。よって自殺としか考えられないからな。」
「ちょっと待ってください、夕月刑事!」
僕はほとんど間髪を入れず質問をぶつけた。
「何だ、またおまえか!」
夕月刑事はうっとうしそうに僕を睨んだ。
「確かに昨日藤本先生は出張でいなかったから、部室の鍵は開けられない。でも門衛所のマスターキーは借りれる。借りた人がいたのかも…」
「もう調べてある。長谷川の死体が発見された時に借りた中神さん以外あの日マスターキーを借りた人間はいない。」
夕月刑事は淡々と話した。
「そんな…」
僕は言葉を失った。

僕はパソコンで書かれた遺書がどうしても気になっていた。遺書なのにどうして自筆で書かないの?附属小の子どもはほとんどパソコンを使えるけど、それでも不自然だ。でも、長谷川先輩が殺されたとしても犯人はどうやって密室を作ったの?鍵を持っている藤本先生は出張でいなかったし、門衛所のマスターキーは、長谷川先輩が死体で見つかるあの騒ぎまで貸し出されてはいない。いったいどうやって犯人は密室を作ったのだろう?
「パソコンで書いた遺書なのに、刑事さんは本当に長谷川先輩が白石先輩を殺して自殺したって思ってる?」
「ああ…」
夕月刑事は冷たく言い放った。
「失礼します。」
突然部屋のドアが空き、警察官が一人入ってきて夕月刑事に何か伝えた。
「そうか。みなさん新しい情報が得られました。」
「長谷川拓海君の死亡推定時刻は、今朝の8時頃ということがわかりました。」
朝8時その時間に部室で犯行が可能だった人って…
「もしその少年が言うように、長谷川君が自殺でないとしたら、殺せるのはたった一人しかいない。」
辺りに緊張が走る。確かに一人しかいなかった。
「そうでしょう?サッカー部顧問の藤本先生!」
夕月刑事は犯罪者に向けるような厳しい目で藤本先生を見た。
「わ、私が?なぜ…」
藤本先生はいつも堂々としている姿とはうらはらに動揺して焦りを隠せないでいた。
「部室の鍵を持っているのはあんたしかいないだろう?マスターキーを借りた者がいないなら、部室に入れるのはあんたしかいない。それに出張は12時からだったそうだな?午前8時なら十分犯行は可能だ!」
「私じゃない!私は犯人じゃ…」
「一応自殺、他殺の両方の線で調べる。あんたには署で話を聞かせてもらう。いいですね?」
夕月刑事は、藤本先生の肩をポンとたたくと、部屋の外に出るように促した。藤本先生の顔は酷くひきつっていた。

学校からの帰り道、僕、航太、美優の三人はショックで肩を落として歩いていた。この小学校で二人も児童が死ぬなんてー
「何でこんなことになっちゃったんだろ…」
美優は涙ぐみながら口を開いた。
「俺もショックで、どうしたらいいかわからない。」
航太も落ち込んでいた。
「なぁ修斗。やっぱり長谷川先輩は自殺なのかな?それとも藤本先生が…?」
少しの沈黙の後、僕は言った。
「いや、たぶんそのどちらでもないよ。」
「どういうこと?」
美優が不思議そうな顔で僕を覗き込んだ。
「まず、長谷川先輩の遺書だけど、遺書っていうのは自分の罪を告白するものだろ?だから、パソコンで書くのはちょっとおかしいよ。誰でも書けるし。」
僕は丁寧に自分が思っていることを説明した。
「じゃあやっぱり藤本先生じゃないの?」
「それもおかしいんだ。だって部室の鍵をを自由に使えるのは藤本先生だけなんだから、密室なんか作ったら自分が犯人です。って言ってるようなものだし…」
「確かに…」
僕の話に航太は納得したようだった。
「きっと他にあるんだよ。完璧な密室を作るトリックが。」
僕は事件のことを夢中で考えていて、危うく道路に飛び出しそうになっていた。
向こうからバイクが来ている。
「危ない!修斗!」
「うわっ!」
前をビュンとバイクが通りすぎ、僕は尻餅をついた。
ポケットに入れていたスマホが勢いよく飛び出して、5、6メートル離れた電柱にぶつかった。
「ボケッとすんなガキ!」
バイクの運転中は僕にそう吐き捨てると猛スピードで去っていった。
「いててて…」
「もう修斗、ぼーっとしてるから…」
美優がお母さんのように僕の服をはたいてくれた。
「あれ?スマホは?」
僕は両ポケットを叩いてみたが、自分のスマホがない!
「おーい、修斗こっちこっち!」
航太が電柱の方から呼んだ。これは僕のスマホだ。でも、外側のケースが割れている。

「あっちゃあ~やっちゃったぁ…スマホちゃんと動くかな?」
「もう~バカ修斗!ぼーっとして歩いているから…」
美優が呆れたようにちゃかした。僕は本体が壊れていないか気になっていた。壊れたケースを外し中を確認す。電源を入れ直していろんなアプリが機能するか試した。…どうやら無事みたいだ。僕はほっとすると同時にある光景が頭を過った。それは白石先輩が転落死した、あの場所の光景だった。たくさんばらまけれていた白石先輩の荷物…その中にスマホもあった。もしそのスマホが今でも機能するなら、何か事件解決に繋がるヒントが隠されているかもしれない。
「よし、警察署に行こう!」
僕は走り出した。
「待ってよ修斗!」
美優と航太も付いてきてくれた。

さいたま北警察署。これが僕達の学校から一番近い警察署だ。うちの学校に立て続けで起きた事件のせいで、警官も多く署内はざわついていた。僕達はこっそりと奥の階段から二階に上がった。二階に上がると「埼玉教育大付属小殺人事件関係」と張り紙が書いてある部屋を見つけた。あの部屋に入ると何か分かりそうだ。しかし、一般人の小学生が出入りできるような所ではない。警察官がうろうろしてる。気づかれたら僕達はつまみ出されてしまうだろう。
「警察官がいっばいいるね~」
「あんなに警官がいるのに、あの部屋に入るなんて無理よ。」
僕と美優が話していると、航太が手をポンと叩き言った。
「こんな作戦はどう?」
ひそひそと航太が僕達に耳打ちした。
「ええ~!何でそんなの…」
美優が思わず声を上げた。
「しー!しー!」
僕と航太で美優の口をふさぎ静した。でも、何だかんだ美優はやってくれる女子なのだ。

しばらくして捜査会議か何かだろうか?警察官の数が少なくなった。ほんの数人が部屋の前にいるだけだ。今がチャンスだ!航太がさっと美優の尻を触った。
「きゃあああ!」
美優が叫ぶと航太に強烈なビンタをお見舞いした。航太は少し飛ばされた。
「いてっ!」
突然の女の子の声に部屋の周りの警官達は駆けつける。
「どうしたんだ!」
「この男の子があたしのお尻を…」
そのどさくさに紛れて見張りがいなくなった部屋に僕は素早く入った。
部屋の中は白石先輩が殺された時の散乱物や長谷川先輩が首を吊ったロープがビニールに入れられていた。ここだ間違いない。僕は指紋がつかないように軍手をはめると、その中からあるものを探した。白石先輩殺害の現場に落ちていたスマホだった。あった!確かにあった。白石先輩の持ち物と一緒に保管されていた。ハードケースに入れられていたがケースは割れている。もしかして中身も壊れているのだろうか?僕はケースをそっと外すと、スマホの電源を入れた。壊れていなければいいが…
なんと、電源はちゃんと入っていた。そして僕はあることを確認した。もし、第一の殺人でこういうトリックが使われたとしたら…

僕が確認したのは、白石先輩のスマホに残されたアラームだった。それから殺されたはずの時間にかけられている謎の着信…
僕は白石先輩を殺したトリックが何となく分かった。たぶんこれを調べれば犯人も絞られるはず…
その瞬間、僕は誰かに首根っこを掴まれていた。見上げると、ものすごい形相で僕を睨み付ける夕月刑事だった。
「お前は何やってんだ!大事な遺留品なんだぞ!」
僕は壁に叩き付けられ、胸ぐらを掴まれた。
「小学生の探偵ごっこもたいがいにしろ」
夕方刑事は僕の目をじっと見つめながら迫った。僕も負けずに睨み返す。
「分かったよ…白石先輩殺しのトリックが。」
「何だと?」
夕月刑事の顔色が変わった。一度固まり、緊張が解けたように、ゆっくりと僕の胸ぐらから手を話した。
「犯人はスマホを使って、白石先輩を殺したんだ。最後の着信、電話をかけた奴が犯人だよ。」
夕月刑事は茫然と立ち尽くしている。僕はトリックのヒントを促し、失礼しましたと会釈をして、部屋を出た。
「おい、待て!」
あわてて夕月刑事が部屋を出て僕を止めたが、その声が僕に届くことはなかった。警察署の前には美優と航太が待ってくれていた。
「どうだった修斗!」
僕を心配してくれる航太の顔が何だかおかしかった。いつもは整ったイケメンの左頬がふっくら腫れているのだ。
「ぷっ!航太、顔真っ赤だよ」
「うるせーよ!」
「あはは!航太の作戦で警官を引き付けるのは成功だったけど、まさか航太がね~」
美優も笑ってた。三人で協力できたことが、何だかうれしい。
「途中で夕月刑事に見つかって怒られたけど、大丈夫だよ。白石先輩殺しのトリックもわかった。」
「本当かよ、修斗!」
「うん、でも確かめたいことがあるんだ。航太、白石先輩の家知ってる?」
「ああ知ってるよ。そんなに遠くないけど。」
「行こう!」
僕達は走り出した。
白石先輩の家は学校から2㎞くらいはなれた住宅地にあった。僕はチャイムを押した。
「はーい。」
中から声がした。最愛の息子を亡くし、心の傷が癒えていない家庭を訪ねるのは苦しかったけど、確かめなきゃいけない。

僕達を迎えてくれたのは優しそうなおばあさんだった。透真君と同じ部活の仲間ですと言うと歓迎してくれた。仏壇と白石先輩の遺影がある和室に通してくれた。先輩の両親は仕事で不在らしい。お葬式が終わってまもない頃なのに…
おばあさんは先輩の母方の祖母にあたるらしい。
「私は遠方に住んでるから、なかなか会えなくてね。まさか透真がこんなことになるなんて…」
おばあさんは声を詰まらせた。僕達は互いに顔を見つめて来てはいけなかったのかな…という雰囲気になった。僕は何も言えずにおばあさんの方を優しく叩いた。
「ただでさえ、あんなに淋しい思いをしていたのに…」
「淋しい思い?」
僕は聞き返した。少し胸がズキンとした。
「あの子が物心付く頃から、両親は仕事仕事の毎日だったんだよ。一人っきりで夜を過ごすこともあったと聞くよ。」
僕達が知っている白石先輩は暴力的で人をいじめるような最低な奴だった。でも、その先輩がこんな淋しい思いしていたなんて…
思わず言葉を失ってしまった。
「それに、透真の今の父親は本当の父親じゃない。透真が幼い頃、私の娘が再婚した相手なんだよ。娘から聞いた話だけど…」
悔しさを滲ませるように、おばあさんは続けた。
悔しさを滲ませるように、おばあさんは続けた。
「透真、あの男から暴力を受けてたみたいなんだよ。それも人には言えないようなイヤらしいことまで…何でもっと、もっと早く助けてやれなかったんだろう…あんなに優しくて可愛いくて良い子を…!」
おばあさんは手を握りしめて嗚咽していた。何てことだろう。白石先輩も苦しんでいたんだ。家庭で受けた虐待や孤独感のストレスを学校に向けていたんだ。知らず知らずのうちに自分が義理の父親から受けていた同じことを同級生や後輩にしていたのかもしれない。止めることができない負のスパイラルにはまってしまったんだ。本来の白石透真はおばあさんが言うように優しくて純粋な少年だったのかもしれない。遺影の中の白石先輩の笑顔が僕には痛かった。
おばあさんが落ち着くのを待って、僕は切り出した。
「おばあさん、透真先輩の部屋を見たいんですけど。」
「ああ、あの子がなくなって、全然掃除もできていないけど、よかったら…」

白石先輩の部屋へ入った。広さは8畳くらいで、勉強机とベッド、サッカー選手が貼ってある。まぁ、普通の男の子の部屋という感じだ。割ときれいに整理されていた。その中で僕が注目したのはベッドの左側。植物を一鉢おけるほどの板が壁に備え付けられていた。そして、その小さなスペースにスマホの充電器が置かれている。
「これだ。間違いなく、これがトリックだったんだ!」
「ねぇ、修斗。どういうことなの?トリックって何?」
美優がせかして聞いてきた。確認したいことはまだある…
「美優、航太、学校に行こう!」
「えっ?今からもう夕方だよ?」
「日が暮れるまで、何とかこの事件の真相が知りたいんだ!」
僕はおばあさんにお礼を言うと白石先輩の家を後にした。美優も航太も何とか僕についてきてくれた。なぜだろう。僕はこの事件を解かなきゃいけない。そんな気がした。不幸な最期を迎えた白石先輩や長谷川先輩のためにも。それから心の中でずっと泣いている犯人のためにも…


学校に着いたのは午後6時を過ぎていた。僕が向かったのは、白石先輩が落ちた校舎の屋上だった。一応警察は長谷川先輩が白石先輩を殺して自殺したか、唯一部室の鍵を自由に使える藤本先生の犯行だとマークしているから、屋上付近に警官は誰もいない。すぐに屋上まで上がることができた。今まで上がることを禁止されていただけあって屋上に続く階段はほこりだらけで、いろいろな荷物が置かれていた。かなり狭い。屋上まで行くと思った通りだった。屋上のフェンスは僕達小学生が簡単に越えられる高さだし、フェンスの外にも落ちるまで1メートルくらいの余裕があった。
「やっぱり。間違いない犯人はこのトリックを使ったんだ。」
「いよいよ大詰めだよ、美優、航太。あとは長谷川先輩の事件の密室の謎と犯人の正体を暴くだけだ。」
「ちっ…」
決意を新たにする僕達の背後に黒い影が舌打ちをしていた。
「誰だ!」
航太が振り返ったが、もうそこには誰もいなかった。
いったいどうやって犯人は長谷川先輩殺害の密室を作ったんだろう?そればかりを考えて僕達は学校中を歩いた。何か、何か手掛かりはないか?校舎を出ようとした時、事務の先生達の声がした。

「事務長先生、はこの中身注文した品と違っていますよ。」
「しょうがないな。業者に連絡して取り替えてもらおう!」
そんな会話だった。それを聞いた時、僕の中で一つの仮説が生まれた。
「箱が同じで中身が違う…まさか…」
「どうした修斗、何か気づいたか?」
航太が僕に尋ねた。サッカー部の部室のことは僕よりもはるかに航太の方が詳しい。逆に航太に質問を返した。
「うん。一つの可能性が浮かんでいるんだけど…。航太サッカー部員として答えてほしいんだ。」
「何?」
「部室の鍵の複製ってできると思う?」
「複製って鍵をコピーすることだよな。たぶん無理かなあ~。」
「どうして?」
「この学校、警備がすごく厳重だろ?建物も新しいから鍵は全部電子キーらしいんだ。仕組みはよくわかんないけど、形もほとんど同じ鍵にデータが仕込んであって、鍵穴でそれを読み込むんだって。」
「すごいね。こんな子どもが使う部室の鍵にもそんな仕掛けがあるのね。」
美優が感心していた。
「だから、複製なんてできないよ。まぁ、鍵の救急車にでも行けば同じ形の鍵はできるかもしれないけど、それじゃ扉は開かないよ。」
「なるほどね。このトリックには十分だよ。」
僕の言葉に不思議そうに航太は首をかしげた。
「十分?鍵が開かなきゃ意味がないじゃん。それに鍵はいつも藤本先生が管理してるから、返さないとばれるよ。たまにうっかり持ち帰る奴もいたみたいだけど、すぐ翌日には返してた。」
「じゃあ、門衛のマスターキーは?」
「門衛所のマスターキーは管理がもっと厳しいよ。非常時しか使わないけど、毎日守衛さんが管理してるし、借りる時は名前を書かなきゃいけないんだよ。記録も残るからマスターキーは使えないよ。刑事さんの話だと長谷川先輩が死んだ朝マスターキーを借り人なんかいないらしいし。」
僕は過去にあの人がしていた会話を思い出していた。間違いない。
「うん。航太ありがとう。分かったよ。あの密室のトリックが。そしてそれができた人間は一人しかいない。」
「うっそ‼本当に?」
美優が目を丸くして驚いていた。
「誰なの?犯人は…」
「いや、あの人が犯人だと睨んではいるけど、まだ証拠がなくて… 」

日が暮れかかっていたが、僕達はまだ帰らなかった。あんな事件が起きて、当然のことながらどこの部活もやっていない。グランドを駆け回る子ども達の声が何だか懐かしかった。あの日々にまた戻れるかな?この事件をきったけに非日常となった僕達はいつしか日常を求めていた。
「あれ?部室に灯りがついてる。」
気がついたのは、航太だった。僕達は誰がいるのか?確かめるために部室へと入った。中にいたのは、副キャプテンの田中陸先輩、マネージャーの中神有希奈、4年生の峰岸葵の3人だった。田中先輩は泣いていた。
「どうしたんですか、こんな時間に?」
僕は尋ねた。
「俺、部室に忘れ物して鍵を借りに藤本先生のところに行こうとしたら、藤本先生が参考人で連れていかれたって…」
声を震わせながら田中先輩は言った。門衛所に行って鍵は開けてもらったけど、何かやりきれなくて…
辛いよ。俺達、どうなるんだ?」
唇を噛みながら、田中先輩はうつむいた。やっぱり部室のカギを自由に使える藤本先生が一番の容疑者なんだ。それか遺書の通り、長谷川先輩の犯行…警察はそう思ってるんだ。
「私も、体操服を部室に置いてて取りに来たんだけど、苦しくて陸先輩と事件のこと話してたの。」
そこにいたのは、いつもの気が強い中神さんじゃなかった。落ち込んで、気力を失っているようだ。
「本当に長谷川先輩が、あの朝白石先輩をラインで呼び出して殺して、自殺したの?それとも藤本先生が…?」
「お前そんなこと言うなよ!藤本先生がそんなことするわけないだろ!長谷川だって、人殺すような奴じゃ…」
温和な田中先輩が珍しく声を荒げて中神さんを叱りつけた。
「だって、だって… 」
中神さんは涙を流し両手で顔を押さえた。
「僕ももう限界だよ…寝ても覚めても白川先輩や長谷川先輩の死体が目に焼き付いて……うわぁぁぁぁぁ!」
峰岸もパニックになっていた。僕達もそうだけど、10歳そこらの子どもが殺人事件に遭遇し、残酷な現場を目の当たりにする。みんな限界なんだ。みんな心に傷を負っているんだ。僕は悲しくなって、胸をぎゅっと握りしめた。

えっ…?ちょっと待てよ。あの時、長谷川先輩は…

僕は埼玉北警察署に電話をした。夕月刑事に昼間のことを謝罪するためと、あることを確認するために。
「すみません。夕月刑事にお話があるのですが…」


「すみません、ありがとうございます。」
夕月刑事としばらく話をして、僕は電話を切った。
三人で部室を後にすると、人気のないところで僕は立ち止まった。
「美優、航太、僕の推理を聞いてくれないか?」
「修斗、もしかしてこの事件の謎が解けたの?」
「うん、パズルは解けたよ!すべての謎が一つになった。」
「本当か?誰なんだよ犯人は…!」
「航太、今から説明するよ。ねぇ、今日は何日だっけ?」
きょとんとした表情で航太は答えた。
「5月9日だけど。」
5月9日…まさか今日は

犯人との決戦が間近にせまっていた。

その夜がふけた頃、一人の影が屋上に上がっていった。その手には、たくさんの花束を抱えて。その人物は白石先輩が落ちた場所に静かにその花束を置いた。
「…」
「その花は、誰のための花?」
僕は尋ねた。その人物に気づかれないように屋上の隅に隠れていた。黒い影の人物は何も言わず屋上のフェンスを背にして、じっと僕を見つめた。
「今日5月9日は、君の大切な人の命日だよね。」
「…」

影の人物は何も言わなかった。
「杉森翔太。君の大切な人だよね?」
その名前を聞くと、その人物はピクリと反応した。
「修斗!事件の関係者をみんな連れてきたよ!」
美優と航太を筆頭にぞろぞろと事件の関係者達が屋上に入ってきた。
「どういうことだ?なんでその人が…」
出てきた関係者の一人が聞いた。
「それは、今日が2年前この屋上から転落死した杉森翔太君の命日だからさ。この人にとって杉森君は特別で、大切な人だったんだよ。」
「何だって?杉森が…」
ひとりの事件関係者が口にした。
「そう。そしてこの人こそ、白石先輩と長谷川先輩を殺した犯人だ!」
あたりがざわついた。
月明かりがひとりの事件関係者の姿を照らした。それはサッカー部副キャプテン田中陸先輩だった。僕達側の人間、つまり犯人ではない。
「おい、どういうことだよ。あの部屋は鍵がかけられていて、密室にできるのは中にいた長谷川か、鍵を持っている藤本先生しか…」
田中先輩は動揺した様子で聞いてきた。
「できる。としたら?」
僕は静かに言った。そしてまた僕達側の人間を月明かりが照らした。養護教諭の緒方菜々子先生だ。
「そんなこと不可能よ。だってこの学校の鍵はすべて電子キーで、複製はてきないのよ。同じ形の鍵は作れても、それじゃあ、鍵として使えないわ。」
「同じ形の鍵でも作ることができれば良かったんだよ。こんな風にね!」
僕はポケットから一つの鍵を取り出した。夜なので階段の電灯と懐中電灯を点けて見てもらった。鍵のキーホルダーは学校のもので、「サッカー部 部室」と書かれている。
「それは、部室の鍵!」
関係者みんなが口をそろえて言った。
「本当?よーく見てみて。」
僕は注意を促した。そしてまた、月明かりが僕達側の人間の姿を照らした。4年生の峰岸葵だ。
「あっ!違う。それ部室のカギじゃないよ。形が違うもん。」
「そう。これは部室の鍵のキーホルダーにうちの家の鍵を付けたものだよ。あの時、犯人がしたことはこれと同じことなんだ!」


ざわざわと、みんなが反応した。僕はフェンスに背を向けた犯人に向かって言った。
「君は前、僕と話した時こんなことを言ったよね。一週間くらい前、長谷川先輩が部室の鍵を持って帰ってしまって、部室の鍵を開けるのに門衛所からマスターキーを借りなきゃいけなかったって。」
ガタガタと犯人が少し震えているのが分かった。
「それこそが、この密室トリックを完成させる重要なした準備だったんだ。」
「なぁ、修斗、順を追って説明してくれないか。俺未だによくわかんなくて。」
航太が言った。あとのみんなもそれを求めている。
「うん。まず、犯人はわざと長谷川先輩の荷物に部室の鍵を紛れ込ませてそれを持ち帰らせた。」
「どうしてそんなことを?」
緒方先生が聞き返した。
「門衛所で、マスターキーを手に入れるためさ。」
「マスターキーを?」
「そう。マスターキーを借りて、それを事前に作っておいたニセモノの鍵にすり替えたんだ。キーホルダーだけ本物を付けてね。」
「そっか。マスターキーは何かあった時しか使わないから、バレる可能性も低いわ。」
緒方先生は納得してくれたようだ。
「でもさ、何で鍵を持って帰らせたのは長谷川先輩だったんだ?」
「たぶん、犯人は以前に、ニセモノの鍵を作るために一度部室の鍵を持ち出したことがあるんだよ。それが二回も続くと、怪しまれるかもしれない。だから親しい長谷川先輩に鍵を持ち帰らせたんだ。ゆくゆく罪を擦り付けるためにも、その方が都合が良かったんだ。」
「そんな前からこの事件が計画されていたなんて…」
田中陸先輩が声を震わせながら言った。
「でも、修斗。犯人はいつ本物のスペアキーを返したの?長谷川先輩が亡くなった時、スペアキーで部室のドアを開けられたじゃない?」
美優が率直な質問をぶつけた。きっとみんな思っていることだろう。
「本物とすり替えるチャンスは一度だけあったんだよ。」
「まさか…」
美優が口を押さえながら言った。
「そう、美優は気づいたようだね。長谷川先輩の事件の時、藤本先生もいなくて、門衛所に鍵を取りに行くしかなかったまさにあの時だよ!」
「つまり犯人は誰にも怪しまれずに、あの時スペアキーを取りに行くことができた人物…」
懐中電灯が犯人を照らした…
懐中電灯が犯人を照らした…
「マネージャーの中神有希奈さん!」
そこにいたのは、マネージャーの中神さんだった。花束を持って一人で屋上に来た影の正体は中神さんだ。
「な…中神さんが…」
みんな驚いて中神さんに注目した。
「何なの!私は白石先輩が亡くなった屋上に、弔いの花を持ってきただけ。それだけなのに私が犯人って…」
中神さんは焦りながら言った。
「中神さん、この密室トリックができたのは、毎日部室の鍵を開けている君しかいないんだよ。」
僕は中神さんの目を見て、真剣に言った。
「それだけじゃ、私が犯人ってことにはならない。だって藤本先生なら、そんなめんどくさいことしなくたって長谷川先輩を殺せるじゃない。」
中神さんはむきになって、言葉をぶつけた。その瞳はどこか悲しい。
「中神さん、君は何気ない会話の中で犯人しか知らないことをしゃべってるんだよ。そしてそれが犯人が君だってことを確信させたんだ。」
僕は力を込めて言った。ここでひるんじゃいけない。
「えっ…?」
中神さんの表情が変わった。

僕はゆっくりと話し出した。
「中神さん、夕方みんなが部室に集まった時話してたこと覚えてる?」
「何よ?あの時の話がどうしたの?」
中神さんは少し童謡したようだった。
「あの時いたみんなも思い出してほしいんだ。みんな事件のことで落ち込んで、それぞれが不安を口にしていた。あの時の中神さんが言ったこと…」

夕方部室で…
「本当に長谷川先輩が、あの朝白石先輩をラインで呼び出して殺して、自殺したの?それとも藤本先生が…?」

僕は続けた。
「この会話の中に、犯人しか知らないことがあるんだ。」
「あっ…」
美優が何か気づいたようだ。
「確か始めに刑事さんに疑われた時、長谷川先輩はメールで呼び出されたって言ってた!」
その言葉を聞いて、中神さんは、一気に青ざめた。
「そうだよ美優。あの時長谷川先輩はメールで呼び出されたって言ってたんだ。だけど、実際はほら!」
僕は警察から借りてきた長谷川先輩のスマホを見せた。確かにあの日白石先輩から呼び出しのメッセージがラインで入っていた。僕はさらに中神さんを問い詰めた。
「長谷川先輩はきっと、携帯をスマホに変えたばかりで、メールとラインの区別がまだつかなくて、あの時間違えたんだ。」
「みんなの前で、メールって言ったのに、何で中神さんはメールじゃなく、ラインで送られたものだと知っていたのか?」
僕は中神さんに近づき言い放った。
「それは中神さん、君が長谷川先輩を呼び出した本人だからだよ。」

辺りがシーンとなった。
「中神…本当にお前が白石と長谷川を…?」
田中陸先輩が青ざめた顔で中神さんに言った。
中神さんは下を向き、震えながら少し唇を噛んだ。
「…そ、そんなの言葉のアヤってやつでしょ?私がいつもラインを使っているから、拓海先輩もそうじゃないかって思っただけ。」
「だいたい、白石先輩の時はどうなの?白石先輩がこの屋上から突き落とされた朝の6時頃、私は学校に来ていなかった。私に白石先輩が殺せるわけないじゃない!」
中神さんは少し目を潤ませてそう言い放った。僕は一度目を閉じた。
「できるとしたら?」
「…!?」
「中神さん、君はあるトリックを使って遠く離れた場所から白石先輩を突き落とすことができたんだよ。」
「そんなこと不可能よ。どうやって?」
緒方先生が辺りをきょろきょろと見回して聞いた。
「これを使ったんだよ。」
僕は警察から借りてきた白石先輩のスマホを出した。
「スマートフォン?そんなものでどうやって殺すってんだ?」
僕は静かに続けた。
「ねえ、航太。航太は朝どうやって起きる?」
僕は体を航太に向けた。
「えっ?どうやってって、自分でアラームをセットして…まさか!」
「そう。アラーム。中神さんはスマホのアラームを使って白石先輩を殺したんだよ。」

「何だって!アラームを使って殺しただと?」
田中先輩が目を丸くさせている。僕は説明を続けた。
「そう。航太、白石先輩の部屋の様子覚えてる?」
「普通の部屋だったけど、何かあるのか?」
「確かに普通の部屋で間違いないんだけど、ベッドの左側に植物を一鉢くらい置けるような小さいスペースがあっただろ?あそこにはスマホの充電器があったから、いつも白石先輩はあの場合で充電していたんだよ。」
充電器とアラームの関係。それだけじゃちょっと分かりにくいので、僕は付け加えた。
「白石先輩の携帯には朝の6時にアラームがセットしてあった。そして、スマホを充電するとしたらだいたい夜だよね。」
少し考え込んでいた航太が口を開いた。
「つまり、ベッド横でアラームが鳴って白石先輩は朝起きていたってことか?」
「そうだよ。それが白石先輩の習慣だったんだ。そしてその習慣をあの夜中神さんは利用したんだ!」

「いったいどういうことなの?」
美優が聞いた。
「みんな考えてほしいんだ。自分は寝ていて、朝アラームが左側で鳴っていたらどうやって止める?」
僕は全体に目を向けて話した。
「そりゃあ、手を伸ばして…」
航太が手を出して実践してみせた。
「そこだよ。そうやってアラームを止める行動で白石先輩はバランスを崩して屋上から落ちたんだ。」
「あの夜、中神さんは掃除当番で最後まで残っていた白石先輩を気絶させるか眠らせるかして拉致した。そして白石先輩を屋上まで運んだ。校舎にはエレベーターがあるから女の子一人でも運べるよね。そして白石先輩を屋上の手すりの奥に寝かせた。先輩のスマホを本人の身体上に置いてね。」
「何で身体の上なの?」
今まで黙っていた嶺岸葵が口を開いた。僕は嶺岸に身体を向けて続けた。
「うん。白石先輩と一緒にスマホも落として壊すためだよ。たぶん犯人の計算でスマホはアラームの記録を残すために先輩と一緒に落ちて壊れるはずだった。でも意外と携帯やスマホって強いんだよね。軽いし、屋上から落ちたくらいじゃ壊れなかった。だからアラームの設定が残ったままになってたんだよ。」
中神さんは涙目を少しつり上げた。
「何よ!アラームの記録が残ってたって、ただ単に白石先輩がそのアラームを朝起きるためにセットしてたってだけじゃない。」
「だから、電話をかけたんだね。」
僕は中神さんに焦点を合わせた。
「えっ?」
ギクリとする中神さん。
「きっとアラームだけじゃ白石先輩が転落するのかわからなかった。もしかしたら、睡眠薬で眠らされた白石先輩が起きない可能性だってあった。だから、君はあの朝電話を一本入れている。ちゃんと記録が残っているよ?」


僕はスマホの場面を中神さんに見せた。アラームの記録の他にあの日の6時に何者かの着信があった。
「そんな着信がどうしたのよ!そんな公衆電話の着信なんか…はっ!」
中神さんは慌てて口をふさいだ。
「ねぇ、中神さん僕はこの着信、公衆電話からなんて一言も言ってないよ。」
みんなの視線は中神さんに集中した。下を向いて震える中神さん。
「中神有希奈、君の近所の公衆電話から君の指紋が発見された。やたら新しい指紋だ。通話記録を見れば、いつどこにかけられたものかわかるだろう…。」
夕月刑事が現れた。落ち着いた物腰で、一番の容疑者だった藤本先生を連れて。
「中神、君は杉森の…」
藤本先生が口を開いた。中神さんの正体は警察も調べて分かっていた。夕月刑事が話し出した。
「中神さん、君のお父さんとお母さんは2年前に離婚しているね。そして、君のもとの名字は杉森。」
ゆっくりと中神さんは顔を上げた。すべてを観念した様子でその表情は優しささえも感じられた。
「そうよ。私のもとの名前は杉森有希奈。長谷川と白石にいじめられて殺された杉森翔太の妹よ!」

「中神さん、君の大切なお兄さんだったんだね。」
中神さんの悲しみが伝わって、僕も悲しくなった。中神さんは語りだした。

(中神の回想)
2年前、私が小学3年生だった頃の私の誕生日、お兄ちゃんは私に大きなぬいぐるみを買ってきてくれたの。
「ほら、有希奈。プレゼント!」
「うわぁ!お兄ちゃんありがとう!」
かっこよくて優しくて勉強も運動もできる、本当に大好きなお兄ちゃんだった。
ぬいぐるみだって、お兄ちゃんがお小遣いを貯めて買ってくれたものだった。毎日遅くまでサッカーを頑張って勉強だってやって、自分だってほしいものあったはずなのに…
そして私の誕生会の時、お兄ちゃんの頬に傷があるのを見つけたの。
「あれっ?お兄ちゃん頬どうしたの?」
「ああ、何でもないよ。ちょっと転んだだけ。」
何かを隠してるような、抱えこんでいるようなお兄ちゃんの表情…そしてある日部屋で机にふさぎこんで泣いているお兄ちゃんを見たの。
「お兄ちゃん?どうしたの?ねぇ!」
「何でもないよ。有希奈、
僕が弱いだけなんだよ。」
そのままお兄ちゃんは部屋を出ていってしまった。あんなに強くてしっかりもののお兄ちゃんが泣いてるところなんて見たことなかったのに…。
そして翌日お兄ちゃんは…

私は受験に落ちてお兄ちゃんと同じこの附属小には通えなかった。あの日友達と下校中、附属小へ入る救急車に遭遇した。
「救急車?何があったんだろう?あそこって埼玉大学の附属小でしょ?」
野次馬達がざわついていた。
「おい、小学生が落ちたらしいぞ。」
そんな声が聞こえて、私は胸騒ぎがした。私は友達の制止をふりきって私は附属小の中に入った。この校舎まで来た時に見たのは変わり果てたお兄ちゃんの姿だった。ぐったりと目を閉じて全然動かない、周りの人は「もう死んでる」って言ってた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、目を開けてよ!ねえ!」担架に乗せられて運ばれていくお兄ちゃんに私は泣きついた。身体はもう冷たかった。
「君、下がってなさい!」
「いや、いや…そんな…お兄ちゃんが…いやあああああ!」

「君のお兄さんは自殺だったんだな?お兄さんは長谷川と白石のいじめに耐えかねて…」
夕月刑事が悲しい目で中神さんを見つめた。
「違うの…」
中神さんは口をつぐんだ。
「違うってどういうこと?」
僕が聞いた。
「お兄ちゃんは自分で死を選んだんじゃない!長谷川と白石に殺されたの!」
中神さんは顔を両手で押さえた。
「殺されたってどういうことだよ。」
田中先輩も酷く混乱している。

(中神の回想2)
私も最初そう思ってた。きっとお兄ちゃんはいじめが原因で自殺したんだって。だから私は編入試験を受けてこの学校に入ったの。お兄ちゃんの死の真相を知るために…
いろいろ調べて、私はこのサッカー部にいじめがあったって事実を掴んだ。だからマネージャーとしてサッカー部に入ることにしたのよ。
いろいろ調べて、私はこのサッカー部にいじめがあったって事実を掴んだ。だからマネージャーとしてサッカー部に入ることにしたのよ。長谷川と白石のよくないい噂は聞いていた。こいつらなら何か知っているんじゃないかと思って、わざと長谷川に気があるふりをして近づいたの。
あれは5年生になってすぐのことだった。ついに私は二人の話を聞いてしまった。夕方誰もいなくなった部室でのこと…
「長谷川、それにしてもよかったよな。杉森のこと。」
「ああ、あいつが屋上から落ちた時はびびったけど、事故ってことで片付いたみたいだし…」
「まさか、俺達が杉森をいじめて屋上で自殺ごっこさせてたなんて、誰も思っていねーしな!」

えっ…?自殺ごっこ?

「長谷川が悪いんだぞ。杉森をボコったり、教科書破いたり、ユニフォーム捨てたりするだけじゃ足りなくて、自殺ごっこさせようなんて…」
「おいおい、白石、お前だって楽しんでいただろう。ビビる杉森を屋上のフェンスの向こうにいかせて、突き落とす。落ちる前にちゃんと止めるはずだったのに、うっかり手がすべっちまって…」
「結果、殺したのはお前だよな長谷川!でもうけるぜ、あいつのランドセルに付いてたクマのキーホルダーを取り上げて、返してほしかったらフェンスの向こうを歩け!って言ったらほいほい言うこと聞いて。あんな女みたいなキーホルダーのためにバカな奴だったよな~!」

そのクマのキーホルダーはぬいぐるみのお返しに私が買ってお兄ちゃんにプレゼントしたものだった。全然お返しになってないけど、喜んでくれて…。お兄ちゃん、それをずっと大切にしてくれてたんだ。
それをあいつらは、あいつらは…!あいつらがお兄ちゃんを殺したの!お兄ちゃんは自殺するような子どもじゃなかったもの!

お兄ちゃんを殺したあいつらだけは絶対に許さない!


中神さんは目から大粒の涙を流して、両手をぎゅっと握りしめた。
「何てことだ…杉森は自殺じゃなかったんだ。しかも長谷川に殺されていたのか…!」
確かに長谷川先輩達が話していたことが本当なら、杉森君を脅してフェンスの向こうを歩かせ、その後ろから長谷川先輩が押した。止めるつもりだったが、手がすべって結果的に杉森君は転落した。…事故に近いとは言え、これは殺人と変わらない。これが2年前の真実だったんだ。
「すまなかった!中神!」
夕月刑事と一緒に来た藤本先生が中神さんの前に駆け出して土下座をした。
「あの時、私がいじめの事実にちゃんと気づいていれば…!杉森を助けてやれたかもしれない!何となく杉森に元気がないことは分かっていたのに…何もしてれなかった。」
地に頭を擦り付けて、必死で謝る藤本先生…。
「藤本先生、あなたも同罪だと思っていました。あなたは教師。サッカーより何よりいじめのない、良いチームを作ってほしかった。」
中神さんは声を震わせて藤本先生に言った。そして屋上のフェンスの向こうへ歩いた。
「中神さん、何を!」

僕は慌てて前に乗り出した。
「来ないで!」
中神さんが叫んだ。
「私は長谷川と白石を殺して復讐は終わったの…きっと向こうでお兄ちゃんが待ってる…」
中神さんは力尽きた表情で身を乗り出そうとした。
「そんなの間違ってるよ!」
僕は力の限りを込めて叫んだ。中神さんの身体が止まり、震えた目からで僕を見つめた。
「君のお兄さんは、妹がくれたキーホルダーを長谷川先輩達に何をされても取り返そうとしてたんでしょう?そんな優しいお兄さんが君が死ぬことを望んでいるわけないじゃないか!」
「君がやったことだってそうさ。長谷川先輩と白石先輩を殺した君をお兄さんが見たらどう思う?そんなに優しかった杉森翔太君が復讐で手を地に染めた君を見て、喜んでいるとでも思うの?」
僕も涙が溢れた。みんなも悲しそうな目で中神さんを見つめている。
その瞬間だった。一人の少年が中神有希奈の後ろにいた気がした。きれいな顔立ちをした10歳くらいの少年だった。少年は優しくて、ほんの少し悲しげな表情をして中神さんを抱きしめた。
「有希奈…」
そう声が聞こえた。
「お兄ちゃ…」
時が止まったようにきょとんとした表情の中神さん。少年に抱きしめられることで彼女の心の氷が溶けていくようだった。
「う…う…うわぁぁぁぁ!」
中神さんはその場で泣き崩れた。中神さんはその後、夕月刑事や藤本先生から助け出され、無事に保護された。
こうして僕達を恐怖に陥れた殺人事件は幕を下ろした。小学生に小学生への殺人、復讐という心の傷を僕達に残して…。
屋上から無事に下りて警察に連行される中神さんを僕は呼び止めた。
「あっ…中神さん、君に言っておきたいことがあるんだ。」
ゆっくりと中神さんは顔を上げた。
「君はこれで終わりなんかじゃないよ。罪を償い終わったら、きっとやり直せる。いつだってやり直せるんだよ。きっと翔太君もそれを願ってる。死んでしまった人が願うのは残された、大切な人の幸せだと思うからさ。」
初夏の肌寒いけど、どこか温かな風が僕らを包んだ。
「ありがとう、修斗君!」
今まで見た彼女の笑顔の中で一番最高のものだった。本来中神さんは明るくて優しい女の子なんだ。

数ヵ月後…
事件のことで慌ただしかった学校も何とか落ち着き、部活も再会された。今日は隣町の小学校との練習試合だった。僕と航太は選手として出場、美優はマネージャー。そう、僕たちは正式にサッカー部員になった。
美優がタオルを巻いてベンチで応援している横で一人の男の人が現れた。夕月刑事だった。
「よっ!美優ちゃん」
事件の時とは違い、柔らかい物腰だ。
「夕月刑事、どうしてここに…」
美優はびっくりして聞いた。
「ああ、中神有希奈がすべてを自供したから、あいつ(修斗)にお礼を言わなきゃと思ってな。あいつの力がなきゃ、事件は解決しなかった。」
「本当。私もびっくりしちゃった。あいつがあんな推理力発揮するなんて…」
ちょっと貯めて、美優が気になってたことを聞いた。「あの、中神さんはどれくらいの罪になるんですか…。」
「そうだな。犯した罪は重いけど、動機が動機がだしな。反省もしているようだから、大人になって社会復帰は充分可能だと思う。」
「そうですか。」
美優は少し安心した。
「それからお前達も白石のおばあさんから聞いていたそうだが、白石透真は母親が再婚した相手からずっと虐待を受けていたらしい。長谷川も両親が不仲で家庭環境は決して良くはなかった。離婚調停中で、拓海の親権を押し付け合っていたらしい。」
「酷い…!」
美優が表情を曇らせた。
「あいつらが人をいじめていたことも決して許されることじゃないが、あいつらなは、ストレスの捌け口を友達や部活の後輩に向けていたんだな。その負の連鎖はなかなか断ち切れない。俺にとっても忘れられない事件になったよ。」
有月刑事は真剣な表情で美優に語った。
「やりきれないです。」
美優も下を向いた。
「それよりも美優ちゃん」
「?」
「修斗に惚れたろ!」
「…!!!」
夕月刑事がころっと表情を変えて、ふざけて美優を茶化した。
「バカなこと言わないで下さいよ!何であんな奴…! 」
美優が顔を真っ赤にして反論する。だけど、何かまだ言いたげだった。
「…そ、そうですよ。背は小さいし不器用だけど、がんばり屋で最近サッカーも上手くなって…それよりも事件を解く時の顔がかっこいいなって…」
美優は照れながら、自分の気持ちを話した。
「あっ!ぜったい他の人には言わないで下さいよ!」
ちゃんと釘も打った。
練習試合は後半戦残り1分を切っていた。1対1でこのままだと引き分けだ。僕はサッカーをはじめて数ヵ月、今日は(補欠で)FMをさせてもらっていた。足だけは早いのだが、サッカーの技術はまだまだだ。
「修斗!打て!」

航太からの的確なパス、僕は自信がないながらも精一杯ボールを蹴った。脚はボールに当たったが、僕はバランスを崩して倒れた。ボールはゆっくりと弧を書いてゴールキーパーの出前で落ちた。
「こんなのすぐ止められる。」
とキーパーは思ったが、そうは問屋がおろさない。蹴ったのは僕だ。思ってもいない方向にボールははじかれ、運良くゴール!!
そこで試合終了のホイッスルが鳴った。
「やったぞ!修斗!」
みんな歓声を上げながら僕に近づいた。
「えっ…?入ったの?」
何が何だか分からなくなってる僕に美優が叫んだ。美優は興奮すると我を失ってしまう。
「やった~!修斗!だーい好き!」
言った後で事の重大さに気づいたが、顔を赤くして口に手を地に当てた。
(もう遅い…)
「おいおい、言ってるそばから自分から告白かよ…」
夕月刑事は呆れ顔だ。
「おー!告白かよ!熱いね~」
男子は大盛り上がり。美優の告白に熱狂した。当の僕はというと…
「おい、修斗?」
航太が僕の目の前で手を振るが僕は美優の告白のあまりの衝撃で固まっていた。
そして…バタン
一筋の鼻血を垂らすと僕は大の字に倒れて失神した。
「修斗~!」
みんな大慌て。最後まで人に迷惑をかける僕だった。
快晴の空が僕達の上には広がっていた。


これが、僕達と夕月刑事が出会った最初の事件。僕にとっても忘れられない事件だ。この事件をきっかけに僕達はサッカー部の部室に探偵グラブを結成。忙しく…はないけど、楽しくやっている。
あっという間に先輩達が卒業して僕達は6年生になった。だけど、6年生になってすぐに、あんな悲劇が僕に襲いかかるなんて、この時の僕は思ってもいなかった。
(完)
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