- 2010⁄08⁄19(Thu)
- 22:16
再会(「なんとか峠」
峠での斬り合い、重四郎の道場での乱闘、捕らわれの無念、熊造による乱暴な肛姦、中坪の
宴会、竹内と三次との淫猥な夜、そうして次々と続いてきた運命の急流に浪乃進は押し流さ
れて来た。「江戸で母上に別れてから、ほんの一月も経ていない内に、この浮世の底の底まで堕
ちてきてしまった。まだ、この世には底が、底の抜けた地獄があるのだろうか」と浪乃進は思う。
紅くも屋の域内で通称「西奥」と呼ばれるこの座敷は驚くほど森閑としている。浪乃進は縁
近くに座って古びた庭と前栽を眺めている。この棟は後ろには木立の深い山の鼻を回ったとこ
ろにあり、遊郭本体の建物とは小山に隔てられている。距離的にもかなり離れているので、三
味線の音や酔客の声、遊女の嬌声なども、夕暮れ時からほんの時たま風にまぎれて聞こえて
くる程度だった。
ここで、浪乃進は、しばらく中坪の暑苦しいガマの顔を見ずにすんでいる。あの夜以来竹内が
浪乃進の身柄を預かり、中坪の意向をさえぎっているらしい。平穏がここにはある。これを平
穏と呼んでいいのだろうか。
昼過ぎから、浪乃進は湯屋に降りていた。「西奥」の湯屋はブナの谷を降りたところにあり、
湯船は自然石で、こんこんと熱い湯が湧いていた。
そこで、湯に漬かって、何度も何度も肌を洗いすすぐ。香料を詰めた袋で、全身の肌を撫でる、
湯に漬かる、風になぶらせてから、また肌をすすぐ。腋も脛も、指で探るようにして、一毛も
残さず剃り落とす。性器の根元の陰毛は剃らず、その周辺を刈り込んで可愛らしい茂みに仕
上げる。
崖の下の厠に入って、大小の用を足したあと、再び湯で温まり、三次に持たせられた小壷を
取り出す。薬草と蜜を練り合わせたどろどろしたものをすくって、顔をしかめながら、自らの
尻の間を探り、肛門深くに指を差し込んで秘薬を塗りこんでゆく。自分の指の動きで起こる
異様な感覚に身震いしながらも、肛門が秘薬になじんでくるまで、指をそろそろと出し入れし
続ける。どろどろした秘薬は次第に浪乃進の肛門のしわの一つ一つに染み入り、腸の襞という
襞になじんでいく。湯で温まったことと相乗して、やがて浪乃進の肛門はふっくらとほころび、
開花寸前の小菊のように盛り上がった。湯の中で指先にその柔らかな感触をもてあそんでいる
と時を忘れてしまう。こんな愉しみを、世の幾人の男が知ることだろう、と浪乃進は思ってし
まう。
浪乃進は一心に肛門の手入れをする。あとは部屋に戻ってから香油を塗って艶をだせばよい。
浪乃進は谷間の湯屋で、長い長い時間をすごした。課せられた体への処置が終わっても、浪乃
進は湯船を離れようとはしなかった。谷川の音と、郭公の声を聴き、湯船の縁に腰掛けて湯に
足先を入れ、なにとなく洗い髪をすいていると、全身がブナ林の緑に染まっていくようだった。
浪乃進は生まれて初めて、自分の肌と髪をいとおしむという快楽に溺れていた。また、自分の
体の穴、というものをこれほど意識的に手入れをしたことも初めてであった。
座敷の小机には竹内が差し入れてくれた数帖の書籍が載せてあった。街道筋のやくざの隠居
の持ち物としては、いかにも不自然な書目であった。江戸でさえ、このような書籍を捜し求め
るには金銭のことはおくとしても大変な苦労をすることになるだろう。竹内は、もしかして武
家の出身なのではないか。しかもかなりの名家の出かもしれない。その謎も浪乃進の頭を離れ
なくなっていた。
湯から戻って、浪乃進は、その書籍を開いてみたが、頭に霞がかかったようになっていて、どう
にも読み進められなかった。なかなかに乾こうとしない洗い髪を無意識に指でいじりながら、
浪乃進の目は、明るい庭と前栽をさまよっていた。そして浪乃進の心はといえば、夜の記憶に半
分は捕らわれていた。
ここ何日か、竹内老人との夜は穏やかと言ってもいい。
先夜は、浪乃進の乳首に紅を捌かせて、うすもみじの裾絵の腰巻一つにされた。
「そのあで姿で、月の下で舞って見せておくれ」
と言って老人は杯を傾け始める。
月の照る縁先に出て、浪乃進は舞った。鼓も謡もなく、風が葉を過ぎる音と虫の音だけが、
舞に和していた。白い半身が月の光を受けてゆっくりと回る。弓手が空に伸ばされて、美しい腋
が晒される。風がむき出しの胸を撫でていくと、ちりちりと乳首が立って来る、寒いわけでは
ない、この場の何か、見つめる老人と三次の視線がそうさせるのかもしれない。意識すればす
るほど、浪乃進の体は勝手に微妙な反応を連鎖していくようだ。うすい透き通るような絹の
お腰が股間にからむと、それだけの刺激で恥ずかしい突起がむくむくと首をもたげてくる。
しばらくすると、尿意がきざして来た。舞の手を止めて、小水の哀願をする。
老人はそれを待っていたのだろう、にやりとして大杯を取り出した。浪乃進はうすい腰巻の
前を開いて、腰を落とし、恥ずかしい股間の酒器を老人が持つ杯に差し出していく。
竹内の大杯に、尿はしとしとと注がれ始めた。この行為の恥ずかしさと、思いの外に溜まって
いた尿の圧力がその流れの調子を狂わせる。陰茎の先が震え、不意に急流を発してしまう。大
杯からは尿がはねる。浪乃進は赤面して羞恥にすくんだ。
老人が、なみなみと注がれた尿をあじわうのを見て、浪乃進は膝を落として顔を伏せてしまっ
た。
「浪殿は、こうして幾夜過ごしても、恥ずかしさだけで涙を浮かべるお人だ。その心と体の潤い
を枯らさせたくはないねえ、俺としちゃ。
さあ、ちと冷えたか。俺があたためてやろう、布団においで」
そう言われて、浪乃進は残尿が股間の道具についていないか気になって腰の布で陰茎の先をそ
っと拭い、お腰をするりと落として素裸になると、
「失礼いたします」
と言って、竹内が横身になって待っている布団に入った、後ろ身に竹内にからだを預けた時、
浪乃進の全身は細かく震えた。
「そんなに冷えちまったのかい」とそう言って、竹内はゆったりと腕を回して、浪乃進を抱いてく
る。その腕にしがみつくようにして浪乃進は唇を噛んだ。
本当は、体は冷えたわけではない、乳首どころか肩先でも、わき腹でも触れられただけで即
座に声がでそうなほどになっていた。今夜何をされたというわけでもないのに、自分の体は悶
々としている、そのことが浪乃進を狼狽させていた。
知ってか知らずか、老人は愛撫するでもなく、浪乃進を緩やかに抱いて、ただ後れ毛のあた
りに口をつけて浪乃進の香気を吸っているようだった。
開け放した縁から風が抜けてくる。
「いい月夜だ」
竹内が言ったが、浪乃進は言葉を発することができず、ただ、なめらかな尻を老人の骨ばっ
た腿に押し付けるようにして、わずかに気持ちをあらわした。そして泣きたい気持ちで待った。
またある夜は、
竹内と三次は、浪乃進を画材とした絵巻用で下絵の相談であった。大きな衣装つづらを三つ
も四つも持ち出して、様々な衣を浪乃進に着せてみる。三次は画帳に取り組む。このときばか
りは、墨をすったり、筆をそろえたり、行灯の位置を変えたり、三次の弟子がやりそうな仕事
を嬉々として竹内が引き受けている。
浪乃進はせっかく着せられた裾模様のうちかけを妄りがましく乱して、危うい格好をさせら
れている。髪を前に流したり、わきに垂らさせてみたり。
「首をもう少し持ち上げて、こう脚を組み替えておくんなせえ、」と三次の注文がつく。
「そうだ、そのかっこうで浪殿のお道具を股からのぞかせてみちゃどうだい」
と竹内が口を出す。三次は苦笑して、
「そう、はなっから品を下げますかい、ご隠居」
「こら図星だ、年寄りほど意地汚ねえってか」
図案も進んで、浪乃進は布団に腹ばった
ような姿勢にされた。
「ここは、剥き卵のようなお尻をこう出してみましょうや」
と三次が言うと、竹内はいそいそと近づいて浪乃進の着物をくるりと持ち上げて白い美しい尻
を顕わにさせた。
「こうあらためて眺めると、まろみはまろい、白いは白いが、やっぱり、やわこい女の尻じゃあね
えな」
「へい、白いうえにも白いが、どこか硬くて…青白いような…、」
一体こうしてこの二人は何時まで、自分の尻をああでもないこうでもないと眺めたり、下絵
に取ったりしているのだろうと、浪乃進は腹ばったまま思う。あきれていたが、どこか二人の子
供が、遊んでいるようにも見える。尻を晒した自分の破廉恥な役割も忘れてやんちゃな子供を
あやしているような気分にもなる。
「三次、俺はちょっと辛抱がきかねえ、一歩すすめようぜ」
「ははあ、一歩ですかい?」
「おう、この白い尻を、ぱっくり開いてもらってよ、あれが見てえ」
「…、」
浪乃進にも聞こえている。晒された尻にきゅっと力がこもったようだ。
「浪殿、ちいっと手を尻にまわしてな、尻を開いて菊のつぼみを見せてくれや、三次に永遠に残
してもらおうぜ、その魅力をな」
浪乃進は頬をうつぶせたまま床にこすりつけて嫌々をし、
「お、お尻を浪乃進の手で開けとおっしゃいますか。ああ、いっそご隠居様に無理に開かれたほ
うが…、浪は、浪は…」
そう震える声で細々と言ったものの、逃れられぬことは分かっていた。おずおずと指を尻た
ぶに添えると、
「浪の、お、お尻の奥、御覧くだされ、…」
そう言って、浪乃進は自ら尻を開いて見せた。その時、竹内にしても三次にしても少し意外だ
ったのは、浪乃進の思い切りのよさだった。まるで、やけのように浪乃進はその尻を思い切り引
き裂くように広げた。引き開けられた谷間に襞を畳み込んでいた肛門まで引き広げられ歪ん
で、襞の一部をほころびさせ、ねちっとした粘膜の照りまで露見していた。
ごくりと、三次がつばを呑む。これが初めてではないのだが、このお人の尻の奥から菫色のつ
ぼみがのぞく瞬間は常に新たに慄きのような感情がわきあがる。高貴な尻の奥を覗き見たい
という自分の抑えがたい欲情の下劣さにあきれる。
浪乃進は心にとなえていた「御覧なさい、浪の穴を。汚物を搾り出すこの穴、ここを浪乃進は
日々磨いております。壷のお薬も毎日塗りこんで仕上げております。この艶を御覧ください。
浪乃進の恥ずかしいすぼまりを見て、、さげすんで、お嘲いになってください。絵巻になって、
後の世まで浪乃進の恥ずかしい尻穴が伝わるのでしょうか。後の世でも、男達が浪乃進の穴を
見て嗤うのでしょうか。それでもかまいますまい、見て、見て、御覧になって!」
浪乃進は、腹ばいで尻を思い切り開きながら、本能的に股間を強く絹の布団にに押し付けて
いた。体重をかけるという以上に擦り付けるように押し付けていた。そこから、じいんとじいん
という一種の波動が浪乃進の腰を中心に広がり始めていた。
横たわって、体を見られ、描かれるばかりだというのに、「辱め」がすでに浪乃進の性的興奮
の起動装置になってしまっているため、指一本触れらぬままでも浪乃進は心の中で「辱め」を受
容し、意識の中で犯され、性的境地に突入してしまう。だから浪乃進はくすぶり続ける官能
を処理しきれず、ほとんど涙ぐんでいた。
「下絵はここでひと段落としようぜ、浪殿ご苦労だったな」
そう言われた時、浪乃進は布団の上でうずくまって、はだけた衣類をかきあわせてみたもの
の、立ち上がることができなかった。浪乃進の下半身にはまともに力が入らなかったのだ。無
理に立てば、ぶざまに倒れるだけだとわかっていた。
竹内は見て見ぬふりで、十分それを承知していたらしい
「このままじゃあ、浪殿も寝付きが悪かろうよ。三次、あとはまかせるぜ可愛がってやりな。老
骨はちいっと疲れたようだ」
と言って、竹内は寝所に下がってしまった。
前庭からは虫の音がりりり、りりり、と聞こえ、風も無い。
三次は、黙然と座っている。いつもの調子のいい軽い調子が失せてしまっている。三次は竹内に
対して何も含むところは無かったが、浪乃進という美しい生き物を独り占めしてみたいという
欲望は心のどこかに潜んでいた。自分でも気づかずに、渇望していたようでもある。それが不意
にこの夜、三次の目前に実現してしまった。
向こうの行灯に照らされて、白い美しい生き物がうずくまっている。
三次は自分の唾ばかり呑み込んで、容易に動けない、「俺が、あの人を…」
一方、浪乃進は苦しくてならなかった。心もからだもぶすぶすと火がくすぶっているようで、
腋からは冷や汗が流れた。襦袢をかきあわせた自分の手に、ひどく固く尖ったものが触れた。
ちらりと見ると勃起した自分の乳首だ。雪白の胸に、赤く婀娜っぽく、頭をもたげた様子はひ
どく淫らだった。
浪乃進は、そういう自分の体が恥ずかしい。その恥ずかしさを暴かれ、触れられるのを待って
いるということはもっと恥ずかしいことだったが…。
「三次、三次、浪のところへ、浪のところへ来てくだされ」
「…、…」
「浪はなんだか苦しくて、動悸がして、足がよく動きませぬ、ここへ来てくだされ」
「へえ」
三次が浪乃進のうずくまる布団のわきに寄った。自分が画帳に描いた浪乃進は静かに尻を晒
して顔をそむけていたが。この現実の浪乃進は、苦しげに息をついていた。目じりには美しいゆ
がみが走り、透明な露が留まっていた。汗なのか涙なのか分からなかった。
美しい人は、その苦しみの形もまた美しい、と三次は思った。
「お苦しいのは、どのあたりで?」
三次の手が肩口に触れてくると、浪乃進は身震いが起こるのを、脚をすり合わせるようにし
てこらえねばならなかった。
浪乃進は三次の手にすがるように取りつき、それを何気なく胸のほうに導いていった。
「ここです、ここが、…」
浪乃進とあろうものが、男の手を肌に導くなどなんと破廉恥な、と自分でそう思うと一層胸
が苦しくなった。
「浪殿!、こんなにどきどきして。胸のこれは…、乳のつぼみが突き立って、おお、硬くなってお
りやすが…」
「…、三次、いじって」
この言葉を聴いて、三次は血が沸くように感じた。
どっと、三次は浪乃進に覆いかぶさり、二人は布団の上でもつれた。三次の片手は浪乃進の乳
首を手のひらに収めたまま、顔は浪乃進の懐にもぐりこむような姿勢になる。三次はもうた
まらず白く張りのある浪乃進の腹部の肌に唇を押し当てた。いい香りがした。
伸ばした手で、三次は首筋、喉元、肩、胸、脇の下へと探っていく。その指の下で肌は怯えて震
える。
ああ、俺は、俺はこの方を、この美しい方を、…
三次はこの時点で、迷いの状態からふっきれ、欲望のままに動き出した。その壮年の膂力で、
浪乃進の半身をねじ伏せ、その白いももを、毛深い自分の腿で押し広げた。傍目にはそれは、
壮年のオスが、まだ若い未熟なオスを組み敷いて倒す格闘の図であった。
浪乃進はそのあらかじめ予定された敗北を深いため息とともに迎え入れた。打ち倒され、開
かれ、腹を、胸を、腋を、三次の熱い唇でむさぼられていく。浪乃進はこの甘美な敗北を狡猾に
受け入れ、全身を震わせて敗者の運命に従った。
三次は乱暴に浪乃進の頬を掴み、布団に押し付けた。無理な角度に首を曲げ、美しい眉をし
かめる浪乃進の横顔を残忍な愉しみで鑑賞した。組み敷いた浪乃進の股間のものを握りこみ
ながら、先ほどとは打って変わって低い強い声で、三次は意地の悪い念押しをした。
「いじって欲しいと、浪殿はおっしゃりました。この男のしるしはどうです。これもいじってほしい
ので?」
浪乃進は苦しい息の下から、
「そう、申しました。いじって、浪をしごいて、しごいてって」
「この被った皮はどうしやす?剥いてからしごきやすか、皮のままやさしくしごきやすかい?お
お、びくりびくりと掴み取りされた鮎みてえに、くねって跳ねること」
「ああ、意地の悪い。三次、そんなにきつく握っては、あうっ、…」
「ご隠居のお宝だ、三次の勝手にはできやせん。浪殿の口からはっきり体のどこをどうしろと三
次にお許しをいただきやせんと」
そう言いながら、三次は浪乃進の陰茎の裏側から鈴口あたりを親指でくりくりと圧迫して
くる。嬲られたおちょぼ口からは、透明で粘性のある液がもれ出していた。
「はぁ、んんんんっ!、もうっ、む、剥いてっ。浪のちんちんの恥ずかしく被った皮を、剥いてしま
って。」
「それから、どうしやす?」
「そ、それから…、剥いて、し、しごいてくだされ。もう、三次の好きなようにっ」
三次は、この強靭さと柔軟さを併せ持った白い肉体を独り占めに抱いている幸福感に酔ってい
た。力を込めて抱いても、この肉体はただやわやわと力に屈するのではない。芯に鋼のような
反発が潜んでいる。それでいて肌のきめの細かさ、しなやかさは女にも稀である。浪乃進の平
坦な胸が、あばらの影が、雪原の淡い波紋のように、震えながら誘っていた。けれど、頬を押し
付けると、そこは熱い雪の原だった。どきどきと打つ強い命の音が脈打っている。つんと突き出
し、わずかにあだっぽく首をかしげた赤らんだ乳首が、三次の唇を待っていた。
我慢しきれず、三次がそのとんがりに舌を絡めると、「あっ」という声とともに浪乃進は胴震い
した。期待で敏感になった浪乃進の乳首は触れられると、ほとんど痛みに近い快感を発したら
しい。
三次は浪乃進の体のおののきを腕で押さえ込みながら、もう一方の手で陰茎をしごきにか
かる。けれど三次は急激には追い上げない。今夜はそんな急に結論に至るのが惜しい。三次は手
のひらで浪乃進の陰茎の硬さ、律動の呼吸を読んでいる。高まって来たところで、握力をぬく。
その手に運命をゆだねている血気盛んな陰茎は、伸び上がって精の道を開放しようとする途
上で、待ったをかけられる。三次の手の中でじれて赤らんだ亀頭は、鈴口から悔し涙のように
透明な液をたらたらとこぼす。浪乃進はじれて胴をメスの蛇のようにくねらせて悶えた。
こうして、この美しい獣をいつまでも嬲っていられたら、と三次は思った。しかし、浪乃進の内
部で押さえつけられ、暴発しようとするものを、そう長く抑えきれるものでないことも三次に
はわかっていた。
何十度目かわからぬ高まりに追い上げられ、またしても突き放され、浪乃進はこの部屋の闇
が真っ赤に染まって自分の周囲を回っているような錯覚のうちにいた。
「浪殿、あっしに、あっしに、まだいただいていないご馳走を、いただきやす。よろしゅうござんす
か」
「ひ、ひどいっ三次。じらしてばかりのくせに、ご馳走?、浪の何をお食べになる?」
暗闇の中で、くくぐもった声で、夢か現かさだかでないような問答を交わした。
その時、
「うあはっ、ああっ…くっ、そこはぁっ」
三次は、浪乃進の背後から腰の辺りまで潜ると、その美しい尻肉を分けて、唇でその奥の谷
に吸い付いた。
さじ合わせの逆形というのだろうか。三次は頭で浪乃進の背後から尻の間に潜り、顔は浪乃
進の睾丸を裏から押し上げる格好になった。浪乃進の股間に頭が突き出してきたのだ。浪乃
進は仰天して自分の股間から海坊主のように突出した三次の頭が自分の陰茎を押し上げてく
るのをあっけにとられて見ていた。
それは、ずいぶん破廉恥な格好だった。浪乃進は股の間に、玉袋ごと陰茎を押し上げてくる
男の頭を見下ろし、その男の舌に肛門を舐めほじらせているのだ。浪乃進は我知らず、股間の
三次の頭を太ももで思い切り締め付けていた。同時に浪乃進の陰茎は硬直して跳ね上がり俊
敏な岩魚をとらえた棹のように激しく振動した。
三次の荒い鼻息が浪乃進の睾丸に吹きつけ、その舌は浪乃進の肛門にずぶずぶずぶと埋め込
まれていく。
「うああ、うあぁぁlっ…な、なりませぬ、さんじっ、浪はもう…」
「あう、あう、うあっ」
三次もまた、上も下も分からないような意識状態にあった。玉袋の裏から肛門に続く狭隘な
箇所に顔から突っ込み、唇と舌は柔らかい肛門部を犯し、鼻と額は浪乃進の張りのある睾丸に
分け入っていた。玉袋が三次の目にかぶることになったため、袋に透けた美しい血管の姿が大樹
の枝のように視界に広がって見えた。
どれほど洗い流そうと落ちないつんとする臭いがこの秘部には込められていた。「高貴な生き
物の秘臭」は濃厚だった。この臭いが三次のひしげた鼻孔に流れ込んだ瞬間、三次自身の猛獣
も鎖を断ち切ってしまったようだ。
三次は言葉にならないうなり声を漏らしながら、前に伸ばした手で浪乃進の跳ね上がった陰
茎を再び掴み取りにし、もはや手加減なしにしごきながら、舌を浪乃進の肛門の奥まで突き
回した。
自分は食われていく、尻の中から淫らに食われていくのだと、それだけを意識にとどめたま
ま浪乃進は激烈に射精した。
明け方、浪乃進は三次の腕の中で目を覚ました。男の腕の中で、障子が次第に白ゞと明るく
なっていくのをぼんやりと見ていた。肉の落ちた竹内老人の体と違い三次の体は熱と弾力があ
る。穏やかに眠っていてもその強いからだが浪乃進を絡めとっていた。二人の暖かさの篭もる布
団に、たまさか、障子の隙間から夜明け前の空気が忍び込んでひやりとする。
浪乃進は、三次の胸に深くぬくぬくと潜り込み、その荒い胸毛に頬をうずめた。もう少しこ
の安逸を放したくなかった。快楽の名残がけだるく手も足も、動かすのが億劫だった。
そういう夜の記憶がまだ浪乃進の意識を占めている。座敷に下がって、用意されていた膳に
手をつけるでもなく、浪乃進はまた谷間の湯屋に降りた。湯に打たれると白い半身が緑を映
す。頭上を郭公が鳴いて、飛び過ぎる。
湯につかり、髪を洗い、何度も肌を流す。浪乃進は湯の中で肛門に指を伸ばし、探ってしまう。
うずくような感触がまだそこに留まっているような気がする。
やはり浪乃進の心は夜をさ迷っていた。
「浪のここに、唇がつけられ、ここを舌で掘り起こされた。浪はそれを受け入れ、それに歓喜し
てしまった。闇が赤く染まるような恥を浪は夜毎に演じさせられている。嫌々演じさせられて
いるふりをして、裏腹な涙を浪は流している。
そんなことはない?そのとおりではないか? でもどうしようもないではないか。しかたのな
いことなのだ。
それにしても、三次は。三次の男根で浪のここを犯すことはしなかった。何故だろう。竹内が
そう命じたようには思われない…。
まさか自分は、それが不満なのか?ばかな、ばかな。なんてことを考えている…」
浪乃進は長い湯から戻って、洗い髪を晒しに巻いて椿の香りを染ませながら梳いていた。
その時、縁先に膝をついてうずくまった者がいる。
「兄上っ」
「…」
「兄上。菊之助でございます」
浪乃進は、手に持った櫛を取り落とした。菊之助は小姓髷は落とし、伸ばした髪を肩辺りま
で垂らしていた。しかし、衣装は小姓風の羽織袴をつけている。こちらを見上げた頬はふっくら
とした少年のばら色を持っている。それに向き合った浪乃進の頬は青ざめるほど白い。
宴会、竹内と三次との淫猥な夜、そうして次々と続いてきた運命の急流に浪乃進は押し流さ
れて来た。「江戸で母上に別れてから、ほんの一月も経ていない内に、この浮世の底の底まで堕
ちてきてしまった。まだ、この世には底が、底の抜けた地獄があるのだろうか」と浪乃進は思う。
紅くも屋の域内で通称「西奥」と呼ばれるこの座敷は驚くほど森閑としている。浪乃進は縁
近くに座って古びた庭と前栽を眺めている。この棟は後ろには木立の深い山の鼻を回ったとこ
ろにあり、遊郭本体の建物とは小山に隔てられている。距離的にもかなり離れているので、三
味線の音や酔客の声、遊女の嬌声なども、夕暮れ時からほんの時たま風にまぎれて聞こえて
くる程度だった。
ここで、浪乃進は、しばらく中坪の暑苦しいガマの顔を見ずにすんでいる。あの夜以来竹内が
浪乃進の身柄を預かり、中坪の意向をさえぎっているらしい。平穏がここにはある。これを平
穏と呼んでいいのだろうか。
昼過ぎから、浪乃進は湯屋に降りていた。「西奥」の湯屋はブナの谷を降りたところにあり、
湯船は自然石で、こんこんと熱い湯が湧いていた。
そこで、湯に漬かって、何度も何度も肌を洗いすすぐ。香料を詰めた袋で、全身の肌を撫でる、
湯に漬かる、風になぶらせてから、また肌をすすぐ。腋も脛も、指で探るようにして、一毛も
残さず剃り落とす。性器の根元の陰毛は剃らず、その周辺を刈り込んで可愛らしい茂みに仕
上げる。
崖の下の厠に入って、大小の用を足したあと、再び湯で温まり、三次に持たせられた小壷を
取り出す。薬草と蜜を練り合わせたどろどろしたものをすくって、顔をしかめながら、自らの
尻の間を探り、肛門深くに指を差し込んで秘薬を塗りこんでゆく。自分の指の動きで起こる
異様な感覚に身震いしながらも、肛門が秘薬になじんでくるまで、指をそろそろと出し入れし
続ける。どろどろした秘薬は次第に浪乃進の肛門のしわの一つ一つに染み入り、腸の襞という
襞になじんでいく。湯で温まったことと相乗して、やがて浪乃進の肛門はふっくらとほころび、
開花寸前の小菊のように盛り上がった。湯の中で指先にその柔らかな感触をもてあそんでいる
と時を忘れてしまう。こんな愉しみを、世の幾人の男が知ることだろう、と浪乃進は思ってし
まう。
浪乃進は一心に肛門の手入れをする。あとは部屋に戻ってから香油を塗って艶をだせばよい。
浪乃進は谷間の湯屋で、長い長い時間をすごした。課せられた体への処置が終わっても、浪乃
進は湯船を離れようとはしなかった。谷川の音と、郭公の声を聴き、湯船の縁に腰掛けて湯に
足先を入れ、なにとなく洗い髪をすいていると、全身がブナ林の緑に染まっていくようだった。
浪乃進は生まれて初めて、自分の肌と髪をいとおしむという快楽に溺れていた。また、自分の
体の穴、というものをこれほど意識的に手入れをしたことも初めてであった。
座敷の小机には竹内が差し入れてくれた数帖の書籍が載せてあった。街道筋のやくざの隠居
の持ち物としては、いかにも不自然な書目であった。江戸でさえ、このような書籍を捜し求め
るには金銭のことはおくとしても大変な苦労をすることになるだろう。竹内は、もしかして武
家の出身なのではないか。しかもかなりの名家の出かもしれない。その謎も浪乃進の頭を離れ
なくなっていた。
湯から戻って、浪乃進は、その書籍を開いてみたが、頭に霞がかかったようになっていて、どう
にも読み進められなかった。なかなかに乾こうとしない洗い髪を無意識に指でいじりながら、
浪乃進の目は、明るい庭と前栽をさまよっていた。そして浪乃進の心はといえば、夜の記憶に半
分は捕らわれていた。
ここ何日か、竹内老人との夜は穏やかと言ってもいい。
先夜は、浪乃進の乳首に紅を捌かせて、うすもみじの裾絵の腰巻一つにされた。
「そのあで姿で、月の下で舞って見せておくれ」
と言って老人は杯を傾け始める。
月の照る縁先に出て、浪乃進は舞った。鼓も謡もなく、風が葉を過ぎる音と虫の音だけが、
舞に和していた。白い半身が月の光を受けてゆっくりと回る。弓手が空に伸ばされて、美しい腋
が晒される。風がむき出しの胸を撫でていくと、ちりちりと乳首が立って来る、寒いわけでは
ない、この場の何か、見つめる老人と三次の視線がそうさせるのかもしれない。意識すればす
るほど、浪乃進の体は勝手に微妙な反応を連鎖していくようだ。うすい透き通るような絹の
お腰が股間にからむと、それだけの刺激で恥ずかしい突起がむくむくと首をもたげてくる。
しばらくすると、尿意がきざして来た。舞の手を止めて、小水の哀願をする。
老人はそれを待っていたのだろう、にやりとして大杯を取り出した。浪乃進はうすい腰巻の
前を開いて、腰を落とし、恥ずかしい股間の酒器を老人が持つ杯に差し出していく。
竹内の大杯に、尿はしとしとと注がれ始めた。この行為の恥ずかしさと、思いの外に溜まって
いた尿の圧力がその流れの調子を狂わせる。陰茎の先が震え、不意に急流を発してしまう。大
杯からは尿がはねる。浪乃進は赤面して羞恥にすくんだ。
老人が、なみなみと注がれた尿をあじわうのを見て、浪乃進は膝を落として顔を伏せてしまっ
た。
「浪殿は、こうして幾夜過ごしても、恥ずかしさだけで涙を浮かべるお人だ。その心と体の潤い
を枯らさせたくはないねえ、俺としちゃ。
さあ、ちと冷えたか。俺があたためてやろう、布団においで」
そう言われて、浪乃進は残尿が股間の道具についていないか気になって腰の布で陰茎の先をそ
っと拭い、お腰をするりと落として素裸になると、
「失礼いたします」
と言って、竹内が横身になって待っている布団に入った、後ろ身に竹内にからだを預けた時、
浪乃進の全身は細かく震えた。
「そんなに冷えちまったのかい」とそう言って、竹内はゆったりと腕を回して、浪乃進を抱いてく
る。その腕にしがみつくようにして浪乃進は唇を噛んだ。
本当は、体は冷えたわけではない、乳首どころか肩先でも、わき腹でも触れられただけで即
座に声がでそうなほどになっていた。今夜何をされたというわけでもないのに、自分の体は悶
々としている、そのことが浪乃進を狼狽させていた。
知ってか知らずか、老人は愛撫するでもなく、浪乃進を緩やかに抱いて、ただ後れ毛のあた
りに口をつけて浪乃進の香気を吸っているようだった。
開け放した縁から風が抜けてくる。
「いい月夜だ」
竹内が言ったが、浪乃進は言葉を発することができず、ただ、なめらかな尻を老人の骨ばっ
た腿に押し付けるようにして、わずかに気持ちをあらわした。そして泣きたい気持ちで待った。
またある夜は、
竹内と三次は、浪乃進を画材とした絵巻用で下絵の相談であった。大きな衣装つづらを三つ
も四つも持ち出して、様々な衣を浪乃進に着せてみる。三次は画帳に取り組む。このときばか
りは、墨をすったり、筆をそろえたり、行灯の位置を変えたり、三次の弟子がやりそうな仕事
を嬉々として竹内が引き受けている。
浪乃進はせっかく着せられた裾模様のうちかけを妄りがましく乱して、危うい格好をさせら
れている。髪を前に流したり、わきに垂らさせてみたり。
「首をもう少し持ち上げて、こう脚を組み替えておくんなせえ、」と三次の注文がつく。
「そうだ、そのかっこうで浪殿のお道具を股からのぞかせてみちゃどうだい」
と竹内が口を出す。三次は苦笑して、
「そう、はなっから品を下げますかい、ご隠居」
「こら図星だ、年寄りほど意地汚ねえってか」
図案も進んで、浪乃進は布団に腹ばった
ような姿勢にされた。
「ここは、剥き卵のようなお尻をこう出してみましょうや」
と三次が言うと、竹内はいそいそと近づいて浪乃進の着物をくるりと持ち上げて白い美しい尻
を顕わにさせた。
「こうあらためて眺めると、まろみはまろい、白いは白いが、やっぱり、やわこい女の尻じゃあね
えな」
「へい、白いうえにも白いが、どこか硬くて…青白いような…、」
一体こうしてこの二人は何時まで、自分の尻をああでもないこうでもないと眺めたり、下絵
に取ったりしているのだろうと、浪乃進は腹ばったまま思う。あきれていたが、どこか二人の子
供が、遊んでいるようにも見える。尻を晒した自分の破廉恥な役割も忘れてやんちゃな子供を
あやしているような気分にもなる。
「三次、俺はちょっと辛抱がきかねえ、一歩すすめようぜ」
「ははあ、一歩ですかい?」
「おう、この白い尻を、ぱっくり開いてもらってよ、あれが見てえ」
「…、」
浪乃進にも聞こえている。晒された尻にきゅっと力がこもったようだ。
「浪殿、ちいっと手を尻にまわしてな、尻を開いて菊のつぼみを見せてくれや、三次に永遠に残
してもらおうぜ、その魅力をな」
浪乃進は頬をうつぶせたまま床にこすりつけて嫌々をし、
「お、お尻を浪乃進の手で開けとおっしゃいますか。ああ、いっそご隠居様に無理に開かれたほ
うが…、浪は、浪は…」
そう震える声で細々と言ったものの、逃れられぬことは分かっていた。おずおずと指を尻た
ぶに添えると、
「浪の、お、お尻の奥、御覧くだされ、…」
そう言って、浪乃進は自ら尻を開いて見せた。その時、竹内にしても三次にしても少し意外だ
ったのは、浪乃進の思い切りのよさだった。まるで、やけのように浪乃進はその尻を思い切り引
き裂くように広げた。引き開けられた谷間に襞を畳み込んでいた肛門まで引き広げられ歪ん
で、襞の一部をほころびさせ、ねちっとした粘膜の照りまで露見していた。
ごくりと、三次がつばを呑む。これが初めてではないのだが、このお人の尻の奥から菫色のつ
ぼみがのぞく瞬間は常に新たに慄きのような感情がわきあがる。高貴な尻の奥を覗き見たい
という自分の抑えがたい欲情の下劣さにあきれる。
浪乃進は心にとなえていた「御覧なさい、浪の穴を。汚物を搾り出すこの穴、ここを浪乃進は
日々磨いております。壷のお薬も毎日塗りこんで仕上げております。この艶を御覧ください。
浪乃進の恥ずかしいすぼまりを見て、、さげすんで、お嘲いになってください。絵巻になって、
後の世まで浪乃進の恥ずかしい尻穴が伝わるのでしょうか。後の世でも、男達が浪乃進の穴を
見て嗤うのでしょうか。それでもかまいますまい、見て、見て、御覧になって!」
浪乃進は、腹ばいで尻を思い切り開きながら、本能的に股間を強く絹の布団にに押し付けて
いた。体重をかけるという以上に擦り付けるように押し付けていた。そこから、じいんとじいん
という一種の波動が浪乃進の腰を中心に広がり始めていた。
横たわって、体を見られ、描かれるばかりだというのに、「辱め」がすでに浪乃進の性的興奮
の起動装置になってしまっているため、指一本触れらぬままでも浪乃進は心の中で「辱め」を受
容し、意識の中で犯され、性的境地に突入してしまう。だから浪乃進はくすぶり続ける官能
を処理しきれず、ほとんど涙ぐんでいた。
「下絵はここでひと段落としようぜ、浪殿ご苦労だったな」
そう言われた時、浪乃進は布団の上でうずくまって、はだけた衣類をかきあわせてみたもの
の、立ち上がることができなかった。浪乃進の下半身にはまともに力が入らなかったのだ。無
理に立てば、ぶざまに倒れるだけだとわかっていた。
竹内は見て見ぬふりで、十分それを承知していたらしい
「このままじゃあ、浪殿も寝付きが悪かろうよ。三次、あとはまかせるぜ可愛がってやりな。老
骨はちいっと疲れたようだ」
と言って、竹内は寝所に下がってしまった。
前庭からは虫の音がりりり、りりり、と聞こえ、風も無い。
三次は、黙然と座っている。いつもの調子のいい軽い調子が失せてしまっている。三次は竹内に
対して何も含むところは無かったが、浪乃進という美しい生き物を独り占めしてみたいという
欲望は心のどこかに潜んでいた。自分でも気づかずに、渇望していたようでもある。それが不意
にこの夜、三次の目前に実現してしまった。
向こうの行灯に照らされて、白い美しい生き物がうずくまっている。
三次は自分の唾ばかり呑み込んで、容易に動けない、「俺が、あの人を…」
一方、浪乃進は苦しくてならなかった。心もからだもぶすぶすと火がくすぶっているようで、
腋からは冷や汗が流れた。襦袢をかきあわせた自分の手に、ひどく固く尖ったものが触れた。
ちらりと見ると勃起した自分の乳首だ。雪白の胸に、赤く婀娜っぽく、頭をもたげた様子はひ
どく淫らだった。
浪乃進は、そういう自分の体が恥ずかしい。その恥ずかしさを暴かれ、触れられるのを待って
いるということはもっと恥ずかしいことだったが…。
「三次、三次、浪のところへ、浪のところへ来てくだされ」
「…、…」
「浪はなんだか苦しくて、動悸がして、足がよく動きませぬ、ここへ来てくだされ」
「へえ」
三次が浪乃進のうずくまる布団のわきに寄った。自分が画帳に描いた浪乃進は静かに尻を晒
して顔をそむけていたが。この現実の浪乃進は、苦しげに息をついていた。目じりには美しいゆ
がみが走り、透明な露が留まっていた。汗なのか涙なのか分からなかった。
美しい人は、その苦しみの形もまた美しい、と三次は思った。
「お苦しいのは、どのあたりで?」
三次の手が肩口に触れてくると、浪乃進は身震いが起こるのを、脚をすり合わせるようにし
てこらえねばならなかった。
浪乃進は三次の手にすがるように取りつき、それを何気なく胸のほうに導いていった。
「ここです、ここが、…」
浪乃進とあろうものが、男の手を肌に導くなどなんと破廉恥な、と自分でそう思うと一層胸
が苦しくなった。
「浪殿!、こんなにどきどきして。胸のこれは…、乳のつぼみが突き立って、おお、硬くなってお
りやすが…」
「…、三次、いじって」
この言葉を聴いて、三次は血が沸くように感じた。
どっと、三次は浪乃進に覆いかぶさり、二人は布団の上でもつれた。三次の片手は浪乃進の乳
首を手のひらに収めたまま、顔は浪乃進の懐にもぐりこむような姿勢になる。三次はもうた
まらず白く張りのある浪乃進の腹部の肌に唇を押し当てた。いい香りがした。
伸ばした手で、三次は首筋、喉元、肩、胸、脇の下へと探っていく。その指の下で肌は怯えて震
える。
ああ、俺は、俺はこの方を、この美しい方を、…
三次はこの時点で、迷いの状態からふっきれ、欲望のままに動き出した。その壮年の膂力で、
浪乃進の半身をねじ伏せ、その白いももを、毛深い自分の腿で押し広げた。傍目にはそれは、
壮年のオスが、まだ若い未熟なオスを組み敷いて倒す格闘の図であった。
浪乃進はそのあらかじめ予定された敗北を深いため息とともに迎え入れた。打ち倒され、開
かれ、腹を、胸を、腋を、三次の熱い唇でむさぼられていく。浪乃進はこの甘美な敗北を狡猾に
受け入れ、全身を震わせて敗者の運命に従った。
三次は乱暴に浪乃進の頬を掴み、布団に押し付けた。無理な角度に首を曲げ、美しい眉をし
かめる浪乃進の横顔を残忍な愉しみで鑑賞した。組み敷いた浪乃進の股間のものを握りこみ
ながら、先ほどとは打って変わって低い強い声で、三次は意地の悪い念押しをした。
「いじって欲しいと、浪殿はおっしゃりました。この男のしるしはどうです。これもいじってほしい
ので?」
浪乃進は苦しい息の下から、
「そう、申しました。いじって、浪をしごいて、しごいてって」
「この被った皮はどうしやす?剥いてからしごきやすか、皮のままやさしくしごきやすかい?お
お、びくりびくりと掴み取りされた鮎みてえに、くねって跳ねること」
「ああ、意地の悪い。三次、そんなにきつく握っては、あうっ、…」
「ご隠居のお宝だ、三次の勝手にはできやせん。浪殿の口からはっきり体のどこをどうしろと三
次にお許しをいただきやせんと」
そう言いながら、三次は浪乃進の陰茎の裏側から鈴口あたりを親指でくりくりと圧迫して
くる。嬲られたおちょぼ口からは、透明で粘性のある液がもれ出していた。
「はぁ、んんんんっ!、もうっ、む、剥いてっ。浪のちんちんの恥ずかしく被った皮を、剥いてしま
って。」
「それから、どうしやす?」
「そ、それから…、剥いて、し、しごいてくだされ。もう、三次の好きなようにっ」
三次は、この強靭さと柔軟さを併せ持った白い肉体を独り占めに抱いている幸福感に酔ってい
た。力を込めて抱いても、この肉体はただやわやわと力に屈するのではない。芯に鋼のような
反発が潜んでいる。それでいて肌のきめの細かさ、しなやかさは女にも稀である。浪乃進の平
坦な胸が、あばらの影が、雪原の淡い波紋のように、震えながら誘っていた。けれど、頬を押し
付けると、そこは熱い雪の原だった。どきどきと打つ強い命の音が脈打っている。つんと突き出
し、わずかにあだっぽく首をかしげた赤らんだ乳首が、三次の唇を待っていた。
我慢しきれず、三次がそのとんがりに舌を絡めると、「あっ」という声とともに浪乃進は胴震い
した。期待で敏感になった浪乃進の乳首は触れられると、ほとんど痛みに近い快感を発したら
しい。
三次は浪乃進の体のおののきを腕で押さえ込みながら、もう一方の手で陰茎をしごきにか
かる。けれど三次は急激には追い上げない。今夜はそんな急に結論に至るのが惜しい。三次は手
のひらで浪乃進の陰茎の硬さ、律動の呼吸を読んでいる。高まって来たところで、握力をぬく。
その手に運命をゆだねている血気盛んな陰茎は、伸び上がって精の道を開放しようとする途
上で、待ったをかけられる。三次の手の中でじれて赤らんだ亀頭は、鈴口から悔し涙のように
透明な液をたらたらとこぼす。浪乃進はじれて胴をメスの蛇のようにくねらせて悶えた。
こうして、この美しい獣をいつまでも嬲っていられたら、と三次は思った。しかし、浪乃進の内
部で押さえつけられ、暴発しようとするものを、そう長く抑えきれるものでないことも三次に
はわかっていた。
何十度目かわからぬ高まりに追い上げられ、またしても突き放され、浪乃進はこの部屋の闇
が真っ赤に染まって自分の周囲を回っているような錯覚のうちにいた。
「浪殿、あっしに、あっしに、まだいただいていないご馳走を、いただきやす。よろしゅうござんす
か」
「ひ、ひどいっ三次。じらしてばかりのくせに、ご馳走?、浪の何をお食べになる?」
暗闇の中で、くくぐもった声で、夢か現かさだかでないような問答を交わした。
その時、
「うあはっ、ああっ…くっ、そこはぁっ」
三次は、浪乃進の背後から腰の辺りまで潜ると、その美しい尻肉を分けて、唇でその奥の谷
に吸い付いた。
さじ合わせの逆形というのだろうか。三次は頭で浪乃進の背後から尻の間に潜り、顔は浪乃
進の睾丸を裏から押し上げる格好になった。浪乃進の股間に頭が突き出してきたのだ。浪乃
進は仰天して自分の股間から海坊主のように突出した三次の頭が自分の陰茎を押し上げてく
るのをあっけにとられて見ていた。
それは、ずいぶん破廉恥な格好だった。浪乃進は股の間に、玉袋ごと陰茎を押し上げてくる
男の頭を見下ろし、その男の舌に肛門を舐めほじらせているのだ。浪乃進は我知らず、股間の
三次の頭を太ももで思い切り締め付けていた。同時に浪乃進の陰茎は硬直して跳ね上がり俊
敏な岩魚をとらえた棹のように激しく振動した。
三次の荒い鼻息が浪乃進の睾丸に吹きつけ、その舌は浪乃進の肛門にずぶずぶずぶと埋め込
まれていく。
「うああ、うあぁぁlっ…な、なりませぬ、さんじっ、浪はもう…」
「あう、あう、うあっ」
三次もまた、上も下も分からないような意識状態にあった。玉袋の裏から肛門に続く狭隘な
箇所に顔から突っ込み、唇と舌は柔らかい肛門部を犯し、鼻と額は浪乃進の張りのある睾丸に
分け入っていた。玉袋が三次の目にかぶることになったため、袋に透けた美しい血管の姿が大樹
の枝のように視界に広がって見えた。
どれほど洗い流そうと落ちないつんとする臭いがこの秘部には込められていた。「高貴な生き
物の秘臭」は濃厚だった。この臭いが三次のひしげた鼻孔に流れ込んだ瞬間、三次自身の猛獣
も鎖を断ち切ってしまったようだ。
三次は言葉にならないうなり声を漏らしながら、前に伸ばした手で浪乃進の跳ね上がった陰
茎を再び掴み取りにし、もはや手加減なしにしごきながら、舌を浪乃進の肛門の奥まで突き
回した。
自分は食われていく、尻の中から淫らに食われていくのだと、それだけを意識にとどめたま
ま浪乃進は激烈に射精した。
明け方、浪乃進は三次の腕の中で目を覚ました。男の腕の中で、障子が次第に白ゞと明るく
なっていくのをぼんやりと見ていた。肉の落ちた竹内老人の体と違い三次の体は熱と弾力があ
る。穏やかに眠っていてもその強いからだが浪乃進を絡めとっていた。二人の暖かさの篭もる布
団に、たまさか、障子の隙間から夜明け前の空気が忍び込んでひやりとする。
浪乃進は、三次の胸に深くぬくぬくと潜り込み、その荒い胸毛に頬をうずめた。もう少しこ
の安逸を放したくなかった。快楽の名残がけだるく手も足も、動かすのが億劫だった。
そういう夜の記憶がまだ浪乃進の意識を占めている。座敷に下がって、用意されていた膳に
手をつけるでもなく、浪乃進はまた谷間の湯屋に降りた。湯に打たれると白い半身が緑を映
す。頭上を郭公が鳴いて、飛び過ぎる。
湯につかり、髪を洗い、何度も肌を流す。浪乃進は湯の中で肛門に指を伸ばし、探ってしまう。
うずくような感触がまだそこに留まっているような気がする。
やはり浪乃進の心は夜をさ迷っていた。
「浪のここに、唇がつけられ、ここを舌で掘り起こされた。浪はそれを受け入れ、それに歓喜し
てしまった。闇が赤く染まるような恥を浪は夜毎に演じさせられている。嫌々演じさせられて
いるふりをして、裏腹な涙を浪は流している。
そんなことはない?そのとおりではないか? でもどうしようもないではないか。しかたのな
いことなのだ。
それにしても、三次は。三次の男根で浪のここを犯すことはしなかった。何故だろう。竹内が
そう命じたようには思われない…。
まさか自分は、それが不満なのか?ばかな、ばかな。なんてことを考えている…」
浪乃進は長い湯から戻って、洗い髪を晒しに巻いて椿の香りを染ませながら梳いていた。
その時、縁先に膝をついてうずくまった者がいる。
「兄上っ」
「…」
「兄上。菊之助でございます」
浪乃進は、手に持った櫛を取り落とした。菊之助は小姓髷は落とし、伸ばした髪を肩辺りま
で垂らしていた。しかし、衣装は小姓風の羽織袴をつけている。こちらを見上げた頬はふっくら
とした少年のばら色を持っている。それに向き合った浪乃進の頬は青ざめるほど白い。
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