- 2015⁄12⁄09(Wed)
- 00:39
五感で洗脳
「どうもー」
軽いノックの直後、間を置かず『トレーナー室』という札が掛けられた扉が勢い良く開けられた。
部屋の主は椅子に座ったま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「シュウ、お前また5分遅刻だぞ」
シュウと呼ばれた少年は、上下とも青いサッカーシャツとサッカーパンツを身に付け、足には踵を踏み潰したスニーカーを突っ掛けていた。膝下まで伸ばされたサッカーストッキングの脛部分は盛り上がり、シンガードを装備していることが分かる。シュウはシューズケースを片手でぶら下げながら、もう一方の手でくせっ毛が跳ねる頭を掻いた。頭の中心線をやや長めに残した髪の毛が、フラフラと揺れた。部屋の窓から差し込む陽光を反射し、サッカーシャツとサッカーパンツの生地が輝く。シャツに縦に走るシャドーストライプとVネックの首周りの白い筋が、デザイン上のアクセントとなっていた。
「すんません。でも、時間ピッタリに来られても、ムカイせんせも困るっしょ?」
部屋の主は椅子から立ち上がると、シュウを一睨みしてから苦笑した。
「お前らしい屁理屈だな。部活や試験で遅刻してなけりゃいいけどさ」
シュウは肩を竦めながら笑って応えた。
「今日はいつもと違う部屋を使うから、付いてきな」
「ほーい。了解っす。ムカイせんせ」
廊下を歩くムカイの横に並び、シュウはムカイを勝手に世間話相手にしながら歩き始めた。
シュウが招き入れられた部屋は、普段シュウ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
壁や床はコンクリート打ちっ放しのままで、蛍光灯の白々しい光が殺風景な室内を無機質に照らしていた。何も無ければフットサルコートくらいは取れそうな部屋だったが、中央にはフリーアクセスのために床上げされた巨大な台が陣取っている。金属の床と本来のコンクリートの床との間で大量のケーブルが波打っている様子が見えた。ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
室内をキョロキョロと見回していたシュウは、ムカイが弄るコンピュータラックよりも、その横に並ぶ白い卵状の何かに強く興味を惹かれていた。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、シュウに話し掛けた。
「指示通り、ちゃんとユニフォーム着てきたんだな」
シュウは頭の後ろで両手を組みながら、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「本番に近い状況を作る必要があるから、って言われりゃ、そりゃね」
蛍光灯の灯りの下で、シュウのサッカーシャツとサッカーパンツは強い光沢を放っていた。
「スパイクも持ってきただろ?」
「もちろん」
「じゃあ、ちゃっちゃと履き替えて、上がっといで。床がコンクリや鉄だから、歩き辛いだろうけど」
「りょーかい」
シュウはスニーカーを無造作に脱ぎ捨てると、床に膝をつきスパイクに履き替え始めた。
シュウは高等部のサッカー部員で、試合ではよくボランチのポジションを務め、周りのMFやFWを巻き込んで守備から一気に攻撃に転じる起点役を得意としていた。
シュウが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
シュウも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。動体視力と空間把握力を鍛えながらも、目にかかるストレスを緩和するトレーニングも行なえるという新たな技術と装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。シュウは、普段から気軽な兄のように接してくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵が、その装置なんだろうな。面白そう。早く使ってみたいな。
そんなシュウの期待を後押しするかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「おっ」
シュウは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これが、動体視力と空間把握力を訓練するための新装置」
期待に浮き足立つシュウに対して冷静な表情のムカイが、説明を始めた。
「シュウはボランチとして、時にはゲームメイクしなければならない立場であるからな。何よりもピッチ全体を立体的に認識しながら自分と周囲を動かさないとならない。これはサッカーのコートや試合の動きのシミュレータみたいなもんだが、完全に集中して取り組むためには、先ず外界の情報を遮断した状況を作らないとならない。そのための装置ってわけだ」
「へぇー、すげぇ」
想像以上の大掛かりな仕掛けを前に、シュウは素直に感嘆の声を上げた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
シュウは卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどうだ?」
「すげー。良過ぎっすよコレ。このまんま寝ちゃいそう」
ムカイの問い掛けに答えると、シュウはニッと笑って見せた。少しずれたサッカーシャツの襟元からは白いインナーシャツが、そしてサッカーパンツの裾からは同色の青いスパッツが見え隠れした。光沢感に富んだユニフォームから伸びる腕と脚には、日頃の基礎練習の成果かバランスの取れた筋肉が付いていた。シュウは特に恵まれた体格ではなかったが、その体は着実の大人の漢として成長しつつあった。
「この装置は完全防音だし光も完全に遮蔽するからなぁ。シュウのことだから本当に寝ちまうかもな」
ムカイの言葉にシュウは少し不貞腐れて見せた。
「んなワケないっしょ」
「ま、視覚のリラックスも目的の一つだから、状況によっては寝てくれてもいいんだ。装置の中の様子は全てモニタリングしてるから、訓練に戻るタイミングでも寝てるようなら呼び掛けてやるよ。異常が生じたらすぐに蓋が開くようになってるし、それでも起きないようなら直接俺が殴ってやる」
シュウはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。ムカイは説明を続ける。
「先ずその上のヘルメットを被るんだ。ゴーグル部分は内側がスクリーンになっていて、視野全体を覆うように映像を表示することができる。蓋が閉まると無音になるけど、慌てるなよ。先ずサッカーのコートを模した映像が表示されて、その中をシュウ自身が走ったり飛び回ったりするような動画が流れる。他のプレイヤーもてんでバラバラに動いているから、それらとの距離感を常に意識しながら映像を見続けるんだ。途中、高速で動いたり高く蹴り上げられた状態のボールが登場する。それは動体視力の訓練なので、しっかり目で追うこと。視覚のリッラクスのためには、サッカーとは関係の無い映像が流れるので、それはボケッとしながら眺めてればいいよ。時には文章も表示されるけど、それも特に意味を考えずに眺めてればいい。分かったか?」
「んー、思ったより複雑なんすね」
考え込むような表情でムカイの言葉を反芻するシュウの前に、ムカイは顔を突き出した。シュウは思わずムカイの顔を至近に見詰めた。
「ま、あまり考えず、映像に身を任せてれば大丈夫。これは俺が作った装置なんだから」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、シュウの表情が急に柔らいだ。
「そっすね。ムカイせんせ」
シュウの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべて装置から一歩退いた。
「じゃあ、シュウ、そのヘルメットを被って」
「りょーかい」
シュウは上に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろして頭に被った。ヘルメットはアームによって装置の天井からぶら下げられ、アームには多くのケーブルや管が巻き付けられていた。
「ムカイせんせ、OKっすよ」
「うん。じゃあ、始めるよ」
ムカイがキーボードを操作すると、卵の蓋がゆっくりと閉まり始めた。シュウは頭部をヘルメットに覆われた状態で、全身をシートに預けた。蓋が密着した瞬間、それまで聞こえていた風切り音が全て途絶え、一方でシュウの視界には広大なサッカーコートが広がった。
ムカイが見詰めるディスプレイには、微弱な赤外線の投射と反射によって捉えられたシュウの瞳の動きがトレースされており、またスピーカーからは装置内の音が流れ続けていた。当初は視界を覆うスクリーンの全ての領域に目を配っていたシュウであったが、視覚以外が無感覚な状況が続き、またスクリーン上の世界に埋没している内に、全ての知覚をスクリーンの映像に支配されるようになっていた。他のプレイヤーが誰もいなくなったコートの上で、シュウはひたすらボールの動きを追っていた。シュウの瞳は、ボールが動くように動き、ボールが止まると共に止まる。正面の位置に止まったままのボールを、シュウは何らの疑問も抱くこと無くじっと見詰め続けていた。ムカイの前のディスプレイ上で、シュウの瞳を示す表示は一箇所に留まったままで、スピーカーからは規則正しい呼吸音が微かに聞こえてきていた。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「映像に対する被暗示性が極限に達したら、いよいよ本番開始だな」
スクリーン上の映像を制御するプログラムが、自動的に次のフェーズへ移行した。
シュウの前に広がるサッカーコートが、次第に暗い闇の中へ落ち込んでいく。同時に、サッカーボールは一つの光点へと変化していった。やがてシュウが見る世界は、星がたった一つだけ輝く闇深い宇宙へと姿を変えた。それでも、シュウは唯一の星を見詰め続け、そこから目を離そうとはしなかった。
突然、星を中心に白い文字が浮かび上がった。
【私に従え】
文字はすぐに消え、シュウの視界は星が一つ輝くだけの静謐な宇宙へと戻った。しかし再び、文字が現われる。
【私に従え】
そして暗転。
文字の表示と暗転とが数回繰り返される。だがそれでも、シュウの瞳は星を見詰める位置のまま、動かずにいた。シュウの知覚に於いては、まるでサッカーボールであった星が、シュウに語り掛けてくるように認識されていた。シュウの視線がぶれないことを確認したプログラムが、次々と文字を描き出す。
【私の言葉に従え】
【私の言葉は絶対だ】
【お前は私の言葉に従う】
【お前は忠実な下僕だ】
【お前は…
やがて、スピーカーからはシュウの声が聞こえ始めた。
『私はあなたに従います…あなたの言葉は絶対です…私はあなたの忠実な下僕です…』
シュウはスクリーンに表示された言葉を自分自身の立場に受け入れ、それを無表情に繰り返していた。その内容が、次第に変わっていく。
『私は…トレーナーのムカイ先生の下僕です…俺はムカイ先生のものです…ムカイ先生は俺のご主人様です…ご主人様の命令は絶対です…』
ある瞬間からスクリーン上の文言が一変し、シュウが呟く言葉にも大きな変化が生じた。
『俺はご主人様を愛してます…俺は仲間になるみんなのことを愛してます…俺は男が…男がっ好きっです…俺はっ男で抜いてっますっ…』
シュウの言葉には感情を滲むようになっていた。シュウの瞳は視界の中を激しく動き出した。
『俺っ、好きっ、男っ、はぁっ、ご主人様っ、んっ、仲間っ、あっ、んっ…』
装置内に設置された赤外線カメラは、シュウが両手でサッカーパンツの上から陰茎をこする様子を映し出していた。
『んはっ、俺っ、気持ちいっ、男のことっ、ユニ、サカパンっ、気持ちいぃっ、あっ、俺っ、射精っ、下僕っ、抜いたらっ、下僕になれっるっあああっ』
シュウの全身がビクビクと痙攣し、ヘルメットに繋がったアームとケーブル群が大きく揺れる。射精の瞬間、シュウの瞳は再び視界の中心に固定され、そして消えた。
卵型の装置の蓋が開く。蛍光管の灯りに照らされたのは、ヘルメットを被ったまま涎を垂らし、勃起によって盛り上がったサッカーパンツを精液で濡らして気絶するシュウだった。
ムカイがヘルメットを外してやると、シュウは手の甲で目をこすりながら周囲の様子をうかがった。そしてムカイが自分のことを見詰めていることに気付くと、シートから上半身を起こして姿勢を正した。
「ご主人様」
シュウは表情を失った目を真っ直ぐにムカイに向け、一礼した。
「俺は、ご主人様の忠実な下僕です」
その平坦な口調に、感情豊かな本来のシュウの面影は無かった。
「俺は、ご主人様を愛しています。だから…。んっ」
シュウの両手は再び自身の股間へと伸びる。精液で濡れたサッカーパンツ越しに、シュウは勃起した陰茎をこすり始めた。
「俺はっ、ご主人様でっ、抜きますっ。俺っ、下僕だからっ、抜くっ、抜きますっ、抜く抜くっ」
シュウは上半身を少し前傾させながら、そしてムカイの顔を見詰めながら、手を激しく動かしていた。
「これはこれで、いい感じの壊れ方だな、シュウ」
ムカイは独り言ちた。
「俺、サカパン穿いて抜きますっ、気持ちいいですっ、ご主人様っ、見てくだっさいっ俺の勃起っ俺のオナニーっ俺のあっあっあぁっ…」
シュウは再び射精した。全身をガクガク震わせながらも、視線はムカイのことを捉えようと必死で泳いだ。
「視覚への刺激だけだと、柔軟性に欠けた暗示になっちまうな。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな」
ムカイは装置内部に手を伸ばすとヘルメットを引き下ろし、射精直後で放心状態のシュウの頭部に被せる。シュウは「ご主人様」と呟きながらも、ムカイにされるがままになっていた。
「ンムッ」
シュウがくぐもった声を上げた直後、シュウの全身が脱力した。ムカイはシュウをシートの上に寝かせると、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。暫くこの中で寝てるんだ」
再び、シュウは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、スクリーンから与えられる映像の世界で快感と休息を交互に貪るシュウもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
シュウが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。シュウには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったシュウは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたユニフォームを脱ぎシャワーで体を清めるシュウは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「シュウ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた青いサッカーシャツとサッカーパンツを身に付けたシュウは、ムカイからの呼び掛けに嬉しそうに笑いながら応えた。
(おわり)
軽いノックの直後、間を置かず『トレーナー室』という札が掛けられた扉が勢い良く開けられた。
部屋の主は椅子に座ったま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「シュウ、お前また5分遅刻だぞ」
シュウと呼ばれた少年は、上下とも青いサッカーシャツとサッカーパンツを身に付け、足には踵を踏み潰したスニーカーを突っ掛けていた。膝下まで伸ばされたサッカーストッキングの脛部分は盛り上がり、シンガードを装備していることが分かる。シュウはシューズケースを片手でぶら下げながら、もう一方の手でくせっ毛が跳ねる頭を掻いた。頭の中心線をやや長めに残した髪の毛が、フラフラと揺れた。部屋の窓から差し込む陽光を反射し、サッカーシャツとサッカーパンツの生地が輝く。シャツに縦に走るシャドーストライプとVネックの首周りの白い筋が、デザイン上のアクセントとなっていた。
「すんません。でも、時間ピッタリに来られても、ムカイせんせも困るっしょ?」
部屋の主は椅子から立ち上がると、シュウを一睨みしてから苦笑した。
「お前らしい屁理屈だな。部活や試験で遅刻してなけりゃいいけどさ」
シュウは肩を竦めながら笑って応えた。
「今日はいつもと違う部屋を使うから、付いてきな」
「ほーい。了解っす。ムカイせんせ」
廊下を歩くムカイの横に並び、シュウはムカイを勝手に世間話相手にしながら歩き始めた。
シュウが招き入れられた部屋は、普段シュウ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
壁や床はコンクリート打ちっ放しのままで、蛍光灯の白々しい光が殺風景な室内を無機質に照らしていた。何も無ければフットサルコートくらいは取れそうな部屋だったが、中央にはフリーアクセスのために床上げされた巨大な台が陣取っている。金属の床と本来のコンクリートの床との間で大量のケーブルが波打っている様子が見えた。ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
室内をキョロキョロと見回していたシュウは、ムカイが弄るコンピュータラックよりも、その横に並ぶ白い卵状の何かに強く興味を惹かれていた。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、シュウに話し掛けた。
「指示通り、ちゃんとユニフォーム着てきたんだな」
シュウは頭の後ろで両手を組みながら、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「本番に近い状況を作る必要があるから、って言われりゃ、そりゃね」
蛍光灯の灯りの下で、シュウのサッカーシャツとサッカーパンツは強い光沢を放っていた。
「スパイクも持ってきただろ?」
「もちろん」
「じゃあ、ちゃっちゃと履き替えて、上がっといで。床がコンクリや鉄だから、歩き辛いだろうけど」
「りょーかい」
シュウはスニーカーを無造作に脱ぎ捨てると、床に膝をつきスパイクに履き替え始めた。
シュウは高等部のサッカー部員で、試合ではよくボランチのポジションを務め、周りのMFやFWを巻き込んで守備から一気に攻撃に転じる起点役を得意としていた。
シュウが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
シュウも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。動体視力と空間把握力を鍛えながらも、目にかかるストレスを緩和するトレーニングも行なえるという新たな技術と装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。シュウは、普段から気軽な兄のように接してくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵が、その装置なんだろうな。面白そう。早く使ってみたいな。
そんなシュウの期待を後押しするかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「おっ」
シュウは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これが、動体視力と空間把握力を訓練するための新装置」
期待に浮き足立つシュウに対して冷静な表情のムカイが、説明を始めた。
「シュウはボランチとして、時にはゲームメイクしなければならない立場であるからな。何よりもピッチ全体を立体的に認識しながら自分と周囲を動かさないとならない。これはサッカーのコートや試合の動きのシミュレータみたいなもんだが、完全に集中して取り組むためには、先ず外界の情報を遮断した状況を作らないとならない。そのための装置ってわけだ」
「へぇー、すげぇ」
想像以上の大掛かりな仕掛けを前に、シュウは素直に感嘆の声を上げた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
シュウは卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどうだ?」
「すげー。良過ぎっすよコレ。このまんま寝ちゃいそう」
ムカイの問い掛けに答えると、シュウはニッと笑って見せた。少しずれたサッカーシャツの襟元からは白いインナーシャツが、そしてサッカーパンツの裾からは同色の青いスパッツが見え隠れした。光沢感に富んだユニフォームから伸びる腕と脚には、日頃の基礎練習の成果かバランスの取れた筋肉が付いていた。シュウは特に恵まれた体格ではなかったが、その体は着実の大人の漢として成長しつつあった。
「この装置は完全防音だし光も完全に遮蔽するからなぁ。シュウのことだから本当に寝ちまうかもな」
ムカイの言葉にシュウは少し不貞腐れて見せた。
「んなワケないっしょ」
「ま、視覚のリラックスも目的の一つだから、状況によっては寝てくれてもいいんだ。装置の中の様子は全てモニタリングしてるから、訓練に戻るタイミングでも寝てるようなら呼び掛けてやるよ。異常が生じたらすぐに蓋が開くようになってるし、それでも起きないようなら直接俺が殴ってやる」
シュウはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。ムカイは説明を続ける。
「先ずその上のヘルメットを被るんだ。ゴーグル部分は内側がスクリーンになっていて、視野全体を覆うように映像を表示することができる。蓋が閉まると無音になるけど、慌てるなよ。先ずサッカーのコートを模した映像が表示されて、その中をシュウ自身が走ったり飛び回ったりするような動画が流れる。他のプレイヤーもてんでバラバラに動いているから、それらとの距離感を常に意識しながら映像を見続けるんだ。途中、高速で動いたり高く蹴り上げられた状態のボールが登場する。それは動体視力の訓練なので、しっかり目で追うこと。視覚のリッラクスのためには、サッカーとは関係の無い映像が流れるので、それはボケッとしながら眺めてればいいよ。時には文章も表示されるけど、それも特に意味を考えずに眺めてればいい。分かったか?」
「んー、思ったより複雑なんすね」
考え込むような表情でムカイの言葉を反芻するシュウの前に、ムカイは顔を突き出した。シュウは思わずムカイの顔を至近に見詰めた。
「ま、あまり考えず、映像に身を任せてれば大丈夫。これは俺が作った装置なんだから」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、シュウの表情が急に柔らいだ。
「そっすね。ムカイせんせ」
シュウの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべて装置から一歩退いた。
「じゃあ、シュウ、そのヘルメットを被って」
「りょーかい」
シュウは上に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろして頭に被った。ヘルメットはアームによって装置の天井からぶら下げられ、アームには多くのケーブルや管が巻き付けられていた。
「ムカイせんせ、OKっすよ」
「うん。じゃあ、始めるよ」
ムカイがキーボードを操作すると、卵の蓋がゆっくりと閉まり始めた。シュウは頭部をヘルメットに覆われた状態で、全身をシートに預けた。蓋が密着した瞬間、それまで聞こえていた風切り音が全て途絶え、一方でシュウの視界には広大なサッカーコートが広がった。
ムカイが見詰めるディスプレイには、微弱な赤外線の投射と反射によって捉えられたシュウの瞳の動きがトレースされており、またスピーカーからは装置内の音が流れ続けていた。当初は視界を覆うスクリーンの全ての領域に目を配っていたシュウであったが、視覚以外が無感覚な状況が続き、またスクリーン上の世界に埋没している内に、全ての知覚をスクリーンの映像に支配されるようになっていた。他のプレイヤーが誰もいなくなったコートの上で、シュウはひたすらボールの動きを追っていた。シュウの瞳は、ボールが動くように動き、ボールが止まると共に止まる。正面の位置に止まったままのボールを、シュウは何らの疑問も抱くこと無くじっと見詰め続けていた。ムカイの前のディスプレイ上で、シュウの瞳を示す表示は一箇所に留まったままで、スピーカーからは規則正しい呼吸音が微かに聞こえてきていた。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「映像に対する被暗示性が極限に達したら、いよいよ本番開始だな」
スクリーン上の映像を制御するプログラムが、自動的に次のフェーズへ移行した。
シュウの前に広がるサッカーコートが、次第に暗い闇の中へ落ち込んでいく。同時に、サッカーボールは一つの光点へと変化していった。やがてシュウが見る世界は、星がたった一つだけ輝く闇深い宇宙へと姿を変えた。それでも、シュウは唯一の星を見詰め続け、そこから目を離そうとはしなかった。
突然、星を中心に白い文字が浮かび上がった。
【私に従え】
文字はすぐに消え、シュウの視界は星が一つ輝くだけの静謐な宇宙へと戻った。しかし再び、文字が現われる。
【私に従え】
そして暗転。
文字の表示と暗転とが数回繰り返される。だがそれでも、シュウの瞳は星を見詰める位置のまま、動かずにいた。シュウの知覚に於いては、まるでサッカーボールであった星が、シュウに語り掛けてくるように認識されていた。シュウの視線がぶれないことを確認したプログラムが、次々と文字を描き出す。
【私の言葉に従え】
【私の言葉は絶対だ】
【お前は私の言葉に従う】
【お前は忠実な下僕だ】
【お前は…
やがて、スピーカーからはシュウの声が聞こえ始めた。
『私はあなたに従います…あなたの言葉は絶対です…私はあなたの忠実な下僕です…』
シュウはスクリーンに表示された言葉を自分自身の立場に受け入れ、それを無表情に繰り返していた。その内容が、次第に変わっていく。
『私は…トレーナーのムカイ先生の下僕です…俺はムカイ先生のものです…ムカイ先生は俺のご主人様です…ご主人様の命令は絶対です…』
ある瞬間からスクリーン上の文言が一変し、シュウが呟く言葉にも大きな変化が生じた。
『俺はご主人様を愛してます…俺は仲間になるみんなのことを愛してます…俺は男が…男がっ好きっです…俺はっ男で抜いてっますっ…』
シュウの言葉には感情を滲むようになっていた。シュウの瞳は視界の中を激しく動き出した。
『俺っ、好きっ、男っ、はぁっ、ご主人様っ、んっ、仲間っ、あっ、んっ…』
装置内に設置された赤外線カメラは、シュウが両手でサッカーパンツの上から陰茎をこする様子を映し出していた。
『んはっ、俺っ、気持ちいっ、男のことっ、ユニ、サカパンっ、気持ちいぃっ、あっ、俺っ、射精っ、下僕っ、抜いたらっ、下僕になれっるっあああっ』
シュウの全身がビクビクと痙攣し、ヘルメットに繋がったアームとケーブル群が大きく揺れる。射精の瞬間、シュウの瞳は再び視界の中心に固定され、そして消えた。
卵型の装置の蓋が開く。蛍光管の灯りに照らされたのは、ヘルメットを被ったまま涎を垂らし、勃起によって盛り上がったサッカーパンツを精液で濡らして気絶するシュウだった。
ムカイがヘルメットを外してやると、シュウは手の甲で目をこすりながら周囲の様子をうかがった。そしてムカイが自分のことを見詰めていることに気付くと、シートから上半身を起こして姿勢を正した。
「ご主人様」
シュウは表情を失った目を真っ直ぐにムカイに向け、一礼した。
「俺は、ご主人様の忠実な下僕です」
その平坦な口調に、感情豊かな本来のシュウの面影は無かった。
「俺は、ご主人様を愛しています。だから…。んっ」
シュウの両手は再び自身の股間へと伸びる。精液で濡れたサッカーパンツ越しに、シュウは勃起した陰茎をこすり始めた。
「俺はっ、ご主人様でっ、抜きますっ。俺っ、下僕だからっ、抜くっ、抜きますっ、抜く抜くっ」
シュウは上半身を少し前傾させながら、そしてムカイの顔を見詰めながら、手を激しく動かしていた。
「これはこれで、いい感じの壊れ方だな、シュウ」
ムカイは独り言ちた。
「俺、サカパン穿いて抜きますっ、気持ちいいですっ、ご主人様っ、見てくだっさいっ俺の勃起っ俺のオナニーっ俺のあっあっあぁっ…」
シュウは再び射精した。全身をガクガク震わせながらも、視線はムカイのことを捉えようと必死で泳いだ。
「視覚への刺激だけだと、柔軟性に欠けた暗示になっちまうな。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな」
ムカイは装置内部に手を伸ばすとヘルメットを引き下ろし、射精直後で放心状態のシュウの頭部に被せる。シュウは「ご主人様」と呟きながらも、ムカイにされるがままになっていた。
「ンムッ」
シュウがくぐもった声を上げた直後、シュウの全身が脱力した。ムカイはシュウをシートの上に寝かせると、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。暫くこの中で寝てるんだ」
再び、シュウは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、スクリーンから与えられる映像の世界で快感と休息を交互に貪るシュウもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
シュウが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。シュウには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったシュウは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたユニフォームを脱ぎシャワーで体を清めるシュウは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「シュウ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた青いサッカーシャツとサッカーパンツを身に付けたシュウは、ムカイからの呼び掛けに嬉しそうに笑いながら応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 触覚編】
「失礼します」
しっかりしたノックの後一拍置いてから、『トレーナー室』という札が掛けられた扉が静かに開いた。
部屋の主は椅子に座ったまま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「リクらしいな。まだ5分前だよ」
リクと呼ばれた少年は、上下とも脇に白いラインが入った赤いランニングシャツとランニングパンツを身に付け、スニーカーの中には陸上用の白いショートソックスを履いていた。リクはシューズケースを小脇に抱えながら、ペコリと一礼した。眉に掛かるか掛からないかという程度の長さの真っ直ぐな髪の毛が、フワリと浮いた。部屋の窓から差し込む陽光を、ランニングシャツとランニングパンツの生地の襞が反射する。
「すみません。時間になるまで、待ってます」
部屋の主は椅子から立ち上がると、リクに向かって優しく笑い掛けた。
「いいよ。もう準備はできてるから。今日はいつもと違う部屋を使うから、付いておいで」
「はい、ムカイ先生。よろしくお願いします」
再度会釈するリクの横をすり抜け、ムカイは廊下を歩き始めた。リクは無言でその後を追った。
リクが招き入れられた部屋は、普段リク達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
天井には空調の送風管が剥き出しになっており、蛍光灯の白々しい光が殺風景な室内を無機質に照らしていた。広大な部屋の中央にはフリーアクセスのための床上げが施されており、金属の床と本来のコンクリートの床との間で大量のケーブルが波打っている様子が見えた。ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
リクはムカイの様子をうかがっていたが、それよりも興味を惹かれたのは、床上げされた台の上に並んだ白い卵状の何かだった。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、リクに話し掛けた。
「指示通りユニフォーム姿で来てくれて助かったよ」
リクは少し緊張しながらも、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「本番に近い状況を作る必要があるとのことでしたので」
蛍光灯の灯りの下で、リクのランニングシャツとランニングパンツは光沢感を増していた。
「短距離用のスパイクも持ってきた?」
「はい。いつも使ってるのを」
「じゃあ、ひとまず履き替えて、上がってきてくれるかい?コンクリや鉄の床でスパイクを傷付けないよう、気を付けて」
「はい」
リクは小さく頷くと床に座り込み、スニーカーのシューレースを丁寧に解いてスパイクに履き替え始めた。
リクは高等部の陸上部員で、短距離を中心に殆どの種目で部内一二の記録を誇る選手だった。公式記録とはならないものの、時に社会人記録を凌ぐことさえあった。
リクが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
リクも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。マッサージによるストレッチ効果をメンタルトレーニングにまで昇華した新たな技術と装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。リクは、普段から親身に面倒を見てくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵が、その装置なのだろうか。どうやって使うのだろう。
そんなリクの疑問を遮るかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「あっ」
リクは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これがマッサージとメンタルトレーニングのための新装置」
驚くリクのことを微笑みながら見下ろすムカイが、説明を始めた。
「リクは走る・跳ぶ・投げるを全て担当しているからね、全身のバネを常に最善の状態に保っておかなければならない。そのためには、首から下の全身を対象としたマッサージを行ないながら、メンタル面でもリラックスした状態を作る必要がある。そのための装置だよ」
「は…はぁ…、は…はい…」
想像以上の大掛かりな仕掛けを前に、リクは返すべき言葉を失っていた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
リクは卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどうだい?」
「えっと、かなり、いいです。このまま寝てしまいそうです」
ムカイの問い掛けに答えると、リクは少し体を動かした。ランニングシャツの肩の位置がずれ、白く灼け残った部分が露出する。肉体の凹凸を光の反射として映し出すシャツとパンツは、元々骨細であったリクの胸で胸筋が発達し始めていること、そして陰茎が男性のシンボルとして成長していることをムカイに見せ付けていた。
「この装置は完全防音だし光も完全に遮蔽するので、寝ちゃっても構わないよ」
ムカイの言葉にリクは不安そうな表情を浮かべた。
「え…、蓋、閉めるんですか…?」
「そうだよ。外界からの情報を完全遮断した上でマッサージを施す、というのもこの装置の意味であり、だからこそメンタルトレーニングまで合わせて行なえるんだ。大丈夫、装置の中の様子は全てモニタリングしていて、何か異常が生じたらすぐに蓋が開くようになっているし」
それでも、リクの表情は晴れなかった。ムカイは説明を続ける。
「蓋が閉まると真っ暗になるけど、慌てないこと。シート側と蓋の両側が風船状に膨らんで体を包み込むので、最初はできるだけじっと待っていてほしい。風船の中に細かく張り巡らしたチューブに加圧した空気を断続的に送り込むことで、全身マッサージが行なわれるようになる。腕や脚も個別に包み込む形になるから、腋や股を力んで締めないように。マッサージが始まったら、後は身を任せてリラックスしてもらえればいいよ」
「はい…」
装置の中を見回しながら頷くリクの前に、ムカイは顔を突き出した。リクは思わずムカイの顔を至近に見詰めた。
「これは俺が開発した装置なんだから、大丈夫だって」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、リクの表情が急に柔らいだ。
「はい。ムカイ先生。そうですよね」
リクの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべて装置から離れた。その背中にリクが問い掛ける。
「ムカイ先生。このヘルメットのようなもの、被るんですか?」
リクは装置の内部に上方から伸びるフルフェイスヘルメット状のものを指差していた。
「あぁ、それね。それは今回は使わないから。じゃあ、始めるよ」
「はい。ムカイ先生。お願いします」
ムカイがキーボードを操作すると、卵の蓋がゆっくりと閉まり始めた。リクは全身をシートに預け、静かに目を閉じた。蓋が密着した瞬間、それまで聞こえていた風切り音が全て途絶え、リクは静寂な闇に包まれた。
ムカイが見詰めるディスプレイには、赤外線カメラによって撮影されたリクの顔が映し出され、スピーカーからは装置内の音が流れ続けていた。首から下の全身をチューブ群に覆われたリクは、マッサージが気持ち良かったのか唇の端に涎を溜めながら寝息を立てていた。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「睡眠状態を確認できたら、いよいよ本番開始だな」
チューブ内の圧搾空気を制御するプログラムが、自動的に次のフェーズへ移行した。
『ん…』
リクの口から、鼻にかかった吐息が漏れる。リクの頭が揺れる。チューブの中を巡る空気の勢いが強くなったためだった。肘や膝の裏、腋、そして乳首や股間に対して、集中的に強い波が送られ始めた。
『んっ…はっ…』
リクの瞼が半開きになる。それに連動するかのように、チューブ群はリクの全身を強く揉みしだいた。
『やっ、ちょっ、あぁっ』
遂にリクは目を見開くが、闇の中でリクの視点は定まらなかった。今のリクにとって、感受できる情報は首から下の触覚だけだった。自分が今どこにいるのかを思い出せないままに、リクは全身を弄ばれた。特に、横腹を撫でられ、乳首を摘まれ、陰茎を揉まれる感覚に、リクは翻弄された。
『なっ、何これっ、ダメ…だ…っ、そこっ、あっ、んっ、あんっ、あっあっあっ…』
リクの眼球がグルリと回り、リクは白目を剥いた。唇の端から涎が流れ落ちた。リクが快感に飲み込まれた瞬間だった。彼の全身の触覚は、最早快感しか認識しなくなっていた。
『はぁっ、ひっ、あっ、んっ、あっ、ひぃっ、ひっ、はっ、んっ、はっ、んっ、んはっ…』
リクは顎を上げ、頭を細かく震わせた。目からは涙を流し、両方の鼻孔からは鼻水を垂らしていた。そしてディスプレイ上の表示は、チューブ群の中でリクの全身が激しく痙攣していることを示していた。
やがて、スピーカーから流れるリクの声が一際大きく、明確になった。
『ひゃっ、ああっ、あっあっ、はっ、でっ、出るっ、はっ、あっ…ああああああっ!』
射精の瞬間だった。リクは、陸上部のユニフォーム姿で、闇の中で全身を弄ばれ、果てた。
『ぁ…はぁ…』
射精を受けて弱くなった刺激に、リクは溜息を漏らす。ポカンと開けられた口からは、大量の涎が落ちた。
『気持ちいぃー…んあっ』
惚けたように呟くリクを、しかし装置は解放しなかった。先程よりも強い刺激が、リクを包み込む。
『ひいっひっはっあっあんっあっあっあっんぁっひっあっぅあっんっあああっ』
リクは、壊れた機械のように嬌声を上げ続けた。
卵型の装置の蓋が開く。蛍光管の灯りに照らされたのは、顔を涙と鼻水と涎で汚し、ユニフォームを汗で濡らしたリクだった。特に股間では、大きく勃起した陰茎がランニングパンツを盛り上げ、何度も大量に射精した精液が染み出していた。
リクは眩しさに目を瞑りながらも、左手で右胸の乳首を、右手で陰茎を、刺激し始めた。
「ひゃぁ…きもちぃー…もっと…もっと…抜くぅー…」
リクはユニフォームが汚れることも意に介さず、精液を塗り広げた。
「ランパンきもちぃー…ランシャツ快感ー…」
ムカイはリクに呼び掛けた。
「リク、聞こえるか?」
「んひぃー…抜きたいもっとぉ…抜きてぇー…」
「リク?」
「揉んでぇー…もっと揉んでよぉー…」
リクはムカイの呼び掛けには全く反応せず、腰を振り始めた。ムカイは肩を竦めた。だが、その顔には満足そうな笑みを浮かべていた。
「いい具合に壊れたな。リク」
ムカイは汗が浮いたリクの頭を撫でる。
「んはぁ…揉んでーチンコ揉んでー」
そこには、いつものリクの姿は無かった。
「触覚への刺激だけだと、やっぱり淫乱に壊れるだけだな。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな」
ムカイは装置内部の上方に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろした。リクの頭部にそれを被せる。リクは嬌声を漏らしながらも抵抗せず、ムカイにされるがままになっていた。
「ンムッ」
リクがくぐもった声を上げた直後、リクの全身が脱力した。ムカイはリクの両手をアームレストの上に戻すと、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。暫くこの中で寝てるんだ」
再び、リクは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、閉ざされた闇の中で快感と休息を交互に貪るリクもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
リクが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。リクには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったリクは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたユニフォームを脱ぎシャワーで体を清めるリクは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「リク」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた赤いランニングシャツとランニングパンツを身に付けたリクは、ムカイからの呼び掛けに表情を引き締めながら応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 味覚編】
「こんちはー」
のんびりしたノックの音が響いた後、やはりのんびりとした様子で『トレーナー室』という札が掛けられた扉が開けられた。
部屋の主は椅子に座ったま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「あれ、ゴロウ?早過ぎないか?」
ゴロウと呼ばれた少年は、ゴムのヘアバンドで前髪を上げ、上下ともバスケットボール用の黄色いゲームシャツとゲームパンツを着用していた。ゲームシャツは肩の幅が広いノースリーブタイプで、シャツとパンツの脇には紺色の太いラインが走り、首・腕・腰周りは白と紺のストライプで処理されている。首にはシューレースで左右を結わえたバスケットシューズをかけ、踝までの黒いバスケ用ソックスを履いた足にはサンダルを突っ掛けていた。
「あれ。今日15時じゃなかったでしたっけ?」
部屋の主は、部屋の窓から差し込む陽光を反射して輝くゲームシャツとゲームパンツを眺めながら、肩を竦めた。
「15時じゃなくて、5時。午後5時。念押ししたろ?」
「ありゃ」
ゴロウは頬を指先で掻くと、ヘアバンドを外しながら一礼した。
「すみません。時間間違えてました」
目にかかりそうな前髪が、パサリと垂れた。
「いや、いいよ。今丁度空いてるし。もう始めよう。いつもと違う部屋だから、付いといで」
「すみません。ムカイ先生。お願いします」
ムカイは自分より頭一つ以上背が高いゴロウの横をすり抜け、廊下に出た。ゴロウはヘアバンドを額にはめ直すと、頬を指先で掻きながら、その後を追った。
ゴロウが招き入れられた部屋は、普段ゴロウ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
フリーアクセスのために床上げされた巨大な台が中央に陣取る他は、何も設置されていない部屋だった。蛍光灯の白々しい光が殺風景な室内を無機質に照らしている。天井が高いため、蛍光灯に気を付ければバスケのゴールも設置できそうだった。
ゴロウが床上げの台の下で波打つ大量のケーブルを眺めていると、ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの奥に姿を消した。
ムカイの背中を目で追っていたゴロウは、台の上に並んだ白い卵状の何かに気が付いた。巨大な白い卵が5つも並ぶ様子は、異様だった。その全高はゴロウよりも高いように見え、また全周はゴロウの腕でも抱え切れない程の太さで、恐らく人一人であれば立ったまま入れるであろう大きさだった。
再び現われたムカイはガラス瓶を手にしていた。
「お偉方からは見えないところに、冷蔵庫なんかも持ち込んでるんだよ」
ムカイは笑いながらコンピュータラックの一つの扉を開け、トレイを引き出すとガラス瓶を置いた。更に液晶ディスプレイとキーボードを準備しつつ、ゴロウに話し掛けた。
「指示通り、ちゃんとユニフォームで来てくれたね」
ゴロウは巨大な卵に目を奪われながらも、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「本番に近い状況を作る必要があるんですよね?」
蛍光灯の灯りの下で、ゴロウのバスケットボール用のユニフォームは光を白く反射していた。
「そのバッシュはいつも使ってるもの?」
「はい。試合でもこれ使ってます」
「じゃあ、バッシュ履いたら上がっておいで。床は一応きれいにはしてる筈」
「分かりましたー」
ゴロウはバスケットシューズのシューレースを解くと、サンダルを抜いで爪先を突っ込んだ。足首の周囲の締め付け具合を確かめながら、シューレースを固く結ぶ。
ゴロウは高等部のバスケットボール部員で、背の高さやフィジカルの安定感を活かしてセンターとパワーフォワードを柔軟に兼任していた。
ゴロウが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
ゴロウも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。迅速な栄養補給が可能なスポーツドリンクを開発したので、その効果を測る実験に参加してほしい、という内容だった。ゴロウは、普段から内容に関わらず相談に乗ってくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵は何なんだろう。まぁ、サプリの試飲や自分とは関係無さそうだな。
そんなゴロウの無関心を裏切るかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「うわ…」
ゴロウは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これに座るだけで、血圧とか血液検査とか、諸々できちゃう新装置」
無言で目を丸くするゴロウに対して、ムカイはやや得意気に説明を始めた。
「ゴロウは接触プレーも多い立場だからな、試合ではかなり消耗すると思うんだ。どうせ飲むなら実効性の高いサプリメントの方が良いに決まってるから、これで効果を測定しながら新しいスポーツドリンクを試してもらいたい、ってことだな」
「あー、そういうことなら。はい。分かりました」
予想外の大掛かりな仕掛けを前に、ゴロウは圧倒されたまま頷いていた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ゴロウは卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどうだ?」
「いいですねー、これ。家や部室にも欲しいなー。寝心地良さそう」
ゴロウはニコニコ笑いながらムカイの問い掛けに答えた。ヘッドレストに頭を預けるとゲームシャツの前面が少し浮き、脇からは発達した胸板が姿を覗かせた。ボールを操る肩から二の腕、そして全身での跳躍を支える脹脛では、筋肉がしっかりと発達していた。十分に成長した肉体を、光沢を放つユニフォームが包んでいた。
「いいぞ別に寝ちゃっても。検査はゴロウが寝ててもできちゃうからな」
ムカイの言葉にゴロウは苦笑を返した。
「冗談ですよ」
ムカイも笑いながら、理科の実験に使う広口瓶に似た形状のガラス瓶をゴロウに差し出した。
「あれ。これ…結構粘ってるんですね」
中身の様子を目にして、ゴロウの顔に一瞬困惑が走った。そのゴロウに向かって、ムカイは顔を突き出した。ゴロウは思わずムカイの顔を至近に見詰めた。
「スポーツドリンクとしては珍しいけど、今はゼリー飲料もあるだろ?俺が作ったサプリなんだから、大丈夫」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、ゴロウの表情が急に柔らいだ。
「確かにそうっすね、ムカイ先生」
ゴロウの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべてガラス瓶をゴロウに握らせた。ゴロウはすぐにガラス瓶に口を付けた。
「あ、味いいですね。後引くな…これ」
最初は舐めるように少しずつ口にしていたゴロウだったが、味が気に入ったのか、すぐにゴクゴクと飲み干してしまった。
「うまかったっすよ。幾らでも飲めそう。もっと飲みたいなぁ」
本心から気に入ったらしいゴロウの表情に、ムカイも破顔しながらガラス瓶を受け取った。
「暫くしたら検査始めるから、そのまま待っててくれよ」
「はーい…」
程なくして、ゴロウの様子がおかしくなり始めた。顔にはやや紅がさし、瞼は半ば閉じられていた。脱力した四肢をシートの上にだらしなく投げ出し、身をよじる。
「あぁ…もっとぉ…」
「もっと飲みたいか?」
「あぁー、はぃー、飲み…てぇっすー…」
ゴロウはうわごとのように応えた。ムカイはニヤリと笑いながら、装置内部の上方に手を伸ばした。装置の天井からアームでぶら下げられたフルフェイス型のヘルメットを、ゴロウの頭部に引き寄せる。アームに巻き付けられたチューブとケーブル群が大きく揺れる。
「なら、これを被るんだ。サプリを好きなだけ飲めるぞ」
「はぁ…はーい…被るっすー…」
ゴロウは自ら頭を上げ、ムカイの指示に従った。ムカイはヘルメットの下から手を入れ、口許に突き出したチューブをゴロウに咥えさせる。
「吸ってみろ」
ゴロウは応えもせずに、チューブをズルズルと吸い始めた。ゴロウの喉が上下に動く。ゴロウはムカイが幾つもの薬物を混入した粘液を、ムカイの意図通りに取り込み続けた。成分の配合を制御するプログラムが、その味を徐々に精液のそれに近付けていることに気付くことも無く。
「あ…」
チューブが粘液の供給を止めた時、ゴロウは不満そうな声を漏らした。ゴロウの全身は紅潮し、またゲームパンツの股間は勃起した陰茎によって大きく膨らんでいた。
「もっとぉ…サプリもっとぉ…」
媚びるような声で粘液をねだるゴロウに、ムカイは答えた。
「もっと飲みたかったら、オナニーして抜くんだ。オナニーして出る汁も、同じ味がするぞ」
「はいぃー…」
ゴロウの両手は躊躇すること無く自身の股間へと伸び、大きく勃起した陰茎を勢い良くこすり始めた。
「あっ、んはっ、あぁっ、気持ちいぃーよぉ…バスパン…ツルツル…気持ちいっ…あはっ、んっ、あっ、はっ、はっ、あっ、はっ、あっ、ああぁぁっんっんんっ!」
ゴロウは達し、シートを揺らしながら前後に激しく腰を振った。ゲームパンツの上に精液が染み出す。ゴロウはそれを掌になすり付けると、舌でペロペロと舐めた。
「あぁっ、うめっ、うめーっすよっ。俺のザーメンっ、うめぇっ。ザーメンうめーっ」
ゴロウは狂ったように叫ぶと、再びパンツの上から陰茎を揉み、こすった。
「いい壊れっぷりだな、ゴロウ」
繰り返し精液を絞り出す様子を見ながら、ムカイは頷いた。
「とはいえ、味覚への刺激だけだと、酩酊状態に置くしかないな。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな」
「ザーメンうめー」
喚き続けるゴロウに、ムカイは呼び掛けた。
「ゴロウ、もう一回チューブから飲ませてやるよ」
間を置かず、ゴロウはチューブを咥え込んだ。ズーズーとチューブを吸い上げる音が聞こえる。圧搾空気で押し出された液体が、ゴロウの喉に飛び込んだ。
「ンムッ」
ゴロウがくぐもった声を上げた直後、ゴロウの全身が脱力した。ムカイは精液と涎に汚れたゴロウの両手をアームレストの上に置くと、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。暫くこの中で寝てるんだ」
蓋が装置の外殻に密着し、ゴロウを闇と無音の中に包み込む。ゴロウは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、口許のチューブから与えられる薬物入りの粘液、或いは自分自身の精液を貪り、定期的に眠らされるゴロウもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
ゴロウが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。ゴロウには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったゴロウは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたユニフォームを脱ぎシャワーで体を清めるゴロウは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「ゴロウ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられたバスケットボール用の黄色いゲームシャツとゲームパンツを身に付けたゴロウは、ムカイからの呼び掛けに落ち着いた笑みで応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 嗅覚編】
「申し訳ありませんっ」
ノックが殆ど聞こえないままに、『トレーナー室』という札が掛けられた扉が大きく開かれ声が響いた。その様子に、待つ側が大いに驚かされた。
部屋の主は椅子から立ち上がると、訪問者の方を振り返った。
「ソウシかー。びっくりした。遅刻したからって、慌てなくていいよ」
ソウシと呼ばれた少年は、上下共に白い体操競技用ジムシャツとジム短パンを身に付けていた。裸足のままでスニーカーを履いており、肩や顔には汗の雫が吹き出していた。ソウシは深々と頭を下げ、暫く上げようとしなかった。短く刈った頭髪にも、汗の粒が浮いているのが見える。
「50分も遅刻してしまいっ、失礼しましたっ。予定を忘れ、部活の練習をしていましたっ。わざわざムカイ先生の方から呼び出していただき、ありがとうございますっ」
ソウシは謝罪や弁解を矢継ぎ早に口にすると、恐縮し切った顔を上げた。
肩や腋を露出させ、体の線をそのまま描き出すジムシャツと、股下の丈の短いジム短パンが、部屋の窓から差し込む陽光を受けて白い光沢を放った。
ムカイは困ったように笑うと、ソウシの肩を軽く叩きながら廊下に出た。
「まだ間に合うから、もう気にするなよ。今日はいつもと違う部屋を使うから、付いておいで」
「はいっ、ムカイ先生っ、ありがとうございますっ。よろしくお願いしますっ」
ソウシはムカイの背に向かって再度一礼すると、廊下を歩き始めたムカイの後を神妙な面持ちで追った。
ソウシが招き入れられた部屋は、普段ソウシ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
大小様々なパイプ群が天井や壁を這う殺風景な部屋の中を、蛍光灯の白々しい光が無機質に照らしていた。常々器械体操専用の部屋が欲しいと思っていたソウシにとって、魅力的な広さの部屋だった。その中央には、フリーアクセスのための床上げが施されており、金属の床と本来のコンクリートの床との間で大量のケーブルが波打っている様子が見えた。ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
ソウシは暫く神妙にしたままでムカイの様子をうかがっていたが、好奇心の方が次第に勝るようになっていった。何よりも目を惹くのは、床上げされた台の上に並んだ白い卵状の何かだった。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、ソウシに話し掛けた。
「ちゃんと試合用のシャツとパンツで来てくれたんだな」
ソウシはまた恐縮しながら、しかし空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「うちの部、練習もこのカッコなんですっ。だから、練習からそのままっ、飛び出してきましたっ」
蛍光灯の灯りの下で、ソウシのジムシャツとジム短パンは光を反射させながら肉体の凹凸を強調していた。
「かなり汗かいてるってことかな?」
「あっ…、はい…すみません…汚いカッコで…」
俯いてしまったソウシに、ムカイは努めて明るい声を掛けた。
「いや、いいんだよ、その方が本番に近い状況だと言えるし。とりあえず、こっちに上がってきてくれるかい?」
「え…はっ、はいっ」
ソウシは手招きするムカイをこれ以上待たせるような真似はしまいと、鉄の階段を駆け上がった。
ソウシは高等部の体操部員で、吊り輪や平行棒など器械体操全般をこなしつつも、跳馬や床など跳躍や宙返りといった技を得意としていた。
ソウシが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
ソウシも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。アロマテラピーを応用したリラックス用のプログラムと、そのプログラムの効果を最大限に高める専用装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。ソウシは、強い責任感で運動選手一人一人に対峙してくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵はアロマポットなのだろうか。それにしては大き過ぎるか。だったら何なんだろう。
そんなソウシの好奇心を助長するかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「へぇーっ」
ソウシは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これがアロマテラピー応用のリラックスプログラムのための新装置」
興味に目を輝かせるソウシに向かって笑みを返したムカイが、説明を始めた。
「ソウシは跳んだり宙返りしたり、一歩、いや一手間違えれば大怪我に繋がる状況下で、技の美しさを競わなければならない個人勝負をしてるだろ?嗅覚は大脳辺縁系という本能に近い部分に結び付いているから、アロマテラピーは特にそういう体操競技選手に向いているんじゃないか、って思ってるんだよ」
「はいっ、なるほどっ」
予想外の大掛かりな仕掛けを用意してもらったことへの感謝で、ソウシの声は上擦っていた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
「防水シートだから汗なんか気にするな」というムカイの言葉に促され、ソウシはスニーカーを脱いで裸足になると、卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどう?」
「とてもいい感じです。疲れてたら、このまま寝てしまいかねないくらい…」
ムカイの問い掛けに思わず本音を答えてしまい、ソウシはきまり悪そうに照れ笑いを見せた。体にフィットしたジムシャツは、細身のソウシにも発達した胸板が備わっていることを殊更に強調し、また裾が短く生地に遊びの少ないジム短パンは、ソウシの陰茎をなだらかな膨らみとして見せ付け、ソウシの全身が大人の男に変わりつつあることを如実に示していた。
「寝てしまえるくらいなら、プログラム成功だよ。遠慮無く寝てくれ。この装置は外の音と光を完全に遮断するから、寝るにはいい環境だと思うぞ」
ムカイの言葉に、ソウシは笑みを深くした。
「はい。ほんとに寝てしまったら、すみません…」
「装置の中の様子は全てモニタリングしているから、時間になったら起こしてやるし、何か異常が生じた場合にもすぐに蓋が開くから、ま、安心して寝ててくれよ」
ソウシはまた少し照れたように笑いながら、ペコリと軽く頭を下げた。
「それでは先ず、その上から提がったヘルメットを被ってくれるかい?ヘルメット内部には管が埋め込まれてて、鼻の近くで香りが揮発するようになっているんだ。香りの成分や濃度については、ソウシの状況をモニタリングしながら制御プログラムが調整するようになってる。だから、ソウシは普通に呼吸しながら、のんびりしてくれてればいい。分かったかい?」
「…あの…かなり鼻の近くで、アロマオイルを焚くってことですよね…?」
ソウシは不安そうに尋ねた。そのソウシに、ムカイは無言で顔を近付けた。ソウシは、自分を見据えるムカイの顔を思わず至近に見詰めた。
「大丈夫。その分、香りの成分は希薄になるよう、俺自身がプログラムを調整してるから」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、ソウシの表情が急に柔らいだ。
「はい。すみません、ムカイ先生。安心しました」
ソウシの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべて装置から一歩退いた。
「じゃあ始めるよ。ソウシ、ヘルメットを被って」
「はい」
ソウシは上に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろして頭に被った。ヘルメットはアームによって装置の天井からぶら下げられ、アームには多くのチューブやケーブルが巻き付けられていた。
「ムカイ先生。お願いします」
「よし、扉を閉めるよ」
ムカイがキーボードを操作すると、卵の蓋がゆっくりと閉まり始めた。ソウシは頭部をヘルメットに覆われた状態で、全身をシートに預けた。蓋が密着した瞬間、それまで聞こえていた風切り音が全て途絶え、同時にほのかに柑橘系の爽やかな香りが、闇の中に漂い始めた。
ムカイが見詰めるディスプレイには、赤外線カメラによって撮影されたソウシの全身が映し出され、スピーカーからは装置内の音が流れ続けていた。ヘルメットを被ったソウシは、その効果を徐々にリフレッシュからリラックスへと遷移させた香りの中で、眠りに落ちていた。スピーカーからは、微かだが規則正しい寝息が聞こえていた。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「そろそろ本番開始だな。もっと気持ち良くなる臭いを教えてやるよ」
香りを制御するプログラムが次のフェーズへと移行し、ソウシの鼻先に吹き出す気体の中に薬物を混入し始めた。
『ん…』
ソウシの口から、鼻にかかった吐息が漏れる。やがて、ソウシは手足の指を強張らせながら、腕や脚を小刻みに震わせ始めた。
『はっ、はっ、はっ、はっ…』
ソウシの息遣いが荒くなり、全身に震えが走る。ソウシの口の端からは泡となった唾が噴き出した。気体に含まれる薬物の濃度が上げられる。
『ひっ、ひはっ、はっ、ひっ、ひゃっ、はぅっ、ひゃはっ…』
興奮状態に陥ったソウシは喉を鳴らし、その度に口から泡を噴く。痙攣する四肢が、まるで独立した生き物のようにアームレストとフットレストの上で暴れ始めた。ソウシの様子をディスプレイ越しに冷淡に見詰めていたムカイは、キーボードを操作する。直後に、腕と脚の周囲で多数のチューブが風船状に膨張し、両手足を拘束した。
『ひぎっ、ひっ、がっ、ぁがっ、ひゃひっ、ひっ、ひっ、ぎぃっ…』
四肢を動かせなくなったソウシは、獣のような呻き声を上げながら、腰を上下や前後に動かしのたうった。その動きのために、ジム短パンがずり落ちる。制御プログラムは更に、気体の中に男性の体臭やカウパー腺液、そして精液の臭いの成分を混ぜ始めた。
『がっ、はっ、があぁっ、あがぁっ、ひぃっ、ひぐっ、ぐぁっ、ひゃはっ…』
激しく動き続けるために目視確認はできなかったが、ソウシの股間では陰茎が大きく固く勃起し、ジム短パンとその内側のジムシャツを盛り上げていた。
『ひゃっ、がっ、あっ、あひっ、はっ、あっ、あっ、あっ…』
ソウシの呻き声に嬌声が混じる。無秩序に動いていた腰が、前に向かって規則的に突き出されるように変化した。その動きが速度を増し、そして
『ひゃっ、はっ、あっ、あああああああーっ』
物理的な刺激を陰茎に一切受けていないにも関わらず、ソウシが達した瞬間だった。一際高く腰を突き出し、そして叫び声を上げると、ソウシは失神しながら射精を始めた。シートに落ちた腰がビクッビクッと震える度、ジム短パンとジムシャツから精液が染み出す。射精の発生を受けて、制御プログラムは気体の送出を中止した。
ソウシの四肢を拘束していたチューブが縮み、卵型の装置の蓋が開く。ソウシはぐったりとしてシートに横たわっていた。
「こりゃ、俺までおかしくなりそうだ」
卵から漂い出した臭いに、ムカイは慌てて防毒マスクを装着した。ソウシの頭からヘルメットを外すと、見開かれたままのソウシの瞳は極限まで縮小し焦点を失っていた。鼻からは鼻水だけではなく鼻血も一筋流れ出し、大量の涎と混じり合ってジムシャツの胸を汚していた。
ムカイはソウシの腰と尻を片腕で支えると、精液に濡れたジム短パンを脱がし始めた。ジム短パンの下から現われたジムシャツは、女性用のワンピース型水着のような形をしており、ソウシは更にその下にインナーとしてマイクロビキニを穿いていた。陰嚢と陰茎を覆うマイクロビキニとジムシャツを横にずらしてやると、まだ勃起したままのソウシ自身が、精液を飛ばしながらそそり立った。
「んぐ…」
ソウシが意識を取り戻した。だがその目と表情からは知性や理性が削げ落ちており、上半身を起こしたソウシは獣のように、歯を剥き出してムカイを威嚇した。
「ぐ…、ぅガアッ!」
「よしよし、お前に、汗と精液の生の臭いをプレゼントしてやるよ」
ムカイは汗と精液に濡れたジム短パンで、ソウシの勃起をこすってやった。
「がっ…、あっ、あっ…」
ソウシはすぐに恍惚とした表情を浮かべ、威嚇をやめた。ムカイは陰茎にまとわり付いた精液をジム短パンで拭き取ると、ソウシの手許に放り投げた。ソウシは両手でそれを掴み、恐る恐る臭いを嗅ぎ出した。
「はぁ…」
ジム短パンに染み付いた自分自身の臭いによって、ソウシの表情は穏やかさを取り戻した。ソウシはジム短パンを自分の顔に押し当て、暫くその臭いを嗅ぎ続ける。勃起した陰茎がより固さを増し、揺れた。
「はぁー…」
ジム短パンから顔を上げたソウシは、ムカイのことなど無視し満足げな吐息を吐いた。そして、鼻血で赤く汚れたジム短パンで、自らの陰茎をこすり上げ始めた。元々滑らかな生地は、精液や涎に濡れ更に滑り易くなり、ソウシの快感を助けた。半開きの口からボタボタと涎を垂れ流しながら、快感に溺れ己れの陰茎を弄ぶ姿は、最早人間のものではなかった。
「嗅覚への刺激は本能に直結し過ぎるな。これはこれでかわいい壊れ方だけど」
ムカイは装置内部の上方に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろし、オナニーに夢中になっているソウシの頭部に素早く被せる。一瞬叫んで抵抗しようとしたソウシだったが、薬剤投与の方が早かった。
「ンムッ」
くぐもった声を上げた直後にソウシは意識を失い、無惨に汚れたジム短パンを両手に掴んだまま、シートの上に身を投げ出した。ムカイはソウシの両足と胸部を拘束ベルトでシート上に固定すると、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな。暫くこの中で寝てるんだ」
再び、ソウシは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、閉ざされた闇の中で快感と休息を交互に貪るソウシもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
ソウシが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。ソウシには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったソウシは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたジムシャツを脱ぎシャワーで体を清めるソウシは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「ソウシ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた白いジムシャツとジム短パンを身に付けたソウシは、ムカイからの呼び掛けに真剣な眼差しで応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 聴覚編】
「あの…えっと…」
遠慮がちなノックからかなりの間を置いて、『トレーナー室』という札が掛けられた扉がそろそろと開かれた。扉の軋む音に、訪問者の方が驚かされ身を震わせた様子だった。
部屋の主は椅子に座ったまま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「時間ぴったり。さすがエイタだな」
エイタと呼ばれた少年は、黒いジャージ上下にビーチサンダルを履いていた。地肌が見えるくらいに短く刈り込んだ頭髪と小柄な体格のため、またおどおどした挙動のせいで、実際よりも幼く見えていた。
「すみません、ムカイ先生。今、よろしいですか?」
ムカイは椅子から立ち上がると、手を軽く振りながらエイタに向かって微笑みかけた。
「勿論。この時間はエイタのために確保してるんだから。早速始めようか。ただね、今日はいつもと違う部屋を使うんだ。付いておいで」
「はい、ムカイ先生。ありがとうございます。よろしくお願いします」
ペコリと一礼するエイタの横をすり抜け、ムカイは廊下を歩き始めた。緊張するエイタは両手の拳を軽く握り締めながら、付かず離れずその後を追った。
エイタが招き入れられた部屋は、普段エイタ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
前後左右上下が全てコンクリート剥き出しのままの部屋で、殺風景な室内を照らす蛍光灯の白々しい光からは寒々しさばかりが感じられた。部屋の広さもまた寂しさを助長するようで、部屋の中央に設けられたフリーアクセスのための巨大な台と、その台の下で波打つ大量のケーブルの存在すら、今は救いに思われた。エイタが室内の様子をうかがっている間に、ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
エイタは今日の実験に漠然とした不安を覚えながら、台の上の機材群を見詰めた。コンピュータを格納したラックはまだ分からないでもない。エイタの理解の範疇を超越していたのは、台の上に並んだ白い卵状の何かだった。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、エイタに話し掛けた。
「いつも使ってる水着を着てきてくれたかい?」
エイタは不安を押し隠しながら、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「はいっ、本番に近い状況を作るため、と指示いただいたのでっ。このジャージの中にっ」
「うん、ありがとう。それじゃ、もう準備してもらっていいかな?」
「あっ、はいっ、すみませんっ、今すぐっ」
エイタはあたふたとジャージを脱ぎ始めた。パンツの裾のファスナーを開き、腰紐を解いてパンツを下ろす。素早く4つに畳むと、足許の床に丁寧に置いた。更に上着のファスナーを下ろすと、胸と腹が露出した。上着も畳んでパンツに重ねて置くと、台の上のムカイを見上げた。
「試合でも、これを使ってます」
エイタの水着は、ステッチによる白いラインがサイドに一本ずつ入った黒いブーメランパンツだった。サイドの脚ぐりは短く、太股の全体を見せている。エイタは小柄で筋肉が目立つ体躯ではないが、全体的に均整がとれた肉体だった。蛍光灯の灯りの下、パンツの伸縮性に富んだ生地は光沢を放ち、陰茎による小さな膨らみが影を作っていた。
「準備できたね。こっちに上がってきてくれるかい?階段でずっこけないよう、気を付けて」
「はい」
エイタは恐る恐る台に近付くと、ムカイの許へと階段を昇った。
エイタは高等部の水泳部員で、まだ目立った記録は残せていないが、どの泳法でも基本に忠実で、綺麗なフォームを安定的に保ちながら長距離を泳ぎ切れることが特徴だった。当人の自覚は希薄だったが、部内では将来を嘱望されている。一つ欠点があるとすれば、緊張のあまりスタートで出遅れを見せることが時折見られることだった。
エイタが通う高等部は大学に付属しキャンパスも隣接していることから、エイタ達が大学の長水路プールで練習することもあれば、大学の教員陣が高等部に出張して指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
エイタも一人の運動選手として、遠慮しながらもフィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。聴覚刺激に対する反射精度を上げる訓練プログラムと、音や音楽によるリラックスプログラムとを両方試すことができる技術と装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。エイタは、普段からこちらの話に静かに耳を傾け、穏かに助言を与えてくれるムカイに全幅の信頼を置いていた。実験に対する不安と自分を選んでくれた嬉しさとを同時に抱えながらも、エイタは二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵は、自分が参加する実験に関係するのだろうか。巨大な卵型は、そしてそれが並ぶ様子は、あまりにも異様だった。あの卵の中には一体何がいるんだろう。「いる」?「ある」じゃないのか?エイタは微かな恐れを感じながらも、機械である卵型装置の中に何か生物が潜んでいそうだという己れの直感を、嘲笑した。
そんなエイタの恐れに応えるかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「えぇっ」
エイタは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。この中に入る。そのことにエイタは言い知れぬ怯えを覚えた。
「これが、聴覚を通じた反射訓練とリラックスのための新装置」
怯えの色を隠せなくなったエイタの肩に両手を置きながら、ムカイが説明を始めた。
「エイタはもう競泳の基礎は飲み込んでる。後はコツコツと体を鍛えて、黙々と練習するしか無い。でも、スタートのタイミングの緊張や失敗については、俺が改善を手助けしてあげられる。聴覚を通じた反射訓練とリラックス、ってのは、要するにスタートの雷管の音にビビらずに良いスタートを切れる状態を作っておく、ってことなんだよ」
「は…はい…」
エイタは小さく頷いた。ムカイはエイタの正面に顔を突き出した。エイタは思わずムカイの目を至近に見詰めた。
「俺が作ったプログラムと装置なんだから、大丈夫。安心しろよ」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、エイタの表情が急に柔らいだ。
「はい。ムカイ先生。ムカイ先生のものだから、大丈夫ですよね。安心です」
エイタの素直な言葉を聞いたムカイは、優しく微笑んで見せた。予想外の仕掛けを前にエイタの本能が告げていた危険信号は、ムカイがこの日のために少年の中に静かに張り巡らした信頼感の網によって、容易く刈り取られてしまった。
「さぁ、この中に座ってごらん」
エイタはムカイの指示に従順に応え、ビーチサンダルを脱ぐと卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。思いの外、ほっとできる場所だった。
「座り心地はどうだい?」
「はい。とても良いです。なんだか安心できる感じです」
ムカイの問い掛けに答えると、エイタは少し身をよじって姿勢を正した。ほぼ裸のエイタは冷んやりした感触を警戒していたが、シート自体の温度もうまく調整されているのか、頭から足の先までをシートに預けても、不快感は全く感じずにいた。エイタが自分の腹を見下ろすと、陰茎によるブーメランパンツの盛り上がりが目に入った。プールサイドでは全く気にならないことであるのに、エイタはその膨らみに気恥ずかしさを覚えた。装置の中の自分を見下ろしてくるムカイの視線を照れ臭く感じて、エイタは目を逸らした。
少し頬を紅潮させ恥ずかしそうに目を逸らすエイタの姿は、それだけで、少年自身は決して自覚することの無い少年時代のエロティシズムだった。それに胸を鷲掴みにされたムカイは、装置から離れてエイタのことを視界から追い出した。
「プログラムを説明しておくよ」
「はい、ムカイ先生」
「先ず、装置の天井からぶら下がるヘルメットを被るんだ。その中にはヘッドフォンやマイクが装備されてる。今回は聴覚を通じたトレーニングなので、ヘッドフォンの機能を使う。ヘルメットを被ったり装置の蓋が閉まったりしたら真っ暗になるけど、これは聴覚刺激に集中してもらうための措置だからね。中の様子は全てモニタリングしているから、何か異常が生じたらすぐに蓋が開く。安心するんだよ」
「はい、分かりました」
装置の中からエイタの素直な返事が返る。
「反射訓練は、先ず単純なゲームから始める。ヘッドフォンからは常に人混みのざわめきのようなノイズを流しておくけど、その中で突然ホイッスルや雷管ピストルの音が出る。その音を聞いたら、できるだけ素早く、右のアームレストに付けたボタンを押すこと。その間隔をできるだけ縮めることが、最初のゲームの目的だよ。間隔が短ければ短い程スコアは良くなるけど、その内に音が出る前触れが分かるようになる。ノイズが一瞬止んで、まるでスタート台に立った時みたいになる、っていう状況。こういう時にフライングしてしまうと、大幅減点だから、気を付けて」
「はい、分かりました。ムカイ先生」
「このゲームを、先ずはイヤってほどしてもらって、徹底的にホイッスルや雷管の音に慣れよう。ただそれだけだと疲れちゃうから、時々リラックスのための効果音や音楽を流してあげる。その時には、ゲームのことは一旦脇に置いて、目を瞑って全身の力を脱いて、リラックスしよう。うまくリラックスできれば、その次のセットで高いスコアを出せる筈だからね」
「はい、分かりました」
「じゃあ、ヘルメットを被って」
「はい、分かりました」
ムカイは装置の中を覗き込む。エイタの頭部は、アームによって装置内にぶら下げられたフルフェイスのヘルメットで覆われていた。エイタが頭部を動かすと、アームは抵抗無くその動きに追従し、アームに巻き付けられた多数のケーブルとチューブが微かに揺れる。エイタの右手がアームレストのボタンの近くに置かれたことを確認すると、ムカイはヘッドフォン越しにエイタに話し掛けた。
「準備いいかい?蓋が閉まったら、ゲームスタートだよ」
「はい。ムカイ先生。お願いします」
装置の中から響く肉声に、マイクとスピーカーを通じた音声が重なる。ムカイの操作によって卵の蓋が閉まり始めた。そして蓋が密着した瞬間、エイタの周囲からはそれまで聞こえていた風切り音が全て消え去った。一瞬エイタの中に湧き上がった恐怖、すなわちエイタ自身の最後の危険信号は、しかしヘッドフォンから流れる音声によって押し流された。
ムカイが見詰めるディスプレイには、赤外線カメラによって撮影されたエイタの様子が映し出されていた。エイタの右腕がアームレストから落ちる。スピーカーはエイタの規則正しい呼吸音を伝え、ディスプレイは呼吸に合わせて緩やかに上下するエイタの胸を映し続けた。
反射訓練と称されるゲームを散々繰り返され、遂に安定したスコアを叩き出すようになったエイタは、その実、極度の緊張状態の中で半ば意識を失いながら、確かに反射だけでボタンを押し続けている状態だった。この作業が競泳のスタートの精度向上に繋がるとは、ムカイも信じてはいなかった。
ゲームが終了し、小川のせせらぎなどの穏かな自然音の中に解放されたエイタは、その希薄となった意識と自我を、今度は一定間隔で続く雨垂れの音に捕えられてしまった。両腕がアームレストから落ちてしまっても、エイタはそのことに気付くこと無く、雨垂れ音と同じ間隔で呼吸を続けていた。ヘルメットの中に仕込まれた簡易的な脳波計は、α波が極端に優位であることを示している。今のエイタは、聴覚のみに意識が狭窄した状態、つまり耳に聞こえた言葉を全て従順に受容する催眠状態に入っていた。エイタに聞こえる言葉は、強力な暗示としてエイタを支配する。
ムカイはエイタをその支配下に置き手中に収めた。それこそが、ムカイの目的だった。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「エイタ、俺はお前を支配した。これからが本番だよ」
ヘッドフォンの音声を制御するプログラムが、次のフェーズへと移行した。微かな声が、言葉を乗せてエイタの耳へ、そして脳へ、侵入を開始する。それは非常にゆっくりと、しかし確実に、エイタの意識と自我に浸透し、エイタの全身を支配の網に絡め取っていった。
『…はい…』
マイクとスピーカーが、エイタが口を開いたことをムカイに伝えた。繰り返された暗示が、エイタの中で明確な効力を発揮し始めた証左だった。エイタの声はまだ呟きのように小さかったが、無音の闇に於いては彼自身の頭蓋内で大きく響き、自身を被支配の網に追い込む罠となっていた。
『…あなたの…言葉を…繰り返します…』
『…あなたの言葉は…絶対…』
『…僕は…言葉に…従います…』
『…僕は…あなたに…従います…』
『…僕は…あなたを…信じます…』
『…あなたは…僕の…ご主人様…』
『…あなたは…僕を…支配する…』
『…僕は…あなたの言葉で…生まれ変わる…』
『…僕は…生まれ変わる…』
『…僕は…奴隷…僕は…しもべ…僕は…下僕…』
『…僕は…あなたに…従順な…操り人形…』
『…僕は…あなたに…忠誠を…誓う…』
『…僕は…あなたに…服従する…』
ディスプレイの中で、エイタが身をよじった。
『…僕は…あなたに…会えて…嬉しい…』
『…僕は…あなたが…好き…愛してる…』
『…僕は…男の人が…好き…男子が…好き…』
『…僕は…オナニーが…好き…オナニー…気持ちいい…』
『…オナニー…幸せ…男子で…オナニー…大好き…僕は…』
エイタの両腕が微かに動く。
『…はい…僕は…オナニー…します…水着…競パン…穿いて…オナニー…最高…』
『…気持ちいい…競パンオナニー…最高に快感…』
エイタの股間では、陰茎が窮屈そうに勃起していた。ブーメランパンツにはカウパー腺液の染みが生じていた。
『…締め付けられる…気持ちいい…すごいいぃー…』
『…あぁ…オナニー…オナニー好き…オナニーしたい…したいですっ…オナニーオナニーオナニーっ!』
エイタが叫ぶように「オナニー」と連呼した瞬間、エイタの全身に痙攣が走った。それが解放の合図であったかのように、エイタは自由に動かせるようになった両手で、自身の勃起した陰茎を勢い良くこすり始めた。
『あっ、はっ、気持ちいいっ、競パンオナニーっ、いいっ、はっ、あんっ、はっ』
『僕がっ、射精っ、僕っ、あなたのしもべっ、生まれ変わるっ、ご主人様っ』
『早くっ、抜きたっ、ご主人様っ、僕をっしもべにっ、僕変わるっ、オナニーっ』
卵の中のエイタは、全身から汗を噴きながら途切れること無く忠誠の言葉を紡ぎ、勃起した陰茎を摩擦する快感に溺れていた。
『ご主人様っ、あなたはっ、ムカイせんせっ、ムカイ様ご主人さまあぁーっ!』
エイタの興奮が極限に達したのは、ムカイを主の名として呼んだ瞬間だった。エイタの陰茎が、ブーメランパンツ越しに大量の精液を噴き出した。
『あっ、あぁっ、あ…んっ…あっ…あぁ…ん…』
エイタは腰を振りながら精液を絞り出す。黒いパンツの上に、白い粘液が広がっていく。
『…あ…はぁ…』
脱力したエイタは、股間に両手を置いたまま全身をシートに投げ出した。
卵型の装置の蓋が開いたのは、その時だった。蛍光管の灯りに、汗に濡れたエイタの肉体が、そして精液にまみれた黒いパンツが照らされた。ムカイによってヘルメットを外されたエイタは、眩しそうに目をしばたたかせる。
目が明るさに慣れ、その光の中にムカイの姿を認めると、エイタはシートの上で背筋を伸ばした。顔からは瞬時に表情が削げ落ち、その口は平坦に、しかし明確に言葉を発した。
「僕のご主人様。僕は、ご主人様の忠実な下僕です」
ムカイは汗の粒が浮くエイタの頭を撫でた。
「いい子だ、エイタ」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
エイタの言葉に、感情は宿らない。
「やっぱり、お前達を一番壊し、そして作り変えるのは、言葉を直接使う聴覚刺激だったな」
「はい。僕はご主人様の操り人形です」
「だけど、聴覚以外の快感をお前にも教えてやる」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
「全ての感覚刺激を利用して、お前をもう一回壊しまくって、作り直してやるよ」
「はい。ありがとうございます。ご主人様。僕はご主人様に忠誠を誓います」
エイタはムカイの言葉の意味を理解したのか、或いはしていないのか、それはムカイにも分からなかった。
「それまで、暫く休んでろ。ほら、シートに寝るんだ」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
シートの上に横たわったエイタは、直立不動の姿勢で全身を硬直させた。その姿は、よくできた彫像のようだった。ムカイは彫像の頭部にヘルメットを被せる。
「ンムッ」
彫像はくぐもった声を上げ、そして生身のエイタの弛緩した肉体へと戻った。全身が脱力した様子を確認すると、ムカイは装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。俺の洗脳プログラムが完成するまで、お前には地獄のような快感を与えてやるよ」
再び、エイタは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、閉ざされた闇の中では、エイタが嬌声を上げながら快感を貪っていた。
『…僕はっ…4人の男子とっ…仲間っ…一緒にっ…ご主人様のっ…下僕ですっ…』
『…僕はっ…仲間のっ…男子でっ…オナニーしますっ…』
『…仲間の数だけっ…競パンオナニーっ…するっ…しますっ…』
『…あとっ…あとっ…あっああああっ…しゃっ、射精っ…今っ1回っ…射精っしましたっ…あと…あと…』
卵の外のスピーカーは沈黙したままで、エイタの嬌声を聞く者はいなかった。しかし、音声は録音され、眠りに落ちたエイタ自身の耳許でリピートされ続ける。何回目になるか分からない射精を終え、エイタは自身を更に狂わせる眠りを貪り始めた。そのエイタが、別の卵に新たな少年が囚われたことに気付く筈は、全く以てあり得なかった。
エイタが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。エイタには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったエイタは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたブーメランパンツを脱ぎシャワーで体を清めるエイタは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「エイタ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた黒いブーメランパンツを身に付けたエイタは、ムカイからの呼び掛けに安堵の表情を浮かべながら応えた。
(おわり)
「失礼します」
しっかりしたノックの後一拍置いてから、『トレーナー室』という札が掛けられた扉が静かに開いた。
部屋の主は椅子に座ったまま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「リクらしいな。まだ5分前だよ」
リクと呼ばれた少年は、上下とも脇に白いラインが入った赤いランニングシャツとランニングパンツを身に付け、スニーカーの中には陸上用の白いショートソックスを履いていた。リクはシューズケースを小脇に抱えながら、ペコリと一礼した。眉に掛かるか掛からないかという程度の長さの真っ直ぐな髪の毛が、フワリと浮いた。部屋の窓から差し込む陽光を、ランニングシャツとランニングパンツの生地の襞が反射する。
「すみません。時間になるまで、待ってます」
部屋の主は椅子から立ち上がると、リクに向かって優しく笑い掛けた。
「いいよ。もう準備はできてるから。今日はいつもと違う部屋を使うから、付いておいで」
「はい、ムカイ先生。よろしくお願いします」
再度会釈するリクの横をすり抜け、ムカイは廊下を歩き始めた。リクは無言でその後を追った。
リクが招き入れられた部屋は、普段リク達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
天井には空調の送風管が剥き出しになっており、蛍光灯の白々しい光が殺風景な室内を無機質に照らしていた。広大な部屋の中央にはフリーアクセスのための床上げが施されており、金属の床と本来のコンクリートの床との間で大量のケーブルが波打っている様子が見えた。ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
リクはムカイの様子をうかがっていたが、それよりも興味を惹かれたのは、床上げされた台の上に並んだ白い卵状の何かだった。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、リクに話し掛けた。
「指示通りユニフォーム姿で来てくれて助かったよ」
リクは少し緊張しながらも、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「本番に近い状況を作る必要があるとのことでしたので」
蛍光灯の灯りの下で、リクのランニングシャツとランニングパンツは光沢感を増していた。
「短距離用のスパイクも持ってきた?」
「はい。いつも使ってるのを」
「じゃあ、ひとまず履き替えて、上がってきてくれるかい?コンクリや鉄の床でスパイクを傷付けないよう、気を付けて」
「はい」
リクは小さく頷くと床に座り込み、スニーカーのシューレースを丁寧に解いてスパイクに履き替え始めた。
リクは高等部の陸上部員で、短距離を中心に殆どの種目で部内一二の記録を誇る選手だった。公式記録とはならないものの、時に社会人記録を凌ぐことさえあった。
リクが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
リクも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。マッサージによるストレッチ効果をメンタルトレーニングにまで昇華した新たな技術と装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。リクは、普段から親身に面倒を見てくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵が、その装置なのだろうか。どうやって使うのだろう。
そんなリクの疑問を遮るかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「あっ」
リクは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これがマッサージとメンタルトレーニングのための新装置」
驚くリクのことを微笑みながら見下ろすムカイが、説明を始めた。
「リクは走る・跳ぶ・投げるを全て担当しているからね、全身のバネを常に最善の状態に保っておかなければならない。そのためには、首から下の全身を対象としたマッサージを行ないながら、メンタル面でもリラックスした状態を作る必要がある。そのための装置だよ」
「は…はぁ…、は…はい…」
想像以上の大掛かりな仕掛けを前に、リクは返すべき言葉を失っていた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
リクは卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどうだい?」
「えっと、かなり、いいです。このまま寝てしまいそうです」
ムカイの問い掛けに答えると、リクは少し体を動かした。ランニングシャツの肩の位置がずれ、白く灼け残った部分が露出する。肉体の凹凸を光の反射として映し出すシャツとパンツは、元々骨細であったリクの胸で胸筋が発達し始めていること、そして陰茎が男性のシンボルとして成長していることをムカイに見せ付けていた。
「この装置は完全防音だし光も完全に遮蔽するので、寝ちゃっても構わないよ」
ムカイの言葉にリクは不安そうな表情を浮かべた。
「え…、蓋、閉めるんですか…?」
「そうだよ。外界からの情報を完全遮断した上でマッサージを施す、というのもこの装置の意味であり、だからこそメンタルトレーニングまで合わせて行なえるんだ。大丈夫、装置の中の様子は全てモニタリングしていて、何か異常が生じたらすぐに蓋が開くようになっているし」
それでも、リクの表情は晴れなかった。ムカイは説明を続ける。
「蓋が閉まると真っ暗になるけど、慌てないこと。シート側と蓋の両側が風船状に膨らんで体を包み込むので、最初はできるだけじっと待っていてほしい。風船の中に細かく張り巡らしたチューブに加圧した空気を断続的に送り込むことで、全身マッサージが行なわれるようになる。腕や脚も個別に包み込む形になるから、腋や股を力んで締めないように。マッサージが始まったら、後は身を任せてリラックスしてもらえればいいよ」
「はい…」
装置の中を見回しながら頷くリクの前に、ムカイは顔を突き出した。リクは思わずムカイの顔を至近に見詰めた。
「これは俺が開発した装置なんだから、大丈夫だって」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、リクの表情が急に柔らいだ。
「はい。ムカイ先生。そうですよね」
リクの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべて装置から離れた。その背中にリクが問い掛ける。
「ムカイ先生。このヘルメットのようなもの、被るんですか?」
リクは装置の内部に上方から伸びるフルフェイスヘルメット状のものを指差していた。
「あぁ、それね。それは今回は使わないから。じゃあ、始めるよ」
「はい。ムカイ先生。お願いします」
ムカイがキーボードを操作すると、卵の蓋がゆっくりと閉まり始めた。リクは全身をシートに預け、静かに目を閉じた。蓋が密着した瞬間、それまで聞こえていた風切り音が全て途絶え、リクは静寂な闇に包まれた。
ムカイが見詰めるディスプレイには、赤外線カメラによって撮影されたリクの顔が映し出され、スピーカーからは装置内の音が流れ続けていた。首から下の全身をチューブ群に覆われたリクは、マッサージが気持ち良かったのか唇の端に涎を溜めながら寝息を立てていた。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「睡眠状態を確認できたら、いよいよ本番開始だな」
チューブ内の圧搾空気を制御するプログラムが、自動的に次のフェーズへ移行した。
『ん…』
リクの口から、鼻にかかった吐息が漏れる。リクの頭が揺れる。チューブの中を巡る空気の勢いが強くなったためだった。肘や膝の裏、腋、そして乳首や股間に対して、集中的に強い波が送られ始めた。
『んっ…はっ…』
リクの瞼が半開きになる。それに連動するかのように、チューブ群はリクの全身を強く揉みしだいた。
『やっ、ちょっ、あぁっ』
遂にリクは目を見開くが、闇の中でリクの視点は定まらなかった。今のリクにとって、感受できる情報は首から下の触覚だけだった。自分が今どこにいるのかを思い出せないままに、リクは全身を弄ばれた。特に、横腹を撫でられ、乳首を摘まれ、陰茎を揉まれる感覚に、リクは翻弄された。
『なっ、何これっ、ダメ…だ…っ、そこっ、あっ、んっ、あんっ、あっあっあっ…』
リクの眼球がグルリと回り、リクは白目を剥いた。唇の端から涎が流れ落ちた。リクが快感に飲み込まれた瞬間だった。彼の全身の触覚は、最早快感しか認識しなくなっていた。
『はぁっ、ひっ、あっ、んっ、あっ、ひぃっ、ひっ、はっ、んっ、はっ、んっ、んはっ…』
リクは顎を上げ、頭を細かく震わせた。目からは涙を流し、両方の鼻孔からは鼻水を垂らしていた。そしてディスプレイ上の表示は、チューブ群の中でリクの全身が激しく痙攣していることを示していた。
やがて、スピーカーから流れるリクの声が一際大きく、明確になった。
『ひゃっ、ああっ、あっあっ、はっ、でっ、出るっ、はっ、あっ…ああああああっ!』
射精の瞬間だった。リクは、陸上部のユニフォーム姿で、闇の中で全身を弄ばれ、果てた。
『ぁ…はぁ…』
射精を受けて弱くなった刺激に、リクは溜息を漏らす。ポカンと開けられた口からは、大量の涎が落ちた。
『気持ちいぃー…んあっ』
惚けたように呟くリクを、しかし装置は解放しなかった。先程よりも強い刺激が、リクを包み込む。
『ひいっひっはっあっあんっあっあっあっんぁっひっあっぅあっんっあああっ』
リクは、壊れた機械のように嬌声を上げ続けた。
卵型の装置の蓋が開く。蛍光管の灯りに照らされたのは、顔を涙と鼻水と涎で汚し、ユニフォームを汗で濡らしたリクだった。特に股間では、大きく勃起した陰茎がランニングパンツを盛り上げ、何度も大量に射精した精液が染み出していた。
リクは眩しさに目を瞑りながらも、左手で右胸の乳首を、右手で陰茎を、刺激し始めた。
「ひゃぁ…きもちぃー…もっと…もっと…抜くぅー…」
リクはユニフォームが汚れることも意に介さず、精液を塗り広げた。
「ランパンきもちぃー…ランシャツ快感ー…」
ムカイはリクに呼び掛けた。
「リク、聞こえるか?」
「んひぃー…抜きたいもっとぉ…抜きてぇー…」
「リク?」
「揉んでぇー…もっと揉んでよぉー…」
リクはムカイの呼び掛けには全く反応せず、腰を振り始めた。ムカイは肩を竦めた。だが、その顔には満足そうな笑みを浮かべていた。
「いい具合に壊れたな。リク」
ムカイは汗が浮いたリクの頭を撫でる。
「んはぁ…揉んでーチンコ揉んでー」
そこには、いつものリクの姿は無かった。
「触覚への刺激だけだと、やっぱり淫乱に壊れるだけだな。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな」
ムカイは装置内部の上方に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろした。リクの頭部にそれを被せる。リクは嬌声を漏らしながらも抵抗せず、ムカイにされるがままになっていた。
「ンムッ」
リクがくぐもった声を上げた直後、リクの全身が脱力した。ムカイはリクの両手をアームレストの上に戻すと、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。暫くこの中で寝てるんだ」
再び、リクは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、閉ざされた闇の中で快感と休息を交互に貪るリクもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
リクが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。リクには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったリクは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたユニフォームを脱ぎシャワーで体を清めるリクは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「リク」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた赤いランニングシャツとランニングパンツを身に付けたリクは、ムカイからの呼び掛けに表情を引き締めながら応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 味覚編】
「こんちはー」
のんびりしたノックの音が響いた後、やはりのんびりとした様子で『トレーナー室』という札が掛けられた扉が開けられた。
部屋の主は椅子に座ったま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「あれ、ゴロウ?早過ぎないか?」
ゴロウと呼ばれた少年は、ゴムのヘアバンドで前髪を上げ、上下ともバスケットボール用の黄色いゲームシャツとゲームパンツを着用していた。ゲームシャツは肩の幅が広いノースリーブタイプで、シャツとパンツの脇には紺色の太いラインが走り、首・腕・腰周りは白と紺のストライプで処理されている。首にはシューレースで左右を結わえたバスケットシューズをかけ、踝までの黒いバスケ用ソックスを履いた足にはサンダルを突っ掛けていた。
「あれ。今日15時じゃなかったでしたっけ?」
部屋の主は、部屋の窓から差し込む陽光を反射して輝くゲームシャツとゲームパンツを眺めながら、肩を竦めた。
「15時じゃなくて、5時。午後5時。念押ししたろ?」
「ありゃ」
ゴロウは頬を指先で掻くと、ヘアバンドを外しながら一礼した。
「すみません。時間間違えてました」
目にかかりそうな前髪が、パサリと垂れた。
「いや、いいよ。今丁度空いてるし。もう始めよう。いつもと違う部屋だから、付いといで」
「すみません。ムカイ先生。お願いします」
ムカイは自分より頭一つ以上背が高いゴロウの横をすり抜け、廊下に出た。ゴロウはヘアバンドを額にはめ直すと、頬を指先で掻きながら、その後を追った。
ゴロウが招き入れられた部屋は、普段ゴロウ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
フリーアクセスのために床上げされた巨大な台が中央に陣取る他は、何も設置されていない部屋だった。蛍光灯の白々しい光が殺風景な室内を無機質に照らしている。天井が高いため、蛍光灯に気を付ければバスケのゴールも設置できそうだった。
ゴロウが床上げの台の下で波打つ大量のケーブルを眺めていると、ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの奥に姿を消した。
ムカイの背中を目で追っていたゴロウは、台の上に並んだ白い卵状の何かに気が付いた。巨大な白い卵が5つも並ぶ様子は、異様だった。その全高はゴロウよりも高いように見え、また全周はゴロウの腕でも抱え切れない程の太さで、恐らく人一人であれば立ったまま入れるであろう大きさだった。
再び現われたムカイはガラス瓶を手にしていた。
「お偉方からは見えないところに、冷蔵庫なんかも持ち込んでるんだよ」
ムカイは笑いながらコンピュータラックの一つの扉を開け、トレイを引き出すとガラス瓶を置いた。更に液晶ディスプレイとキーボードを準備しつつ、ゴロウに話し掛けた。
「指示通り、ちゃんとユニフォームで来てくれたね」
ゴロウは巨大な卵に目を奪われながらも、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「本番に近い状況を作る必要があるんですよね?」
蛍光灯の灯りの下で、ゴロウのバスケットボール用のユニフォームは光を白く反射していた。
「そのバッシュはいつも使ってるもの?」
「はい。試合でもこれ使ってます」
「じゃあ、バッシュ履いたら上がっておいで。床は一応きれいにはしてる筈」
「分かりましたー」
ゴロウはバスケットシューズのシューレースを解くと、サンダルを抜いで爪先を突っ込んだ。足首の周囲の締め付け具合を確かめながら、シューレースを固く結ぶ。
ゴロウは高等部のバスケットボール部員で、背の高さやフィジカルの安定感を活かしてセンターとパワーフォワードを柔軟に兼任していた。
ゴロウが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
ゴロウも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。迅速な栄養補給が可能なスポーツドリンクを開発したので、その効果を測る実験に参加してほしい、という内容だった。ゴロウは、普段から内容に関わらず相談に乗ってくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵は何なんだろう。まぁ、サプリの試飲や自分とは関係無さそうだな。
そんなゴロウの無関心を裏切るかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「うわ…」
ゴロウは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これに座るだけで、血圧とか血液検査とか、諸々できちゃう新装置」
無言で目を丸くするゴロウに対して、ムカイはやや得意気に説明を始めた。
「ゴロウは接触プレーも多い立場だからな、試合ではかなり消耗すると思うんだ。どうせ飲むなら実効性の高いサプリメントの方が良いに決まってるから、これで効果を測定しながら新しいスポーツドリンクを試してもらいたい、ってことだな」
「あー、そういうことなら。はい。分かりました」
予想外の大掛かりな仕掛けを前に、ゴロウは圧倒されたまま頷いていた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ゴロウは卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどうだ?」
「いいですねー、これ。家や部室にも欲しいなー。寝心地良さそう」
ゴロウはニコニコ笑いながらムカイの問い掛けに答えた。ヘッドレストに頭を預けるとゲームシャツの前面が少し浮き、脇からは発達した胸板が姿を覗かせた。ボールを操る肩から二の腕、そして全身での跳躍を支える脹脛では、筋肉がしっかりと発達していた。十分に成長した肉体を、光沢を放つユニフォームが包んでいた。
「いいぞ別に寝ちゃっても。検査はゴロウが寝ててもできちゃうからな」
ムカイの言葉にゴロウは苦笑を返した。
「冗談ですよ」
ムカイも笑いながら、理科の実験に使う広口瓶に似た形状のガラス瓶をゴロウに差し出した。
「あれ。これ…結構粘ってるんですね」
中身の様子を目にして、ゴロウの顔に一瞬困惑が走った。そのゴロウに向かって、ムカイは顔を突き出した。ゴロウは思わずムカイの顔を至近に見詰めた。
「スポーツドリンクとしては珍しいけど、今はゼリー飲料もあるだろ?俺が作ったサプリなんだから、大丈夫」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、ゴロウの表情が急に柔らいだ。
「確かにそうっすね、ムカイ先生」
ゴロウの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべてガラス瓶をゴロウに握らせた。ゴロウはすぐにガラス瓶に口を付けた。
「あ、味いいですね。後引くな…これ」
最初は舐めるように少しずつ口にしていたゴロウだったが、味が気に入ったのか、すぐにゴクゴクと飲み干してしまった。
「うまかったっすよ。幾らでも飲めそう。もっと飲みたいなぁ」
本心から気に入ったらしいゴロウの表情に、ムカイも破顔しながらガラス瓶を受け取った。
「暫くしたら検査始めるから、そのまま待っててくれよ」
「はーい…」
程なくして、ゴロウの様子がおかしくなり始めた。顔にはやや紅がさし、瞼は半ば閉じられていた。脱力した四肢をシートの上にだらしなく投げ出し、身をよじる。
「あぁ…もっとぉ…」
「もっと飲みたいか?」
「あぁー、はぃー、飲み…てぇっすー…」
ゴロウはうわごとのように応えた。ムカイはニヤリと笑いながら、装置内部の上方に手を伸ばした。装置の天井からアームでぶら下げられたフルフェイス型のヘルメットを、ゴロウの頭部に引き寄せる。アームに巻き付けられたチューブとケーブル群が大きく揺れる。
「なら、これを被るんだ。サプリを好きなだけ飲めるぞ」
「はぁ…はーい…被るっすー…」
ゴロウは自ら頭を上げ、ムカイの指示に従った。ムカイはヘルメットの下から手を入れ、口許に突き出したチューブをゴロウに咥えさせる。
「吸ってみろ」
ゴロウは応えもせずに、チューブをズルズルと吸い始めた。ゴロウの喉が上下に動く。ゴロウはムカイが幾つもの薬物を混入した粘液を、ムカイの意図通りに取り込み続けた。成分の配合を制御するプログラムが、その味を徐々に精液のそれに近付けていることに気付くことも無く。
「あ…」
チューブが粘液の供給を止めた時、ゴロウは不満そうな声を漏らした。ゴロウの全身は紅潮し、またゲームパンツの股間は勃起した陰茎によって大きく膨らんでいた。
「もっとぉ…サプリもっとぉ…」
媚びるような声で粘液をねだるゴロウに、ムカイは答えた。
「もっと飲みたかったら、オナニーして抜くんだ。オナニーして出る汁も、同じ味がするぞ」
「はいぃー…」
ゴロウの両手は躊躇すること無く自身の股間へと伸び、大きく勃起した陰茎を勢い良くこすり始めた。
「あっ、んはっ、あぁっ、気持ちいぃーよぉ…バスパン…ツルツル…気持ちいっ…あはっ、んっ、あっ、はっ、はっ、あっ、はっ、あっ、ああぁぁっんっんんっ!」
ゴロウは達し、シートを揺らしながら前後に激しく腰を振った。ゲームパンツの上に精液が染み出す。ゴロウはそれを掌になすり付けると、舌でペロペロと舐めた。
「あぁっ、うめっ、うめーっすよっ。俺のザーメンっ、うめぇっ。ザーメンうめーっ」
ゴロウは狂ったように叫ぶと、再びパンツの上から陰茎を揉み、こすった。
「いい壊れっぷりだな、ゴロウ」
繰り返し精液を絞り出す様子を見ながら、ムカイは頷いた。
「とはいえ、味覚への刺激だけだと、酩酊状態に置くしかないな。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな」
「ザーメンうめー」
喚き続けるゴロウに、ムカイは呼び掛けた。
「ゴロウ、もう一回チューブから飲ませてやるよ」
間を置かず、ゴロウはチューブを咥え込んだ。ズーズーとチューブを吸い上げる音が聞こえる。圧搾空気で押し出された液体が、ゴロウの喉に飛び込んだ。
「ンムッ」
ゴロウがくぐもった声を上げた直後、ゴロウの全身が脱力した。ムカイは精液と涎に汚れたゴロウの両手をアームレストの上に置くと、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。暫くこの中で寝てるんだ」
蓋が装置の外殻に密着し、ゴロウを闇と無音の中に包み込む。ゴロウは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、口許のチューブから与えられる薬物入りの粘液、或いは自分自身の精液を貪り、定期的に眠らされるゴロウもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
ゴロウが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。ゴロウには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったゴロウは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたユニフォームを脱ぎシャワーで体を清めるゴロウは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「ゴロウ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられたバスケットボール用の黄色いゲームシャツとゲームパンツを身に付けたゴロウは、ムカイからの呼び掛けに落ち着いた笑みで応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 嗅覚編】
「申し訳ありませんっ」
ノックが殆ど聞こえないままに、『トレーナー室』という札が掛けられた扉が大きく開かれ声が響いた。その様子に、待つ側が大いに驚かされた。
部屋の主は椅子から立ち上がると、訪問者の方を振り返った。
「ソウシかー。びっくりした。遅刻したからって、慌てなくていいよ」
ソウシと呼ばれた少年は、上下共に白い体操競技用ジムシャツとジム短パンを身に付けていた。裸足のままでスニーカーを履いており、肩や顔には汗の雫が吹き出していた。ソウシは深々と頭を下げ、暫く上げようとしなかった。短く刈った頭髪にも、汗の粒が浮いているのが見える。
「50分も遅刻してしまいっ、失礼しましたっ。予定を忘れ、部活の練習をしていましたっ。わざわざムカイ先生の方から呼び出していただき、ありがとうございますっ」
ソウシは謝罪や弁解を矢継ぎ早に口にすると、恐縮し切った顔を上げた。
肩や腋を露出させ、体の線をそのまま描き出すジムシャツと、股下の丈の短いジム短パンが、部屋の窓から差し込む陽光を受けて白い光沢を放った。
ムカイは困ったように笑うと、ソウシの肩を軽く叩きながら廊下に出た。
「まだ間に合うから、もう気にするなよ。今日はいつもと違う部屋を使うから、付いておいで」
「はいっ、ムカイ先生っ、ありがとうございますっ。よろしくお願いしますっ」
ソウシはムカイの背に向かって再度一礼すると、廊下を歩き始めたムカイの後を神妙な面持ちで追った。
ソウシが招き入れられた部屋は、普段ソウシ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
大小様々なパイプ群が天井や壁を這う殺風景な部屋の中を、蛍光灯の白々しい光が無機質に照らしていた。常々器械体操専用の部屋が欲しいと思っていたソウシにとって、魅力的な広さの部屋だった。その中央には、フリーアクセスのための床上げが施されており、金属の床と本来のコンクリートの床との間で大量のケーブルが波打っている様子が見えた。ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
ソウシは暫く神妙にしたままでムカイの様子をうかがっていたが、好奇心の方が次第に勝るようになっていった。何よりも目を惹くのは、床上げされた台の上に並んだ白い卵状の何かだった。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、ソウシに話し掛けた。
「ちゃんと試合用のシャツとパンツで来てくれたんだな」
ソウシはまた恐縮しながら、しかし空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「うちの部、練習もこのカッコなんですっ。だから、練習からそのままっ、飛び出してきましたっ」
蛍光灯の灯りの下で、ソウシのジムシャツとジム短パンは光を反射させながら肉体の凹凸を強調していた。
「かなり汗かいてるってことかな?」
「あっ…、はい…すみません…汚いカッコで…」
俯いてしまったソウシに、ムカイは努めて明るい声を掛けた。
「いや、いいんだよ、その方が本番に近い状況だと言えるし。とりあえず、こっちに上がってきてくれるかい?」
「え…はっ、はいっ」
ソウシは手招きするムカイをこれ以上待たせるような真似はしまいと、鉄の階段を駆け上がった。
ソウシは高等部の体操部員で、吊り輪や平行棒など器械体操全般をこなしつつも、跳馬や床など跳躍や宙返りといった技を得意としていた。
ソウシが通う高等部は、大学に付属しキャンパスも隣接していることから、大学の教員陣が高校生の指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
ソウシも一人の運動選手として、フィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。アロマテラピーを応用したリラックス用のプログラムと、そのプログラムの効果を最大限に高める専用装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。ソウシは、強い責任感で運動選手一人一人に対峙してくれるムカイに全幅の信頼を置いていたため、二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵はアロマポットなのだろうか。それにしては大き過ぎるか。だったら何なんだろう。
そんなソウシの好奇心を助長するかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「へぇーっ」
ソウシは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。
「これがアロマテラピー応用のリラックスプログラムのための新装置」
興味に目を輝かせるソウシに向かって笑みを返したムカイが、説明を始めた。
「ソウシは跳んだり宙返りしたり、一歩、いや一手間違えれば大怪我に繋がる状況下で、技の美しさを競わなければならない個人勝負をしてるだろ?嗅覚は大脳辺縁系という本能に近い部分に結び付いているから、アロマテラピーは特にそういう体操競技選手に向いているんじゃないか、って思ってるんだよ」
「はいっ、なるほどっ」
予想外の大掛かりな仕掛けを用意してもらったことへの感謝で、ソウシの声は上擦っていた。
「さぁ、この中に座ってごらん」
「防水シートだから汗なんか気にするな」というムカイの言葉に促され、ソウシはスニーカーを脱いで裸足になると、卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。
「座り心地はどう?」
「とてもいい感じです。疲れてたら、このまま寝てしまいかねないくらい…」
ムカイの問い掛けに思わず本音を答えてしまい、ソウシはきまり悪そうに照れ笑いを見せた。体にフィットしたジムシャツは、細身のソウシにも発達した胸板が備わっていることを殊更に強調し、また裾が短く生地に遊びの少ないジム短パンは、ソウシの陰茎をなだらかな膨らみとして見せ付け、ソウシの全身が大人の男に変わりつつあることを如実に示していた。
「寝てしまえるくらいなら、プログラム成功だよ。遠慮無く寝てくれ。この装置は外の音と光を完全に遮断するから、寝るにはいい環境だと思うぞ」
ムカイの言葉に、ソウシは笑みを深くした。
「はい。ほんとに寝てしまったら、すみません…」
「装置の中の様子は全てモニタリングしているから、時間になったら起こしてやるし、何か異常が生じた場合にもすぐに蓋が開くから、ま、安心して寝ててくれよ」
ソウシはまた少し照れたように笑いながら、ペコリと軽く頭を下げた。
「それでは先ず、その上から提がったヘルメットを被ってくれるかい?ヘルメット内部には管が埋め込まれてて、鼻の近くで香りが揮発するようになっているんだ。香りの成分や濃度については、ソウシの状況をモニタリングしながら制御プログラムが調整するようになってる。だから、ソウシは普通に呼吸しながら、のんびりしてくれてればいい。分かったかい?」
「…あの…かなり鼻の近くで、アロマオイルを焚くってことですよね…?」
ソウシは不安そうに尋ねた。そのソウシに、ムカイは無言で顔を近付けた。ソウシは、自分を見据えるムカイの顔を思わず至近に見詰めた。
「大丈夫。その分、香りの成分は希薄になるよう、俺自身がプログラムを調整してるから」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、ソウシの表情が急に柔らいだ。
「はい。すみません、ムカイ先生。安心しました」
ソウシの素直な言葉を聞いたムカイは、満足そうな笑みを浮かべて装置から一歩退いた。
「じゃあ始めるよ。ソウシ、ヘルメットを被って」
「はい」
ソウシは上に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろして頭に被った。ヘルメットはアームによって装置の天井からぶら下げられ、アームには多くのチューブやケーブルが巻き付けられていた。
「ムカイ先生。お願いします」
「よし、扉を閉めるよ」
ムカイがキーボードを操作すると、卵の蓋がゆっくりと閉まり始めた。ソウシは頭部をヘルメットに覆われた状態で、全身をシートに預けた。蓋が密着した瞬間、それまで聞こえていた風切り音が全て途絶え、同時にほのかに柑橘系の爽やかな香りが、闇の中に漂い始めた。
ムカイが見詰めるディスプレイには、赤外線カメラによって撮影されたソウシの全身が映し出され、スピーカーからは装置内の音が流れ続けていた。ヘルメットを被ったソウシは、その効果を徐々にリフレッシュからリラックスへと遷移させた香りの中で、眠りに落ちていた。スピーカーからは、微かだが規則正しい寝息が聞こえていた。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「そろそろ本番開始だな。もっと気持ち良くなる臭いを教えてやるよ」
香りを制御するプログラムが次のフェーズへと移行し、ソウシの鼻先に吹き出す気体の中に薬物を混入し始めた。
『ん…』
ソウシの口から、鼻にかかった吐息が漏れる。やがて、ソウシは手足の指を強張らせながら、腕や脚を小刻みに震わせ始めた。
『はっ、はっ、はっ、はっ…』
ソウシの息遣いが荒くなり、全身に震えが走る。ソウシの口の端からは泡となった唾が噴き出した。気体に含まれる薬物の濃度が上げられる。
『ひっ、ひはっ、はっ、ひっ、ひゃっ、はぅっ、ひゃはっ…』
興奮状態に陥ったソウシは喉を鳴らし、その度に口から泡を噴く。痙攣する四肢が、まるで独立した生き物のようにアームレストとフットレストの上で暴れ始めた。ソウシの様子をディスプレイ越しに冷淡に見詰めていたムカイは、キーボードを操作する。直後に、腕と脚の周囲で多数のチューブが風船状に膨張し、両手足を拘束した。
『ひぎっ、ひっ、がっ、ぁがっ、ひゃひっ、ひっ、ひっ、ぎぃっ…』
四肢を動かせなくなったソウシは、獣のような呻き声を上げながら、腰を上下や前後に動かしのたうった。その動きのために、ジム短パンがずり落ちる。制御プログラムは更に、気体の中に男性の体臭やカウパー腺液、そして精液の臭いの成分を混ぜ始めた。
『がっ、はっ、があぁっ、あがぁっ、ひぃっ、ひぐっ、ぐぁっ、ひゃはっ…』
激しく動き続けるために目視確認はできなかったが、ソウシの股間では陰茎が大きく固く勃起し、ジム短パンとその内側のジムシャツを盛り上げていた。
『ひゃっ、がっ、あっ、あひっ、はっ、あっ、あっ、あっ…』
ソウシの呻き声に嬌声が混じる。無秩序に動いていた腰が、前に向かって規則的に突き出されるように変化した。その動きが速度を増し、そして
『ひゃっ、はっ、あっ、あああああああーっ』
物理的な刺激を陰茎に一切受けていないにも関わらず、ソウシが達した瞬間だった。一際高く腰を突き出し、そして叫び声を上げると、ソウシは失神しながら射精を始めた。シートに落ちた腰がビクッビクッと震える度、ジム短パンとジムシャツから精液が染み出す。射精の発生を受けて、制御プログラムは気体の送出を中止した。
ソウシの四肢を拘束していたチューブが縮み、卵型の装置の蓋が開く。ソウシはぐったりとしてシートに横たわっていた。
「こりゃ、俺までおかしくなりそうだ」
卵から漂い出した臭いに、ムカイは慌てて防毒マスクを装着した。ソウシの頭からヘルメットを外すと、見開かれたままのソウシの瞳は極限まで縮小し焦点を失っていた。鼻からは鼻水だけではなく鼻血も一筋流れ出し、大量の涎と混じり合ってジムシャツの胸を汚していた。
ムカイはソウシの腰と尻を片腕で支えると、精液に濡れたジム短パンを脱がし始めた。ジム短パンの下から現われたジムシャツは、女性用のワンピース型水着のような形をしており、ソウシは更にその下にインナーとしてマイクロビキニを穿いていた。陰嚢と陰茎を覆うマイクロビキニとジムシャツを横にずらしてやると、まだ勃起したままのソウシ自身が、精液を飛ばしながらそそり立った。
「んぐ…」
ソウシが意識を取り戻した。だがその目と表情からは知性や理性が削げ落ちており、上半身を起こしたソウシは獣のように、歯を剥き出してムカイを威嚇した。
「ぐ…、ぅガアッ!」
「よしよし、お前に、汗と精液の生の臭いをプレゼントしてやるよ」
ムカイは汗と精液に濡れたジム短パンで、ソウシの勃起をこすってやった。
「がっ…、あっ、あっ…」
ソウシはすぐに恍惚とした表情を浮かべ、威嚇をやめた。ムカイは陰茎にまとわり付いた精液をジム短パンで拭き取ると、ソウシの手許に放り投げた。ソウシは両手でそれを掴み、恐る恐る臭いを嗅ぎ出した。
「はぁ…」
ジム短パンに染み付いた自分自身の臭いによって、ソウシの表情は穏やかさを取り戻した。ソウシはジム短パンを自分の顔に押し当て、暫くその臭いを嗅ぎ続ける。勃起した陰茎がより固さを増し、揺れた。
「はぁー…」
ジム短パンから顔を上げたソウシは、ムカイのことなど無視し満足げな吐息を吐いた。そして、鼻血で赤く汚れたジム短パンで、自らの陰茎をこすり上げ始めた。元々滑らかな生地は、精液や涎に濡れ更に滑り易くなり、ソウシの快感を助けた。半開きの口からボタボタと涎を垂れ流しながら、快感に溺れ己れの陰茎を弄ぶ姿は、最早人間のものではなかった。
「嗅覚への刺激は本能に直結し過ぎるな。これはこれでかわいい壊れ方だけど」
ムカイは装置内部の上方に手を伸ばすと、フルフェイスのヘルメットを引き下ろし、オナニーに夢中になっているソウシの頭部に素早く被せる。一瞬叫んで抵抗しようとしたソウシだったが、薬剤投与の方が早かった。
「ンムッ」
くぐもった声を上げた直後にソウシは意識を失い、無惨に汚れたジム短パンを両手に掴んだまま、シートの上に身を投げ出した。ムカイはソウシの両足と胸部を拘束ベルトでシート上に固定すると、装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。他の実験結果が揃ったら、ちゃんと作り直してやるからな。暫くこの中で寝てるんだ」
再び、ソウシは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、閉ざされた闇の中で快感と休息を交互に貪るソウシもまた、新たな少年の来訪を感知することは無かった。
ソウシが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。ソウシには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったソウシは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたジムシャツを脱ぎシャワーで体を清めるソウシは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「ソウシ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた白いジムシャツとジム短パンを身に付けたソウシは、ムカイからの呼び掛けに真剣な眼差しで応えた。
(おわり)
【五感で洗脳 聴覚編】
「あの…えっと…」
遠慮がちなノックからかなりの間を置いて、『トレーナー室』という札が掛けられた扉がそろそろと開かれた。扉の軋む音に、訪問者の方が驚かされ身を震わせた様子だった。
部屋の主は椅子に座ったまま、椅子を回転させて訪問者の方を振り返った。
「時間ぴったり。さすがエイタだな」
エイタと呼ばれた少年は、黒いジャージ上下にビーチサンダルを履いていた。地肌が見えるくらいに短く刈り込んだ頭髪と小柄な体格のため、またおどおどした挙動のせいで、実際よりも幼く見えていた。
「すみません、ムカイ先生。今、よろしいですか?」
ムカイは椅子から立ち上がると、手を軽く振りながらエイタに向かって微笑みかけた。
「勿論。この時間はエイタのために確保してるんだから。早速始めようか。ただね、今日はいつもと違う部屋を使うんだ。付いておいで」
「はい、ムカイ先生。ありがとうございます。よろしくお願いします」
ペコリと一礼するエイタの横をすり抜け、ムカイは廊下を歩き始めた。緊張するエイタは両手の拳を軽く握り締めながら、付かず離れずその後を追った。
エイタが招き入れられた部屋は、普段エイタ達高等部の生徒が足を踏み入れることの無い大学院研究棟の地下にあった。
前後左右上下が全てコンクリート剥き出しのままの部屋で、殺風景な室内を照らす蛍光灯の白々しい光からは寒々しさばかりが感じられた。部屋の広さもまた寂しさを助長するようで、部屋の中央に設けられたフリーアクセスのための巨大な台と、その台の下で波打つ大量のケーブルの存在すら、今は救いに思われた。エイタが室内の様子をうかがっている間に、ムカイは数段の金属製の階段を昇り、幾つも並んだコンピュータラックの一つの扉を開けた。トレイを引き出し、液晶ディスプレイを立てると、キーボードで何やら操作を始めた。
エイタは今日の実験に漠然とした不安を覚えながら、台の上の機材群を見詰めた。コンピュータを格納したラックはまだ分からないでもない。エイタの理解の範疇を超越していたのは、台の上に並んだ白い卵状の何かだった。その全高はムカイの背よりも高く、全周は大人一人では抱え切れない程の太さで、人一人であれば立ったまま入れそうに思える程の大きさだった。そんな巨大が卵が、全部で5つ、台の上に並んでいた。
ムカイはキーボードを操作しながら、エイタに話し掛けた。
「いつも使ってる水着を着てきてくれたかい?」
エイタは不安を押し隠しながら、空調や機械群の冷却ファンの風切り音に負けないよう、声を張り上げて答えた。
「はいっ、本番に近い状況を作るため、と指示いただいたのでっ。このジャージの中にっ」
「うん、ありがとう。それじゃ、もう準備してもらっていいかな?」
「あっ、はいっ、すみませんっ、今すぐっ」
エイタはあたふたとジャージを脱ぎ始めた。パンツの裾のファスナーを開き、腰紐を解いてパンツを下ろす。素早く4つに畳むと、足許の床に丁寧に置いた。更に上着のファスナーを下ろすと、胸と腹が露出した。上着も畳んでパンツに重ねて置くと、台の上のムカイを見上げた。
「試合でも、これを使ってます」
エイタの水着は、ステッチによる白いラインがサイドに一本ずつ入った黒いブーメランパンツだった。サイドの脚ぐりは短く、太股の全体を見せている。エイタは小柄で筋肉が目立つ体躯ではないが、全体的に均整がとれた肉体だった。蛍光灯の灯りの下、パンツの伸縮性に富んだ生地は光沢を放ち、陰茎による小さな膨らみが影を作っていた。
「準備できたね。こっちに上がってきてくれるかい?階段でずっこけないよう、気を付けて」
「はい」
エイタは恐る恐る台に近付くと、ムカイの許へと階段を昇った。
エイタは高等部の水泳部員で、まだ目立った記録は残せていないが、どの泳法でも基本に忠実で、綺麗なフォームを安定的に保ちながら長距離を泳ぎ切れることが特徴だった。当人の自覚は希薄だったが、部内では将来を嘱望されている。一つ欠点があるとすれば、緊張のあまりスタートで出遅れを見せることが時折見られることだった。
エイタが通う高等部は大学に付属しキャンパスも隣接していることから、エイタ達が大学の長水路プールで練習することもあれば、大学の教員陣が高等部に出張して指導に当たることも少なくなかった。ムカイもそうした内の一人で、人間環境工学部に講師として勤務する傍ら、高等部の部活動のトレーナー役も務めている。
エイタも一人の運動選手として、遠慮しながらもフィジカルとメンタルの両面でムカイの世話になっていた。
そのムカイから声を掛けられたのが数日前。聴覚刺激に対する反射精度を上げる訓練プログラムと、音や音楽によるリラックスプログラムとを両方試すことができる技術と装置を開発したので、その実験に参加してほしい、という内容だった。エイタは、普段からこちらの話に静かに耳を傾け、穏かに助言を与えてくれるムカイに全幅の信頼を置いていた。実験に対する不安と自分を選んでくれた嬉しさとを同時に抱えながらも、エイタは二つ返事で快諾した。
台の上に並ぶ巨大な卵は、自分が参加する実験に関係するのだろうか。巨大な卵型は、そしてそれが並ぶ様子は、あまりにも異様だった。あの卵の中には一体何がいるんだろう。「いる」?「ある」じゃないのか?エイタは微かな恐れを感じながらも、機械である卵型装置の中に何か生物が潜んでいそうだという己れの直感を、嘲笑した。
そんなエイタの恐れに応えるかのように、プシュッと空気が漏れるような音を立てながら、卵の内の一つが割れ始めた。
「えぇっ」
エイタは思わず声を上げていた。卵の殻に長方形の筋が生じ、その部分が手前に迫り出し、やがて上方に向かってスライドし始めた。その長方形は扉であり、姿を現わしつつある卵の内部は、純白の殻とは対照的に漆黒だった。扉の上辺が卵の頂点と同じ高さまで達すると、今度は扉が左右のアームに支えられてほぼ水平に跳ね上がった。蛍光灯の灯りが卵の中を照らすようになると、そこには黒色の革かビニルで覆われた一人分の座席が設けられているのが分かった。この中に入る。そのことにエイタは言い知れぬ怯えを覚えた。
「これが、聴覚を通じた反射訓練とリラックスのための新装置」
怯えの色を隠せなくなったエイタの肩に両手を置きながら、ムカイが説明を始めた。
「エイタはもう競泳の基礎は飲み込んでる。後はコツコツと体を鍛えて、黙々と練習するしか無い。でも、スタートのタイミングの緊張や失敗については、俺が改善を手助けしてあげられる。聴覚を通じた反射訓練とリラックス、ってのは、要するにスタートの雷管の音にビビらずに良いスタートを切れる状態を作っておく、ってことなんだよ」
「は…はい…」
エイタは小さく頷いた。ムカイはエイタの正面に顔を突き出した。エイタは思わずムカイの目を至近に見詰めた。
「俺が作ったプログラムと装置なんだから、大丈夫。安心しろよ」
視線を合わせたムカイから力強く言われ、エイタの表情が急に柔らいだ。
「はい。ムカイ先生。ムカイ先生のものだから、大丈夫ですよね。安心です」
エイタの素直な言葉を聞いたムカイは、優しく微笑んで見せた。予想外の仕掛けを前にエイタの本能が告げていた危険信号は、ムカイがこの日のために少年の中に静かに張り巡らした信頼感の網によって、容易く刈り取られてしまった。
「さぁ、この中に座ってごらん」
エイタはムカイの指示に従順に応え、ビーチサンダルを脱ぐと卵の中の黒いシートに腰掛けた。このシートはソファのようなゆったりとした座り心地で、フットレストやアームレスト、そしてヘッドレストを備えていた。シートは卵型の下部から上部にかけて斜めに設置されていたため、深く腰掛けるとリクライニングした体勢で全身をシートに預ける状態となる。思いの外、ほっとできる場所だった。
「座り心地はどうだい?」
「はい。とても良いです。なんだか安心できる感じです」
ムカイの問い掛けに答えると、エイタは少し身をよじって姿勢を正した。ほぼ裸のエイタは冷んやりした感触を警戒していたが、シート自体の温度もうまく調整されているのか、頭から足の先までをシートに預けても、不快感は全く感じずにいた。エイタが自分の腹を見下ろすと、陰茎によるブーメランパンツの盛り上がりが目に入った。プールサイドでは全く気にならないことであるのに、エイタはその膨らみに気恥ずかしさを覚えた。装置の中の自分を見下ろしてくるムカイの視線を照れ臭く感じて、エイタは目を逸らした。
少し頬を紅潮させ恥ずかしそうに目を逸らすエイタの姿は、それだけで、少年自身は決して自覚することの無い少年時代のエロティシズムだった。それに胸を鷲掴みにされたムカイは、装置から離れてエイタのことを視界から追い出した。
「プログラムを説明しておくよ」
「はい、ムカイ先生」
「先ず、装置の天井からぶら下がるヘルメットを被るんだ。その中にはヘッドフォンやマイクが装備されてる。今回は聴覚を通じたトレーニングなので、ヘッドフォンの機能を使う。ヘルメットを被ったり装置の蓋が閉まったりしたら真っ暗になるけど、これは聴覚刺激に集中してもらうための措置だからね。中の様子は全てモニタリングしているから、何か異常が生じたらすぐに蓋が開く。安心するんだよ」
「はい、分かりました」
装置の中からエイタの素直な返事が返る。
「反射訓練は、先ず単純なゲームから始める。ヘッドフォンからは常に人混みのざわめきのようなノイズを流しておくけど、その中で突然ホイッスルや雷管ピストルの音が出る。その音を聞いたら、できるだけ素早く、右のアームレストに付けたボタンを押すこと。その間隔をできるだけ縮めることが、最初のゲームの目的だよ。間隔が短ければ短い程スコアは良くなるけど、その内に音が出る前触れが分かるようになる。ノイズが一瞬止んで、まるでスタート台に立った時みたいになる、っていう状況。こういう時にフライングしてしまうと、大幅減点だから、気を付けて」
「はい、分かりました。ムカイ先生」
「このゲームを、先ずはイヤってほどしてもらって、徹底的にホイッスルや雷管の音に慣れよう。ただそれだけだと疲れちゃうから、時々リラックスのための効果音や音楽を流してあげる。その時には、ゲームのことは一旦脇に置いて、目を瞑って全身の力を脱いて、リラックスしよう。うまくリラックスできれば、その次のセットで高いスコアを出せる筈だからね」
「はい、分かりました」
「じゃあ、ヘルメットを被って」
「はい、分かりました」
ムカイは装置の中を覗き込む。エイタの頭部は、アームによって装置内にぶら下げられたフルフェイスのヘルメットで覆われていた。エイタが頭部を動かすと、アームは抵抗無くその動きに追従し、アームに巻き付けられた多数のケーブルとチューブが微かに揺れる。エイタの右手がアームレストのボタンの近くに置かれたことを確認すると、ムカイはヘッドフォン越しにエイタに話し掛けた。
「準備いいかい?蓋が閉まったら、ゲームスタートだよ」
「はい。ムカイ先生。お願いします」
装置の中から響く肉声に、マイクとスピーカーを通じた音声が重なる。ムカイの操作によって卵の蓋が閉まり始めた。そして蓋が密着した瞬間、エイタの周囲からはそれまで聞こえていた風切り音が全て消え去った。一瞬エイタの中に湧き上がった恐怖、すなわちエイタ自身の最後の危険信号は、しかしヘッドフォンから流れる音声によって押し流された。
ムカイが見詰めるディスプレイには、赤外線カメラによって撮影されたエイタの様子が映し出されていた。エイタの右腕がアームレストから落ちる。スピーカーはエイタの規則正しい呼吸音を伝え、ディスプレイは呼吸に合わせて緩やかに上下するエイタの胸を映し続けた。
反射訓練と称されるゲームを散々繰り返され、遂に安定したスコアを叩き出すようになったエイタは、その実、極度の緊張状態の中で半ば意識を失いながら、確かに反射だけでボタンを押し続けている状態だった。この作業が競泳のスタートの精度向上に繋がるとは、ムカイも信じてはいなかった。
ゲームが終了し、小川のせせらぎなどの穏かな自然音の中に解放されたエイタは、その希薄となった意識と自我を、今度は一定間隔で続く雨垂れの音に捕えられてしまった。両腕がアームレストから落ちてしまっても、エイタはそのことに気付くこと無く、雨垂れ音と同じ間隔で呼吸を続けていた。ヘルメットの中に仕込まれた簡易的な脳波計は、α波が極端に優位であることを示している。今のエイタは、聴覚のみに意識が狭窄した状態、つまり耳に聞こえた言葉を全て従順に受容する催眠状態に入っていた。エイタに聞こえる言葉は、強力な暗示としてエイタを支配する。
ムカイはエイタをその支配下に置き手中に収めた。それこそが、ムカイの目的だった。
ムカイは微かに笑い、呟いた。
「エイタ、俺はお前を支配した。これからが本番だよ」
ヘッドフォンの音声を制御するプログラムが、次のフェーズへと移行した。微かな声が、言葉を乗せてエイタの耳へ、そして脳へ、侵入を開始する。それは非常にゆっくりと、しかし確実に、エイタの意識と自我に浸透し、エイタの全身を支配の網に絡め取っていった。
『…はい…』
マイクとスピーカーが、エイタが口を開いたことをムカイに伝えた。繰り返された暗示が、エイタの中で明確な効力を発揮し始めた証左だった。エイタの声はまだ呟きのように小さかったが、無音の闇に於いては彼自身の頭蓋内で大きく響き、自身を被支配の網に追い込む罠となっていた。
『…あなたの…言葉を…繰り返します…』
『…あなたの言葉は…絶対…』
『…僕は…言葉に…従います…』
『…僕は…あなたに…従います…』
『…僕は…あなたを…信じます…』
『…あなたは…僕の…ご主人様…』
『…あなたは…僕を…支配する…』
『…僕は…あなたの言葉で…生まれ変わる…』
『…僕は…生まれ変わる…』
『…僕は…奴隷…僕は…しもべ…僕は…下僕…』
『…僕は…あなたに…従順な…操り人形…』
『…僕は…あなたに…忠誠を…誓う…』
『…僕は…あなたに…服従する…』
ディスプレイの中で、エイタが身をよじった。
『…僕は…あなたに…会えて…嬉しい…』
『…僕は…あなたが…好き…愛してる…』
『…僕は…男の人が…好き…男子が…好き…』
『…僕は…オナニーが…好き…オナニー…気持ちいい…』
『…オナニー…幸せ…男子で…オナニー…大好き…僕は…』
エイタの両腕が微かに動く。
『…はい…僕は…オナニー…します…水着…競パン…穿いて…オナニー…最高…』
『…気持ちいい…競パンオナニー…最高に快感…』
エイタの股間では、陰茎が窮屈そうに勃起していた。ブーメランパンツにはカウパー腺液の染みが生じていた。
『…締め付けられる…気持ちいい…すごいいぃー…』
『…あぁ…オナニー…オナニー好き…オナニーしたい…したいですっ…オナニーオナニーオナニーっ!』
エイタが叫ぶように「オナニー」と連呼した瞬間、エイタの全身に痙攣が走った。それが解放の合図であったかのように、エイタは自由に動かせるようになった両手で、自身の勃起した陰茎を勢い良くこすり始めた。
『あっ、はっ、気持ちいいっ、競パンオナニーっ、いいっ、はっ、あんっ、はっ』
『僕がっ、射精っ、僕っ、あなたのしもべっ、生まれ変わるっ、ご主人様っ』
『早くっ、抜きたっ、ご主人様っ、僕をっしもべにっ、僕変わるっ、オナニーっ』
卵の中のエイタは、全身から汗を噴きながら途切れること無く忠誠の言葉を紡ぎ、勃起した陰茎を摩擦する快感に溺れていた。
『ご主人様っ、あなたはっ、ムカイせんせっ、ムカイ様ご主人さまあぁーっ!』
エイタの興奮が極限に達したのは、ムカイを主の名として呼んだ瞬間だった。エイタの陰茎が、ブーメランパンツ越しに大量の精液を噴き出した。
『あっ、あぁっ、あ…んっ…あっ…あぁ…ん…』
エイタは腰を振りながら精液を絞り出す。黒いパンツの上に、白い粘液が広がっていく。
『…あ…はぁ…』
脱力したエイタは、股間に両手を置いたまま全身をシートに投げ出した。
卵型の装置の蓋が開いたのは、その時だった。蛍光管の灯りに、汗に濡れたエイタの肉体が、そして精液にまみれた黒いパンツが照らされた。ムカイによってヘルメットを外されたエイタは、眩しそうに目をしばたたかせる。
目が明るさに慣れ、その光の中にムカイの姿を認めると、エイタはシートの上で背筋を伸ばした。顔からは瞬時に表情が削げ落ち、その口は平坦に、しかし明確に言葉を発した。
「僕のご主人様。僕は、ご主人様の忠実な下僕です」
ムカイは汗の粒が浮くエイタの頭を撫でた。
「いい子だ、エイタ」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
エイタの言葉に、感情は宿らない。
「やっぱり、お前達を一番壊し、そして作り変えるのは、言葉を直接使う聴覚刺激だったな」
「はい。僕はご主人様の操り人形です」
「だけど、聴覚以外の快感をお前にも教えてやる」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
「全ての感覚刺激を利用して、お前をもう一回壊しまくって、作り直してやるよ」
「はい。ありがとうございます。ご主人様。僕はご主人様に忠誠を誓います」
エイタはムカイの言葉の意味を理解したのか、或いはしていないのか、それはムカイにも分からなかった。
「それまで、暫く休んでろ。ほら、シートに寝るんだ」
「はい。ありがとうございます。ご主人様」
シートの上に横たわったエイタは、直立不動の姿勢で全身を硬直させた。その姿は、よくできた彫像のようだった。ムカイは彫像の頭部にヘルメットを被せる。
「ンムッ」
彫像はくぐもった声を上げ、そして生身のエイタの弛緩した肉体へと戻った。全身が脱力した様子を確認すると、ムカイは装置の蓋に手を掛けた。
「疲れたろ。俺の洗脳プログラムが完成するまで、お前には地獄のような快感を与えてやるよ」
再び、エイタは卵の中に密封された。
「さぁ、この中に座ってごらん」
ムカイの声に従い、一人の少年が卵の中のシートに腰を下ろした。彼は、横に並ぶ卵の中に精液にまみれ人格を破壊された少年が囚われていることに、そして自分も同様の姿に変えられることに、気付いていない。一方、閉ざされた闇の中では、エイタが嬌声を上げながら快感を貪っていた。
『…僕はっ…4人の男子とっ…仲間っ…一緒にっ…ご主人様のっ…下僕ですっ…』
『…僕はっ…仲間のっ…男子でっ…オナニーしますっ…』
『…仲間の数だけっ…競パンオナニーっ…するっ…しますっ…』
『…あとっ…あとっ…あっああああっ…しゃっ、射精っ…今っ1回っ…射精っしましたっ…あと…あと…』
卵の外のスピーカーは沈黙したままで、エイタの嬌声を聞く者はいなかった。しかし、音声は録音され、眠りに落ちたエイタ自身の耳許でリピートされ続ける。何回目になるか分からない射精を終え、エイタは自身を更に狂わせる眠りを貪り始めた。そのエイタが、別の卵に新たな少年が囚われたことに気付く筈は、全く以てあり得なかった。
エイタが装置から出たのは、ムカイによる処置が全て完了してからのことだった。エイタには、視覚・触覚・味覚・嗅覚・聴覚の全てに働きかける洗脳プログラムが施された。このプログラムは、少年達を被験者とした実験に基いて完成されたものだった。五感全体に絶え間無い快感を与えられながら暗示による教育を刷り込まれた結果、卵の中から立ち上がったエイタは、自我を保ちながらもムカイに絶対の服従を誓う下僕として生まれ変わっていた。
汚れたブーメランパンツを脱ぎシャワーで体を清めるエイタは、共にシャワーに浴びる4人の少年達に欲情していた。少年達は目を合わせ、誰ともなくお互いの肉体に手を伸ばし始めた。
お互いの味を知った5人の少年は、それぞれが所属する部活動のユニフォームを身に付け、彼らの主の前に整列していた。
「エイタ」
「はい。ご主人様」
新しく与えられた黒いブーメランパンツを身に付けたエイタは、ムカイからの呼び掛けに安堵の表情を浮かべながら応えた。
(おわり)
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