- 2011⁄02⁄05(Sat)
- 00:50
小学校時代
小学三年生の頃からずっといじめられていました。
よく空き地でハダカにされて、
ケツに小石や雑草を詰め込んでから出せと言われたり、
脱いだブリーフに犬の糞をこすりつけられて、
それを履けと言われたりして。
ずいぶんひどいことをやらされました。
いやがると枝で叩かれたり
瓦礫や石をぶつけられたり、
錆びた針金で腕や腿を刺されるから、
いつも言う通りにしてました。
今でも少し傷跡が残っています。
帰り道、
ブリーフは公園のゴミ箱に捨てましたが、
シャツやズボンは泥だらけでも廃油だらけでもドブに浸されても、
裸で帰る訳にはいかないから仕方なく着るのですが、
泣くのをガマンするのはとても大変でした。
家に着くと本気で大泣きします。
服のことで親にぶん殴られるからです。
それも手で叩かれるのはましな方で、
物差しみたいなものでやられると
触れないほど痛いミミズ腫れが
三日ぐらいは消えないのです。
汚い服のまま、真夜中まで家に入れてもらえなかったこともありました。
家の外で服を脱がなければいけないから、ここでもまた裸です。
恥ずかしくて前屈みになってしまうがまた親のしゃくに触るらしくて、
背中やおしりをひどく叩かれたりしました。
あんまり叩かれ続けると急に吐き気が襲って来て、
ノドを焼くような胃液が鼻にまで入り、
そんな時は本当に気が遠くなりました。
いじめられている時や叱られている時、
いつも思い浮かべるのはマンガのセリフとかアニメやヒーロー物の主題歌でした。
つらい気持が治るまで心の中で念じるように歌い続けていたものです。
四年生になると服を汚されることはだんだんなくなって来たのですが、
チンコとキンタマへの攻撃が始まりました。
空き地は建築現場に変わっていたのでいろんな物が使われました。
じかに触ると手が腐る、というのがその理由でした。
よくやられたのは二、三人で僕が動けないように押さえておいてから、
ふたつの煉瓦やコンクリートブロックの間にタマを挟み、
その上に足を乗せてゆっくり体重をかけたり、
砂利のようなものを少しずつ乗せて行って、
僕が本気で痛がるまでの様子を観察することでした。
自分でいじることも強要されました。
まずチンコの皮を剥かされます。
少しきつくても完全に剥いてしまえば、
最初の頃はそれだけで許してもらえました。
そのうち剥けたチンコを「消毒」しろと命令されました。
始まりは水だったのですが、
そのうち給食で配られるジャム、ソース、醤油、マヨネーズなどを
亀頭に塗り付けてチンコを勃起させて見せなければならなくなりました。
ものによって痛かったり痒かったり沁みたりして、すごく悲しかったけど、
ちょと気持いい感じがしたので、そのうち自分一人でもやるようになりました。
ある時気が付いたのは、僕が「消毒」しているのを見ている側の何人かが
こっそり勃起しているということでした。
ほんとうはみんなで「消毒」している僕を観察して
気持ちよさそうなものを調べていたんじゃないでしょうか。
たぶんマヨネーズはみんなが試しただろうと思います。
そんな中で一番気持よかったのはリンスでした。
お風呂に入る度にリンスを付けて亀頭をいじていると、
だんだんおしっこが漏れそうな感じがして、
続けているとほんとうに漏らしてしまいます。
気持よさが脈打つように腰まで広がって、
ひざがガクガクするまで
ほとんど毎日やってました。
やがて出てくるおしっこがだんだん糸を引くようになって、
白くにごったような色になっていきました。
怖かったけど止められなくて、
最後はどろどろのものが出るようになりました。
その変化もみんなに見られ続けていました。
そしてとうとう五年生の秋に毛が生えました。
これは他の誰よりも早い発毛だったのですが、
ガムテープを使って引き抜かれたり、
ライターで焼かれたり、
色んなことをされました。
ところがそのうち背が伸びはじめて、
誰よりも大きくなってしまい、
集団でいじめられることはなくなったのです。
その代わり個別にフェラチオを強要される日々が、
小学校を卒業するまでずっと続きましたが、
いじめられ役から相談役に昇格したようです。
中学に入ってからは不良化して
いじめる側に転じました。
五年生の秋に毛が生えてしばらくすると、
カラダも大きくなって来て
だんだんいじめられなくなっていった、
と前に書きました。
そして中学に上がるといじめる側に回るんですが、
その手前で起こったことを書いておきたいと思います。
六年生の夏ごろには
僕はもういじめられなくなって、
だけどその代わりに、
電話で個別に呼び出されるようになりました。
僕もそうだったけど毛が生え始めると
なんだかそれが不安になるんですね。
色んなことが聞きたくて電話してくる。
そして最初に僕を呼び出したのは
もとから体格が良くてイジメの中心人物だったXでした。
いままでは空き地や工事現場でいじめられていたのが、
とつぜん電話で家に来いというのだから、
何をされるのか気が気でなかったけれど、
家にはXしかいませんでした。
玄関から階段を上がって通されたXの部屋は
ゲームやマンガやオモチャでひどく散らかっていて
ベッドの上だけは物が少なかったので、
そこに二人で座りました。
やや肥満気味のXはくたびれて小さくなった
青いスゥエットの上下を着ていて、
呼吸するたびに腹が見え隠れしていました。
唐突に
「オレも生えたんだよね」
とXが切り出しました。
「お前、毎日出してんのか?」
僕がだまってうなずくと、
「やってみせろよ」
と言われました。
しかたなくズボンとブリーフを膝まで下げ、
チンコを勃たせてしごき始めましたが、
見られているのでなかなかいきません。
「出ない」
と言ってXの顔を見ると少し紅潮していて、
さっきよりも息が荒くなっています。
「じゃあオレのをやれよ」
「え?」
Xは仰向けに寝て少し腰を浮かせると、ズボンを無造作に降ろしました。
Xのチンコは僕の半分くらいの大きさで、
先まで被った皮には細い血管が浮き出ていました。
よく見るとその付け根を囲むようにして
1cmくらいの細い毛が生えています。
チンコに較べるとキンタマは大きくて薄茶色になっていました。
僕は自分のをしまってXのチンコを
親指と人差し指でつまむようにして、
上下にしごき始めました。
薄い皮が押し下げられるたびに、
赤く充血した亀頭が見え隠れして、
しばらくすると先の方に透明な粘液が滲み出し、
クチュクチュと小さな音をたて始めます。
と、急に足が引っ張られました。
僕は体制を崩してXの腹の上に肘を突き、
頭を腿の上に乗せるような格好で倒れました。
Xは乱暴に僕のズボンを脱がせてチンコやキンタマをいじりながら、
「チンコしゃぶれ」
と言うのです。イヤだと答えると僕のキンタマを握って、
「しゃぶるまで止めないからな」
とだんだん力を入れてきました。
下腹部に沁みるような辛い痛みに負けて、
とうとうXのチンコを口に含みました。
その時、洗い上げた洗濯物のやさしい匂いがしたことを
いまでも憶えています。
しかしXはまだ手を離してくれません。
「しゃぶりながら皮を剥け」
「頭動かせ」
「たくさんつば付けろ」
というような、いくつもの命令に従わされて、やっと手が離れました。
その間、ずっとXにいじり続けられていた僕のチンコも、
クチュクチュという音を立てはじめました。
そのうちXの呼吸が速くなって来て
「出る!出る!」
という言葉を聞くや否や、鋭い勢いで何度も飛び出した生暖かいものが
僕の口の中を一杯にしました。
気持悪くてXの腹の上にほとんどこぼしてしまいましたが、
それを全部呑めと言われ、悪寒を感じながら犬のように舐め取りました。
最後にティッシュで全体を拭き取らされて、
しばらくそのままの状態で寝ていたXは、
急に起き上がってそそくさとズボンを履くと、
「もう帰れ」
と言い捨てて一人でゲームを始めました。
「誰にも言うなよ。言ったらコロす」
僕はXの家から出て、
公園のトイレでオナニーしてから家に帰りました。
この日から小学校を卒業するまでの間に、
Xの精液をどれだけ飲まされたか分かりません。
引用なし
パスワード
「誰にも言うなよ。言ったらコロす」
Xはそう言って脅しながら、
週に何度も僕を呼び出してチンコをしゃぶらせました。
そして僕にしゃぶらせてる間は、
かならず僕のチンコをいじり続け
何度も射精寸前まで追い詰めては止めるのです。
僕はxの前で射精することを禁じられていたので、
別のことを考えたりして気を散らすのですが、
そのガマンしているところを見るのが面白かったようです。
ある日、もし僕が射精してしまったら
小便を飲ませると言い出しました。
僕はそれだけはイヤだったので
xに呼び出されたら先にオナニーして一発抜いてから行くことにしました。
しばらくはこれでしのぎましたが、
xはどうしても僕に小便を飲ませたかったのだと思います。
その日は執拗に責められて、だいぶヤバい状態になっていた時、
xが僕のチンコを突然しゃぶりだしたのです。
これにはまったくガマンできず、
一度抜いた後なのにすぐイってしまいました。
しかもまずいことにxの口の中に出してしまったのです。
よく空き地でハダカにされて、
ケツに小石や雑草を詰め込んでから出せと言われたり、
脱いだブリーフに犬の糞をこすりつけられて、
それを履けと言われたりして。
ずいぶんひどいことをやらされました。
いやがると枝で叩かれたり
瓦礫や石をぶつけられたり、
錆びた針金で腕や腿を刺されるから、
いつも言う通りにしてました。
今でも少し傷跡が残っています。
帰り道、
ブリーフは公園のゴミ箱に捨てましたが、
シャツやズボンは泥だらけでも廃油だらけでもドブに浸されても、
裸で帰る訳にはいかないから仕方なく着るのですが、
泣くのをガマンするのはとても大変でした。
家に着くと本気で大泣きします。
服のことで親にぶん殴られるからです。
それも手で叩かれるのはましな方で、
物差しみたいなものでやられると
触れないほど痛いミミズ腫れが
三日ぐらいは消えないのです。
汚い服のまま、真夜中まで家に入れてもらえなかったこともありました。
家の外で服を脱がなければいけないから、ここでもまた裸です。
恥ずかしくて前屈みになってしまうがまた親のしゃくに触るらしくて、
背中やおしりをひどく叩かれたりしました。
あんまり叩かれ続けると急に吐き気が襲って来て、
ノドを焼くような胃液が鼻にまで入り、
そんな時は本当に気が遠くなりました。
いじめられている時や叱られている時、
いつも思い浮かべるのはマンガのセリフとかアニメやヒーロー物の主題歌でした。
つらい気持が治るまで心の中で念じるように歌い続けていたものです。
四年生になると服を汚されることはだんだんなくなって来たのですが、
チンコとキンタマへの攻撃が始まりました。
空き地は建築現場に変わっていたのでいろんな物が使われました。
じかに触ると手が腐る、というのがその理由でした。
よくやられたのは二、三人で僕が動けないように押さえておいてから、
ふたつの煉瓦やコンクリートブロックの間にタマを挟み、
その上に足を乗せてゆっくり体重をかけたり、
砂利のようなものを少しずつ乗せて行って、
僕が本気で痛がるまでの様子を観察することでした。
自分でいじることも強要されました。
まずチンコの皮を剥かされます。
少しきつくても完全に剥いてしまえば、
最初の頃はそれだけで許してもらえました。
そのうち剥けたチンコを「消毒」しろと命令されました。
始まりは水だったのですが、
そのうち給食で配られるジャム、ソース、醤油、マヨネーズなどを
亀頭に塗り付けてチンコを勃起させて見せなければならなくなりました。
ものによって痛かったり痒かったり沁みたりして、すごく悲しかったけど、
ちょと気持いい感じがしたので、そのうち自分一人でもやるようになりました。
ある時気が付いたのは、僕が「消毒」しているのを見ている側の何人かが
こっそり勃起しているということでした。
ほんとうはみんなで「消毒」している僕を観察して
気持ちよさそうなものを調べていたんじゃないでしょうか。
たぶんマヨネーズはみんなが試しただろうと思います。
そんな中で一番気持よかったのはリンスでした。
お風呂に入る度にリンスを付けて亀頭をいじていると、
だんだんおしっこが漏れそうな感じがして、
続けているとほんとうに漏らしてしまいます。
気持よさが脈打つように腰まで広がって、
ひざがガクガクするまで
ほとんど毎日やってました。
やがて出てくるおしっこがだんだん糸を引くようになって、
白くにごったような色になっていきました。
怖かったけど止められなくて、
最後はどろどろのものが出るようになりました。
その変化もみんなに見られ続けていました。
そしてとうとう五年生の秋に毛が生えました。
これは他の誰よりも早い発毛だったのですが、
ガムテープを使って引き抜かれたり、
ライターで焼かれたり、
色んなことをされました。
ところがそのうち背が伸びはじめて、
誰よりも大きくなってしまい、
集団でいじめられることはなくなったのです。
その代わり個別にフェラチオを強要される日々が、
小学校を卒業するまでずっと続きましたが、
いじめられ役から相談役に昇格したようです。
中学に入ってからは不良化して
いじめる側に転じました。
五年生の秋に毛が生えてしばらくすると、
カラダも大きくなって来て
だんだんいじめられなくなっていった、
と前に書きました。
そして中学に上がるといじめる側に回るんですが、
その手前で起こったことを書いておきたいと思います。
六年生の夏ごろには
僕はもういじめられなくなって、
だけどその代わりに、
電話で個別に呼び出されるようになりました。
僕もそうだったけど毛が生え始めると
なんだかそれが不安になるんですね。
色んなことが聞きたくて電話してくる。
そして最初に僕を呼び出したのは
もとから体格が良くてイジメの中心人物だったXでした。
いままでは空き地や工事現場でいじめられていたのが、
とつぜん電話で家に来いというのだから、
何をされるのか気が気でなかったけれど、
家にはXしかいませんでした。
玄関から階段を上がって通されたXの部屋は
ゲームやマンガやオモチャでひどく散らかっていて
ベッドの上だけは物が少なかったので、
そこに二人で座りました。
やや肥満気味のXはくたびれて小さくなった
青いスゥエットの上下を着ていて、
呼吸するたびに腹が見え隠れしていました。
唐突に
「オレも生えたんだよね」
とXが切り出しました。
「お前、毎日出してんのか?」
僕がだまってうなずくと、
「やってみせろよ」
と言われました。
しかたなくズボンとブリーフを膝まで下げ、
チンコを勃たせてしごき始めましたが、
見られているのでなかなかいきません。
「出ない」
と言ってXの顔を見ると少し紅潮していて、
さっきよりも息が荒くなっています。
「じゃあオレのをやれよ」
「え?」
Xは仰向けに寝て少し腰を浮かせると、ズボンを無造作に降ろしました。
Xのチンコは僕の半分くらいの大きさで、
先まで被った皮には細い血管が浮き出ていました。
よく見るとその付け根を囲むようにして
1cmくらいの細い毛が生えています。
チンコに較べるとキンタマは大きくて薄茶色になっていました。
僕は自分のをしまってXのチンコを
親指と人差し指でつまむようにして、
上下にしごき始めました。
薄い皮が押し下げられるたびに、
赤く充血した亀頭が見え隠れして、
しばらくすると先の方に透明な粘液が滲み出し、
クチュクチュと小さな音をたて始めます。
と、急に足が引っ張られました。
僕は体制を崩してXの腹の上に肘を突き、
頭を腿の上に乗せるような格好で倒れました。
Xは乱暴に僕のズボンを脱がせてチンコやキンタマをいじりながら、
「チンコしゃぶれ」
と言うのです。イヤだと答えると僕のキンタマを握って、
「しゃぶるまで止めないからな」
とだんだん力を入れてきました。
下腹部に沁みるような辛い痛みに負けて、
とうとうXのチンコを口に含みました。
その時、洗い上げた洗濯物のやさしい匂いがしたことを
いまでも憶えています。
しかしXはまだ手を離してくれません。
「しゃぶりながら皮を剥け」
「頭動かせ」
「たくさんつば付けろ」
というような、いくつもの命令に従わされて、やっと手が離れました。
その間、ずっとXにいじり続けられていた僕のチンコも、
クチュクチュという音を立てはじめました。
そのうちXの呼吸が速くなって来て
「出る!出る!」
という言葉を聞くや否や、鋭い勢いで何度も飛び出した生暖かいものが
僕の口の中を一杯にしました。
気持悪くてXの腹の上にほとんどこぼしてしまいましたが、
それを全部呑めと言われ、悪寒を感じながら犬のように舐め取りました。
最後にティッシュで全体を拭き取らされて、
しばらくそのままの状態で寝ていたXは、
急に起き上がってそそくさとズボンを履くと、
「もう帰れ」
と言い捨てて一人でゲームを始めました。
「誰にも言うなよ。言ったらコロす」
僕はXの家から出て、
公園のトイレでオナニーしてから家に帰りました。
この日から小学校を卒業するまでの間に、
Xの精液をどれだけ飲まされたか分かりません。
引用なし
パスワード
「誰にも言うなよ。言ったらコロす」
Xはそう言って脅しながら、
週に何度も僕を呼び出してチンコをしゃぶらせました。
そして僕にしゃぶらせてる間は、
かならず僕のチンコをいじり続け
何度も射精寸前まで追い詰めては止めるのです。
僕はxの前で射精することを禁じられていたので、
別のことを考えたりして気を散らすのですが、
そのガマンしているところを見るのが面白かったようです。
ある日、もし僕が射精してしまったら
小便を飲ませると言い出しました。
僕はそれだけはイヤだったので
xに呼び出されたら先にオナニーして一発抜いてから行くことにしました。
しばらくはこれでしのぎましたが、
xはどうしても僕に小便を飲ませたかったのだと思います。
その日は執拗に責められて、だいぶヤバい状態になっていた時、
xが僕のチンコを突然しゃぶりだしたのです。
これにはまったくガマンできず、
一度抜いた後なのにすぐイってしまいました。
しかもまずいことにxの口の中に出してしまったのです。
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