- 2015⁄04⁄29(Wed)
- 22:42
犬猿の仲?
俺は澤田明宏(サワダアキヒロ)、□□高校に通う現在一年生。だから来年は二年生になる。
俺には幼稚園から幼馴染の友人?がいる。そいつの名前も、なぜ友人ハテナなのかも、後々説明できたら――というか、書くうちにそいつの人間性なんかからわかってくると思う。
皆高校くらいなら幼稚園からずっと幼馴染の友人というのは普通にいると思う。ていうか俺にもそいつ以外に幼稚園からの幼馴染は何人もいる。今でも楽しく遊んでいる親しい友達もいれば、顔見知り程度で特に話したこともないような人もいる。けど高校に入って、同じ高校で幼稚園からの幼馴染といえば、とうとうそいつ一人になってしまったのだ。
……この一年、本当にいろいろあった。思い出すだけでも頭が痛くなってため息が漏れる……それを今から話していきたいと思う。
前説としてあとひとつ。そいつとは家もそんなに離れておらず、幼稚園から仲が良かった(あのころは仲がよかった)のもあって、もう今では家族ぐるみの付き合いになっていることも念頭に置いておいてほしい。
それではようやく本文へ……
俺は□□高校へ通うため試験を受けた。公立高校で男女共学のどこにでもある高校。でも高校のレベルとしては結構上で、誰しもが入れるとは限らない、その都道府県では結構知られた高校である。
俺のほかにも同じ中学校から受験をしている人もいた。たしか5、6人いたと思う。
今日はいよいよその高校に行って、試験結果を見に行く日。発表は正午からだったので俺はそれまで熟睡していた。
そして11時ごろになると突然携帯が鳴り出した。
俺はその大音量の呼び出し音で目が覚めた。手探りで枕もとの携帯を探すと、通話ボタンを押して耳に当てた。眠気調子のまま電話に出た。
「……もしもし」
「アキ?今何時だと思ってんの?11時回ってるよ!?」
「え?あ、そう……」
そいつからの電話だった。いわゆるお目覚め電話ってやつだ。昨日頼んでおいた。けど俺の頭はまだ起きてない。
そしてそいつの言葉をどんどん理解していくと、事態が緊急を要するものだと理解してきて、眠気も吹っ飛んで時計を見た。すると時計は11時30分を指そうとしているところで、30分近くも遅刻していることに気づいた。
俺は布団からとび出して、携帯を肩に挟みながら着替え始めた。
「なんでもっと早くに電話くれなかったの!」
「え、ごめん……っていうか自分の寝坊を俺に押し付けるなよ!」
「でもおまえ、30分も待ってたわけだろ!もっと早くに電話してこいよ!」
俺は機用にズボンを脱いで、中学の制服のズボンに履き替えた。そう、そいつと試験結果を見に行く約束をしていたのだ。11時に待ち合わせ場所でおちあう約束をしていた。
「ごめん」
そいつが素直に謝るから俺が真の悪になってしまう。
「悪かったよ。俺が悪い。すぐに行くからもうちょっと待ってて」
「うん」
そう言うと電話を切って上を脱いで制服に着替えると、携帯をポケットに突っ込みカバンを持って自分の部屋を出た。俺の家は普通の一軒家で二階建ての家だったから、階段をどたどたとおり、そのまま玄関に向かった。母さんがその騒々しい階段を降りる音で、リビングから声をかけてくる。
「明宏ー、朝ごはんはー?」
「食べてる時間ないっ!」
それだけを言うとあわただしく家をとび出した。
そしてすぐさまそいつとの待ち合わせ場所に急いだ。
その高校までは電車で通うことになる。初めての電車通いだ。
電車で五駅行ったところで下車して、5分ほど歩くとその高校に着く。
登校時間はざっと50分程度だった。
高校の正門に着くと、すでにたくさんの人でごった返していた。女の子がきゃあきゃあわめく音やらいろんな音がして、ずいぶん盛り上がっているようだった。
「すごい騒ぎだね」
俺の隣にいるそいつが言った。
「あ、ああ」
俺はあまりの騒ぎに圧巻させられた。
「とにかく結果を見に行こうよ」
俺はうなずいて正門をくぐり、試験結果が掲示してあるエリアに向かった。
試験結果は二階建ての校舎から垂らす形で発表されていて、人の波をかきわけながら番号が見える位置まで向かった。
そして、見上げて、自分の番号があるかどうかを探した。
試験は自信があった。たぶん受かっていると思うのだが、さすがに緊張した。
そして1桁目が自分と同じ桁のところにたどり着き、そのまま視線を落とすと、2桁目が一緒になって、最後には……3桁目も同じ番号を見つけた!
「……受かった……」
感動というよりむしろ、ほっとしたというか、無感情になったというか、喜びは遅れて感じるものだった。
ふと我に返り、隣のそいつを見た。するとそいつも俺を見返してきて、親指を立てて軽く微笑んだ。そいつも合格したらしかった。
結局、俺の中学校からは6人中、5人が合格した。そのうちの2人は俺たちで、あとの3人は女子生徒だった。
そしていよいよ□□高校での高校生活がはじまる。
思い出すだけでため息が漏れるような高校生活が……
俺には幼稚園から幼馴染の友人?がいる。そいつの名前も、なぜ友人ハテナなのかも、後々説明できたら――というか、書くうちにそいつの人間性なんかからわかってくると思う。
皆高校くらいなら幼稚園からずっと幼馴染の友人というのは普通にいると思う。ていうか俺にもそいつ以外に幼稚園からの幼馴染は何人もいる。今でも楽しく遊んでいる親しい友達もいれば、顔見知り程度で特に話したこともないような人もいる。けど高校に入って、同じ高校で幼稚園からの幼馴染といえば、とうとうそいつ一人になってしまったのだ。
……この一年、本当にいろいろあった。思い出すだけでも頭が痛くなってため息が漏れる……それを今から話していきたいと思う。
前説としてあとひとつ。そいつとは家もそんなに離れておらず、幼稚園から仲が良かった(あのころは仲がよかった)のもあって、もう今では家族ぐるみの付き合いになっていることも念頭に置いておいてほしい。
それではようやく本文へ……
俺は□□高校へ通うため試験を受けた。公立高校で男女共学のどこにでもある高校。でも高校のレベルとしては結構上で、誰しもが入れるとは限らない、その都道府県では結構知られた高校である。
俺のほかにも同じ中学校から受験をしている人もいた。たしか5、6人いたと思う。
今日はいよいよその高校に行って、試験結果を見に行く日。発表は正午からだったので俺はそれまで熟睡していた。
そして11時ごろになると突然携帯が鳴り出した。
俺はその大音量の呼び出し音で目が覚めた。手探りで枕もとの携帯を探すと、通話ボタンを押して耳に当てた。眠気調子のまま電話に出た。
「……もしもし」
「アキ?今何時だと思ってんの?11時回ってるよ!?」
「え?あ、そう……」
そいつからの電話だった。いわゆるお目覚め電話ってやつだ。昨日頼んでおいた。けど俺の頭はまだ起きてない。
そしてそいつの言葉をどんどん理解していくと、事態が緊急を要するものだと理解してきて、眠気も吹っ飛んで時計を見た。すると時計は11時30分を指そうとしているところで、30分近くも遅刻していることに気づいた。
俺は布団からとび出して、携帯を肩に挟みながら着替え始めた。
「なんでもっと早くに電話くれなかったの!」
「え、ごめん……っていうか自分の寝坊を俺に押し付けるなよ!」
「でもおまえ、30分も待ってたわけだろ!もっと早くに電話してこいよ!」
俺は機用にズボンを脱いで、中学の制服のズボンに履き替えた。そう、そいつと試験結果を見に行く約束をしていたのだ。11時に待ち合わせ場所でおちあう約束をしていた。
「ごめん」
そいつが素直に謝るから俺が真の悪になってしまう。
「悪かったよ。俺が悪い。すぐに行くからもうちょっと待ってて」
「うん」
そう言うと電話を切って上を脱いで制服に着替えると、携帯をポケットに突っ込みカバンを持って自分の部屋を出た。俺の家は普通の一軒家で二階建ての家だったから、階段をどたどたとおり、そのまま玄関に向かった。母さんがその騒々しい階段を降りる音で、リビングから声をかけてくる。
「明宏ー、朝ごはんはー?」
「食べてる時間ないっ!」
それだけを言うとあわただしく家をとび出した。
そしてすぐさまそいつとの待ち合わせ場所に急いだ。
その高校までは電車で通うことになる。初めての電車通いだ。
電車で五駅行ったところで下車して、5分ほど歩くとその高校に着く。
登校時間はざっと50分程度だった。
高校の正門に着くと、すでにたくさんの人でごった返していた。女の子がきゃあきゃあわめく音やらいろんな音がして、ずいぶん盛り上がっているようだった。
「すごい騒ぎだね」
俺の隣にいるそいつが言った。
「あ、ああ」
俺はあまりの騒ぎに圧巻させられた。
「とにかく結果を見に行こうよ」
俺はうなずいて正門をくぐり、試験結果が掲示してあるエリアに向かった。
試験結果は二階建ての校舎から垂らす形で発表されていて、人の波をかきわけながら番号が見える位置まで向かった。
そして、見上げて、自分の番号があるかどうかを探した。
試験は自信があった。たぶん受かっていると思うのだが、さすがに緊張した。
そして1桁目が自分と同じ桁のところにたどり着き、そのまま視線を落とすと、2桁目が一緒になって、最後には……3桁目も同じ番号を見つけた!
「……受かった……」
感動というよりむしろ、ほっとしたというか、無感情になったというか、喜びは遅れて感じるものだった。
ふと我に返り、隣のそいつを見た。するとそいつも俺を見返してきて、親指を立てて軽く微笑んだ。そいつも合格したらしかった。
結局、俺の中学校からは6人中、5人が合格した。そのうちの2人は俺たちで、あとの3人は女子生徒だった。
そしていよいよ□□高校での高校生活がはじまる。
思い出すだけでため息が漏れるような高校生活が……
こうして俺たち2人(プラス女子3人)は□□高校に通うことになった。
中学校を無事に卒業し、高校の入学式も済んだ。そのあとにクラス発表があったのだが……
「アキちゃん一緒のクラスじゃん。やったね」
「ちゃん付けすんな!えぇ!またおまえと一緒!?」
「うれしいくせして」
「だれが!」
そう言うと、そいつは俺の頭をわしゃわしゃとなでてきた。もうやめろと手を払いのけるのも面倒になって、されるがままに放っておいた。
最近になってこいつの対処法がわかってきたというか、いちいちこいつの行動に対して反応していたら付け上がるばかりで(放っておいてもつけあがるのだが)、最近では放っておくことにしたのだ。
こいつはこんなやつなのだ。調子ノリで冗談が90%、いちいちリアクションしていたらこちらの身がもたない。
こうしてクラス発表も終わり、いよいよ一学期が始まった。
高校生活にも慣れてきて、3ヶ月が過ぎた。
ようやくクラスメイトとも打ち解けてきて、休憩時間だとか騒がしくなりつつある時期である。
俺はその日、昨日徹夜をしてしまって一日中眠たかった。でも授業は真面目に受けるほうで、半目を開けながら授業を聞いていた。そして休憩時間のチャイムが鳴ると同時に机に頭をぶつけるようにして寝るのだ。
休憩時間になると決まってあいつが俺のところに来る。登校はいつも一緒で、そのときに「今日は眠い眠い」とあいつに話したはずなのに、性懲りもなく俺のところに来て、前の席の椅子に、背凭れを前にして腰掛け、俺にちょっかいを出してくるのだ。
「なあ、アキー遊ぼうぜー」
「……おまえはガキか。朝から眠たいって言ってるだろ。寝かせてくれよ」
俺は顔を伏せたままそいつに向かって話した。
「俺が目覚めさせてやるから」
「……」
「ヒマだよー、話し相手になってよー」
「ウザい」
「そんなこと言われたってへこたれないぞ」
「すこしはへこたれろよ」
俺の言葉でそいつが笑うのが気配で感じ取れた。俺はすこしも面白いことを言ったつもりはない。
「なあー明宏ー……」
そのとき、教室の向こう側からそいつの名前を呼ぶ声がした。
「ほら呼ばれてるぞ。人気者だなあ、さっさと向こう行けよ」
「わかったよ。でも昼飯は一緒に食おうな!」
そう言って俺の前からそいつが席を立ってどこかに行くのを気配で感じた。
俺はようやく熟睡できるとほっとして、体勢を直して本格的に眠ろうと試みた。
だが、邪魔者は次から次へと現れる。
俺のすぐ脇に誰かが立ち止まったのを気配で感じた。
「あのう、澤田くん」
「ああ?」
俺は眠りの妨害をされてすこし苛立った口調で上体を起こし、声のしたほうを見上げた。そこに立っていたのは、クラスメイトの女子だった。しかももう派閥を形成しているのか、3人連れで立っていた。予想もしない人物に思わず驚いた。
「ごめん、どうした?」
「いや、あのね、澤田くんって二宮(ニノミヤ)くんと仲がいいよねえって話してて、それで……」
「ああ、べつに仲がいいわけじゃないよ。」
「え、でも……」
真ん中の女の子はやけにもじもじしていた。女の子らしい態度だった。すると助け舟をだすように、横の気の強そうな女の子が言った。
「なんで二宮くんとそんな仲がいいの?」
「なんでって、なんでだろう、幼稚園から知ってるからかなあ」
するともう一人の女の子が
「ねえ、二宮くんってどんな子?」
と聞いてくる。
「どんな子って……見ての通り、なんじゃない?」
本当はいっぱい言いたかったが、俺には悪い印象しかなかった。調子者で調子ノリで人をからかうだけからかって、冗談がほとんど……とてもそんなことは言えない、事実、俺のところに来た女子は、あいつに好感をもっているようだし、口が裂けてもそんなことはいえない。
しばらく黙っていると、さきほどの女の子がぼそりと言った。
「二宮くんって格好いいよねえ」
「ええ!?」
俺はびっくりしてつい声を張り上げてしまった。その声であいつの方を向いていた女子が一斉に俺に視線を向けた。
「どうしたの?格好良くないの?」
「いや、格好いい格好よくないはそれぞれの見方だから、いいんじゃない?」
俺は苦笑してあいつの印象を壊さないよう努めた……なんて心優しい友人だろうと自分で関心する。
すると女の子からとんでもないあいつの性格が返ってきた。
「クールだよね。なんか大人っぽい。」
(いやいやいや、それはないでしょ)俺は突っ込みたかったけど口を閉ざしたままだった。ただ一言だけ
「でもあいつ、冗談ばかりだよ?」
「結構二宮くんの冗談ってセンスあるよねえ。笑えるもん」
(ははあ、こりゃ何を言っても無駄だ)俺はもうそう悟ってなにも言わなかった。
女子と一緒に、俺も、最近話すようになったほかの男友達と会話を楽しんでいるあいつを遠目でながめた。
二宮大史(ニノミヤタイシ)それがあいつの名前だった。幼稚園の幼いころからあいつと一緒にいるから、格好いいだとかその逆もまったく思ったことがなかった。幼稚園のころはいかにも幼稚園児で童顔だったけど、たしかにそう言われて改めてあいつを見ると、目鼻立ちも整っていて、ブサイクでないことはたしかだった。顔もいつのまにやら童顔ではなくなっているし。ていうか、前々からあいつがモテることは知っていた、というか気にも留めなかったので、知らないも同然だったが、今回初めて気づかされた。中学校のころから女子の注目を浴びていたし、告白されたことも何度かあったようななかったような……。でも実際に付き合ったっていうのは聞いたことがなかった。
いつも俺と話してるときはでれでれとした口調なのに、こうしてあいつがほかの人と会話をしているのを聞いてると、不思議なことにクールな印象を受ける。あの始終笑顔を含んだ表情も女の子を魅了するんだろうなあ、なんて思いながら眺めていた。
にしても気のせいだろうか、俺と会話をしているときと、ほかの人と会話をしているとき、態度も含め、会話の内容だとか話し方も違う気がする。それを感じると軽んじられているような気がして、すこしムッときた。その日の大史との帰り道、隣の大史の顔をまじまじと見ながら歩いていた。
今日聞いた女子の言葉が離れなかったのだ。
『二宮が格好良くて?クールな印象で?冗談だって洒落ていて?……ありえない』
俺があんまり大史を見るもんだから、大史も視線に気づいたのか、こちらを振り向き怪訝そうな顔をした。
「な、なに?」
「おまえ、早速モテてるなあ、クラスの女子に」
「そうなの?」
「おまえとお近づきになりたいようで、わざわざ俺をかいして寄って来るんだけど」
俺が皮肉をこめたように大史を睨むと、その視線に感づいたようで、苦笑してうつむいてしまった。
「ごめん……」
「俺が女だったらゼッテー何があってもおまえなんか好きにならねえし。顔だけで判断するなんてそんな尻軽い女子はいやだね」
大史はしばらくはいたたまれないような笑顔をしてうつむいていたけど、さっきの言葉でなにか引っかかったようで、俺におずおずと聞いてきた。
「あの、それって俺の性格がダメダメみたいな感じじゃん」
「感じじゃなくて実際にダメダメなんだよ。いっつも俺についてきてこっちとしてはいい迷惑だっつーの」
「俺、じゃま?」
「うん、邪魔」
「容赦ない一言だなあ。さっきのは結構きたぞ」
「だって本当のことだし」
「まあまあそう言うなって。ほら、明宏様、カバンお持ちいたしましょう」
(ほら、堪えてない)俺がどんだけ本気で言っても冗談っぽく交わされてしまう。でも本当に心からそう思っているわけでは……ある。ないと言いたいところなのだが、大史に対して言う言葉はすべて本当の気持ちだ。でもそれは、どんなに本当の言葉でも大史の性格が冗談として丸めてしまうから成立するのだ。もし大史が俺の言葉をそのまま受け止めるヤツだったら、こんな会話は絶対成立しないだろう。
大史も俺の言っていることが本当の気持ちだってことも知っていると思う。でもそれでも、俺を嫌いになるどころか、好いてくれているようで、いつでも俺のそばにいる。
「あ、そう?じゃあお願い」
そう俺は言うと、なんの遠慮もなくエナメル製のカバンをわたした。大史はまるでテレビでよく見る執事のように丁寧にカバンを受け取ると、俺の横に並んで歩きだした。
「なんか今日はやけに重いようで……」
「それはあれだよ。今日新しく国語の教材配られたし」
「そうでした」
大史は白い歯を出して困ったように顔をゆがめた。大史は俺の前ではよくこんな顔をする。いわゆる苦笑って顔を。
その後も他愛もない会話をし、駅について電車に乗り、俺たちの地元に帰る。
電車に乗って五駅で地元に着く。夕方の四時ごろで普通電車ともあって、人は少なかった。俺たちは並んで座って地元の駅に着くのを待った。
学校の駅を出発して二駅めくらいで、ふと横の大史が静かになったなと見てみると、大史は俺の隣でコクリ、コクリと居眠りをしていた。太ももに俺のカバンを大事そうに抱えて、頭が規則正しく上下にコクリコクリと揺れていた。
俺は妙に微笑ましくなってつい小さく笑った。
ちょうど日も傾いてきていて、電車の窓から紅くなりつつある日の光が降りそそいでいて、大史を照らしていた。大史は髪はもちろん校則で染めていないが、もともと茶色っぽい髪色をしていて、それが夕陽に照らされて金色に見えた。さらにきれいに褐色に焼けた肌にも光は反射して肌が透き通って見えた。
(たしかにこいつをなにも知らない人から見ると、第一印象は格好いいよなあ)
俺はふと思った。すると、大史と初めて出会ったときのことをまざまざと思い出した。
みんなにもあると思う。たとえば、クラスメイトでクラスのみんなからちやほやされるような人気者というのはクラスでも一人はいると思う。そんな人はまるで芸能人のように思えて、俺には近づきがたいように思えて、いつしか憧れになってしまうような経験はないだろうか?勝手にその人との距離感を作ってしまって俺にはまるで芸能人並に手の届かない存在に思えてしまうのだ。
しかしそれはやはり芸能人とは違うところで、クラスメイトだからなにかをきっかけに話す機会があると思う。すると気が合って、もっと話すようになって、するともっと相手のことがわかって気が合って……とそれを繰り返していくと、やがて自分で作った距離感が見る見るうちに縮まっていく。
すると、最初に感じた憧れの念や近づきたいけど俺には近づくことができないんだという高貴な視線なんかがなくなって、その人がそばにいるのが当たり前になる。
まったく話をする機会がなかったころの特別視がなくなってしまう。
出会う前には、この人と友だちになれたらなあと夢見ていたことが、現実にそうなって、さらに深い仲になっていくと、その人の価値は変わらないはずなのに、低くなったと「感じる」ときがあるのだ。いまの関係は望んでいたこと、だからすごい満足なのに、最初に感じた価値の高さがなくなってしまったと思うと、それはそれで残念な気持ちになる……そんな経験はないだろうか?
俺と大史の関係はまったくそれだった。
大史は幼稚園のときから誰とでもすぐにうちとけるタイプで、その明るさからいつでも大史は人の中心にいた。一方の俺は内気というか、大史みたいにすぐに人に馴染めるタイプではないので、幼いながらも「すごい人だなあ」ときらきらとした目で大史を見ていた時期があったのだ。
ある日、いつものように友だちの中心にいた大史がわざわざ教室の隅で絵を描いていた俺のところによってきて、「一緒に絵を描こうよ」と俺の隣に座って絵を描きだしたのが初めて会話を交わしたときだった。
一度話し出すとみるみるうちに大史との絆は深まっていって今に至る。
(あのころにもし大史が話しかけなかったら、友達じゃなかったのかも知れなかったんだ)
そう思うといきなり恐怖が湧いてきて、今の状況がどれだけ自分にとって幸福なのか改めて実感させられたような気がした。
(さっきはちょっと言い過ぎたかも。もうちょいやさしくしてやらないといけないかな)
そう思って大史を眺めていた。しかし今の立場はやめられない。いつのまにか俺が優位な立場に立っていて、そう考えている今だって「俺が友達でいてやるんだから」という上から目線で見ている自分がいる。大史を邪魔扱いしたり、あのころもし大史が話しかけてくれなかったら、ではなくて、話しかけなかったら、だとか小さいところでちょくちょく「俺が上だ」的なアピールをする……俺ってホントいやなヤツだ。
(むしろ大史が俺の友達になってくれているんだよな。)
そう思うと、大史が得意な苦笑が出てきた。
そのとき、電車が地元の駅に止まった。
俺が立ち上がっても大史は一向に起きる気配を見せなかった。俺は大史の横に置かれている、大使のカバンを肩に担ぐと、大史の肩をとんとんとたたいて起こしてやった。
「大史、着いたぞ」
すると、「へ?」とマヌケな言葉を返すと、ひとつうなずいて、俺のあとに続いて電車を降りた。
降りた瞬間に電車のドアが閉まって、その瞬間、寝ぼけていた大史が大声を出した。
「あっ!俺のカバン!」
そう言うと、さっとうしろを振り返って、ゆっくりと発車していく電車をまさに、「最悪だあ」という表情で眺めていた。
そんなヌけた大史の頬を軽くつついてやって、気づかせてやる。
「おまえのカバンは俺が持ってるよ」
「えっ!?」
本当に驚く大史に、やはりため息が漏れた。
「えっ、なんで持ってんの!?」
「持ってんのじゃなくて持ってくれてるのだろが」
「その通りです。なんで明宏様ともあろうお方が」
俺は冗談を言う大史を放っておいて改札へと向かった。すると、うしろから追いかけてきて、俺の肩に手を回して「ありがとう」と言ってくれた。俺が普段、大史にはあまり使わない言葉だった。
(ああ、こんなところか)
俺は女子たちがさわぐ理由がすこしわかったような気がした。
俺が大史に毒づく言葉も本当だが、大史がみんなに対して言う言葉も率直で本心なのだ。俺とは比べものにならないくらい、周りの空気を読めて、場を盛り上げて、さらにはポジティブで、他人のいいところばかりを見てくれる。そしてそれを素直に口にして人を褒めてくれる。そりゃあ人が集まるわけだよ。
俺が大史の友達でいられるのが、すこしだけ誇らしくなった
数日後、大史と一緒に帰っているときだった。
電車に乗って地元に着いて、そこからは徒歩15分くらいの道のりだった。
その道中、大史が言った。
「そうそう、話は変わるけどさ、今週の日曜日、久しぶりに休みなんだ」
「そうなんだ、珍しいじゃん」
俺がそういうと、大史は笑顔でうなずいた。
「だからさ、一緒に遊んでくんない?」
俺はその遠慮しがちな誘いに、つい笑ってしまった。
「なに、その頼み方?なんでそんな下から目線なのさ?」
「そりゃあ、明宏様ともあろうお方が僕と遊んでくださるなんて……」
「あーあー、わかったわかったよ。いつも冗談で返しやがって」
俺の愚痴に大史ははにかんだ。
「本当に日曜日大丈夫なの?」
「俺はおまえより忙しくないし」
「そっか。じゃあ、何して遊ぶ?」
「おまえにまかせる」
「おしきた、任せとけ!」
前方に分かれ道が見えた。俺はそこを右に折れなければいけない。大史はそのまま直線に進むのだ。
「じゃあ、また明日な」
「うん」
そうして二人は別れた。
大史と遊ぶのは久しぶりだった。なぜなら大史はそこら辺で時間を無駄に浪費している他の学生とは違うからだ。その説明のため、三日ほど前に戻る。
三日前
朝のホームルームで部活動の入部希望書が配られた。担任の先生が言った。
「いよいよこの時期が来ました。前々から言っていたと思うが、部活の入部期間が始まりました。まあこの期間以外でも入部はできるが、どの部活もこの期間から進入部員に合わせて部活が進んでいくから、入部を考えているならこの期間を逃すなよ。入部希望は一旦私が回収して、それぞれの顧問にわたすから……一週間。一週間後のこの時間にまた回収するので、考えておくように。以上」
とのことだった。
先生の話で教室中がざわついたが、すぐに一時間目のチャイムが鳴って、廊下に控えていた国語の先生が、担任とすれ違うように入ってきた。
その後はいつもと変わらない学校生活が始まった。
一時間目終了のチャイムが鳴った。俺は朝に配られた入部希望願の用紙を机に置いて、考えていた。
すると、いつものように大史が俺の前の席の、椅子の背を前にしてこちらを向いて座ってきた。俺と同じように机に置かれた用紙をしばらく眺めていた。
「明宏、部活入らないの?」
「いま考え中」
「入るとしたらやっぱ野球部?」
「……うん。それしかとりえないしな」
俺は中学から野球部に入っていた。
「何を悩んでいるのさ。明宏なら別についていけない、ってこともないっしょ?」
「そうかな?」
「うん」
(なんで当の本人の自分より自信満々なんだよ)
俺はすこし可笑しくなって小さく笑った。
「おまえは学校の部活なんて入ってる暇がないよな?」
「そうだね」
「いいよなーこんなして悩まなくて済むんだからさ」
「だから明宏の今後を一緒に悩んでやるんじゃないか」
「気持ち悪いからやめろよ」
「なんでだよ……ってかだから悩む必要なんてないじゃんさっきも……」
その後はいつものじゃれ合いだった。
大史は小さいころから地元のサッカーの団体?に所属しているのだ。そこでトレーニングをしているから、学校のぬるい部活なんかには参加できない。(大史自体は決してぬるいとは思っていないだろう。俺の勝手な価値観)だから週末はいつもそちらの練習に行っているし、平日でも週に2、3回は通っているようだ。
だからいつでも大史は忙しいイメージがあるし、今度の日曜日が休みだって聞いて、珍しいなと思ったのだ。
大史と別れて、家に着き、自分の部屋でちょうど着替えているとき、携帯が鳴って、メールが入った。見るとさっき別れたばかりの大史からだった。
「日曜日のデートコースは任せとけ!」
俺はそのメールを見て、どこまでも調子ノリなんだからとあきれるとともに、久しぶりに大史と遊ぶともあっていまから楽しみでもあった。
約束の日曜日になった。
その前日の夜から数回にわたってヤツからメールがあった。
「明日の11時に集合だから!!」
わかったと何度送ってもそれに似たようなメールが来る。最後にはわかったって!と書いたあと、ムカツキマークまで入れてやった。
なのに……俺は案の定?寝坊をしてしまったわけである。
起きると10時50分で、10分で支度ができるわけがなかった。すぐさま支度をして家をとび出した。ガレージ脇に止めてある自転車にまたがり、いつもの待ち合わせ場所へ向かった。
着いたころには11時10分くらいだった。遠くから近づく俺の存在に気づくと、あからさまに「待ったんだけど」という目つきと態度でこちらを見てきた。
「悪い悪い。本当に遅れるつもりはなかったんだ」
すると大史のぶんざいでため息までつきやがる。
「あれほど11時だって念押ししたのにさ」
遅れたぶんざいでこんな気持ちになるのはダメだろうけど、イラッときた。反論してやった。
「そもそもおまえが何度もメールを送ってくるから眠れなかったんだろ!」
「ええっ!俺のせい?」
「そうだぞ、俺が寝坊したのもおまえのせいだよ」
「あちゃー、参ったな……ごめん」
本当は俺が悪いはずなのに、反対に大史に謝らせて優越感に浸る俺。さすがに申し訳なく思って謝った。
「って嘘だよ。悪かった、ごめん……で、今日はどこに行くの?」
俺がそう聞くと、大史は待ってましたといわんばかりに無邪気な笑顔を見せると、自転車にまたがり言った。
「まずはメシだな、飯。どうせアキが朝食も食べ損ねるだろうことは百も承知だよ」
「さすが」
「だろお!」
大史をちょっとおだててみる。予想通りの反応を返してくれるから楽しい。
「じゃあ、最近できたあそこのショッピングモールに行こう」
「おう」
そうして俺たち二人は並んで自転車をこぎ始めた。
今思えば、その後はまるで男女のカップルのように遊んだ。
でも長年一緒の親友とかになると、二人きりで買物に行ったりも普通にある話だ。べつに他人の目を気にすることもなかったし、他人だって、仲のいい親友なんだなと思うだけだっただろう。
ショッピングモールに着いた俺たちは、まずは適当な店に入って昼食を済ませ、その後、モール街をぶらぶらと歩きまわった。
大史は始終はしゃぎまわっていて、こんなにガキっぽい大史を見るのは久しぶりだった。今日一日は何からも解放された「素」の状態の大史なんだと思った。
そのモール街で2、3時間過ごした後、大史はその後の、大史の言うデートコースも考えてきていたみたいで、突拍子もなく、
「海へ行こう」
と言い出した。俺は何を言っているんだかわけがわからず、「はぁ?」といぶかったが、大史はそんなことお構いなく、自転車にまたがると海を目指した。
俺も慌てて自転車にまたがり、大史のあとに続いた。
まあ、俺たちの家からも、このショッピングモール街からも、海に行けない事もなかった。事実、海水浴シーズンになると、家から自転車で友達と海に行くことはよくあった。しかし今は6月の最終週といってもまだ海水浴シーズンではないし、つい戸惑ってしまったのだ。
海に着いた二人は自転車を降りると、堤防の階段を降りて砂浜に立った。
さすが海水浴シーズン外、砂浜にはだれもいなかった。けれど逆にそれが新鮮で、なんだか海水浴場を独り占めしたような気持ちになった。
(そういえば海水浴シーズン外にここにきたことなんてなかったな)
なんて俺は心の中でぼんやり思い、海に平行して大史と一緒に砂浜を散歩した。
すると、いきなり大史はスニーカーと靴下を脱ぎだし、ジーンズのすそも捲くし挙げて、ジャバジャバと海の浅いところに入りだした。
「うおー!やっぱりまだ冷たい!」
「当たり前だろ」
「明宏も入れば?おお!足がすくわれる!」
そう言って転びそうになる大史にとっさに手が伸びて、がっしりと大史の腕をつかんだ。
「おいおい、大丈夫かよ……」
と、ここまではよかったのだが、すぐさま次の波が襲ってきて
「えっ、……っておい!」
俺は逃げるまもなく膝下あたりまで海に浸かってしまった。もちろん靴も靴下も履いたまま……
俺はやってしまったとばかりにため息がもれた。無常にも波は去って行って、その去り際に細かい砂浜の砂も一緒に巻き込み、その砂が俺の靴の中に入ってくる。一瞬にして靴の中は砂のジャリッとした気持ち悪い感触に見舞われた。
俺は途方にくれていて、もちろん大史も心配してくれているだろうと思ったのだが、正面からクックッと小さな笑いが聞こえると、やがて爆笑になって俺の方に指を差しながら笑い出した。
「うわー明宏のドンくさいところ見ちゃった。こりゃあ面白いわ」
とゲラゲラ笑い出して、俺のボルテージは心の中でふつふつとたまって言った。
そしてとうとう爆発してしまって、
「おまえが倒れるのを支えてやろうとしたからじゃねえっかよ!」
と大史の肩を勢いよく押してやった。
倒してやろうとかは思っていなかったけど、倒すことはしないでおこうとも思わなかった。大史は「えっ?」とマヌケな表情をすると、突然慌てふためいて、バランスを失う自分の身体をコントロールしようとしたが間に合わず、大史は海に尻餅をつくかたちで倒れてしまった。そしてタイミングよく、ザブーン。
波が引いて、大史を見ると、顔を伏せたまままだ座っていた。さすがにまずいことをしたかな、怒ってるかな、と不安になって、機嫌をうかがうようにそっと話しかけた。
「おい、大丈夫か?悪い、ちょっとやりすぎた……」
そう言って手をさしのべると、大史はその手を握って、すさまじい力で引っ張ってきた。
「えっ?」俺は踏ん張ることもできなくて、加速がついたように大史を素通りするとよろめきながら、最終的に海に頭から突っ込んだ。
(やられた)予想もしていなかったので、海水がすこし口に入り、塩の味を噛み締めながら思った。
勢いよく状態を起こし、頭を上げた。
「ああ!もう最悪!」
そして振り返った。大史はいつのまにか波に襲われないところまで避難していて、その場から俺を見て腹を抱えて笑っていた。怒りがふつふつと涌いてきたけど、もう頂点を通り越してしまって、呆れてしまった。
あきらめのため息をひとつ吐くと、今の俺の状態も、前にいる大史の状態も、そして無邪気に笑う大史も、全部馬鹿らしく思えて、俺もつい笑ってしまった。
他のヤツにこんなことをされると、絶対と言っていいほど喧嘩になると思うが、大史がやると、俺の怒りはいつも屈折させられて、ばかばかしくなってしまうのだ。結局優位に立っているのは大史かもしれなかった。
楽しいのはここまでだった。ひとまず波の来ないところに二人移動すると同時に、大史の後頭部を一発殴った。
「で、この状況どうしてくれるんだよ」
「ごめん」
「後先考えず行動すっからこんなことになるんだろうが」そう言ってもう一発。
「ごめん」
「ああ、もう!靴下の中まで砂が入って気持ち悪いよ……おまえが洗えよ」
「はい、洗わせていただきます……」
始終大史はおとなしく俺の言うことを聞いていた。(いつものことだけど)
俺が靴を脱ぐと、大史はそれを持ってもう一度海の中に入り、海水で靴をすすいで砂をとる。靴の底まで取って砂を完全に取り除いていた。
俺はその間、上の長袖シャツを着ていたのだが、それを脱いで、小さく丸めて海水を絞っていた。それで身体に残った水気を取って、また絞って、洗濯物を干すときみたいにバタバタとすると、まあまあ着て我慢できないこともなかった。
上を着て、ズボンも同じようにしようと、ポケットに手を突っ込んでみると、
「うわっ!こんなところにも砂利が入ってきてるし!」
と言って、大史を白い目で睨んだ。
すると、大史は苦笑して、「洗わせていただきます」と言って、きれいになった靴と引き換えに、ズボンを脱いでわたした。
さらにボクサーパンツもビショビショだったので、絞ろうかと考えたのだが、さすがに公共の場であるからすこしためらった。しかし、もう1時間弱(いつのまにか経っていた)も遊んでいるのに、誰一人として人を見かけなかったので、大丈夫かなと思い、大史がズボンを洗ってくれているあいだに、俺は後ろを向いてパンツを絞っていた。絞りながら、(俺は何をしているんだろう)とまたばかばかしく思ってしまった。
そしてある程度絞れたらもう一度穿いた。
「明宏、お尻丸見えだぞ」
「うっせえ」
すると大史は笑っていた。大史から返されたズボンを硬く絞って水気を取り、また穿いた。その後は明宏も同じようなことをして、とにかく服を乾かしたのだ。
唯一の救いだったのは、今日が晴天だったってことくらいだった。6月下旬ともあり、陽気はぽかぽかしていて、風邪は引きそうになかった。
一通り終わったところで、二人並んで、海を正面に座った。
「あったかいね」大史が言った。
「ああ」俺が答えた。
「夏休みになったら泳ぎにこようよ」
「今度は海パンでな」
すると俺の横で大史は笑った。
「ごめんよ。怒ってる?」
「べつに。怒ってたらすでに帰ってるし」
「そっか、よかった」
その後しばらく無言が続いた。
二人の空間に海の音だけが聞こえた。なんか知らないけど、場の空気が変わって、真剣な感じになった。
だいぶ間をおいてから、ふと疑問に思ったこと……いや、ときどき考えてしまうことを、本人に聞いてみた。
「なあ、大史、おまえ、俺と一緒にいて楽しい?」
「え?なんで?」
「それはさ……」
なんだか本音を口にするのは恥ずかしいけど、場の雰囲気がそうさせてくれた。
「なんていうか、その、おまえって……優しいじゃん?俺のわがままだってなんでも聞いてくれるし、今まで一度だっていやだなんていったことないし……。そんなおまえの優しさを利用してるっていうかなんていうか……」
「べつにそんなこと感じてないよ。なんでって全部冗談でしょ?冗談で俺に命令……って自分で言うの恥ずかしいけど、なんでもかんでも俺に言ってくるの、全部冗談で言ってるんでしょ?その冗談っていうの、ちゃんと俺にも伝わってくるから、俺も冗談で返してるだけだよ」
「70%本気だけどな」
「それでも冗談は冗談だよ」
「……」
俺はしばらく押し黙った後、口を開いた。
「いじめをしてる側ってたいてい冗談だと思ってるんだけどね」
すると、大史は困ったとばかりに苦い笑顔を見せた。
「大丈夫、今のところいじめられてる側も冗談だって思ってるから。それに、いつもそんなことを考えてくれているんでしょ?もしかして俺を利用してるんじゃないか、って考えてくれているんでしょ?そう思ってくれている時点でいじめでも何でもないし、それが伝わってくるから遊びで済ませるんじゃん」
「そっか。ならいいけど」
「うん」
大史の言葉を聞いて、すこし、ほっとした。たまにこちらは冗談で言ったつもりでも、相手が真に受けてしまったって経験はないだろうか。その時点で、それは冗談でなくなるし、相手を傷つけてしまう。
俺はすこし不安だった。すべて冗談で通じているのか、いつのまにか大史を傷つけてはいないだろうかと。こんなじっくり話せる機会がたまにあるのもいいなと思った。
ひどい目にあった大史との日曜日から一日後、次の日にはいつもと変わらない日常がまた始まった。大史と一緒に学校へ通って、同じ教室で授業を受けて、放課後には俺は学校の野球部に参加し、大史はサッカーがあるときはすぐに帰ってそちらへ向かう。そうそう、俺は結局野球部に入部することになった。帰宅部とかも考えたけど、早くに家に帰って何をするのか、想像もつかなかったから、野球部に入部することになったのだ。
そんな忙しい毎日が続いていた。気がつけば高校に入って半年が過ぎようとしていて、中間テストも終わり、期末テストが間近に迫り、夏休みがすぐ目の前まできていた。すっかり高校生活にも慣れ、クラスメイトともうちとけてきた。
期末テスト週間に入り、部活は活動一時休止で、授業が終わるとすぐに帰宅させられるようになった。
そんな時期だった。
今日は四時間で授業が終わり、いつもより早くに帰ることになった。ホームルームが終わり、みんなが帰りだす。大史はというと、終わりの挨拶をした瞬間、カバンを肩に担いで、俺の肩をぽんとたたき、すばやく帰っていった。去り際に、「じゃあね」とだけ言った。
「今日もサッカー?」
「うん」
「じゃあな」
そうして、大史とわかれた。
俺は大史以外にほかに一緒に帰る人もなかったから、帰る準備を整えたら、ゆっくりと一人帰り始めた。
校門を出ようとしたときだった。後ろから俺の名前を呼ぶ声がして振り返った。
見ると、見たことある女子だった。それは、クラスメイトの女子といつも一緒にいる違うクラスの女子だった。その女子が今も俺のクラスメイトの女子を引き連れて俺に向かってきた。
「なに?どうしたの?」
俺は何がなんだかわからず、アホ面をしていたと思う。しばらく返答を待っても、俺を呼び止めた違うクラスの女子は一向に口を開こうとはしなかった。
それに痺れをきらしたのは、俺ではなく、俺のクラスの女子のほうだった。後ろに控えていたが、友達を押しのけて俺に話しかけてきた。
「あのね、きいちゃんが話があるんだって」
なるほど、違うクラスの女子は、きいちゃんと呼ばれているらしかった。
「こんなところで話すのもなんだし、澤田くん、一度戻ってくれない?」
「えっ、ああ、いいよ」
べつに断る理由もなく、俺は連れて行かれるがまま従った。上履きに履き替えて三階まで上って、校舎の一番端まで連れて行かれた。そこは音楽室前の廊下で、校舎でも一番端で、なかなか人が訪れない場所だった。
そこに連れて行かれるなり、俺の前に、その、きいちゃんと呼ばれた女子を配置し、その子の肩をぽんとたたいて自分は帰っていった。
ここまでのシチュエーションを作られて、今から何が行われるか、わからないヤツなどいない。もしそんなヤツがいたら、どんなに鈍いヤツか。でも俺は自分が告白されるとはこれっぽっちも思っていなかった。いや、そりゃあ、20%くらいは思っていたけど、80%は思っていなかったのだ。それもこれも、大史のせいである。前にも言ったけど、大史と俺は幼稚園からの付き合いで、いつも一緒にいた。小学生のころから大史はいつもモテていたのは知っていた。でも小学生はまだ無邪気で、「本人」に好きだと告白して、俺が巻き込まれることはなかったのだ。いつからだろう、本人に告白することなく、「俺」に「大史が好き」なんだと告白されるようになったのは。たぶん最初は中2の夏の記憶だったと思う。そう、このくらいの時期だったのだ。本人に直接言やあいいものを、俺にわざわざ大史が好きなんだけどと相談にくる。そのたびに俺にどうしろって言うんだよ!って叫びたくなったが、そこは頼れる男のように聞いてあげた……イライラしながら。
そしてそのイライラを大史にすべて吐き出すのだ。おまえが好きだってヤツがまた俺に相談にきた。もうおまえ、俺から離れろ!俺に近づくな!っていう具合に。すると、大史はいつも苦笑して、そんなカリカリしないでよ。仲良くしていこうぜ!というふうに楽観的に返されるのだ。俺はそれを聞いて泣きたいような嫌気がさすような、変な気持ちになって、諦めに似たため息をはくのだ。そんなプロセスをかれこれ5回は経験している。
話はずれたが、つまり今回もそういう類なのではないかと思ったわけである。だから、素直に俺が告白されるとは思わなかった。
しかし、予想は外れて、彼女は俺が好きだと言ってくれたのだ。
「入学したころから、みいちゃん(俺のクラスメイトの女子、さきほどの)話すために澤田くんのクラスに行っていたんだけど、そのときから気になっていた。そして、この前、部活で野球をしているところを見て、もっと好きになりました」という感じで告白されたのだ。
俺は思いもよらなかったので、驚きと嬉しさも人一倍だった。俺も、自分のクラスメイトの女子と一緒にいる彼女を知っていたし、普通に顔も整っていて、かわいいなとは思っていた。女の子らしいところも、横目で知っていたし、良い子の印象は受けていた。別に悪い印象もなかったけど、特別好きだという思いもなかった。だからいきなり付き合うのは彼女に悪いと思って、友達からなら、と言って返事をした。すると彼女は笑って、嬉しい、と一言言ってくれた。
一通り話がつくと、どこに隠れていたのか、さきほどの女子が現れて、良かったじゃない、と祝福してくれた。
その後は、みいちゃんの提案で、きいちゃんと呼ばれた女の子と一緒に帰ることになった。しかし彼女はこの高校近辺の子だから、自転車でいつも通っていて、今日は彼女が自転車を押して、俺を駅まで見送ってもらうかたちとなった。
不思議と会話は続いて、彼女のいろんなことがわかった。きいちゃんと呼ばれていた女の子は坂口 貴意(サカグチ キイ)(貴意の漢字がわからない)と言って、名前そのものできいちゃんというあだ名らしかった。
坂口さんとの帰路は普通に楽しくて、たった15分程度だったけど、満足できた。
駅前で、「じゃあまたね」と言ってわかれた。
俺が坂口さん(友人にきいちゃんと呼ばれていた女の子)と付き合い始めてから……と言っても友達からなのだが、付き合い始めて一週間ほどが経った。とうとう期末テストも始まり、今日の二日目のテストも無事に終わった。あと三日で期末テストからは解放され、さらに三日ぐらいするとそのまま夏休みに突入する。そんな時期だった。
俺は早々に家に帰宅して、明日のテストに備えて自分の部屋で勉強をしていた。机の上に勉強道具と横に携帯電話を置き、時々くる坂口さんとのメール交換をしながら勉強をしていたのだ。
すると時間はあっという間に過ぎ、時計を見たらもう六時になっていた。一度休憩をしようと、ぐっと伸びをしているときだった。家のチャイムが鳴り、その数秒後、一階から母が俺を呼ぶ声がした。
「明宏ー、大史くんが来たよー」
俺はその言葉で、こんな時間に何の用だろうと思っていたら、いきなり部屋のドアが開いて大史が現れた。まあ勝手に俺の部屋まで上がりこんでくるのはいつもの
話なのだが、なんだか機嫌が悪いのか、眉間にしわを寄せて、息を切らして俺の方を見ていた。
「おう、どうしたんだよ。こんな時間に」
俺はなにくわぬ顔で大史に声をかけた。しかし大史はなにも答えず、ただ、荒々しい息を整えようと、上下に肩を揺らしていた。その光景からだいぶと急いできたらしいことはわかった。
俺が大史の応答を待っていると、ようやく大史が口を開いた。
「アキ、おまえ付き合ってるんだってな」
大史にそう言われて……というか、そんな言い回しをされたせいか、胸が飛び跳ねて一気に鼓動が早くなるのがわかった。それは俺の心の中でも、大史にはなぜか隠しておきたいという思いがあったからもしれなかった。俺は平静を装って答えた。
「ああ、うん。てか言ってなかったっけ?」
「聞いてない!てかなぜなにも言ってくれなかったのさ!」
声を荒げて、一人で興奮する大史に、俺は一方的に怒られている感覚がして、あまり心地よくなかった。
「なんでおまえにいちいち報告しなきゃなんねえんだよ」
大史の熱が伝染したように、俺も声を荒げて言った。すると感情は後からついてくるもので、声が荒くなったら、無性に腹立たしくなってきたのだ。俺は椅子から立ち上がり大史に詰め寄った。
「だいたいおまえは俺のなんなんだよ!俺のやることなすこといちいちおまえに相談しなきゃなんねえのかよ!いきなり人の家に押しかけてきて何を言うかと思えば、怒った口調で、付き合ってるんだってなって、おまえは俺の気分を害しにきたのかよ!そんなら帰れよ!」
大史に向かって捲くし立てると、今までのうっぷんがたまっていたように吐き出され、どんどんイライラしてきた。大史が妙に憎らしく思えて、うっとうしく思えた。
俺は大史の正面に立って大史をにらみつけた。すると大史の眉間のしわがかすかに動き、一瞬だけ悲しい表情を覗かせた気がした。俺の心臓はぞの一瞬の表情に妙にざわついて、心が乱れた。これ以上大史を睨むことができず、大史から視線を放してそっぽを向くと、勉強しようと机に向かって歩き出した。
と一歩踏み出したそのときだった。いきなり左腕をぎゅっとつかまれ、ものすごい力で後ろへ引っ張られたのだ。俺はその力の反応で半回転して大史の正面に向く形となった。そして何が起こったのかと大史の顔を見上げた瞬間、大史の唇が俺の唇にあたったのだ。俺はさらに混乱して、何が起こっているのかもわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。そう、俺は振り向きざまに大史とキスしたのだ。長い時間互いの唇が触れ合っていたように思う。やがて大史が顔を離して、俺の正面に立ち、俺の顔を見据えた。俺も正面の大史の顔を見つめていた。すると大史が口を開いた。
「……そういうことだから。俺は明宏のことが好きなんだよ。だから……」
正面の大史は唇を噛み締めていた。悲しそうな表情だった。今にもあふれそうな感情を、押し殺しているようにも見えた。
「……気持ち悪いよな。ごめん。じゃあ、ね」
そういうと、大史は後ろを向いて部屋を出て行った。大史の背中があんなに丸くなっているのを初めて見た気がした。結局、大史に一言も声をかけることができなくて、大史をそのまま返してしまった。
遠くで階段を下っていく音、小さなお邪魔しましたと母に向かって告げる声、玄関のドアが開いて、そして閉まる音だけを聞いていた。
大史がいなくなってからも、どうしていいかわからず、長い時間その場に立ち尽くしていた。ただ、机の携帯だけが、彼女からの新着メールを告げるバイブ音であわただしく鳴り響いていた。
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次の日、携帯の目覚ましがなって目覚めた。いつもならこの目覚ましでもぐずって起きないのに、なぜかその日の目覚めはよかった。単に寝付けず浅い眠りをくりかえしていたからかもしれない。そう、昨日はなかなか寝付けず、ずっと布団の中でごろごろしていたのだ。
上体を起こして、しばらく携帯を眺めていた。いつもならここらへんで迷惑な着信ベルが鳴ってたたき起こされるのだ。そう、大史のお目覚めコールがあったのだ。しかしいつまで待ってもその着信は入らず、なにもせずに10分が過ぎていた。
しかたなくベッドから降りて、寝巻きから制服に着替えてカバンを持って一階へ降りた。リビングへ行って朝食を食べて、そのあとに顔をあらって歯磨きをしてと身支度を整えた後、いつもの時間に家を出た。
いつもの大史との待ち合わせ場所に近づくにつれ、俺の鼓動は高鳴った。いろんな思いが交差していた。待ってるかな、待ってないかな、どうやって顔を合わそう、どんなふうに振舞ったらいいだろう……そんなことを考えながら、最後の曲がり角を曲がった。
そこに大史は、いなかった。
曲がり角を曲がってすぐの、電柱の前でいつも待ち合わせをするのだが、そこに大史の姿はなかった。なぜだか安心する自分と、どうしたらいいんだろうと途方にくれる自分とがいた。
電柱の元で遅刻寸前まで待ってみたが、これ以上待つと、学校に間に合う最終電車に乗り遅れてしまうので、俺は仕方がなく一人歩きだした。
学校について自分の教室に向かった。一時間目が始まるぎりぎりだったのでクラスメイトのほとんどが集まっているクラスはやけに騒がしかった。そんな中を俺は入っていった。教室に入って一歩踏み出したときだった。俺の視界に、他の友人と楽しく会話をしている大史の姿が目に入ってきた。大史は誰かがクラスに入ってきたと、顔を上げてこちらを見た。
大史と、目があった。
がしかし、大史はなにくわぬ顔で視線を逸らすと、また友人との話しに没頭した。
俺の口からため息に似た息がもれた。急に心が寒くなって、悲しくなった。
そのまま席に座ると、待っていたように一時間目のチャイムが鳴って、期末テストが始まった。
結局、夏休みに入るまでの数日間、大史と言葉を交わすことはなかった。そのまま夏休みに突入して、大史と顔を合わせる機会がもっともっとなくなってしまった。なんだか気力が根こそぎ奪われたみたいで、体がダルくてなにもする気が起こらなかった。彼女のメールも返信が面倒に思えるときが合って、たまに返信することを放り出すこともあった。
夏休みに入って一週間くらいが経った。大史のメールや連絡なんかは一向になかった。おれは引きこもりのように家に伏せたまま、一日をごろごろと過ごした。唯一外に出るのは、期末テストが終わって部活が再開されたので、その練習に参加するくらいだった。朝から昼で終わるときや、夕方まで続くときもある。その部活をしているときだけ気がまぎれて、部活に集中することができた。
そして部活が休みの時があった。一日ぽっかりと空いてしまって、何をしようかと自分の部屋をうろうろしていた。でも結局何にもする気が起きなくて、机の椅子に座って、机に両肘を突いて、頬杖をついた。
出てくるのはため息ばかりだった。
(おれはなんでこんなに憂鬱なんだろう。)
そう思うとまたため息がもれた。原因は知っているのだ。それは大史と話せないこと。そんなことはわかっている。今まで大史と話せなくなる――俺からいなくなるなんて考えたことがなかった。というか、大史がそんな機会を与えてくれなかったのだ。いつも俺のそばにいて、ウザいほどひっつきにきて、面倒なほどメールや連絡をよこしてくる。うっとうしいけど、いつもなんだかんだで許している、また楽しんでいる自分がいた。大史とこんなに会わない日が続くのは、初めてだった。大史と会えないのがこんなに憂鬱になるとは、思わなかった。
(まてよ)
おれは考えていてヘンなことに気づいた。こんなに憂鬱でしんどくなるって、もしかして俺は大史のことが好きってことなのか、と思ったのだ。はたしてそれはわからないが、離れてみて、初めて大史の存在が自分の中でこれほどまでに大きいものなのだと気づいた。
で、気づいたはいいが、だからどうするかだ。
まずは大史と仲直りをしたいのだが、第一、喧嘩をしたわけでもない。『いままでのかたちに戻りたいんだ!』……なんて言えるわけがないよなと、自分で思っておいてため息をついてしまった。もう前のように戻るのは無理なのだ。大史はいつからその感情を抱いていたかは知らないが、それを俺に乱暴ながら告白してしまった。俺たちはもう、一段階進んでしまったのだ。いままでのかたちに戻りたいと俺が言ったら、大史は喜んで元のかたちに戻ってくれるだろう。でもそれは大史を苦しませることになる。いままで無垢な笑顔を俺に見せてくれていたのに、それが悲しみを含んだぎこちない笑顔に変わってしまう光景が、まざまざと想像できた。
じゃあどうする?その疑問がうかんだとき、すぐに答えが返ってきた。
大史と付き合う?親友とかではなく――いや、親友も含めてさらに発展して恋人としても。
(だけど付き合うって……)
まったく想像ができなかった。男と付き合う、大史と付き合う、なにをどうすればいいか全然わからない。しばらくその疑問に悩んでいると、あ、そうかと簡単なことに気づいた。
たぶん大史と付き合うことになったとしても、大史と俺の関係は前までとなにも変わらないんじゃないかと。そりゃあ付き合うわけだから、二股はダメだとか普通の恋人としての制約は付きまとうことになるけど、これといって大史との付き合いが変わることはないと思えた。ただ恋人という関係になるわけだから、前よりはすこし深い関係になるのだろう。
と、そのとき、俺はあることを思い出してしまった。そう、大史が俺にキスをしてきたときのことを、映像として思い出してしまったのだ。俺は一番重要なことを忘れていた。付き合うってことはつまり、そういう行為も込みなんだと。大史とのそういう行為――想像できなかった……っというか、女の人ともいままでそういう行為を経験したことがなかったから、それを思えば男も女も一緒かなと思えた。しかも相手は『男』ではなく『大史』だ。ほかの男ならさらさらごめんだけど、大史とならいい感じがした……やっぱりそれは好きってことなのかなと疑問が湧いた。
それに、恥ずかしい話だが、大史とのキスのシーンを思い出すと、下半身がうずいてしまうのだ。そのときは驚きとかで混乱していてそれどころではなかったけど、その後もたびたび思い出して、下半身が反応してしまうことがあった。
意思が決まると今度は行動だ。そう思って俺は、ある人に電話をかけた……。
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俺は大史の家に向かった。会いたいと思い出したらいてもたってもいられなくて、家を出て、走って向かった。家を出たのは夕方くらいだったので、日中よりかは幾分気温も下がって、夏の焼けるような日差しも和らいでいた。
大史の家までは走って10分くらいでついた。さすがにここまで走ってくると息も乱れて肩が上下した。玄関先である程度息を整えると、なぜか普段よりも緊張する指でインターホンを押した。インターホンが鳴ったと同時に家の中から「はーい」という声が聞こえてきた。それが大史のお母さんの声であることはすぐにわかった。俺は門扉をくぐって、玄関のドアで待った。するとすぐにドアが開いて、おばさんが顔を出した。
「あら、あきちゃん、久しぶりね」
そう言われて、たしかに大史のお母さんと会うのは久しぶりだと思った。相変わらず変わりなく、きれいなお母さんだった。美しい輪郭や二重の目は大史そっくりだった。
「お久しぶりです。おばさん大史、いる?」
「あれ? 大史からなにも聞いていないの?大史は今合宿中なのよ。サッカーの」
おばさんの回答に、俺は大きくうなずいてしまった。そう、毎年大史は夏休みに入るとすぐ、サッカーの夏合宿に行ってしまう。会いたいときに会えないなんて最悪だった。
「いつ帰ってくるんですか?」
「そうねぇ、8月の5日とか言ってたかしら。」
俺はそれを聞いて愕然とした。まだ2週間近くある。こんなに思うように事が進まなかったことはなく、歯がゆさが辛かった。そんな俺を見て、おばさんは言った。
「お茶でも一杯どう?本人はいないけど、上がってく?」
俺はその質問にうなずいた。大史の家にお邪魔になってすぐ、
「大史の部屋にいってもいいですか?」
と聞いた。するとおばさんも、
「いいわよ。べつにあの子もあきちゃんに見られて困るような物は置いてないだろうし」
と言ってすんなり許可してくれた。普通なら本人がいないのに絶対に無理だろうが、やはりここは長年の友達だからということだろう。
俺は階段を上がって大史の部屋に向かった。ドアを開けて大史の部屋に入る。その瞬間、大史の香りがした。そう、大史はほかの人と違った香りがするのだ。なんだか洗剤のような、甘いけどしつこくなくて、さわやかなんだけど鼻に突き刺さるような感覚はなくて――と言葉では表しにくい、でも落ちつく、いい香りだった。
大史の部屋を見わたして最初に思ったのは、相変わらず変わりばえのしない部屋だなということだった。長いこと大史の家を訪れてなかったけど、最後に来たときからほとんど変わっていないように思えた。
大史の机、本棚、ベッド、背の低いタンス。よく見慣れたものだった。そのそれぞれを眺めていると、タンスの上に飾っている写真に目が留まった。写真立てを持ってじっくりと眺めた。その写真は中学の卒業式のとき、大史と俺の二人だけで写った写真だった。一本のカーネーションをそれぞれ持って、肩組をして写っていた。中学の卒業式がついこの前のようだ。
その写真を眺めていると、中学でのいろんなことを思い出した。特に思い出したのは、大史の人気ぶりだった。前にも書いたと思うが、大史の太陽のようなポジティブさは、周りの人を本当に元気にする。だから男女問わず大史の周りには人が集まるのだ。それは存在を知ってもらいたい人、友達になりたい人さまざまだったけど、それにも増して恋人になりたい人も多かった。俺も立ち会わされた告白場面もあったが、大史はその誘いをことごとく断ってきていたのだ。
(それはもしかして俺を想ってくれていたからだろうか)
なんてその写真を見ながら考えていた……というか、俺はうぬぼれすぎだ。もう大史が俺のことを好きでいてくれているなんて思ってる。キスの一件以来――いや、俺が彼女と付き合いだして以来、大史はもう俺のことを好きじゃないかもしれない。なんだか大史が俺のことを好きという前提で事は進んでしまっているけど、それは確実ではないのだ。だからこそ「今」会いたかった。気が変わらないうちに会いたかった。人の気は明日にでも、いやこの一秒一秒にでも変わってしまう可能性は充分にあるのだ。そう思うと一人焦っていた。
そのとき、横から笑い声がした。
「ああ、その写真……大史ってほんとあきちゃんのことが大好きよねぇ、学校の話題って言ったらあきちゃんの話題しかないもの」
おばさんは声を出して笑っていた。
「なんなら、うちの子と付き合う?」
おばさんはこんな冗談をやすやすと言ってのける人なのだ。俺は冗談だとわかっていながらもなんだか慌てた。
「おばさん!」
「うそうそ。」
「……冗談はよしてくださいよね」
そういうとおばさんは笑っていた。
おばさんは俺にお茶の入ったグラスをわたしてくれた。俺はそれを一口飲んだ。とても冷えていて美味しかった。
すこし改まって、おばさんがいった。
「あきちゃん、大史となにかあったでしょ?」
「なにかって?」
「喧嘩でもしたんでしょ?」
俺はなにも言えなかった。
「なぜって大史の口数が減ったもの。あなた以外の話題ってないのかしらね」
「大史は、家でどんなでしたか?」
「べつになにもないわよ。平然としていたけど、話題がないのか口数はたしかに減っていたわね」
「そうですか……」
部屋が静まり返った。俺はそれを紛らすように、残ったお茶をぐっと一気に飲み干した。
「今日はありがとうございます」
「大史に今日あなたがきたこと、伝えとこうか?」
「いえ、またあいつが帰ってきたら伺いますので、いいです。あいつが変なことを考えて練習や試合に支障をきたしたらいやですから」
「そうね。また遊びにきてね。大史がいなくても」
「そうですね。じゃあ、お邪魔しました」
そう言って、大史の部屋を出て、家を後にした。
そして、すこし間違いがありました。大史のおばさんに、大史は8月5日に帰ってくると言われて、まだ2週間近くあると書きましたが、あれは1週間近くの間違いです。でもその1週間が果てしなく長く感じられて、大変でした。それこそ1週間も2週間も過ぎたような感覚がしました。その1週間のことは触れませんが(普通に部活に行って、ダラダラ過ごしていました。気力も起こらず)ですから、今回はその1週間後――つまり8月5日からです。では続きをどうぞ。
じつに長い時間に思えた。この1週間、大史のことが気になって仕方がなかった。大史に嫌われていたらどうしようだとか、冷たくあしらわれたらどうしようだとか、時間を隔てれば隔てるほど、ネガティブな、最悪な状況しか頭を過ぎらなかった。
そんな中で唯一、なにもかも忘れて熱中できたのは部活だった。部活のしんどさはウダウダと考えているいとまを与えてはくれず、それがかえってリフレッシュになっていたのだ。
8月5日、この日も朝から部活があって、部活から解放されたのは夕方4時ごろだった。部員そろって、「ありがとうございました!」と一礼をした後、解散した。俺は猛スピードで部室へ戻ると、制服に着替えて、早々に学校を後にした。学校から駅までの道のりを走って、そのままのスピードで電車に乗り込むと、やっと一息ついて椅子に座った。走ってきた影響か、また別の要因か、鼓動が高鳴って、抑えるのも一苦労だった。
家に着いたのは6時をすこし回ったころだった。自分の部屋に部活カバンを置いて、制服のまま家をとび出した。出て行く途中、母さんがどこに行くのと聞いてきたので、大史のところ!と一言だけ言って家を出た。
走っている以上に心臓が高鳴る。途中、もう走れなくなって、道の中央で膝に手をついて荒い息を整えた。なかなかおさまらず、先行するのは想いだけだった。なんとか息も落ち着くと、そこからは小走りで大史の家に向かった。
7時前、大史の家の前に来ていた。俺はその前で深呼吸を何度もして、とにかく心を落ち着かせた。インターホンに手を伸ばす――が、なにかを恐れてすっと手が下がってしまう。この何週間かでひどく臆病になったなと自分でも思った。そして意を決して、深呼吸の吐く息と同時にインターホンを押した。
ピンポーンという音が家の中から外まで聞こえてくる。反応はなかった。だれもいないのかなと思ったころ、ドアのカギが開けられる音とほぼ同時に玄関のドアが開いた。
何週間ぶりの対面だろう。懐かしいとさえ感じた。こうして互いに目を合わせて向かい合うなんて、本当に久しぶりのことだった。
大史は橙の線の入った、群青色のジャージを着ていた。俺が見上げているせいか(門扉から家に入る玄関までは、五段ほどの階段を上がる)、久しぶりに見る大史の身長が高く見えた。さらに、夕焼けのせいかわからないが、日焼けをしていて、肌が褐色気味だった。俺は声を発することもできず、しばらく家の前の道路でたたずんでいた。最初に出てきた言葉はなんともぎこちないあいさつだった。
「お、おう、久しぶり」
すると、大史も突然の俺の訪問に驚いたのか、ぎこちなく返した。
「あ、うん、久しぶり」
またしばらくの沈黙。その沈黙を破ったのは大史の方だった。
「あ、上がってく?」
「あ、う、うん」
俺は急いで返事した。門扉をくぐって、大史の家にお邪魔した。
家の中は静かだった。
「母さんもひどいよなぁ、5日には帰るって言ってあったのに、今俺が帰ってきて、なんて言ったと思う?今日帰ってくるとは思わなかった。夕飯なにもしていないから、なんか適当なもの買ってくるだって。」
静かな空間に、大史の言葉だけが響いた。その話から大史はつい先ほど帰ってきたらしいことはわかった。
「そっか」
俺はそれだけを返した。
「クラブもクラブだよなー、帰る日くらい練習なくったっていいのにさ、帰る直前までハード練習だもん。おかげでハラぺこぺこなのに……これだもんなー」
大史は大きなため息をついた。俺の口元がゆがんだ。すこしだけ緊張がほぐれた気がした。
「あ、俺の部屋行っててよ。お茶入れてすぐ行くから」
「サンキュ」
俺は大史の部屋に向かった。
しばらく待っていると、大使がグラスを両手に持って部屋に入ってきた。口にはスナック菓子の袋をくわえていた。俺はお茶の入ったグラスを一つ受け取ると、空いた手でスナック菓子を部屋の中央のテーブルにひょいと投げた。
大史はグラスを持ちながら、部屋の奥の壁の窓を開けた。その瞬間、カーテンがたなびいて、涼しい風が入ってきた。俺は意を決して口を開いた。
「あの、俺、彼女と別れたから」
そう俺が言うと、大史は窓の外の風景を眺めるのをやめて、俺の方に向き直った。大史と正面に向かい合うかたちになった。
「電話で、別れよう、って……」
そう、大史と仲直りをしたいと思ったあの時、俺は彼女に別れを告げたのだ。大史と会う前にはしっかりこれだけの清算はつけとかないとと思ったのだ。だから、大史と会う前、彼女に電話をして、別れを告げた。ほかにもっと大事にしたい人がいるんだと言って。彼女は聞き分けのいい子だったから、仕方ないねと言ってくれた。短いあいだだったけど楽しかった。また一緒に遊ぼうねと最後に付け加えてくれた。彼女は本当にできた女の子――人間だった。顔もかわいいし、性格も絵に描いたように率直でまっすぐな子だった。俺にはもったいない、彼女にはすぐに別の、もっといい彼氏ができるだろうと思った。彼女には非常に申し訳なかったけど、別れを告げた……
大史は言った。
「どうして!?」
俺はその言葉に思わず驚いた。
「どうしてって……」
すべておまえがいけないんだろ!って言いたかったけど、そんな雰囲気にはしたくなかったので、押し留めた。俺はしばらく考えた。そして言った。
「どうしてって、彼女はとてもいい子だったけど……おまえと話せなくなるのとどっちがいい、って言われたら…………おまえと話せなくなるほうが辛いと思ったから」
「俺はただ、俺があまりにもアキに引っ付いてたら、彼女がかわいそうだな、って思って、それで……それに、どうやってアキと話せばいいのかわからなくて……二人のあいだに俺がいたら邪魔かなとかいろいろ考えてさ、それでさ――」
俺は大史の言葉をさえぎって言った。
「辛いと思ったからじゃない、辛いと実感したんだよ。おまえがメールや連絡もしてくれなくなって、学校でも全然俺のところに来てくれなくてさ、挙句の果てには大史は今夏合宿に行っていないだもんな。俺、ほんと後悔した」
「……っていうか、俺がいないあいだ、一度来てくれたの?」
俺はうなずいた。
「いつ?なんでメールとかくれなかったのさ」
「いや、おまえに変な気を持たせて練習に集中できなくなったらだめだと思ってさ。それに……直接会いたかったし」
なんで俺はこんなに心の底からの言葉をすらすら言えるのだろうと思った。普段では絶対にありえないことだった。いまのこの雰囲気と、いままで大史に会いたくて辛かったおもいが、素直な言葉を出してくれるんだと思った。それに、今ここで、俺の思っていることを正確に伝えたかった。こんなに素直になれるのはもうこれっきりかもしれないと思えるほどめずらしいことだったから。
「だから……前のように普通に話したり、普通に遊んだりできる関係に戻りたいんだけど……もちろん大史がよかったらだけど……」
しばらくの間を隔てた後、
「前のようには、戻れない、かな……」
すると、大史は突然笑顔になって、
「だって俺、明宏が好きだって言ってしまったし」
その笑顔が本心から出ているものではないことはすぐにわかる。懸命につくった笑顔だ。
俺はすこしの間を置いた後、大史のいない期間に考えていたことをそのまま伝えた。
「俺、おまえと――大史と幼稚園から一緒にいたから、大史が俺のそばからいなくなるなんて思わなかった――っていうか、大史がそばにいることが当たり前だと思ってたんだよな。ほら、よく言うじゃん。大切なものって、失くしたときに初めて気づくって……この何週間、ほんと、それだった。こんなに大史が俺の中で大切な存在だったなんて、こんなことになって初めて気がついた。それが好きかどうかにつながるかはよくわからないけど、大事な存在なんだって気づいた瞬間から、すっごい不安になったんだ。もう大史が俺のことなんてどうでもよくなってたらどうしよう、嫌いになってたらどうしよう……好きじゃなくなってたらどうしようって。だから、一刻も早く会いたくて……会わなきゃいけないと思って……」
俺の目からひとすじの涙がすっと流れた。声も震えてない、平静な心なのに、こんな自然に涙が出るなんて、正直驚いた。どうやら俺は相当心が病んでしまっていたようだった。
俺は突然出てきたひとすじだけの涙を拭うため下を向いて、手で涙を拭った。
そのときだった。突然身体に突撃されたかのような衝撃が伝わると、次の瞬間には大史の腕の中におさまっていた。
大史は俺を痛いほど抱きしめた。すこし痛かったけど(だいぶ)、大史がまだ俺のことを想っていてくれたんだと安心して、一気に心が軽くなったような気がした。大史は俺の耳元でささやいた。
「ずっと、ずっと会いたかったんだよ。メールも電話もしたかったんだよ。でも二人の邪魔をしちゃいけないと思って、必死にガマンしてたんだ」
「ごめん」
「そんなに俺のことを想っててくれたなら連絡してくれればよかったのに。そっちのほうがずっと練習に気を配れたのに」
「ごめん」
「ずっと……好きだったんだ。アキが。でもそんなのおかしいし、アキとの今までの関係が終わってしまうくらいなら、その気持ちを押し殺すほうが全然いいと思ったから、だから、ずっと……」
「もうわかったから……………………俺も大史が好きだ」
それ以上、なにも言わなかった。ただ、ずっと抱き合っていた。
そろそろ限界に近づいたとき、俺は言った。
「あの、グラスが胸に押し付けられて痛いんですが……」
すると大史はようやく解放してくれた。そして自分の胸の辺りを見ると、大史が突っ込んできた衝撃で、飲み残したお茶が、白いカッターシャツに、見事にしみとなって付着していた。もちろん大史のジャージの胸の辺りにも濡れたしみがついている。俺は自分の服のしみを見た後、大史の顔を見た。
すると大史は慌てて、
「あちゃ、ごめんなさい、すぐ拭きますから。」
と自分の首に捲いていたタオルで服を拭き始めた。
俺はその光景を見て、短くため息をついた。
「後先かんがえないから」
「ごめんなさい」
相変わらず大史は慌てふためいた様子で、ごしごしと俺の服を拭いていた。独り言で、これは取れないかも、やっべ、とか言って、たまに、上目遣いで俺の顔色を伺ってくる。俺が怖い顔をして睨むと、すぐに目を逸らして拭くのに集中した。
その光景が面白くて、つい笑いそうになった。
いつのまにか、二人の関係は前のように戻っていた。一段階進んだかたちで。
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「じゃあ、今日は帰るわ」
大史の家の玄関先で、靴を履きながら言った。
「うん……今日はありがとね」
靴を履き終わった俺は立ち上がって大史のほうに向き直った。
「いや、俺の方こそ、ありがとう」
俺が素直に言うと、大史は屈託ない笑顔を見せてくれた。
「またメールしていい?」
無邪気な大史に俺はつい笑ってしまった。
「いいよ」
「また電話していい?」
「電話するくらいなら会いにこればいいだろ」
俺はおどけて言った。
「ねえ、明宏、今度いつ遊べる?」
「大史はいつ空いてるんだ?」
「俺はこれから一週間は休みなんだ。また一週間後からクラブが始まる」
「そっか。相変わらず忙しいな」
俺がそういうと、大史は、まあねとうなずいた。そしてすこしの沈黙。大史は恥ずかしそうな笑みをうかべて、なにかを言いたそうでなかなか言えないといった素振りをしていた。
「……あのさ、明日遊べない?」
「何時から?」
「朝から。明日母さんが友達と出かけるらしいんだ。だから夕方まで帰ってこない……その間、俺、一人なんだ」
(それって――)俺はそれを聞いて思わず生唾を呑んだ。急に鼓動が高鳴った感じがした。鼓動を落ち着けて言った。
「い、いいよ。わかった。明日は部活休むよ」
「ほんとに!?」
「ああ。でも明日だけだからな」
「うん!ありがとう」
「じゃあな」
そう言って大史の家を出た。大史は玄関まで見送りに着てくれた。すこし離れてから後ろを振り返って、最後に大史に手を振って、家に帰った。
次の日の8時半に自宅を出た。昨夜は全然寝付けなかった。それもこれも大史のあの意味深な発言のせいだった。
大史の家には8時40分ごろに着いた。インターホンを鳴らして家に入った。うながしてくれたのは大史のお母さんだった。
「あら、明宏くん。朝早いわねえ」
「おはようございます」
「大史まだ寝てるかもしれないわよ」
そう言って一階から大史の名前を呼ぼうと息を大きく吸い込んだ。俺はすぐに制止した。
「あ、いいんです。寝てるなら寝かしといてやってください。あいつもクラブから帰ってきたばっかで疲れてるだろうと思うし」
「そうね」
「おばさん、今日はどこにでかけられるんですか?」
「今日はね、お友達が映画に誘ってくれてね、その後に食事をしてお買物をしてってちょっと遊んでくるのよ」
「それでそんなにおめかしなんですね」
「ちょっと張り切っちゃった」
「きれいですよ」
「もう、明宏くんったら」
そう言うと、おばさんは俺に抱きついてきた。言動も行動もとても若かった。前に大史に聞いた話では40歳手前だと言っていた。若いお母さんはいいなと思った。
おばさんは時計を見ると、急に慌てだして、
「あ、もうこんな時間。そろそろ行かなきゃいけないんだけど……」
「留守番は任せてください」
「明宏くんって本当に頼もしいわよねえ。大史なんていつも能天気で何を考えてるのかわからないわ」
俺は笑うしかなかった。
「じゃあ悪いけど後はよろしく頼んどくわね」
「はい」
そうしておばさんを玄関先まで見送った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「任されました。いってらっしゃい」
おばさんは出て行った。
おばさんがいなくなった大史の家はとても静かだった。外の小鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいだった。
俺はとにかく大使の部屋に向かった。
大史はまだ熟睡中だった。片足を布団から出して、ベッドに大の字になって眠っていた。
「こいつ、相当寝相わるいな」
大史の顔をのぞきこみながら小声で言った。しかし掛け布団はしっかり着ているせいで、首筋や額に汗をかいていて、額には前髪がべったりと張り付いていた。
俺はそれをかき分けてやると、額や首筋の汗をぬぐってやった。なんだか病人を看護しているようだった。いつもなら俺より早起きで、いつも俺にモーニングコールをしてきてくれた大史だったから、大史の寝坊を目の当たりにするのは珍しかった。その分、相当疲れがたまっていたんだということもよくわかった。
それにしても、整ったきれいな顔つきだった。鼻筋が通っていて、クラブの合宿で日焼けしたのだろう、肌も褐色に焼けて健康的な印象に見える。さらに寝顔まできれいに保てるなんて、どこまでも完璧なやつだった。
なかなか起きない大史を無理矢理起こすのもかわいそうだと思い、大史が起きるまで一人で遊ぶことにした。窓から景色を眺めたり、机の上に置いてあったプリントやいろんなものを眺めたりしていた。最後には本棚からマンガを取り出して、ベッドを背凭れ代わりにして読んでいた。
30分くらいそうして本を読んでいると、後方のベッドががさついて、大史がとうとう起きだした。上体を起こした大史に、「おはよう」と一言。すると、すぐに眠気が飛んだようで、「今何時!?」と時計を確認した。大史の家に来てすでに50分くらいが経過していて、10時すこし前だった。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「なんでってせっかく気持ちよく寝ていたし」
「もう10時前じゃん!ああ、最悪だ」
「最悪っておおげさな。たった1時間だろ。あと何時間あると思ってんだよ」
「そうだけど……」
「そんなこと言ってないで早くシャワー浴びて、着替えてこいよな」
「ごめん。すぐ戻るから」
「ああ」
大史はそういうと、部屋を出て行った。俺はその間、マンガの続きを読むことにした。
10分ほど経ってから大史が現れた。上下黒と赤のカラーのスポーツジャージ姿だった。
「あー、さっぱりした」
「布団かぶりすぎなんだよ。汗だくだったぞ」
大史は恥ずかしそうに笑った。
その後は大史の家でだらだらと過ごした。二人ばらばらに違うことをしたり、ゲームをしたり、話をしたり……。今日は本当に休みを満喫するという名目で、しんどいことは二人とも避けたかったのだ。
お昼ごろになって、大史が口を開いた。
「お腹空かない?」
「じゃあコンビニになにか買いに行こうか?」
「うん」
そうして二人でコンビニに向かった。
コンビニでおにぎりやお菓子なんかを大量に買い込んでまた大史の家に戻ってきた。玄関先で大史が、「俺、お茶持って行くから」といってリビングの方に向かった。俺は「おう、じゃあ先部屋に行ってるわ」と言って階段を上って大史の部屋に一足先に向かった。
大史の部屋は涼しかった。部屋に窓が二箇所にあって、風が部屋を通り抜けるのだ。コンビニに行っただけなのにじっとりと汗をかいて、その表面にうかぶ汗に風が当たって冷やされるのが清々しかった。
俺は部屋の中央にあるテーブルの横に買物袋を置くと、その中から昼飯を取り出した。おにぎりや菓子パンが大量にテーブルの上に積み上げられて、我ながら絶対に二人分じゃないと、今頃になって唖然とした。
とにかく、俺はその中のおにぎりをひとつつかむと、ビニールをはがして早速食べだした。一口おにぎりにかじりついたとき、部屋のドアが開いて、大史が入ってきた。
俺がベッドを背凭れ代わりにして座り、おにぎりに一口かじりついたとき、部屋のドアが開いて大史が入ってきた。大史はグラスを二つ持って現れた。
「はい」そう言ってお茶の入ったグラスをテーブルに置くと、大史パンをひとつ選んで自分も食べだした。
「買物に行っただけなのに、結構疲れたね。こんなに外が暑いとは思わなかった」
「そうだな。それに比べたらここは天国みたいだな」
俺がそういうと大史は小さく笑った。
二人のあいだに、それ以上の言葉はなかった。
なぜだろう、午前中はあんなに話すことがあったのに、コンビニから帰ってきた途端、話すことを見失ってしまった。話題を考えている時点で話題がなくなったということはわかった。普通、友人なら話題など考えずとも出てくるものだ。
大史の部屋に、変な空気が流れ始めた。
俺は一個目のおにぎりを食べ終えて、二個目のおにぎりを手に取り、食べ始めた。
そうこうしていると、大史もパンを食べ終えて、その場でぐっ、と伸びをした。俺はその後ろ姿をただ眺めていた。そのとき、大史が声を上げた。
「あーもう! なんか変な空気になっちゃったね」
大史が変な空気を取り払おうと気を入れなおしたのだ。その光景を見て、俺も面白くなってつい小さく笑った。「そうだな」
すると大史はこちらに来て、俺の背中をまたぐように、俺の後ろのベッドに腰掛けると、「アキ、ちょっとベッドから背中離して」と言った。俺はわけがわからず――というか、何も考えず指示に従って、俺の背中とベッドに隙間ができると、そこにすとんと大史が滑り込んできた。そして、後ろから俺のお腹あたりに手を回すと、ぎゅっと抱きしめられた。俺は大史の突然の行動と悪ふざけについ笑ってしまう。
「なんだよいきなり」
「いいじゃん」
大史は屈託のない笑顔で笑いかけてくる。
「暑苦しいだろ。それとも押しつぶされたいのか?」
そういうと俺は足を突っ張って大史に圧力を加えた。
「重い重い重い!」その慌てぶりにまた声を出して笑ってしまう。
「わざわざそんな隙間にはいってくるからだろう」
しばらくそんなたわむれをしていた。
すると今度は大史が俺をぎゅっと抱きしめてきて、言った。
「アキ、大好きだよ」
その一言で心臓が高鳴る感覚がした。でも平静を装って適当にあしらった。
「はいはい……要る?」
そう言って手に持っていたおにぎりを大史に見せた。
「うん」
「ほらよ」
俺はおにぎりを自分の顔の横に持ってくると、大史はそれを食べようと口を大きく開けて近づいてきた。そして大史が口を閉じる瞬間におにぎりを引っ込めてやった。大史はマヌケに口を閉じて食べ損なっていた。その光景が面白くて笑った。
「ははーマヌケな顔だなあ」
そう言うともっと面白くなって笑ってしまった。
「ちょっと、そりゃないよ!ちょうだいよ!」
「やだね。シーチキンマヨネーズは俺の大好物なんだからな」
「一口くらいいいじゃん」
「いやだ」
そう言うとおにぎりにかじりついた。そしてあと一口くらいになったおにぎりを大史に見せびらかしながら、「やっぱおにぎりはこれが一番いいよね」と言ってじらしてやった。しばらくのあいだふてくされた顔をしていた大史だったけど、突然表情を明るくすると、「そんな意地悪するんだったらこうするぞ……」と言って、俺のわき腹をくすぐってきやがった。
俺は突然のことで思わず口に含んでいた食べ物を吐き出しそうになったが、何とかこらえた。
「ちょ、おまえ!待てって!」
「あれ、アキヒロくんってそんなにわき腹弱かったっけ?」
大史の悪ふざけをたくらむ表情――俺は逆に落ち着いていった。
「待て、落ち着け。まじでやめろよ。さもないとどうなるか――」
俺の話を最後まで聞かずにくすぐってきた。俺は耐えられなくなって笑い転げた。しかも大史は後ろからしっかりとつかんでいるから離れることもできなかった。
「ちょっと待て!待てって!やめろっ!……わかったから、わかった!降参、降参!」
最初は強気だったけどどんどん弱気になる自分がいて、とうとう負けを宣言すると、やっとくすぐるのをやめてくれた。俺は笑いつかれて肩で息をしていた。
勝ち誇った顔の大史に最後の一口をあげた。「大史の分際でなまいきだぞ!」と嫌味を添えて。
「ごめん」大史は苦笑しながら言った。
俺はお茶を手にして一口飲んだ。
「……要る?」
俺が聞くと大史は素直にうなずいた。
そしてなぜだかわからないが、自分で動こうとしない大史に俺が飲ませてやるかたちになった。
「なんだよ。自分で飲めよな」
一通り落ち着いて、グラスをテーブルに置いた。本当に笑いつかれてしまって次のおにぎりなんかを食べる気も失せてしまった。
しばらく放心状態でほっと息をついていると、大史が後ろから呼んできた。
「ねえ、アキ」
「……なんだよ」
「ねえったら」
「だからなんだって」
俺は後ろを振り返った。すると、大史の顔が思ったよりも近くにあって驚いた。
大史の顔は先ほどまでの悪巧みをたくらむような子どもじみた表情からは一変して、真剣な表情で俺を見つめていた。そのとき、俺は改めて我に返ったように感じて、この部屋が――この家がやけに静かなことに気づいた。全開に開放されている窓からも町の喧騒は一切聞こえず、静かな午後だった。ただ聞こえてくるのは風の音と、小鳥がたまにさえずる自然の音だけだった。
そのとき悟ったのだ。あ、俺、キスされんだ、と。ただそう思っただけで、好きも嫌いも、その他の感情も何もなかった。していいのか悪いのか、すこしためらっていた大史だったが、やがて決心したようで、俺に顔をさらに近づけてくると、そっと大史の唇が俺の唇に当たった。俺は最初から避ける気も何もなかったのだが、大史はそれでしてもいいんだと核心したようで、一度離した唇を再びつけてきて、二回、三回とキスをした。そのうち激しくなって、大史が俺を抱く腕にぎゅっと力を入れると、さらに大史のほうに引き寄せられて、本格的なキスをした。
俺の頭は真っ白になって何も考えられなくなった。先ほどまで見えていた視界も真っ白になって、大史にゆだねた。ただ唯一感覚で思ったのは、大史の甘い体臭に引き寄せられる感覚と、大史の柔らかすぎる唇の感触だけだった。
「ほら、口を開いて」
キスの合間に大史がささやいた。俺はその言葉に無意識のうちに従っていた。口を開いた瞬間、大史の舌が俺の口の中に入ってきて、さらに身体は緊張した。どう息をしたらいいかわからなくなって、水におぼれた時のように息をひそめて、また乱れた。そんなことを知ってか知らずか、大史の舌はどんどんせめてくる。俺の上あごを舌先で軽くこすられて、かゆくなるような、くすぐったいような感覚がした。
あまりに緊張して何も動かない俺に、大史は優しく誘導してくれる。
「今度は舌を出して」
なぜかわからないが、大史のささやきは素直に従ってしまう力があった。俺が舌を出すとすぐに大史の舌に触れた。その瞬間、大史のキスはもっと激しくなって、舌を絡ませながら何回もキスをした。
大史もすこし興奮してきているのか、息が荒くなって、キスの合間に漏れる口からの息がとても色っぽくて、こんな大史を見るのは――感じるのは初めてで、さらに大史にはまっていきそうになった。
そのとき、俺を後ろから抱きしめていた大史の腕が俺の身体を服越しに触ってきた。たった一枚のシャツしか着ていなかったからその手の動きが生身に伝わってきて、俺の息はさらに乱れた。いつのまにか身体全体が敏感になっていて、大史の腕が触れるところ、指が触れるところ、そして、唇が触れるところがびしびしと伝わってくる。大史の唇が俺の唇から離れたかと思うと、そのまま頬をつたって耳たぶを舐められた。そして、「大好きだよ」とささやかれた。
その一言だった。全身の鳥肌が一気に立って快感が押し寄せてくる感じがした。いつのまにか大史の手は俺のシャツの内に入っていて、大史の手がじかに俺の身体を触っていた。大史の右手が俺の左乳首を見つけると、軽くつねったり、乳首の先だけをそっと触ったりと、俺の敏感になった身体には充分すぎるほどの刺激だった。さらに大史の唇は俺の首筋をすっと舐め上げ、また鳥肌が総毛立つのを感じた。この刺激はやばすぎて、俺の口から吐息とともに小さな喘ぎが漏れた。俺は運動した後のように息が上がって、肩が上下した。
でもこんな刺激はまだまだ序の口だったことを、この先知ることになる。
大史が左手で俺の右乳首をいじり始めたかと思うと、空いた右手が向かった先は俺の股間だった。大史の右手はズボン越しに俺の股間をがっしりとつかんだ。
中学校を無事に卒業し、高校の入学式も済んだ。そのあとにクラス発表があったのだが……
「アキちゃん一緒のクラスじゃん。やったね」
「ちゃん付けすんな!えぇ!またおまえと一緒!?」
「うれしいくせして」
「だれが!」
そう言うと、そいつは俺の頭をわしゃわしゃとなでてきた。もうやめろと手を払いのけるのも面倒になって、されるがままに放っておいた。
最近になってこいつの対処法がわかってきたというか、いちいちこいつの行動に対して反応していたら付け上がるばかりで(放っておいてもつけあがるのだが)、最近では放っておくことにしたのだ。
こいつはこんなやつなのだ。調子ノリで冗談が90%、いちいちリアクションしていたらこちらの身がもたない。
こうしてクラス発表も終わり、いよいよ一学期が始まった。
高校生活にも慣れてきて、3ヶ月が過ぎた。
ようやくクラスメイトとも打ち解けてきて、休憩時間だとか騒がしくなりつつある時期である。
俺はその日、昨日徹夜をしてしまって一日中眠たかった。でも授業は真面目に受けるほうで、半目を開けながら授業を聞いていた。そして休憩時間のチャイムが鳴ると同時に机に頭をぶつけるようにして寝るのだ。
休憩時間になると決まってあいつが俺のところに来る。登校はいつも一緒で、そのときに「今日は眠い眠い」とあいつに話したはずなのに、性懲りもなく俺のところに来て、前の席の椅子に、背凭れを前にして腰掛け、俺にちょっかいを出してくるのだ。
「なあ、アキー遊ぼうぜー」
「……おまえはガキか。朝から眠たいって言ってるだろ。寝かせてくれよ」
俺は顔を伏せたままそいつに向かって話した。
「俺が目覚めさせてやるから」
「……」
「ヒマだよー、話し相手になってよー」
「ウザい」
「そんなこと言われたってへこたれないぞ」
「すこしはへこたれろよ」
俺の言葉でそいつが笑うのが気配で感じ取れた。俺はすこしも面白いことを言ったつもりはない。
「なあー明宏ー……」
そのとき、教室の向こう側からそいつの名前を呼ぶ声がした。
「ほら呼ばれてるぞ。人気者だなあ、さっさと向こう行けよ」
「わかったよ。でも昼飯は一緒に食おうな!」
そう言って俺の前からそいつが席を立ってどこかに行くのを気配で感じた。
俺はようやく熟睡できるとほっとして、体勢を直して本格的に眠ろうと試みた。
だが、邪魔者は次から次へと現れる。
俺のすぐ脇に誰かが立ち止まったのを気配で感じた。
「あのう、澤田くん」
「ああ?」
俺は眠りの妨害をされてすこし苛立った口調で上体を起こし、声のしたほうを見上げた。そこに立っていたのは、クラスメイトの女子だった。しかももう派閥を形成しているのか、3人連れで立っていた。予想もしない人物に思わず驚いた。
「ごめん、どうした?」
「いや、あのね、澤田くんって二宮(ニノミヤ)くんと仲がいいよねえって話してて、それで……」
「ああ、べつに仲がいいわけじゃないよ。」
「え、でも……」
真ん中の女の子はやけにもじもじしていた。女の子らしい態度だった。すると助け舟をだすように、横の気の強そうな女の子が言った。
「なんで二宮くんとそんな仲がいいの?」
「なんでって、なんでだろう、幼稚園から知ってるからかなあ」
するともう一人の女の子が
「ねえ、二宮くんってどんな子?」
と聞いてくる。
「どんな子って……見ての通り、なんじゃない?」
本当はいっぱい言いたかったが、俺には悪い印象しかなかった。調子者で調子ノリで人をからかうだけからかって、冗談がほとんど……とてもそんなことは言えない、事実、俺のところに来た女子は、あいつに好感をもっているようだし、口が裂けてもそんなことはいえない。
しばらく黙っていると、さきほどの女の子がぼそりと言った。
「二宮くんって格好いいよねえ」
「ええ!?」
俺はびっくりしてつい声を張り上げてしまった。その声であいつの方を向いていた女子が一斉に俺に視線を向けた。
「どうしたの?格好良くないの?」
「いや、格好いい格好よくないはそれぞれの見方だから、いいんじゃない?」
俺は苦笑してあいつの印象を壊さないよう努めた……なんて心優しい友人だろうと自分で関心する。
すると女の子からとんでもないあいつの性格が返ってきた。
「クールだよね。なんか大人っぽい。」
(いやいやいや、それはないでしょ)俺は突っ込みたかったけど口を閉ざしたままだった。ただ一言だけ
「でもあいつ、冗談ばかりだよ?」
「結構二宮くんの冗談ってセンスあるよねえ。笑えるもん」
(ははあ、こりゃ何を言っても無駄だ)俺はもうそう悟ってなにも言わなかった。
女子と一緒に、俺も、最近話すようになったほかの男友達と会話を楽しんでいるあいつを遠目でながめた。
二宮大史(ニノミヤタイシ)それがあいつの名前だった。幼稚園の幼いころからあいつと一緒にいるから、格好いいだとかその逆もまったく思ったことがなかった。幼稚園のころはいかにも幼稚園児で童顔だったけど、たしかにそう言われて改めてあいつを見ると、目鼻立ちも整っていて、ブサイクでないことはたしかだった。顔もいつのまにやら童顔ではなくなっているし。ていうか、前々からあいつがモテることは知っていた、というか気にも留めなかったので、知らないも同然だったが、今回初めて気づかされた。中学校のころから女子の注目を浴びていたし、告白されたことも何度かあったようななかったような……。でも実際に付き合ったっていうのは聞いたことがなかった。
いつも俺と話してるときはでれでれとした口調なのに、こうしてあいつがほかの人と会話をしているのを聞いてると、不思議なことにクールな印象を受ける。あの始終笑顔を含んだ表情も女の子を魅了するんだろうなあ、なんて思いながら眺めていた。
にしても気のせいだろうか、俺と会話をしているときと、ほかの人と会話をしているとき、態度も含め、会話の内容だとか話し方も違う気がする。それを感じると軽んじられているような気がして、すこしムッときた。その日の大史との帰り道、隣の大史の顔をまじまじと見ながら歩いていた。
今日聞いた女子の言葉が離れなかったのだ。
『二宮が格好良くて?クールな印象で?冗談だって洒落ていて?……ありえない』
俺があんまり大史を見るもんだから、大史も視線に気づいたのか、こちらを振り向き怪訝そうな顔をした。
「な、なに?」
「おまえ、早速モテてるなあ、クラスの女子に」
「そうなの?」
「おまえとお近づきになりたいようで、わざわざ俺をかいして寄って来るんだけど」
俺が皮肉をこめたように大史を睨むと、その視線に感づいたようで、苦笑してうつむいてしまった。
「ごめん……」
「俺が女だったらゼッテー何があってもおまえなんか好きにならねえし。顔だけで判断するなんてそんな尻軽い女子はいやだね」
大史はしばらくはいたたまれないような笑顔をしてうつむいていたけど、さっきの言葉でなにか引っかかったようで、俺におずおずと聞いてきた。
「あの、それって俺の性格がダメダメみたいな感じじゃん」
「感じじゃなくて実際にダメダメなんだよ。いっつも俺についてきてこっちとしてはいい迷惑だっつーの」
「俺、じゃま?」
「うん、邪魔」
「容赦ない一言だなあ。さっきのは結構きたぞ」
「だって本当のことだし」
「まあまあそう言うなって。ほら、明宏様、カバンお持ちいたしましょう」
(ほら、堪えてない)俺がどんだけ本気で言っても冗談っぽく交わされてしまう。でも本当に心からそう思っているわけでは……ある。ないと言いたいところなのだが、大史に対して言う言葉はすべて本当の気持ちだ。でもそれは、どんなに本当の言葉でも大史の性格が冗談として丸めてしまうから成立するのだ。もし大史が俺の言葉をそのまま受け止めるヤツだったら、こんな会話は絶対成立しないだろう。
大史も俺の言っていることが本当の気持ちだってことも知っていると思う。でもそれでも、俺を嫌いになるどころか、好いてくれているようで、いつでも俺のそばにいる。
「あ、そう?じゃあお願い」
そう俺は言うと、なんの遠慮もなくエナメル製のカバンをわたした。大史はまるでテレビでよく見る執事のように丁寧にカバンを受け取ると、俺の横に並んで歩きだした。
「なんか今日はやけに重いようで……」
「それはあれだよ。今日新しく国語の教材配られたし」
「そうでした」
大史は白い歯を出して困ったように顔をゆがめた。大史は俺の前ではよくこんな顔をする。いわゆる苦笑って顔を。
その後も他愛もない会話をし、駅について電車に乗り、俺たちの地元に帰る。
電車に乗って五駅で地元に着く。夕方の四時ごろで普通電車ともあって、人は少なかった。俺たちは並んで座って地元の駅に着くのを待った。
学校の駅を出発して二駅めくらいで、ふと横の大史が静かになったなと見てみると、大史は俺の隣でコクリ、コクリと居眠りをしていた。太ももに俺のカバンを大事そうに抱えて、頭が規則正しく上下にコクリコクリと揺れていた。
俺は妙に微笑ましくなってつい小さく笑った。
ちょうど日も傾いてきていて、電車の窓から紅くなりつつある日の光が降りそそいでいて、大史を照らしていた。大史は髪はもちろん校則で染めていないが、もともと茶色っぽい髪色をしていて、それが夕陽に照らされて金色に見えた。さらにきれいに褐色に焼けた肌にも光は反射して肌が透き通って見えた。
(たしかにこいつをなにも知らない人から見ると、第一印象は格好いいよなあ)
俺はふと思った。すると、大史と初めて出会ったときのことをまざまざと思い出した。
みんなにもあると思う。たとえば、クラスメイトでクラスのみんなからちやほやされるような人気者というのはクラスでも一人はいると思う。そんな人はまるで芸能人のように思えて、俺には近づきがたいように思えて、いつしか憧れになってしまうような経験はないだろうか?勝手にその人との距離感を作ってしまって俺にはまるで芸能人並に手の届かない存在に思えてしまうのだ。
しかしそれはやはり芸能人とは違うところで、クラスメイトだからなにかをきっかけに話す機会があると思う。すると気が合って、もっと話すようになって、するともっと相手のことがわかって気が合って……とそれを繰り返していくと、やがて自分で作った距離感が見る見るうちに縮まっていく。
すると、最初に感じた憧れの念や近づきたいけど俺には近づくことができないんだという高貴な視線なんかがなくなって、その人がそばにいるのが当たり前になる。
まったく話をする機会がなかったころの特別視がなくなってしまう。
出会う前には、この人と友だちになれたらなあと夢見ていたことが、現実にそうなって、さらに深い仲になっていくと、その人の価値は変わらないはずなのに、低くなったと「感じる」ときがあるのだ。いまの関係は望んでいたこと、だからすごい満足なのに、最初に感じた価値の高さがなくなってしまったと思うと、それはそれで残念な気持ちになる……そんな経験はないだろうか?
俺と大史の関係はまったくそれだった。
大史は幼稚園のときから誰とでもすぐにうちとけるタイプで、その明るさからいつでも大史は人の中心にいた。一方の俺は内気というか、大史みたいにすぐに人に馴染めるタイプではないので、幼いながらも「すごい人だなあ」ときらきらとした目で大史を見ていた時期があったのだ。
ある日、いつものように友だちの中心にいた大史がわざわざ教室の隅で絵を描いていた俺のところによってきて、「一緒に絵を描こうよ」と俺の隣に座って絵を描きだしたのが初めて会話を交わしたときだった。
一度話し出すとみるみるうちに大史との絆は深まっていって今に至る。
(あのころにもし大史が話しかけなかったら、友達じゃなかったのかも知れなかったんだ)
そう思うといきなり恐怖が湧いてきて、今の状況がどれだけ自分にとって幸福なのか改めて実感させられたような気がした。
(さっきはちょっと言い過ぎたかも。もうちょいやさしくしてやらないといけないかな)
そう思って大史を眺めていた。しかし今の立場はやめられない。いつのまにか俺が優位な立場に立っていて、そう考えている今だって「俺が友達でいてやるんだから」という上から目線で見ている自分がいる。大史を邪魔扱いしたり、あのころもし大史が話しかけてくれなかったら、ではなくて、話しかけなかったら、だとか小さいところでちょくちょく「俺が上だ」的なアピールをする……俺ってホントいやなヤツだ。
(むしろ大史が俺の友達になってくれているんだよな。)
そう思うと、大史が得意な苦笑が出てきた。
そのとき、電車が地元の駅に止まった。
俺が立ち上がっても大史は一向に起きる気配を見せなかった。俺は大史の横に置かれている、大使のカバンを肩に担ぐと、大史の肩をとんとんとたたいて起こしてやった。
「大史、着いたぞ」
すると、「へ?」とマヌケな言葉を返すと、ひとつうなずいて、俺のあとに続いて電車を降りた。
降りた瞬間に電車のドアが閉まって、その瞬間、寝ぼけていた大史が大声を出した。
「あっ!俺のカバン!」
そう言うと、さっとうしろを振り返って、ゆっくりと発車していく電車をまさに、「最悪だあ」という表情で眺めていた。
そんなヌけた大史の頬を軽くつついてやって、気づかせてやる。
「おまえのカバンは俺が持ってるよ」
「えっ!?」
本当に驚く大史に、やはりため息が漏れた。
「えっ、なんで持ってんの!?」
「持ってんのじゃなくて持ってくれてるのだろが」
「その通りです。なんで明宏様ともあろうお方が」
俺は冗談を言う大史を放っておいて改札へと向かった。すると、うしろから追いかけてきて、俺の肩に手を回して「ありがとう」と言ってくれた。俺が普段、大史にはあまり使わない言葉だった。
(ああ、こんなところか)
俺は女子たちがさわぐ理由がすこしわかったような気がした。
俺が大史に毒づく言葉も本当だが、大史がみんなに対して言う言葉も率直で本心なのだ。俺とは比べものにならないくらい、周りの空気を読めて、場を盛り上げて、さらにはポジティブで、他人のいいところばかりを見てくれる。そしてそれを素直に口にして人を褒めてくれる。そりゃあ人が集まるわけだよ。
俺が大史の友達でいられるのが、すこしだけ誇らしくなった
数日後、大史と一緒に帰っているときだった。
電車に乗って地元に着いて、そこからは徒歩15分くらいの道のりだった。
その道中、大史が言った。
「そうそう、話は変わるけどさ、今週の日曜日、久しぶりに休みなんだ」
「そうなんだ、珍しいじゃん」
俺がそういうと、大史は笑顔でうなずいた。
「だからさ、一緒に遊んでくんない?」
俺はその遠慮しがちな誘いに、つい笑ってしまった。
「なに、その頼み方?なんでそんな下から目線なのさ?」
「そりゃあ、明宏様ともあろうお方が僕と遊んでくださるなんて……」
「あーあー、わかったわかったよ。いつも冗談で返しやがって」
俺の愚痴に大史ははにかんだ。
「本当に日曜日大丈夫なの?」
「俺はおまえより忙しくないし」
「そっか。じゃあ、何して遊ぶ?」
「おまえにまかせる」
「おしきた、任せとけ!」
前方に分かれ道が見えた。俺はそこを右に折れなければいけない。大史はそのまま直線に進むのだ。
「じゃあ、また明日な」
「うん」
そうして二人は別れた。
大史と遊ぶのは久しぶりだった。なぜなら大史はそこら辺で時間を無駄に浪費している他の学生とは違うからだ。その説明のため、三日ほど前に戻る。
三日前
朝のホームルームで部活動の入部希望書が配られた。担任の先生が言った。
「いよいよこの時期が来ました。前々から言っていたと思うが、部活の入部期間が始まりました。まあこの期間以外でも入部はできるが、どの部活もこの期間から進入部員に合わせて部活が進んでいくから、入部を考えているならこの期間を逃すなよ。入部希望は一旦私が回収して、それぞれの顧問にわたすから……一週間。一週間後のこの時間にまた回収するので、考えておくように。以上」
とのことだった。
先生の話で教室中がざわついたが、すぐに一時間目のチャイムが鳴って、廊下に控えていた国語の先生が、担任とすれ違うように入ってきた。
その後はいつもと変わらない学校生活が始まった。
一時間目終了のチャイムが鳴った。俺は朝に配られた入部希望願の用紙を机に置いて、考えていた。
すると、いつものように大史が俺の前の席の、椅子の背を前にしてこちらを向いて座ってきた。俺と同じように机に置かれた用紙をしばらく眺めていた。
「明宏、部活入らないの?」
「いま考え中」
「入るとしたらやっぱ野球部?」
「……うん。それしかとりえないしな」
俺は中学から野球部に入っていた。
「何を悩んでいるのさ。明宏なら別についていけない、ってこともないっしょ?」
「そうかな?」
「うん」
(なんで当の本人の自分より自信満々なんだよ)
俺はすこし可笑しくなって小さく笑った。
「おまえは学校の部活なんて入ってる暇がないよな?」
「そうだね」
「いいよなーこんなして悩まなくて済むんだからさ」
「だから明宏の今後を一緒に悩んでやるんじゃないか」
「気持ち悪いからやめろよ」
「なんでだよ……ってかだから悩む必要なんてないじゃんさっきも……」
その後はいつものじゃれ合いだった。
大史は小さいころから地元のサッカーの団体?に所属しているのだ。そこでトレーニングをしているから、学校のぬるい部活なんかには参加できない。(大史自体は決してぬるいとは思っていないだろう。俺の勝手な価値観)だから週末はいつもそちらの練習に行っているし、平日でも週に2、3回は通っているようだ。
だからいつでも大史は忙しいイメージがあるし、今度の日曜日が休みだって聞いて、珍しいなと思ったのだ。
大史と別れて、家に着き、自分の部屋でちょうど着替えているとき、携帯が鳴って、メールが入った。見るとさっき別れたばかりの大史からだった。
「日曜日のデートコースは任せとけ!」
俺はそのメールを見て、どこまでも調子ノリなんだからとあきれるとともに、久しぶりに大史と遊ぶともあっていまから楽しみでもあった。
約束の日曜日になった。
その前日の夜から数回にわたってヤツからメールがあった。
「明日の11時に集合だから!!」
わかったと何度送ってもそれに似たようなメールが来る。最後にはわかったって!と書いたあと、ムカツキマークまで入れてやった。
なのに……俺は案の定?寝坊をしてしまったわけである。
起きると10時50分で、10分で支度ができるわけがなかった。すぐさま支度をして家をとび出した。ガレージ脇に止めてある自転車にまたがり、いつもの待ち合わせ場所へ向かった。
着いたころには11時10分くらいだった。遠くから近づく俺の存在に気づくと、あからさまに「待ったんだけど」という目つきと態度でこちらを見てきた。
「悪い悪い。本当に遅れるつもりはなかったんだ」
すると大史のぶんざいでため息までつきやがる。
「あれほど11時だって念押ししたのにさ」
遅れたぶんざいでこんな気持ちになるのはダメだろうけど、イラッときた。反論してやった。
「そもそもおまえが何度もメールを送ってくるから眠れなかったんだろ!」
「ええっ!俺のせい?」
「そうだぞ、俺が寝坊したのもおまえのせいだよ」
「あちゃー、参ったな……ごめん」
本当は俺が悪いはずなのに、反対に大史に謝らせて優越感に浸る俺。さすがに申し訳なく思って謝った。
「って嘘だよ。悪かった、ごめん……で、今日はどこに行くの?」
俺がそう聞くと、大史は待ってましたといわんばかりに無邪気な笑顔を見せると、自転車にまたがり言った。
「まずはメシだな、飯。どうせアキが朝食も食べ損ねるだろうことは百も承知だよ」
「さすが」
「だろお!」
大史をちょっとおだててみる。予想通りの反応を返してくれるから楽しい。
「じゃあ、最近できたあそこのショッピングモールに行こう」
「おう」
そうして俺たち二人は並んで自転車をこぎ始めた。
今思えば、その後はまるで男女のカップルのように遊んだ。
でも長年一緒の親友とかになると、二人きりで買物に行ったりも普通にある話だ。べつに他人の目を気にすることもなかったし、他人だって、仲のいい親友なんだなと思うだけだっただろう。
ショッピングモールに着いた俺たちは、まずは適当な店に入って昼食を済ませ、その後、モール街をぶらぶらと歩きまわった。
大史は始終はしゃぎまわっていて、こんなにガキっぽい大史を見るのは久しぶりだった。今日一日は何からも解放された「素」の状態の大史なんだと思った。
そのモール街で2、3時間過ごした後、大史はその後の、大史の言うデートコースも考えてきていたみたいで、突拍子もなく、
「海へ行こう」
と言い出した。俺は何を言っているんだかわけがわからず、「はぁ?」といぶかったが、大史はそんなことお構いなく、自転車にまたがると海を目指した。
俺も慌てて自転車にまたがり、大史のあとに続いた。
まあ、俺たちの家からも、このショッピングモール街からも、海に行けない事もなかった。事実、海水浴シーズンになると、家から自転車で友達と海に行くことはよくあった。しかし今は6月の最終週といってもまだ海水浴シーズンではないし、つい戸惑ってしまったのだ。
海に着いた二人は自転車を降りると、堤防の階段を降りて砂浜に立った。
さすが海水浴シーズン外、砂浜にはだれもいなかった。けれど逆にそれが新鮮で、なんだか海水浴場を独り占めしたような気持ちになった。
(そういえば海水浴シーズン外にここにきたことなんてなかったな)
なんて俺は心の中でぼんやり思い、海に平行して大史と一緒に砂浜を散歩した。
すると、いきなり大史はスニーカーと靴下を脱ぎだし、ジーンズのすそも捲くし挙げて、ジャバジャバと海の浅いところに入りだした。
「うおー!やっぱりまだ冷たい!」
「当たり前だろ」
「明宏も入れば?おお!足がすくわれる!」
そう言って転びそうになる大史にとっさに手が伸びて、がっしりと大史の腕をつかんだ。
「おいおい、大丈夫かよ……」
と、ここまではよかったのだが、すぐさま次の波が襲ってきて
「えっ、……っておい!」
俺は逃げるまもなく膝下あたりまで海に浸かってしまった。もちろん靴も靴下も履いたまま……
俺はやってしまったとばかりにため息がもれた。無常にも波は去って行って、その去り際に細かい砂浜の砂も一緒に巻き込み、その砂が俺の靴の中に入ってくる。一瞬にして靴の中は砂のジャリッとした気持ち悪い感触に見舞われた。
俺は途方にくれていて、もちろん大史も心配してくれているだろうと思ったのだが、正面からクックッと小さな笑いが聞こえると、やがて爆笑になって俺の方に指を差しながら笑い出した。
「うわー明宏のドンくさいところ見ちゃった。こりゃあ面白いわ」
とゲラゲラ笑い出して、俺のボルテージは心の中でふつふつとたまって言った。
そしてとうとう爆発してしまって、
「おまえが倒れるのを支えてやろうとしたからじゃねえっかよ!」
と大史の肩を勢いよく押してやった。
倒してやろうとかは思っていなかったけど、倒すことはしないでおこうとも思わなかった。大史は「えっ?」とマヌケな表情をすると、突然慌てふためいて、バランスを失う自分の身体をコントロールしようとしたが間に合わず、大史は海に尻餅をつくかたちで倒れてしまった。そしてタイミングよく、ザブーン。
波が引いて、大史を見ると、顔を伏せたまままだ座っていた。さすがにまずいことをしたかな、怒ってるかな、と不安になって、機嫌をうかがうようにそっと話しかけた。
「おい、大丈夫か?悪い、ちょっとやりすぎた……」
そう言って手をさしのべると、大史はその手を握って、すさまじい力で引っ張ってきた。
「えっ?」俺は踏ん張ることもできなくて、加速がついたように大史を素通りするとよろめきながら、最終的に海に頭から突っ込んだ。
(やられた)予想もしていなかったので、海水がすこし口に入り、塩の味を噛み締めながら思った。
勢いよく状態を起こし、頭を上げた。
「ああ!もう最悪!」
そして振り返った。大史はいつのまにか波に襲われないところまで避難していて、その場から俺を見て腹を抱えて笑っていた。怒りがふつふつと涌いてきたけど、もう頂点を通り越してしまって、呆れてしまった。
あきらめのため息をひとつ吐くと、今の俺の状態も、前にいる大史の状態も、そして無邪気に笑う大史も、全部馬鹿らしく思えて、俺もつい笑ってしまった。
他のヤツにこんなことをされると、絶対と言っていいほど喧嘩になると思うが、大史がやると、俺の怒りはいつも屈折させられて、ばかばかしくなってしまうのだ。結局優位に立っているのは大史かもしれなかった。
楽しいのはここまでだった。ひとまず波の来ないところに二人移動すると同時に、大史の後頭部を一発殴った。
「で、この状況どうしてくれるんだよ」
「ごめん」
「後先考えず行動すっからこんなことになるんだろうが」そう言ってもう一発。
「ごめん」
「ああ、もう!靴下の中まで砂が入って気持ち悪いよ……おまえが洗えよ」
「はい、洗わせていただきます……」
始終大史はおとなしく俺の言うことを聞いていた。(いつものことだけど)
俺が靴を脱ぐと、大史はそれを持ってもう一度海の中に入り、海水で靴をすすいで砂をとる。靴の底まで取って砂を完全に取り除いていた。
俺はその間、上の長袖シャツを着ていたのだが、それを脱いで、小さく丸めて海水を絞っていた。それで身体に残った水気を取って、また絞って、洗濯物を干すときみたいにバタバタとすると、まあまあ着て我慢できないこともなかった。
上を着て、ズボンも同じようにしようと、ポケットに手を突っ込んでみると、
「うわっ!こんなところにも砂利が入ってきてるし!」
と言って、大史を白い目で睨んだ。
すると、大史は苦笑して、「洗わせていただきます」と言って、きれいになった靴と引き換えに、ズボンを脱いでわたした。
さらにボクサーパンツもビショビショだったので、絞ろうかと考えたのだが、さすがに公共の場であるからすこしためらった。しかし、もう1時間弱(いつのまにか経っていた)も遊んでいるのに、誰一人として人を見かけなかったので、大丈夫かなと思い、大史がズボンを洗ってくれているあいだに、俺は後ろを向いてパンツを絞っていた。絞りながら、(俺は何をしているんだろう)とまたばかばかしく思ってしまった。
そしてある程度絞れたらもう一度穿いた。
「明宏、お尻丸見えだぞ」
「うっせえ」
すると大史は笑っていた。大史から返されたズボンを硬く絞って水気を取り、また穿いた。その後は明宏も同じようなことをして、とにかく服を乾かしたのだ。
唯一の救いだったのは、今日が晴天だったってことくらいだった。6月下旬ともあり、陽気はぽかぽかしていて、風邪は引きそうになかった。
一通り終わったところで、二人並んで、海を正面に座った。
「あったかいね」大史が言った。
「ああ」俺が答えた。
「夏休みになったら泳ぎにこようよ」
「今度は海パンでな」
すると俺の横で大史は笑った。
「ごめんよ。怒ってる?」
「べつに。怒ってたらすでに帰ってるし」
「そっか、よかった」
その後しばらく無言が続いた。
二人の空間に海の音だけが聞こえた。なんか知らないけど、場の空気が変わって、真剣な感じになった。
だいぶ間をおいてから、ふと疑問に思ったこと……いや、ときどき考えてしまうことを、本人に聞いてみた。
「なあ、大史、おまえ、俺と一緒にいて楽しい?」
「え?なんで?」
「それはさ……」
なんだか本音を口にするのは恥ずかしいけど、場の雰囲気がそうさせてくれた。
「なんていうか、その、おまえって……優しいじゃん?俺のわがままだってなんでも聞いてくれるし、今まで一度だっていやだなんていったことないし……。そんなおまえの優しさを利用してるっていうかなんていうか……」
「べつにそんなこと感じてないよ。なんでって全部冗談でしょ?冗談で俺に命令……って自分で言うの恥ずかしいけど、なんでもかんでも俺に言ってくるの、全部冗談で言ってるんでしょ?その冗談っていうの、ちゃんと俺にも伝わってくるから、俺も冗談で返してるだけだよ」
「70%本気だけどな」
「それでも冗談は冗談だよ」
「……」
俺はしばらく押し黙った後、口を開いた。
「いじめをしてる側ってたいてい冗談だと思ってるんだけどね」
すると、大史は困ったとばかりに苦い笑顔を見せた。
「大丈夫、今のところいじめられてる側も冗談だって思ってるから。それに、いつもそんなことを考えてくれているんでしょ?もしかして俺を利用してるんじゃないか、って考えてくれているんでしょ?そう思ってくれている時点でいじめでも何でもないし、それが伝わってくるから遊びで済ませるんじゃん」
「そっか。ならいいけど」
「うん」
大史の言葉を聞いて、すこし、ほっとした。たまにこちらは冗談で言ったつもりでも、相手が真に受けてしまったって経験はないだろうか。その時点で、それは冗談でなくなるし、相手を傷つけてしまう。
俺はすこし不安だった。すべて冗談で通じているのか、いつのまにか大史を傷つけてはいないだろうかと。こんなじっくり話せる機会がたまにあるのもいいなと思った。
ひどい目にあった大史との日曜日から一日後、次の日にはいつもと変わらない日常がまた始まった。大史と一緒に学校へ通って、同じ教室で授業を受けて、放課後には俺は学校の野球部に参加し、大史はサッカーがあるときはすぐに帰ってそちらへ向かう。そうそう、俺は結局野球部に入部することになった。帰宅部とかも考えたけど、早くに家に帰って何をするのか、想像もつかなかったから、野球部に入部することになったのだ。
そんな忙しい毎日が続いていた。気がつけば高校に入って半年が過ぎようとしていて、中間テストも終わり、期末テストが間近に迫り、夏休みがすぐ目の前まできていた。すっかり高校生活にも慣れ、クラスメイトともうちとけてきた。
期末テスト週間に入り、部活は活動一時休止で、授業が終わるとすぐに帰宅させられるようになった。
そんな時期だった。
今日は四時間で授業が終わり、いつもより早くに帰ることになった。ホームルームが終わり、みんなが帰りだす。大史はというと、終わりの挨拶をした瞬間、カバンを肩に担いで、俺の肩をぽんとたたき、すばやく帰っていった。去り際に、「じゃあね」とだけ言った。
「今日もサッカー?」
「うん」
「じゃあな」
そうして、大史とわかれた。
俺は大史以外にほかに一緒に帰る人もなかったから、帰る準備を整えたら、ゆっくりと一人帰り始めた。
校門を出ようとしたときだった。後ろから俺の名前を呼ぶ声がして振り返った。
見ると、見たことある女子だった。それは、クラスメイトの女子といつも一緒にいる違うクラスの女子だった。その女子が今も俺のクラスメイトの女子を引き連れて俺に向かってきた。
「なに?どうしたの?」
俺は何がなんだかわからず、アホ面をしていたと思う。しばらく返答を待っても、俺を呼び止めた違うクラスの女子は一向に口を開こうとはしなかった。
それに痺れをきらしたのは、俺ではなく、俺のクラスの女子のほうだった。後ろに控えていたが、友達を押しのけて俺に話しかけてきた。
「あのね、きいちゃんが話があるんだって」
なるほど、違うクラスの女子は、きいちゃんと呼ばれているらしかった。
「こんなところで話すのもなんだし、澤田くん、一度戻ってくれない?」
「えっ、ああ、いいよ」
べつに断る理由もなく、俺は連れて行かれるがまま従った。上履きに履き替えて三階まで上って、校舎の一番端まで連れて行かれた。そこは音楽室前の廊下で、校舎でも一番端で、なかなか人が訪れない場所だった。
そこに連れて行かれるなり、俺の前に、その、きいちゃんと呼ばれた女子を配置し、その子の肩をぽんとたたいて自分は帰っていった。
ここまでのシチュエーションを作られて、今から何が行われるか、わからないヤツなどいない。もしそんなヤツがいたら、どんなに鈍いヤツか。でも俺は自分が告白されるとはこれっぽっちも思っていなかった。いや、そりゃあ、20%くらいは思っていたけど、80%は思っていなかったのだ。それもこれも、大史のせいである。前にも言ったけど、大史と俺は幼稚園からの付き合いで、いつも一緒にいた。小学生のころから大史はいつもモテていたのは知っていた。でも小学生はまだ無邪気で、「本人」に好きだと告白して、俺が巻き込まれることはなかったのだ。いつからだろう、本人に告白することなく、「俺」に「大史が好き」なんだと告白されるようになったのは。たぶん最初は中2の夏の記憶だったと思う。そう、このくらいの時期だったのだ。本人に直接言やあいいものを、俺にわざわざ大史が好きなんだけどと相談にくる。そのたびに俺にどうしろって言うんだよ!って叫びたくなったが、そこは頼れる男のように聞いてあげた……イライラしながら。
そしてそのイライラを大史にすべて吐き出すのだ。おまえが好きだってヤツがまた俺に相談にきた。もうおまえ、俺から離れろ!俺に近づくな!っていう具合に。すると、大史はいつも苦笑して、そんなカリカリしないでよ。仲良くしていこうぜ!というふうに楽観的に返されるのだ。俺はそれを聞いて泣きたいような嫌気がさすような、変な気持ちになって、諦めに似たため息をはくのだ。そんなプロセスをかれこれ5回は経験している。
話はずれたが、つまり今回もそういう類なのではないかと思ったわけである。だから、素直に俺が告白されるとは思わなかった。
しかし、予想は外れて、彼女は俺が好きだと言ってくれたのだ。
「入学したころから、みいちゃん(俺のクラスメイトの女子、さきほどの)話すために澤田くんのクラスに行っていたんだけど、そのときから気になっていた。そして、この前、部活で野球をしているところを見て、もっと好きになりました」という感じで告白されたのだ。
俺は思いもよらなかったので、驚きと嬉しさも人一倍だった。俺も、自分のクラスメイトの女子と一緒にいる彼女を知っていたし、普通に顔も整っていて、かわいいなとは思っていた。女の子らしいところも、横目で知っていたし、良い子の印象は受けていた。別に悪い印象もなかったけど、特別好きだという思いもなかった。だからいきなり付き合うのは彼女に悪いと思って、友達からなら、と言って返事をした。すると彼女は笑って、嬉しい、と一言言ってくれた。
一通り話がつくと、どこに隠れていたのか、さきほどの女子が現れて、良かったじゃない、と祝福してくれた。
その後は、みいちゃんの提案で、きいちゃんと呼ばれた女の子と一緒に帰ることになった。しかし彼女はこの高校近辺の子だから、自転車でいつも通っていて、今日は彼女が自転車を押して、俺を駅まで見送ってもらうかたちとなった。
不思議と会話は続いて、彼女のいろんなことがわかった。きいちゃんと呼ばれていた女の子は坂口 貴意(サカグチ キイ)(貴意の漢字がわからない)と言って、名前そのものできいちゃんというあだ名らしかった。
坂口さんとの帰路は普通に楽しくて、たった15分程度だったけど、満足できた。
駅前で、「じゃあまたね」と言ってわかれた。
俺が坂口さん(友人にきいちゃんと呼ばれていた女の子)と付き合い始めてから……と言っても友達からなのだが、付き合い始めて一週間ほどが経った。とうとう期末テストも始まり、今日の二日目のテストも無事に終わった。あと三日で期末テストからは解放され、さらに三日ぐらいするとそのまま夏休みに突入する。そんな時期だった。
俺は早々に家に帰宅して、明日のテストに備えて自分の部屋で勉強をしていた。机の上に勉強道具と横に携帯電話を置き、時々くる坂口さんとのメール交換をしながら勉強をしていたのだ。
すると時間はあっという間に過ぎ、時計を見たらもう六時になっていた。一度休憩をしようと、ぐっと伸びをしているときだった。家のチャイムが鳴り、その数秒後、一階から母が俺を呼ぶ声がした。
「明宏ー、大史くんが来たよー」
俺はその言葉で、こんな時間に何の用だろうと思っていたら、いきなり部屋のドアが開いて大史が現れた。まあ勝手に俺の部屋まで上がりこんでくるのはいつもの
話なのだが、なんだか機嫌が悪いのか、眉間にしわを寄せて、息を切らして俺の方を見ていた。
「おう、どうしたんだよ。こんな時間に」
俺はなにくわぬ顔で大史に声をかけた。しかし大史はなにも答えず、ただ、荒々しい息を整えようと、上下に肩を揺らしていた。その光景からだいぶと急いできたらしいことはわかった。
俺が大史の応答を待っていると、ようやく大史が口を開いた。
「アキ、おまえ付き合ってるんだってな」
大史にそう言われて……というか、そんな言い回しをされたせいか、胸が飛び跳ねて一気に鼓動が早くなるのがわかった。それは俺の心の中でも、大史にはなぜか隠しておきたいという思いがあったからもしれなかった。俺は平静を装って答えた。
「ああ、うん。てか言ってなかったっけ?」
「聞いてない!てかなぜなにも言ってくれなかったのさ!」
声を荒げて、一人で興奮する大史に、俺は一方的に怒られている感覚がして、あまり心地よくなかった。
「なんでおまえにいちいち報告しなきゃなんねえんだよ」
大史の熱が伝染したように、俺も声を荒げて言った。すると感情は後からついてくるもので、声が荒くなったら、無性に腹立たしくなってきたのだ。俺は椅子から立ち上がり大史に詰め寄った。
「だいたいおまえは俺のなんなんだよ!俺のやることなすこといちいちおまえに相談しなきゃなんねえのかよ!いきなり人の家に押しかけてきて何を言うかと思えば、怒った口調で、付き合ってるんだってなって、おまえは俺の気分を害しにきたのかよ!そんなら帰れよ!」
大史に向かって捲くし立てると、今までのうっぷんがたまっていたように吐き出され、どんどんイライラしてきた。大史が妙に憎らしく思えて、うっとうしく思えた。
俺は大史の正面に立って大史をにらみつけた。すると大史の眉間のしわがかすかに動き、一瞬だけ悲しい表情を覗かせた気がした。俺の心臓はぞの一瞬の表情に妙にざわついて、心が乱れた。これ以上大史を睨むことができず、大史から視線を放してそっぽを向くと、勉強しようと机に向かって歩き出した。
と一歩踏み出したそのときだった。いきなり左腕をぎゅっとつかまれ、ものすごい力で後ろへ引っ張られたのだ。俺はその力の反応で半回転して大史の正面に向く形となった。そして何が起こったのかと大史の顔を見上げた瞬間、大史の唇が俺の唇にあたったのだ。俺はさらに混乱して、何が起こっているのかもわからず、ただ呆然と立ち尽くしていた。そう、俺は振り向きざまに大史とキスしたのだ。長い時間互いの唇が触れ合っていたように思う。やがて大史が顔を離して、俺の正面に立ち、俺の顔を見据えた。俺も正面の大史の顔を見つめていた。すると大史が口を開いた。
「……そういうことだから。俺は明宏のことが好きなんだよ。だから……」
正面の大史は唇を噛み締めていた。悲しそうな表情だった。今にもあふれそうな感情を、押し殺しているようにも見えた。
「……気持ち悪いよな。ごめん。じゃあ、ね」
そういうと、大史は後ろを向いて部屋を出て行った。大史の背中があんなに丸くなっているのを初めて見た気がした。結局、大史に一言も声をかけることができなくて、大史をそのまま返してしまった。
遠くで階段を下っていく音、小さなお邪魔しましたと母に向かって告げる声、玄関のドアが開いて、そして閉まる音だけを聞いていた。
大史がいなくなってからも、どうしていいかわからず、長い時間その場に立ち尽くしていた。ただ、机の携帯だけが、彼女からの新着メールを告げるバイブ音であわただしく鳴り響いていた。
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次の日、携帯の目覚ましがなって目覚めた。いつもならこの目覚ましでもぐずって起きないのに、なぜかその日の目覚めはよかった。単に寝付けず浅い眠りをくりかえしていたからかもしれない。そう、昨日はなかなか寝付けず、ずっと布団の中でごろごろしていたのだ。
上体を起こして、しばらく携帯を眺めていた。いつもならここらへんで迷惑な着信ベルが鳴ってたたき起こされるのだ。そう、大史のお目覚めコールがあったのだ。しかしいつまで待ってもその着信は入らず、なにもせずに10分が過ぎていた。
しかたなくベッドから降りて、寝巻きから制服に着替えてカバンを持って一階へ降りた。リビングへ行って朝食を食べて、そのあとに顔をあらって歯磨きをしてと身支度を整えた後、いつもの時間に家を出た。
いつもの大史との待ち合わせ場所に近づくにつれ、俺の鼓動は高鳴った。いろんな思いが交差していた。待ってるかな、待ってないかな、どうやって顔を合わそう、どんなふうに振舞ったらいいだろう……そんなことを考えながら、最後の曲がり角を曲がった。
そこに大史は、いなかった。
曲がり角を曲がってすぐの、電柱の前でいつも待ち合わせをするのだが、そこに大史の姿はなかった。なぜだか安心する自分と、どうしたらいいんだろうと途方にくれる自分とがいた。
電柱の元で遅刻寸前まで待ってみたが、これ以上待つと、学校に間に合う最終電車に乗り遅れてしまうので、俺は仕方がなく一人歩きだした。
学校について自分の教室に向かった。一時間目が始まるぎりぎりだったのでクラスメイトのほとんどが集まっているクラスはやけに騒がしかった。そんな中を俺は入っていった。教室に入って一歩踏み出したときだった。俺の視界に、他の友人と楽しく会話をしている大史の姿が目に入ってきた。大史は誰かがクラスに入ってきたと、顔を上げてこちらを見た。
大史と、目があった。
がしかし、大史はなにくわぬ顔で視線を逸らすと、また友人との話しに没頭した。
俺の口からため息に似た息がもれた。急に心が寒くなって、悲しくなった。
そのまま席に座ると、待っていたように一時間目のチャイムが鳴って、期末テストが始まった。
結局、夏休みに入るまでの数日間、大史と言葉を交わすことはなかった。そのまま夏休みに突入して、大史と顔を合わせる機会がもっともっとなくなってしまった。なんだか気力が根こそぎ奪われたみたいで、体がダルくてなにもする気が起こらなかった。彼女のメールも返信が面倒に思えるときが合って、たまに返信することを放り出すこともあった。
夏休みに入って一週間くらいが経った。大史のメールや連絡なんかは一向になかった。おれは引きこもりのように家に伏せたまま、一日をごろごろと過ごした。唯一外に出るのは、期末テストが終わって部活が再開されたので、その練習に参加するくらいだった。朝から昼で終わるときや、夕方まで続くときもある。その部活をしているときだけ気がまぎれて、部活に集中することができた。
そして部活が休みの時があった。一日ぽっかりと空いてしまって、何をしようかと自分の部屋をうろうろしていた。でも結局何にもする気が起きなくて、机の椅子に座って、机に両肘を突いて、頬杖をついた。
出てくるのはため息ばかりだった。
(おれはなんでこんなに憂鬱なんだろう。)
そう思うとまたため息がもれた。原因は知っているのだ。それは大史と話せないこと。そんなことはわかっている。今まで大史と話せなくなる――俺からいなくなるなんて考えたことがなかった。というか、大史がそんな機会を与えてくれなかったのだ。いつも俺のそばにいて、ウザいほどひっつきにきて、面倒なほどメールや連絡をよこしてくる。うっとうしいけど、いつもなんだかんだで許している、また楽しんでいる自分がいた。大史とこんなに会わない日が続くのは、初めてだった。大史と会えないのがこんなに憂鬱になるとは、思わなかった。
(まてよ)
おれは考えていてヘンなことに気づいた。こんなに憂鬱でしんどくなるって、もしかして俺は大史のことが好きってことなのか、と思ったのだ。はたしてそれはわからないが、離れてみて、初めて大史の存在が自分の中でこれほどまでに大きいものなのだと気づいた。
で、気づいたはいいが、だからどうするかだ。
まずは大史と仲直りをしたいのだが、第一、喧嘩をしたわけでもない。『いままでのかたちに戻りたいんだ!』……なんて言えるわけがないよなと、自分で思っておいてため息をついてしまった。もう前のように戻るのは無理なのだ。大史はいつからその感情を抱いていたかは知らないが、それを俺に乱暴ながら告白してしまった。俺たちはもう、一段階進んでしまったのだ。いままでのかたちに戻りたいと俺が言ったら、大史は喜んで元のかたちに戻ってくれるだろう。でもそれは大史を苦しませることになる。いままで無垢な笑顔を俺に見せてくれていたのに、それが悲しみを含んだぎこちない笑顔に変わってしまう光景が、まざまざと想像できた。
じゃあどうする?その疑問がうかんだとき、すぐに答えが返ってきた。
大史と付き合う?親友とかではなく――いや、親友も含めてさらに発展して恋人としても。
(だけど付き合うって……)
まったく想像ができなかった。男と付き合う、大史と付き合う、なにをどうすればいいか全然わからない。しばらくその疑問に悩んでいると、あ、そうかと簡単なことに気づいた。
たぶん大史と付き合うことになったとしても、大史と俺の関係は前までとなにも変わらないんじゃないかと。そりゃあ付き合うわけだから、二股はダメだとか普通の恋人としての制約は付きまとうことになるけど、これといって大史との付き合いが変わることはないと思えた。ただ恋人という関係になるわけだから、前よりはすこし深い関係になるのだろう。
と、そのとき、俺はあることを思い出してしまった。そう、大史が俺にキスをしてきたときのことを、映像として思い出してしまったのだ。俺は一番重要なことを忘れていた。付き合うってことはつまり、そういう行為も込みなんだと。大史とのそういう行為――想像できなかった……っというか、女の人ともいままでそういう行為を経験したことがなかったから、それを思えば男も女も一緒かなと思えた。しかも相手は『男』ではなく『大史』だ。ほかの男ならさらさらごめんだけど、大史とならいい感じがした……やっぱりそれは好きってことなのかなと疑問が湧いた。
それに、恥ずかしい話だが、大史とのキスのシーンを思い出すと、下半身がうずいてしまうのだ。そのときは驚きとかで混乱していてそれどころではなかったけど、その後もたびたび思い出して、下半身が反応してしまうことがあった。
意思が決まると今度は行動だ。そう思って俺は、ある人に電話をかけた……。
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俺は大史の家に向かった。会いたいと思い出したらいてもたってもいられなくて、家を出て、走って向かった。家を出たのは夕方くらいだったので、日中よりかは幾分気温も下がって、夏の焼けるような日差しも和らいでいた。
大史の家までは走って10分くらいでついた。さすがにここまで走ってくると息も乱れて肩が上下した。玄関先である程度息を整えると、なぜか普段よりも緊張する指でインターホンを押した。インターホンが鳴ったと同時に家の中から「はーい」という声が聞こえてきた。それが大史のお母さんの声であることはすぐにわかった。俺は門扉をくぐって、玄関のドアで待った。するとすぐにドアが開いて、おばさんが顔を出した。
「あら、あきちゃん、久しぶりね」
そう言われて、たしかに大史のお母さんと会うのは久しぶりだと思った。相変わらず変わりなく、きれいなお母さんだった。美しい輪郭や二重の目は大史そっくりだった。
「お久しぶりです。おばさん大史、いる?」
「あれ? 大史からなにも聞いていないの?大史は今合宿中なのよ。サッカーの」
おばさんの回答に、俺は大きくうなずいてしまった。そう、毎年大史は夏休みに入るとすぐ、サッカーの夏合宿に行ってしまう。会いたいときに会えないなんて最悪だった。
「いつ帰ってくるんですか?」
「そうねぇ、8月の5日とか言ってたかしら。」
俺はそれを聞いて愕然とした。まだ2週間近くある。こんなに思うように事が進まなかったことはなく、歯がゆさが辛かった。そんな俺を見て、おばさんは言った。
「お茶でも一杯どう?本人はいないけど、上がってく?」
俺はその質問にうなずいた。大史の家にお邪魔になってすぐ、
「大史の部屋にいってもいいですか?」
と聞いた。するとおばさんも、
「いいわよ。べつにあの子もあきちゃんに見られて困るような物は置いてないだろうし」
と言ってすんなり許可してくれた。普通なら本人がいないのに絶対に無理だろうが、やはりここは長年の友達だからということだろう。
俺は階段を上がって大史の部屋に向かった。ドアを開けて大史の部屋に入る。その瞬間、大史の香りがした。そう、大史はほかの人と違った香りがするのだ。なんだか洗剤のような、甘いけどしつこくなくて、さわやかなんだけど鼻に突き刺さるような感覚はなくて――と言葉では表しにくい、でも落ちつく、いい香りだった。
大史の部屋を見わたして最初に思ったのは、相変わらず変わりばえのしない部屋だなということだった。長いこと大史の家を訪れてなかったけど、最後に来たときからほとんど変わっていないように思えた。
大史の机、本棚、ベッド、背の低いタンス。よく見慣れたものだった。そのそれぞれを眺めていると、タンスの上に飾っている写真に目が留まった。写真立てを持ってじっくりと眺めた。その写真は中学の卒業式のとき、大史と俺の二人だけで写った写真だった。一本のカーネーションをそれぞれ持って、肩組をして写っていた。中学の卒業式がついこの前のようだ。
その写真を眺めていると、中学でのいろんなことを思い出した。特に思い出したのは、大史の人気ぶりだった。前にも書いたと思うが、大史の太陽のようなポジティブさは、周りの人を本当に元気にする。だから男女問わず大史の周りには人が集まるのだ。それは存在を知ってもらいたい人、友達になりたい人さまざまだったけど、それにも増して恋人になりたい人も多かった。俺も立ち会わされた告白場面もあったが、大史はその誘いをことごとく断ってきていたのだ。
(それはもしかして俺を想ってくれていたからだろうか)
なんてその写真を見ながら考えていた……というか、俺はうぬぼれすぎだ。もう大史が俺のことを好きでいてくれているなんて思ってる。キスの一件以来――いや、俺が彼女と付き合いだして以来、大史はもう俺のことを好きじゃないかもしれない。なんだか大史が俺のことを好きという前提で事は進んでしまっているけど、それは確実ではないのだ。だからこそ「今」会いたかった。気が変わらないうちに会いたかった。人の気は明日にでも、いやこの一秒一秒にでも変わってしまう可能性は充分にあるのだ。そう思うと一人焦っていた。
そのとき、横から笑い声がした。
「ああ、その写真……大史ってほんとあきちゃんのことが大好きよねぇ、学校の話題って言ったらあきちゃんの話題しかないもの」
おばさんは声を出して笑っていた。
「なんなら、うちの子と付き合う?」
おばさんはこんな冗談をやすやすと言ってのける人なのだ。俺は冗談だとわかっていながらもなんだか慌てた。
「おばさん!」
「うそうそ。」
「……冗談はよしてくださいよね」
そういうとおばさんは笑っていた。
おばさんは俺にお茶の入ったグラスをわたしてくれた。俺はそれを一口飲んだ。とても冷えていて美味しかった。
すこし改まって、おばさんがいった。
「あきちゃん、大史となにかあったでしょ?」
「なにかって?」
「喧嘩でもしたんでしょ?」
俺はなにも言えなかった。
「なぜって大史の口数が減ったもの。あなた以外の話題ってないのかしらね」
「大史は、家でどんなでしたか?」
「べつになにもないわよ。平然としていたけど、話題がないのか口数はたしかに減っていたわね」
「そうですか……」
部屋が静まり返った。俺はそれを紛らすように、残ったお茶をぐっと一気に飲み干した。
「今日はありがとうございます」
「大史に今日あなたがきたこと、伝えとこうか?」
「いえ、またあいつが帰ってきたら伺いますので、いいです。あいつが変なことを考えて練習や試合に支障をきたしたらいやですから」
「そうね。また遊びにきてね。大史がいなくても」
「そうですね。じゃあ、お邪魔しました」
そう言って、大史の部屋を出て、家を後にした。
そして、すこし間違いがありました。大史のおばさんに、大史は8月5日に帰ってくると言われて、まだ2週間近くあると書きましたが、あれは1週間近くの間違いです。でもその1週間が果てしなく長く感じられて、大変でした。それこそ1週間も2週間も過ぎたような感覚がしました。その1週間のことは触れませんが(普通に部活に行って、ダラダラ過ごしていました。気力も起こらず)ですから、今回はその1週間後――つまり8月5日からです。では続きをどうぞ。
じつに長い時間に思えた。この1週間、大史のことが気になって仕方がなかった。大史に嫌われていたらどうしようだとか、冷たくあしらわれたらどうしようだとか、時間を隔てれば隔てるほど、ネガティブな、最悪な状況しか頭を過ぎらなかった。
そんな中で唯一、なにもかも忘れて熱中できたのは部活だった。部活のしんどさはウダウダと考えているいとまを与えてはくれず、それがかえってリフレッシュになっていたのだ。
8月5日、この日も朝から部活があって、部活から解放されたのは夕方4時ごろだった。部員そろって、「ありがとうございました!」と一礼をした後、解散した。俺は猛スピードで部室へ戻ると、制服に着替えて、早々に学校を後にした。学校から駅までの道のりを走って、そのままのスピードで電車に乗り込むと、やっと一息ついて椅子に座った。走ってきた影響か、また別の要因か、鼓動が高鳴って、抑えるのも一苦労だった。
家に着いたのは6時をすこし回ったころだった。自分の部屋に部活カバンを置いて、制服のまま家をとび出した。出て行く途中、母さんがどこに行くのと聞いてきたので、大史のところ!と一言だけ言って家を出た。
走っている以上に心臓が高鳴る。途中、もう走れなくなって、道の中央で膝に手をついて荒い息を整えた。なかなかおさまらず、先行するのは想いだけだった。なんとか息も落ち着くと、そこからは小走りで大史の家に向かった。
7時前、大史の家の前に来ていた。俺はその前で深呼吸を何度もして、とにかく心を落ち着かせた。インターホンに手を伸ばす――が、なにかを恐れてすっと手が下がってしまう。この何週間かでひどく臆病になったなと自分でも思った。そして意を決して、深呼吸の吐く息と同時にインターホンを押した。
ピンポーンという音が家の中から外まで聞こえてくる。反応はなかった。だれもいないのかなと思ったころ、ドアのカギが開けられる音とほぼ同時に玄関のドアが開いた。
何週間ぶりの対面だろう。懐かしいとさえ感じた。こうして互いに目を合わせて向かい合うなんて、本当に久しぶりのことだった。
大史は橙の線の入った、群青色のジャージを着ていた。俺が見上げているせいか(門扉から家に入る玄関までは、五段ほどの階段を上がる)、久しぶりに見る大史の身長が高く見えた。さらに、夕焼けのせいかわからないが、日焼けをしていて、肌が褐色気味だった。俺は声を発することもできず、しばらく家の前の道路でたたずんでいた。最初に出てきた言葉はなんともぎこちないあいさつだった。
「お、おう、久しぶり」
すると、大史も突然の俺の訪問に驚いたのか、ぎこちなく返した。
「あ、うん、久しぶり」
またしばらくの沈黙。その沈黙を破ったのは大史の方だった。
「あ、上がってく?」
「あ、う、うん」
俺は急いで返事した。門扉をくぐって、大史の家にお邪魔した。
家の中は静かだった。
「母さんもひどいよなぁ、5日には帰るって言ってあったのに、今俺が帰ってきて、なんて言ったと思う?今日帰ってくるとは思わなかった。夕飯なにもしていないから、なんか適当なもの買ってくるだって。」
静かな空間に、大史の言葉だけが響いた。その話から大史はつい先ほど帰ってきたらしいことはわかった。
「そっか」
俺はそれだけを返した。
「クラブもクラブだよなー、帰る日くらい練習なくったっていいのにさ、帰る直前までハード練習だもん。おかげでハラぺこぺこなのに……これだもんなー」
大史は大きなため息をついた。俺の口元がゆがんだ。すこしだけ緊張がほぐれた気がした。
「あ、俺の部屋行っててよ。お茶入れてすぐ行くから」
「サンキュ」
俺は大史の部屋に向かった。
しばらく待っていると、大使がグラスを両手に持って部屋に入ってきた。口にはスナック菓子の袋をくわえていた。俺はお茶の入ったグラスを一つ受け取ると、空いた手でスナック菓子を部屋の中央のテーブルにひょいと投げた。
大史はグラスを持ちながら、部屋の奥の壁の窓を開けた。その瞬間、カーテンがたなびいて、涼しい風が入ってきた。俺は意を決して口を開いた。
「あの、俺、彼女と別れたから」
そう俺が言うと、大史は窓の外の風景を眺めるのをやめて、俺の方に向き直った。大史と正面に向かい合うかたちになった。
「電話で、別れよう、って……」
そう、大史と仲直りをしたいと思ったあの時、俺は彼女に別れを告げたのだ。大史と会う前にはしっかりこれだけの清算はつけとかないとと思ったのだ。だから、大史と会う前、彼女に電話をして、別れを告げた。ほかにもっと大事にしたい人がいるんだと言って。彼女は聞き分けのいい子だったから、仕方ないねと言ってくれた。短いあいだだったけど楽しかった。また一緒に遊ぼうねと最後に付け加えてくれた。彼女は本当にできた女の子――人間だった。顔もかわいいし、性格も絵に描いたように率直でまっすぐな子だった。俺にはもったいない、彼女にはすぐに別の、もっといい彼氏ができるだろうと思った。彼女には非常に申し訳なかったけど、別れを告げた……
大史は言った。
「どうして!?」
俺はその言葉に思わず驚いた。
「どうしてって……」
すべておまえがいけないんだろ!って言いたかったけど、そんな雰囲気にはしたくなかったので、押し留めた。俺はしばらく考えた。そして言った。
「どうしてって、彼女はとてもいい子だったけど……おまえと話せなくなるのとどっちがいい、って言われたら…………おまえと話せなくなるほうが辛いと思ったから」
「俺はただ、俺があまりにもアキに引っ付いてたら、彼女がかわいそうだな、って思って、それで……それに、どうやってアキと話せばいいのかわからなくて……二人のあいだに俺がいたら邪魔かなとかいろいろ考えてさ、それでさ――」
俺は大史の言葉をさえぎって言った。
「辛いと思ったからじゃない、辛いと実感したんだよ。おまえがメールや連絡もしてくれなくなって、学校でも全然俺のところに来てくれなくてさ、挙句の果てには大史は今夏合宿に行っていないだもんな。俺、ほんと後悔した」
「……っていうか、俺がいないあいだ、一度来てくれたの?」
俺はうなずいた。
「いつ?なんでメールとかくれなかったのさ」
「いや、おまえに変な気を持たせて練習に集中できなくなったらだめだと思ってさ。それに……直接会いたかったし」
なんで俺はこんなに心の底からの言葉をすらすら言えるのだろうと思った。普段では絶対にありえないことだった。いまのこの雰囲気と、いままで大史に会いたくて辛かったおもいが、素直な言葉を出してくれるんだと思った。それに、今ここで、俺の思っていることを正確に伝えたかった。こんなに素直になれるのはもうこれっきりかもしれないと思えるほどめずらしいことだったから。
「だから……前のように普通に話したり、普通に遊んだりできる関係に戻りたいんだけど……もちろん大史がよかったらだけど……」
しばらくの間を隔てた後、
「前のようには、戻れない、かな……」
すると、大史は突然笑顔になって、
「だって俺、明宏が好きだって言ってしまったし」
その笑顔が本心から出ているものではないことはすぐにわかる。懸命につくった笑顔だ。
俺はすこしの間を置いた後、大史のいない期間に考えていたことをそのまま伝えた。
「俺、おまえと――大史と幼稚園から一緒にいたから、大史が俺のそばからいなくなるなんて思わなかった――っていうか、大史がそばにいることが当たり前だと思ってたんだよな。ほら、よく言うじゃん。大切なものって、失くしたときに初めて気づくって……この何週間、ほんと、それだった。こんなに大史が俺の中で大切な存在だったなんて、こんなことになって初めて気がついた。それが好きかどうかにつながるかはよくわからないけど、大事な存在なんだって気づいた瞬間から、すっごい不安になったんだ。もう大史が俺のことなんてどうでもよくなってたらどうしよう、嫌いになってたらどうしよう……好きじゃなくなってたらどうしようって。だから、一刻も早く会いたくて……会わなきゃいけないと思って……」
俺の目からひとすじの涙がすっと流れた。声も震えてない、平静な心なのに、こんな自然に涙が出るなんて、正直驚いた。どうやら俺は相当心が病んでしまっていたようだった。
俺は突然出てきたひとすじだけの涙を拭うため下を向いて、手で涙を拭った。
そのときだった。突然身体に突撃されたかのような衝撃が伝わると、次の瞬間には大史の腕の中におさまっていた。
大史は俺を痛いほど抱きしめた。すこし痛かったけど(だいぶ)、大史がまだ俺のことを想っていてくれたんだと安心して、一気に心が軽くなったような気がした。大史は俺の耳元でささやいた。
「ずっと、ずっと会いたかったんだよ。メールも電話もしたかったんだよ。でも二人の邪魔をしちゃいけないと思って、必死にガマンしてたんだ」
「ごめん」
「そんなに俺のことを想っててくれたなら連絡してくれればよかったのに。そっちのほうがずっと練習に気を配れたのに」
「ごめん」
「ずっと……好きだったんだ。アキが。でもそんなのおかしいし、アキとの今までの関係が終わってしまうくらいなら、その気持ちを押し殺すほうが全然いいと思ったから、だから、ずっと……」
「もうわかったから……………………俺も大史が好きだ」
それ以上、なにも言わなかった。ただ、ずっと抱き合っていた。
そろそろ限界に近づいたとき、俺は言った。
「あの、グラスが胸に押し付けられて痛いんですが……」
すると大史はようやく解放してくれた。そして自分の胸の辺りを見ると、大史が突っ込んできた衝撃で、飲み残したお茶が、白いカッターシャツに、見事にしみとなって付着していた。もちろん大史のジャージの胸の辺りにも濡れたしみがついている。俺は自分の服のしみを見た後、大史の顔を見た。
すると大史は慌てて、
「あちゃ、ごめんなさい、すぐ拭きますから。」
と自分の首に捲いていたタオルで服を拭き始めた。
俺はその光景を見て、短くため息をついた。
「後先かんがえないから」
「ごめんなさい」
相変わらず大史は慌てふためいた様子で、ごしごしと俺の服を拭いていた。独り言で、これは取れないかも、やっべ、とか言って、たまに、上目遣いで俺の顔色を伺ってくる。俺が怖い顔をして睨むと、すぐに目を逸らして拭くのに集中した。
その光景が面白くて、つい笑いそうになった。
いつのまにか、二人の関係は前のように戻っていた。一段階進んだかたちで。
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「じゃあ、今日は帰るわ」
大史の家の玄関先で、靴を履きながら言った。
「うん……今日はありがとね」
靴を履き終わった俺は立ち上がって大史のほうに向き直った。
「いや、俺の方こそ、ありがとう」
俺が素直に言うと、大史は屈託ない笑顔を見せてくれた。
「またメールしていい?」
無邪気な大史に俺はつい笑ってしまった。
「いいよ」
「また電話していい?」
「電話するくらいなら会いにこればいいだろ」
俺はおどけて言った。
「ねえ、明宏、今度いつ遊べる?」
「大史はいつ空いてるんだ?」
「俺はこれから一週間は休みなんだ。また一週間後からクラブが始まる」
「そっか。相変わらず忙しいな」
俺がそういうと、大史は、まあねとうなずいた。そしてすこしの沈黙。大史は恥ずかしそうな笑みをうかべて、なにかを言いたそうでなかなか言えないといった素振りをしていた。
「……あのさ、明日遊べない?」
「何時から?」
「朝から。明日母さんが友達と出かけるらしいんだ。だから夕方まで帰ってこない……その間、俺、一人なんだ」
(それって――)俺はそれを聞いて思わず生唾を呑んだ。急に鼓動が高鳴った感じがした。鼓動を落ち着けて言った。
「い、いいよ。わかった。明日は部活休むよ」
「ほんとに!?」
「ああ。でも明日だけだからな」
「うん!ありがとう」
「じゃあな」
そう言って大史の家を出た。大史は玄関まで見送りに着てくれた。すこし離れてから後ろを振り返って、最後に大史に手を振って、家に帰った。
次の日の8時半に自宅を出た。昨夜は全然寝付けなかった。それもこれも大史のあの意味深な発言のせいだった。
大史の家には8時40分ごろに着いた。インターホンを鳴らして家に入った。うながしてくれたのは大史のお母さんだった。
「あら、明宏くん。朝早いわねえ」
「おはようございます」
「大史まだ寝てるかもしれないわよ」
そう言って一階から大史の名前を呼ぼうと息を大きく吸い込んだ。俺はすぐに制止した。
「あ、いいんです。寝てるなら寝かしといてやってください。あいつもクラブから帰ってきたばっかで疲れてるだろうと思うし」
「そうね」
「おばさん、今日はどこにでかけられるんですか?」
「今日はね、お友達が映画に誘ってくれてね、その後に食事をしてお買物をしてってちょっと遊んでくるのよ」
「それでそんなにおめかしなんですね」
「ちょっと張り切っちゃった」
「きれいですよ」
「もう、明宏くんったら」
そう言うと、おばさんは俺に抱きついてきた。言動も行動もとても若かった。前に大史に聞いた話では40歳手前だと言っていた。若いお母さんはいいなと思った。
おばさんは時計を見ると、急に慌てだして、
「あ、もうこんな時間。そろそろ行かなきゃいけないんだけど……」
「留守番は任せてください」
「明宏くんって本当に頼もしいわよねえ。大史なんていつも能天気で何を考えてるのかわからないわ」
俺は笑うしかなかった。
「じゃあ悪いけど後はよろしく頼んどくわね」
「はい」
そうしておばさんを玄関先まで見送った。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「任されました。いってらっしゃい」
おばさんは出て行った。
おばさんがいなくなった大史の家はとても静かだった。外の小鳥の鳴き声が聞こえてくるくらいだった。
俺はとにかく大使の部屋に向かった。
大史はまだ熟睡中だった。片足を布団から出して、ベッドに大の字になって眠っていた。
「こいつ、相当寝相わるいな」
大史の顔をのぞきこみながら小声で言った。しかし掛け布団はしっかり着ているせいで、首筋や額に汗をかいていて、額には前髪がべったりと張り付いていた。
俺はそれをかき分けてやると、額や首筋の汗をぬぐってやった。なんだか病人を看護しているようだった。いつもなら俺より早起きで、いつも俺にモーニングコールをしてきてくれた大史だったから、大史の寝坊を目の当たりにするのは珍しかった。その分、相当疲れがたまっていたんだということもよくわかった。
それにしても、整ったきれいな顔つきだった。鼻筋が通っていて、クラブの合宿で日焼けしたのだろう、肌も褐色に焼けて健康的な印象に見える。さらに寝顔まできれいに保てるなんて、どこまでも完璧なやつだった。
なかなか起きない大史を無理矢理起こすのもかわいそうだと思い、大史が起きるまで一人で遊ぶことにした。窓から景色を眺めたり、机の上に置いてあったプリントやいろんなものを眺めたりしていた。最後には本棚からマンガを取り出して、ベッドを背凭れ代わりにして読んでいた。
30分くらいそうして本を読んでいると、後方のベッドががさついて、大史がとうとう起きだした。上体を起こした大史に、「おはよう」と一言。すると、すぐに眠気が飛んだようで、「今何時!?」と時計を確認した。大史の家に来てすでに50分くらいが経過していて、10時すこし前だった。
「なんで起こしてくれなかったの!?」
「なんでってせっかく気持ちよく寝ていたし」
「もう10時前じゃん!ああ、最悪だ」
「最悪っておおげさな。たった1時間だろ。あと何時間あると思ってんだよ」
「そうだけど……」
「そんなこと言ってないで早くシャワー浴びて、着替えてこいよな」
「ごめん。すぐ戻るから」
「ああ」
大史はそういうと、部屋を出て行った。俺はその間、マンガの続きを読むことにした。
10分ほど経ってから大史が現れた。上下黒と赤のカラーのスポーツジャージ姿だった。
「あー、さっぱりした」
「布団かぶりすぎなんだよ。汗だくだったぞ」
大史は恥ずかしそうに笑った。
その後は大史の家でだらだらと過ごした。二人ばらばらに違うことをしたり、ゲームをしたり、話をしたり……。今日は本当に休みを満喫するという名目で、しんどいことは二人とも避けたかったのだ。
お昼ごろになって、大史が口を開いた。
「お腹空かない?」
「じゃあコンビニになにか買いに行こうか?」
「うん」
そうして二人でコンビニに向かった。
コンビニでおにぎりやお菓子なんかを大量に買い込んでまた大史の家に戻ってきた。玄関先で大史が、「俺、お茶持って行くから」といってリビングの方に向かった。俺は「おう、じゃあ先部屋に行ってるわ」と言って階段を上って大史の部屋に一足先に向かった。
大史の部屋は涼しかった。部屋に窓が二箇所にあって、風が部屋を通り抜けるのだ。コンビニに行っただけなのにじっとりと汗をかいて、その表面にうかぶ汗に風が当たって冷やされるのが清々しかった。
俺は部屋の中央にあるテーブルの横に買物袋を置くと、その中から昼飯を取り出した。おにぎりや菓子パンが大量にテーブルの上に積み上げられて、我ながら絶対に二人分じゃないと、今頃になって唖然とした。
とにかく、俺はその中のおにぎりをひとつつかむと、ビニールをはがして早速食べだした。一口おにぎりにかじりついたとき、部屋のドアが開いて、大史が入ってきた。
俺がベッドを背凭れ代わりにして座り、おにぎりに一口かじりついたとき、部屋のドアが開いて大史が入ってきた。大史はグラスを二つ持って現れた。
「はい」そう言ってお茶の入ったグラスをテーブルに置くと、大史パンをひとつ選んで自分も食べだした。
「買物に行っただけなのに、結構疲れたね。こんなに外が暑いとは思わなかった」
「そうだな。それに比べたらここは天国みたいだな」
俺がそういうと大史は小さく笑った。
二人のあいだに、それ以上の言葉はなかった。
なぜだろう、午前中はあんなに話すことがあったのに、コンビニから帰ってきた途端、話すことを見失ってしまった。話題を考えている時点で話題がなくなったということはわかった。普通、友人なら話題など考えずとも出てくるものだ。
大史の部屋に、変な空気が流れ始めた。
俺は一個目のおにぎりを食べ終えて、二個目のおにぎりを手に取り、食べ始めた。
そうこうしていると、大史もパンを食べ終えて、その場でぐっ、と伸びをした。俺はその後ろ姿をただ眺めていた。そのとき、大史が声を上げた。
「あーもう! なんか変な空気になっちゃったね」
大史が変な空気を取り払おうと気を入れなおしたのだ。その光景を見て、俺も面白くなってつい小さく笑った。「そうだな」
すると大史はこちらに来て、俺の背中をまたぐように、俺の後ろのベッドに腰掛けると、「アキ、ちょっとベッドから背中離して」と言った。俺はわけがわからず――というか、何も考えず指示に従って、俺の背中とベッドに隙間ができると、そこにすとんと大史が滑り込んできた。そして、後ろから俺のお腹あたりに手を回すと、ぎゅっと抱きしめられた。俺は大史の突然の行動と悪ふざけについ笑ってしまう。
「なんだよいきなり」
「いいじゃん」
大史は屈託のない笑顔で笑いかけてくる。
「暑苦しいだろ。それとも押しつぶされたいのか?」
そういうと俺は足を突っ張って大史に圧力を加えた。
「重い重い重い!」その慌てぶりにまた声を出して笑ってしまう。
「わざわざそんな隙間にはいってくるからだろう」
しばらくそんなたわむれをしていた。
すると今度は大史が俺をぎゅっと抱きしめてきて、言った。
「アキ、大好きだよ」
その一言で心臓が高鳴る感覚がした。でも平静を装って適当にあしらった。
「はいはい……要る?」
そう言って手に持っていたおにぎりを大史に見せた。
「うん」
「ほらよ」
俺はおにぎりを自分の顔の横に持ってくると、大史はそれを食べようと口を大きく開けて近づいてきた。そして大史が口を閉じる瞬間におにぎりを引っ込めてやった。大史はマヌケに口を閉じて食べ損なっていた。その光景が面白くて笑った。
「ははーマヌケな顔だなあ」
そう言うともっと面白くなって笑ってしまった。
「ちょっと、そりゃないよ!ちょうだいよ!」
「やだね。シーチキンマヨネーズは俺の大好物なんだからな」
「一口くらいいいじゃん」
「いやだ」
そう言うとおにぎりにかじりついた。そしてあと一口くらいになったおにぎりを大史に見せびらかしながら、「やっぱおにぎりはこれが一番いいよね」と言ってじらしてやった。しばらくのあいだふてくされた顔をしていた大史だったけど、突然表情を明るくすると、「そんな意地悪するんだったらこうするぞ……」と言って、俺のわき腹をくすぐってきやがった。
俺は突然のことで思わず口に含んでいた食べ物を吐き出しそうになったが、何とかこらえた。
「ちょ、おまえ!待てって!」
「あれ、アキヒロくんってそんなにわき腹弱かったっけ?」
大史の悪ふざけをたくらむ表情――俺は逆に落ち着いていった。
「待て、落ち着け。まじでやめろよ。さもないとどうなるか――」
俺の話を最後まで聞かずにくすぐってきた。俺は耐えられなくなって笑い転げた。しかも大史は後ろからしっかりとつかんでいるから離れることもできなかった。
「ちょっと待て!待てって!やめろっ!……わかったから、わかった!降参、降参!」
最初は強気だったけどどんどん弱気になる自分がいて、とうとう負けを宣言すると、やっとくすぐるのをやめてくれた。俺は笑いつかれて肩で息をしていた。
勝ち誇った顔の大史に最後の一口をあげた。「大史の分際でなまいきだぞ!」と嫌味を添えて。
「ごめん」大史は苦笑しながら言った。
俺はお茶を手にして一口飲んだ。
「……要る?」
俺が聞くと大史は素直にうなずいた。
そしてなぜだかわからないが、自分で動こうとしない大史に俺が飲ませてやるかたちになった。
「なんだよ。自分で飲めよな」
一通り落ち着いて、グラスをテーブルに置いた。本当に笑いつかれてしまって次のおにぎりなんかを食べる気も失せてしまった。
しばらく放心状態でほっと息をついていると、大史が後ろから呼んできた。
「ねえ、アキ」
「……なんだよ」
「ねえったら」
「だからなんだって」
俺は後ろを振り返った。すると、大史の顔が思ったよりも近くにあって驚いた。
大史の顔は先ほどまでの悪巧みをたくらむような子どもじみた表情からは一変して、真剣な表情で俺を見つめていた。そのとき、俺は改めて我に返ったように感じて、この部屋が――この家がやけに静かなことに気づいた。全開に開放されている窓からも町の喧騒は一切聞こえず、静かな午後だった。ただ聞こえてくるのは風の音と、小鳥がたまにさえずる自然の音だけだった。
そのとき悟ったのだ。あ、俺、キスされんだ、と。ただそう思っただけで、好きも嫌いも、その他の感情も何もなかった。していいのか悪いのか、すこしためらっていた大史だったが、やがて決心したようで、俺に顔をさらに近づけてくると、そっと大史の唇が俺の唇に当たった。俺は最初から避ける気も何もなかったのだが、大史はそれでしてもいいんだと核心したようで、一度離した唇を再びつけてきて、二回、三回とキスをした。そのうち激しくなって、大史が俺を抱く腕にぎゅっと力を入れると、さらに大史のほうに引き寄せられて、本格的なキスをした。
俺の頭は真っ白になって何も考えられなくなった。先ほどまで見えていた視界も真っ白になって、大史にゆだねた。ただ唯一感覚で思ったのは、大史の甘い体臭に引き寄せられる感覚と、大史の柔らかすぎる唇の感触だけだった。
「ほら、口を開いて」
キスの合間に大史がささやいた。俺はその言葉に無意識のうちに従っていた。口を開いた瞬間、大史の舌が俺の口の中に入ってきて、さらに身体は緊張した。どう息をしたらいいかわからなくなって、水におぼれた時のように息をひそめて、また乱れた。そんなことを知ってか知らずか、大史の舌はどんどんせめてくる。俺の上あごを舌先で軽くこすられて、かゆくなるような、くすぐったいような感覚がした。
あまりに緊張して何も動かない俺に、大史は優しく誘導してくれる。
「今度は舌を出して」
なぜかわからないが、大史のささやきは素直に従ってしまう力があった。俺が舌を出すとすぐに大史の舌に触れた。その瞬間、大史のキスはもっと激しくなって、舌を絡ませながら何回もキスをした。
大史もすこし興奮してきているのか、息が荒くなって、キスの合間に漏れる口からの息がとても色っぽくて、こんな大史を見るのは――感じるのは初めてで、さらに大史にはまっていきそうになった。
そのとき、俺を後ろから抱きしめていた大史の腕が俺の身体を服越しに触ってきた。たった一枚のシャツしか着ていなかったからその手の動きが生身に伝わってきて、俺の息はさらに乱れた。いつのまにか身体全体が敏感になっていて、大史の腕が触れるところ、指が触れるところ、そして、唇が触れるところがびしびしと伝わってくる。大史の唇が俺の唇から離れたかと思うと、そのまま頬をつたって耳たぶを舐められた。そして、「大好きだよ」とささやかれた。
その一言だった。全身の鳥肌が一気に立って快感が押し寄せてくる感じがした。いつのまにか大史の手は俺のシャツの内に入っていて、大史の手がじかに俺の身体を触っていた。大史の右手が俺の左乳首を見つけると、軽くつねったり、乳首の先だけをそっと触ったりと、俺の敏感になった身体には充分すぎるほどの刺激だった。さらに大史の唇は俺の首筋をすっと舐め上げ、また鳥肌が総毛立つのを感じた。この刺激はやばすぎて、俺の口から吐息とともに小さな喘ぎが漏れた。俺は運動した後のように息が上がって、肩が上下した。
でもこんな刺激はまだまだ序の口だったことを、この先知ることになる。
大史が左手で俺の右乳首をいじり始めたかと思うと、空いた右手が向かった先は俺の股間だった。大史の右手はズボン越しに俺の股間をがっしりとつかんだ。
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